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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
70/300

保険医とナイトアウル



 彼の話をしよう。

 第二保険室の保険医で、自称元忍者で、手術のプロな。

 これは、そんな彼の物語。





 この学園には保険室が二つある。

 基本的な怪我や魔物関連ならば第一保険室なのだが、生徒の中には手術が必要だったりする子も存在する。

 そんな生徒の為の保険室が、第二保険室だ。



「ふむ……わかりやすくて良いな」



 翻訳した外国の人体解剖についての内容を読みつつ、ヨイチ第二保険医は頷いた。



「この辺りの注釈はエメラルドの独断かね?」


「ええ、描写に関してはその国の描写そのままの方が適切かと思ったので。ただそうすると意味が伝わり難いと思って、近い言葉での注釈を付け加えましたわ」


「うん、良い判断だ。出来る限り忠実に、そして伝わるようにというのは翻訳でとても大事な部分だからな」



 ヨイチ第二保険医はニッコリと笑い、その黒い髪を揺らした。

 本人曰く保険医になる前は極東の暗殺者である忍者として活動していたそうだが、そうとは思えない笑顔だ。

 まあ極東の忍者は一般人に扮して情報収集をしたりもするらしいので、愛想が良いのはクセなのかもしれないが。



「ありがとうございます、エメラルド。良ければコレをどうぞ」


「あら」



 ヨイチ第二保険医のパートナーである黒に近い紺色のフクロウの魔物、ナイトアウルがお菓子をくれた。

 包装されたカップケーキだ。



「ああ、ソレは手術を頑張った生徒に与える用のご褒美だよ。痛み止めが仕込まれていたりはしない、完全なるご褒美ケーキだから安心して食べると良い」


「不安になるコト言いますわねー……」



 わざわざそんなコトを言われたら普通は警戒するのではないだろうか。

 いや、アンノウンワールドの住民は殆どが狂人だから普通にスルーなのかもしれないが。


 ……ま、わたくしもこの目のお陰でナニも仕込まれていないという言葉がホントなのはわかりますしね。


 結果的に不安など皆無で食べれるというコトになるが、まあ自分はイージーレベルの狂人なのでそんなものだろう。

 どちらかというとまだイージーレベルで留まっているだろうかという不安の方が強い。



「いただきますわ」


「ああ、どうぞ」



 包装を開けて一口食べれば、ふわりと甘い味が口の中に広がる。

 好みがあるのを考慮してか、実にシンプルなプレーンタイプのカップケーキだ。



「……申し訳ありません」



 カップケーキに舌鼓を打っていると、急にナイトアウルに謝られた。



「エ、ナニがですの?美味しいですわよ?」


「そうではなく、折角ならお茶も出したかったのですが……生憎と私の足ではお茶を入れるコトが出来ませんから」


「いつもならお茶を淹れてくれるデルクは毒草採取で不在だからな」



 ……デルク保険医助手、健康体相手だと変な薬盛る時があるから安心出来ないんですのよねー……。


 あのヒトは毒物や薬への探究心が凄まじく、死を肩代わりしてくれる身代わり人形を作ってまで自分に毒などを投与して状態や諸々を研究しようとするのだ。

 実際毒の状態が詳しくわかるのは重要な情報だしありがたいし助かるのだが、ソレはソレとして生徒を巻き込まないで欲しい。

 軽く痺れる程度だからと笑みを浮かべつつナニを仕込んだかをちゃんと説明してくれるので被害は出ていないが、実に困るヒトだ。


 ……いえまあ、納得した上で飲む生徒も時々居ますけれどね。


 痛覚が麻痺している不死身系はそういうのに躊躇いが無い。



「あと俺が淹れれば良いんじゃないかと思うかもしれないが、生憎と俺はお茶を淹れるのがド下手くそだ」


「ええ、存じてますわ」


「……我ながら、どうしてああなるんだか。緑茶と抹茶なら美味く淹れれるのだがな」



 慣れではないだろうか。



「……そういえば、聞きたかったんですけれど」


「うん?」


「ヨイチ第二保険医って、どうして保険医になったんですの?」


「言わなかったかね?極東の暗殺者やってたって」


「ソレは聞きましたけれど、どういう起承転結でこうなったのかがわからなくて」


「ふむ」



 考えるように一瞬天井を見てから、ヨイチ第二保険医はニッコリと笑って頷いた。



「良いだろう、エメラルドには世話になっているしね。ただ元忍者の昔語りなんてのはかなりレアだから、内緒で頼むよ。エメラルドの口の堅さを信じて話すんだ」



 キャバ嬢やホストの手口みたいなコトを言ってくるなこの保険医。

 実際ハニートラップで情報ゲットする系の忍者はキャバ嬢やホストの原型かもしれないので不思議では無いが。


 ……ヨイチ第二保険医は多分、ハニトラ系では無さそうですけれどね。


 ヨイチ第二保険医は唇の前に人差し指を持って来て、ニッコリと笑う。



「特に武器屋もやってる情報屋に売ったりはしないように」



 その笑みはとても凄みがあった。



「……仲悪いんですの?」


「あの情報屋が売った情報で、忍者やってた時に泰西人に辛酸を舐めさせられたコトがあってね……。依頼されていた宝を横取りされるとは忍者の名折れ。信用第一の忍者として、依頼失敗が一回でもあると痛手になるんだ」



 その表情は苦虫を何匹も噛み潰したような表情だった。

 普段は愛想良い笑みを浮かべているヨイチ第二保険医にしては珍しい、凶悪な笑みだ。


 ……難しい手術の時によくしてるのを()かけるので、わたくしからするとあまり珍しいモノでもありませんけれど。



「言いませんわ、というか情報売ったりとかしませんわよ?情報屋を利用する時はありますけれど」


「あの男はとんでもないレベルの選択肢の魔眼を有しているから、こっちは普通に話しているつもりであっても、持ってる全ての情報を取られていると言っても過言じゃないんだ」


「あー……」



 事実なのでナニも言えない。

 普通の選択肢の魔眼は最善、普通、最悪の選択肢が()えるというモノらしいのだが、あのヒトの魔眼はかなりレベルが高い魔眼らしく、選択肢を選択した場合のシミュレートが可能らしい。

 しかも選択肢の数もとんでもないらしく、要するにこちらは普通に会話をしているだけだというのに、相手の頭の中でのシミュレートによって殆どの情報を搾り取られているというコトになる。



「まあ、うん、わたくしは言わないよう気をつけますわ。シミュレート内でどういう聞かれ方をしてどう答えるかまではわかりませんけれど」


「問題はソコなんだが……まあ、防げるモノでも無いからな。では転職した時の昔話について語ろうか」



 流石というか、切り替えが早い。





 無理なものは無理だろうと割り切ったのか、表情を笑みに戻したヨイチ第二保険医は語り始める。



「まず俺は忍者として活動していたんだが、基本的には戦闘タイプの忍者でね。音も立てずに殺し……えーと、針とかで証拠を残さないように……ではなく、まあ隠密にごにょごにょって感じの活動をしていた」



 ……めちゃくちゃ暴露しちゃ駄目な言葉が漏れてますわー!


 暴露したらヤバイ系の単語を誤魔化しつつ、ヨイチ第二保険医は腕に留まったナイトアウルを指で撫でた。



「当時、忍者をしていた頃から彼女とはパートナーでね」


「そうなんですの?」


「ええ、そうです。何せ私は夜に溶け込めるという性質がありますから、隠密にはピッタリで」


「あー……そういえば肩などに留まっていればその相手ごと溶け込むコトが出来るとか図鑑で読みましたわね……」



 ナイトアウルの特徴は、「夜」と同化出来るという性質だ。

 夜に同化するというコトは、夜の間は誰にも認識されなくなるというコト。

 影しかない空間で自分の影を見つけるコトは出来ないようなモノだと考えるとわかりやすい。

 つまりそんな能力を暗殺者が有するというコトであり、とんでもない脅威だ。



「ただ現代にもなると忍者家業も大分廃れてね……かといって足抜けはほぼ無理だろうからどうしようかと考えていたら、その人体を綺麗に三枚おろし出来る能力を活かして手術担当の保険医をやらないか、とスカウトされたんだ」


「人体三枚おろし」


「元々解剖とかが得意でね。あとバラした方が持ち運びしやすいから」



 ふむ、闇。

 けれどヨイチ第二保険医から悪の気配はしないので、ヨイチ第二保険医からすると完全に仕事でしかなかったのだろう。

 ソレに少しでも快楽があれば悪になるが、仕事という認識ならば悪では無い。

 というか人殺しイコール悪ならば、悪人を処刑するヒトや悪を反射的に潰してしまう父も悪という扱いになってしまう。


 ……神が定めた基準で判定してるから、自分でもセーフアウトがよくわかんないんですのよねー……。



「で、色々と情報操作とかをしてくれるという契約でここに高飛び……んん、就職したワケだ」



 聞かなかったコトにしよう。

 幸い自分は色々と目撃してしまうせいで見ない振りには慣れている。



「元忍者だったお陰で切ったり繋いだりは得意だから、生徒達にも手術跡が残らないように気をつけながら手術したりして、こうして第二保険室の保険医をしている。転職してからは気楽にのんびり出来て良いね」



 まあ忍者よりは安全だと思う。



「命奪うよりも命救う方が達成感もあって良いし」


「前半ちょっと漏れてますけれど、達成感?」


「手術しないといけない生徒は命の危険があるコトも多いだろう?」


「あー、ヴィヴィアンヌとかそうですものね……」


「そういうコト。死んだらソコで終了だし、忍者の時は感情を殺してたからね。手術を終えた後に生徒からお礼を言われるのは嬉しいよ。昔自分を手術した医者よりずっと腕が良いって褒めてくれたりするし」



 実際腕が良いのは事実だ。

 そして何度も手術を受けている子は入学前からも手術を受けていたりするので、医者の手術の腕がわかるのだろう。


 ……ここ、設備も完璧に整ってますしね。



「……昔は、年老いた結果忍者の仕事中にミス、っていうのが死因になるんだろうなと思っていたから」



 ヨイチ第二保険医は、静かに言う。



「今はとても快適だよ」



 そう言ってヨイチ第二保険医は微笑みつつ、ナイトアウルに顔を摺り寄せた。



「こうしてナイトアウルと穏やかに暮らせているというのは、とてもありがたい」


「……ふふ、私もヨイチとこうして暮らせるのは、とても嬉しいです」



 微笑みながらピンクの雰囲気を醸し出した一人と一羽に、思わず濃い目の緑茶が飲みたくなった。





 コレはその後の話になるが、実は当時、ナイトアウルは結構心配していたらしい。



「そうなんですの?」


「そうなんですよ」



 第一保険室に顔を出して来るからとナイトアウルと一緒に留守番を頼まれ、この間の話を思い出していたらそんな会話になった。

 ナイトアウルは少しだけ困ったような微笑みを浮かべて、当時を思い出すように遠くを見た。



「私は夜に溶け込む能力ですが、言ってしまえばソレだけの能力です。そして忍者をしていたヨイチには重宝されていましたが、忍者を辞めたらお払い箱になるのでは、と思っていたんですよね」


「あんだけ心許してるヒトが手放すとは思えませんけれど……」



 しかも元忍者だ。

 色々とシビアな思考をしている忍者がアレだけ心を許しているというのに、たかが能力の使い道があったり無かったり云々程度の理由で手放しはしないだろう。

 というか逃げたらどんな手を使ってでも追いかけてきて捕まえそう。


 ……あ、今何故かゾゾン魔法教師思い出しましたわ……。


 捕まえるの辺りで鳥かごを連想したからだろうか。



「ふふふ、ソレでも心配だったんですよ。……もっとも、そんな心配なんて吹き飛ぶくらいに、今でも彼は私のコトを大事に世話してくれていますが」


「でしょうね」



 この目で()てもナイトアウルの翼はかなり状態が良い。

 健康状態もパーフェクトだ。


 ……元とはいえ信頼出来るのは己の身一つみたいなイメージのある忍者だったからこそ、キチンと健康状態にも気を使っているんでしょうね。



「というかどうしたらそんな心配が湧きますの?」


「忍者って足抜けの時、結構色々アレなので……」



 足がつかないように口封じとかのアレ系だろうか。

 ソレともナイトアウルの存在で身元がバレるかも的なアレだろうか。



「だから保険医になると彼が頷いた時、正直どうしようかと悩みに悩んで逆にヨイチに心配されたものですが……ふふ」



 クスクスとナイトアウルは笑う。



「懸念はあくまで、懸念でしかありませんでしたね」


「そりゃまあ……というか、見てる感じナイトアウルのコトをかなり大事にしているようですから、手放すとかあり得ないと思いますわよ」



 正直にそう言うと、ナイトアウルはパチクリと目を瞬かせてから、へにゃりと笑った。



「生徒にそう言われると、いささか照れますね」



 その笑顔は、コレはヨイチ第二保険医が手放せなくなるのもわかるなと思える程に愛らしかった。

 ところで先程からヨイチ第二保険医が保険室の扉から覗き見しているのだが、いつまで覗く気なのだろうか。

 帰って来たタイミングでお払い箱云々の話をしていたからその状態になるのはわからなくもないが、そろそろ入ってこないとまたタイミングを逃すと思うのだが。




ヨイチ

名前は漢字で書くと夜一という文字。

切ったり繋いだりが凄く上手で、どんな複雑な手術だろうが完璧にこなすし痕が残らないようにもしてる。


ナイトアウル

ヨイチが現役忍者だった頃からのパートナー。

夜に溶け込む以外に特化している部分が無いので現在役立てている自信は無いが、パートナーとしてサポートしている。


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