司書とボックスダイス
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼の話をしよう。
ヒトの腰を砕きまくる低音で、よく童謡を口ずさむ、歩くテロ。
これは、そんな彼の物語。
・
高さも広さもある図書室の主であるランヴァルド司書は、パートナーが居ない。
「知っての通り、私は低音過ぎるというか……この声が原因で、パートナーになってくれる魔物が居なくてね」
腰が砕けるので、まともな対応が出来る魔物が居ない、というコトらしい。
話をしていた最中も自分の下半身は生まれたての小鹿よりもガックガクだったので、本能強めな魔物からすれば、歩く兵器みたいな存在だろう。
兄や姉曰く、ランヴァルド司書の声は年々低くなってレベルが上がっており、慣れるコトは不可能とのコト。
そう考えると、パートナーに、と思う魔物が居ても無理な話だ。
……せめてそういうのが平気な魔物が居れば良いのだけど。
ランヴァルド司書は結構お茶目というか、自分の低音を自覚しているというのに結構喋る。
ヒトが沢山居る場所でも普通に喋る。
結果テロがあったかのように生徒達が座り込んでしまうのだが、ソレをニコニコと見ていたりするのだ。
……多分、性質的にSなんですのね。
性質的にというか、性癖的にというか。
まあとにかく、身を固めてくれればそういうのは減るのではないかと思ったのだが、低音が原因では仕方ない。
本の整理をしているランヴァルド司書を視界の端で視ながら、読んでいる本のページを捲る。
今日読んでいるのは極東の同人誌だ。
この図書室は様々な本が揃えられているし、倉庫に仕舞われ続けるのはちょっと、というコトで、図書室自体を広くして全部を棚に置くコトでソレを回避している。
つまり、成人向けも普通に閲覧可能というワケだ。
……まあ、今の世代、性欲が殆どありませんしね。
読んだとしてもナニも起こらないのが現代人。
触手で少年が大変なコトになっている同人誌を読んだトコロで、「触手系魔物との性行為はこんな感じなのか」「呼吸とか大変そう」くらいの感想しか出てこない。
同人誌内での性行為はファンタジー扱いとはいえ、実際触手だのが居る世界なのだ。
つまり、パターンとしてはこういうのもあるよ、という性行為の教科書みたいな扱いもされている。
……魔道具だの魔法だのを使えば実際大体のコトは可能ですから、ホントに教科書でしかないんですのよねー……。
だからこそ学園の図書室に置けるのだろう。
そう思いながら読み終わった同人誌をパタンと閉じた。
「あ、読み終わった?」
「アガァッ!?」
閉じた瞬間、ランヴァルド司書による低音攻撃が襲ってきた。
思わずその低音に背骨が震え、ガクンと机に上半身を預けるような体勢になってしまう。
……口が動くのは視えてても、耳塞いでも聞こえる低音相手じゃ意味ありませんわー!
一瞬とはいえ心に警戒を作れる分、マシなのだろうか。
結局ダメージが入るとはいえ、やられるとわかっているだけマシなのかもしれない。
「……な、何ですの?ランヴァルド司書」
「うん、ちょっとお願いがあって」
「ウグッ」
第二波だったお陰で背中を丸める程度で済んだが、しかしこの声、ホントにどうしたものか。
慣れるコトが出来ればと思いはするが、この学園に来てから図書室に通いつめて頻繁にランヴァルド司書の声を聞いているというのに、まったく慣れる様子が無いのだ。
寧ろ毎日リセットされている気がする。
……毎日微妙に、声が低くなってるのかも知れませんわねー。
今は椅子に座っているから比較的マシとはいえ、ランヴァルド司書と長時間会話するのは避けたい。
何せ、前にちょっと長話をした際、砕けた腰が中々回復しなかったのだ。
下半身が丸ごと消えたかと思うくらい感覚が無かった。
低音の振動に反応する体を無理矢理制御下に置こうとした反動なのだろうが、アレは二度とごめんである。
「実はね」
遠目かつ一見しただけでは未亡人に見えなくもないランヴァルド司書。
確かに長くて美しい金髪だし、線も細い。表情も雰囲気も常に柔らかいし。
だが、よく見れば男らしい骨格をしているし、声は腰が砕けるレベルで低い。
そんなランヴァルド司書は、イタズラっ子のような表情を浮かべて、口元に人差し指を持って来て「シー」と言うような仕草をしながら言う。
「物置部屋の発掘を手伝って欲しいんだ」
「ウグゥッ!」
……こ、腰がっ!
電流が流れたかのような衝撃が腰に流れ、腰から下が消滅したかと思った。
ナンというかホント、ランヴァルド司書、絶対に自分の声の使いドコロをわかっている。
そうでなければ、頼みゴトをするタイミングでこうも攻撃力を増やすなど不可能のハズだ。
……というか物置部屋の発掘とか普通に無理ですわ!
あまりの低音により、肉体が反射的に頷くどころかヘッドバンギングをし掛けたが、根性でソレを押し留める。
物置部屋とは、建物のあちこちにある正真正銘物置きの部屋だ。
初等部、中等部、高等部はまだ良い。大体が授業で使うモノだし、定期的に必要なモノを持って行くので、ある程度の整理整頓はされている。
が、問題は職員用の建物にある物置部屋だ。
アソコは扉越しに中を視たが、アレは酷い。
本当に、とにかくモノをありったけ詰め込んだような部屋なのだ。
積もっている埃は魔法でどうにか出来るとはいえ、魔法が掛けられた道具や試作品の魔道具などのアイテムが適当に積まれた空間。
埃に対しては魔法を使っても対象が埃なので問題無いが、アイテムの方に片付ける為の魔法は厳しい。
……下手に反発したら怖いですものね。
普通は大丈夫だが、物置に放置されるような試作品の場合、反発などもあり得る。
つまり、学園内でも上位に入る危険スポットだ。
「あ、わたくし、今日ちょっと、本屋に行って新刊を買ってカフェに寄って本を読むという予定があったのを思い出しまして、これにて失礼させていただきたく……」
「うん、今日新刊無いよ」
なのでソッコで作り上げた適当な用事で逃げようとしたが、駄目だった。
ランヴァルド司書は本屋から直に本を経費で購入して図書室の棚を潤しているので、発売スケジュールくらいは当然把握しているのだろう。
この量の本を全て覚えているワケでは無いだろうが、この量の本を整理するコトは出来るくらいに優れた記憶力を有しているハズだ。
……つまりわたくしのセレクトミスですわ。
本の虫である自分の逃げ道としては本を読むがベストだと思ったが、アクセサリー店に行くと言った方が良かったか。
実際自分は貴族なのでお金はあり、ちょいちょいアクセサリー店に寄っているのも事実だ。
……ホントーにわたくしのセレクトミスですわねー……。
「……というか、あの、別にわたくしでなくとも良いのでは……?ホラ、先輩方の方が背丈とか考えても良いと思うのですけれど」
「その先輩方だけど、私が話し掛ける前にソッコで図書室から去って行ってしまってね」
低音に呻きながらも根性で首を動かして周囲を確認してみれば、確かに誰も居なかった。
ランヴァルド司書の低音に慣れるコトは不可能とはいえ、流石に何年も図書室を利用していれば、ナニかを頼まれるなというのが見抜けるらしい。
巻き込まれる前にソッコで立ち去れるその危機回避能力、早めに取得しなくては。
「そういうワケで、今この図書室に頼めるのがエメラルドしか居なくてね。頼めるかい?」
「……っ……」
そろそろ背骨が折れるんじゃないかと思うその低音をどうにか受け流しつつ、答える。
「……了解しましたわ……」
どうせ父から遺伝した天使の性質的に断れない。知ってた。
・
埃だらけだった物置部屋の埃をランヴァルド司書が魔法で綺麗にしてから、物置部屋の整理整頓に取り掛かる。
否、正確には発掘作業、なのだが。
「どうやら何代か前の教師による論文なんかがここに放り込まれているらしくてね……一人での発掘作業は流石に気が滅入るから、頼みやすい君が居てくれて、助かったよ」
「ぅ、が……っ!」
ガクン、と膝をつきかけたものの、ギリギリで棚に掴まるコトでどうにか留まる。
「……ランヴァルド司書、ソレ、褒め言葉じゃありませんのよ」
「そうかい?私としては褒め言葉なんだけどね」
「あー、あー……!」
その言葉でまた腰が砕けそうになり、声を出して腰をトントンと手で叩くコトでどうにかやり過ごす。
この男、本当に悪気があってやっている気がしてならない。
そう思って、相手にわからないよう視界の端に視えるランヴァルド司書をジットリと睨んでいると、ランヴァルド司書が再び口を開く。
「あ、基本的に目的は論文や資料だから、他は適当に放置してて良いからね。纏めてたら時間掛かるし」
その積み重ねがこの惨状を生んだのでは?とツッコミたかったが、今はランヴァルド司書の低音のせいで呻き声しか出ない気がしたので、無言を返す。
……コレはソッコで目的のモノを見付けて解散すべきですわね。
ランヴァルド司書が自分を頼ったのも、頼みやすいという事実ともう一つ、目の良さを期待してだろう。
こちらとしても常に視界はオールグリーンなので、使用に問題は無い。
そう思い、室内を視て文字だけを読み取る。当然透視も併用だ。
……あの辺に固まってますわね。
室内の奥、モノが無造作に積まれた下に、文字の羅列が多数視えた。
どうも視る限り纏められてはいないようだが、破れてはいないように視えるので、上のモノを退ければ確保は可能だろう。
「ランヴァルド司書、アソコの下に論文系と思われる紙が多数埋まってるのが視えましたわ」
「え、ドコ?」
「グゥッ」
ランヴァルド司書の低音にとうとう膝をつきながらも、その位置を指差しで伝える。
「……わたくしなら視えますから、モノ、移動させましょうか?」
「いや、ソコまで一年生の生徒に頼るワケにもいかないからね。重いのもあるし、私がやるよ」
「ウゥッ」
なら最初から頼まないでくれと思わず言いそうになったが、口から出たのは呻き声だった。
しかしその間休めるのはありがたい、と思い、ランヴァルド司書がモノを横に退けていくのを、視える位置情報とモノの重心バランスなどを時々指摘しつつ、自分は床に座り込んで休む。
疲れる程動いていないと思うかもしれないが、こっちは十歳児ボディだ。
その状況で背骨に響く低音を連続で食らったとなると、鐘の中に入れられて連打されるレベルのダメージを負ったに等しい。
……回復には休憩が必須ですの。
この歳で腰を痛めたくは無い、と棚に背を預けて体から力を抜き、回復に専念する。
どうせ目を伏せていようと透視で周囲は視えてしまうので、目を閉じながら時々ランヴァルド司書に指示を出す。
「ひらり ふわり はなびら舞って
とんとん ステップ フェアリー舞って」
段々とモノの山が崩れてきたと思っていたら、ランヴァルド司書が爆弾を投下し始めた。
「らんらん くるくる 子供も踊る」
……ようやく回復してきたと思いましたのに……!
ランヴァルド司書は、ノッてくると童謡を歌いだす。
基本的に低音が過ぎるので、ランヴァルド司書は他のヒト達から歌うなと言われてきたらしい。
ので、最近の曲には疎い。歌詞よりも小説の方が好き、というのもあるだろう。
だが本人曰く、歌うコト自体は幼少期から好きなんだそうだ。
昔は普通の子供と同じような声だったのでよく童謡を歌っていたそうだが、声変わりをしてからは歌から遠ざかるしかなかった。
「らんらん らるらら るんたった」
……ワリと面白半分に喋ったりはしますけど、流石に大勢の前でテロったりはしませんしね。
「はなびら フェアリー 子供が踊って」
お茶目で済むレベルに留めている、とも言えるだろう。
なのでランヴァルド司書は童謡くらいしか歌えず、特に歌ったりもしないのだが、しかし無意識では話が別だ。
「くるくる くるくる
円を描いて 踊りましょ」
機嫌が良い時や、テンションがノッて来た時。
そういう時、ランヴァルド司書は昔よく歌っていたという童謡を歌い始める。
「くるくる サークル
踊って 描いて」
大体歌い始めたら生徒は皆、這う這うの体であろうと図書室から逃げる。
が、今の自分は逃げられない。
「サークル 光って
フェアリー 誘われ」
……指示が伝わりやすいようにとランヴァルド司書の近くに座ってたのが間違いでしたわー!
「子供は さよなら
ばいばいばい」
ランヴァルド司書の近くというコトは、物置の奥側というコトだ。
つまり扉は遠いし、放置されたモノが障害物状態になっている。這うには少々ハード寄りな配置だ。
「見てたの はなびら
ひらひら それだけ」
低周波だかナンとかみたいな、そういうヴヴヴヴ動くようなナニかが常に全身に押し付けられているような低音が響く中、遠い目をして現実逃避をするコトでやり過ごす。
……というかこの歌。
「さよなら さよなら
ばいばいばい」
……コレ、子供がフェアリーによって連れ去られる童謡ですわね。
極東風に言うなら神隠しの一種を歌った童謡だ。
フェアリーに誘われ花びらが舞う中、子供が一緒に踊り始める。
そしてフェアリーの世界への扉をその踊りで開き、フェアリーが一緒に行こうと誘って連れ去るという歌なのだ。
ラストの歌詞は、目撃者は舞う花びらだけであり、子供を引き止める存在は居なかった、という意味だと言われている。
……楽しげなテンポだから歌う子も多い童謡ですけれど、歌詞の内容が意外とハードなんですのよね。
地球の童謡も中々ハードっぽいので、この辺りは異世界であろうと共通なのだろうか。
歌い終わったからか満足そうに発掘作業を続けているランヴァルド司書を遠目で眺めながらそう思っていると、ピピッピロリロ、という電子的な音が室内に響いた。
「状況確認、マスターと思われる個体を認識、登録」
「ん?」
ドコからか聞こえるその電子的な女性の声に、ランヴァルド司書が首を傾げ、長い金髪が揺れる。
「本機状況、オールグリーン。長期スリープ解除」
「ソコですわ!」
視えた方向を指差すと、モノで埋まったその位置から、手の平サイズのキューブ状のナニかが淡く発光しながらフワリと浮く。
「起動、ハローマスター」
「……やあ?」
ランヴァルド司書の方へと浮いて移動し、そのキューブ状のナニかはそう挨拶した。
挨拶されたガワであるランヴァルド司書は怪訝そうにしながらも、返事を返した。
……その一言でも腰にクるの、どーにかなると良いんですけれど……。
だがどーにかなるならとっくに対処されているだろう。現実は非情。
そう脳内で現実に対し悪態をついていると、ランヴァルド司書はその低音でキューブ状のナニか、恐らく魔物と思われるソレに話しかけていた。
「えーと……君はナニモノかな?魔物?」
「肯定、その通り。返答、本機の公式登録された種族名はボックスダイス」
……ボックスダイス?
「マスター、本機にはアナタがマスターと登録された。命令されない限り敵対はしないので安心して欲しい」
「……マスターっていうのは、私のコトかな?」
「肯定、その通り」
喋る度に黒光りしているキューブの面を淡く発光させながら、ボックスダイスは語る。
「情報開示、本機は長期スリープ状態だった。起動には特殊な音が必要とされる。先程のマスターの歌がその音と一致し、本機は起動した。つまりアナタがマスターである」
「…………」
……困ったようにこちらを見られても困りますのよー!
実際ランヴァルド司書の低音のせいで座り込んでいると倒れ込んでいるの間みたいな体勢なのだ。そういう意味でもあまり見られたくはない。
が、どうしたら良いのかというランヴァルド司書の視線には、普段から図書室で世話になっているという恩もあると言えばあるので、とりあえず知っている知識だけ伝えるコトにした。
「ええと……わたくしも実物を見るのは始めてで、基本的には絶滅扱いの魔物ですわね。知名度的にはマイナー系や絶滅した系の魔物が載っている本などに時々載っている程度ですわ。イラストも無いレベルですの」
「……以上?」
「ォグッウ……!い、以上ですわ……。強いて言うなら、機械系の魔物なので、食べられたがりな食用魔物のように、ヒトに尽くすという傾向にある、と……」
もっとも、ソレはマスターと登録されたヒト相手にだけなのだが。
しかしそのくらいは言わなくても察するハズだ。何せ、ランヴァルド司書はあの図書室の主なのだから。
「肯定、その通り。日時を確認したトコロ、本機はかなりの長期スリープに入っていた。が、機能に関してはオールグリーン。安心して良い、マスター」
「ううん……安心以前に、色々と置いてけぼりなんだけどね」
腰に響く低音でそう言いながら、ランヴァルド司書は困ったように長い金髪を掻いた。
「……まあ、私の声で起動したから、私をマスターとして登録した、というのはわかった。君に私の声が危険物扱いされるコトも無さそうだというコトもね」
「疑問、何故マスターの声が危険物と認識されるのか」
「ああ、気にしないで。音程とかその辺りの話だよ」
「疑問、解消までの情報を得られず。保留。命令、気にしないで。了解、気にしない」
「んん……命令では無いんだけど、そうしてくれると助かるかな」
「疑問、命令では無いがそう受け取ると助かるという言葉の意味。保留。本機の中でコレらの意味を解析し自己アップデート。報告、アップデート完了後はよりマスターの意図を汲み取れる本機になるので乞うご期待」
……な、ナンか意外と息合ってますわね……。
自分は怒涛の勢いでランヴァルド司書の低音の流れ弾に当たっているせいでもう完全に床に寝そべった状態なのだが、ランヴァルド司書とボックスダイスは普通に話し合えている。
コレは自分だけが損しているのではという考えが一瞬よぎったが、いつものコトだ。
……お父様も、巻き込まれた末にナンか損しつつも誰かを幸せにするのが天使なんだよ、と言ってましたものね……。
まあソレを言った父は酷く遠い目をしていたが。
父曰く、自分は戦闘系天使だからそういうのが合わないんだ、とのコトだったが、視線を逸らしていたので恐らく嘘ですの。
本当でもあるのだろうが、多分天使としても不満はあるのだろう。結果そういうのを行うコトになるせいで逃げられないだけで。
「あと質問は……マスターっていうのは、要するにパートナー関係、というコトかな?」
「未定、マスター次第。マスターがパートナーと認識するのであれば本機もそう登録するが、マスターがそう認識しないのであれば登録しない」
「ちなみに君の意見としては?」
「返答、本機にも好みはある。マスターは超好み。最高。指で撫でられたりしたエラー、エラー、エラー。……修復完了。謝罪、失礼した。本機の感情部分の暴走」
……つまり本心なんですのねー。
突然真っ赤になってエラーを連呼するのでビビったが、そういうモノなのだろう。
よくわからない時はそういうモノだと納得する。コレがアンノウンワールドの基本だ。
そんなボックスダイスを見ながらランヴァルド司書はうーんと顎に手を当てながら、空いている方の指でボックスダイスの表面をつつーっとなぞる。
「エラー、エラー、エラー」
「……面白いね」
……あーランヴァルド司書!困りますわランヴァルド司書!いつもより三割増しの低音は困りますわランヴァルド司書!
というか、薄々思ってはいたがやはりランヴァルド司書はSだと思う。
真っ赤になってエラーを吐くボックスダイスに対し、指でなぞるのを止めずに微笑んでいるその表情は、完全にSのヒトがする顔だ。
……十歳児が見るモンじゃありませんわね。
目を逸らしたいが、自分の目ではその程度の抵抗、難無く視えてしまう。
真後ろなどの死角はあるものの、そうすると流石にあからさまだ。
まさか目を閉じていようと視えてしまうこの視力のせいで、要らんモノを視るハメになるとは……!と思わないでもないが、ワリと頻繁に思うコトなので、感情を無にしてやり過ごす。
……物事はオール全てスルーしてればどうにかなりますわ。実体験的に。
「そうだな、他には……能力とかを聞きたいな。君は一体、ナニが出来るのか……エメラルド、知ってる?」
「ヤゥッ。……知りませんわ。そういう魔物が居た、というトコまでしか知りませんもの。読んでいない本になら載っているかもしれませんが、知らないモノは知りませんわ」
「ふむ、それはそうだ」
その返答に納得したらしいランヴァルド司書は、指でなぞるのをやめ、エラーが止んだボックスダイスに問い掛ける。
「君の能力とか……出来るコトは、ナニかな?」
「返答、本機は情報の宝庫。記録するコトでいつでもソレを、閲覧可能」
「んん……つまり、どういうコトだい?」
ランヴァルド司書の問いに、ボックスダイスは答える。
「返答、百聞は一見にしかず。記録、セット」
そう発言するが早いか、ボックスダイスは、分解されるかのようにそのカタチを変化させる。
まるで一枚で組み立てれる紙のような、平面的な姿へと変化した。
「選択、戦争の一部。展開」
その言葉と共に、ボックスダイスは平面の上にホログラムのようなナニかを展開する。
ホログラムは、まるで液晶画面のように、かつてあったのだろう本物の戦争の光景を映し出した。
まるで地球でいう映画のように、ハッキリとした色彩で戦争の光景、否、映像が流れる。
「報告、今のはお試しなので音声無しのバージョン」
そう言うと、ボックスダイスはホログラムを消し、自動であっという間に組み立てられ、元のキューブ状へと戻る。
「本機はこうして記録しておくコトが可能、かつ、引き出せる。再生の為の魔力さえあれば、戦争時に観測した攻撃を模倣して再現するコトも可能」
「ふむ」
ボックスダイスの言葉にランヴァルド司書はナニかを考えるように目を細めつつ、その人間らしい茶色の瞳を輝かせた。
「じゃあ、凄まじい数の書籍のタイトルや内容を記録するコトで、ボックスダイスにキーワードを言えば検索してもらうコトも出来るのかな?」
「肯定、その通り。寧ろソレこそが本機を含めたボックスダイスの正しい使用法。ボックスダイスは元々、情報保管、かつ、ソレを有効利用する為に造られた種族」
「ふうん……」
その目に妖しい光を灯しながら、ランヴァルド司書は口角を上げる。
「じゃあ記録したとして、多数ある本の中から、指定した本を探し出したり、っていうのは?」
「返答、可能。ただし本機が魔力で作製した発信器を取り付ける必要がある」
「成る程」
その返答に満足したようにニッコリとした笑みを浮かべ、ランヴァルド司書はボックスダイスへと両手を伸ばす。
「最っ高だね君!私の声に過剰反応するコトも無く、その上有能ときた!君こそ私の望んでいたパートナーだよ!」
そう満面の笑み、かつ低音で言い切ったランヴァルド司書に抱き締められ、ボックスダイスは真っ赤に発光する。
「エラー、エラー、エラー」
「はは、いやまったく、可愛らしい反応をしてくれるね!」
ニッコニコでそう言うランヴァルド司書に対し、マシンガンのように繰り出される低音に下半身の感覚がすっかり無くなった自分は、死んだ目をしつつランヴァルド司書が発掘していた方を指差す。
「……ところで、もう論文らしき紙が見えてるんですけれど、さっさと回収しませんこと?」
「あ」
……やはりボックスダイスに夢中になって、本題、忘れてましたのね。
・
コレはその後の話になるが、ランヴァルド司書はボックスダイスに図書室にある全書物を記録させた。
「数が凄くて、流石の私でも把握が難しくなってきていたからね。ホントは他に誰か、補佐みたいなヒトを雇って管理体制を考えるのが良いのかもしれないけど、ホラ、私の声のせいで誰もやってくれないから」
ランヴァルド司書本人はそう言っていた。
実際、耳が聞こえなくとも、ランヴァルド司書の声は響くのだ。
普通なら耳が聞こえなければセーフなのだが、ランヴァルド司書の低音は地震のような振動に近い。
下から突き上げるかのようなその低音は、聴力など関係なく背骨、どころか脊髄にまで響くのである。
そんなワケでランヴァルド司書の低音によるダメージを受けないボックスダイスにより図書室に存在する本達は記録され、図書室は利用しやすい施設になった。
……何せ、今までは読みたい本を探す時、ランヴァルド司書に聞く必要がありましたものね……。
だがランヴァルド司書は知っての通り、ヒトだけではなく魔物の腰すらも砕かせる低音の持ち主だ。
だからこそ、探したい本がある生徒はランヴァルド司書ではなく、図書室をよく利用している生徒に聞くコトが多い。
……わたくしもよく聞かれますものねー……。
しかしボックスダイスがソレらを記録したコトにより、ボックスダイスに話し掛けるだけで本の検索、そして棚の位置がわかるようになった。
ボックスダイスはランヴァルド司書のパートナーなので近くに居る確率が高く、結果ランヴァルド司書の声を聞く確立に変動は無いのが実情なのだが、ソレでも話し掛ける対象がボックスダイスというだけでハードルが下がるのか、図書室に来る生徒の姿が増えた。
……わたくしはわたくしで、ボックスダイスの検索のお陰で今まで見逃してた本を読めたりもしましたし。
あの時はただ一人災難に、というか低音によるテロの被害者状態だったが、この結果を考えると、プラマイ的には得をした気もする。
まあ、あのあと丸一日下半身の感覚が無くなっていたので、あんな状況はもう二度とごめんだが。
ランヴァルド
一見すると未亡人だが愉快犯でS属性かつ低音ボイスな男性司書。
ヒトとしてはかなり優れた記憶力を有するが、歴史ある図書室の蔵書数はソレを上回るレベルで多かった。
ボックスダイス
箱のようでダイスのようなメモリー的機械の魔物。
最早オーパーツだが、ワリと乙女。