4-8 クリスマスシーズン到来
「マントあったかい?」
新しく買ったばかりの俺のマントを見て、サエラが聞いてきた。
「あったかいけどよぉ。雪が降ってるから、やっぱ寒ぃわ。くそっ」
今日のレスターンの天気は曇りのち雪。異世界だから天候も変わる。
現実世界より体感気温はましとはいえ、寒いものは寒い。
「でも、動きづれぇな。狩場ではいつもの服装で行くか」
俺の服装は初期装備の麻のTシャツと黒のズボンだ。
服のせいで最大限のパフォーマンスを引き出せない、なんてだせぇマネはごめんだ。
「レイ君らしいねー」
ちなみに普通の冒険者はみんなコートやマント、毛皮などで寒さ対策をしている。
メテオジャム前の高札に到着。昼間はごったがえしているメテオジャム前も、陽が落ちた後は人がまばらだ。
高札に近づくと、『貼り紙を確認しますか』のウインドウが出現。Yesを選択すると、『ダウンロード完了』の表示とともに一枚の紙がインベントリに追加された。
「今日の神託は――っと」
神託というのは、レスターン神宮の巫女が受け取る啓示だ。啓示によって、どんなパッチが当たったかを知ることができる。しかし、大雑把な内容だけしか分からない。
神託はレスターン神宮で発表された後、貼り紙システムで知らされる。だから、いつでもその内容を確認できるのだ。
向こうの世界のゲームでは神託なんてなかった。パッチの内容はJAOのオフィシャルページに書かれているので、それを見れば済む話だ。
とはいえ、ここは異世界。ネットに繋ぐことなんて不可能。情報は神託頼りになる。
新パッチの内容、特に仕様の変更は生死に直結する。わずかな情報であっても、非常にありがたい。
「今週は――やっぱり期間限定イベントの告知しかねぇな」
JAOでは期間限定イベントが毎月2回行われている。俺たちは移動工房の活動で忙しい。限定イベントを回す余裕なんてない。
「行こ~。お腹空いた~」
「おう」
俺たちはメテオジャム前広場を後にした。
道中、サエラが俺に話しかけてきた。
「ねぇ、昨日のことなんだけど……」
昨日、俺はタイラン商会に売られた喧嘩を買ってやった。
「ああ。一日考えて案は……出た、ことは出た」
俺の言葉にサエラは目を輝かせる。
「どうするの!?」
街灯りよりもまぶしい瞳に見つめられ、思わず口元が引きつってしまった。
「コプアさんが料理人ランキングの1位を獲れば、みんなコプアさんに注目するかなぁって……」
「それいいね!」
サエラが道の真ん中で小躍りした。正直恥ずかしい。
ランキング――それは名誉の証。少しでも順位を上げるべく、日夜激しい戦いが繰り広げられている。
JAOでは各生産職のマンスリーランキングがある。
俺が目指している鍛冶屋ランキングもその1つだ。主なランキングは、服飾デザイナーランキング、鍛冶屋ランキング、薬剤師ランキング、料理人ランキングなどだ。
生産や販売を行うとポイントが入り、1か月間の合計ポイントで格付けされる。
上位ランカーになれば豪華景品がもらえる。前月ランキング10位以上のトップランカーの生産品には、武器やポーションのように特別な効果が付与されるものもある。服飾デザイナーはリアルでの名誉に直結さえしていた。
だから、ランキング争いは常に熾烈を極めていた。
各種ランキングはランキングウインドウを開くことで確認可能だ。それを見れば、自分の現在順位とポイント、そして、自分がプレイしているサーバーの現在における上位200人のプレーヤー名とそのポイントが分かる。
真冬だというのに頭の中がお花畑なサエラを横目で見ながら、俺は溜息をついた。
「はぁ……。そんな簡単に上手くいくわけねーだろ」
寒さで自分の息が白くなる。
「どうしてー?」
「今、何日だ?」
「12月17日だけど?」
それでもサエラはきょとんとしている。そんなサエラに詳しく説明にすることにした。
「コプアさんが今何位か知らねーけどよぉ、もう17日も過ぎちまったんだぞ。明日から巻き返すっていっても、あと2週間じゃさすがに上位は目指せねえ」
「でも、タイラン商会だって、それは一緒じゃないの?」
パクリ店のオープン日は12月14日。現時点でのポイントはもしかしたら、まだ本物のほうが高いかもしれない。店長だって上位を目指すのは厳しいといえる。
「店長に勝ったとしても、最終順位が150位くらいだったら、お前そんな店に注目するか?」
「う~ん……しない……」
「本物のフォーリーブズの宣伝が目的だから、ただ勝つだけじゃダメなんだよ。目立ってなんぼ。ランカーにならなきゃダメなんだ」
この戦いはコプアさんと店長の戦いじゃねえ。俺とタイランの戦いだ。俺が目指すのは当然ナンバー1。最低でもトップ10にいなきゃ負け同然だ。
「それによぉ、コプアさんの店じゃ、ポイントの荒稼ぎはできねーんだよ」
「なんで?」
「回転数」
「回転数?」
ぐるぐると回りながら俺の言葉を繰り返すサエラ。どうやら意味が理解できなかったらしい。
「コプアさんのフォーリーブズは10席しかねえ。どう頑張ったって10人分の売上しか立たない。対するパクリ店は80席くらいあっただろ」
「80人分の売上――タイラン商会の8分の1しかポイントを稼げないの!?」
「そういうこった。だが、まだ話は終わっちゃいねーぞ。ランキングのトップを目指すとなりゃ敵はタイランだけじゃない。他の店とも勝負しないといけねえよなぁ」
「うん」
「他の店に対してもコプアさんは不利だ」
「どうして?」
「例えばよぉ、1人で食堂に行って、メシ食い終わった後に長居するか?」
「しない」
「でも、フォーリーブズじゃあ、食い終わった後もだらだら長話しているやつら多いだろ」
「私たちのことだね~」
「食べ終わった客がすぐに帰れば、その分新しい客が注文できる。つまり、食堂に比べて、フォーリーブズは1時間当たりの売上が悪い」
「よく分からないなぁ~」
俺の説明がサエラは理解できなかったのか、首をひねっている。
「この2つの話のまとめとして、フォーリーブズがいかに回転数が悪いのか、具体例を挙げて説明すんぞ。フォーリーブズの席は10席、客の平均滞在時間を1時間とする。仮に、ライバル店の席は80席、客の平均滞在時間は0.5時間とする。8時間で立つ売上は、フォーリーブズは10×8÷1=80、ライバル店は80×8÷0.5=1280だ」
「1280と80で、えーと、えーと……」
「16倍だ」
「じゅ、16倍!」
多分サエラは計算式の意味なんて理解していないだろうが、数字の大きさくらいは実感できたみてぇだ。
「回転数を上げなきゃ、どんなにいいものを作っても順位は上げられない仕組みになってるんだよ。コプアさんだって、きっと分かってる」
残り日数と回転数。それらのせいでトップ10入りは正直現実的ではない。さて、どうしたものか……。
俺の心配をよそに、サエラは雪降る夜道を突然駆け出す。
人の背丈より少し低いモミの木の前でサエラは立ち止まった。
てっぺんには金色の大きな星。色鮮やかなモールやオーナメントボール、ふわふわの白い綿、温かく夜道を照らす蝋燭、その他色々な可愛らしい飾り。特別で楽しい日の訪れを告げるかのように、モミの木はきらきらと着飾って立っていた。
「見て~。クリスマスツリーだよ~!」
クリスマスツリーを見てサエラは大はしゃぎをしている。
JAOでは毎年12月後半はクリスマスシーズンだ。
クリスマスシーズンでは、レスターンが雪化粧され、いたる所にクリスマスツリーが置かれる。この世界でも、じきにレスターンの街並みはクリスマス一色に変わるのかもしれない。
「クリスマスなんてリア充が浮かれるだけのクソイベント、興味ねーよ」
「え~でも、クリスマスだよ~。楽しいよ~」
「クリスマスがどんな日かも知らずによく言うわ」
当然だが、クリスマスはキリスト教の祭りだということなんて、サエラみたいな異世界人が知る由もない。俺も詳しくは知らねーんだけどな。
「ねー、レイ君、明日の夜にでもクリスマスパーティーしようよ」
JAOでは、現実みたいに12月24日はクリスマスイブ、12月25日はクリスマスとなっているのではない。今年だったら、12月17日から12月31日まで、ずっとクリスマス。あくまでゲームのイベントなので、そう設定されている。
ゲームに合わせた世界だから、人々もクリスマスは何日もあると考えているのだろう。
「はぁー、興味ねえっつっただろー。俺が興味あるのはゲームだけだ」
「でも、この世界は『げえむ』なんだよねー」
「うっ……! サエラのくせに、痛いところをつきやがる」
サエラは子どものような純真な笑顔を、俺に近づける。
「だから、楽しもっ!」
クリスマスツリーのキャンドルの灯よりも、光が反射してきらめくモールやオーナメントボールよりも、ずっとまぶしいサエラの笑顔。そんなものを見せられちゃ、俺も根負けだ。
「まぁ、ちょっとくらいは付きあってもいいか……」
「やったぁ~~!」
サエラが喜びを爆発させる。プレゼントをもらったガキか、お前ぇは。
「1日だけだからな!」
「うん~!」
サエラはよほど嬉しいのかクリスマスツリーの前をスキップし始める。
「何しようかなぁ~。ケーキはどこで買おうかなぁ~」
「ケーキなんてどこでも――」
そう言いかけた時思い出した――今回の期間限定イベントのことを。
期間限定イベントとは、毎月2回行われているイベントだ。期間は10日間か11日間。イベント内容は、討伐系、採取系、製造系等々、イベントごとに異なる。
課題の達成によってポイントがつき、そのポイントに応じて様々な報酬が与えられる。ポイントを競うのもマンスリーランキングと同じだ。
月前半の期間限定イベントはコラボものや再録イベントが多く、後半は季節ものやJAOのストーリーに沿ったものが多い。
人はランキングと呼ばれるものに弱い。当然、期間限定イベントも大人気だ。
「それだ!!」
大声を上げサエラの肩を掴む。
「ど、どうしたの!?」
「それなら、日数の問題も回転数の問題もクリアできる!」
「コプアさんのこと、何か思いついたの?」
「ああ。良い案がひらめいた」
「さすが、レイ君だね」
「サエラ、悪ぃが明日のクリスマスパーティーはキャンセルだ」
サエラは明日のクリスマスパーティーをとても楽しみにしてくれている。断るのはさすがに気が引ける。
それでもサエラは、
「うん。いいよ」
優しい笑顔で俺の言葉を肯定してくれた。
「その代わりといっちゃ、なんだけどよぉ」
「何?」
サンタからのクリスマスプレゼントを信じて待つ子どものように、サエラは俺の顔を真っ直ぐに見つめている。
パーティーを断ったんだからなぁ、この期待に応えなきゃ男じゃねえよ。
「最高のクリスマス――コプアさん、それとお前にもプレゼントしてやんよ!」
粉雪がひらひらと舞う冬空を一筋の流星が駆けていった。
この聖夜にとびっきりの奇跡を、俺たちは起こす。
次回は4月27日の12時頃に更新の予定です。
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