魔法教師とバブルバブル
彼の話をしよう。
もう一人の魔法教師で、老いたく無いからと老化を止め、見た目は一年生よりも幼い。
これは、そんな彼の物語。
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この学園には、魔法教師が二人居る。
魔法に関する知識が膨大だからこそ、二人は居ないと全学年にしっかりとした知識を学ばせるコトが出来ないからである。
片方はご存知ヤベェ狂人なゾゾン魔法教師であり、もう片方は七歳くらいの年齢のまま肉体の時間が停止しているマルクス魔法教師だ。
「マルクス魔法教師って、一体今幾つなんですの?」
「何歳だと思う?」
わからないから問い掛けたのに、マルクス魔法教師は子供のように愛らしく見える笑顔でそう言った。
「……イケメンに声を掛けられた二十代後半、または三十代前半の女性みたいなセリフを……」
「待て待て待て、ナンでそうもピンポイントな言い方するんだ!しかもありそうなヤツ!」
「ありそうというか、見たくなくても酒場でのやり取りとかが視えちゃうんですのよね。ちなみに年齢に関してはわたくしが目撃した際の平均年齢ですわ」
「わー……死ぬ程見たくない……」
マルクス魔法教師は顔を引き攣らせながらそう言った。
自分だって見たくて見ているワケでは無いのだが、まあとっくの昔に慣れているので今更イラッとはしない。
……いえ、ちょっとはイラッとしますけれど。
「で、マルクス魔法教師の年齢は?」
「僕は見ての通り、老いとは無縁だからね。永遠の少年さ」
「ナニが永遠の少年ですか」
ボコボコと泡が弾ける音と共に、マルクス魔法教師が腰に提げているツボからそんな声がした。
彼女はマルクス魔法教師のパートナーである、バブルバブルだ。
バブルバブルはシャボン液に近い姿をしており、喋る度にツボからシャボン玉がフワフワと飛ぶ。
「痛々しいコトを言っていますが、マルクスは肉体年齢七歳、実年齢は現在五十三歳です。肉体年齢が実年齢に比例していたらビールなどによって中年独特のぽっこりお腹に悩まされる頃ですね。
もっとも肉体年齢七歳のまま時間を止めているせいで筋肉が付かず、必然的に幼児体型なイカ腹なのでお腹が出ているコトに変わりありませんが」
「バブルバブル!?ヒトの重要な秘密バラした上に凄まじい貶し方してなかったかお前!?」
「まさか。私はただ真実を告げただけですとも。幼馴染でもありパートナーでもある私を疑うなどナンて酷い少年もどきでしょうかぐっすん。
まあ真実はいつでもヒトを傷付ける刃なのでやむを得ない犠牲だったと思ってください。私も疑われて悲しくなったのでダメージトントンでイーブンです」
「いやコレ僕が被害に遭ってるだけだろ。重ねて僕を責めただろ今。ていうか誰が少年もどきだ誰が!完璧に少年だろうが!僕は死ぬまで永遠に少年だよ!」
「実年齢五十三歳が言うには結構キツいセリフですね」
「辛辣な言い方して僕が傷ついたらどうする気なんだよお前は!」
仲が良いようでなによりだ。
バブルバブルが結構言う性格でマルクス魔法教師も多少は言い返す性格だからか、彼らは結構な頻度でこういう漫才を繰り広げている。
いや、本魔はともかく、本人的には漫才のつもりは無いのだろうが。
……というか、五十三歳なんですのね、マルクス魔法教師。
もっと年食ってる教師も居るので今更だが、リアルな年齢を出されると一瞬動揺してしまうのは何故だろうか。
というか思ったより年いってた。
……まあ、教師がいつまでも若々しくて元気なのは良いコトだと思いましょう。
「ん、というかマルクス魔法教師とバブルバブルって幼馴染なんですの?」
「アレ、知らなかったっけ?」
マルクス魔法教師は首を傾げ、その動きで赤みの強い茶髪が揺れる。
「そうだよ、僕とバブルバブルは幼少期からの幼馴染なんだ」
「幼少期というか、マルクスが五歳の時からの付き合いですね。ただあの頃はまだ純粋無垢だった気がするのですが、いつからか永遠の少年になるというトチ狂ったコトを言い始め、たかと思ったら実行してホントに永遠の少年になるという」
「うるさいよ」
シャボン玉を飛ばしながらそう言うバブルバブルに、マルクス魔法教師は恥ずかしいのか顔を赤くしながらそう言った。
「……マルクス魔法教師はどうして永遠の少年になろうと思ったんですの?」
「いや、別に永遠の少年になりたかったってワケじゃなく、付随した効果みたいな感じでこうなったんだけどな」
「おや、私は確かアナタが六歳の頃に「僕は永遠の少年に、なる!」と言っているのを聞いたのですが」
「うるさいよ!」
そう叫ぶマルクス魔法教師の顔は真っ赤だった。
「そういえばマルクスが私に対してパートナーになってくれと告白して来たのもあの頃ですね。そして私はバブルバブルの寿命を話したのですが、いやはや世の中不思議なモノです。
まさか儚さの代表的扱いをされるこのバブルバブルが半世紀近く存命するコトが可能だとは」
「半世紀言うな」
……確かに、バブルバブルって短命なんですのよね。
バブルバブルとは液体であり、ボコボコブクブクと沸騰しているかのように泡を弾けさせつつ、シャボン玉を飛ばすという魔物である。
そしてそのシャボン玉は有限であり、寿命だ。
例えばビールの泡は時間が経つとしぼんでいくように、風船は数日置いておくとしぼむように、バブルバブルの内部にあるバブルが全て放出されると、バブルバブルは死ぬ。
……炭酸の寿命みたいな感じですわよね。
時間が経った炭酸飲料はパチパチ感が無くなるらしいが、ソレに似たモノだろう。
なので大体三年から五年くらいの寿命のハズなのだが、マルクス魔法教師のパートナーであるバブルバブルは半世紀近く生きている。
……わたくしからすると、不思議でもありませんけれど。
視える光景からそのタネはわかっている、のだが。
「………………」
マルクス魔法教師が言わないで欲しいと目で訴えつつ、口パクでも言うなと伝えてくるのだ。
授業でお世話になっているのも事実だし、言ったトコロで自分にナニかメリットがあるワケでも無し。
言わないままでいるコトでデメリットが発生するワケでも無いので、コレに関しては大人しく口を噤んでおく。
「……そういえば前にフランカが、パートナーになるコトで恩恵を得るコトが出来るタイプの魔物について話していましたね」
ふと気付いたように、バブルバブルはシャボン玉を飛ばしながら呟いた。
「もしかして私もそうなのでは!?」
「えっと、確かにそういう前例はありますわね。同級生にもその恩恵で不死身になっている子が居たりしますし」
「やっぱりそうなんですね!聞きましたかマルクス!」
「あー、うん、そうかもなー」
「適当過ぎやしませんかマルクス。私という種族の平均寿命を伝えた際の見た目年齢も実年齢も六歳だった頃のアナタはイヤだイヤだと泣いて私に縋ってきたというのに、薄情な。
あ、もしかして倦怠期ですか?付き合いももう半世紀近くなっていますからね。ちょっと気分転換にイメチェンをするべきでしょうか。では早速、花柄が好き?無地が好き?縞々が好き?」
「ソレ、ツボの柄についてだよな」
「当然です。泡をブクブクさせるだけの液体にナニを期待しているのやら。器をチェンジする以外にイメチェンの方法があると思うんですか?」
「思わないけど、お前はもうちょっと僕に対しての対応を優しくしてくれても良いんじゃないか?」
「この辛辣さは心を許しているからですよ。ええ、きっとそうです。多分、恐らく、メイビー」
「おいコラ、自分でも確かじゃないコトを言うなよ!傷つくだろ!僕が!」
いやホント、仲が良いな。
もう片方の魔法教師であるゾゾン魔法教師と、いつのまにかそのパートナーにランクアップ(本魔的にはランクダウン?)していた復讐女王は主に復讐女王がギスギスしているので、とてもほのぼのしたやり取りに思える。
……いや、アレはよくよく考えるとゾゾン魔法教師が結構ヤベェ狂人だからこそのギスギス感、ですわよね……。
・
図書室に行こうと廊下を歩いていたら、マルクス魔法教師に荷物運びの手伝いを頼まれた。
「わたくしコレから図書室に行くんですけれど……」
「まあまあ、ハイヨロシク」
頷いていないハズなのだが、何故か荷物を渡された。
断っているのに何故こうも頼まれるのだろう。
……まあ、天使としての遺伝だからとしか言いようがありませんけれど……。
いや、見た目七歳という幼さであるマルクス魔法教師一人にこの量の荷物を持たせるのは色々とアレだからコレで良いんだと納得しよう。
実年齢は五十三歳らしいが、肉体年齢が七歳で停止しているコトに変わりは無いのだから。
……バブルバブル曰く、筋肉も進退ゼロらしいですしね。
「……あら?」
渋々荷物を持ちつつ高等部の方へとマルクス魔法教師と歩いていると、ふとマルクス魔法教師の腰にバブルバブルが居ないコトに気がついた。
通りで静かだと思ったワケだ。
「マルクス魔法教師、バブルバブルはどうしたんですの?」
「ん?ああ、定期的に診察してもらってるんだ。今日はその日だから」
「診察?」
「エメラルドだって定期的にその目の診断とかしてもらってるだろ。バブルバブルは前例が無いくらい長生きだから、生態調査の為にもってな」
「ああ、今日の授業でフランカ魔物教師がやたら機嫌良かったのはソレですのね」
「アイツも専門家だからって同席してるんだよな……バブルバブルに変なコト言ってなきゃ良いけど」
……ソレは。
「ソレは、マルクス魔法教師が自分の分の命をバブルバブルに分け与えるコトで彼女の延命をしているというコトとか、ですの?」
「……やっぱお前わかってたのかよ」
「まあ、視えちゃいましたので」
そう、視えていた。
普通なら見えないだろう、命とか、生命力とか言われる部分。
ソレがまるで点滴のように、管のような形でマルクス魔法教師からバブルバブルへと繋がっているのだ。
しかもよく視ればマルクス魔法教師から流れている。
……まあ、ソレを視てれば大体わかりますわよね。
「もっとも、確信したのはこの間の会話で、ですけれど」
「付随した効果云々か?」
「ええ」
その言葉を聞いて、本心から永遠の少年になりたいと思っていたのだろうかと疑問が湧いた。
あの時はバブルバブルが茶化したので曖昧になったが、脳内では点と点がそれなりに繋がり始めた。
あとはもう、適当に繋ぎ合わせれば大体の形が完成する。
「バブルバブルの寿命云々の後に永遠の少年になる宣言をしたらしいというコトも含めると、バブルバブルの延命の為に自分の成長を犠牲にするコトで、自分の成長に用いられるハズだった生命力などを彼女に譲渡、というトコでしょうか」
「……大正解」
マルクス魔法教師は色々と複雑そうな表情をしながらも、ニヤリと笑った。
「ま、意識があって動けるだけの植物状態みたいな感じだな。いや、寧ろ冷凍?まあ、そんな感じで。普通なら自分の命を犠牲にするコトでその分を譲渡したりっていうのがテンプレなんだけど」
「そのテンプレ怖過ぎませんこと?」
「でも僕はバブルバブルと一緒に生きて行きたいから、っていうのが動機だから、その案はソッコで無しにした」
「無視ですの?」
「で、自分の肉体の成長を犠牲にして命を分け与える、っていう案で色々頑張ったワケだ。バブルバブルの寿命問題もあったから、齢六歳からたったの一年でよくこんな複雑な魔法作れたなと僕は自分を褒め称えたいね」
「まあ、確かに半世紀近く保つというだけでも凄いコトですわよね。ソレもそんなレベル高い魔法」
「半世紀云々は忘れてくれ」
ツッコミ所はソコで良いのか。
「ただまあ、実行する前の段階で既に実行すれば老いるコトが出来なくなるのはわかってたから、永遠の少年になるのとバブルバブルと死に別れるのとどっちが辛いかって考えて、死に別れる方が辛いって思ってさ。まあコレは当然だけど……で、僕は永遠の少年になる方を選んだ」
「……バブルバブルが言ってた永遠の少年になる宣言、もしかしてソレですの?」
「うん、多分脳内で色々考え過ぎてたから漏れたんだと思う」
……他の思考が漏れなくて良かったですわね、と言うべきでしょうか。
「ただまあ、僕の分の命をバブルバブルに分け与えてるだけだから、僕の寿命が来たら普通にバブルバブルも死ぬんだけどね」
「ちなみにその場合のマルクス魔法教師は?」
「モチロン死ぬよ?ただ一気に老化が来るか、肉体年齢七歳のままで死ぬかはちょっとよくわかんないけど」
わかっている方が怖いので、ソレで良いと思う。
「あ、ただ、言っておくけど」
マルクス魔法教師は立ち止まったりせずに、歩みを進めながらこちらを見上げた。
その目は、真剣だ。
「……バブルバブルにはこのコト言ってないから、秘密にしといて」
「やっぱそうだったんですのね」
ナンとなく、察してはいた。
そうじゃなかったらバブルバブルが自分の寿命についてを不思議がったりはしないだろうし、永遠の少年ネタで会話したりもしないだろう。
そして、あの時マルクス魔法教師が自分に言うなと口パクするコトも。
「でも良いんですの?マルクス魔法教師。わたくしお喋り大好きで「ここだけの話」を複数人に話すという太鼓判がある年頃の乙女ですのに」
「年頃の乙女は確かに口が軽くて信用性は無いけど、エメラルドなら信用性も信頼性も高いから。お前結構気遣いのヒトだから、言うなって言われたコトはちゃんと黙ってるしな」
「信頼されてますわねー、わたくし……」
「日頃真面目に手伝いとかして信用積み重ねてるからだろ」
「積み重ねたくて積み重ねてるワケじゃありませんのよ!?」
断っても手伝わせてくるのはそっちだろうに。
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コレはその後の話になるが、今日もマルクス魔法教師とバブルバブルは漫才のような会話を続けている。
「しかしマルクス、アナタは本当に中々のコトをしでかしましたよね。老いるという生き物であれば誰であろうと逃れられないハズの運命から逃れるとは。
絶対的な宇宙ルールを敵に回すなど相当の行いですよ。私がパートナーだったから良かったものの、その状態ではパートナーになってくれるような魔物は現れなかったでしょうね」
「誰のせいだと思ってるんだよこんにゃろう」
「アナタの少年願望を私のせいにしないでください。まさかとは思いますが当時六歳なアナタに告白されて受け入れたからって私を幼い子供にしか好意を抱けないという精神疾患持ちの魔物と勘違いしているのではないでしょうね。
ま、私達は幼馴染でパートナーという運命共同体ですから、幼かろうが老いていようが、マルクスと一緒に死ぬまで生きるという覚悟はありますから安心してください」
「…………そっか」
「ええ、ソレにパートナーになるコトで恩恵云々タイプの魔物という可能性もありますからね。パートナー居ないと泡のように弾けて死ぬ可能性もあると考えると、離れるメリットありませんし」
「おいコラ台無しだよ」
「まあまあ、良いじゃありませんか。この先アナタが永遠に少年のままだろうが、急に年取るようになろうが愛するという言質を取れたんですよ?もっと敵の首を取った英雄のようにヒャッホウとはしゃいでください」
「バブルバブル、お前ソレ相当な無茶言ってるって自覚はあるか?」
確かに、敵の首を討ち取った英雄は大体その首を掲げているイメージがある。
そのレベルでのはしゃぎっぷりを見た目年齢七歳とはいえ実年齢五十三歳のパートナーに要求するとは、中々の無茶振りだ。
マルクス
大人になりたくないからと老いを拒絶してみせた教師、という認識をされているしそういう認識をされるようにしてる。
バブルバブルが消えるのは後追いする程嫌なので、成長を犠牲に生命力を与えるコトでお互いの命を延命した。
バブルバブル
ある程度の泡を放出したらただの液体になる(死ぬ)という儚い魔物。
マルクスが成長を犠牲に自分の延命をしてくれているのは知らないしこの先も知るコトは無いが、何となくマルクスのお陰なんだろうなとは察してる。