保険医助手とドラッグスキュラ
彼の話をしよう。
身代わりなどの呪術が得意で、本人は毒や薬にしか興味が無い、第二保険室の保険医助手。
これは、そんな彼の物語。
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今年二度目の臨海学習が行われた理由は、デルク保険医助手のゴリ押しだ。
どうもナニやら海でないと駄目な理由があるらしい。
そんなデルク保険医助手は毎日海へ出かけては、ぐったりして帰って来ていた。
「エメラルド、今日は少々俺に付き合ってもらっても構いませんね?」
「拒否の選択肢はドコですの?」
そして今日はニッコリと笑うデルク保険医助手にそう言われた。
いつだってデルク保険医助手は笑みを浮かべているが、保険医助手は微笑みを常に浮かべているのがデフォルトなのだろうか。
「というかドコに、ナニをしに?」
「海に、魔物探しにですよ」
よくわからないが、拒否権が無いコトだけはわかった。
なので朝っぱらからこうしてデルク保険医助手と海沿いを歩いているのだが、そもそもナンの魔物を探しているのだろうか。
「あの、デルク保険医助手?」
「ハイ?」
「魔物探しと言っていましたけれど、ナンの魔物を探してるんですの?」
「おや、言っていませんでしたか。ですが俺が探す魔物ですから、必然的にわかると思いますがね」
「毒だの薬だの、そういう系統の魔物が海にどんだけ居ると思ってますの?」
「成る程、ソレはごもっとも」
デルク保険医助手はそう言ってクスクスと微笑んだ。
潮風に揺れる淡い青緑色の髪に、優しげな笑み。
だが薬や毒の為なら死んでも良いとばかりに身代わり人形を作っては自分で毒や薬を試して調べたりする狂人だと自分は知っている。
……極端なコト言えば、研究者って大体が狂人ですわよね。
「探しているのは、ドラッグスキュラですよ」
「……だから海に?」
「ええ、臨海学習で生徒が魔物に助けられたと話していましてね。詳しく話を聞いてみれば特徴がドラッグスキュラにピッタリ一致するものですから、コレは是非会いに行かねばとなりまして」
ソレだけで二回目の臨海学習を開催させるとかどうなんだろうか。
「アダーモ学園長はその説明でオッケー出したんですの?」
「生徒達全員連れて超ヤベェ場所に見学しに行って怪我人続出、しかも事後報告だった大昔の教師に比べれば事前報告してるし危険度低いから、と」
「比べる相手オカシくありませんこと?」
「俺としては要求が通ったので問題ありません」
そりゃ要求通した方は要求が通れば問題は無いだろう。
「でもドラッグスキュラの特徴って、ホントに合ってるかどうかは」
「上半身は美女で下半身は魚、人魚かと思ったが腹に横三列縦二列、合計デザイン違いで六つの犬の刺青があり、しかも刺青の犬がぬっと実体化したという証言でしたな」
「あー、そりゃドラッグスキュラですわね」
ドラッグスキュラとは、見た目はほぼ人魚な魔物である。
違う点は腹に犬の刺青があるコト。
そしてその刺青は犬の上半身のみを実体化させるコトが可能で、その犬の唾液は薬であり、毒となる。
……というか、上の列の犬の唾液が薬で、下の列の犬の唾液が毒だそうですけれど。
「で、お礼を言いに行くワケじゃないんですのよね」
「モチロン礼は伝えますよ?ただついでに毒や薬に関しての話がしたいのと、少々採取させていただきたいのと、もし良ければウチの学園へ来る気はないかという話がしたいだけです」
「ついでが本題みたいな長さですわー……」
「ハハハ」
デルク保険医助手の笑みはデフォルトだが、その分不穏さが漂うのであまり笑わないで欲しい。
「まあそういった理由があってドラッグスキュラを探していたのですが、俺は海が苦手でしてね」
「え、そうなんですの?」
「だって海は底が深くて足が着かないから沈むでしょう?」
思った以上に普通の理由だった。
生徒にもニコニコ笑顔で毒入りのお茶をネタバラシしつつも出したりするヒトなのでヤベェ狂人だと思っていたが、生粋の人間らしい部分も一応あるにはあったらしい。
「ソレでも頑張って探していたのですが、海というだけでメンタルに大分ダメージが入ってしまいまして。
中々相手が見つからないし時間制限はあるしと困っていたのですが、よくよく考えればドラッグスキュラの情報を知っている、かつ探し物にうってつけな視界を有している生徒が居たのを思い出したのですよ」
「思い出されない方が平和だった気がしますわ……」
「思い出された以上は頑張って働いてくださいね」
「…………とりあえず」
微笑んでいるデルク保険医助手の言葉に、少し泳げば行けそうな位置にある島のような岩場を指差す。
「アソコに居ますわよ」
「……思った以上の働きですね」
ほぼ無理矢理連行されたのは不満だったが、デルク保険医助手が驚きに目をパチクリしている様子が見れたので良いとしておこう。
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アレで仕事終了かと思ったものの、泳げないからとデルク保険医助手を連れた状態で岩場まで泳がされた。
ボートなどを借りてこれば良いのではと言ったのだが、移動する時間と労力が惜しいとゴリ押しされた。
……その結果移動する労力がとんでもないコトになるの、わたくしなんですのよねー……。
だが父譲りの押しに弱い部分のせいで思いっきり押され、仕方なくデルク保険医助手を連れて岩場まで泳ぎきった。
泳ぎがそれなりに得意だったのが幸いだった。
「あー怖い……怖かった……どうして水はああも不安定なのでしょうか。水という物質があるというのに底が遠いという理不尽さ。なのに浮いたり浮かなかったりと意味がわかりません」
「理不尽味わったのはこっちですわよー?」
岩場で岩にもたれかかりながら愚痴るデルク保険医の背中にそう言うが、全然聞いていない。
いまいち主張を聞き入れてもらえないのには慣れているが、どうしてこう話を聞いてもらえないのだろうか。
……いやまあ、押しが強いヒトは大体こっちの話聞いてないから強く押してくるんでしょうけれど。
「というか、ドラッグスキュラは居ないようですが」
「そりゃ入り口下ですもの」
「ハ?」
「この岩場、多分ドラッグスキュラの家ですわ。海の中に入り口みたいな穴がありますわよ」
ちなみにデルク保険医助手がもたれかかっている岩の山部分の内側が室内である。
自分のように透視が出来なければ、海にあるただの岩山にしか見えないだろう。
「……エメラルド、頼みましたよ」
「ハイハイ、じゃあ潜りますわよー」
覚悟を決めたらしい顔色の悪いデルク保険医助手を掴み、海へと潜る。
そして海中にある洞窟のような穴へと入り、中へ。
「ゲッホゲホゲホオエッ……」
「本気で駄目なんですのね……」
内部、水が無い部分に上がるや否や、デルク保険医助手は勢い良く息を吸い込み過ぎたのか噎せていた。
普段ならその背中を擦るくらいはするトコロだが、成人男性を連れて泳がされた不満があるので放置しておく。
「あら、誰かしら」
シュルシュルという音と共にそう言ったのは、奥から出てきたドラッグスキュラだった。
人魚に比べて魚部分が長いドラッグスキュラは蛇のような動きで陸を、というか洞窟チックな岩山の内部を移動している。
「ああ、これは失礼いたしましたわ。わたくしはヴェアリアスレイス学園三年生、ジョゼフィーヌ・エメラルドと申します」
「あらそう、ご丁寧に」
頭を下げて挨拶すると、向こうも頭を下げてくれた。
最初こちらの様子を窺っている時の目は大分敵意が凄かったが、こうして話すと良い魔物のようだ。
……というかそもそも許可も取ってないのに入ってきた、つまり不法侵入した不審者はこちらなんですのよねー……。
「で、ソコで必死に息を整えているのがアナタに会いたがっていたデルク保険医助手ですわ。
毒と薬に凄まじい興味があり、色々と話をしたいし採取とかさせてもらいたいとか言って、ウチの学園の生徒がお世話になったお礼のついでにという大義名分翳しながらアナタを探してましたの」
「エメラルド、アナタは俺にどういう恨みがあるのですか……?」
「強いて言うならほぼ拒否権無くドラッグスキュラ探しに巻き込まれたコトと、ここまでデルク保険医助手を連れた状態で泳がされたコトですわね」
ソレを聞いたドラッグスキュラは、うん、と頷く。
「ソレは恨むわ」
ドラッグスキュラの同意が得られた。
「……何故……?」
本気でわからないという目でこっちを見てきたデルク保険医助手に頭を抱えると、ドラッグスキュラが無言でこちらの肩にポンと手を置いた。
凄まじく同情が伝わってくる温度の手だった。
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ここで話すのもナンだから、と聖母レベルで心優しいドラッグスキュラは室内へと案内してくれた。
内装はとても岩々しいが、所々にある貝殻のインテリアが幻想的で美しい。
「あ、ソコの棚には触らないでちょうだいね。ソコにある貝殻は全部私から抽出した毒だから最悪死ぬわよ」
……ええ、わかってた、視えてたからわかってましたけれど、もう少し幻想的な光景に浸ってメンタル回復させて欲しかったですわ……!
「で、私に話があるんだったかしら?」
「その通りです」
回復して濡れた服などを魔法でキッチリと、しかも罪滅ぼしかこちらの服も乾かしてくれたデルク保険医助手は、薄く微笑みを浮かべつつも真面目な顔で頭を下げる。
「前に我が学園の生徒を助けてくれたらしく、誠にありがとうございます」
「……溺れていたのを助けただけよ」
「薬も処方していただいたと」
「体温が下がっていたから、体温が上がる薬をささっと調合しただけ」
「ですが、助かりました」
そう言って頭を上げ、さて、とデルク保険医助手はいつも通りのニコニコした笑みを浮かべた。
「ソレでは本題、ではなく、ええ、本題が終わったのでついでに色々と聞きたいのですが」
「エメラルド、この男はちゃんと教師を務めているの?」
「ちゃんとと言われるとうーんって感じですけれど、他の教師も大体似たようなモンなのでまあ総合的にはちゃんと務めれてると思いますわ」
「どういう学園なのよ、ソコ」
「一点特化し過ぎて常識が殆ど無い教師ばかりな学園ですわ」
「…………成る程」
納得したのか、ドラッグスキュラは真顔で深く深く頷いた。
「まあ、良いわ。私も陸のコトで聞きたいコトは多いもの。そっちの質問に答えるから私の問いにも答えてくれる、という形式なら質問も構わないわ」
「ではソレで。まずはアナタのその刺青の犬ですが」
まともではあってもドラッグスキュラも毒や薬に特化しているタイプだからか、ソコから続く質問にもスラスラと答えていた。
そして質問のターンでは結構な専門的質問をしており、外野でしかない自分は日が暮れるのを待ちつつ、日が暮れそうになったら割り込もうと決めて岩壁の向こうに広がっている海を眺めるコトにした。
こんな圧倒的疎外感しかない空間で放置されていたらメンタルに異常をきたしそうだ。
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コレはその後の話になるが、薬学関係の部分ではデルク保険医助手と相当に話が合うというか馬が合ったらしく、ドラッグスキュラはデルク保険医助手のパートナーとして学園へ行くコトになった。
どうも近場の海で試せるモノは大体試したらしく、陸の素材で毒や薬の可能性を追求したかったらしい。
しかもソレらを肯定してくれて様々な素材や方法を発案してくれるデルク保険医助手は、ドラッグスキュラからすると大当たりだったそうだ。
……人格面では狂人とまともでかなり差がありますけれど、仕事に関しては一致してたんですのねー……。
というか日が暮れそうになってもまだ話を続けていたので、相当話が合ったらしい。
そろそろ帰ろうと言ってもまだ話があったらしく、最終的にドラッグスキュラが宿泊場所まで来て夜通し喋っていたくらいだ。
……ま、そう考えるとそりゃパートナーにもなりますわよね、としか思えませんわ。
「……うーん」
「あら、どうしたの?」
「ドラッグスキュラ、ホントにデルク保険医助手のパートナーになって良かったんですの?生徒であり外野のわたくしが言うコトでは無いと思いますけれど、あのヒトかなりアレですわよ」
「エメラルド、俺が目の前に居るのを忘れてはいませんか?ハイお茶」
「今も毒仕込んだお茶出してきましたし」
「ああソレ、私の毒よ。お茶の成分で中和出来るかどうかの実験中なの」
「アナタは!アナタはまともだと信じてましたのに!」
狂人が感染してしまった事実に顔を覆って嘆くしかない。
「あとこの成分の毒をこのお茶で中和するんであればハーブが二種類程足りませんわ……」
「成る程、ハーブですか。やはりエメラルドに見せるとその辺りの判別が早いですね」
「デルク保険医助手、最近わたくしを便利アイテム扱いしてませんこと?」
「悪いわね、エメラルド。そうやって見抜いてくれるし実際飲んだりはしないからってコトでアナタに対してだけは見逃してるの」
「ドラッグスキュラまで!?」
今ならお前もかと叫んだカエサルの気持ちがわかる。
「ああもう……ナンか、心配した自分がアホらしくなるくらいに相性良いのはよくわかりましたわ」
「ふふ」
ドラッグスキュラはその言葉に、楽しげな笑みを浮かべた。
そんな笑みが出来るくらいに相性が良いならナニも言うまい。
「でも一応、そういう相性が良かったからとか以外にも理由はあるのよ?」
「エ?」
ちょいちょいと手招きされたので近付くと、コッソリと耳打ちされた。
「陸の薬学に興味があったのは事実だけど、あんなにも積極的に求められたのが初めてだったから、よ。例え私の毒や薬、知識を求めてのモノでもね」
そう言ってドラッグスキュラはとても楽しそうにクスクスと笑った。
「……デルク保険医助手、良い方パートナーにしましたわね……」
「エメラルドは一体どの立場のつもりで言っているのですか?」
「母親辺りですわ」
「どちらかというと幼少期によく面倒を見てくれて身内以上に身内みたいな立場に居る近所のお姉さんのような目でしたが……」
やたら具体的な例えをされた。
しかし母親だったり身内以上に身内な近所のお姉さんのような目になるくらいにはデルク保険医助手は困ったヒトだし、そのパートナーであるドラッグスキュラは素敵過ぎる魔物なので仕方が無いと思う。
デルク
ゾゾン並みに頭がオカシイ扱いをされている保険医助手。
素でパンが無いならお菓子を食べれば良いじゃないの思考をしている。
ドラッグスキュラ
人魚に似ているが、腹に合計六つ、デザイン違いの犬のタトゥーが刻まれている。
上の列は薬、下の列は毒、さらに犬によって効能が違うので作れる薬や毒の種類は幅広い。