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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
83/300

黄金剛少年とマシンタイガー



 彼の話をしよう。

 遺伝でイエローダイヤモンドの髪が生えていて、よく狙われていて、誘拐されるのに慣れきっている。

 これは、そんな彼の物語。





 ルームメイトが出かけている部屋の中で、自分はチクチクと手元を動かす。



「ジョゼフィーヌが気付いてくれて誠に助かった」



 そう言って頭を下げるのは、トルスティだ。

 現在自分は、彼が常に身につけているハイディングシープの毛で編まれたフードの穴を修復している。



「別にそうお礼を言われるようなコトじゃありませんわよ。穴があるの見つけただけですもの」


「いや、そうは言っても今はジョゼフィーヌが修繕までしてくれている。そしてその上着は私の身の安全に直結するモノ。感謝してもし切れぬくらいの恩であろう」



 その言葉と共にトルスティは頭を上げ、首に巻かれた長い金髪がカチカチと音を鳴らした。

 彼、トルスティは親が宝石系の魔物らしく、その髪は上質なイエローダイヤモンドで出来ている。

 本人曰く狙われる理由になるのはわかっているが気に入っているからとのコトで、彼はその髪を長く長く伸ばして三つ編みにし、マフラーのように首に巻いているのだ。


 ……まあ、髪では無くて髪の形の宝石みたいな感じなので暑くは無いと思いますけれど。


 ただでさえ狙われるのに伸ばすなんてと思わなくもないが、しかし狙われるから伸ばさないというのは自分自身の髪を好きに出来ないというコトであり、つまり自分の持ち物である髪を好きに伸ばすのは普通の行為ですの。

 ソレを制限する方がオカシイというモノだろう。

 一応髪も三つ編みにして首に巻いている分、髪を下ろしているよりは目立ちにくいのでセーフのはずだ。



「うーん、もうちょっと気を抜いてくれて良いんですけれど……」



 トルスティは相変わらず堅苦しい。

 まあその髪がイエローダイヤモンドで出来ているが故に狙われやすく、入学前は中々友人も出来なかったらしいという事実を含めて考えると無理もない気もするが。


 ……まあでも、確かにこのフード付きの上着は大事ですわよね。


 ハイディングシープとは、要するに姿を隠蔽するのに特化している羊の魔物だ。

 その羊毛にも似た効果があり、ハイディングシープの羊毛製品は身につけるだけで気配が薄まるというか、影が薄くなる。

 なので自衛として、トルスティはこのフードを常に被るコトで頭部から首部分を隠しつつ気配を消しているのだ。


 ……頭部と三つ編みを巻いている首を隠せば、ある程度は誤魔化せますものね。


 まあソレでも見つけてくるのが悪なのだが。

 悪というのは本当に何故潰しても潰しても別個体が悪として出現するのだろうか。

 常に二割がバリバリ働いて六割は普通に働いて二割はサボるというアリみたいなアレなのだろうか。


 ……もしそうなら常に二割の悪がこの世に……あ、コレ考えちゃ駄目なヤツですわ。


 うっかり考えるとコレはSAN値が減るヤツだ。

 天使の性質的にその結論に拒絶反応が出て、服の下がチキン肌。

 確かに天使は有翼系だが自分に羽は無いし手羽先になった覚えなど無いというのに。



「……よし、直りましたわ」



 そんなコトをぐだぐだ考えつつも手を動かしていた結果、フードは無事に修復し終わった。

 穴は開いていたが少し解れていただけだったので、軽く編み直すだけでどうにかなって良かった。


 ……アップリケ、今持ってるヤツご老人が使いそうな微妙なアップリケしかありませんものね……。


 祖母が年頃の孫の服に使用したらめっちゃ怒られるタイプのアップリケは流石にアウトだ。

 今度新しく普通のアップリケを買いに行かなくては。



「ハイ、トルスティ」


「うむ、助かった」



 そう言ってトルスティはフードを受け取り、ソッコで被る。

 安心毛布的な部分もあるのか、トルスティはフードを被った瞬間にとても安堵したような表情で息を吐いていた。


 ……ま、狙われがちだとソレから守る為のアイテムが無いと不安ですわよね。



「ジョゼフィーヌ、世話になったな。今度この例にナニか奢ろう」


「あら、そんなコト言ったら吹っ掛けられますわよ?ケーキでも奢ろう、とかって指定しないと」


「普通ならそうするが、ジョゼフィーヌは相手の小遣いの範疇でどうにかなるモノしか要求せぬだろう」



 忠告したハズなのだが、ニヤリとした笑みで返されてしまった。

 そして事実なので言い返せない。



「……じゃ、今度手芸店に付き合ってくださいな。男性の意見とか聞かせてもらってもよろしくて?」


「ふむ、色合いなどの感想でも言えば良いのか?」


「そうなりますわね。あ、あと買い物は自分でしますわ。買いたいの多いので」


「そうはいかん。修復の分としてソレは払う」



 しかし買いたいモノが多いのは事実なので、ソレを払ってもらうとなると修復費用がオカシイコトになってしまう。

 だがトルスティは狙われるとわかっていても髪を伸ばしたりするくらいには自分を貫くタイプなので、そう言っても納得はしてくれないだろう。



「なら帰りにカフェでも寄りましょう。ソコで奢ってくださいな。お気に入りのカフェがあるんですのよ」


「む、もしや四つ腕の店主が居るという?」


「あら、知ってるんですの?」


「ジョゼフィーヌのお気に入り店として同級生内で結構知名度が高いぞ」


「ソコで何でわたくしの名前が頭についてますの……?」



 確かに同級生の殆どが友人だが、だからといって自分のお気に入りの店だからという理由で知名度が上がるのはナンだかおかしくないだろうか。





 今日はトルスティと一緒に手芸店へ行く約束の日だが、待ち合わせになっている。

 何せ今日は月に二回か三回しか店を出さない屋台の日なのだ。

 トルスティはトルスティで午前中は教師に聞きたいコトがあるそうなので、待ち合わせという形で落ち着いた。



「ん~!美味しいですわ」



 生クリームたっぷりの生チョコクレープを食べつつ、待ち合わせ場所の方へと歩く。

 どうして生クリームというモノはこうも口の中で溶けていくのだろうか。


 ……甘すぎるのは少々苦手ですけれど。


 生クリームなら幾らでもいけそうな気がするので不思議だ。

 そう思いながら食べていたら、あっという間に無くなってしまった。

 空になった包みを近くのゴミ箱に捨ててから、さて、と待ち合わせ場所の方へと視線を向ける。



「……あら?」


「ジョゼフィーヌ!?」



 すると、待ち合わせ場所の方からトルスティが血相を変えて走って来た。

 しかも背後にはガラの悪い男達。


 ……あ、悪ですわねあの愚か者共。



「すまぬジョゼフィーヌ!とにかく逃げてくれ!」


「え、えーと、ソレはわかりましたわ!」



 慌てて進路を変更し、トルスティと同じ方向へと走り出す。

 でないと悪に捕まりかねない。


 ……トルスティがわたくしの名前を呼んだ以上は知り合いだってわかっちゃいますものね。


 あのままぼんやり突っ立ったままで居たら人質にされかねないのはわかるので、一も二も無い。

 というか自分の場合は悪と接触するだけでバーサク状態になってしまうのでどの道逃げるなりして距離を取る一択なのだが。



「トルスティ、アレは一体ナンですの!?というかナニがあったんですの!?」


「待ち合わせ場所に行こうと思い歩いていたら向こうが曲がり角からぶつかってきおったのだ!その上クリーニング代云々と難癖をつけてきたので逃げようとしたらフードを掴まれ、この有様!」


「成る程ですわ!」



 だからさっきからトルスティは深く被ったフードを掴みながら走っているのか。

 絡まれただけでも災難だというのに、その宝石の髪にまで気付かれるとは今日のトルスティは運勢が良くないらしい。


 ……ただの当たり屋なら逃げ切れたかもしれませんけれど、金になりそうな子供が相手じゃあの愚か者共も引きそうにありませんわね。


 実際、追ってきている愚か者共の目は欲に目が眩んでギラギラと嫌な光を灯している。

 そのせいかやたらとしつこい。


 ……いえまあ、わたくし達と足のリーチが違いますし、体力も違いますものね……。


 通行人の方々の間を縫うように走ってはいるが、いつまでも通用はしないだろう。

 そう判断し、死角以外完全網羅可能なこの視界をフルに使用して背後の愚か者共を把握しつつ逃げ道を探す。



「トルスティ、こっちですわ!路地裏!」


「その路地裏は危なくないか!?」


「最近ここに居たチンピラは兵士にしょっ引かれましたわよ!」


「そうか!」



 どういう会話だと冷静な自分が呟くのを無視しながら、走る。



「次は右!その後まっすぐ走ってから赤い看板の店の手前で左に曲がりますわ!」


「凄まじく頼りになるな!?」


「ソレ程でもありませんわよ!」



 そんなやり取りをして人通りが多い場所やヒト気の無い場所を逃げ回るが、相手がしつこい。

 あと最初は二人だったハズが現在は七人に増えている。



「ううむ……ジョゼフィーヌ」


「ハイ?」



 隠れつつ少し休憩していると、相手の様子を窺っていたトルスティが言う。



「一旦捕まろう」


「……考えがあるという様子だから頭ごなしに否定はしませんけれど、理由をお聞かせくださいな」


「経験則だ」



 いきなり信用性が高くて重い言葉が来た。



「ああいう手合いはまだ油断しているので大人しくしていれば殴り掛かってきたりはせぬ。しかしあまりに逃げ続けると厄介な仲間を呼ぶ、または捕まった時に手間を掛けさせやがってと怒鳴りながら一発殴ってきたりする」


「ウワア……」


「ならば相手が二桁になる前に降参し、大人しく捕まった方が安全だ。ああいう浅はかな手合いのプライドを下手に刺激し過ぎると無関係の通行人を人質にしかねぬという危険性もある。ああ、降参した際は下手に抗わぬように。キレて殴りに来る可能性がある」


「わたくし悪には拒絶反応で自動的に攻撃してしまうんですけれど」


「ならば立ち位置をある程度操作するか。ソレを悟るような相手に来られると厄介だが、幸いまだそういった輩はおらぬようだ」



 経験則が凄すぎやしないだろうか、トルスティ。



「というか、殴られたコトあるんですの?」


「時々な。まあ殴られると商品である髪に傷が付くコトも多い為殴ったヤツは立場が上のヤツにもっとボコボコに殴られるので気にしてはいない」



 ソレはもっとヤバイヤツが勝手にやり返してくれたようなモノだからではないかと思わなくも無いが黙っておく。



「さて、では行こうか。降参すると言って出て、ジョゼフィーヌは自分が混血であり無意識に反応してしまう旨を伝えておけ。信じていないヤツが拘束の為に触れた場合は死なない程度に手加減を。

そうすれば他の輩が私を人質にするだろうから、大人しく付いてくる形にすればジョゼフィーヌはあやつらに触れられずに済むだろう」


「経験則……」



 不審者に捕らえられるコトに慣れ過ぎては居ないだろうか。

 さておき、隠れていた場所から愚か者共の前に出てホールドアップ。



「コレ以上逃げても逃げ切れないと判断したので、降参だ」



 飛び掛ろうとした愚か者共に、トルスティが先手を打ってそう言った。



「大人しく降参するので、せめて殴ったりはしないでいただきたい。もっとも殴れば商品に傷が付いて値段が下がる故、そのようなコトはしないと思っているが」



 その言葉に、何人かが一瞬戸惑ったように目線を動かしたのがわかる。

 アレはこちらの態度に動揺したというよりは、ヤッベそういやそうか、と言うような動きだ。


 ……愚か者はやっぱり愚か者ですのね……。



「……わたくしも降参しますわ。ただ先に言っておきますけれど、わたくしは天使との混血ですの。なので悪に触れられると体のコントロールが効かずに相手を攻撃してしまうので、触れないでいただけると助かりますわ」



 嘘は言っていないのだが、全員にハ?という目で見られた。

 確かにわかりやすい光輪も翼も無いのは事実だが、いささか失礼では無いだろうか。

 しかし片方は宝石の髪、もう片方は自称天使との混血という売れそうなラインナップだからか、愚か者達は機嫌良さそうにこちらに寄って来た。


 ……浅はかな。


 すっかり油断しきっているようだが、反撃しないとでも思っているのだろうか。

 いや、する気は無いが。

 しかし人通りもそれなりにある場所でよく堂々とそういった立ち振る舞いが出来るものだ。


 ……あ。



「いけませんわ」



 トルスティが拘束された後、愚か者はこちらまで拘束しようとした。

 だが悪に触れられるとオートで迎撃してしまうのはハッタリではなく、事実なのである。

 つまり触れられた瞬間、反射的に相手の手首を捻ってしまった。



「いけませんわ」



 表情が真顔で固定されたのを感じつつ、口が勝手に動くのを他人事のように認識する。

 というか自分ではコントロール出来ないので、ほぼ他人事のような感覚だ。



「いけませんわ」



 手首を捻られた愚か者がもう片方の手でナイフを取り出してこちらに刺そうとしたので、相手の手首を台代わりにして逆立ちしてソレを避け、そのまま一回転して相手の後頭部を蹴り飛ばす。

 尚コレは完全に無意識下の行動である。


 ……というか、こんな高等技術自分じゃ普通に無理ですわよ。


 今のはただ悪に反応した体が悪を排除する為にオートで動いているだけだ。

 もし今の動きが意識的に出来れば、体術の授業で中の中という微妙な成績は残さない。



「いけませんわ」



 軽く頭を振って立ち上がった愚か者がナイフを突き刺そうとする動きでこちらへ来たので、そのままスピンのようにクルクル回転しつつ懐に入って相手の腕と手首を捻り、落とさせたナイフの持ち手部分を真上に蹴り飛ばす。

 何故さっきからちょいちょい回るのかと言えば、こうすれば自分の視界に死角が発生しなくなるからだと思われる。


 ……いえ、わたくし今自分の体がコントロール出来ない状態なので真意は自分でも不明ですけれどね。



「いけませんわ」



 そのまま逆上がりのように相手の腕を使って相手の横面を蹴る。

 そしてフラついた愚か者の頭部を踏み台にしてジャンプし、ナイフの持ち手部分を足の裏にくっ付けた。

 ただ重力を利用しただけの動きだが、無意識でどうしてこんな凄い動きが出来るんだろうか、この体。


 ……やっぱ天使って、神が創っただけはありますわよねー……。



「いけませんわ」



 着地しつつ、ナイフの持ち手を足の裏にピッタリとくっ付けている右足だけは回転をさせてそのままナイフの状態を維持し、勢いのまま右足の動きを軸にしつつ前転、愚か者の腕へとナイフを刺す。

 そして動きや反動を利用してナイフを愚か者に深く刺すような動きで持ち手部分を蹴り、そのままバク宙。

 先程着地した時、ナイフを愚か者に突き刺す直前に愚か者の仲間である別の愚か者が騒いでいたが、こっちだって自分の操作が効かないのだからピーチクパーチクと騒がないで欲しい。



「ジョゼフィーヌ!」



 トルスティの言葉に反応し、そちらへと振り向く。

 その際自然な動きでナイフを刺した愚か者が地面でのた打ち回っていてこちらにやり返してきそうに無いのを確認していた辺り、我ながらドコのソルジャーなのだろうか。



「……あら、いけませんわ」



 振り返ってトルスティを見れば、トルスティは人質のようにナイフを顎の下から向けられていた。

 恐らく首には商品となるイエローダイヤモンドの髪がグルグルと巻かれていたからだろう。

 愚か者がやいのやいのとやかましいが、しかしここは言わせて欲しい。



「わたくし、触れるなとちゃんと言いましたわよ」



 その言葉を思い出したのか、愚か者は顔色を悪くさせて舌打ちをした。

 というか他の愚か者共は立ち尽くすだけの木偶状態になっているが、何故そうも気味悪いモノを見る目でこちらを見るのか。


 ……最初は脇の下の柔らかいトコを狙って肩の神経とか切断して腕を使えないようにしようという動きだったから、意識的にソレは逸らしましたのに。


 確かに刺さりはしたが、致命傷にはならないように気をつけたのだ。

 そのまま鼻を蹴り潰そうとしない辺り、一年生の頃に比べて相当コントロール出来ているというのに、何故警戒されるのだろう。





 愚か者達から一定の距離を開けられつつも、トルスティが人質になっているので大人しくついて行った。

 連れて行かれたのは、闇オークション会場の売り物置き場だった。

 ちなみにコトノが血涙刀を購入したのとは違う会場である。

 まずトルスティが檻に入れられ、次に入るよう指示されたので大人しく入る。


 ……流石に、二度目の愚行を犯さないくらいの知能はあるようですわね。


 こちらとしても肝が冷える異様な動きはしたくないので助かった。

 悪に触れられると自動で迎撃してしまうとはいえ、可動域がおかし過ぎる無茶な動きをしてしまうコトも多々あるのだ。

 その時は完全に天使状態だからなのか無理な動きをした分の痛みが来たりはしないが、前に背中を切られかかった際に仰け反りつつバレエのような動きで背中側にある相手の手首を捻ってゴキャッてやってしまった時は中々に驚いた。


 ……正直、そのまま相手の手首を軸にして無理矢理背後に一回転して、その回転を利用して相手を投げたというのが未だに信じられませんわ。


 我ながらバーサク状態の時の身体能力はどうかしている。

 だが父曰くソレが戦闘系天使のデフォらしいので、母への求婚者が居なくなるのは当然だろうなとも思う。



「すまぬな、ジョゼフィーヌ。巻き込んでしまうとは」


「いえ、そもそも待ち合わせしようと言ってキッカケを作っちゃったのはわたくしですもの。あと迎撃したりとヤベェコトやらかしちゃったのもわたくしですわ」


「ああ、アレは凄かった。普段剣術の授業の際は動くカカシ相手にしか戦っていないのでよくわかっていなかったが、まさかアレ程に…………」


「ソコで言葉切られると色々辛いですわね……」



 まあ確かに剣術授業の際は相手が悪でないとまともに戦えないからというコトで特殊な仕様のカカシとしか戦っていないのは事実だが。

 対人だと相手が悪の場合は過剰な攻撃をしてしまうし、相手が悪で無いなら素の自分なせいでソコまで強くもない、という。

 というか悪じゃない相手と戦う意味がわからな過ぎて対応出来ないのだ。


 ……まあ、お陰で成績良いだけ良かったですわ。


 あと先程の愚か者の武器がナイフだったのも良かった。

 ナイフは自分の使用可能武器だったからあんな不思議な動きが出来たのだろう。

 もし短刀だったら刀判定でアウトだった可能性が高い。


 ……その時はその時で体術仕掛けて圧し折りそうですけれどね、短刀も愚か者も。



「ソレにしても、このままだと売られますわよね。どうもあと少しで闇オークションも始まるようですし」



 透視した先で愚か者共がそんなやり取りをしているのが()える。



「ふむ、そうか。だがまあ大丈夫だろう」



 しかしトルスティは、慣れたように平然としていた。



「慌てないんですのね?」


「私は今まで捕まった回数こそ多いが、売られたコトは一度も無いくらいには強運だ。ソレにジョゼフィーヌも人通りの多いトコロを走って「子供が不審者に追われている」という事実の目撃をさせただろう」


「……うふふ」



 確かに、逃げる為の作戦兼通報してもらう為のモノだというのは事実だ。

 そしてその連絡が行けば特徴から自分だと特定してもらえるだろうコトも考えている。


 ……この目で()た情報をちょいちょい渡してるから、兵士とは仲良いんですのよね、わたくし。


 更に兄も兵士として働いているので、すぐにわかってもらえるハズだ。

 自分がこんな状況でも落ち着いているのは、その為である。

 アンノウンワールドの兵士は頼もしいので、必ずや愚か者共を一網打尽にしてくれるコトだろう。



「……こんなトコロに子供まで連れてこられるとはと思っていたが、随分と逞しいようだ」



 声がした方に視線を向けると、自分達が入っているのよりも大きい檻の中に、虎の魔物が入れられていた。

 メカっぽい見た目で、黒に青の縞々で、普通の虎であれば白いだろう部分はピンク色。



「マシンタイガー……!?」


「おや、私の種族は知名度が低いハズだがな」



 そう言って、彼女はクスクスと笑った。

 マシンタイガーは機械系の魔物であり、戦う為の戦闘兵器として作り出された魔物である。

 ちなみにメスだとピンク色だが、オスだと緑色らしい。



「……マシンタイガーはその性質、というか内蔵された武器が警戒されるからと人里からかなり離れた場所が生息地になっているハズですわ。そんなマシンタイガーが何故……?」


「機械系魔物の知能系を一時的にダウンさせる古の魔道具を使用されたのさ。ま、捕まったガラクタは私だけだったようだが」



 マシンタイガーは自嘲気味に笑ってそう言った。

 自分のコトをガラクタと表現した辺り、やはり彼女の感性は生き物系ではなく機械系らしい。



「ガラクタでは無かろう」



 静かに、しかし響く声でトルスティがそう言った。



「私の髪が価値あるモノとして狙われたように、貴殿も価値あるモノとして狙われたのだろう。ソレは誇れるモノでは無く、あって嬉しいモノでは無いが、しかし価値があるという部分だけは別だ」



 トルスティはいつも通りの表情で、背筋を正した姿勢のまま言う。



「価値ある貴殿を、貴殿がそう卑下するモノではあるまい。価値あるモノは自分自身の認識でその価値を変化させる。貴殿が自分で台無しにするには、惜しいくらいの価値だと、私は思う」



 ……真顔で凄いコト言いますわね、トルスティ。



「……おい娘の方、今時の子供というのはこの状況下でも冷静、かつ同じ立場にある魔物に対して口説くのが普通なのか?」


「いえ、わたくし含めてコレは狂人の行動であり言動ですわ。ただ補足しておきますと現代人は大体狂人なのでまあ大体間違ってませんの」


「成る程、時代か」



 ソレで納得して良いのかはわからないが、まあ問題は無いので良いと思おう。



「……だが、ふむ」



 マシンタイガーは少し考えるようにそう言ってから、ニヤリと笑う。



「随分と良い言葉を掛けてもらった。なら、少し暴れるのも一興か」


「どういう起承転結ですの?」


「ハハ、気にするな!古臭い機械系魔物の思考回路にそんなモノを求めても意味は無い!」



 キッパリと言い切って良いのだろうか、ソレ。



「ソコの子供のお陰で、目が覚めた。正直私だけが捕まったのが結構ショックでふて寝をしていたが、しかし未来ある子供達の為という大義名分もある!つまり暴れられるというコトだ!」



 ……本気でちょいちょい起承転結がおかしくありませんこと?



「ではまあ一応気をつけるが、動かないようにしておけよ」



 そう言い、マシンタイガーは体の黒い部分からガチャガチャと音を立ててメカメカしいナニかを展開した。

 異世界である地球のSF系映画とかでありそうな武器が、マシンタイガーのボディから生えるようにして展開されている。



「フ、ハハ」



 マシンタイガーのテンションが上がっているのが、()えた。



「よーーーーーし!ソレじゃあいっくぞーーーーー!ぶっ、飛ばーーーーす!」



 その日、テンションが上がったマシンタイガーにより、兵士が突入するよりも早く、一つの闇オークション会場は物理的に崩壊した。





 コレはその後の話になるが、あの後マシンタイガーは捕まったのが不甲斐無いからというコトで故郷に帰らずこちらに残るコトにし、そして心配だからという理由でトルスティの護衛へ立候補した。

 どうも狙われがちだというのに戦闘能力が無いのがとても心配になったらしい。


 ……まあ、戦闘用に生み出された魔物の感性からすると戦闘力が無いっていうだけで心配レベルマックスになりますわよね。


 ちなみにトルスティの体術と剣術の授業での成績は、共に下の中である。

 逃げはかなり上手なのだが諦めが潔く、攻撃はまったく出来ないのでその成績になった。



「よっしゃドーーーン!」



 王都を歩いていたら、マシンタイガーのその声の直後、凄まじい音がした。

 ()れば、不審者らしきヒトが命に別状は無いレベルの黒コゲになっている。



「フフ、トルスティ。お前は本当に金目当ての馬鹿を引き寄せるな。ハイディングシープのフードを被っても隠せない程とは」


「隠さないよりはずっとマシであろう。ソレよりもマシンタイガー、貴殿の攻撃で地面が抉れているのだが」


「ああ、このくらいなら直せるから気にしなくて良い」



 そう言ってマシンタイガーは武器では無さそうなモノを展開させ、あっという間に地面を修復した。

 尚不審者は黒コゲ放置のままである。



「しかし、この馬鹿相手に結構な攻撃をしても随分と冷静だな」


「初対面の時に会場ごと壊した貴殿が言うか?」


「ソレはソレだ。大体通行人が気にしていないというのもおかしくないか?」


「銃を取り出したなら戸惑うかもしれぬが、貴殿のは銃かもよくわからない形状の上にほぼ熱光線であるからな。あとこの程度の迎撃はよくあるから気にする程のコトではない。命があればセーフだ」


「ああ、成る程。流石狂人だらけの現代だな」



 ナンだかマシンタイガーが凄い納得の仕方をしている気がするが、事実なので訂正出来ない。

 そもそもソレを言ったのは自分だしなと思いつつ、悪人の近くを通ってうっかりバーサクスイッチを入れたくないからと彼らを迂回するルートを選択した。




トルスティ

狙われるとはいえ自分の髪を気に入っている為伸ばしており、三つ編みを解くと身長よりも長い。

やたらと強運かつクールで、誘拐されがちな経験のせいか変な達観の仕方をしている。


マシンタイガー

戦争用に生まれた魔物であり、自身に内蔵されている武器を使用する際だけめちゃくちゃはっちゃける。

正直現代の人類はメンタルの部分がヤバいなと思っている。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ジョゼさんの戦闘モード、アクロバティックでかっこいいですね。痺れます。さすが戦闘系天使。
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