4-13 クリスマスケーキ開発準備3
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4-11から4-20の途中までは、回想(4-8と4-9の間)シーンになります。
レイがどのような戦略を立ててタイラン商会と戦うのか。それを振り返るお話です。
宿泊する部屋に行く前に、まず別の場所に案内する。
その場所に着いた時、コプアさんは溜息をもらした。
「ここ、ダンジョンの中だよね……」
水いっぱいの瓶。埃をかぶっていない竃。戸棚の中には、錆びていない包丁、まな板、おたま、泡だて器、せいろ……。全て使用可能な代物だ。清潔な部屋中に置かれた数々の調理器具はどれも、料理人の到来を心待ちにしている。
「このSAは通称『木賃宿』っていうタイプなんだ。一通りの調理器具と火を起こすための薪と調理に使える水はあるから、食材を持ち込めば自炊できる」
何で木賃宿っていうかは知らん。
「そんなのあるんだ……」
コプアさんは調理器具を色々見て回っていたが、一通り見たところで俺たちに話しかけた。
「それで合宿ね……」
どうやらコプアさんも気づいたようだ。言葉に力が入っている。
「ここなら邪魔なスパイも来ないと思うから、存分に料理の開発ができるよー」
サエラがコプアさんにVサインをする。
スパイを撒くことには成功したが、この3日間でここを突き止める可能性はある。
だから、俺たちもここに泊まり込んでスパイが来ないかどうかをチェックする。仮に来たとしても、第2候補、第3候補は用意してあるから、また撒けばいい。
「コプアさん、頼みがある」
「私からもお願い!」
コプアさんに頭を下げる。サエラも一緒に頭を下げてくれた。
「ど、どうしたの、2人とも……」
「この間の神託の内容は知ってるか?」
「知らないけど……。それがどうしたの?」
「12月後半の期間限定イベント、クリスマスケーキランキングバトルに出てくれ!」
俺の頼みを聞いて、コプアさんは困った表情を浮かべる。
「私はね、ランキングには興味がないんだ」
「知ってる。サエラから聞いた」
コプアさんはランキングには興味がない。
ランカーを狙うには、たくさんの客をさばく必要がある。しかし、フォーリーブズは席数が少ないのでたくさん客をさばくことはできない。
コプアさんは来てくれた客の一人一人を大切にしている。フォーリーブズの営業コンセプトとランキングバトルは相反するものなのだ。
それに、ランキング上位になることで客が押し寄せフォーリーブズがパンクしてしまうのを、コプアさんは恐れているという。知る人ぞ知る名店がSNSなどで拡散されて営業できなくなるという話は聞いたことがある。あれと同じだ。
「何でまた、急にそんなこと……」
俺たちが太客で仲がいいからといって、さすがに経営に関わる頼みは引き受けられないだろう。それでも、俺たちだって引き下がるわけにはいかない。
「タイランに勝ちてぇ」
俺の言葉を聞いてコプアさんは口を閉ざす。
「タイランのことだ。俺がクリスマスケーキランキングバトルに参戦したら、俺を叩き潰すために参戦を決めるだろう、絶対」
「友達にも料理ランキングのランカーがいるけど、上位ランクを目指すのは大変だって聞いたよ」
「そりゃそうだ、コプアさん。ランキングだからな。でも、このまま店を営業して、普通に味で勝負してもじり貧だ。絶対うまくいかねえ。ゲーマーとしての勘がそういってるんだ。だから、一勝負させてくれ!」
JAOの各種ランキングは廃人が己のプライドをかけてぶつかり合う場だ。大変なのは百も千も承知。そんなことは分かっている。
それでも勝負してこそのゲーム、いや人生だ。
「俺はコプアさんを勝たせてえし、俺自身もやられっぱなしじゃ腹の虫がおさまらねえんだよ!」
調理場に俺の叫びが反響する。そして静寂。ぴちょんと水の雫が落ちる音が大きく聞こえた。
「レイ君、サエラちゃん、顔を上げて」
コプアさんに言われて俺たちは顔を上げる。
コプアさんは優しく微笑んでいた。その目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「ありがとう……。レイ君のその気持ち、私だって一緒だよ」
コプアさんの言葉を聞いてサエラも黙ってうなずいた。ああ……俺たちは本当にいいチームだ。
コプアさんが髪型を変更する。銀色の長い髪を後ろで束ねた髪型――お馴染みの戦闘用のスタイル。
「そうと決まれば、タイラン商会なんかじゃ真似できない最高のクリスマスケーキを考えよう!」
次回は5月9日の16時頃に更新の予定です。
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