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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
97/300

戦乙女少女と羽衣スワン



 彼女の話をしよう。

 ルームメイトで、ワルキューレの子で、飛べないコトを悩んでいる。

 これは、そんな彼女の物語。





 もうすぐ進級でまた違うルームメイトになるのだろうが、今年のルームメイトも良い子だった。

 学園側が色々と気を遣ってくれているコトもあり、問題らしい問題が起こらないチョイスなのはとてもありがたい。



「うむん?ジョゼよ、ナニをしているのだ?」


「ゲープハルトから「ふっるいヤツ発掘したからコレもヨロシク」って頼まれた本ですわ」


「ほうほう」



 そう頷いてこちらの肩からテーブルの上の本を覗き込むのは、ルームメイトであるティルダだ。

 こちらは天使の子でティルダはワルキューレの子と微妙に違うが、親が神の部下であるコトに変わりはないので結構仲が良い。

 というか苦労する部分が似ているのでお互い愚痴りやすいのだ。



「うわ、ナンだコレは。大昔の文字かナニかか?」


「まったくもってその通りですわ。こないだの石板も勘弁してほしかったですけれど、コレはコレで言い回しが古風過ぎて勘弁してほしいですわよ……」


「お疲れ様であるな、ジョゼ」



 同情したような表情で肩をポンと叩かれた。

 やはりそんな反応をされるレベルのコトなのか、コレは。



「……ところでジョゼよ、今は見ての通りめちゃくちゃ忙しい感じか?」


「めちゃくちゃ忙しいっちゃ忙しいですけれど、話し相手にはなれますわ。相槌も適当で良いなら愚痴聞きますわよ」


「ナンと、まだナニも言っておらぬというのに既に自分の要求を言い当てるとは」


「アナタがこっちを気にしつつ視線をうろうろさせながら出来れば話聞いて欲しいなって雰囲気でそう聞く時は大体そうですもの」


「ナハハハハ!バレたか」



 笑ってから、ティルダは視線をそわそわさせて自分が向き合っているテーブルに比較的距離が近い、自分のベッドへと腰掛けた。



「ティルダ、ソレわたくしのベッドですわよ」


「わかってはいるのだが、こっちの方が距離が近いから声を大きくせずに済むだろう。というかこのベッドはどうしていつも良い香りがするのだ?」


「ちょ、枕嗅がないでくださいます?」



 振り返ってはいないが自分の視力だとその位置は普通に視界に入るので、ベッドにゴロンと寝転がって枕の匂いを嗅がれると反応に困る。

 いや()えていなくても反応に困りそうだが。



「だが良い香りだぞ?自分の方はいまいち無臭でな」


「シャンプーとかだと思いますわ」


「いや、コレはシャンプーでは無いな。ジョゼの髪からはいつもバラの香りがするが、この枕はマーガレットの香りがする」


「……どういう、嗅ぎ分けです、の……?」



 確かに髪を整えるモノはバラの香りで統一しているが。

 そして共同の大浴場を使用するコトが多いのでソレを把握されているなら違和感は無いのだが、髪がバラの香りだと言われるとちょっぴり不思議な感覚になる。

 髪と枕の香りを嗅ぎ分けれている辺りが特に不思議な気分だ。


 ……まあ、鼻が良いのだろうと納得しておきましょう。



「あ、でもマーガレットなら多分アレですわね。枕や布団を魔法で綺麗にした後に香りの魔法を施したからだと思いますわ」


「成る程、香り魔法か!ソレは盲点なのだな!」


「……ところでティルダ、本題はナンですの?」


「おおそうだった!自分の愚痴があるのだった!」



 本気で忘れていたのか、ティルダは寝転がった状態から飛び起きて枕をもふもふといじりながら話し始める。



「ソレがな?コレはまた何回目の話になるかわからぬのだが、毎度恒例自分の体質やら遺伝についての話になる」


「ええ、どうぞ」


「自分はまあご存じの通り戦乙女なワルキューレの子なのだが、ワルキューレとはあの世のこの世を行き来して、ゴーストなどの彷徨える魂をあの世に送り届けるのがお役目なのだ。まあ要するに迷子の保護みたいなアレなのだな」


「ランベルト管理人達みたいな感じですわね」


「うむ、大体そうだ。そしてワルキューレとは空とか飛べたりするのである。ナニせ天使と微妙に似た種族なのでな!」


「まあ天使の子であるわたくしは飛べませんけれど、お父様は翼で飛ぶし、お姉さまは翼無しで飛んでますものね」


「やはり神という名の天に仕える存在として、空を飛ぶのは必須なのであろうな」


「わたくし飛べませんけれどね」


「そして自分も飛べぬのだ」



 そう言い、ティルダは自分の枕を抱き締めて深い溜め息を吐いた。

 正直ヒトの枕に溜め息を零すのは止めて欲しい。



「だがワルキューレとはあちこちへ飛び回っては彷徨える魂を保護してはあの世へシュートするのがお役目!いやシュートというか実際はもう少し優しい移動なのだが、気分的にはシュート。

死んでいるのだからヒトに迷惑を掛けずに自力であの世へ行ってもらえると助かるのだが、中々そうはいかないジレンマであるな」


「まあ前世の記憶でもない限りは死後なんて初体験ですから、道がわからず迷子になって右往左往はしそうですけれど」


「その場で大人しくしていてくれればキチンと迎えが行くというのに!迷子になったら動かないようにというお約束を知らぬのではないかと思う程だ!

そして迷子になった結果自分のようなワルキューレが派遣されあの世へお届けするあんまり簡単じゃないお仕事をプレイせねばならぬ」



 そして!とティルダは叫ぶ。



「そして!自分もワルキューレの子だからかゴーストが()える!声とかもとてつもなく聞こえてしまう!特にあの世に行きたいのに行き方わかんないよ暗いよ怖いよ寂しいよという嘆きが!夜中にソレ聞こえるとかホラーか!」


「ソレを聞きつけて泣きながら外行くアナタも結構ホラーですわよ。行きたくない行きたくない連呼してる辺りが特に」


「ソレを言ったら悪に対するいけませんわモードのジョゼも中々ではないか?」


「ぐうの音も出ませんわ」



 救いであるワルキューレと殲滅である戦闘系天使で比べるとかなりの差があり、つまりこちらが不利ですの。



「まあさておきだな、いつも言っているが愚痴りたいのはここから、自分が母のようには飛べぬという部分だ」


「まあ遺伝って結構ランダムですものね。比較的良い部分をピックアップはしてくれてますけれど」


「そう!ピックアップしているのであれば翼も装備させて欲しかったぞ!お陰で泣き声は聞こえるが徒歩で行くにはかなりキツイ距離とかザラだからな!」


「ちなみに不満は自分でどうにか出来ないからと泣き声で安眠妨害される方と、泣いているゴーストがいるというのに迎えに行けないから職務全う出来ないって方、どちらですの?」


「ソレなら後者だな」



 やはり神の手足になる為に作られたモノ同士だからか、お互い社畜根性が染みついている気がする。

 自分も手持無沙汰だとついついこうして翻訳をやって働いている辺り、働くのを止めたら死ぬタイプのマグロだろうか。


 ……天使だのワルキューレだのと、イメージ的にはキラキラ系のハズなんですけれどねー?



「要するに、だ。遺伝的にどうしようもないとはいえこの問題をどうにかしたい。毎回言っている気がするが」


「ええ、毎回言ってますわ」


「コレが悩みなのだから仕方がないな。自分が空を飛べるタイプであれば夜毎あっち行ってこっち行って彷徨えるゴーストをあの世へご案内してやるのだが」


「ですわねー」


「……ジョゼ、良い魔物とか知っていたりしないか?」


「あら、珍しい。いつもならソコで溜め息吐いて寝転がって寝落ちしてますのに」


「いい加減このネタで悩むのにも飽きたのだ!しかし問題が解決しないと飽きていたとしても悩まされる!ならばもう飛べるタイプの魔物を紹介してもらってパートナーになるしかないではないか!」


「わたくし友人多いのは事実ですけれど、流石に魔物は友人のパートナーである魔物しか知りませんわよ」


「そうではなく!種族的な紹介をだな!」


「飛べるタイプの魔物、で良いんですのね?」


「いや、正確には自分を移動させるコトが出来る魔物、だな。出来れば飛んで移動するタイプが好ましいが、この際ワープするタイプでも構わん」


「よりハードル上がってませんこと?」



 空に憧れるのはこちらも天使の娘なのでわかるが、何故空を飛ぶよりもワープの方がハードル低いと思ったのか。

 保健室の扉がワープ式になっているからだろうか。



「んー、でも飛べるタイプ……あ、羽衣スワンとかこないだ裏手の森にある水辺で見かけましたわよ」


「羽衣?」


「羽衣スワン。美しい羽衣へと姿を変えるコトが出来る白鳥ですわ。まあ白鳥と言ってもうっすらとピンク色っぽい色合いなんですけれど」


「ふむ、ソレで?」


「その羽衣を身に纏うコトで飛べるようになるんですのよ。しかも羽衣装備状態だと風圧の影響も無効化、酸欠や寒さ暑さの心配も不要という結構凄い魔物ですわ」


「ソレは素晴らしい魔物ではないか!」


「ただやっぱり魔物ですから、性格は個体によって違いますわ。要するにパートナーになって欲しいと言って頷いてくれるかは」


「ではジョゼ!羽衣スワンのトコロまで案内を頼もう!」



 ()えてはいるが幻覚であってほしいと思いつつ、ペンを動かす手を止めて振り返る。

 振り返れば、ベッドの上に座って期待に満ちた笑みを浮かべたティルダが居た。

 とても楽しげにキラキラした笑顔で、この笑顔を相手に無下な対応は出来ない。


 ……ま、話している間に思っていたよりは進みましたし。


 目標終了時間と目標進行度には遠いが、ここまでの時間と進み具合を考えると予定よりは早く進んだ。

 つまりは頷くという選択肢をもう選んでいるんだろうなと他人事のように思いつつ、苦笑しながらペンを置いた。





 学園の裏手にある森の中、距離が近い水辺に一羽の羽衣スワンが居た。

 まったりと羽繕いモードらしい。



「ソコのうっすらピンクだが白鳥枠な羽衣スワンよ!ワルキューレの娘でありながら空を飛べないというこの自分から結構重要なお話がある!拒否権は無いから話だけでもシルブプレ!」


「うわあっ!?」



 だが空気を読まず、ティルダは勢いよく特攻した。

 最後もう言語がめちゃくちゃじゃないかというような言葉と突然の大声に、くつろぎ中だったのだろう羽衣スワンは羽毛をぶわりと膨らませて飛び上がり、数歩分こちらから距離を取った。



「……え、ナニ?ってうわあ凄い美人!」


「よくわからんが好意的というのは伝わったぞ白鳥魔物!というワケで話を聞いてもらおうかまずは自分がゴーストとか()えてあの世とこの世を行き来出来て更に彷徨えるゴーストの声が聞こえちゃうというトコからなのだが」


「わー!わー!こんなにも美人っていうか僕好みのヒト初めて見たよ!ねえキミの名前はナンだい?さっきは驚いたけど、こんな美人に声を掛けられるだなんて嬉しいなあ!」


「自分は今言ったような感じなのだがしかし空が飛べない。けれどワルキューレ的にはあの世に行きたい、というか逝きたいと嘆くゴーストをあの世へシュートしてあげたいのだ!

……おっと間違った、あの世へご案内してさしあげたいのだ!まあ本能みたいなモノだから賃金とかは発生せんのだがな!相手死んでるし!」


「いやあキミみたいな美人に声を掛けられただなんて、コレはもう同族達に全力で自慢が出来ちゃうね!ところでキミって高いトコロ大丈夫だったりしないかい?良かったら二人っきりで空のデート、なんてどうだろう!」


「いや本当、職務でありながら本能であり上からも相手からも賃金発生しないとかワルキューレの職事情はどうなっているのだろうな?

お客様からの感謝の言葉で腹は膨れぬのだが、生粋のワルキューレともなると膨れるのかもしれん。まあさておき本題だが夜に強かったりはしないだろうか!」


「僕はこの姿でも高く飛べるけれど、羽衣姿でもまた飛べるからね!そりゃあもう飛べるよ!ああとても高くまで飛べるとも!

高度よりも距離という場合もモチロン可能だ!キミが望む場所へ連れて行ってあげるさ!当然風圧や温度も問題無いレベルに調整するから安心してくれ!」


「是非とも自分と一緒にゴーストをあの世へ送り届けるという善行をやってもらいたい!いやいや、善行という名称で夜毎あっち行ってこっち行ってゴーストあの世へ届けて部屋戻ってスヤァと短時間睡眠して学業を全うしてというブラック過ぎる環境を誤魔化したりなどしていないぞ!」


「ちなみにドコへ行きたいとかはあるかい?もし僕に一任してくれるというなら、空から見ると水面に光が反射して海に広がる星空のようだったあの場所だね!

あまりに美しい星が水面に広がっているものだから、うっかり飛び込みそうになったものだよ!おっと、もっともキミの方が美しいけどね!」



 怒涛のドッジボールな会話に、否、会話というよりも主張のぶつけ合いに、外野の自分は遠い目になっている気がする。


 ……というか。



「…………アナタ方、ワリと主張一致してるんですからもうちょっと会話や対話をしては如何ですの?」



 一応そう声を掛けたが、自分の主張に忙しいらしい一人と一羽はまったく反応せずにひたすら主張を続けていた。





 コレはその後の話になるが、一通り主張を終えた一人と一羽に自分がお互いの主張をダイジェストで伝えた結果、需要と供給が結構一致しているのではとなった。



「む、泣き声が聞こえたから迎えに行かねばな」


「もう消灯の時間ですわよ?」


「ふぅ、剣術授業で疲れていようと聞き逃せないワルキューレ聴覚が憎らしい。まあソレ以上に得しているコトも多いがな!さておき羽衣スワン、今晩も出るが問題は無いな?」


「あ、無視ですのね?」


「僕はモチロン問題無いさ!ティルダと一緒に月と星空の下でデートというのは毎晩であっても素晴らしいものだからね!毎日更新されるキミの美しさによって僕の元気は常に回復しているよ!」


「羽衣スワンまで無視ですの?」


「頼もしくて良いな羽衣スワン!では今晩は少々遠出してあの世に行きたいが行けないゴーストをあの世へご案内してさしあげようではないか!」


「よーし行こう!」



 こちらを完全に無視して、羽衣スワンはその姿を羽衣姿へと変えた。



「ティルダとのデートでの憂いを無くす為にも、ソッコでゴーストをどうにかしたら風景を見ながら帰ろうか!ところで今日はゆっくりした帰りと素早い帰り、どっちが良い?」


「授業で疲れているから素早い方を選ばせてもらうぞ!」



 そう言ってティルダは羽衣を身に纏い、ふわりと浮きながら窓を開けた。



「オッケー、昨日はゆっくりデートだったから今日はそっちでも良いよね!緩急は大事だって聞くし!」


「ではジョゼ、行ってくる!窓のカギは開けておくように頼むぞ!」


「ハイハイ、行ってらっしゃいな」


「ああ!」



 最後だけこちらと会話し、ティルダは良い笑顔で夜空へと飛んで行った。

 あっという間に静かになった自室で、夜風が冷えるのでカギは開けたまま窓を閉め、室内の電気を消してベッドへと潜る。

 グンナイ今日という日。




ティルダ

あの世に逝きたいが道がわからないという迷子のゴーストの嘆きを聞いてはそのゴースト達をあの世に案内してる。

中々に主張が強いゴーイングマイウェイ。


羽衣スワン

美しい羽衣へと姿を変えるコトが出来る白鳥の魔物。

こっちも中々主張が強いゴーイングマイウェイであり、一羽でいたのは多分そのせい。


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