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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
96/300

腕無し少年とサポートサンド



 彼の話をしよう。

 生まれつきの怪力で、あまりの力だった為に両腕を切り落とされ、現在は両腕が無い状態で普通に生活している。

 これは、そんな彼の物語。





 食堂でミネストローネを食べていると、隣にハンバーグの載ったお盆が置かれた。



「よ、ジョゼフィーヌ。隣良いかい?」


「あら、ビセンテ。構いませんわよ」


「あんがとね」



 鮮やかな群青色の髪を揺らしてニッと笑ったビセンテは、そのまま隣に座る。

 そしてお盆の上にあるお手拭きで足を拭って、ナイフとフォークを足に取った。



「相変わらず器用ですわね、その足」


「そりゃ物心つく前から足使ってたんだ、当然だろ?」


「成る程、そりゃ当然ですわ」



 クスクスと笑い合いながら、自分はミネストローネを、ビセンテはハンバーグを食べる。

 ビセンテは魔物との混血であり、両腕が肩から無い。

 腕が無いという遺伝の混血も居ないではないが、ビセンテの場合は違う。

 彼の場合は遺伝により生まれつき凄まじい怪力で、生後間もなくの寝返りだけでベビーベッド破壊からの地震というコンボを発生させたらしい。


 ……つまり、ベビーベッド破壊でも衝撃が殺しきれなかったというコトですのよね。


 親からの遺伝だし元々人里離れたトコに住んでたらしいので家の中にクレーターが出来た以外の問題は無かったそうだ。

 正直クレーターが出来たコトは相当な問題ではないかと思うが、まあ混血の親はその遺伝の元である相手とパートナーになっていたりするので早々動揺はしないのだろう。


 ……さておき、問題は怪力ですわ。


 幼少期を普通に過ごすどころか人死にが出かねないというコトで、ビセンテの両腕は切り落とされた。

 故に、彼はこうして無い腕の代わりとして用いた為とても器用になった足で生活の殆どを賄っているというワケだ。



「……義手も駄目だったんですのよね」


「あん?ん、あーあーあー、そうそう」



 最初はナンの話だろうといった表情でハンバーグを口に含みながら首を傾げたビセンテだったが、すぐに思い至ったのか口の中のハンバーグを飲み込んで頷いた。



「どうも俺の腕判定出ると怪力が付与されるのか、義手ですら駄目だからね。念願の義手を試しに付けてコップを持った瞬間、コップは爆散義手も爆散っつー悲しい現実を目の当たりにした時は流石の俺も泣くかと思ったよ」


「もう筋肉とかじゃありませんわよね、ソレ」


「なー。まさか怪力に耐えられず義手も爆散とか普通思うかい?」


「思いませんわー」


「だよねえ」



 二人で混血特有の謎の理不尽に対し、うんうんと頷く。

 流石常に未知があるアンノウンワールドなだけあって、混血も未だ謎だらけだ。



「ま、ただあん時に俺は自分の怪力のヤバさを初めて認識したワケだ。両腕切り落とされたの物心つく前だし」


「ああ、確かに。生後数か月の頃の記憶とかその頃に異世界の意識や記憶がINでもしない限りは忘却の彼方ですわよね」


「そーそー。で、ソッコで俺の両腕を切り落とそう!って判断した両親はめちゃくちゃ正しかったんだなって思って」


「あー……そう言われるとまあ、最初は思い切りが良すぎないかって多少不満抱いてても、その事実を目撃したら適切というか妥当な判断だったというか超最善の判断だった、みたいな感じになりそうですわ」


「うん、なった」



 なったらしい。



「まーソレで色々納得して吹っ切れて、俺に腕あったらヤベェから腕無し生活エンジョイしよ、ってなったワケだ」


「ポジティブですわね」


「人類は大体ポジティブだろ?」


「ふむ、否定がまったく出来ませんわ」



 このアンノウンワールドにおいての人類はホントに大体ポジティブかつ楽観的だ。

 どちらかというと魔物の方が真っ当な感性を有しているコトが多いくらいにはノリが軽い。



「でもさ、やっぱこういう混血やら魔物やらがよく居るような王都とかの都会は良いよな、偏見無くて。学園内の設備とか凄く利用しやすいし、学園外も店とか結構こういう客に慣れてるって感じだし」


「ビセンテの故郷はそうじゃなかったんですの?」


「うん、田舎だからね。結構偏見凄くて、こうやって足で飯食おうとしたら店から追い出されるレベル」


「エ、腕無いのに足以外でどうやって食えってんですのその店主」



 寧ろ普通の椅子とテーブルでありながら足で食うという動きをする為の凄まじい体幹を褒めたたえるくらいするべきではなかろうか。

 ヤジロベエ以上の、腕が無くても揺れるコトすらほぼ無いというとんでもない体幹だぞ。



「だよね、やっぱそうなるよね!?こっちだってちゃんと足拭いてるっつーのにナニが駄目なんだか!いや確かに行儀悪く見えるかもしんないし他のお客さんがちょっと嫌な気分になるとかあるかもしれないけど!」


「……ソレ、行儀悪いんですの?」


「一応気は遣ってるけど、故郷ではしょっちゅうそう言われた」


「えー……そんだけ綺麗に食べてるのに……?」



 ビセンテの皿の上はとても綺麗で、零れ落ちたミンチが皿の上でバラバラしているというコトも無い。

 確かに足で食べる姿は行儀が悪く見えるかもしれないが、足でここまで綺麗に食べれる部分を評価するという選択肢は無いのだろうか。

 腕があっても食べ散らかすヒトは追い出されず、足で綺麗に食べるヒトは追い出されるというこの理不尽さよ。



「ジョゼフィーヌとかここの生徒や教師と、あと王都のヒトは皆そう言ってくれるからありがたいね。俺は体質的に義手が付けらんないからこういう食べ方以外無理だけど、横からぎゃいぎゃい言われたくはないし」


「そもそもぎゃいぎゃい言う理由がわかりませんわ」


「うん、そういうトコが助かるのさ。当然のように受け入れてくれてる辺りが」



 そう言って、ビセンテは嬉しそうに笑った。





 そんな会話の数日後、ビセンテは中庭で本を読んでいた。

 足の指でページを捲る為、ベンチの上で体育座りをするような体勢だ。



「ハァイ、ビセンテ。読書中ですの?」


「お、やっほージョゼフィーヌ。そうそう、今日は風無いから中庭で読もうかなってね」


「成る程、確かに読書日和ですわね」



 風が強いと勝手にページが捲れてしまったりするので、外で読むなら風が少ない日がベストだ。



「ナニを読んでるんですの?」


「前にジョゼフィーヌがオススメって紹介してくれたヤツ」


「……ああ、テーマに合ったコーディネートをして観衆にどっちが良いか選んで貰って、投票数が多い方が勝ちっていうバトルが日常的って設定の小説ですわね」


「そうソレ!いやー、最初は主人公が柄モノと柄モノ合わせるわで大丈夫か?ってハラハラする場面が多かったけど、まさか後半入ってから周囲から面白半分で渡された奇抜系の服を合わせて奇跡のコラボレーション起こし始めるとはね!」


「ソレ本当謎の組み合わせというか、まさか初期の頃のあの駄目な組み合わせの際の助言がここで……!?あ、しかもこの服日常パートで押し付けられた組み合わせが超難儀な服!とか……後半入ってから急に伏線と思ってなかった部分の伏線回収始まって驚きましたわ」


「うん、絶賛驚き中だよ」


「ちなみにそのシリーズは完結済みですけれど、もうすぐ……多分わたくし達が四年生になる頃に続編として新シリーズ出るらしいですわ」


「エ、ホントかい!?買わなきゃ!」



 反応が思ったよりも早い。

 どうやらこの小説は随分とお気に召してもらえたらしい。



「いやー、でもこの巻から登場したこのキャラとか結構凄い魔法使うけど、このキャラも出るのかな?」


「さあ……ネタバレする気が無いのでその後登場するかどうかも告げる気はありませんけれど、確かに描いたデザインそのままの服を魔法で出すというのは凄まじいですわよね」



 ちなみにネタバレすると最初は敵だったがこの戦いの後仲間になったりする。

 もっとも頼りになるタイプの味方ではなく、敵の時はやたら強いのに味方になった途端ポンコツというタイプだが。


 ……別に直ったワケじゃない主人公のポンコツファッションセンスに影響受けて、スランプに陥るんですのよね……。


 主人公のはただ気に入った奇抜同士を合わせた結果奇跡のマリアージュを起こした、みたいのが後半で連発されるだけであって、センスがまともになったワケではない。

 もっとも先程言ったスランプになるキャラは最終巻でスランプから回復してめちゃくちゃ格好良い見せ場があったりもするのだが、ネタバレはしたくないので黙っておこう。



「良いよね、こういう魔法」


「服を出すのが?」


「ソレもそうだけど、挿絵だと魔法で出したままの服に勝手に着替える、みたいな感じの描写になってるだろう?」


「ですわね」


「俺の場合は一応足でも着やすい制服にしてもらったけど、やっぱり面倒というか……いや慣れてるんだが、慣れてはいるんだがソレはソレとしてどうしてもシワになりやすいのがさ」


「あー」



 確かにビセンテの場合、足を用いるから前かがみな体勢になるコトも多い。



「でも制服はシワとか勝手に直る仕様ですわよ?」


「んー、そうなんだけど……やっぱ腕があればなーとは思うんだよな。椅子の持ち運びとかキツイし」


「ああ、こないだ頭に乗せた状態で歩いてましたわよね……」



 というかアレは普通に他のヒトに頼んでも良かったと思うのだが。



「ま、腕動かしただけでうっかりヒト殺したりするよりは」


「さいっこうにお世話のし甲斐がありそうな子だわー!」


「ぼふぅっ!?」


「ワオ」



 ビセンテは突進してきた大量の砂に覆い被さられた。

 訂正、大量の砂で構築されている魔物に抱き着かれた。



「ぶ、な、ナンだい一体!?」


「ああもう、ここで数日色んな生徒を見ていた甲斐があったわ!アナタのようなヒトを探していたのよ!」


「ナニがだ!?」


「だから、私が全力でお世話出来る最高のヒトがアナタなのよ!ええ、探していた甲斐があったわ!だってこんなにも素敵なんだもの!」


「……あ、もしかしてアナタ、サポートサンドです、の……?」


「そうよ!」



 女性っぽいシルエットになった砂の魔物、改めサポートサンドはニッコリと微笑んだ。



「……成る程ー」


「待てジョゼフィーヌ、納得するんじゃない!俺はナニも理解出来てないんだよ!?というか本!本!借り物なのにぐしゃぐしゃになってないだろうね!?」


「ソレなら大丈夫よ!ちゃんと潰さないようにしているわ!ええ、そのくらいはサポートサンドなのだから当然よね!」


「だからサポートサンドってナンなんだ!」



 サポートサンドに抱き締められながら、ビセンテは反射的な動きなのか無意識に蹴りを放つ。

 が、砂であるサポートサンドをすり抜けて終わった。


 ……まあ、砂ですものね。



「えーと、サポートサンドというのは見ての通りの砂の魔物ですわ」


「見ればわかる。で、いきなりヒトに抱き着くっていう性質でもあるのかい?」


「いえソレは無いんですけれど、サポートサンドは誰かの補佐をするっていう本能があるんですのよね。ソレはもう、食べられたいと思う食用魔物に匹敵するレベルで」


「自殺も厭わないレベル……!?」


「まあ言っちゃうとそうですわね。ただその分めちゃくちゃヒトの為に動こうとし過ぎて行いがほぼ介護で、介護を必要とするヒトならともかく必要としていないヒトからするとヒトを駄目にする砂という」



 要するに駄目人間を作りがちな魔物だ。

 もっとも介護を必要とするヒトからすると本当に助かる魔物なのだが。



「うふふ、アナタってば私のコトに詳しいのね!」


「つまりジョゼフィーヌの説明はホントってコトか……」


「モチロン、そうよ?そして私は全力でお世話出来る相手を探してここに潜んで沢山のヒトを観察してたの!その中でも特にアナタがお世話のし甲斐があるわ!」


「いや俺は現状自分一人でもワリと普通に生活可能なんだけど……駄目になりたくないし」



 まあ確かに、介護されるのに慣れてしまうと一人の時に困るようになってしまいかねない。



「そうなの?でも私はもうアナタって決めたし、離れる気は無いわ!」


「ぐっ、ジョゼフィーヌが食用系魔物レベルと言っただけはあって押しが強い……!」


「ソレに砂のボディだからどうにか引き剥がして部屋にこもったとしても翌朝目覚めるとベッドの横にはサポートサンドが、とかありそうですわよね」


「ホラーじゃないか!」



 実はホントにそういう前例があったりするのだが、ビセンテのメンタルに入るダメージを考えて伝えるのは止めておこう。



「んー、でも考えようによってはビセンテとの相性は良いかもしれませんわよ?」


「ドコがだい?」


「故郷帰った時に彼女が居れば食べさせてくれたりしますから、偏見やらに満ちている凝り固まった思想を有する前時代の遺物もピーチクパーチク騒がないと思いますわ」


「……ジョゼフィーヌ、言う時結構キツく言うね」



 コレでもオブラートに包んだつもりなのだが。



「でも確かに、そう言われると助かるかも……」


「でしょう?食事も着替えも排泄に至るまでお世話するから全力で頼ってちょうだい!さあさあさあナニも言わずに、まずはその乱れたシャツを直させて!」


「乱れさせたのは誰だと思ってるんだい!?」



 ……うん、サポートサンドってこういう強引なトコがあるから、害魔では無いけど危険だから気を付けてね扱いの魔物なんですのよねー……。





 コレはその後の話になるが、サポートサンドが引かないコトを悟ったビセンテはとりあえずお互いの妥協点を探ろうというコトになった。

 恐らく引き剥がしたとしても翌朝ベッドの真横でおはようされるのを察したのだろう。



「なあ、そのくらいは持つよ?」


「いいえビセンテ、アナタは最低限自分のコトは自分でするのは譲れないと言って最大限のコトをしているわ!ノートとペンと図書室で借りた本を持つくらいのコトはさせてくれないと!」


「んなコトを言われてもねえ……買い物の時とかめちゃくちゃ世話になってるってのに」


「私としてはもっと頼って欲しいのよ!着替えも食事も勉強も掃除もナニもかも!」


「俺は腕が無いってコトで甘えるような駄目人間になる気は無いのさ」


「もう……ソレだけお世話のし甲斐がありそうなのに、働き者なんだから」



 サポートサンドは溜め息を吐いてから、仕方が無いとでも言うような笑みへとその表情を変える。



「まあ良いわ、させてもらえるお世話をゆっくりと増やしていくだけだもの!ソレに、今は私の世話を必要としていなくても、年を取れば必然的に頼る回数も増えるでしょうしね?」


「そうならないように自分を律さないとだね」



 微笑むサポートサンドに、ビセンテも笑顔でそう答えた。

 ところで凄く自然に老後まで一緒宣言をした上に当然のようにスルーしながらも肯定という会話に聞こえたのだが、いつの間にパートナーになっていたのだろうか。




ビセンテ

遺伝で凄まじい怪力であり、腕判定がされた瞬間に怪力が付与されるので義手も付けられない。

だが妥当な判断だと思ってるし足で大体出来るし設備も整っているので結構普通に生活出来てる。


サポートサンド

とにかくヒトのお世話をしたがる魔物であり、介護を必要とするモノ相手なら助かるがそうじゃないとヒトを駄目にするだけの魔物。

お世話がほぼ寝たきりのヒト相手の介護レベルに至れり尽くせりであり、害魔では無いがある意味危険だし注意してねという扱いを受けている砂。


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