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3-13 フェーリッツの絶望2

 俺が少したじろいでいると、サエラが声をかけた。


「フェーリッツ君、久しぶりだね~。酒場に最近行ってないって聞いたけど?」


「…………こっちのほうが落ち着いて飲めるからな」


 フェーリッツは下を向いてそう言うと、グラスに入ったわずかな酒を飲み干す。


「って、もうからか。マスター、もうちょっと強い酒でよろしく」


 フェーリッツがマスターに注文する。


「みんなフェーリッツ君の冒険を聞きたがってるって」


「聞いて楽しい冒険譚なんて、もうねえよ」


 吐き捨てるような物言い。フェーリッツは溶けかかった氷しか入っていないグラスに再び口を付けた。



「で、君がサエラちゃんの言うパートナーってやつ?」


 フェーリッツは目も合わせず俺に話を振った。


「ああ。俺はレイ=サウス。武器屋だ」


「武器屋か……」


 憎々しげにフェーリッツがつぶやく。目もすわっている。


「で、武器屋様が俺なんかに何の用っすか?」


「満潮時のアキ海中社殿砂浜って冒険禁止区域だよな」


「イチキってやつに蜂の巣にされたくなきゃ、近づかないほうがいいっすね」


 イチキとはアキに出現するMobだ。危険な魔法を使用する。


「そこの指定を解除してくれ。そんなぬるいマップくらい、楽勝で狩りできる」



 それからフェーリッツに俺たちの活動を説明した。フェーリッツはひどく酔っ払っていたが、案外素直に話を聞いてくれた。


「分かったよ。君の武器なら安全に狩りが成立できそうっすね。指定を解除すりゃいいんでしょ」


「やった~。よかったぁ~。フェーリッツ君が解除してくれたら、明日からカキ養殖のお客さんも増えるよ~」


 フェーリッツの言葉にサエラは大喜びしている。ここまで来たのは、満潮時アキ海中社殿砂浜の冒険禁止区域指定を解除してもらうためだ。目的は達成された。

 だけど、納得いかねえ。ずっと喉の奥でつっかえていた疑問を、思い切ってぶつけることにした。



「なぁ? 1つ聞いていいか?」


「……どうぞ。好きに聞けば?」


 フェーリッツはつまらなさそうに酒をちびちびやっている。


「何で冒険禁止区域なんてつまんねーもの、決めてんだ?」


「危ねぇから」


「でも、俺の武器があれば簡単に冒険することができる」


 俺の言葉を聞いて、静かにフェーリッツはグラスを置いた。



「レイ、やっぱ、てめぇもタイランと同じだな」


「はぁ! あんなクソ野郎と一緒にすんじゃねえ! どこが同じなんだよ!?」


「武器を作って神様気取りしてるところっすかねー」


「ちょっと、レイ君、フェーリッツ君、喧嘩はやめようよ~」


 サエラは喧嘩を止めようとするが、ヒートアップした俺たちは止まらなかった。


「ふざけんじゃねえ! 俺はもっと色々な場所に冒険できるように、魂込めて良い武器を作ってんだよ! タイランみたいな、金儲けのためにカスみたいな粗悪品ばっか作ってるやつと一緒にすんじゃねえ!」


「『俺の武器なら、冒険できる』かい。そういうところが神様気取りって言ってんっすよ」


「あぁん!?」


「逆に言うとさー、てめぇが作った武器じゃなきゃ、冒険できねえってことじゃん。俺の武器なら冒険できる、それ以外の武器なら冒険できない。そうやって、冒険者の活動を武器で縛っているとこがさー、タイランと同じなわけ」


 酒の勢いもあるのか、フェーリッツは早口でまくしたて続ける。


「武器屋様は冒険者に一方的に武器をばら撒いて、特定のマップに冒険者を押し込めてんすよ。武器屋様が作った武器が、冒険者おれたちの活動に蓋をしてるわけ」


「違う! 良い武器は冒険者おれたちの冒険をサポートしてくれる道具だ、味方なんだよ!」


 確かに、タイランが粗悪品をわざと作った結果、特定の低レベルのマップでしか冒険できなくなっているのは事実だ。その点では、武器が冒険者の活動に蓋をしているというのは間違いじゃない。


 けれども、JAOというゲームには絶対に忘れていけない教訓が一つある。

『JAOはどんな下手くそな冒険者でも、武器があれば戦闘はできる。逆をいえば、どんな歴戦の戦士でも武器が無ければ戦えない』

 ――つまり、武器が無ければ冒険はできない。冒険者にとって、武器は欠かせない相棒なんだ。こいつはこんな基本的なことも忘れている。


「武器はいつだって味方だ。冒険者の活動に線引きなんかするかよ。冒険者の活動に蓋をするのは人だ。例えば、適当に冒険禁止区域とか作ってるやつとかな」



 ここまで俺が言うと、フェーリッツが顔をさらに真っ赤にして俺の胸倉をつかんだ。


「てめぇなんかに何が分かんだよ! 俺がどれだけのマップを諦めてきたと思ってんだよ!」


 初めて聞いたフェーリッツの叫び。

 フェーリッツは拳を振り上げ、俺の顔面に叩き込もうとする――。


「レイ君を放して!」


 サエラがフェーリッツの拳をつかんだ。サエラに制止され、フェーリッツは顔を歪めたまま俺をつかんでいた手を離した。

 数秒間フェーリッツは呆然としていたが、怒りに燃えた赤い瞳は再び暗くよどんだ。



「俺だって……俺だって……」


 フェーリッツは言葉を絞り出すように話し始める。


「俺だって、冒険禁止区域なんてつまんねえもの、好きで決めてるわけじゃねえんだ……」


「じゃあ、どうしてそんな好きでもないことをやってるんだよ……?」


「俺だって自由に冒険してぇよ。でも、無理なんだ……。最近発見されるマップはMobが強すぎて、ほとんどすぐ追い出されちまう。やべぇって、俺が言わねえと、誰かが突っ込んで死んじゃうじゃん」


「うん。分かってるよ。フェーリッツ君が教えてくれたから、多くの冒険者が死なずにすんだんだよね」


 サエラが優しくフェーリッツの言葉にうなずく。フェーリッツの活動にもちろん意味はある。


「命からがらみっともなく逃げるだけなんて、冒険っていえる!? こんなこと酒場のやつらに話せるわけねえじゃん」


 JAOではこの世界と違って、U武器以上の武器なんて当たり前のように持っていた。だから、実装されるマップの大半はUランクだった。低くても大体SSランク。SS帯で満足に狩りもできないこの世界じゃ、実装されても意味がない。


「この世界に冒険者おれたちが自由に冒険できるマップなんて、ほとんどねえんだよ!」


 フェーリッツの慟哭が暗い店内に響いた。



 フェーリッツは俺たちの活動を誤解している。俺は冒険者の活動をサポートするために武器を作る。冒険者の邪魔をするわけがねえ。

 でも、俺がそのことを説明しようとしても、聞いちゃくれねえだろう。


 あいつは趣味で冒険をしているうちに、攻略不能のマップにいくつもぶち当たった。その体験談を話すうちに、どこのマップが冒険できるのか、どこができないのかについての助言を求められるようになった。そして、いつしか冒険禁止区域の設定者になっていったのだろう。

 人命を守ることを使命としているわけでもなければ、タイランのように冒険者を堕落させようとしているわけでもねえ。ただ、単に冒険がしたいだけのゲーマーだったんだ。


 あいつの悲しみはよく分かる。ムリゲー、クソゲーすぎてまともに遊べねえゲームなんて、プレイしても絶望するだけだ。

 転生初日のあの夜。俺は忘れもしねえ。武器製造はおろか、まともに攻略することすら叶わないという現実を突き付けられたときに感じた絶望。人生の終わり、世界の終わりといっても言いすぎじゃなかった。

 そんな絶望を何か月、いや何年も味わされてきたとなると、八つ当たりの一つくらいしても当然だわな。



 俺はフェーリッツに向かって頭を下げた。


「すまねえ。あんたの気持ち考えないでひどいことを言っちまって。無神経だった」


 俺の謝罪に対して、フェーリッツは口を開かない。


「お詫びとして、あんたに今一番必要なものをやるよ」


「金か。金なら王国とかからたっぷりと――」




「冒険」




 俺の一言にフェーリッツの眉がビクンと動いた。


「誰もやったことがない、胸躍るような冒険――行ってみねえか」


 フェーリッツの赤い瞳に、消えていた火がともる。


「どこに行くんっすか?」


「分かってるくせに。行ったら死ぬくらいの冒険禁止区域じゃなきゃ、今更冒険できねーだろ」


 にやりと笑う俺を見て、


「へぇー、クレイジーな冒険野郎。俺以外にもいるのかよ」


 フェーリッツもまた愉しそうに笑った。

次回は3月26日の12時頃に更新の予定です。




この作品を面白い、もっと続きが読みたいという方がおられましたら、最新話にある評価をしていただければ、非常に励みとなります。

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