悪趣味料理人とハングリーモーメット
彼女の話をしよう。
学園の料理人で、悪趣味で、ドSな。
これは、そんな彼女の物語。
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学園の食堂にはバジーリオ料理長以外にも料理人が居る。
まあ生徒数が凄まじいのでソレは当然なのだが。
「エメラルド、ちょっとコレの試食してくれなーい?」
両手に料理を掲げながら笑顔でそう言うのは、リーディア料理人だ。
金髪を揺らしている彼女の料理は美味しいので是非と頷きたいトコロだが、彼女の好みを考えるとソッコで頷くのはただの愚行でしかない。
そう思い、掲げられている料理をしっかりと視る。
「……わたくしから見て右のミルクリゾットでしたら試食しますけれど、左のコロッケに見せかけた毒物はお断りいたしますわ」
「あら、やっぱりバレちゃう?」
「というか毒物を試食させようとしないでいただけます?」
「うふふ、他の子にはやらないわ。エメラルドなら見抜いて食べないだろうって思ってからかっただけよ」
リーディア料理人は自分の目の前にミルクリゾットを置き、人差し指を唇の前に移動させてパチンとウィンクした。
「今は、ね♡」
……コッワ……。
「ちょっと、ナニよその反応。ヒトの最高キュートなスマイル前にして腕さするとか反応おかしくない?」
「いやもう、前科あるヒトのその言動ただのホラーですわよ」
「前科ってナニよ前科って!今はやってないし昔やったヤツはちゃんと対になる料理作って食べさせて元に戻したからお咎め無しだったし!私は無罪よ!」
「後始末が必要だった辺り、ほぼ前科扱いで良いと思いますわ」
やらかしたコトがコトだ。
命に別状は無いタイプだったから良かったものの、無差別に色んなヒトからとあるモノを奪ったという前科がリーディア料理人にはある。
もっとも奪ったモノが物質的なモノでは無かった為罪状云々が難しく、元に戻したら無罪放免というコトで、みたいなぐだぐだだったらしいのだが。
……要するに前例無いしで判断難しいからうやむやになっただけなんですのよねー……。
「で、そちらのコロッケはどうすんですの?」
毒ではなく普通に美味しいミルクリゾットを食べながら聞くと、リーディア料理人はニッコリと微笑んで隣のテーブルを指差す。
隣のテーブルには、リーディア料理人によって作られた毒物料理をもりもり食べている魔物が居た。
「……またハングリーモーメットに食べさせるんですのね」
「あら、ハングリーモーメット自身が私の料理を食べたいって主張してるのよ?」
「うむ、その通りだ」
食べるのに夢中になっているかと思っていたが、どうやら聞いていたらしい。
食べた人間や魔物の能力、そして強さをまるっと奪って足し算していくコトが出来るという、分類的には邪神とされるのがこのハングリーモーメットだ。
「我はリーディアを愛しているからな」
ハングリーモーメットは目を笑みのカタチにしてそう言った。
「だが我はこの特性故に強過ぎて、弱きモノを愛するリーディアの対象外。だからこそ!我はこうして愛するリーディアによって作られた弱体化する料理を食らうコトにしたのだ!」
そう、リーディア料理人は弱い存在が好きというちょっとアレな性癖を持っている。
いや弱い存在が好きというだけなら良いのだが、彼女はソレが高じてというか行き過ぎた結果、食べたヒトを弱くしたり能力を消し去ったりという料理を作れるようになってしまったのだ。
……まあ、一部自分の能力に悩まされている勢からしたら喜びそうではありますけれど。
だがコレは毒による永久的なデバフのようなモノである。
しかも弱くするというのが目的な為、ナニが削られるかはリーディア料理人本人ですら不明だという。
要するに厄介なスキル消す為に食べたとしても違うスキルが消える、または体力や筋力の上限が削れる、といったコトが起きかねないのだ。
……しかもコレ、昔は無差別で色んなヒトに食べさせてたっていうのが恐ろしいですわ。
弱くなるというコトは、要するに虚弱や病弱が増えるというコト。
そんな毒物を無差別に食わせていたというのだから恐ろしい。
……ソレを嬉々として食べてるハングリーモーメットも相当頭狂ってますわね。
「ふふふ、今までは美味しく強くなるのが我であったが、恋というものは邪神すら変えるモノだな。まさか我が美味しく弱くなろうとするとは」
……その言葉、普通のヒトは美味しく痩せるとかで使う言葉だと思いますわ……。
「ピザにフライドチキンにカルボナーラ、そしてオムライスにより我は今日もまた弱くなった。具体的には魅了と模倣と照準合わせと人形操作が使えなくなった!どうだリーディア、弱くなった我は!?」
「まだまだ全然弱くないわ。ハイ、追加のコロッケ♡」
「いただこう」
どういうやり取りだとツッコミたいが、狂人と邪神の思考に常識は無い。
つまりイージーレベルな狂人である自分では理解不能な領域だ。
「ナンというか……ハングリーモーメットがリーディア料理人に惚れるまではわか……んー、わかんないけどとりあえずわかるにしておきますが」
「今のってツッコミ待ちかしら」
「ハングリーモーメットはどうやってリーディア料理人が弱い存在が好きってコトを知ったんですの?」
「普通に告白したら「強い存在には興味なんて小指の爪の先程も無いの」と言われたのでな」
「おっと」
邪神から告白されても揺るがない主張。
ソコで自分を押し通せる辺り、流石レベル高めな狂人と言えよう。
「確かに我はとてつもなく強いし、ソレが本心からだというコトも我の持っていた能力でわかってしまったから、じゃあ弱くなろうと思ってな」
「じゃあ弱くなろうってなったんですのね……」
思考回路が頭おかしい。
弱くなろうでなれるものなのだろうか。
「我はリーディアの対象内に入る為、弱くなろう!とその場で宣言した結果、ならば弱くなる料理を作れるからソレを食べる気はないかと言われ、今に繋がる」
「あ、あー……だからソレ食べてんですのね」
通りで対象外のハズなのにめちゃくちゃご馳走されているなと。
「元々食らうのが我の特性故、食うコト自体は苦でも無い。美味しいし、その上愛するリーディアが作ってくれているのだからな」
「あらヤダ、照れるじゃない」
リーディア料理人は頬を両手で覆いつつ、乙女のような笑顔で言う。
「アナタがもっと弱かったら惚れてたわ」
「おのれ!我が強過ぎるせいで折角ときめいてくれたとしても毎回毎回あと一歩が足らん……!」
「んー、一歩というかアナタ強過ぎるから、十歩以上足らないわね」
「何千年何万年と蓄えてきた強さがここまで疎ましくなる日が来ようとは!」
結構楽しそうに会話してるなと思いながら、自分はミルクリゾットを食べ終えた。
・
食べ終わったハングリーモーメットがまた来ると言って去ったのを見届けてから、正面に座って紅茶を飲むリーディア料理人に視線を向ける。
「……リーディア料理人」
「あら、なぁに?もしかしてエメラルドも食べたいの?お煎餅」
「紅茶に煎餅合わせて美味しいのかわかんないので遠慮しておきますわ」
「そう?美味しいのに……じゃあ煎餅混ぜ込んだバニラアイスは?」
「エ、ソレありなんですの?」
「コレも結構美味しいのよ」
確かに甘じょっぱくて美味しそうな気はするし、紅茶と煎餅の組み合わせよりはデザートっぽい気がする。
「じゃあ、いただきますわ」
「ハイ、どーぞ」
食べてみると、思ったよりイケる味だった。
コレはチョコ掛けポテチを食べた時のような、甘いとしょっぱいが良い感じに合わさった時の味。
「美味しいですわね、コレ」
「でしょう?……で」
バキンと割った煎餅をしっかりと咀嚼して飲み込んでから、リーディア料理人はニッコリと微笑む。
「ナニか聞きたいんじゃなかったかしら」
「ああ、そういやそうでしたわ」
うっかり流されたが、本題は煎餅アイスではないのだった。
「リーディア料理人って、もう既に結構ハングリーモーメットに惚れてますわよね」
「……いきなり直球で本命の部分貫いてくるわね」
「いやコレ、遠回りしようにもどう言えば良いのかわかりませんわよ?」
「翻訳とはいえ物書きなら曲解した言い回しを頑張りなさい」
物書きに対する酷い偏見を聞いた気がする。
「……まあ、そうね。好きよ」
「でもあの方、まだ大分強いですわよね」
「そりゃあね。でも私、正確には弱い存在が好きとはちょっと違うから」
「エッ!?」
「簡単に説明するとそうなるだけ」
さらっとそう言って、リーディア料理人は紅茶を飲んだ。
「じゃあ、正確な好みってどんなんなんですの?」
「私だけを見て、私を必要としてくれて、私が居ないとダメって感じの存在……かしらね」
「ソレ、ただのダメンズでは」
「ソレでも良いっていうか、寧ろそのくらい駄目になってくれた方が可愛がりやすいのよ。私に対して弱くあってほしい、というか」
「あー……そういう意味の弱い存在……」
そしてソレを手に入れようとした結果が、食べたヒトを弱くする毒物料理なのか。
恐らく自分の思い通りの存在が中々居ないから養殖しようとなって、手っ取り早いのは全体的に弱くするコト、みたいな結論になったのだろう。
……まあヤベェ狂人の思考は流石にわかんないので恐らく、でしかありませんけれどね。
「だからハングリーモーメットは好きよ。彼、私を求めてくれてるし、私が居ないとダメって公言してるし、私が必要不可欠になるくらいの弱さになろうとしてくれてるもの」
「必要不可欠なくらいの弱さって、ソレもう死に掛けだと思いますわよ」
「そのくらい弱い方が可愛がりがいもあるわよね♡」
成る程邪神相手にも揺らがぬドS。
「ま、だから今のままでも充分好きだし愛してるわ。でも折角ならもっと好みに近付いて欲しい!って思うじゃない?向こうもその気みたいだし」
「向こうはソレがわかってないからその方向に突っ切るしかないんだと思いますわ」
「私の為にそのくらい全部を投げ出してくれるのを見せてくれないと、強者なんて愛せないのよねー。ホラ、強者っていつでも他に行けるだけの余裕があるから」
「……ソレ、要するに今やってるのは他に行かないよう手足切り落としてるって意味じゃありませんの?」
「そうよ」
リーディア料理人のニッコリした笑みを見た瞬間、ナンだか寒気が背筋を駆け上がってきた気がする。
恐らく煎餅アイスで体が冷えたのだろう。
……というか、そう思っとかないとメンタルにダメージ入りますわ……。
「でも、そんな強者であるハングリーモーメットは私の為にって頑張ってくれてるわ。今までため込んだ能力を捨ててまでね」
リーディア料理人はクスクスと微笑んだ。
「だから私はハングリーモーメットを好きになって、ああして弱くする為の料理を作ってるのよ。わざわざ兵士に許可まで貰って」
「許可?」
「昔やらかした時に、前科扱いしない代わりにもう作るなっていう契約をさせられたのよね。だから無断で作れないしってコトで、事情説明してハングリーモーメットにのみ食べさせるって前提で局所的許可を貰ったってワケ」
「……あの、わたくしに試食させようとしてたコロッケって」
「ああアレ?ただからかっただけの遊びよ」
「シャレになんない遊びしないでいただけます!?この学園のヒトはもうどいつもこいつも!」
「アハハ!だってエメラルドなら絶対そういうの見抜くから安心して仕掛けられるんだもの!」
「どいつも!こいつも!」
貴族らしからぬ口調だが、コレはもう口調が崩れても仕方がないと思う。
まあ平常時から自分の口調はワリと崩れているが。
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コレはその後の話になるが、ハングリーモーメットはまた弱くなる為に食堂へやってきていた。
というか気持ち的には両想いなのでリーディア料理人とハングリーモーメットはもう既にパートナー関係になっているように感じるのだが、藪をつついて蛇を出す気は無いので黙っておく。
悪の気配はしないし神ともまた違う邪神なので比較的接しやすい相手ではあるが、ソレはソレ。
……神の恋路に口挟んだらその瞬間どうなるかわかんないのが怖いんですのよねー。
要するに特大の面倒事に関わる気は無い、というコトだ。
「……む、また一つ能力が無くなったな。良いコトだ」
ステーキを食べながら、ハングリーモーメットは満足そうに頷く。
「今失ったのは遠見か……ふふ、コレでまたリーディアの好みへと近付けた」
そう呟く声は、愛しいモノを想うような甘い声だった。
「……ホントーにリーディア料理人が好きなんですのね」
「モチロン、愛しているからな」
ステーキを食べ終えたハングリーモーメットは、次のハンバーガーを食べ始める。
「こうやって食べて、もっと食べて、早く、早くもっとずっと弱くなってみせるとも」
大きめのハンバーガーは、ペロリと平らげられた。
「そうすればきっと、リーディアは我を沢山沢山愛してくれるだろう?」
目を笑みのカタチにして笑うハングリーモーメットからは凄まじい本気が感じられて、狂気に近いその愛のどろどろした甘さに、自分は思わず胸焼けを覚えた。
リーディア
ゲームでよくあるレベルやステータスを下げるアイテム、みたいな料理を作って無差別に振る舞うという一種のテロをやらかした前科ありな料理人。
ハングリーモーメットにしか振る舞わないし料理の腕が良いのは事実だからというコトで学園の料理人に就職した。
ハングリーモーメット
食べたモノの能力や強さをまるっと奪うコトが出来る邪神だが、現在は全力でリーディアの作る料理を食べてソレらを手放し中。
過去はそりゃもう伝説級にヤベェ邪神だったが、今は恋に盲目状態になっている。