4-5 パクリ2
今日は連続投稿しています。前話を読んでいない方は、前話の前書きを確認してください。
フォーリーブズの扉を開くと、カウンター席に若い女性が1人座って食事しているのが見えた。他に客らしい人物はいない。お昼のピークが終わった時間帯とはいえ、客が1人しかいないなんてありえないはずだ。やはりタイランの影響は大きい。
「サエラちゃん、レイ君いらっしゃい」
コプアさんはキッチンから飛び出し、いつものように優しく出迎えてくれた。
「この時間に来るのは珍しいね」
「13時の枠が空いてんだよ」
FP調整の都合上、普通なら13時には狩りを開始する。コプアさんの言う通り、この時間帯にフォーリーブズに行くことはあまりない。
「うん。お腹減ったから、オムライスランチが食べたいなー」
サエラがカウンター席に座り、俺もその隣に座る。
「俺はパスタランチにしてくれ。朝からまともなメシ食ってねえんだよ」
タイランの店で食ったのはただのデータみたいなものだから、ノーカン。
「とびきり美味しい料理を召し上がれ」
そう言って、コプアさんがおしぼりとスープを運んできた。
おしぼりで手を拭き、スープに口をつける。コーンポタージュだった。
あぁ、温かい……。しみわたる……。
「あれ? スープ?」
サエラが出されたスープを見て首をひねる。
体が冷えていたので黙ってそのまま飲んじまったが、確かにおかしい。スープはスペシャルランチか単品で頼まないと飲めないはずだ。
「今日は特別に来てくれたお客様にサービスしちゃう」
コプアさんは明るく微笑んだ。忙しさで余裕がないパクリ店の店員と違って、気持ちのいい接客だ。今日はそんなコプアさんを見るのが逆につらい。
「やっぱりお客さん少ないんだね……」
同じことを思ったのだろうか。サエラが肩を落とした。
そんなサエラを見かねて女性客がサエラに話しかける。
「で、でも、タイラン商会って、今まで飲食業をやってなかったですし。初日だから、もの珍しさで流れて行っただけですよ。数日も経てば――」
気休めだ。
「戻ってこねえよ。立地と値段の差で負ける」
俺の辛辣な言葉に、黙ってサエラも首を縦に振る。
「そんな……」
ショックを受ける客。俺たちだって気持ちはよく分かる。
「実はさっき、あの店に行ってきたんだ。何が起こっているのか教えてやる」
タイラン商会がどれほどひどいパクリをやっているのかを説明した。
「ひ、ひどい……」
俺たちの話の途中から、客は呆然としてしまった。無理もねえ。
一方、コプアさんは黙って調理を続けていた。
「お待たせー」
コプアさんがサエラにオムライス、俺にミートスパゲティを持ってきた。
腹はとっくに限界だ。話なんか後でいい。今はこいつをいただきます!
ズルズルズルズルズル――!
麺をそばのようにかきこんだ。麺と肉が口の中で暴れ出す。一口で力がみなぎってくる。
「うめぇ!」
これだよ。これ! さっきと全く同じ味なんだけど、こっちは「料理」って感じがすげえする。向こうはただの「データ」だ。
「誰が何て言っても、私はコプアさんの料理が好き」
「私もそう思います」
サエラの言葉に客も同意する。
「当然だ。あんなパクリだらけの店、クソだクソ。パクリ店よりも、ここのほうがずっといい店だ!」
「パクリだからよくない……。本当にそうかな」
コプアさんが初めてこの件について口を開いた。まさかの当事者によるタイラン擁護。
それに驚いて、俺たち3人はカウンター越しにコプアさんを一斉に見る。そして、俺はコプアさんに少し反論した。
「パクリなんかより、オリジナルのほうがいいに決まってらぁ」
「タイラン商会は私のお店の真似ばっかりしてるね。お店の名前もそうだし、服装も、内装もメニューも味も。でもそれだけじゃ相手を非難できない」
「どうして!?」
サエラがコプアさんに真意を尋ねる。目にはうっすら涙が浮かんでいる。
「ライバルにいいところがあれば、それを研究するのは当たり前。私も、フォーリーブズを開店する前に色々なお店に行って美味しい料理を食べた。どうやればこの味を出すことができるか研究したよ。模倣は決して悪じゃない」
確かにコプアさんの言う通りだ。
上達するには誰かを真似る。ゲームだってそうだ。俺は上手くなるために、上手い人の動画を穴が開くほど研究した。画面の中の理想のプレイに近づけるよう、何度も試行錯誤を繰り返した。そうすることで上手くなった。その繰り返しがあったからこそ、今の俺がいる。
「お客さんを喜ばせるという点で、私のやり方が最良。そうタイラン商会が判断したのなら、私はそれを否定できない」
それを否定するということは、自分を否定するということだ。できるはずがない。
「でも、でも……」
サエラがコプアさんの言葉を聞いて涙声になる。
「よしよし、泣かないの。サエラちゃん」
コプアさんはカウンター越しにサエラの頭を撫でた。サエラの不安げな顔が少し和らぐ。
「タイラン商会が私を研究するなら、私はもっと料理を研究する。メニューを改良する。向こうの研究が追いつけないぐらい、美味しい料理を作ってみせるんだから!」
コプアさんは袖をまくりあげ、サエラにウインクをした。
「コプアさん……」
「そうすれば、いつかきっと――お客さんは帰ってくるよ」
コプアさんはプロだ。自分が負けるなんてことを微塵も考えていない。
こっちが励まさなきゃいけねえっていうのに、こっちが励まされちまった。
「でも、コプアさんがタイラン商会にいたっていう嘘は許せない。こっちもメニューの1ページ目に、タイラン商会とは全然関係ありませんって書こうよ」
「大丈夫よ、サエラちゃん。どうせメニューが載っていないページなんて、誰も見ないってー」
「それもそうですね」
コプアさんの言葉に客も同調する。確かに、腹が減っている時にあのにやけ面は食欲をなくすわな。
「それにしてもメニューの改良ですか……。大変ですね」
客が溜息をこぼす。
原材料を変えたり新たに材料を加えたりしたものや、デフォルトのレシピ通りの方法以外で作った料理のデータが存在することもある。それは通称シークレットレシピと呼ばれていた。
シークレットレシピは文字通りシークレット。公開されていないものだ。データがすべて決まっている以上、リアルの料理と同じように生み出すことはできない。色々な材料、色々な調理方法、それらをとにかく手当たり次第試して初めて開発に成功すると聞いた。大変どころの話ではない。
「うん、正直大変だね……。でも、だからこそ頑張りたいって思えるの」
大変だからこそと話すコプアさんの水色の瞳は、朝日できらめく湖のように輝いていた。
「私が頑張って作った、私だけの料理。それをお客様が喜んでくれる。こんなに素敵なこと、他にあるわけないじゃない!」
そうか……。だから、コプアさんの料理は美味しく感じられたんだ。
研究という名のパクリしかできない店長やタイランと違って、この人は本当に料理、そして、客に真摯に向き合っている。どうすればもっといいものを提供できるのかを、どうすれば客を喜ばせることができるのかを、常に考え続けている。
そんな姿勢は料理や接客態度に出る。だから、コプアさんの料理は人を惹きつけるのだ。店長の料理モドキなんかじゃ、ここまで愛されないだろう。
「じゃあ、私たちもSRレシピ考える!」
サエラが勢いよく手を挙げた。
「はぁ……俺たちは料理なんて作れないんだぞ。しかも俺なんか味オンチだし。何もできねーよ」
「じゃあ、食べる!」
「ただの客じゃねーかっ!」
サエラにつっこんだ。
「なるべくフォーリーブズで食べることにします。これぐらいしか支援できませんけど」
「俺たちもそうする。当分行列に並ぶ心配もしなくてすみそうだしな」
女性客の言うことに同調する。
「ありがとう、みんな。気持ちはもらっておくね。絶対負けない!」
コプアさんは笑顔だった。心から嬉しそうだった。
どんな強敵が相手でも諦めちゃいけない。これができるやつはゲームでも強ぇ。
コプアさんから力をもらった俺たちは、食事を済ませて店を出た。
次回は4月20日の12時頃に更新の予定です。
この作品を面白い、もっと続きが読みたいという方がおられましたら、下にある評価をしていただければ、非常に励みとなります。




