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炎の中に浮かぶのは

作者: 天鳥そら

冬の童話祭2018に投稿した作品です。当時、勘違いから小説家になろうで、二つのアカウントを作ってしまいました。複数アカウントが禁止されていること、悪気が無くても強制退会処分になることを知りました。アカウントの一つを削除し、片方を残しましたので現在は一つです。その時、冬の童話祭2018で書いた作品を、一度ネット上から外しましたが作品を再度載せます。当時コメントやポイントを下さった方には、大変申し訳なく思っています。ありがとうございました。

「マッチはいりませんか?」


消え入るようなか細い少女の声に、立派な靴とコートを着た黒ひげの男がふんと鼻を鳴らして通り過ぎました。少女は男に突き飛ばされないようにとよけましたが、よけた先で一人の少年にぶつかってしまい大急ぎで謝りました。


「ごめんなさい」


少女と同じくらいの少年は金色にぴかぴか光るボタンがついた、灰色のコートを着ています。痛かったけれども我慢してやっているんだという顔で、軽く会釈をしました。


少女の白い息が、町の建物の合間に浮かぶ月に、吸い込まれていくようにのぼっていくをのぼんやりと眺めていました。


(どうしよう)


寒さの震えとはまた違う寒気が少女を襲います。古びた安物のかごの中にある売り物のマッチは少しも減っていません。人々は足早に町を歩いていき、少女のことは看板か置物のようにしか思っていないのでしょう。降り始めた雪は思わぬ速さで積もっていきます。


(このままじゃ、私、死んじゃう)


懸命に手をこすって少しでも暖をとろうと息を吹きかけても、震えは一向にとまりません。少女はこの先自分がどうなるのかぼんやりと考えていました。家に帰ってもすべて売れるまで帰ってくるなと家から追い出され、このままでは寒さと飢えで本当に死んでしまいます。


少女は、ちらりと町の隅で固まっている人達を見ました。路上にうずくまりすさんだ目で少女をみつめてきたので急いで視線を避けて、マッチは入りませんかとお決まりの文句を繰り返しました。


(本当に私、今夜死んでしまうのかしら)


数日前に、仲の良かった老婆と話したときのことを思い出します。老婆はにんまり笑って少女にとんでもないことを言いました。


『マッチ売りの少女って知っているかい?』


『私みたいに、こうやってマッチを売る女の子のことでしょう?』


何を聞くんだろうという少女に、老婆は楽しそうに笑いました。


『これは、お前さんの未来さ』


一冊の絵本を渡されて、中を開きましたが少女には何が書いてあるかわかりませんでした。異国の言葉で書いてありましたし、何より少女は字を読むことができなかったからです。唯一わかったのは少女がマッチを売っているること、マッチをすることで炎の中に望みの物が現れることでした。


『一体どうしたの?』


不安そうな顔をする少女から老婆は絵本をとり、最後のページを開きます。冷たい路上で横になっている少女を町の人たちが見ています。少女のまわりに散らばるマッチ。微笑む少女の様子になんとも言えない表情を浮かべました。


『この女の子は…』


死んでしまったのかと聞こうとする少女に老婆が片手をあげてとめました。


『生きてるよ。』


『え?』


『お前さんは、まだ生きてるね?』


『ええ、生きてるわ。でも…』


自分の未来が絵本の中の少女なら、同じ運命を辿るということではありませんか。寂しさとむなしさとぶつけようのない苛立ちが少女の体を駆け巡ります。


『わかるね。お前さんはまだ生きとる』


わけがわからないままにうなづいて、その老婆と別れました。


みすぼらしい服の上から自分を抱きしめるようにして、少女は声をかけ続けます。


「マッチはいりませんか?」


声をかけ続けているうちに、少女はぼんやりと暖かい場所へ行きたいと思うようになりました。どこにも行く場所のない少女、ひとりぼっちの少女は、そろそろと売り物のマッチに手を伸ばして一本だけと呟きながらマッチをすりました。


「暖かい暖炉がいいわ」


暖かい暖炉のそばでうつらうつらと居眠りをしている自分を思い浮かべます。思った通りの暖炉が炎の中に浮かび上がりました。


(あたたかい…)


瞳が炎に吸い寄せられていきます。もっと暖炉のそばであたたまりたいと思った時、炎は消えて白い煙が細く流れていました。


少女はもう一本マッチをすりました。今度はごちそうです。これまで食べたことのないたくさんのおいしいごちそうをこれでもかというほど食べるのです。スープにパン、チキンに、デザート。ほっぺたが落ちるほどおいしいごちそうです。少女の口がマッチの炎を前にして軽く開きました。


(ああ、食べたい)


そう思った時、マッチの炎は消え去ってやっぱり白い煙が白く細くゆっくりと流れていきました。少女はマッチをもっとすろうと手をのばします。今度は何が良いだろうと思っていると、近くで母親と男の子の声が聞こえました。


「お母さん、早く家へ帰ろう。妹が待っているよ」


「慌てないで。雪道で滑りますからね」


二人のやり取りを聞いて、少女は自分を大切にかわいがってくれたおばあちゃんのことを思い出しました。少女は炎の中におばあちゃんを一目見たいと思いました。マッチをするとぼんやりと人影が浮かびます。


(ああ、おばあちゃ……ん?)


炎の中に浮かんだのは数日前に話をした老婆でした。老婆は少女の友達ですが、おばあちゃんではありません。少女は急いで火を吹き消しました。


(おかしいわ。私はおばあちゃんに会いたいのに)


心細さから少女はもう一度マッチをすろうとかごの中に手をのばしました。


「きゃあ!」


「野犬だ!みんな離れろ!」


まわりにいる人たちが騒ぎ始めました。少女が飢えと寒さでぼんやりとする目を騒ぎの方に向けました。なんと黒い野犬二匹やってきて、通りがかりの人達を威嚇しています。


「早く逃げろ!」


「誰か棒を持って来い!」


野犬を退治しようとする人、逃げようとする人たちで雪に埋もれそうな静かな町がパニックになっています。二匹の野犬はうなりながらあたりを嗅ぎまわり、少女の方を向きました。


「え?」


少女がびくりと肩を震わせて後ずさると、まるで少女の行動が合図だったかのようにこちらへ突進してきました。この時、少女は一瞬のうちにたくさんのことを考えました。自分はこのままでは命を落としてしまうだろうということ、命を落とすなら寒さと飢えであって、野犬にかみ殺されることではないこと。なんでこんな目にという思い。誰か助けてという切実な気持ち。体が固まって動けない少女の近くで小さな悲鳴があがりました。


身なりの良い小さな男の子がおびえた目で野犬の方を見ています。遠くで男の子を呼ぶ母親の声と、町の人が慌てる声が聞こえました。逃げようとする人たちに押されて男の子は飛び出してしまったようです。


『お前さんはまだ生きとる』


老婆の声が浮かびます。少女は突然マッチをすりマッチの入ったかごの中に投げ込みました。売れ残ったマッチに思い切り火がついて燃えあがります。少女は野犬に向かってそのまま勢いよく投げました。


突然の炎に野犬がひるんで後ずさります。雪の上でも明るく燃えていますが、炎の中には大好きなおばあちゃんも仲の良い老婆の顔も浮かんできませんでした。ただ、この一言だけが少女の胸で強く響きます。


(私、生きたい!)


「でかした、お嬢さん」


「え?」


一人の男がひらりと少女と男の子の前に躍り出て、まるでナイトのように二人に背を向けます。背も高く足も長い、仕立ての良いスーツを着ていますが汚れてしまってもかまわないようでした。手に持っているステッキを剣のように構えています。野犬は男に飛びかかる姿勢を見せましたが、警官が現れて野犬を退治してしまいました。


「やれやれ、私が出る幕もなかったな」


ステッキを地に下してこつんと鳴らすと、少女の方に振り向きました。


「勇敢なお嬢さん、ちょっと無茶だったんじゃないかな」


突然現れた男に少女はぼんやりとしたした目で見てから、すぐに顔色を変えました。


「マッチが!」


「マッチ?」


「マッチを売っていたの、だけど……」


少女の瞳に涙があふれてきました。男は燃えて黒焦げになったかごと、少女の顔を見てなるほどとうなづくと懐から財布を取り出しました。


「そのマッチはすべて私が買い取ろう」


「え?」


「ああ!大丈夫!?」


少女のそばに美しい女性が転がるようにしてやってきて男の子を抱き寄せます。男の子は今まで大人しかったのに、急に怖くなったのかべそべそと泣き出しました。


「あの、ありがとうございます。このお礼は…」


頭を下げ始めた美しい女性に、男は右手をあげました。


「お礼ならこちらのお嬢さんに」


「お嬢さん?」


身なりの良い立派な大人だと思われる二人に見つめられて、少女は体を固くしました。


「こちらのお嬢さんが売り物に火をつけて野犬を遠ざけてくれたんだ」


そうでなければ自分が飛び込むのが遅れていたかもしれないという男の言葉に、女性は少女に向かって頭を何度も下げました。


「わかりました。こちらでしっかり弁償させていただきます。お礼も必ず……」


「その話は私に任せてくれないか?」


「あなたにですか?」


「私は、近くで探偵事務所を開いている探偵です。お嬢さんには少々、お聞きしたいことがあるのでね」


女性はしばらく迷いましたが、この国でも有名な探偵であることと丁寧な物腰に警戒心を解いてうなづきました。


「今日は、もう遅いから家に戻った方が良い」


男の子と女性は何度も頭を下げて去っていきましたが、少女はぽかんと口を開けたまま何も言えませんでした。


(これは一体どういうことかしら)


今日自分は死ぬのだと思っていました。何しろ仲の良い老婆が自分の死を示すようなことを言ったからです。


『お前さんは、まだ生きとる』


老婆の声がよみがえります。もう一度男を見ると、自分に向かって手をさしだしました。


「あなたを家まで送って、雇い主に説明をしよう」


「あ、でも、どうかしら。」


自分の父親と家の様子を思い浮かべて少女は口を濁します。もしかしたら目の前の親切そうな男にひどい悪態をつくかもしれません。困ったような顔をする少女に男はいたずらっぽく笑って言いました。


「大丈夫。何も心配いらないよ私は、有名なー」


降り積もる雪が町をおおい、どこかで主を讃える歌とオルガンの音が聞こえてきます。町の夜は何事もなかったかのようにふけていきました。



読んでいただきありがとうございました。


マッチ売りの少女だけでなく、桃太郎や白雪姫もあります。

彼らのお話にif、もしものストーリーがあったら……。

そのお話を書いてくださいというものでした。

マッチ売りの少女は私の好きな作品ですが、どうすればバッドエンドを回避できるかかなり悩みました。

なので、原作には出てこないような人間やエピソードが出てきます。


冬の童話祭2018

https://marchen2018.hinaproject.com/

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― 新着の感想 ―
[良い点]  読ませていただきました。  マッチ売りの少女。  悲しい結末もいいのですが、本編の少女のようにハッピーエンドだと救われます。  昔話。  悲しい結末で終わるのがたくさんありますね。 …
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