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3-20 冒険者の本分

 冒険の支度を済ませてメテオジャム前に集合。3人が揃ったところで、俺は1つ提案をしてみた。


「ただ狩りをするってだけじゃ、あんまり面白くねえよな。クエストやろうぜ」


 俺の提案にフェーリッツが食いついた。


「どんなクエストっすか?」


「『温かいお弁当を届けて』っていうクエストなんだけど、依頼人から頼まれた料理の材料を渡した後、できた料理を橋の前の詰所に届けるだけだ」


 典型的なお使いクエストだ。


「材料買うの面倒くさいっすねー」


「安心しろ。もう買ってある」


 俺はクエストの内容を知っている。つまらないところまで、2人にやらせる必要はない。


「すごい! レイ君手際いい」



 このクエストは橋に行くときは必ずやるようにしている。なぜなら――


「このクエストの成功報酬はPTメンバー1人あたり、バックスタブの魔石HRが2個。どうだ、旨ぇだろ!」


 ただのお使いクエストで貴重な魔石が2つも手に入るからだ。


「バックスタブかぁ――いいっすね! やりましょうよー!」


「バックスタブのHRってレアリティがSS相当だよね! やろうー!」


 フェーリッツもサエラも喜んでOKを出した。



「このクエストは弁当を渡すまでのタイムが計測される。ハイスコアを目指そうぜ」


 弁当を手渡された時点から30分以内に詰所に届けないと、クエスト失敗になる。だから、クエスト中は残りタイムが表示されるのだ。

 この機能を使って今日はタイムアタックをやる。


「おー、それいいっすねー。やっぱ目標があったほうが燃えてくるじゃん」


 いいね。やっぱ、こいつとは楽しくゲームができそうだ。






 弁当クエストの起点となるNPCはシルバーアベニューに面した西洋風の家に住んでいる。壁が黄色に塗られているので覚えていた。

 呼び鈴を鳴らして反応を見る。


「すみませ~ん」


 返事がない。諦めて帰ろうとした時、扉がゆっくりと開いた。



「どなた様でしょうか?」


 黒縁眼鏡をかけた女性が中から出てきた。女性の頭の上には、大きな『Q』の文字。クエストアイコンだ。

 クエストアイコンが出ているNPCに話しかけクエストを受領すれば、クエストが開始される。


 サエラが優しく女性に話しかける。


「私、サエラっていいます。このTシャツを着ている人はフェーリッツ。後ろにいる目つきが悪い人はレイ=サウスといいます。あ、目つきは悪いけど、すごく優しい人だから安心してね」


「すごく優しい人は余計だ、こら」


「私の名前はサナと申します。どういったご用件でしょうか?」


「クエストアイコンが出ているってことは、すごく困ってるんですよね。私たちは冒険者――」


『冒険者』という言葉を聞いて、優しそうな女性の表情が曇る。光の反射で眼鏡の奥が見えなくなった。


「帰って」


 冷たく言い放ち、サナはピシャリと扉を閉めようとする。フェーリッツが腕をドアの隙間に押し込み、強引に話を続けた。


「悩んでるんっすよね。俺たちは冒険者。それを解決するのが仕事なわけ。独りで悩んでも解決しないっすよー。ねえねえ、話してみてよー。絶対、力になるからさー」


 馴れ馴れしいくらいのフレンドリーさでグイグイといくフェーリッツ。物おじしない態度はこいつの武器だ。ちょっとくらいは女性のガードも緩くなるだろう。イケメンだし。



 しかし、フェーリッツが相談にのろうとしても、サナの表情はますます厳しくなるばかり。彼女の口から恨みにも似た呟きが漏れる。


「冒険者なんかが……私の悩みを解決してくれるわけないじゃない……」


 悩みって、弁当届けるだけじゃねーか。全然大した話じゃねーし。何でこんなに強い調子で否定するんだよ?


「何を悩んでいらっしゃるんですか? 聞かせてください。お話をされて楽になることもありますよ」


 サエラが諦めずに尋ねる。


「楽になるですって……」


 サナの胸に溜まっていた怒りが爆発した。


「父はどうなってるんですか!? 生きているんですか!? 死んでいるんですか!? 危険な任地に飛ばされてもう1年1か月。未だに音沙汰無いんですよ」


「メッセージは送らなかったのかよ?」


「なぜか通じないんです!」


 JAOでは、プレイヤーはメッセージを送ったり通話したりすることができる。サナのようなNPC由来の存在は、それらの機能が制限されているのかもしれない。


「冒険者に頼まなかったんっすか……?」


「頼んだに決まっているでしょ! 何人も何人も! 覚えていないくらいたくさんの冒険者に話をしました! でもね、返事はいつも決まって同じ――」


 サナは大きく息を吸い込んだ後、今までで一番の恨みを吐き出した。




「『冒険禁止区域』だから無理」




『冒険禁止区域』という言葉を聞いた時、フェーリッツがわずかにうつむいたのが見えた。


「何度も何度も同じ言葉を聞かされたんですよ。話せば楽になるですって!? 逆です、逆! 話せば話すほど無念と焦燥が募るだけ!」


 1年1か月溜まりに溜まったサナの怒りは収まらない。


「冒険者は困っている人がいれば命懸けで助けてくれると、父は言いました。でも、現実は……現実は、冒険者は命の危険もないような安全な場所でお金儲けに走っている。父は命がけで恐ろしい魔物と戦っているというのに!」



 俺たちは真っ当な武器を広め、冒険者が世界中どこでも冒険できるような世界を目指して戦っている。

 その戦いは何のためにやっているのか。本当に必要な活動なのか。そう問われると、正直少し答えにつまるところがあった。


 だけど、俺は今分かった。冒険できる場所を広げることは、サナのようにどうすることもできない悩みを抱えている人たちにとって、大切なことなんだと。考えてみれば、メマリーのおかんの話だってそうだ。強い冒険者でなければ解決できない。


 ――決めた。

 俺はタイランの武器支配を必ず終わらせる。そして、悩み苦しみを少しでも解決できるような世界を目指す。


 サエラもフェーリッツもサナの激しい言葉にうつむいている。

 優しいサエラのことだ。きっと、俺と同じようなことを考えているに違いない。

 冒険禁止区域を作った張本人であるフェーリッツは、今何を考えているのだろうか……。



 サナの荒い息づかいだけが聞こえる。そのわずかな音が痛々しい。


 それが収まった時、フェーリッツはサナに向かって深く頭を下げた。


「すみませんでした! 謝ります!」


「今さら謝られても……あなただって、安全な場所にしか行ってくれないんでしょう!?」


 この世界の冒険者は安全な場所で金儲けに走っている。それ自体が悪いことだとは思わねえ。金策はMMORPGの主目的だからだ。

 だけど、ゲームと違って、この世界で忘れちゃいけないことが一つある。


「俺は行くよ! 困っている人がいるんだったら、どこだって!」 


 ――冒険者の仕事は戦うこと。

 サエラみたいな変わり者は別として、安全が保証されたぬるま湯に慣れきった雑魚は、それを忘れてしまっている。

 安全は大切だ。でもそれだけじゃ、人は堕落する。時には戦うことも必要なんだ。


「私も!」


 フェーリッツに続いて、サエラが手を上げて元気よく答えた。


「行くに決まってんだろ」


 当然俺も行く。戦わないという選択肢なんて、そもそもない。



「サナさん」


「はい」


「お父さんに君のことを伝える。そして、君にお父さんのことを伝えるよ。必ずね」


 フェーリッツの真摯な声に、サナの強張っていた顔が元に戻る。


「宜しく……お願いします……」


 分厚い眼鏡の向こうのサナの瞳が涙に濡れたのが分かった。

次回は4月2日の12時頃に更新の予定です。




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