真珠少女とシャドウアイズ
彼女の話をしよう。
遺伝で涙が真珠になる体質で、いつも部屋か図書室で本を読んでいて、怖がりな。
これは、そんな彼女の物語。
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図書室でナンの本を読もうかと本棚を見ていると、クイと軽く袖を引かれた。
「どうかしたんですの?タマーラ」
「ソコは振り向いてくれても良いんじゃないですかぁ?」
背後でタマーラが不満げに頬を膨らませたのが視えたので、まあ確かにと思いタマーラの方へと振り向く。
「で、どうかしたんですの?」
「本探し、手伝ってください」
「特定の探したい本があるのとコレといって決まっては無いけどこういうのが良いなという希望があるの、どっちですの?」
「流石ジョゼ、わかってますねぇ」
タマーラがクスクスと笑い、その黄みの強い茶髪が揺れた。
「後者です」
「希望は?」
「長くて飽きないのが良いんですよねぇ。ホラ、私って飽きっぽくて長続きしないタイプですし」
確かに少々話が長いのではという小説を読んでいた時はあっという間に飽きていたのを見た事がある。
「でも他に趣味らしい趣味があるワケでも無いので、とりあえず暇潰しも兼ねて本を読もうと。でも違う本を沢山読んだりとかも面倒だから時間掛かるのが良いんですよ」
「難問ですわね……」
「ボックスダイスにもそう判断されてジョゼに聞くように言われたんですよぉ」
「あの情報量ハンパないボックスダイスに言われるとかどういう希望したんですの……?」
そして何故ソコで自分が推薦されたのだろうか。
「私はそんなに酷い検索の仕方なんてしてませんよぉ?メジャーという程でも無くてでも人気はあって読むのに時間は掛かるけど読みやすくて飽きないようにどんでん返しが凄くてでも読者を置いていかない感じの」
「うん、無茶言ったっていうのがよくわかりましたわ」
「えぇ?」
タマーラは薄笑いを浮かべつつ困ったように眉根を寄せた。
表情からするとわざと無茶を言ったかのように思えるが、表情筋の動きや目の動きからすると完全に素でそう言ってしまったらしい。
……前からそうですけれど、タマーラって言葉の選択が下手なのかもしれませんわね。
元々他人との交流はソコまで好きでは無いようだが、ソレにしても言葉選びが敵を作りがちだ。
だが交流は好きじゃないのに寂しがりだったり怖がりだったりと色々難儀な性格でもある。
「ボックスダイスは機械系魔物だからこそ、正確過ぎる答えを出そうとするんですのよね。なのにそんな人間的矛盾が内包されたキーワード出されたらキッツイですわ」
「じゃあ丁度良い本無いんですかぁ?」
「いえありますわよ」
「あるんじゃないですか!」
拗ねたようにそう言ったタマーラに、人差し指を立てて静かにのポーズ。
ソレで下手に大きい声を出したらランヴァルド司書に注意され、その低音で腰が砕けるというコトを思い出したのか、タマーラも慌てたように口を塞いだ。
……三年生にもなると、あの声の危険性の高さが身に染みますわね。
一年生の頃は同級生含めてあの声の危険性にいまいち気付けず被弾しまくっていたが、今なら先輩達が図書室に長居しなかった理由がわかる。
あの声はどう足掻いても慣れるコトが出来ず、必ず腰を砕かれるのだ。
ランヴァルド司書は生粋の人間なのでその言葉が聞き取れないハズのトピアスですら、低音を認識してしまうせいで腰が砕けていた。
……聞こえなくても音の振動で腰砕けにさせてくるんですから、とんでもないですわよね、あの声。
「あ、コレですわ」
ソレはさておき、うっかり流れ弾に当たらないようにと本棚を移動し、本をタマーラに手渡す。
「コレは?」
「極東文化、同人誌ですわ。あ、ちゃんと訳されてるヤツなので普通に読めますわよ。ソレはオリジナルかつシリーズ物、んでもって日常ほのぼのギャグ混じり作品なので良いと思いますの」
「……あ、絵が多くて読みやすそうですね。ちょっと薄いですけど」
「でも意外と言葉も多いから思ってたより読むのに時間掛かるんですのよね、っと……ハイ、全部で三十四冊ですわ。重いので部屋まで運ぶの手伝いましょうか?」
「ソレは助かりますけどぉ……一回で何冊まで借りれるんでしたっけ、ここ」
「持ち運びがちゃんと出来て返却もキチンとするんであれば一回で百冊まで借りれますわ」
「わぁー……」
タマーラは少しだけ笑みを引き攣らせた。
この貸し出し可能冊数を初めて知ったヒトは皆その表情になるので、やはり引くのだろう。
……まあ、滅多に限界まで借りるヒトは居ませんけれどね。
・
そんなやり取りから数日後、タマーラに相談があると言われたので部屋に招き入れると、タマーラは自分の服の裾を掴んで瞳を潤ませた。
「……最近、ナンかやたらと視線を感じるんですけどぉ……」
「ハイハイ、泣きそうなのはわかりますが泣かないようにしなさいな」
「好きで泣いてるんじゃありません!」
「ハイハイ」
「聞いてます!?」
子犬のようにキャンキャンそう言うタマーラの目から零れ落ちそうになっている涙を指で軽く拭えば、その涙はあっという間にキラキラと光り輝く美しい真珠へと変化した。
タマーラは混血であり、親である魔物の遺伝で涙が真珠へと変化する体質なのだ。
「アナタ、昔この体質のせいで近所の子にやたら泣かされたとか言って「もう泣きません!」って宣言してたのに……」
「そうですけど!そうですけどぉ!」
「あーあーあー」
大分限界だったのか、堰を切ったように真珠の涙がボロボロと零れ落ち始めた。
時々イエローパールやピンクパールが混ざっているその涙がタマーラの膝から床に散らばっていくのを見ながら、とりあえず泣き止ませようとその頬を軽く揉む。
……こうも泣かれたら、拭うのが追いつきませんわ。
そもそも涙が真珠なのでタオルで拭ったりも出来ないという現実。
「まあこの学園には真珠目当てだの物珍しさだのでいじめて泣かせるような愚か者は早々居ないから大丈夫だとは思いますけれど……」
「他のヒトの前では泣いてませんもん……!」
「あーよしよし」
ボロボロと真珠の涙を零すタマーラを胸に押し付けるようにして抱き締めつつ、その背中をポンポンと叩く。
自分は貴族のハズなのだが、どうしてこういったスキルが上達しているのだろうか。
「で、視線って?」
「そう!ソレなんですよぉ!最近ずっと視線を感じるんです!ナンかもうちょっとした影すら怖いっていうかもう影が怖いって言うかぁ!昨日の夜なんて一瞬目を覚ましたら視界真っ暗なのに全部に目があって気絶しましたし!」
「オゥ……」
「この間は無くしたと思ってたブローチがいつの間にか机に置かれてたし、机に向き合いながら引き出しの中にある資料出さないとって思いながらペン動かしてたら既に資料出してあったしで、もうナニが起きてるのか……」
嗚咽を漏らしながら真珠を床に散らばらせているタマーラに、どうやら合意では無かったらしいコトを理解した。
「……タマーラ」
「ハイ……?」
「念の為聞いておきますけれど、許可して一緒に居たワケじゃないんですのね?」
「許可?」
「ん」
「?……!?」
タマーラの影を指差して見るようにジェスチャー。
素直に自分自身の影に視線を向けたタマーラは、驚きでぶわりと毛を逆立てた猫のように自分の服をガッシリと掴んで抱き付いて来た。
「めめめめめ、目ぇっ!?」
「あ、やっぱコレ気付いてなかったんですのね」
タマーラの影には、色彩がとてもカラフルな目が幾つも生えていた。
とてもキラキラしていてカラフルだが、茶色の目では無い辺り完全に魔物である。
「きづ、きづい、ジョゼはコレ知ってたんですか!?というかコレ、な、いつから!?あ、まさか私がやたら視線感じてたのってぇ!」
「コレでしょうね」
「冷静ですけど、まさか最初から気付いてたんですかぁ!?」
「いや合意の上でこの状態なのかなって思ってスルーしてたんですのよ。まさか合意じゃないとは」
「僕は早めに許可を貰おうとはしたんだけどね、彼女はとても怖がりのようだったから話しかけたら怯えさせてしまうかと思って……」
当然のように喋ったその魔物に、タマーラは石化したかのようにカチンと固まった。
「あと僕に気付いていないからこその彼女の行動や言動、反応がもっと見たくて、つい」
……つい、じゃありませんわよね、ソレ。
「いやあああああ喋った!喋りましたよぉ!?」
「そりゃ魔物なんだから喋りますわよ」
とりあえず色々なツッコミ所にツッコむ前に、混乱するタマーラを落ち着けるのが先らしい。
・
どうにか落ち着いたタマーラは、タマーラの影に住み着いている目玉だらけの魔物、シャドウアイズに向き合った。
「ソレで、やたら私が感じた視線ってぇ……」
「多分僕だねえ」
「夜中に見たあの目って」
「僕の目だね」
「私全然気付いて無かったんですけどぉ」
「君が、タマーラがうっかり僕を見そうになる度に目を閉じて隠れてたからかな!」
「どーいうナニなんですかもう!」
恐怖が一周回ったのかプンスコと怒っているタマーラに、簡単に解説する。
「えーっと、シャドウアイズっていうのは対象の影に取り憑く魔物なんですの。で、取り憑かれるとその対象の影に無数の目が生えますわ。とはいっても普通はここまで綺麗な目では無いハズなんですけれど……」
「僕はシャドウアイズの中でもレアな、ジュエルアイズだからね」
「どういうコトですかぁ?」
「要するに目が宝石で出来てるレアタイプってコトですわ」
異世界である地球のゲーム的に言うならメタリックなスライム並みのレア度。
宝石にしか視えないとは思っていたが、まさか本当にジュエルアイズなシャドウアイズだったとは。
「で、問題は彼がタマーラをストーカーしてた部分ですけれど……」
「そう、ソレですよぉ!ナンでナニも言わずに取り憑いてたんですかぁ!?せめて最初から魔物だってわかってたらあんなに泣かずに済んだのに!」
正体不明に泣いても魔物ならセーフというのは判定基準ガバガバではないかと思うが、まあ確かに相手が魔物だとわかっている分の安心感はある気がする。
もっともソレは魔物が当然のように存在するアンノウンワールドならではな気もするが。
……異世界である地球的に言うなら、不審な音の正体が猫で安心した、みたいな感じでしょうか。
「いやあ、その……」
シャドウアイズは照れたようにその無数の目を彷徨わせ、言う。
「一目惚れだったから、もっと見ていたくって……」
「……ソレで怖がらせられたんですけどぉ」
「うん、可愛かった」
「嬉しくないですぅ……」
タマーラはむっすりとした表情でそう言った。
「……害は無いんですよねぇ?」
「モチロン、君を害する気が僕に無いからね。寧ろ影が掛かっている位置であれば多少動いたり出来るから、引き出しのモノを取り出したい時とかに役立つよ?」
「参考に一応聞きたいんですけどぉ、影から追い出す方法って」
「無いよ」
「取り憑いてるワケですから専門家に頼めばどうにかなりますわ」
「…………」
シャドウアイズが事実を隠蔽するような気がしたので被せるようにソッコで説明したら、やはり思った通りだった。
その返答の違いに、タマーラはじっとりした目でシャドウアイズを見る。
「虚偽の報告だったんですねぇ?今の」
「いや、参考って言ったから……」
「別にぃ、私だって自分に好意を持ってくれてる相手をそう無碍にはしませんし」
「エ?」
「……怖がりなんですよ、私」
体育座りになって小さく纏まりながら、タマーラは視線を逸らして言う。
「正体不明だった時はめちゃくちゃ怖かったですけどぉ、少なくとも今は私に好意を持ってくれてる魔物だってわかってますし。正体さえわかっていれば私が怖がったりする理由も無いからぁ、つまりぃ……」
もごもごと口ごもってから、タマーラは無音のまま口を動かした。
「成る程、つまり「一人じゃなくなるし怖い場所でも普通に話しかけてくれたりすれば怖くない」と」
「へやぁっ!?な、ナンで!?私もうちょっと内容ボカす気だったんですけどぉ……!?」
「いや口がそう動いてましたもの」
「ジョゼの高視力!」
「ソレ貶せてませんわ」
「口パク状態だったんなら察して言わないでいてくれても良いじゃありませんかぁ……!」
「ソコから内容ボカしてたら口にするまでに時間掛かりそうだったので……」
顔を真っ赤にしたタマーラにポカポカと軽く叩かれつつそう返す。
「……ええと、タマーラ?今の言葉は要するに」
「そのまんまで良いって言ってるんですからいちいち聞かないでくれます!?」
「どうどう」
威嚇する猫のようにカッとそう叫んだタマーラの背中を撫でて落ち着かせる。
怯えたり泣いたり怒ったりしたせいで、今のタマーラは大分メンタルが不安定状態のようだ。
「まあ、丸く収まったんなら良いコトですわ」
「……そりゃそうですけどぉ」
「ソレじゃあ話を済んだというコトで、散らばった真珠を集めないといけませんわね」
「迷惑料ってコトでジョゼにあげますよぉ、ソレ。私昔泣かされたせいで真珠嫌いですしぃ」
「そんな言葉で散らばった真珠集めから逃れようとしても無駄ですわよー?」
ニッコリと笑ってそう言うと、タマーラは残念そうに舌を出した。
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コレはその後の話になるが、タマーラの影に取り憑くコトに許可を貰ったシャドウアイズは、とても嬉しそうに毎日タマーラへと愛を囁いていた。
タマーラも満更では無さそうなのでコレはパートナーになるのもすぐだろうなと思っていたのだが、ある日廊下を歩いていると向こうから涙目のタマーラが走ってきた。
「!じょ、ジョゼ~~~~~!」
突進してきたタマーラを受け止めつつ回転するコトで衝撃を流し、ある程度衝撃を流しきってから回転を止めてしっかりと抱きしめる。
「おーよしよしおーよしよし、どうしたんですの?」
「うあああああああん!」
タマーラは人目のある廊下にも関わらず、ボロボロと真珠の涙を零れ落とした。
「シャドウアイズ!シャドウアイズが!知らなかったんですもんんんん!」
そう言ってタマーラが見せてきた手の平には、血が付着している目玉があった。
しかも宝石で出来ている目玉だ。
「……ヘイ、シャドウアイズ?」
「いや、うん、ごめん。僕としてはプレゼントのつもりだったんだよ」
タマーラの影からシャドウアイズはそう言ったが、その声だけでタマーラはマナーモードよりも酷い震え方をしている。
「ひっく、ひっく、うえっく……ううううううう!」
「よしよし、大丈夫ですわよー。で、詳細説明」
優しくタマーラを宥めつつ低めの声でシャドウアイズに要求すると、シャドウアイズは無数の目をうろうろさせながら言う。
「その、僕の目は宝石で、人間の女性は宝石が好きな子も多いでしょ?だから喜ぶかと思って、「好きな色はナンだい?もし僕の目の中に好きな色の目があったら、ソレをプレゼントするよ。僕の愛であり一部だから、是非受け取って欲しいな」って」
「で、抉らせたと」
「まさか影にホントに生えてるとは思わなかったんですよぉ!」
その叫びと同時に大粒の真珠が廊下にバラバラと散らばり、廊下を歩いていた他の生徒達はソレを踏まないようにしつつ真珠を端へ退けていた。
……足で退けるのはちょっとアレですけれど、まあそっちの方が手っ取り早いのも事実ですわね。
「い、色、好きな色の目を取るよう言われたから掴んで取ったら、ブチッて、ブチッてなって血が出て、エッてなってぇ……」
「うんうん」
「いた、痛くないんですかって、血がダラダラしてたから聞いたら「普通に痛みはあるよ」って言うんですよぉ……」
「ソレで逃げてきたんですの?」
「プレゼント受け取ったつもりが相手の目玉抉らされてたって気付いたらそりゃ逃げますぅ!」
「確かに」
誕生日プレゼントだと思って箱を開けたら近所の仲良い野良猫の首入ってたみたいなモノだ。
とってもホラー。
「だってシャドウアイズって影の魔物なワケじゃないですかぁ!ソレでプレゼントするとか言ってたら痛覚無くて普通に採取可能な、果実とかキノコみたいな感じかと思ったのに!なのに普通に目玉だったんですよぉ!」
「確かに目玉に変わりないとはいえ、同時に宝石でもあるんだけど……駄目だった?」
「うーん、綺麗な布くれたと思ってたら自分の羽抜いて織った布だったとか、サファイヤだと思ってたら目の部分に用いられてたパーツだったみたいな……」
「プレゼントしたのはウォーターメロントルマリンだよ」
「ソコじゃないんですのよねー」
まだボロボロと真珠の涙を流しているタマーラをよしよしと慰めつつ、大事な相手の自傷がどれ程ショッキングかをシャドウアイズに説明する。
ソレにしても真珠散らばる廊下で同級生を抱きしめながらその影に説明する自分という図は、客観的に見るとドン引きするしかない状態だった。
タマーラ
涙が真珠になる為、入学前は面白がった子やお小遣いが欲しい子に泣かされた経験があり、軽度の人嫌いになっている。
でも寂しがりで怖がりで甘えたがりなので、常に一緒に居てくれて甘やかしてくれるシャドウアイズとの相性は良い。
シャドウアイズ
タマーラに惚れて無断で影に入ってストーカーをしていた。
目が沢山あるクセに恋に盲目なタイプなので、素で頭オカシイ発言や行動をしてちょいちょいタマーラを泣かせてしまう。