甘やかし少年とカラクリ舞人形
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼の話をしよう。
上流階級の貴族の出であり、甘やかし癖があり、しかし弟達が反抗期に入って自立したと落ち込んでいる。
これは、そんな彼の物語。
・
自室にて、現在自分は膝を貸しながら泣き声をBGMに無の境地へと辿り着こうとしていた。
いや、正直ナニが起きているかわからないのだ。
「うう、う、うううううう……!」
ノックの音がして、扉の向こうに同級生のレフが居たからどうぞと迎え入れたら、そのままヒトの膝に頭を預けて泣き始めた。
慌ててハンカチを間に挟んだお陰でスカートが涙に染まってべしゃべしゃになるコトは無かったが、しかしこうして泣き続けられても困る。
……というか既に膝を勝手に借りられてから五分以上経過してんですのよね。
「……レフ、アナタどうかしたんですの?」
「聞いてくれますか」
「いや出来れば聞きたかありませんけれど、聞かなきゃ泣き止んでくれなさそうですし」
「正直かつ辛辣な返答だった気がしますが、聞いてくれるというのであればソレに甘えて語らせていただきましょう」
嗚咽混じりの鼻声で言うセリフだろうか。
「というかアナタ、話すならせめて起き上がりなさいな」
膝に乗った緑がかったグレーの髪しか見えていない。
いや、見ようと思えばこの体勢からでも瞳孔の動きくらいは視えるが。
「……私は、甘やかしたいのです」
「うん、知ってますわ」
「幸い長男だしエメラルド家並みの上流階級の貴族として生まれたお陰で、他を甘やかすだけの土台は整っていました」
「ええ」
……ああ、爪ちょっと伸びてますわね。
自分の爪をチェックしたら少し長めになっていた。
後で削ろう。
「自分に課せられた分はこなして文句を言わせないようにして、私は弟達を好きなだけ甘やかしたんです……。遊びたいと言ったら遊び、欲しいと言ったモノを与え、外に行きたいと言ったら外に……ソレをずっと続けていたというのに!」
レフは自分の膝に頭を預けたまま、わっ、と再び泣き出して両手で顔を覆った。
「可愛い可愛い可愛い可愛い、ソレはもう目に入れても痛くないというか目が欲しいと言ったら即座に抉り出してプレゼントしようと思うくらいに尽くしてきた弟達が!コレからは自分でやるからと反抗期に!」
「ソレ自立心芽生え始めてきただけじゃありませんの?」
途中のグロ発言を指摘するともっとヤベェグロ発言が飛び出す可能性があるのでソコはスルーしておく。
「私が満足行くレベルでお世話をさせてくれたのは弟達だけだったのに……執事やメイド達は寧ろお世話ライバルだからとお世話をさせてくれない、どころかお世話をしてこようとする!」
「まあソレが仕事ですものね」
「両親は執事やメイドに頼っていて私には期待のみ!頼りはしない!」
「親ならそのくらいがベストだと思いますわ」
「だからこそ執事達の仕事をどうにかこうにか奪いと、私がソレをしても良いという許可を貰って弟達の世話を全力で行って日々のストレスを解消しやる気を漲らせ生きる糧ですらあったというのに!」
「今途中ノイズが……」
「椅子を引いたりナプキンを膝に置いたり、着替えを手伝ったり起こしたり寝かしつけたりお風呂で洗ってあげたりと!可能な限り全てをお世話していたのに!」
人間版サポートサンドかと思うくらいに駄目人間を製造しようとしている。
「だというのに弟達は自分でやるブームが来て自立の道をまた一歩一歩と歩み始め……私は心の安らぎを失ったんです!」
「ソレでヒトの膝を枕にしに来たんですの?」
「いえ、ソレはついでです。どちらかというと愚痴がメインなのですが、面倒臭いからと逃げられたくはないので逃げられないよう先に足を確保しておこうかと」
「わたくしの膝を人質にしている間、アナタの頭部もわたくしにどうにかされる可能性があるのを忘れない方が良いですわよー?」
「ヒエッ」
レフの頭部をボールでも持つように手をめいっぱい開いて掴むと、そのまま握り潰されるとでも思ったのかレフが小さく悲鳴を上げた。
流石にソコまでの握力は無いのでトマトのようにパァンするのは不可能なのだが、出来るとでも思われているのだろうか。
「というかレフ、アナタはアナタで自立したらどうですの?お世話させてくれるヒトが居なくても平気なように」
「無理です」
「即答なんですのね……」
「……あ、ジョゼフィーヌが私のお世話を受け止めてくれるのであれば」
「わたくしもどちらかというと奉仕タイプなのでお断りしときますわ」
「どうしてコレだけ奉仕の精神に溢れているのに、私達は貴族なんでしょうか」
「いきなりそんな哲学みたいなコト言われましても……貴族だからこそ出来る奉仕をしろっていう神の思し召しってヤツじゃありませんの?」
「そんな奉仕を受け止めるという奉仕の心はありませんか」
一休さんかお前は。
「とんちきかせても普通にお断りですわ。もっとお世話のし甲斐のあるような相手を探しなさいな」
「……同級生とか……」
「うーん、アナタの場合本気でヤベェレベルのお世話をしたがってるみたいですから、人間相手よりも世話を必要とするタイプの魔物を探した方が良いかもしれませんわね」
「そうなのですか?」
「最初からそういう魔物ならそういう生態だから当然のように受け入れますけれど、人間の場合は前時代のアレコレにしがみついている遺物以外は向上心強めですから」
ニッコリと微笑みながらそう言うと、レフは寝返りを打ってこちらを見上げるような体勢になった。
「……ジョゼフィーヌは入学した頃に比べて口が悪くなりましたね」
「同情するような目で見られながらそう言われるのは結構腹立ちますからあんまオススメしませんわ」
「あいたっ」
軽めのデコピンをカマせば、レフは額を押さえて大人しくなった。
正直自覚があるレベルで事実だったからこの程度だが、もしそうじゃなかったら勢いよく立ち上がってレフの頭を床に落としていたところだ。
「というかですね、アナタの場合ホントにそういう、お世話されるのが平気な相手じゃないとヤバそうなんですのよ。過剰に構い過ぎて殺しかねないレベルですわ」
「……その自覚はあります」
「あるんです、の……?」
「弟が三人居たから分散されてここまで平気だったんだろうな感は我ながら結構感じていて……」
つまり本当にサポートサンド並みにヤバいというコトではないだろうか。
過剰な世話はただの駄目な生き物を生み出すだけに終わるコトが多く、その為最初から世話をされるのが当然というタイプであればワリとセーフだ。
何故なら最初から世話をされるのが当然と思っているから受け止めてくれるし、そしてその上で自分のやりたいコトをやるのだから。
……まあ要するに、女神や女王みたいな世話される側の魔物が居たらなーって話ですわよね。
「あー、でもそうですわね……害魔であるカラクリ舞人形の目撃情報がありましたけれど、いっそあのレベルの方がレフくらいになると丁度良いかも……」
「カラクリ舞人形?」
「極東で作られた、舞を踊る用の人形が魔物化した魔物ですわ。見た目人間っぽくて美しいんですけれど、足の部分だけが尖ってて赤黒いんですのよね」
「その魔物が丁度良い、というのは?」
「かなり上等な舞を踊るんですけれど、ソレ以上に気難しい性格なんですのよ」
わかりやすく言うなら女神級だ。
感情がとても女性的であり、波が激しい。
「嫉妬深かったりもするので、結構怒りやすいというか。ヒトを気に入るコトも多いんですけれど、同時に少しでも気に食わないとすぐキレるコトも多く、そしてキレるとその鋭利な足で刺し殺しにかかってくるという……まあ、そういう魔物ですわ」
ちなみに殺意があっても実際に殺していなければ害魔認定されなかったりするのだが、カラクリ舞人形の場合は害魔認定されている辺りでお察しである。
「……もしや、先程足が赤黒いと言っていたのは」
「まあ血の色ですわよねー」
「でもジョゼフィーヌは私にオススメだと思ったのですね?」
そんな真剣な顔で言われてもレフはまだ自分の膝の上に頭を預けた体勢のままだし、自分としても軽口くらいのノリだったので色々反応やらに困るのだが。
「……まあ、基本的にカラクリ舞人形ってかなり気難しくて感情がピーキーですぐキレでヒトの急所貫いてくるとか書かれてますけれど、怒らせさえしなければ良いんですのよ。多少なら融通も利くっぽいですし」
「あ、利くんですね」
「ええ、今は無理だから後で、というようなヤツとかですわ。ただし何度も繰り返したり、後でと言って忘れたり、キチンとした理由……彼女よりも優先すべきかどうかみたいなのが無ければデッドエンドへ直行ルート」
「ミスしたらソッコで死ぬって戦争みたいですね」
「戦争の方が死人率高いし、周辺の建物や土地への被害考えると戦争よりもカラクリ舞人形の方がずっと優しいと思いますわよ?カラクリ舞人形の場合は土地を枯らしたり建物破壊したりしませんし」
「ふむ……」
レフはようやく自分の膝から起き上がり、ベッドに座った状態で考えるように腕を組んだ。
「ちなみに要求されるお世話とかって」
「カラクリ舞人形は極東で舞の為に作られた人形が魔物化した魔物なのでそれなりに数が居るんですのよね。で、そんなカラクリ舞人形の一体とパートナーになったヒトの実録本に書かれてた内容くらいでしか記述が無いんですけれど」
「ハイ」
「確か……人形なので食事は必要無し。肌の細かい手入れも不要だが汚れを嫌うので一日一回は風呂に入らせて汚れを落とす。髪も解いて梳いて汚れを落として結い上げるまでがセット。ただし髪をぐちゃぐちゃにすると貫かれる恐れあり」
「ああ、その辺は普通に人間も一緒ですね」
「服は毎日着せ替えるコト。汚れたら捨てたくないお気に入り以外の服は捨てるか売るかして手放し、カラクリ舞人形に着せたりしないコト。服は極東風泰西風どちらでも良いが、流行りを意識しつつカラクリ舞人形に似合うモノを着せるコト」
「……汚れたモノを着せたら不愉快にさせるのは当然ですから、そもそも再び着せるという選択肢がある方が驚きですが」
「メイクはカラクリ舞人形の気分や好みもあるが、基本的には紅のみ。ただし時々化粧品が売っている店に連れて行って気に入る化粧品を購入し、そっちを使いたい気分っぽいと思ったらそっちを使うように……とか、そういう感じですわ」
「他には?」
「長くて喉乾くからコレ以上は本借りて自分で読みなさいな」
語り伝えるには情報量が多い。
「図書室に置いてありますから、ボックスダイスに聞いて探せばすぐ見つかりますわ。ただ手元に置きたいのであれば本屋に頼めば用意してくれると思うので、そっちに」
「ふむ……オススメの本屋は?」
「アソコとか品揃えがマニアックなのも置いてあるから良いと思いますわ。あの、ええと、店主が極東の着物羽織ってるトコ」
「ああ、あの女性的な口調で女物の着物を着ている……」
「あ、女性的な口調の時は店主のパートナーですわ。店主のパートナーがその着物で、その着物をキチンと着ると着てるヒトを乗っ取るタイプの魔物なんですのよね」
「エ、ソレは大丈夫なヤツなんですか?」
「合意のようですし、パートナーである魔物が接客をしたいと言った時などに店主が体を貸す、って感じでやってるらしいですわ」
「へぇー……」
乗っ取られ時の店主しか知らなかったらしく、レフは納得したように頷いた。
「あ!でもその前にカラクリ舞人形に会いに行かなくてはいけませんね!害魔認定されている上に目撃情報まで出ていたというコトは私が彼女に出会う前に討伐されてしまう可能性がある!」
「あー、確かに」
あの情報は兄から「気を付けてくださいね。もし見かけたら近くの兵士に」と言って伝えられた情報なので、討伐されるという可能性は低くない。
「ジョゼフィーヌ!私とカラクリ舞人形の為にカラクリ舞人形探しを手伝ってください!」
「お断りしますわ」
「何故です!?」
寧ろ何故オッケーが出ると思ったのだろうか。
「相手は害魔ですし、わたくしアナタ程の奉仕レベルじゃありませんもの。貫かれたくないのでわざわざ関わりに行く気がありませんのよ」
「ですがジョゼフィーヌの目があった方が!」
「尽くし甲斐のある相手くらい自分の本能で探しなさいな」
「…………」
……いえ、言っといてナンですけれど、そうも納得したような真顔されても困りますわね……。
「いや、でも……」
「じゃあ正直に言いますわ」
まだごねてみせるレフに、自分はニッコリとした笑みを浮かべつつさっきまでレフが頭を預けていた膝を指差す。
「レフがずっと頭乗っけてたからめちゃくちゃ痺れてんですのよ」
「申し訳ありませんでした」
頭を下げ、わかってくれたらしいレフは聞き分け良く一人でカラクリ舞人形探しへと出かけた。
・
コレはその後の話になるが、ご主人様センサーみたいなナニかがレフには備わっていたのか、あの後王都を歩いて五分後にカラクリ舞人形に出会えたらしい。
「ふぅん……気に入ったわ!アナタに妾の世話をさせてあげてもよろしくってよ!」
しかもカラクリ舞人形に観察された直後、開口一番にそう言われたんだとか。
あちらはあちらでナニか惹かれるモノがあったのだと思われる。
そしてレフはレフで一も二もなく是非にと頷き、あっという間にパートナーになったらしい。
……レフも結構な狂人ですわよね……。
まあ需要と供給が一致しているなら良いコトだろう、と思う。
少なくともレフのようなレベルでの奉仕ならカラクリ舞人形に貫き殺されるコトもあるまい。
……カラクリ舞人形は嫉妬深いトコありますけれど、レフは安定した奉仕対象が居ればその相手にのみ集中しますしね。
すぐ近くの困っているヒトよりも奉仕対象を優先するというタイプなので、嫉妬から貫き殺されるコトは無いだろう。
カラクリ舞人形のパートナーになったレフが全力で自分の奉仕したい欲云々を伝えたお陰?で兵士達も「じゃあ、まあ良いってコトで」という感じで引いてくれたそうだし。
……魔物慣れしてるからか、兵士の方々ってそっちの自己責任ならまあ良いよ、みたいに緩いトコあったりするんですのよね……。
「甘い甘い フルーツはいかが
砂糖たっぷり甘くした
お砂糖漬けの甘いモノ
一口食べればとろけるわ」
談話室で、レフに手をマッサージされながらカラクリ舞人形が歌う。
「甘い甘い イチゴはいかが
砂糖たっぷりジャムにした
お砂糖漬けの甘いモノ
二口食べれば目が覚める」
カラクリ舞人形は流石舞用の人形なだけあって踊りが上手いのだが、ソレとセット扱いなのか、歌うのも結構好きらしい。
「甘い甘い ミカンはいかが
砂糖たっぷり缶詰で
お砂糖漬けの甘いモノ
三口食べればナンでも出来る」
正直言ってカラクリ舞人形は人形であり、血が通っていないのでマッサージで流す血流も無い。
「人生将来夢見ても
甘くとろける夢見ても
本物酸っぱく苦々しい
砂糖で甘ぁくしなくちゃね」
だがボディに流れている魔力の流れを良くするという目的があるらしく、いつでも万全でいたいカラクリ舞人形はよくこうしてレフによるマッサージを受けている。
「とろりとろけるお砂糖と
甘くてちょっぴり酸っぱい果実
二つを合わせて置いとけば
夢見るような甘さになるの」
レフのマッサージはかなり上手で、しかも積極的に魔力が流れるよう色々と調整しているらしく、カラクリ舞人形的にはかなりお気に召したようだ。
「甘い甘い フルーツはいかが
砂糖たっぷり甘くした
お砂糖漬けの甘いモノ
一口食べればとろけるわ」
最初はカラクリ舞人形の性格やらのアレコレがとても心配だったが、こうしてレフが楽しそうに世話をしている姿を見ると、ホントに需要と供給が完全に一致していたんだな、とちょっぴり安堵。
「苦くて青いフルーツも
砂糖でしっかり甘くなる
たっぷり砂糖をまぶしたら
素敵無敵な人生よ」
歌い終わったカラクリ舞人形が満足そうに微笑みつつ、指先を動かしてレフの手をトントンと叩く。
ソレだけでストップの意味だと悟ったらしいレフは手を止め、カラクリ舞人形へと視線を移した。
「レフ、手はもう良いわ。次は足をやってくださるかしら」
「ハイ!」
「ああ、ただし妾の足がいくら美しいからといって不埒な触り方はしないコト。そうと感じる触り方をした瞬間、蹴り殺させていただきます」
「モチロン、カラクリ舞人形を不快にさせぬよう、全力で足の魔力の流れを整えますとも」
「そう。ソレならよろしくてよ」
うっとりした笑みを浮かべながらのレフの言葉に、カラクリ舞人形は満足そうな笑みを浮かべながら足を差し出した。
談話室の一角で豪邸と花びらの背景が見えるような一人と一体を遠目で見ながら、毒と毒になる薬で綺麗に中和されているようで良かった、とこっそり胸を撫でおろす。
レフ
人間版サポートサンドと言われるレベルで過剰に甘やかすクセがあるダメ人間製造機。
結構な上流貴族なのだがわがままな主に仕えている方が輝けるタイプ。
カラクリ舞人形
極東の姫をモチーフにした為、舞や歌はかなり上等だが性格が姫になってしまいそのレベルでの世話を要求してくる魔物。
機嫌を損ねると鋭い足で刺し殺してくるが、キチンとした扱いさえしていれば素敵な舞や歌を披露してくれる人形の魔物でしかない。