再生少年とスモークコヨーテ
彼の話をしよう。
部族ごと不死身で、再生能力が高く、痛覚が無い。
これは、そんな彼の物語。
・
ヒトと魔物は相棒、夫婦、家族、その他諸々近しい存在という意味でパートナーという関係になるコトがある。
昔はどちらかというと相棒という関係が多かったそうだが、どんな魔物が相手でも子が作れる誕生の館が出来てからはパートナーと言えば夫婦、のような関係だ。
……もしくは恋人、ですわね。
さてそんなパートナー関係だが、魔物によってはパートナーになるコトで恩恵があるタイプが存在する。
例えばベイビィユニバースはパートナーを不老不死にするコトで死ぬまで一緒に生きれるようになる、という恩恵がある。
パートナーにベイビィユニバースの世話をしてもらわなくてはならないというアレコレがあると考えると恩恵で良いのかはちょっぴりアレだが、まあヘンモ警備員はのんびりポジティブに生きているので良いというコトにしておこう。
で、魔物とパートナーになるコトで恩恵を授かっているタイプのヒトはこの学園内にも結構居るのだ。
「まぁったくよぉ、そう泣くなってぇ。なぁ?ホラ……目ん玉真っ赤になっちまうぜ」
「ですが、ですが……う、ぅうっ……」
ボロボロと涙を流しているのは、煙で出来ているコヨーテの魔物、スモークコヨーテだ。
煙内に含まれている水分が涙になっているのが視えるので煙なのに涙?とは思わない。
……まあ、目は最初っから赤い目なのでソコに関しては一瞬だけ疑問符浮かびますけれどね。
そんな疑問符を浮かばせるようなコトを言いつつスモークコヨーテの涙を指で拭うのは、スモークコヨーテのパートナーであるロニーだ。
とある少数民族の子であるロニーは、淡くくすんだピンク色の髪を揺らしてケラケラと笑う。
「そう気にするコトは無いっていっつも言ってるだろ?」
「ですがロニー……私は、私はまた、アナタを食べ過ぎてしまいました……!」
懺悔するようにそう言うスモークコヨーテは、主食が人肉という魔物だ。
対するロニーだが、現在ロニーの腕はスモークコヨーテの涙を拭っている右腕しかない。
左腕は先程、腹を空かせたスモークコヨーテによって肩の付け根までガッツリと食われたからだ。
「痛み無いから気にしなくて良いって言ってんのになぁ」
肩の付け根からダラダラと血を流しているロニーは、視える神経の動きからしても本気で痛覚を感じていない。
「ソレに、ホラ。もう生えてきてるし」
ロニーがそう言うと共に、ロニーの左腕がメキメキと生えるように再生した。
一緒に食われた制服も、自動修復の機能が付与されているお陰ですぐに元通りだ。
談話室の床やソファに染み込んでいた血は、談話室に掛けられている魔法によって溶けるように消えた。
……談話室って、こういう機能があるんですのよね。
飲食可能な空間だからかもしれないが、助かるっちゃ助かる。
もっとも、だからこそ談話室で血生臭いコトをする生徒も多いので正直プラマイトントンだとは思うが。
「……相変わらず、再生があっという間ですわよね」
「ん?ジョゼフィーヌ。見てたのか?」
「そりゃ血の匂いがするわスモークコヨーテが泣いてるわの状況になったら視線向けますわ」
「最近は一年生もすっかり慣れてあんまり気にしなくなってると思うけど……まあ、気にするヤツは気にするかな」
ふむ、と納得するように頷いているロニーだが、パートナーに食われているヒトを見たらノーマル以上の狂人でさえない限りは気にするだろう。
いやまあ、ノーマル以下の狂人でも慣れればスルーは可能だろうが。
……わたくしの場合、同時に違う場所に視線を向けれるからこそスルー出来ないんですのよねー……。
「でもホントに凄いですわよね、その再生能力。数分足らずで腕一本が再生って結構な速さですわよ」
「だろ?スモークコヨーテのお陰で痛くも無いから大助かりだぜ。血の一滴でも残ってれば破片すら無くても復活出来るしなぁ」
「違います……!」
嗚咽を漏らしながら、スモークコヨーテが首を横に振って否定する。
「違います、違うんです……!私の、私達のお陰だなんてコトはあり得ない……全ては私達のせいで、ロニーは、ロニー達はこんな、痛覚も無い不死身の体に……!」
「またかぁ?ったく、スモークコヨーテは他のスモークコヨーテよりも考え過ぎるからそうなるんだよ。俺は生まれた時からこの状態だし、今更不死身じゃなくなったり痛覚発生する方が怖いっての」
そう言いながらロニーはスモークコヨーテの首の辺りをワシワシと撫でた。
煙なのであまり撫でれているようには視えないが、一応アレで撫でれてはいるらしい。
「……というか、前から思ってたんですけれど、スモークコヨーテはいつもいつもナニをそんなに悲観してますの?」
「お、踏み込むねぇ」
ロニーはニヤリとした笑みを浮かべた。
「最初は踏み込んで良いのかわかんなかったから聞くつもりありませんでしたけれど、学園で色んな友人が出来、色々と学びましたもの」
「で、聞こうって?」
「で、そうごちゃごちゃ考えてる魔物は居てもごちゃごちゃ考えてるヒトはあんま居ないから気を遣う方がアホ、という結論に至りましたわ」
「アッハッハ、まあ確かに真理だよなぁ、ソレ」
スモークコヨーテを抱き締めながら、ロニーはカラカラと笑う。
「気ぃ遣った方が良いヤツが居んのは確かだけど、大半は俺みたいにソレが常識、っつーヤツの方が多いワケだし。気にしてるヤツならともかく、俺とかの気にしてねぇヤツにはそうやって聞いても問題ねえっつーのはその通りだろうさ」
ソコまで言って、ロニーはパチンと片目を閉じた。
「多分、な」
随分と手慣れたウィンクだ。
「ま、さておきスモークコヨーテがいっつも泣いて悲しんでる理由だけどさぁ」
スモークコヨーテを両腕で抱き締めるようにしながらワシワシと撫でつつ、ロニーは語り始める。
「俺の部族?っつーの?まあナンか、少数の民族だってのは知ってるよな」
「ええ」
「俺の故郷ってのはまあ、ちょっと過酷な環境でさ。大怪我を負って死ぬヤツが多くて、昔は本気で滅びの危機に瀕したコトがあるらしいんだよ」
「ああ、ナンかの本で読みましたわね、ソレ。その時にスモークコヨーテと共に生きるようになった、と」
「そんだけ?」
「所説あり、という状態なので本によって記述が違い過ぎるんですのよ」
「なぁる程なぁ」
ロニーはケラケラと楽しそうに笑った。
「スモークコヨーテと共に生きるってのは一緒なんだけど、そん時はどうもスモークコヨーテも滅びの危機に瀕してたらしいんだ。ホラ、主食が人肉だし、当時はまだ人肉料理店とか無い頃だったし」
「あー」
「そんで、パートナーになれば痛覚は失われるが血の一滴でも残っていれば復活出来る再生能力が得られるから、ってコトで俺達はスモークコヨーテとパートナーになったんだ」
「ああ、成る程。生きる為に糧となるか、みたいな……」
「そゆコト」
ニヤリ、とロニーは目を細めて笑う。
「俺達は死なない体を手に入れる代わりに、パートナーであるスモークコヨーテの食料になったんだ。スモークコヨーテの方は安定した食いモン手に入るしで、お互い滅びずに大勝利、ってな」
「大勝利などではありません……!」
ロニーの胸にぐりぐりと頭を押し付けながら、スモークコヨーテはボロボロと涙を零し続けていた。
「私達はただ、安全に、本人達の許可を得た上で人肉を食べようとしただけです……。
私達は人肉しか食べられないけれど、けれど食えば害魔として討伐されて、衰退するより早く滅ぶのはわかっていたから……だから、だから同じく滅びかけていたロニー達の先祖に声を掛けたのです……!」
「いや、だから俺達としては死なないからって無理矢理痛覚ある中食われるのはイヤだけど、痛覚無いなら普通の人間が髪切るのと大して変わんないしまあオッケーって感じなんだけどな?」
「ですが、ですが……私達はパートナーという立場になっただけ……!恩恵を与えたとはいっても、ソレだけです……!
ソレだけで、私達は暖かい寝床とアナタ達という食べ物を確保した……!コレは、アナタ達を搾取しているも同然ではありませんか……!」
「うーん……俺達からすると種族が存続出来るならソレで良かったし、別に奴隷にされたワケでも無いから」
「そうは言っても、扱いがほぼ家畜なのですよ……!食用魔物でも無い相手を家畜のように飼育しているも同然……そして、そう言いながらも私は、私は……ロニーの血肉が美味し過ぎて、食べるのを止めるコトが出来ない……!」
「痛覚無いし、生まれてすぐにスモークコヨーテのパートナーになって食われるのがウチの風習みたいなモンだから良いって言ってんのに」
「私は、私は赤ん坊の頃のアナタがあまりに美味し過ぎて全部食べたどころか血溜まりまで舐め取ってしまいました……!
敷き布がアナタの血を含んでいたから再生出来たようなものの、私はアナタを本気で殺しかけたのですよ……!?そんな、そんな魔物との共存など、いつ滅んでもおかしくない……!」
「んんー……」
ロニーは眉間にシワを寄せつつ、泣きながら懺悔するスモークコヨーテを抱き締める。
泣いている時はいつも抱き締めているからか、スモークコヨーテは少し落ち着いたようにスンスンと鼻を鳴らす程度に落ち着いた。
……ソレにしても、色々詳しいコトがわかったはわかりましたけれど……。
「スモークコヨーテって皆こうも色々考えて自縄自縛みたいな状態になってんですの?」
「いんや、コイツだけ。他のスモークコヨーテは皆もうちょっとフランクにパートナー食ってる。懺悔して泣きながらパートナー食って自分の中の矛盾に押し潰されそうになってる方が変わってるんだよ」
「成る程」
確かに変わっている。
人間達ですら痛覚無くて復活可能なのであれば人肉料理用に肉を提供してお金にするコトが多いというのに、食う側がソレを気にするとは。
特にロニーは頻繁に食肉用として自分の体を売っているくらいなので本気でその辺りを気にしていなさそうなのだが。
……ま、本人気にしてなくても周囲が気にするとかはあるっちゃありますけれど。
台風の目のように、周囲が騒ぐという事例はある。
ソレでもコレに関しては彼女以外普通に受け入れているのだが、もしかするとスモークコヨーテはかなり真っ当なメンタルをしているのかもしれない。
もしそうなら、狂人の感性で理解不能なのにも納得だ。
・
コレはその後の話になるが、今日もスモークコヨーテは泣きながらロニーの肉体を食っていた。
「う、うう……」
「スモークコヨーテー?俺を食いながらそんな泣かれると俺ってまずいのかなーって気持ちになるんだけどー……」
「まずくなどありません……!」
そう言いながらも泣いているスモークコヨーテは、抉られたロニーの腹から内臓を引きずり出してガツガツと食べていた。
悲しげに泣いているスモークコヨーテの姿はまずいモノを無理やり食わされたかのようにしか見えないが、良い食いっぷりからすると普通に美味しいと感じているのだろう。
……まあわたくし人肉食べないタイプなので、人肉の美味しさは正直わかりませんけれど。
「ロニーは、とても……とても、美味しいです……。申し訳ないと思いながらも、食べるのを止められない程に……」
「なら良いけどねぇ」
内臓が食われているからか、ロニーは口からゲポッと血を吐き出しながら笑った。
「……ロニー、アナタ今かなりヤバい感じのビジュアルになってますわよ」
「あ、ごめんジョゼフィーヌってグロ系駄目だったっけ?流石に自室でやると臭いとか血の跡とかがさぁ」
「いやまあ平気ですけれど……」
ソレに談話室でなら消臭も掃除もされるから後が楽だというコトもわかるはわかるが。
「横になった状態で腸食われながら血ぃ吐いてるって、結構アレな感じになってますわ」
「アレな感じって言われても俺痛覚無いからなぁ……もしかしてジョゼフィーヌって他のヒトが痛そうなのを見て痛み感じるっていう痛覚過敏なタイプ?」
「よっぽどじゃなければ平気ですし、アナタの場合は見慣れてるし脳も神経も痛み感じてないからそういう描写の小説読んでる時よりもマシですわ」
「現実が創作物に負けちまったかー」
ロニーは腕を枕にしながら、血を吐きつつケラケラと笑う。
「……そんだけ血ぃ吐いても平気なんですのね」
「血も再生するから貧血にならないし、なってても痛覚が無いからあんまわかんないんだよなぁ。動くならともかく、今動けないし」
確かに腹抉られている状況で立ち上がるのは周囲の同級生や後輩達のメンタルによろしくないのでそのまま寝転がっていて欲しい。
「ただ正直血のせいで喋り辛いのが難点かな。俺って血液や切り落とした手足が本体回復後に消滅するタイプじゃないから、コレ結構邪魔なんだよ。乾くし鉄の味するし」
「でもその分血液や肉を食用に提供してお金稼いでるじゃありませんの」
「うん、ソレに関してはホント感謝してる!お陰で故郷への仕送りも充実してるしな!」
とても良い笑顔で親指を立てているが、そんなロニーのビジュアルは現在とってもスプラッタで全然爽やかに思えない。
「あとお金あるから結構色々食べれるのも嬉しいんだけど、スモークコヨーテは人肉料理店あんま好きじゃないっぽいんだよなぁ。生の方が好き?生でも食べれる店探そうか?」
食われながらそう言うロニーに、肝臓を食らっていたスモークコヨーテは少し恥ずかしそうにしながら、小さい声で囁くように言う。
「……私は、ロニーの肉が好きなんです……。食べるのを止めなければとは思うけれど、止められない程に……アナタの肉が、私にとってのご馳走ですから……」
ロニーは驚いたように目をパチクリさせた後、頬を手で覆った。
「…………ヤダ、照れる」
照れたように視線を逸らすロニーだったが、血塗れスプラッタなビジュアルの上に血が足りていないのか顔色が悪く、お世辞にも照れているようには見えなかった。
まあ、脳や神経の動き、そしてまだ辛うじて動いている心拍数からすると、照れているのは事実なのだろうが。
ロニー
痛覚無しで再生能力がバリ高い不死身だが不老では無いので寿命通りに老衰するタイプの不死身。
一時期滅びの危機に瀕したレベルの少数民族なのでお金が無く、食堂や人肉料理店に提供する自分の肉で学費や生活費を作っている。
スモークコヨーテ
他よりも色々と考え過ぎて自縄自縛状態になるネガティブな個体。
食べるのをイヤだと思う理性はあるものの、ロニーの血肉の美味しさによって本能が勝りついつい毎回食べ過ぎて懺悔する。