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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
79/300

乾眠少女とフォースアイゴート



 彼女の話をしよう。

 眠ると体が硬質化するという遺伝で、眠るのが怖くて、不眠症になりかけている。

 これは、そんな彼女の物語。





 手を翳すコトでバリアを張れるルイースのように、条件を満たすコトで特殊な状態になる混血も多い。

 自分も悪と接触するとバーサーカー状態になるので、ある意味自分もそうだと言えるだろう。



「…………」



 そして今、自分の膝を枕にして眠っているトゥーナもそのタイプだ。

 彼女は眠ると体が硬質化するという体質が遺伝しており、寝ている間は石のようになる。

 灰がかった紺色の髪も、見事にカチカチだ。


 ……しかし、だからこそ悩まされるというのはよくありませんわね。


 眠っている間のトゥーナはナニをされようと絶対に起きないし、攻撃も通らない。

 ソレこそ沈められようが生き埋めにされようが、だ。


 ……ま、ソレを怖がってるんですけれどね。


 トゥーナは昔、寝ている間に埋められて出れなくなり死んでしまう、という悪夢を見たらしい。

 そう、悪夢だ。

 ただの夢でしか無いのだが、実際起こりかねないというコトで相当な不安に見舞われたそうだ。


 ……一応、寝れてはいるようですけれど。


 しかし不安からか、軽い不眠症に近い状態になっている。

 眠れはするが短時間で起きてしまうらしく、最近は隈がうっすらと出来ていた。

 だが自分からするとうっすらしか出来ていなかろうとハッキリクッキリ()えてしまうので、こうして談話室で膝を貸している、というワケだ。



「ジョゼ 膝貸して。ジョゼの膝 寝れるって噂」



 正直そう言われてもまったく腑に落ちなかったが実際友人に膝を貸したコトは何度かあったので、一度退室して図書室で読むのに時間が掛かりそうな本を借りてから戻って、こうして膝を貸すコトにした。

 心配だったのもそうだし、自分の膝で眠れるのであれば良いコトだろう。


 ……わたくし一応、貴族の娘なんですけれど……。


 校風もあるのでこういった接し方が正解なのはわかっているが、皆自分のコトを保護者かナニかだと思っていないだろうか。

 自分は保母さんポジションになった覚えなど無いのだが。



「…………ん」



 そんなコトを考えつつ本のあとがきページを読んでいると、石のように硬質化していたトゥーナが意識を目覚めさせたのか、身動きをして小さく声を漏らした。



「……ジョゼ おはよう」


「ええ、おはよう」



 本をテーブルに置き、先程までとは違って柔らかい通常の髪に戻ったトゥーナの頭を撫でる。



「僕 どのくらい寝てた?」



 そう言うトゥーナはまだ眠いのか、目がぼんやりとしていた。



「そうですわね……三時間半は寝てましたわ」



 トゥーナの問いに、遠くの壁に掛けられている時計を()てそう答える。

 少々距離があるので視力が平均、またはそれ以下だと時計の針がいまいち見えないだろうが、自分からすれば真横を見るのと変わりない。



「そうか……三時間半!?」


「キャッ」



 驚いたようにトゥーナが飛び起きたので、うっかりトゥーナの頭と自分の顎がぶつかったりしないようにと手でさっと防御。

 無事頭部にダメージは無かったらしいトゥーナは自分の背後にある比較的距離が近い壁掛け時計を見て、目をパチクリとさせた。



「……僕 二時間以上寝たの 久々」


「あら、ソレは良かったですわね」


「うん……うん!」



 最初は驚きのまま頷いただけのような動きだったが、すぐに脳内で情報が整理されたのか、嬉しそうに笑みを浮かべながらもう一度頷いた。



「ジョゼ 流石!ジョゼなら 僕のコト埋めない。埋められそうなコトがあっても 助けてくれる 確信がある。お陰で僕 ぐっすり。嬉しい ありがとう!」


「信頼されるのは嬉しいんですけれど、一体いつの間にそうも信頼されたのやら……」


「……ジョゼ いつも色々助けてくれる。無自覚?」



 首を傾げたトゥーナの頭を撫でつつ苦笑する。



「助けてる自覚はありますけれど、大したコトはしてませんもの。なのにソコまでの信頼を置かれてるのが不思議なんですのよ」


「ジョゼ 積み重ね凄い。自覚持って」



 そう言われる程誰かを助けたりしたような覚えは無いが、もしや無意識の日常行動扱いでヒト助けをしてしまっているのだろうか。


 ……ま、考えても無意識ならどうしようもありませんわよね。


 問題は無いし良いコトしてるんだから良いというコトにして終わらせよう。



「さて、ではトゥーナの不眠症はわたくしのそばなら比較的セーフというコトが発覚しましたけれど」


「ジョゼ 誤魔化した?」


「ナンのコトやら。ところでトゥーナ、アナタが他にぐっすり眠れた時ってどんな時だったか聞いてもよろしくて?」


「……うん」



 こちらがソレ以上その話をする気が無いというのを察してくれたのか、トゥーナは多少納得していない様子ではあるが頷いてくれた。



「ルームメイト 添い寝してくれた時」


「ふむ」


「授業中 うっかり。隣の子の肩 使ってた」


「…………」


「森 フォースアイゴートとお昼寝。この間 夜になりそうだった」


「成る程」



 大体わかった気がするが、一応確認しておこう。



「ちょっと聞きたいんですけれど、授業中うっかり寝落ちした時に肩借りた隣の子は友人ですの?」


「うん」


「フォースアイゴートは魔物ですわよね?仲良いんですの?」


「うん。迷子 案内してくれた。それから 時々会ってる」



 成る程、森で迷った際に案内してくれたのが出会いなのか。

 友人である自分の膝、ルームメイトと添い寝、肩を貸してくれた友人、フォースアイゴートとのお昼寝から考えると、ナンとなくトゥーナの中でのセーフ判定が見えてくる。



「多分、トゥーナはある程度心を開いている相手と接触している状態だと眠れるのかもしれませんわ」


「そうなの?」


「いやわかりませんけれど……フォースアイゴートとお昼寝する時にどっか接触してるんであれば、仮説ではありますけど、多分」


「うん お昼寝 よく背中借りてる。ふわふわ 良いベッド」


「ベッド代わりにしてるんですのね……」



 確かにフォースアイゴートは長毛かつ大きい体躯のヤギなので、平均よりも小柄なトゥーナならベッド代わりに出来るかもしれない。



「ん、でもフォースアイゴートなら……」


「?」



 フォースアイゴートは、その名の通り目が四つあるヤギの魔物だ。

 そして特徴として語られるコトが多いのは、眠らないというコト。

 正確には眠っているのだが、片目だけ眠るイルカのように、上の両目だけが眠っている間は下の両目が起きていて、下の両目が眠る時は上の両目が起きているという生態なのである。


 ……少し古い図鑑だと、間違った記述が載ってたりするんですのよね。


 最近の図鑑だとその辺は説明されているが、時々間違ったままの図鑑もあったりするのでそういう違いを探すのは結構面白い。

 さておき、フォースアイゴートだ。


 ……フォースアイゴートがトゥーナのパートナーになってくれたら助かりますけれど、まずトゥーナの気持ちを先に確認した方が良いですわよね。



「トゥーナ、トゥーナはフォースアイゴートをどう思ってますの?」


「突然 ナニ?」



 怪訝そうに首を傾げたトゥーナだが、すぐにナニか理由があるんだろうと納得したような表情になった。

 トゥーナは表情がわかりやすくて助かる。

 感情を内側で押し殺すヒトは表情筋の動きでわかるので、やはり表情筋に無理をさせていない方が見ていて安心だ。


 ……ヒトによっては、無理してるのを隠そうとして表情筋使ってますもの。



「僕 フォースアイゴートを……好き。多分。優しいし」



 目を逸らしながらそう言うトゥーナの頬はほんのりと赤く染まっていて、表情筋にも違和感は無い。

 つまり本心なのだろう。


 ……ならまあ、後はフォースアイゴート次第ってトコでしょうけれど。


 少なくとも一緒にお昼寝してくれるというのなら充分好感度高そうなので、大丈夫だろう。



「なら問題はありませんわね。フォースアイゴートに添い寝を頼むというのをオススメしますわ」


「何故?」


「だってルームメイトに毎回添い寝頼むワケにもいかないでしょう?」


「む」


「わたくしだってこうして毎回膝を貸せるワケじゃありませんし、授業中に寝るのはいただけませんわ」


「むむむ」


「けれどお昼寝だと大して睡眠時間を確保出来ないと考えると、もう安眠の為フォースアイゴートに協力を頼むしかないじゃありませんの」


「否定 出来ない」



 むぅっと唇を尖らせながら、トゥーナは考えるようにそう言った。



「……言うだけ 言ってみる」


「ええ、そうしてくださいな」


「ジョゼ」



 クイ、と控えめに袖を引かれた。



「ジョゼ 一緒に来て。僕だけ 不安。説明とか」


「不安ってその不安ですの……?」



 頷いてもらえるかとかの甘酸っぱいタイプでは無いらしい。



「……わかりましたわ。でもちょっとだけ待ってくださいな」


「?」



 言いたくなかったが、不思議そうに首を傾げられては仕方が無い。



「アナタを膝枕してたので、まだちょっと足が痺れてるんですのよ」


「ごめん」



 ソレを聞き、トゥーナはソッコで頭を下げた。





 トゥーナに頭を上げさせ、足の痺れも収まったので森へと向かう。

 フォースアイゴートとよく会う待ち合わせ場所みたいなトコがあるらしく、ソコへ案内してもらうと、まるで待っていたかのようにフォースアイゴートがくつろいでいた。



「……あれ、トゥーナ。そっちはお友達?」


「うん ジョゼフィーヌ」


「どうも、ジョゼフィーヌですわ」


「あ、どうも。俺は見てわかるかもしれないけど、フォースアイゴートだよ」



 そう言ってフォースアイゴートはわざわざ立ち上がり、お辞儀をしてくれた。



「ソレで、ナニかあったのかい?トゥーナが誰かをここに連れてきたのなんて初めてだけど」


「……ん?え、いつからの付き合いなんですの?」


「トゥーナが一年の時からかな」



 結構初期から知り合っていたらしい。

 成る程、ソレだけの付き合いがあれば一緒にお昼寝するくらいの距離感にもなるだろう。



「フォースアイゴート」


「うん?ナニかな?」



 トゥーナはこちらの肩を掴んで前に出し、言う。



「説明 ジョゼがしてくれる」


「あ、丸投げなんですのねー……?」



 別に良いが、もう少し自分で頑張っても良いと思う。

 思いはするが、説明役をするという前提で来ているのも事実なので、とりあえず簡潔に説明しよう。



「ええとですね……まあご存知だとは思いますけれど、トゥーナって寝ると硬質化するんですの」


「うん、知ってる」


「ですが本人曰く、その間にナニかあっても気付けないから怖いらしくて……ここ最近、眠りが浅いんですのよ。ホラコレ」


「わっ」



 丸投げされた仕返しというワケでは無いが、トゥーナを捕まえてまだ少し隈が残っているその顔をフォースアイゴートに見せる。

 フォースアイゴートはそんなトゥーナに近付き、至近距離でその顔をじっと見つめた。



「ん んむ……」


「……確かに、隈があるね」


「でしょう?まあ一応信頼出来る相手がそばに居れば寝れるようなんですけれど、毎回ルームメイトに添い寝を頼むワケにもいきませんし」


「ああ、確かに……」


「というワケで、安眠の為に彼女が寝る時に添い寝してあげていただけませんこと?」


「待ってくれ俺は今ナニかを聞き飛ばした気がする!」



 ストップを掛けられたが、特にそういったコトは無いハズだ。



「……ええと、わたくしは普通に、アナタなら好感度高いみたいだから良いんじゃないかという話をしていましたけれど」


「いや、でも、好感度が高いからって、俺がソレに選ばれる理由には……」


「トゥーナは寝ている時にナニかあったらという不安からの不眠症ですから、寝ているけれど寝ていないフォースアイゴートなら特に安心出来るかと思いまして」


「あ、成る程」



 本魔的に相当腑に落ちる説明だったのか、さっきの動揺はナンだったんだろうと思うくらいあっさりと納得してくれた。



「ううん……そう言われると納得するし、トゥーナも心配だしなあ」


「わ」



 フォースアイゴートは再びトゥーナに近付き、その顔を覗きこんだ。

 恐らく目の下にほんのりと刻まれている隈を見ようとしているのだろう。



「……うん、そうだね。俺は目が多いだけでそう大した魔物じゃないけど、ソレでトゥーナが安心して眠れるなら……寝れるように付き添うよ」


「フォースアイゴート……!」



 ニッコリ笑ってそう言ってくれたフォースアイゴートに、トゥーナは感動したようにその首に飛びついた。



「あ そうだ。僕 その前に言いたい。フォースアイゴートに」


「うん、ナニ?」



 トゥーナはフォースアイゴートの首に抱きついたまま、今すぐにでもキスしそうな距離で、真剣な顔をして言う。



「フォースアイゴート 僕のパートナーになってくれ」


「……エ!?」



 ……その内告白するかもしれませんねって思ってたら、想定してたよりずっと早くに告白しましたわねー……。


 告白されたフォースアイゴートは驚いたのか一瞬跳ね、おろおろと周囲を見渡してから自分を見たが、自分がトゥーナの味方であるコトを察したのか、自分の味方が居ない現状に気付いてナニかを考えるようにグググと上を向く。

 我慢するような、考えるようなその動きの後、フォースアイゴートは小さい声で囁くように言う。



「…………も、もうちょっと……俺からソレを言えるようになるまで、待ってくれないかな」



 その顔は火が出そうな程に照れていた。



「……うん!約束 わかった!僕 待つ!でも寝るの 一緒!」


「そ、ソレは、うん、うん……」



 ナンだかこのまま少し掛かりそうなので、説明役を終えた自分は先に帰っても良いだろうか。

 とても甘酸っぱい空気が満ちていて、ちょっと苦めのモノを摂取したい気分だ。





 コレはその後の話になるが、トゥーナの不眠症は軽度だったコトもあり、あっという間に無事隈は無くなった。

 実はルームメイトの添い寝でも長時間寝るコトは出来なかったそうなのだが、フォースアイゴートの添い寝だと朝までしっかりぐっすり眠れたらしい。


 ……良いコトですわ。


 不眠症は脳の動きも鈍っているし肉体への負担が目に()えてしまうので心配なのだ。

 なので、安眠出来ているらしいという安堵に胸を撫で下ろす。



「ホント、フォースアイゴートが居てくれて助かりましたわ。安心出来るかどうかも重要だから、もし知り合ってなかったら一から安心出来そうな魔物探しをしていた可能性がありましたもの」


「そう思うと、一年の時に森で迷子になって泣いてたトゥーナを助けて良かったよ」


「フォースアイゴート ソレ 言わないで」



 恥ずかしかったのか、トゥーナはむくれながらそう言った。



「はは、ごめん」



 そんなトゥーナにフォースアイゴートは愛おしげに微笑み、ソレを見た自分は砂糖を入れていない紅茶を飲んで中和する。

 ティータイムだからと紅茶を選択したが、今日はコーヒーにするべきだったかもしれない。


 ……いえ、コーヒーよりも紅茶の香りの方が好きなのでどうせ紅茶にしたでしょうけれど……。



「でも 助かったのは事実。僕 睡眠時間が短いと限界が来る。そうすると僕 眠れなかった時間分寝る。最短 数日。最悪 数年」


「ちょ、聞いてませんわよ!?」



 流石にソレは初耳だ。

 ソレを知っていたら自分は恐らくもっと焦っていただろう。


 ……というかそういう性質って親である魔物の特性に引き摺られますけれど、わざわざ友人の親の種族聞きませんし……!


 なので大体狐系かな、ウサギ系かな、宝石系かな、みたいな雑な認識である。

 自分の場合は悪への拒絶感やらを剣術の授業の際に皆の前でお披露目してしまっているのでそれなりに知られているが。


 ……親が天使でバトル系となれば、戦闘系天使しか居ませんものねー……。



「トゥーナ、もしそうなってたらしばらく俺に会いに来るコトも出来なくなってたよね」


「うん」


「でもトゥーナ、こないだ教えてくれたけど、俺に協力を要請しようってなったのはジョゼフィーヌに言われたからだって」


「うん」


「最悪しばらく会えなくなるってわかってて放置してたのかい?」


「ソレ 言っても解決策があるか 不明。言って不安にさせるの よくない」


「ソレはそうだけど……」



 心からそう思って言っているらしいトゥーナを見て、フォースアイゴートは深い溜め息を吐いてこちらに視線を向けた。



「……俺に頼むよう言ってくれてありがとう、ジョゼフィーヌ」


「いえ、友人の健康の為でしたもの。ソレよりわたくしも初耳だったので、コレからはそういうの先に言っておくよう言い聞かせておいてくださいな」


「うん……そうする」



 フォースアイゴートはトゥーナに視線を戻し、彼女を見つめながら真面目な表情で頷いた。

 まったく、同級生なのにナンだかトゥーナの保護者になった気分だ。




トゥーナ

眠っている間は硬質化しているので空気が無くても平気だが、起きるとそうはいかないのが怖かった。

現在はフォースアイゴートがそばで見守ってくれているお陰で毎晩ぐっすり。


フォースアイゴート

四つ目であり、イルカのような寝方が可能なヤギの魔物。

パートナーになってからはトゥーナが隠そうとしてても見抜こうと思った結果トゥーナをじっと観察するコトが多くなった。


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