不眠少年と夢の女神
彼の話をしよう。
遺伝でも呪いでも無くただ不眠で、常にぐったりしていて、最近はもう睡眠薬も効かなくなった。
これは、そんな彼の物語。
・
大なり小なり事情がある子も多い為、この学園の生徒の不眠症率は意外と高い。
大半は自分の体質が元での不安やらが多いが、しかし呪いでも遺伝でもなくただひたすらに不眠というパターンもある。
「……寝るって、ナンだろうな」
遠い目になりながらそう言うのは、遺伝も呪いも無い生粋の人間であるモーリスだ。
彼は精神的不安も無いハズなのだが、とにかく眠れないらしい。
……睡眠薬使って三十分眠れれば良いレベルって、相当ですわよね。
どうも昔からそうらしい。
睡眠が足りていないからかモーリスは常にぐったりしているし、褐色肌でわかりにくいがその目の下には深い隈がクッキリと刻まれている。
……いえ、ホントわかりにくいですけど。
自分のような目があるからこそ気付ける隈だ。
そんな隈を刻んでいるモーリスは、深い溜め息を吐いて薄い藍色の髪をグシャグシャとかき混ぜた。
「どうかしたんですの?いつもより大分メンタルに乱れが視えますけれど」
「ジョゼフィーヌはそういうのも見えるのか?」
「見えるというか、神経部分や筋肉の動きがメンタルに大分キてるヒトのソレだから、ですわね」
なので察するコトは出来ても心を読んだりは出来ないのである。
「で、どうかしましたの?」
「……とうとう、睡眠薬の使用がドクターストップされた」
「あら、ヴィレム薬剤師が?」
この学園には二つの保険室があり、それぞれ保険医が居るのだが、ソレとは別に薬剤師もいるのである。
もっとも彼は常駐では無いので中々会えないが。
……ま、コンラド非常勤保険医よりは会えますけれど。
「そう、コレ以上は危険だって止められてな……」
頷き、モーリスは頭を抱えた。
「睡眠薬を飲まないと眠れないのに、無駄に耐性は出来るもんだからどんどん強い睡眠薬を飲むようになってて」
「結果次は最悪死ぬレベルの睡眠薬を飲まないとレベルになったんですのね?」
「よくわかったな」
「ヴィレム薬剤師がドクターストップする場合、理由はそのくらいですもの」
あのヒトは薬に特化している為、様々な薬を作っている。
強い薬弱い薬副作用がある薬その他諸々作っているので、混血や魔物相手でも処方出来る薬を作ってくれたりもするのだ。
そんなヴィレム薬剤師がドクターストップというコトは、コレ以上はマジでヤバイ級だというコトだろう。
「しかし、俺は睡眠薬が無いと眠れない。コレからどうすれば良いんだ……」
「アロマとか……は、駄目だったんですのよね」
「睡眠薬以外も試せるのは全部試した。そして全滅した」
「うん、そういや前に聞きましたわねソレ」
モーリスの場合、どうも生まれつき眠れないそうなのだ。
まず眠るコトが出来ず、そしてどうにか寝ても眠りは浅いしすぐに目覚めるというタイプの不眠症。
昔は軽めの睡眠魔法で親が眠らせてくれたらしいのだが、そっちも耐性が出来てしまっているらしい。
……そっちはそっちで、相当ヤベェ級の魔法じゃないと効かないくらいになっちゃってるそうですし……。
だからこそ睡眠薬を飲むようになったらしいのだが、とうとうソレも駄目になった。
というかまだ齢十二歳で魔法も睡眠薬も通用しなくなるとかこの先大丈夫か心配になる。
「ちなみに眠れないのが続いたらどうなりますの?」
「メンタルに異常をきたした後限界が来て気絶、だけどソレを繰り返すと脳がブチンってなって死ぬからナンとしてでも寝るようにって昔診てくれた医者のじいさんが言ってた」
「ワーオ」
不眠症で命ピンチ。
他に不眠症を患っていた友人達は大体不安から来るタイプの不眠症だったので膝を貸せば多少眠れるというコトも多かったが、彼の場合は不安からの不眠症では無いのが問題だ。
生まれつきだからこそ、友人が居るというコトで安心してもだから寝れるとはならないのだ。
安心と睡眠がイコールで繋がっていないのが一番厄介な部分である。
……何度か試したけど、眠れないままでしたものね。
あの時は結局睡眠薬で寝たが、やはり短時間で起きていた。
ソレでも眠れていただけ良かったが、コレから一体どうしたものか。
「……モーリス、寝る為の新しい手段とかって」
「皆無。こっちを眠らせてくる魔物がいたとしても魔法または眠らせる系の薬ってトコは変わらないしな」
「そうなんですのよねー……」
魔法とはスタンガンで、魔物が用いれる特殊能力は自然の雷に近い。
つまり魔法は人工的にソレらを用いれるようにしたモノなのだが、しかしソレが電気の系列であるコトに変化は無い、という感じだ。
「……まあ、眠れるよう神にでも祈っておく」
「ええ、わたくしも神に祈っておきますわ……」
睡眠薬などで寝ても死ぬ可能性、そして眠れなくても死ぬ可能性があるというデッドオアダイにより、褐色肌でわかり辛いがモーリスの顔色が悪くなったのが視えた。
しかし自分は自分で友人が最悪死ぬ可能性があるという現状に顔が青くなっているのがわかるので、お揃いだねうふふと脳内だけでも明るくしておこう。
……いや、ナニ一つ明るくありませんわねー……。
・
そんなコトがあってから、五日。
モーリスが睡眠薬を使用しなくなって五日経過したが、ナンと驚き。
「念願の!夢を見ないから夢には見れなかったが、けれど将来の夢的な方で夢にまで見た八時間睡眠が!出来た!」
モーリスは眠れるようになっていた。
初日は眠れなかったらしく死にそうかつ泣きそうな顔をしていたが、翌日からは不思議な程眠れるようになったらしい。
「良かったですわね、モーリス」
「ああ、まったくだ!今まで夢を見るコトすら出来ていなかったんだが、長時間眠れているお陰か夢を見るコトも出来るようになったんだ!」
「あらめでたい」
短時間睡眠だったからこそ深く眠らないと命ピンチという状態だったのだろうが、長時間睡眠が出来るようになったお陰で夢を見るだけの余裕が出来たのだろう。
ソレが嬉しいのか、モーリスは今までのぐったりした様子が嘘の様な笑みを浮かべている。
いつものだるそうな表情とはまったく違う、子供らしい楽しげな笑顔だ。
「ソレにしても、夢って楽しいんだな!カラフルだし、おもちゃが沢山あるし、色んな風景にも変化するし!」
「まあ、夢ならそうでしょうね」
日常かと思いきや急にスペクタクル始まったりしても違和感を抱かせないのが夢である。
「あ、でも」
「?」
モーリスは少しだけ不思議そうな表情を浮かべながら言う。
「出てくる美女だけは同じなんだが、コレって夢見る側からしたら普通の夢なのか?」
「……同じ美女が出てくるんですの?」
「ああ。風景とか、そういうのは毎回違うんだけどな。そのヒトだけはいつも同じなんだ」
「同じ……」
「あ、でも俺が目覚める時に「待って!」って言ってきたり、寝て夢の中で顔を合わせるとその度に「ナンで起きるんですの!?」って怒ってる」
「…………」
「でも美女」
「いやソコは聞いてませんわ」
確かに重要なのかもしれないが、そう主張しなくても良い。
しかし眠れるようになったモーリス、毎回出てくる美女、起きるコトに怒ったり起きようとすると待ってと引きとめようとするというコトから考えると、とある魔物が脳裏に浮かぶ。
「……念の為聞いておきたいんですけれど、モーリスの夢に出てくる美女、露出が多いまたは全裸だったりしてますの?」
「突然ナンだその質問!?そんなワケ無いだろ!?」
めちゃくちゃビックリされてしまった。
「いえ、ちょっとした懸念があって……まあ違うんなら別でしょう。ちなみに美女の服装ってどんな感じでしたの?」
「気になる言い方だな……美女はナンか、貴族が着てそうな服着てたぜ」
「貴族……ドレスですの?」
「ドレス、っていうか……ジョゼフィーヌが王都出る時に着てるような服をもっとヒラヒラさせたっていうか、フリフリが多いヤツだな」
「ふむ」
ロリータ系のワンピース服というコトだろうか。
確かにそういう系統であれば露出が少ないのは事実だろう。
「んでパステルカラーで、美女もナンかフワフワした感じ」
怒っているとか言ってたのにフワフワしているとはコレ如何に。
しかし成る程、そんな美女であれば自分が露出過多または全裸かと聞いた時にああも驚いたのに納得だ。
「……で?何で露出過多だとか思ったんだ?」
「いえ、今現在人類の性欲がほぼ皆無になっているせいで絶滅に瀕している淫魔という種族が居るんですけれど、その淫魔っていうのが夢に侵入したりするんですのよ。で、夢の中で誘惑して相手を気持ち良くさせて主食となる精力を奪う、という」
「誘惑して気持ち良くって……マッサージ店の客引きみたいな感じか?」
……あー、性欲ほぼ皆無だからこそその辺わかんないんですのねー……。
保健体育の授業は受けているが、知識がメインとなっているのでそういうアレコレに関する知識は薄いのが現状だ。
自分がソレらを理解しているのは、一重に異世界の自分の知識があるからである。
……そういった描写がある昔の本を読んでも、異世界のわたくしの知識が無かったらいまいち理解出来なかったでしょうしね。
縁遠いとはそういうコトだ。
異世界である地球的に例えるのであれば、ポケベルを知らない世代が作品に登場したポケベルを見ても、通信機器であるコトはわかってもどうやって操作するのか不明、みたいなアレである。
要するにアンノウンワールドからすると性行為の為に赤の他人が赤の他人に性行為アピールをするというのは最早未知扱いというコトだ。
「んーと、端的に言うとこの場合の誘惑は食べ物の誘惑とかのタイプでは無く、性行為をしようというアピールの方ですわね。あと気持ち良くというのも性行為による快楽のコトですわ」
「……エ、初めましての魔物だろ?」
「まあ大体夢の中に出没する魔物なのでそうなりますわね」
「でも性行為ってのはパートナーとか大事な結婚相手とかとやるモノだよな?愛し合うの最上級の行為だって。でもケアとかその他諸々気をつけないとかなりヤバイ病気になったりするし、最悪相手にも自分にも苦痛しかない行為になるって教わったぞ?」
「んー、んー……まあ色々あるんですのよ。あと向こうからすると人類の性欲が死んでるせいで絶滅寸前レベルで飢えてるでしょうし、そもそも性行為は彼ら彼女らにとって食べる為にフォークとかを用いるようなのに近く……」
というか、コレは本題では無いのでわざわざ詳しい説明をする必要は無いのではないだろうか。
「……要するに淫魔とかの場合は性的アピールの為として全裸または露出過多な格好をしてるコトが多いんですの」
露出過多とは要するに下着姿とかエッチなコスプレとかそういう系統のコトなのだが、性欲皆無な現代人相手だとソレをエッチと認識出来ない。
なので色気の無い事実的表現を用いるしかないのだ。
ちなみに淫魔が露出過多なのは性的アピールというのも事実だが、現在の実状としては主食がゲット出来ていないせいでヘロヘロな為、魔力で服を編むコトも出来ていないというのが事実らしい。
「ナンで全裸や露出過多だと性的アピールになるんだ?寒そうに見えて心配になるだけだと思うが」
「性行為で子供作るのが当たり前でその辺で危険とされるような性行為をポンポンやってたようなレベルの昔に生まれた魔物だから当時の手法のままなんですのよ」
「ああ、成る程。あの暗黒時代か」
現在のアンノウンワールドにおいて、かつて性行為が盛んで性的な店がその辺にあった時代のコトは暗黒時代だの闇の時代だの散々な言われようをしていたりする。
まあ散々な言われようだと主張しているのはあくまで異世界の自分であり、アンノウンワールドの住民らしく性欲がほぼ皆無な自分としては当然のような呼び名だと思うのだが。
……異世界的なジェネレーションギャップ、というモノでしょうか。
もしくはカルチャーショック。
性的云々に関しては学園で売店をやっているアマンダ店主のパートナーも嘆いていたので、異世界である地球出身者からすると色々思うトコロがあるのだろう、多分。
「で、もしかして淫魔なのではと思ったんですけれど、露出過多じゃないなら違うっぽくて安心ですわね、と」
「ん?もしかして淫魔っていうのは害魔なのか?」
「かつては害魔でしたわね。どちらかというと今は淫魔が凄く生きにくい時代なので、淫魔が無駄に心に傷を負ったりするコトが無かったようで安心しましたわ、という感じですわ」
「そっちにか」
「そっちにですわよ」
フランカ魔物教師が見せてくれた、淫魔と接触したとある魔物研究者のレポートを読んだ時は淫魔に同情したくらいだ。
何せ淫魔は性的なアピールをしているっぽかったのに、理解不能な行動が多いとか書かれていたのだから。
……異世界である地球的な性知識を有していると、ホント同情するような書き方でしたわね、アレ……。
「ところでジョゼフィーヌ、結局俺の夢に出てくる美女はナニかわかったのか?」
「いえまったく。淫魔かと思ったらそうじゃなかったようなので、違う魔物かもしれませんわね」
「コレだけ話してその結論なのか……」
「そうなりますわ」
呆れたような目で見られてもこちらはモーリスの質問に答えただけだ。
その結果結論を言うのが遅くなっただけで、つまりわたくし悪くありませんの。
「まあでもソレは完全にモーリスの夢の中だけの存在かもしれませんし、具体的にナニか発生しない限りは不明ですわね」
「夢の中だけの存在ってどういう意味だ?」
「いやだから、魔物とかじゃなくてただの夢って意味ですわ。生き物っぽい動きをするトコまで含めてそういう夢なのかも、って」
最初に見た夢でそういった動作をしたのを「コレが夢」と認識し、夢の中で見たイメージが強かった美女が「夢の中である象徴」みたいな扱いになっているのであればおかしくはない。
印象が強いからこそ毎回夢に見るというようなアレだ。
「ふむ、成る程。夢っていうのはそういう場合もあるのか」
夢を見るというコトに関して初心者なモーリスは、そう言って納得したように頷いた。
・
そんな話をした翌日、モーリスは紫とピンクと白でとってもカラフル可愛い色合いのハツカネズミを連れていて、ソレを認識した瞬間に自分はホールドアップをキメていた。
「エ、いきなりどうした?」
「どうしたはこっちのセリフですわよ!?」
そのハツカネズミから視えた魔力量は並みの魔物にはあり得ない量だった。
というか魔力というより神気というか、もうナンか天使の本能が逆らうな屈しろと叫んでいる。
「あら、天使の要素は半分だからどうなのかと思っていましたけれど、随分と物分かりが良いようで安心しましたわ」
そんな自分に、ハツカネズミは鈴が転がるような愛らしい声でそう言った。
「もし身の程を弁えるコトが出来ていないようなら、例え要素が半分とはいえ天使の端くれでありながらもこのわたくしに無礼な振る舞いをしたとして軽ぅく……ええ、まあ、モーリスの友人にそんなコトをしなくて済んで良かったですわ」
ハツカネズミはクスクスと可愛らしく微笑みながらまったく可愛く無いコトを言っている。
というか今ので完全に理解したが、どうしてそんな方がモーリスと一緒に居るのかが理解出来ない。
「……え、ええと……ナニを司る神かはわかりませんけれど、女神、ですわね?」
「ええ、そうよ!」
パステルカラーで異世界である地球的に言うなら「ゆめかわいい」と表現するのがピッタリな色合いの彼女は、肩の上からモーリスに言う。
「さあモーリス、紹介してもらえるかしら」
「あ、ああ……ジョゼフィーヌ、彼女は今日、いや昨日の夜?まあとにかく夢の中で俺のパートナーになった結果この姿で現実世界に出現した、夢の女神だ」
「ゆめのめがみ……」
頭が頭痛で痛い。
「……どういうナニがあればそうなりますの……?しかも女神に見初められるとか相当ですわよ」
「あら、ちゃんと表現もわかってますわね。女神を惚れさせたと表現するのでは無く、ええ、そう!こっちが見初める!褒めて差し上げますわ!」
「ありがたいコトですわー……」
遠い目になってしまうが、しかしありがたいコトであるのは事実なので素直にそう返す。
天使の本能が女神に逆らうなと警鐘を鳴らしまくっているのでコレはもう従うしかない。
……逆らうな、お世辞は使うな、でも本心から褒めろって難易度高いですわ……。
相手が女神だからこそ褒める部分が沢山あるお陰で本心からの賛辞を述べるコトが出来るが、そうじゃなかったら大変だった。
いや、相手が女神でなければわざわざそんな対応もしないのだが。
「あー、っと」
女神と天使のやり取りに居心地悪そうにしていたモーリスは、頬を掻きつつ口を開く。
「ナニがあったのかって話だが、昨日また美女が出る夢を見てな。そしたら開幕キレられた」
女神がキレるとか天変地異の前触れでしかないと思うのだが。
そう思いつつ、両腕で自分を抱き締めた。
……適当なホラーよりも体が冷えますわ!
「だってそうでしょう?」
夢の女神は優しく微笑みながら言う。
「わたくしは大なり小なり人生に困っているヒトを眠らせ、その夢にお邪魔して楽しい夢を見せるのが仕事。永遠に眠っていたいと願うヒトの望みを叶える為に、永遠に楽しみ続けるコトが出来る夢を見せて永遠の眠りにつかせるのがわたくしですもの」
……ソレは、ある意味救いっちゃ救いですけれど。
「なのにモーリスってば、わたくしが寝かせたっていうのにたった八時間しか寝ないのよ!?」
そう思っていたら女神が怒りのまま叫んだ。
見た目は可愛らしいハツカネズミであり、モーリスもそう認識しているのか苦笑しているが、神のエネルギーが視えてしまうこちらからすれば死へのカウントダウンにしか思えない。
……いやもう、コレ火山の噴火見た時と同じ広がり方ですわよ……?
天使である父曰く、女神は感情がとても女性的らしい。
要するに感情の波が激しく、一瞬にして炎が燃え盛るように怒り、しかもその感情が収まるまでに時間が掛かるそうだ。
「人生に疲れるくらい困っているヒトに!永遠の眠りを与えて!自殺なんて行為で命を無駄にしないように救うのがわたくしの!し!ご!と!だというのにモーリスは!」
夢の女神はその小さい手でペシペシペシペシとモーリスの肩を叩いている。
モーリスはその動作を微笑ましそうに見つつ苦笑しているが、女神の怒りが目に視えてしまっている自分からすればただのトラウマシーンである。
……モーリスは多分可愛らしいハツカネズミにしか見えていないんでしょうけれど、わたくしからすれば迫り来る溶岩にしか見えないんですのよねー……。
「本当にナンで永遠の眠りにつかないんですの!?」
「いや、そういわれても眠れないのは体質だからな……」
「女神が眠らせているというのにたったの八時間!何度眠らせても八時間前後でパッチリと!この麗しく美しい女神が居る夢の世界からどーーーーやったら帰ろうなんて血迷った思考に行き着きますのよ!?」
「確かに夢の中の夢の女神は美女だけど、今の夢の女神は可愛くて良いと思うぞ」
「女神なのだから当然でしょう!」
怒っている女神相手に普通に話し掛けれるとかモーリスがもう英雄に見えて仕方が無い。
まあ女神がパートナーに選ぶくらいなら英雄の素質があるというコトかもしれないので、無理矢理にでも納得しよう。
でないと自分の中にある天使の本能がバグりそうだ。
「だからこそ、わたくしはモーリスを必ず永遠の眠りにつかせる為にパートナーになったのですわ」
モーリスの本心からの褒め言葉だったからか、ある程度怒りを発散したからか、夢の女神は落ち着いた様子でそう言った。
「……えっと、永遠の眠りにつかせる前提なんですの、ね……?」
「わたくしが眠らせても眠らないなんて前例を出すなんて認められませんもの!」
「寝てはいるんだが」
「永遠の眠りにつかせてるハズがたったの八時間睡眠で目覚められるなんて女神としての沽券に、そしてわたくしのプライドに関わるんですわ!」
まあそうなるだろう。
女神のプライドに触れたが最後なので、物理的にヤらないだけ彼女はとても優しい女神だと思う。
「だからこそモーリスを永遠の眠りにつかせる為、パートナーになったんですのよ。わたくしは夢の女神だから、夢の世界から出れないんですもの」
「あら、でも今は出てますわよね?」
「ええ、モーリスがパートナーになりましたから。あとはその縁を元にしてちょいちょいっとやるだけですわ。まあ省エネモードでこの姿ですけれど」
成る程、美女姿だと騒ぎになる可能性があるからその姿にしたのかと思っていたのだが、ソレは省エネ姿だったのか。
ソレでも愛らしく美しいと思える辺り、流石女神。
「パートナーになればこちらに姿を現すコトが出来る。あとはモーリスをそばで観察して、夢の世界をモーリス好みにチョイスしていくだけですわ」
「頑張ってくださいまし」
「待てジョゼフィーヌ、俺の場合今は安定した睡眠が取れるから良いが、コレ最終目標は俺の永眠だってわかってるか?」
「許してくださいな、わたくし半分とはいえ天使が混ざってるから神の意思に逆らえないんですのよ……!」
「天使ってそういう感じなのか……」
同情の目で見られたが、そういう感じなので仕方が無い。
天使の要素があるからこそ、神の意思に逆らえる人間の要素があったとしても天使の部分がそんな愚か極まりない愚行を犯すなど、みたいな感じになるのだ。
つまり結局天使としての要素が前面に出てしまう。
「というか夢の女神も、受け入れておいてナンだが他の困っているヒトは放置で良いのか?」
「他の困っているヒトを眠らせるのは分霊でも出来ますから、ええ」
夢の女神はとても優しい笑みを浮かべた。
「だからモーリスは心配しなくて良いんですのよ」
「いや、心配というか他が犠牲になる云々なんだが」
「神から賜った命を自殺なんて形で無駄にさせないように幸せな夢を見させるだけよ?」
「うーん、この会話出来てるようで絶妙に意思疎通が出来ていない感」
神や女神はそういうモノなので仕方が無い。
そもそもの生きている場所が違う存在なので、思考も大分違うのだ。
「モーリスがナニを心配しているのかはわかりませんけれど、でも大丈夫ですわ」
夢の女神はニッコリと微笑む。
「寿命で死ぬ時まで永眠するコトが出来なかったとしても、その時はちゃんと素敵な夢を見させてあげますもの。死ぬ時に夢の中であれば、ソレは夢を見せて永眠させたのと同じだものね」
「あ、俺が言うコト聞けない側って立場なんだな?」
夢の女神からすれば相手を眠らせて永眠させるというのが仕事だからこそ、キチンと全うしたいのだろう。
人間的思考からすると死神にしか思えない行動だが、神側からすればソレはとても優しい救いの手段。
その辺り、大分思考や認識に差がある気がする。
・
コレはその後の話になるが、夢の女神は自分の夢の中にも現れた。
「……夢の女神、ですわよね」
「うふふ、姿が変わった程度で見間違えなかったのは偉いわ。褒めてあげますわね」
「ありがとうございます……」
微笑む夢の女神は、ハツカネズミと同じ色合いだった。
全体的にふんわりしたテイストの、ゆめかわスタイルに身を包んでいる。
……夢の女神だから、ゆめかわスタイルなんでしょうか。
「というか、あの、わたくしの夢にアナタがいらっしゃったってコトはわたくし既にデッド状態ですの?」
「そんなワケ無いでしょう?仕事のわたくしとプライベートのわたくしを見分けれるようにならないと駄目ですわね」
「プライベート」
女神と一対一状態で大分メンタルが焦っているというか寝ているハズなのに心臓があぶっている気がする。
思わず異世界の自分が使用していたらしい方言が出るくらいには思考力がぐだぐだ状態だ。
「そう、コレはプライベート」
夢の女神はハツカネズミ姿と同じような、けれど女神としての美しさが全面に出ている笑みを浮かべた。
「わたくしは夢の女神だから、夢の中を移動出来たりもするの。もっともこのわたくしは分霊ですけれど、まあ意識は共有しているので問題はありませんわ」
分身してるけど意識は一つでそれぞれ別の行動が可能、みたいな感じだろう。
「だからアナタ、時々こうしてわたくしの話し相手になりなさい」
「エッ、わたくしですの!?」
「イヤだと?」
「滅相もありませんわ!」
本能的かつ反射的に即答すると、ふふ、と夢の女神が微笑んだ。
「そう、そういう身の程を弁えているのが良いんですのよ。人間相手だと女神への態度を理解していないコトも多いでしょう?
モーリスはパートナーなので問題ありませんけれど、やっぱり神に使われる為に作られた天使じゃないと、態度とかが気に障るんですのよね」
ナンだかとても怖いコトを言っている気がするが天使の本能が気にしたらアウトと叫んでいるので気にしないでおく。
「アナタは子供のような奔放タイプの天使と違ってキチンと神に仕えるタイプの天使みたいなので、安心ですわ。奔放タイプはちょっとイラッとしますもの」
「ヒエッ」
「あ、殺したりはしないから安心して良いんですのよ?気まぐれで殺したりなんて野蛮なコトはしませんわ。戦う系の神でもあるまいし」
ソレはつまり戦う系の神なら気まぐれで殺すだろうと言っているようなモノだが、神話とか読んでると実際そうなのでナニも言えない。
「わたくしの機嫌を損ねなければ、わたくしだって怒りませんもの。逆らわず、身の程を弁えつつ、嘘は交えず、けれどわたくしを怒らせないように」
夢の女神はとても美しい笑みを深めた。
「アナタはソレが出来る天使のようですから、話し相手に良いと思いましたのよ」
「なぁるほどー……」
正直脳内では「チキチキ!女神様の逆鱗触れずに生きて夢の世界から帰れるか!?デッドオアアライブ!」みたいなタイトルが踊っているが、コレは美女との二人きりデートだと根性で上書きしよう。
じゃないとメンタルが持たない気がする。
……悪い方では無いし、言葉のチョイスがナチュラルにアレなだけなんですのよねー……。
神は傲慢だとよく言われるが、アレはただ事実を率直に言っているだけだ。
単純にオブラートをよくわかっていないだけであって、そして己が怒ったら大変なコトになるだろうコトにも自覚がある。
だからこそああ言ったのだというコトはわかっているのだが、ソレはソレとしてもう少し神気を抑えてくれないと本能的に恐縮してしまう。
コレは一体どう説明すれば良いのだろう。
モーリス
ただただ眠れないという生粋の不眠症だが、現在は夢の女神のお陰で安眠快眠。
夢の女神は流石綺麗な女神様だなーと思っているので態度もフランク。
夢の女神
言動はちょいちょいアレだがただ純真無垢なだけであり、悪意はゼロ。
生粋の上にあるべきモノという存在なのでそういう思考や言葉になるだけ。