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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
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盲目少女とウィンパーゴースト



 彼女の話をしよう。

 盲目で、耳が良くて、心優しい。

 これは、そんな彼女の物語。





 三回目の臨海学習になると、見慣れない海もだんだんと見慣れてきた。

 潮風が三年生用の制服である黄色いキュロットスカートを揺らすのを見て、この制服も今年までかと思う。


 ……というか、来年には中等部なんですのね。


 初等部、中等部、高等部では授業の範囲がかなり違うので、上がる度に授業内容が高度になっていく。

 けれど学園には学ぶ為に来ているので、殆どの生徒はソレをイヤがらず、楽しみにしている。


 ……知識が増えるのは良いコトですしね。


 生き残る術が多いというのはソレだけ選択肢も増えるというコトであり、つまり良いコトだ。

 そう思いつつ砂浜に立ってぼんやりと海を眺めていると、淡い桃色の髪を揺らしながらノーラがこちらにやってきた。



「ジョゼ!」



 ノーラは生まれつき盲目だが、その分耳が良いらしく、かなりの音を聞き分けるコトが出来る。

 コウモリの超音波のように、フクロウが立体的に音を聞くように、大体のコトは音でわかるそうだ。

 しかも現在は教師達によって作製された補聴器も装備している為、その精度は自分の目と同じくらいに高性能である。


 ……わたくしの視力はドコかからの影響らしいと考えると、素でソレだけ耳が良いノーラって凄いですわよね。


 混血ではなく生粋の人間だと考えると、尚のコト凄いと思う。

 そう考えつつ、音で把握出来るとはいえ盲目のノーラに砂浜を歩かせるのは酷だろうと判断してノーラの方へと近寄る。



「ノーラ、どうかしましたの?あ、両肩に触れますわ」



 声を掛けつつ、少し急いでいたのかフラついていたノーラの肩を掴んで支える。

 精度が高い聴力とはいえ走っている際の足元にまで気を配るのは難しいからと、彼女は基本的に走らないのだ。

 そんな彼女が走るというコトは、相当なナニかがあったのだろうか。


 ……いえまあ、相当ヤベェナニかならもっと慌ててるでしょうから、比較的セーフ寄りだけど早めにどうにかしたいナニかなんでしょうね。



「あ、あのですね……」


「ハイ」


「えっと、ジョゼって目が良いですよね?形が無い相手も見えますか?」


「形が無い、がどういうのかはわかりませんけれど……普通のヒトには見えないゴーストとかも()えたりはするので、まあそうですわね」


「良かった……!」



 ホ、と息を吐き、ノーラはこちらの胸にもたれかかった。



「あの、さっき砂浜を歩いていたら、近いような遠いような位置から声がして……ここなら波や潮風があるから形があればすぐわかるのに、場所を聞き分けられなくて。でもずっと「寂しい」「辛い」「苦しい」「冷たい」「寒い」って泣いてるんです」


「泣いてる……」


「ハイ……どなたですか、ドコに居るのですかって聞いたら、「助けてくれ」って泣くんです。助けてあげたかったのですが、私の目は使えなくて……体が無いタイプや無機物系の魔物だったら私ではわからないので、ジョゼならわかるかと思いまして……」


「成る程」



 確かに、ゴーストは霊体なので風が肉体に触れた時のような音が無い。

 そして無機物系の場合は身動きを取れない場合も多く、自分だって魔力の揺らぎやらで()えているレベルだ。

 自分でもあまり()えないのが無機物系魔物なのだから、音だけで聞き分けているノーラからすると声の出所で判断するしかない。

 けれど海のような音の動きが多い場所、もしくは相手が海の中などだった場合は出所を特定するのは難しいだろう。


 ……見えたら早かったのかもしれませんけれど……。


 一応魔眼持ち用目隠しの応用で目を見えるように補佐するような魔道具もあるにはあるのだが、ノーラは生まれつき目が見えない。

 元々見えていたなら情報の整理が出来るが、生まれつき視覚的な情報を知らないヒトにソレを与えても負荷が大きいだけだと判断され、聴覚の補佐をする補聴器だけを身につけるコトになったのだ。


 ……いえまあ、普通に目が見えててもゴースト系は特殊な目でも持ってないと見えないコトの方が多いんですけれどね。



「了解しましたわ、その声がした方に案内してくださいな」


「すみません、お願いします。こっちです……!」



 律儀に頭を下げてから、ノーラはこちらの手を掴んで声がしたという方向へ連れて行く。

 先程から杖が砂浜にめり込んでいるのが心配だが、ノーラも臨海学習は三回目だからか、意外と危なげない足取りだった。





 ノーラの案内でヒト気の無い砂浜まで来ると、確かに声が聞こえた。



「寒い……怖い……イヤだ……寂しい……」



 すすり泣くような、そんな声。

 どうやら海から聞こえて来ているらしいと視線を向ければ、海兵の制服を着た半透明のガイコツが海の中で沈んでいた。


 ……ゴースト、ですわね。


 ゴーストにもタイプがあり、生前の姿そのままなタイプと、死後ガイコツになったというイメージからかガイコツの姿になるタイプが居るのだ。

 どういう魔物かを判断する為に少し様子を見ていると、どうやらあのゴーストは泣いているらしい。

 海水に紛れてしまうのでわかりにくいが、空っぽの眼孔から涙が溢れているのが()えた。


 ……んー、でも地縛霊でも無さそうな……。


 ゴーストは結構自由なのも多いのだが、ああして自分で身動きを取れないタイプは地縛霊であるコトが多い。

 自殺をした結果ソコに縛り付けられるコトになったり、思い入れが強い場所だったり、死体があったり、この世に残る為に遺品となるナニかに同一化したりすると、ゴーストはああして動けなくなる。

 寒いとかイヤだとか言いながら移動しないトコを見るに、あのゴーストは恐らく自分で移動が出来ないタイプ。


 ……キングフィギュアとか思い出しますわね。


 彼の場合は自分を模したフィギュアに完全に同一化して最早ゴーストというよりも無機物系魔物みたいな感じになっていたが、あのゴーストは霊体が()えているのでソレとは少々違うだろう。

 けれどナニか似たモノを感じると思いながらよくよく凝視して()ると、ゴーストは岩の近くに居るのが()えた。

 そしてその岩と岩の間に、ナニかが挟まっているのも。



「……あー、っと。アレっぽいですわねー……」


「ナニかわかりましたか?」


「うーんと、泣いてるのは間違いなくゴーストですわ。多分霊体をこの世に定着させる為にモノに魂の一部を移したんでしょうけれど……」



 あのゴーストは、海兵の制服を着ている。

 そして寒いやここはイヤだという言葉からすると。



「恐らく、彼は海で死んだのでしょうね。だから海から離れたがっているような言葉を呟いていますけれど、魂の一部を移したモノが本体扱いになっているせいで海から上がったりという移動が出来ないようですわ」



 そう言いつつ、自分は海へと近付く。



「まあ害魔とか悪っぽい気配も感じないので、とりあえずソレ取ってきますわ。どうも岩の間に挟まっているようですし」


「気をつけてくださいね?」


「ええ、モチロン。でもわたくしはあくまでアレを取りに行くだけなので、確保したらソッコでノーラに渡しますわよ。あのゴーストとの会話とかはノーラがやるコト」



 流石にソコまで面倒を見るのは勘弁して欲しい。



「よろしくて?」


「ハイ!」


「良い返事ですわ」



 無責任で無いのは良いコトだ。

 ここでこちらに全部任せるようならゴーストを見捨てて去っていたトコロだが、責任を持って自分の出来るトコはやろうとするのであれば協力しよう。


 ……うっかりすると、わたくしが色々と話を聞いたりする可能性がありましたしね。


 こういうのでキチンと宣言しておかないと、なあなあでやってしまいそうになるのだ。

 余り周囲を甘やかさないようにと両親にも言われているので、うっかり天使の遺伝として仕事し過ぎないようにしなくては。


 ……父から詳しく話を聞くと、天使ってほぼほぼ社畜なんですのよねー……。



「暗い……寒い……冷たい……誰か……」


「ハイハイ、ちょいと失礼致しますわよっと」



 体を縮こませて震えているゴーストにそう声を掛けつつ、腕の長さ的な問題でザブンと頭まで海水に浸かり、岩と岩の間に挟まっていたモノを掴む。


 ……あら、コレお守りですわね。


 海関係の仕事のヒトが持つお守りとは違う、一般向けのお守りだ。

 もしかしてまだ海に慣れていない新人だったのだろうか。


 ……まあ、新人であれ玄人であれ人間は溺れりゃ死にますけれど。


 水系や魚系の混血ならともかく。

 そう思いつつ海から上がれば、ゴーストはお守りに引っ張られるような動きで浮きつつ移動していた。


 ……あ、下半身が。


 死ぬ前に下半身でも潰れたのか、下半身が無かった。

 ゴーストとして慣れていないと上半身だけで移動する方法がよくわからないという前例もあるそうだし、ソレもあって動けなかったのかもしれない。



「ノーラ、手を」


「ハイ」


「手にのせますわよ?あ、ちなみにお守りでしたわ」



 そう言ってノーラの手にお守りをのせる。



「寒い……寒い?暖かい……陸は、暖かい……」



 どうやらゴーストも発狂状態が解けたようだし、会話も出来そうだ。



「じゃ、フォロー必要だったら呼びなさいな。わたくし魔法で服や髪を乾かしてその辺で休んでますわ」


「は、ハイ!ありがとうございました!」


「どういたしまして」



 そう返し、ノーラがゴーストに話し掛けるのを見守った。

 甘やかし過ぎないようにする為に父から貰った助言曰く、「子を見守る母のような位置で居ると良い」そうなので、そうしようと思っての行動だ。





 発狂が解けてもしくしくと涙を流し続けているゴーストは、恐らく涙が止まらないタイプのウィンパーゴーストなのだろう。

 そんなウィンパーゴーストの声しか感知出来ていない状態であっても、ノーラは根気強く彼に付き添い、話を聞いた。

 その結果、ウィンパーゴーストが彷徨っていた理由がわかった。



「あんなコトが起きたらああ動いてこう動いてと妄想するのが好きだっただけなのだ」


「ハイ」


「ソレが、一体誰が本当になると思うのか。海兵となってまだ時間が経っていないというのに、船に密航者が乗っていて、ソレのせいで攻撃を受けて船は沈んだ。私は逃げようとした。逃げようとしたんだ」


「よしよし」


「けれどガレキが落ちてきて、私の下半身を潰した。大事な器官が駄目になったのか、出血多量か、痛みのショックか、沈んだのか、ドレが死因かはわからない」


「そうなのですね」


「けれど私は彷徨っていた。海兵になった自分への褒美として買ったお守りが本体のゴーストになり、海を漂った。もっとやりたいコトがあったのに。まだまだ夢はあったのに」


「もう大丈夫ですよ」


「寂しかった、暗かった、怖かった、冷たかった。私は、私は……」


「よしよし、もう海の外だから大丈夫ですよ。寂しくないし、暗くないし、怖くないし、冷たくもありませんよ」


「……ああ、ああ、生きている……。生きている君は、温かいな……」


「ええ、生きていますから。もう寂しい思いはさせませんから、大丈夫、大丈夫」



 実際はもっと長々としたやり取りだったが、要点を掻い摘んでダイジェストにすると大体そんな感じだった。

 というかフォローする必要が無いくらいにノーラがカウンセラーしていた。

 声しか聞こえていないからかよしよしと撫でる時は手に持っているお守りを撫でていたが、凄まじいカウンセリング能力だった。


 ……というかノーラ、さり気なくパートナー宣言してませんこと?





 コレはその後の話になるが、やはりノーラのアレはパートナー宣言だったらしい。

 幸いというかナンというか、ノーラは自覚アリで言っていたらしいのでソコは安心した。


 ……完全無自覚だったら、修羅場になりかねませんでしたものね。



「……暖かい、陸は暖かい……。そして、君も。ノーラ、君はとても温かい」


「ふふふ、くすぐったいですよ」



 ウィンパーゴーストに抱き締められ、彼の本体であるお守りを首から提げているノーラはクスクスと微笑んだ。

 ノーラはウィンパーゴーストの声しか聞こえず、ウィンパーゴーストはモノに触れたりが出来ないタイプのゴーストだった。

 けれどウィンパーゴーストからお守り越しでは無く、直にノーラに触れてその温もりを感じたいと相談されたので、アドヴィッグ保険医助手に相談したのだ。


 ……本当、流石というかナンというか……。


 呪いに特化しているからか、アドヴィッグ保険医助手はちょっとした細工をするのがとても上手い。

 そんなアドヴィッグ保険医助手の協力により、ウィンパーゴーストは無事、パートナーであるノーラにだけは触れるコトが出来るようになった。

 どうもパートナーという縁がある分魂の次元的な位置が比較的近く云々とアドヴィッグ保険医助手は詳しく説明してくれたが、正直難し過ぎて九割方忘れてしまった。


 ……まあ、わたくし十二歳ですから無理ありませんわよね、うん。



「ウィンパーゴースト、この花はアネモネですよね」



 花壇の花に触れ、その感触と動かした際の音からか、ノーラは花の種類を正確に当てた。

 直に触れるコトで色々と学べるから、とノーラは花壇の手入れをするコトが多い。

 土の中の野菜を聞き分けるのは難しいからと畑には手を出していないが、花は触れやすいし良い香りがするから好きなんだそうだ。



「何色ですか?」


「ソレは赤色だな。その隣……右だ。右のもう少し上。そう、ソレはピンク色をしている。ノーラの髪色よりも濃い色だ」


「……ああ、私の髪色はピンクなんですね。ふふ、わざわざ聞いたコトが無かったので、初めて知りました」


「そうなのか?」



 最初の時に比べかなりメンタルが落ち着いているらしいが、しかし涙だけは流れ続けているウィンパーゴーストは不思議そうに首を傾げた。

 その動きに、抱き締められたままだったノーラはくすぐったそうに笑った。



「ええ、気にしたコトもありませんでしたから」


「そうか」


「ウィンパーゴーストから見て、私の髪はどうですか?好ましいと思えるでしょうか」


「モチロンだ。暖かい気持ちになる優しい色合いで、とても好ましいとも」



 そう言ってウィンパーゴーストはノーラの髪に顔を摺り寄せる。

 彼の涙は流れているままだが絶対的には霊体であるコトに変化は無い為、その涙は魔力の残骸のように、散るように消えていく。



「私にとっては、あの暗くて恐ろしい世界から救ってくれたノーラの全てが好ましい」


「ふふふ、実際に救ってくれたのはジョゼですよ?」


「確かにそうだが、私の心を救ってくれたのは君だろう」



 まったくもってその通りだとウィンパーゴーストの言葉に同意して頷きつつ、中庭を通り過ぎて森へと向かう。

 ウィンパーゴーストとノーラの件では自分の功績など無く、ただの見届け人でしかない。

 彼からすれば海から陸に引き上げただけの自分より、陸に上がってもまだ凍えていた己の心を温めてくれたノーラこそが救いだっただろうから。




ノーラ

生まれつき視力が無いがその分聴覚が優れており、音の動きで周囲の大体を把握出来る。

ただし実体を持たない魔物やその辺のモノと同じカタチをしている無機物系魔物などは把握しにくいので申し訳ないと思っている。


ウィンパーゴースト

夢に夢見て夢を見るのが好きで海兵になるという夢を叶えたがすぐに死んだ。

海流に流されるしか無かった為十年以上海の中を漂っておりメンタルがヤバくなるくらい凍えていたが、今はパートナーであるノーラの体温や温もりがナニよりも温かい。


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