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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
三年生
68/300

生命力少女と封印王



 彼女の話をしよう。

 生命力が有り余っていて、肉体が耐えられず、常に包帯だらけな。

 これは、そんな彼女の物語。





 周囲を真っ赤にしてしまうリナが混血では無い生粋の人間であるように、この学園には生粋の人間でありながらも少々特殊な体質だったりする生徒も多い。

 まあそういう体質も障害者の一種のような感覚なのだろう。


 ……異世界である地球からすると、流石にここまで不思議な症例は無かったと思いますけれど……。


 だが隠蔽されていたとか、大昔過ぎて記録が残っていないとか、魔物の子だとか言われて生まれて間もなく首とかをチョンパされていたりする可能性があるので一概に無いとは言えないのも事実だ。

 というか異世界である地球で前例が無かろうが、アンノウンワールドには存在しているのが事実であり現実である。

 そして異世界である地球では目の色がオカシくても病気の一種だったり遺伝的なモノだったりするらしいので、正直トントンだとも思う。


 ……アンノウンワールド的に考えると、目の色が茶色ではないならソッコで人外判定ですものね。


 つまり深く考えても頭痛くなるだけ、というコトだ。

 そういうのを考えるのは専門家に任せて、当人でも無い部外者は平均とどう違うのかを聞いて大丈夫と大丈夫じゃないの範囲を覚えておけば良い。



「あ、ジョゼ!丁度良かった!探してたのよ!あのね」


「キャーーーーッ!?」



 そう、例えば、こういう時に必要だからだ。

 前方から走ってこちらに向かって来たエレオノーラを認識し、その筋肉の動きを()て冷や汗を掻く。

 しかもそのまま自分の前で立ち止まろうとするのだから心臓が縮み上がった。

 普通のヒトならソレは普通の行動だが、彼女の場合はそうではないのだ。

 走ってから立ち止まるというだけの動きが、エレオノーラの場合は致命傷になってしまう。



「あっ…………ぶないですわねホントに!」



 だからこそ、完全に立ち止まる前にエレオノーラの脇の下に手を突っ込んで勢いを殺さないようにぐるんと回転。

 赤子用メリーのような、幼児と遊ぶ父親がやるような動きで回転しながらエレオノーラの勢いをゆっくりと落としていき、安全なレベルまで落ち着いたのを確認してからエレオノーラをトン、と下ろす。



「ふぅー……無事、ですわね?」


「アハハ!もう、ジョゼってば心配症ね!この程度なら大丈夫だし、さっきのだってあのまま足の皮膚が裂けて血が出ても、いつものコトって感じで慣れてるから全然平気よ?」


「見てるこっちが平気じゃないんですのよ!」



 エレオノーラは特殊な体質の、生粋の人間だ。

 彼女は生命力がとんでもなく多くて、ソレは常に燃え盛っている。

 普通のヒトの生命力がキャンプファイヤーだとするなら、エレオノーラの生命力は森を燃やし尽くす大火災レベルだ。


 ……だからこそ、危険なんですのよね。


 ソレはつまり、肉体で抑え切れない量というコト。

 例えば水を器に注ぐとして、容量オーバーになればソレは溢れる。

 だがエレオノーラの場合はそんな生易しいレベルでは無い為、ダムが決壊する並み、つまり器が壊れるようなレベルの派手な溢れ方をする。

 過度に威力を上げれば器の方が耐え切れず破損するように、エレオノーラの肉体は自分自身の生命力に耐えられず、壊れるのだ。



「そんなに気にする程じゃないのに」



 そう唇を尖らせるエレオノーラだが、その体の至るトコロに真新しい包帯が巻かれている。

 ソレらの包帯は全て、彼女の過剰過ぎる生命力によって負荷が掛かり過ぎ、強い衝撃で糸が解れるように筋繊維が解れ、あかぎれのようにパツンと皮膚が裂けて血が吹き出た結果のモノだ。



「普通に気にしますわよ……」



 エレオノーラは常に過剰な生命力を溢れさせているが、生命力自体はソレが平常なので尽きたりするコトはないと診断されている。

 だが肉体の容量をオーバーしているのが最大の問題なのだ。

 肉体が受け止め切れない為、常にアクセル全開でブレーキ無しの車状態。

 そんな状態で止まろうとすれば、壁にぶつかるしか無いだろう。

 エレオノーラ自身は普通に動いているだけに見えるが、自分の目にはその()()の中に全力のアクセルが踏み込まれているように()える。


 ……だからこそ、立ち止まったりした瞬間の、普通なら空気の圧を感じるか程度の僅か以下の衝撃がとんでもない威力でエレオノーラの体にぶち当たるんですのよね。


 走っている時によくある、風が顔に当たる感覚。

 ああいう感じで周囲には見えない壁があり、基本的には柔らかいクッションでしか無いのだが、しかし強い力の前ではそうでは無い。

 例えばアクセル全開の車に急ブレーキを掛ければ、その際運転手は慣性の法則で一瞬浮くだろう。

 ソレと同じように、エレオノーラの走る足の中で同様の動きが発生し、逃げ場の無い生命力は逃げ場を求め、結果的に周辺の筋繊維を解れさせて千切ったり、皮膚を裂けさせたりするのである。

 つまり簡潔に言うと、立ち止まった瞬間に足が急にパァンと裂けて血が吹き出るというコトだ。

 ()える目があるからこそエレオノーラの体に掛かっている負荷が目視出来てしまう為、こちらとしては筋肉の容量オーバーからの血液ブシャアを回避したい一心でしかない。


 ……まだ、勢いを殺せばセーフなだけマシですわね。



「?」



 エレオノーラが不思議そうに首を傾げ、黒みを帯びた赤毛が揺れる。

 ソレと同時に首を傾げた方向の首の皮膚が裂け、エレオノーラの首に巻かれた包帯にジワリと赤い色が染み出す。

 そのまま首を元の位置に戻せば、先程と真逆の位置の首の包帯がまた赤く染まった。


 ……だから!そういうのが包帯に隠れててもわたくしの目には()えるんですのよ!


 友人の首の筋繊維が可哀想なコトになって皮膚が裂けて血液が噴き出して包帯に染み込むのがハッキリと()えてしまい、こちらのメンタルにダメージが入る。

 エレオノーラには普通に痛覚があり、肉体の反射で発生する微細な振動が()える為、皮膚が裂ける度にエレオノーラが痛がっているのも自分には()えるのだ。

 普通の目ならエレオノーラが痛がっているコトにも中々気付けないレベルで隠されているが、自分からするとソレがハッキリと()えてしまう為、目の前で友人が痛がっているのにナニも出来ないという事実が辛い。


 ……そして本人が仕方ないからと割り切って痛みを我慢してるのがまたメンタルにキますわ……。



「……ま、良いですわ。良いってコトにしますわよ。で、ナニか用だったんですの?」


「ああそうそう、ソレなんだけど、またアドヴィッグ先生に作ってもらった封印アイテムが壊れちゃったのよ」


「またですの?」



 エレオノーラの生命力に関しては彼女の素の生命力なので害があるというワケでは無い。

 だが先程のようにエレオノーラの肉体が大変なコトになる為、気休めとしてアドヴィッグ保険医助手が呪術系の封印アイテムを作って渡しているのだ。

 しかし生命力というのは常にある為、封印アイテムは常に電源が入っている上にフル稼働させられた感じですぐにお陀仏する。

 つまりいつものコトだ。



「カラーパンサーがいつも通りにソレは予知してくれてて、だからアドヴィッグ先生もアイテムを作ってくれようとしたみたいなんだけど、作る為の材料が手に入ってないからって謝られたのよね」


「あー……成る程」



 だから真新しい包帯が巻かれているのか。

 恐らく魔法で治癒させた後に、念の為にと先に包帯を巻かれたのだろう。

 エレオノーラの負傷箇所は動きと連動しているので、コレから負傷する部分もナンとなくわかる。

 実際首や肘や膝などをメインに巻かれているので、確実にエレオノーラの動きを想定した上での苦肉の策なのだろう。


 ……だって、そもそも負傷しないのが一番ですものね。



「だから、いい加減にどうにかしないとって思ったのよ」


「どうにか、と言うと?」


「この過剰生命力」



 今までナニを言ってもケラケラ笑ってスルーしていたエレオノーラの口から出た言葉とは思えず、ついエレオノーラを凝視してしまった。

 まあ自分の目はリスのような目なので驚きに目を見開いていてもあまりわからないだろうが。

 常に目が合っているように見える目と時々言われるのが自分の目である。


 ……ほぼイカと同じ扱いですわよねー。



「だって、このままだと私は自分で自分を殺すようなものでしょ?」


「うん、わたくしソレ何度も言いましたわよ?」



 魔法があるからギリセーフだが、動く度に体が裂けるというのは相当にキツイ。

 常に全身があかぎれ状態であちこちの皮膚が裂けているし進行形で裂けるしと考えるとわかりやすいが、とにかく裂けるのだ。

 しかもソレなりに出血するし、筋繊維へのダメージも大きい。

 お腹を押さえて笑うようなコトがあれば内臓に負荷が掛かって吐血するコトもあるくらいだと考えると、今まで普通に育ってこれたのが不思議なくらいである。



「今はまだ我慢出来るから良いんだけど」


「いや痛み感じてんなら良くありませんわよねソレ」


「でも将来的に考えると、アドヴィッグ先生の封印アイテムに頼れなくなる可能性があるじゃない?そうなると卒業後にあちこちの筋肉が千切れて動けなくなって死ぬ、とかが普通にあり得そうなのよね」


「無視なんですのって言いたいのにマジでシャレになりませんわ!」



 思わず鳥肌が立った腕を袖越しに擦る。

 勢いよく息を吸おうとして吐血したコトもあるエレオノーラが言うとシャレにならないし、今だって時々足が駄目になって倒れているのを発見されるコトも多々あるのだ。

 生徒が多くて、森も管理人が見回りをしてくれているから良いものの、学園の外で生活をするようになったら本気でヤバイ。

 雪国では屋根の上の雪を落とそうとして屋根から落ちて積もった雪にダイブしてこの世からサヨナラするという悲劇もあると聞くし、そんな感じの日常の延長線の結果で死にそうな気がする。



「だからこう、私のこの生命力をどうにか出来そうな魔物に心当たりとかないかなーって聞きに来たの」


「あったらソッコで伝えてますわ」



 まあそういう感じのも居ないワケでは無いのだろうが、如何せん厄介な魔物が多い。

 というか生命力をどうにかする系とか完全に害魔枠な為に知能とか諸々の信頼性が無い、というのが正しい。



「じゃあ封印系とか!」


「んー……ソレ系ならそれなりに居ますけれど、会えるかは別問題なんですのよね。森は生態系が未知ですし……あ」



 ふと、近所で封印系の噂がある場所を思い出した。



「そういえば、この間の歴史の授業で大昔の城跡に行きましたわよね」


「?うん」


「あの授業の内容、覚えてます?」


「ソコの王様が結構ヤバいヒトで、自分から自分の死体を魔物化した……とかだったっけ?」


「あんまり聞いてませんでしたのね?」


「てへ」



 可愛らしく小首を傾げて頭をコツンとしたエレオノーラは、その動きによって頭部と指と首から出血した。

 可愛らしいポーズのハズが一瞬にしてスプラッタだ。


 ……頭にも包帯が巻かれてるのは、アドヴィッグ保険医助手がコレを見越してたんでしょうか。


 どちらかというとカラーパンサーが予知したのだろうが、まあ良い。

 ナニも良くは無いが、包帯が仕事をしているのは良いコトだと自分を無理矢理納得させる。



「あの城の王様は、封印に長けていたと言われてるんですのよ。かつては老いを封印して生き神扱いとかされてたそうですわ」


「不老なんてそれなりに居ると思うけど……」


「当時は混血なんてほぼ皆無でしたもの」



 まあ学園で見かける不老不死勢は当時から存命で、不老不死でありながら生粋の人間だったりするという規格外だが。



「けれど死は避けられなかったそうで、亡くなりましたわ。その遺体があの城跡の奥に安置されているそうなのですが、というかわたくしの目で()た結果安置されてたのですけれど、当時のお城で働いていた使用人が残した言葉があるんですの」


「言葉って?」


「「必ずや死を封印し、劣化を封印し、再び民の為に働こう」と、言ったそうですわ。けれど王様は棺桶から出ないままだったのでお城は捨てられ、現在は歴史的な場所として公開されてますのよ」


「……遺体が安置されてるのよね?」


「そうですわ」


「奥にあるのよね」


「ええ」


「でも別に立ち入り禁止じゃなかったわよね、アソコ」


「ナンか遺体が入ってる棺桶に触れると超衰弱するから盗人居ても本人が自己防衛するから、という感じでそのままにされてるらしいですわ。移動も出来ないし、という感じで」


「えー……」



 エレオノーラは腑に落ちないと言うような引き攣った笑みを浮かべた。

 確かにヒトが沢山通る場所に遺体が安置というか、ソレは最早安置では無いのではとか色々思うかもしれないが、事実そうなのだから仕方が無い。



「……うん、まあ、良いわ。ソレで、その城跡が?」


「だから、その王様って封印に長けてるんですのよ。当時のモノとかそのままですし、盗難は出来ないように魔法が掛けられていますけど、当時の日記とか資料とか読めるから参考になる情報があるかもしれませんわ」


「ソレってつまり、封印系の魔物をパートナーにするよりも自分で封印出来るように知識蓄えろってコト?」


「封印系でもピンキリですもの。生命力だけを封印とか相当難しいからこそ、エレオノーラ自身の知識も増やしておくべきですわ」


「ジョゼに言われると納得しちゃうのよね……」



 うーん、とエレオノーラは首を傾げながら唸る。

 首の包帯は、既に全方位が真っ赤に染まっていた。





 休日、資料を見る為にエレオノーラと城跡に来た。

 前回と同じく、観光客がチラホラと居るような居ないようなレベルの寂れた場所だ。

 あと壁に向かって座りながらブツブツ呟いて一心不乱に紙にペンを走らせている研究職らしきヒトくらいしか居ない。



「……ジョゼ、コレ何語?」



 まずは日記をと手に取って捲り始めたエレオノーラがそう言った。



「ああ、当時の使用言語ですわねコレ」


「ヤダ、そんな古い言語とか私わかんないわよ?」



 そういえばエレオノーラは語学の授業を取っていなかったなと思い出す。

 自分は全部の授業を受けるようにしているので、授業中に見る顔などから同級生の取っている授業は把握しているのだ。



「わたくしなら読めますから、わたくしが訳しますわ」


「助かるわ!やっぱりジョゼについて来てもらって正解ね!」



 エレオノーラに思いっきり抱きつかれ、エレオノーラのあちこちに巻かれた包帯から血が滲んだ。

 正直大分メンタルにキたが、しかしコレはいつものコトいつものコトと自分に言い聞かせつつ、エレオノーラの為に日記の音読を始める。





 そろそろ帰らないとという時間になってきたので、キリの良いトコで音読を終わらせる。



「あー……うー……わかんないトコはジョゼが説明してくれたからどうにか理解出来た気がするけど、複雑過ぎない?」


「大体そういうモンですわ」


「そういうモンかー……あ、ちょっと待って」



 袖を引かれそうになったのでソッコでその腕を掴んでグルグル回して勢いを殺させ、そっと解放する。



「どうしましたの?」


「いや、うん、今のって知らないヒトから見たら相当の奇行よね」



 エレオノーラの包帯だらけの姿も相当だと思うが言わないでおく。



「じゃなくて、あっち。あっちって遺体が安置されてるのよね?」


「安置というか放置というか……まあ、そうですわ」


「見て良い?」


「構いませんわよ」



 時間はまだ余裕があるしと頷くと、エレオノーラは嬉しそうに微笑んだ。

 正直あの遺体はこの目で()た感じからすると本気で魔物化しているようなのであまり近付きたくは無いのだが、仕方ない。

 棺桶から出る様子は無いし害魔のような気配も無いので大丈夫だろう。



「へー、コレがその棺桶なのね。変わった模様」


「ソレは刻印というか……術式を彫ったモノですわね。魔道具の一種であり、魔物化する為の布石らしいですわ」


「ふぅん……」



 頷き、エレオノーラは棺桶を覗き込もうとして、棺桶に手を置いた。

 その瞬間、エレオノーラから()えていた溢れんばかりの、というか溢れていた生命力が、一気に激減した。



「ハ!?」


「えっ、ナニナニ!?あ、手!?」



 エレオノーラはこちらの声に棺桶に手を置いていたからだと判断したのか手を離したが、ソレは違う。



「アナタ……生命力、減ってますわよ」


「エ?」


「だから、触れた瞬間にゴッソリと……あ、でもチロチロとまた増えてますわね」


「ごめん、ジョゼの視界は私にはよくわかんない」



 確かにその通りなので、今のは説明不足な自分に非があった。

 だが棺桶に触れた瞬間に生命力が、まるで食われたかのように激減した。

 手を離せばまたゆっくりと生命力が底から湧き出るように増えてきているが、しかし先程減ったのは事実だ。


 ……しかも、慌てて手を離すという動きをしたのに、裂けませんでしたわ。


 あの瞬間は生命力が一般人レベルになっていたから余計な負荷が無かったのだろうと思うが、もしそうならとても素晴らしいコトではないだろうか。

 だがソレはつまり棺桶に常に触れる必要があるというコトになり、移動がとてつもなく不便なのでどうしよう。

 混乱する脳でそんなコトを考えていたら、棺桶の蓋が開いた。



「え、エッ!?じょ、ジョゼ!棺桶!棺桶が!」



 中に居る王様と思われる魔物が棺桶を開けたのは()えていたが、エレオノーラはそうではない。

 驚きのまま自分の背後に隠れたエレオノーラを庇うようにしながら、前を見る。



「……ふむ」



 褐色の肌を持つ、古いが豪華な服を身に纏った魔物の男はゆっくりとした動きでキョロキョロと周囲を見渡す。

 そしてこちらを見て、目を見開いた。

 否、正確には自分の背後に居るエレオノーラを見て、だ。


 ……()えるから、そういう細かい部分までわかっちゃいますわね。



「先程触れたのは、ソコの娘か」



 立ち上がり、棺桶から出て魔物はそう言う。



「反射的……いや、性質的と言うべきか。そのせいで尋常では無い量の生命力を奪ってしまったのはわかる。お陰で我はこうして無害な存在として目覚めるコトが出来たが、民相手にそのようなコトを……」


「あの、すみません」


「む?」



 喋っている相手、ソレも恐らく王であろう相手に不敬極まりないのはわかっていたが、この状態で続けられても困る。



「不敬なのは百も承知なのですけれど、こちらは正直ナニもわかっていないので、とりあえず自己紹介とか色々な説明を先に聞かせていただいでもよろしくて?」


「ふむ、ソレもそうだな」



 遺言からもそんな気配はしていたが、魔物は腹を立てた様子も無く、実に穏やかにそう頷いた。





 魔物はやはり王様だったらしく、故人だから名乗るのもアレだろうというコトで封印王と呼ぶコトになった。

 ナンでも当時の二つ名らしい。



「……と、いうワケだ」


「…………うん、大体わかったわ!」


「わかってませんわね?」



 そして大まかな説明を受けたは良いが、少々専門的な部分が混ざっていたせいでエレオノーラが理解出来ていない。



「……ジョゼ……」


「ハイハイ」



 エレオノーラを頭を撫で、説明する。



「まず封印王はナンでも封印出来るだけの技術があるんですの。で、死とかも封印しようとした結果、死後、という状態になりましたわ」


「ああ、死を封印した結果ドコかで間違えたのか、正常なのか……まるで死という部分を飛ばしたかのように肉体が死体になった。死を超えているからこそ死体であっても意識はあり、死体でありながらも存命と言える状態で」


「封印王はちょっと黙っててくださいな」



 大人しく口を噤んでくれたのでありがたい。



「要するに死を封印した結果生きる死体状態になったんですのよ」


「ゾンビ系ってコト?」


「ですわね。ただ腐食などの劣化を封印するコトでソレを回避してるから、新鮮な死体ですわ」


「…………」



 新鮮な死体という言葉に封印王がモノ言いたげな視線を送ってくるが無視する。



「ですが死を封印するというのは相当アレだったのか、もしくは魔物化したからかは不明ですが、活動するには他者の生命力を相当な量奪わなくてはいけませんの」


「正確には提供してもらうというものだが、先程までの我は飢餓状態に等しかった為オンオフが出来ず」


「………………」


「すまん」



 無言で訴えると封印王はすぐに黙ってくれた。



「まあそういうコトで活動に生命力が必要なのですが、先程エレオノーラはガッツリとソレを奪われてましたわ。ただソレで規定の量を上回ったのか、封印王が目覚めましたの」


「元々目覚めるコトは出来たのだが、飢餓状態では周囲の生命力を奪うだけの害魔にしかならない。故に我は自分から深い眠りにつき、生命力に飢えないようになるまで目覚めぬようにとすまん」



 封印王はお喋りなのだろうか。



「要するにエレオノーラのお陰で封印王が害魔になるコトも無くスッキリと目覚めるコトが出来た、というワケですわ」


「あ、そうなの!?私凄い!」


「ええ、凄い凄い」



 そう言って頭を撫でると、エレオノーラは嬉しそうに自分から頭を手の平にグリグリと摺り寄せた。



「ソレなのだが」



 無言で訴えられるのがイヤだったのか、ちゃんとした主張だからなのか、封印王はキチンと挙手をしながら言う。



「我はソコのエレオノーラのお陰でこうして目覚めたワケだが、コレは……まあ、強奪だな。強奪した生命力を内側に貯蓄し、ソレで活動しているだけだ。ソレが尽きれば我は再び他者から生命力を奪うようになってしまうかもしれぬ」


「つまりどういうコト?」


「つまり、奪った生命力が貯金みたいなモノですわ。ソレが無いと動けないけれど、動くと消費される。しばらく活動したらソレが尽きて、また誰かの生命力を奪うかもしれなくてどうしようって話ですわ」


「成る程ー」



 コクコクと頷くエレオノーラの首は、出血していない。

 まだ生命力がいつも通りの量になっていないという理由があるからだろうが、しかしゆっくりと戻っているのは事実な為、内部の筋繊維は少しダメージが入っているように()える。


 ……まあ、湧き水と同じようなモノですものね。


 だが、コレは考えようによっては良いコトなのではないだろうか。

 尽きるコトは無い過剰な生命力と、活動する為に生命力を必要とする封印王。

 上手くいけば、両方の問題が解決する。



「……封印王は、活動したいんですのよね?」


「そうだな。生きていた頃から随分と時が経っているし、今の王族は我の血族というワケでも無いだろう。そもそも我は独り身だったから子孫が居らず、親戚は居ても直系の血は我のせいで絶えてしまったからな」



 本人、というか本魔からそんなトリビアを聞けるのはアンノウンワールドだからこそな気がする。



「さておき、我はヒトの為の王だ。今の世を知りたいし、我の出来るコトであるならば役に立ちたいとも思う。民が幸せに暮らせるよう尽力するのが王だからな」



 遺言でも思ったが、立派な王だ。

 そんな立派な王を雑な扱いしたような気がするが、まあ忘れたというコトにしておこう。



「だからこそ」



 封印王は真面目な表情で、エレオノーラを見据える。



「汝の生命力を奪った我には、汝の生命力が把握出来る。そして、汝の生命力の量が凄まじいコトも」



 そう言い、封印王は椅子に座っているエレオノーラの前に跪いた。



「多くを救う為に一人を犠牲にするというのは我の望むモノでは無いが、だが、酷く自分勝手な望みだとは自覚しているが、どうか」



 封印王は言う。



「どうか、我のパートナーになってはもらえないだろうか。我のパートナーになって、その生命力を提供しては、もらえないだろうか」



 ……こっちから言う前に向こうから言われましたわー!?



「都合の良いコトを言っているのはわかっている。だが、どうか頼めぬだろうか。モチロン対価として我の有する知識などは受け渡そう。だからどうか、汝を犠牲にしておいてと思うかもしれないが、我は民を幸せにする為に活動したいんだ……!」


「じょ、ジョゼ……」



 封印王の真剣な言葉に、エレオノーラは困ったようにこちらに視線を向けた。



「えーと……エレオノーラとしてはイエスとノーで答えるならどちらですの?」


「出来ればイエスにしてあげたいとは思うけど、良いのかどうかわかんないから答えられないわ!ジョゼならわかるわよね!?私には生命力とか見えないからもうわかんないのよ!ジョゼが決めて!」


「いやソコは自分で決めなさいな……」



 責任は負いたくない。



「とりあえず、整理しますわよ?」


「うん……」


「封印王は例えるなら水が必要な魔物だから、大量に水が湧いているオアシスのようなエレオノーラの恩恵に預かりたい」


「ふんふん」


「で、エレオノーラの利点ですけれど、エレオノーラは生命力が過剰なせいで肉体に負荷が掛かっているワケでしょう?そのせいで肉体が裂ける。けれど、気付いていないと思いますが、封印王に生命力を吸われてからのエレオノーラは出血をしていませんわ」


「アッ、そういえばパリッて感じの痛みが無い!」



 やはり気付いていなかったのか。



「つまり生命力を提供するというコトはエレオノーラの生命力が人並みになるというコトで、皮膚が裂けたり筋繊維が解れたりするというのが無くなりますわね」


「最高じゃない!」


「ちょっと良いだろうか」



 ス、と封印王が手を上げた。

 封印王は思案げな顔をしつつ、言う。



「我はその生命力はただ多いだけだと思っていたのだが、もしやエレオノーラからすると、多すぎて己の身を滅ぼしかねないモノだったのか?」


「そうですわ」


「この包帯もソレよ。生命力が多いせいで肉体が裂けるから、予め止血してる感じ」


「なんと……」



 封印王はとても驚いたようにポカンと口を開けた。



「で、エレオノーラ。返事はどうするんですの?」


「あ、そうだった!」



 エレオノーラは姿勢を正し、封印王に言う。



「ここに来たのは私のこの生命力をどうにかする方法が無いかなって感じだったから、封印王が居てくれたらとても助かるわ!是非私とパートナーになってちょうだい!」


「……ああ、ああ、モチロンだとも!」


「キャッ!?」



 飛びつくような動きで、封印王はその腕の中にエレオノーラを抱き締める。



「このように幼くか弱い民が苦しんでいるのを見逃せるものか!幸いにも需要と供給は一致しているのだから、ああ、我が汝をその苦しみから救うとも!」



 封印王はエレオノーラを抱き締めながら、その顎に触れて顔を上げさせる。



「何故なら我は、民をナニ不自由無く幸せに過ごさせる為に存在する、王なのだから!」


「ヒャァ……」



 顔が良い上に真剣なその表情を間近で見て、しかもそんな殺し文句を言われ、エレオノーラは封印王の腕の中で包帯では無く、顔を真っ赤に染めていた。





 コレはその後の話になるが、封印王のお陰でエレオノーラの体質は改善された。

 例えるならば過剰な電力で漏電していたようなものなので、封印王がその電力を充電として用いるお陰で漏電の心配が無くなったのだ。

 今までは漏電でコンセントが溶けていたようなモノだったので、実に喜ばしい。



「あ、ジョゼー!」


「お、っと」



 走ってそのまま飛び付いて来たエレオノーラを、真正面から受け止める。

 前は勢いを殺さなくてはと必死だったが、今ではこんな動きも出来るくらい普通になった。

 ついこの間まではあちこちに包帯を巻いていたというのに、現在は包帯なんてドコにも無い綺麗な体である。

 筋肉にもダメージは無いようで、心の底から安心だ。



「コラ、エレオノーラ」



 遅れて、歩きながらこちらに来た封印王がエレオノーラの頭をコツンと叩く。



「診断でも大丈夫だとは言われたし現状問題は無いが、ナニが起こるかは不明なのだぞ?あまり派手な動きはするな。うっかり皮膚が裂けたらどうする」


「大丈夫よ、ならないもの!」


「ならないでは無く、なるかもしれないと」


「なっても慣れてるから平気よ?」


「…………」



 エレオノーラのその言葉に、封印王は不満げな顔を隠さずにその頬を両手で覆った。

 そして不満ですと言わんばかりにその頬を捏ねる。



ひょ(ちょ)ひょっほ(ちょっと)ー!」



 その動きに抗議する為、エレオノーラは自分に抱きついていた腕を離し、封印王の腕をペチペチと叩く。

 しかしその抗議にはまったく動じず、封印王は真面目な表情でエレオノーラに顔を近づける。



「良いか?エレオノーラ」


「ピッ!?」


「異変を感じたらすぐに言え。我は活動したいが、ソレで罪も無い、守るべき民に痛みを背負わせる気は無いんだ」



 ぐりぐりとエレオノーラの頬を捏ねながら、封印王はその目を心配そうに細めて言う。



「苦しんで欲しくも無いし、我慢させたくも無い。要するに、逐一報告をしろ。慣れているからとスルーしないように。我慢するようでは、この先も我慢だらけになってしまう。我はエレオノーラにそんなコトを強いるのはイヤだ」



 いつの間にか頬を捏ねる動きは止まり、その手はエレオノーラの頬を包み込むように添えられている状態になっていた。



「……わかった、ちゃんと言うわよ」


「ああ、そうしてくれ」



 多少不満げな、しかし心配されて満更でも無いような表情で頷いたエレオノーラの額に、封印王は慈しみの表情でキスを落とした。

 直後キスをされたのを理解したエレオノーラが額を押さえながら顔を赤く染めるのを見つつ、もう包帯が赤く染まるコトが無いのは良いコトだと見守る。

 しかし、自分は何故こうも存在を忘れられるのだろうか。




エレオノーラ

混血では無いが、異常かつ過剰な生命力を有しているせいで常に身が裂けている。

封印王のお陰で普通の生命力になり、動くだけで裂けるという体質からおさらば出来てめちゃくちゃハッピー。


封印王

実は魔物化したコトで生前よりも強い封印が出来る為腐食なども封印出来たのだが、その分生命力の消費が激しかったせいで長年眠り続けていた。

王とはヒトの為に存在していると心の底から思っている、ちょっと社畜根性が入ってる気がする良識ある王。


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