虚弱少女と寄生の魔眼
彼女の話をしよう。
肉体と魂がアンバランスで、虚弱で、風が吹くだけで消えてしまいそうに儚い。
これは、そんな彼女の物語。
・
初等部から中庭までの間、木にもたれるようにグッタリとしていた同級生を背負い、談話室のソファへと寝かせる。
「大丈夫ですの?マドリーン」
「……すみません……」
青白い顔のマドリーンは頭を持ち上げる力すら無いのか、ぐったりと力を抜きながらそう言った。
ふとマドリーンの小豆色の髪が下敷きになっているのに気付き、少しだけ持ち上げて髪を救出しながら安心させるように微笑む。
「気にしなくて大丈夫ですわ。いつものコトですし、あのまましばらく気付かれなかったら病気になっていたかもしれないと考えると、見つけられて良かったですもの」
そう言ってマドリーンの頭をポンポンと撫でる。
気分は子守りするヒトのようだが、同い年というコトを考えると介護な気もする。
そんなコトを思いつつ、談話室に備え付けられている飲み水を持って来る。
この談話室は食べ物は置かれていないが、生徒達の憩いの場だからか飲み物は用意されているのだ。
「ソレで、どうしてアソコでグッタリしてたんですの?……あ、コレ水ですわ」
「ありがとうございます……」
かなり弱っているのか腕にも力が入っておらず、水を受け取ろうと腕を伸ばすコトすら出来ていない。
なのでマドリーンを一旦起き上がらせ、水を飲ませる。
気分は介護人だ。
……異世界のわたくしでも介護した経験なんて無いハズなんですけれど、入学してからは不思議と慣れてしまいましたわねー……。
「ん、く、……ぷは」
「もう大丈夫ですの?」
「ハイ……ありがとうございます」
コップの水を三分の一程飲んで落ち着いたらしく、マドリーンの顔色は青白いから少し青白いくらいへと変化した。
「で、どうしてアソコで?」
「少し、歩いてみようかと……思ったのですが、中庭に到達する前に…………」
「力尽きたんですのね?」
「……ハイ」
「ソレでも充分ですわ」
コップをテーブルに置いてから、その頭をポンポンと撫でる。
彼女は肉体を持たないタイプの魔物との混血であり、その遺伝なのか肉体と魂が上手くフィットしていないのだ。
そのせいか、マドリーンは酷い虚弱体質である。
……まあ、サイズ合わない以前に設計ミスした鎧を着せられてるようなモノですしね。
つまり常に半分幽体離脱しているような状態であり、肉体の操作性が鈍くて重い。
食べるという行為でさえも肉体があるがゆえの行動の為、食べる為に腕を動かす、口を顎を動かす、咀嚼する、嚥下する、胃に落とす、消化する、吸収する、という工程も一仕事だ。
というかあまりソレが得意では無いらしく、一日にパン一枚食べれるかどうかというレベルである。
……ソレがまた、胃のサイズや消化器官の対応出来る範囲がソレっていう……。
無理してどうにかなるモノでも無いし、その結果マドリーンは必然的に体も弱い。
ただでさえ操作性が鈍くて重いというのに食事が苦手なせいで虚弱体質まで加わるとなれば、ソレはもう生きているだけで凄いというレベルだ。
ちょっとした移動だけで他のヒトよりも体力を削られるので、普段は座学だけでかなり精一杯であり、放課後は自室で気絶するように眠っているコトが多い。
……そう考えると、放課後に活動しようとしたのは凄いレアなコトですけれど……。
その結果行き倒れられてはこちらがビビる。
彼女の場合は無理をすると本気で肉体がヤバいので、出来るだけ安静にしていて欲しいのだ。
こちらからすると風が吹くだけで折れそうなくらい細くてか弱く、儚いようにしか見えないのだから。
というか正直に言って本気でいつ死んでもおかしくないレベルで生気が薄いのでめちゃくちゃ心配になる。
「……マドリーン。アナタは途中で力尽きはしてましたけれど、踏み出そうとしたのは良いコトですわ」
「…………そう、ですか?」
「ええ」
「……良かったです」
マドリーンの言葉に肯定を返すと、マドリーンは嬉しそうにはにかんだ。
「…………でも」
ソファに座るだけの体力も無いのが視えているので自分の腕で支えていると、でも、とマドリーンは顔を俯かせて言う。
「……私、もう少しで良いから……生き生きと、生きたいです。死んでるみたいじゃなくて、死んでないのが偉いとかじゃなくて、もっと……日向ぼっことかが出来るくらいに、元気な体が欲しい……」
「…………ですわね」
マドリーンの頭を軽く撫でて同意する。
彼女の場合は虚弱体質が過ぎて、日光に当たり続けるとすぐに日射病になってしまう。
どうにか頑張って授業を受けてこそいるものの、授業の為に頑張っているせいで授業時間以外はグッタリしているし。
剣術と体術は無理としても、そのお陰で勉強に遅れは出ていない。
けれどソレはソレだけであって、ソレ以外がどうにもなっていないのだ。
「うーん……でも、ソレって遺伝による体質みたいなモノなんですのよね」
「ハイ……」
「簡単に言ってしまうとマドリーン自身にマドリーンの肉体の操作が出来ないようなモノですから、逆に肉体を操作してくれて、かつその肉体を大事に扱ってお世話してくれるような魔物がパートナーになってくれると助かるんですけれど……」
しかし居るかどうかが不明だ。
このアンノウンワールドには様々な魔物が居るので不可能では無いだろうが、魔物の性格などもある。
世話焼きな性格で先程言ったような能力を有する魔物が居てくれれば早いのだが。
「……あの」
「ハイ?」
マドリーンの声に首を傾げながら返すと、マドリーンは生気の少ない、だがまだ辛うじて生きているような目でこちらを見て、言う。
「どうせ私の肉体は、私には扱いきれないのはわかってるので……私の肉体の世話やサポートをしてくれる魔物が居てくれるのなら、私の肉体を渡すくらいは出来ますから……探すのを、手伝っていただけませんか……?」
「えーと……つまり、わたくしがさっき言ったみたいな感じの魔物探しってコトですわね?」
「……ハイ。今のままじゃ、私も早くに死にかねないから……もし一蓮托生のような、だからこそ肉体の管理をしてくれるような魔物が居てくれたら……長生きが出来るだろうなと思って……」
マドリーンは混血だ。
そして混血もそうだが、現在の人類の殆どは誕生の館で作られ、生まれる。
なので子供は基本的に両親の良いとされる部分をピックアップして生まれるのだが、まあランダム性があるのでまったく同じ遺伝の子が生まれる、というワケでは無い。
……わたくしの兄弟ですら色々違いますものね。
だがマドリーンは良い部分をピックアップしたハズなのに、こうなっている。
恐らく肉体があるという良さと肉体が無いからこその良さがダブルブッキングした結果みたいなコトなのだろうが、その結果のせいでマドリーンが常に生死の境目みたいな状態なのはいただけない。
「……ええ、わかりましたわ」
つまり、自分が出来るのは頷くという行動だけというコトだ。
・
マドリーンが先程よりも多少回復したのをこの目で視て確認してから、彼女をおぶってまずは教師に聞き込みをするコトにした。
こういうのは教師に聞いた方が早いし的確だろう。
……まあ、殆ど研究者気質なので人格面でちょっぴり不安が残りますけれど……。
不安と言うならマドリーンの軽さも不安だ。
何故かヒトを運んだり抱きつかれたりするので自分は元々同年代をおんぶするくらいの力はあるのだが、ソレにしたってマドリーンは軽い。
異世界の地球っぽく言うならヒト型の発泡スチロール、の中に内臓分の重さの水を入れたかなくらいの軽さなのだ。
正直肉も筋肉も脂肪も無いのは視えていたが、ここまで水分量も少なそうだと不安になってしまう。
……というかわたくし、貴族のハズなのにナンでこういうのに慣れてるんでしょうね……。
普通は背負われるコトに慣れているのが貴族のハズなのだが、実に不思議だ。
流石は生徒を平等に扱うヴェアリアスレイス学園、と言うべきなのだろうか。
そんなコトを考えつつ、まずはこのヒトだろうとフランカ魔物教師の研究室をノックする。
「フランカ魔物教師、いらっしゃいます?」
「ええ、居るわよ」
視えていたので居るのには気付いていたが、彼女が居るとは実に珍しい。
滑り出しは好調だなと考えつつ、許可を貰って室内へと入る。
「すみません、フランカ魔物教師。少々聞きたいコトがありまして……」
「構わないわ。エメラルドは優秀だし、色々と新発見も伝えてくれてるしね」
壁中に魔物の生態や分布などが書かれた紙が貼られ、本棚の外に溢れ出す程の量がある本がソコらに散らばり、資料や書き損じたらしいゴミが一緒に床に散らばっている空間の中、椅子に腰掛けているフランカ魔物教師はニッコリと微笑んだ。
「で、どうかしたの?」
「どうかしたのと聞く前に、お前は教師としてこの現状の研究室を生徒に見られたコトに焦るべきではないのか」
「良いのよ、別に」
フランカ魔物教師はパートナーであるスペースキーをピン、と指で弾いた。
スペースキーとはフランカ魔物教師の首に提げられている、カギの見た目をした無機物系魔物である。
もっとも彼が口を挟んで指で弾かれるのはいつものコトなので、今回はスルーしよう。
そう判断し、簡単に経緯を説明する。
……マドリーンはあまり長話をすると喉に負担が大きいですから、わたくしが説明した方が良いでしょうしね。
「……ふぅん、つまり寄生する感じの魔物を探してる、と」
「まあ言っちゃうとそうなりますわね。寄生先の肉体のケアをしてくれる感じだと助かりますわ」
「ま、確かにその子の場合はそのくらいハードな魔物じゃないと駄目そうってくらいにハードモードな肉体だものね。元々肉体と魂がいまいち合ってないみたいだから、肉体と魂を無理に縫い合わせたりも出来ないし」
そう、マドリーンは保険室でもそう診断された。
合っていない肉体と魂を無理に繋げるというコトは、短剣の鞘に普通の剣を仕舞おうとするような愚行でしかなく、そんなコトをすれば鞘の方が壊れてしまう。
というか鞘だけではなく、剣にだってソレなりのダメージがあるだろう。
しかもマドリーンの場合はサイズが違うというよりも接続部分が一致していないようなモノなので、難易度はもっと高い。
……要するに、マドリーン本人に処置してどうにか、が出来ないんですのよね。
だからこそ、パートナーになってくれそうな魔物に頼るという選択肢になる。
教師なだけあってソレはもうわかっているのか、フランカ魔物教師は思案するように空を見た。
「……寄生、ねえ…………安全じゃないと駄目よね?」
「ソレはモチロン」
「なら一旦、ローザリンデに聞くと良いわ」
「ローザリンデ魔眼教師、ですの?」
「ええ。確か取り扱いに困ってる邪眼な魔眼があるってこないだ愚痴ってたから、良いんじゃない?」
ソレは良いのだろうか。
「ソレは良いのか?」
「良いと思うわよ?私はね」
スペースキーが代わりにツッコんでくれたが、フランカ魔物教師はそう言って微笑むだけだった。
彼女は魔物の生態などにしかキホン興味が無いので、ソレ以外に関してはいまいち掴みドコロが無い。
寧ろ今日は彼女が自分の研究室に居ただけ、そして意見が聞けただけラッキーだと思いながら、おぶっているマドリーンの体勢を少し整えつつお礼を言う。
「意見が聞けて助かりましたわ。では早速ローザリンデ魔眼教師のトコへ行こうと思うので、失礼いたしますわね」
「ええ、アナタなら大歓迎だから、またいらっしゃい」
フランカ魔物教師はニッコリと笑って言う。
「ま、私が居るコトはあんまり無いと思うけどね」
まったくだと思いつつ、彼女の研究室を去った。
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ローザリンデ魔眼教師の研究室で、用意された椅子に座り、一人で椅子に座り続けるコトが出来ないマドリーンを膝の上に座らせて腕で支えつつ事情を説明する。
「アッハハハハ!ソレでここまで来たの?」
そう笑うのは、ローザリンデ魔眼教師のパートナーであるリザレクションアンバーだ。
前回ここに訪れた時は丁度散歩の時間だったらしく不在だったのだが、今日はそうでは無いらしい。
見た目は琥珀色の蝶である彼女は、ヒラヒラとこちらの周りを飛ぶ。
「というか邪眼レベルってわかってるのに素直に来るって……もうちょっと警戒した方が良いわよ?アナタ達」
「うーん、ソレには僕も同意だネ。邪眼、もしくは邪眼と言っても良いような魔眼に悩まされている子が友人なら、その危険性はわかっているだろう?」
心配そうにそう言われ、珍しい教師らしさに少し驚く。
ここは反省すべきシーンなのだろうが、この学園の教師は研究者らしさが前面に出ているコトが殆どの為、こういうまともなコトを言うのは珍しい。
……いえ、別にトンチキなコトは言いませんけれどね。
寧ろ職務には真っ当なので普段からまともっちゃまともなのだ、狂人なだけで。
だがまあイリスやジェネヴィーヴが邪眼や魔眼に悩んでいた、というか多分現在進行形でも悩んでいるだろうコトを考えると、確かに軽率だったかもしれない。
「でもフランカ魔物教師のオススメなんですのよね」
「うんまあ、ソコだよネー。危険ってわかった上で教師が進めちゃったら同じ立場である僕が言っても説得力が、っていうネ」
担当教科と考えると説得力はあると思うのだが、言わないでおこう。
「……で、キミの方はどうなのかな?」
「…………?」
「そ、キミ」
手を膝の上に置きながらも己を指差したマドリーンに、ローザリンデ魔眼教師はニッコリと笑う。
「キミの要望に答えられそうな魔眼……というか、最早邪眼かな?そんな魔眼は確かに居るんだ。わかりやすく寄生の魔眼っていう名前でネ、肉体の支配権をほぼ完全に奪う」
「……私は、元々……自分の肉体を扱えていません」
体を支えられないのか、いつも通りの血色が悪い顔でこちらにもたれかかりながらマドリーンは言う。
「痛覚も微妙で、なのに少し怪我をしただけでも危なくて……だから、寧ろそっちの方が助かります」
「痛みは無くても、体内……内臓とかを弄られたりするよ?」
「私の消化器官とか……凄く弱いので、肉体を長く保たせようとしたら……多分、ソレは必須だと思います……」
「わたくしもソレには同意見ですわ」
「ワーオ」
自分達の言葉に、ローザリンデ魔眼教師は笑みを引き攣らせた。
「ソレ、つまりは早めにそのレベルでどうにかしないと生命的にもピンチってコト?」
「そうなりますわね」
「ウッワ……」
引き気味の声のリザレクションアンバーの言葉に素直に答えたら、完全に引いた声でそう言われてしまった。
けれど事実なので仕方が無い。
「うーん……まあ、結局は本人と本魔の問題なんだよネ、こういうのって」
困ったように頭を掻きつつそう言って、ローザリンデ魔眼教師は本物の魔眼が仕舞われている黒い箱に近付く。
「だから満足いく結果になるかは僕にもわかんないけど、まずは交渉から、だよネ」
そう言い、ローザリンデ魔眼教師は黒い箱のスイッチを押した。
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コレはその後の話になるが、マドリーンは寄生の魔眼と交渉を成功させ、左肩に寄生の魔眼を移植した。
流石邪眼扱いされるレベルの寄生の魔眼だけあり、あっという間に左肩から左胸に掛けて複数の紫の目が発生したが、本魔曰く全て同一である寄生の魔眼なので問題は無いらしい。
植物的に例えるなら定着する為の根のようなモノなのだとか。
この目は一気に全てを引っこ抜かないと寄生しっぱなしのうえ、全て同一だからこそ一つでも肉体に残っていたらソレ以外の目玉は消滅するらしい。
つまり寄生の魔眼の養殖をしようと企む悪党が寄ってきたりはしなさそうなのでソコは安心だ。
「おい、マドリーン!今から水飲むからな!その後はジャムパンと野菜のスープだが、まずは水だ!良いな!?」
「……ハイ」
そしてそんな寄生の魔眼だが、懸念に反してかなりのオカン気質だった。
というか最初はお前の体マジで乗っ取るぞというような脅しをしてきたのだが、マドリーンの存命の為の救命措置だと聞いてからオカン化したような気がする。
……いえまあ、最初から脅すようなカタチとはいえ忠告してくれてたコトからすると、相当まともな思考なんでしょうけれど。
現在も寄生の魔眼はマドリーンの肉体を操作し、予め動きをマドリーンに伝えるコトで噎せたりしないようにと気遣っている。
ちなみに寄生の魔眼の場合は思考や視界、言葉などは普通にマドリーンのままなので、寄生の魔眼自身の視界確保の為にとマドリーンの制服は左肩が露出したデザインになっている。
普通の寄生の魔眼なら体を操れるので自分の視界確保の為に服を破いたりするらしいのだが、マドリーンが女の子だからか、その辺りは先に説明してくれていた。
……お陰で制服変更が間に合ったので、良かったですわ。
「よし、じゃあまずは野菜のスープから行くぞ!温度は火傷しない程度だがソレなりに温めてもらったから驚くなよ?」
「ハイ……あの、でも、ジャムパンまでは……食べれないんじゃ……」
「だからって今のままの食生活じゃつく肉もつかねえだろうが!ほぼ骨と皮とか生きる気あんのかお前は!もっと健康的に太れ!せめて最低限!」
普段なら女子に太るという言葉は禁句だと主張したいトコロだが、マドリーンの場合は本気でその通りなので頷くしか出来ない。
せめて風が吹いて目を逸らした一瞬で姿を消してそうな儚さをマドリーンから退社させたい。
「だがまあお前の胃の容量じゃ無理だってのはわかってるから、ちょっと内臓の動きを変えておいた。コレで少なくとも昨日よりは食える!ハズだがお前の場合は今までよりも多いと内臓が驚く可能性があるから、無理だと思ったら無理せず残せ!」
「え、でも……勿体無くありませんか……?」
「無理して食った結果気持ち悪くなって吐く方が勿体ねえだろうが!ソレにパンは水吸うと膨らむから水とスープ飲んだ後だとそうも入らねえのはわかってる!残しても後で腹減った時に食えば良し!」
「これだけ食べたら、明日までお腹空かないと思いますが……」
「んなコト許すワケねえだろ食って栄養吸収したらソッコで出して腹空かせろ。俺は内臓だって操れるっつったろーが。消化早めて晩飯も食わせるに決まってんだろ馬鹿」
完全に保護者化している寄生の魔眼は早口でそう言い切った。
口は悪いがマドリーンの健康第一なのは良いコトだ。
扱いとしてはほぼ邪眼の位置らしいが、こうして見ていると完全に邪眼とは程遠く見える。
……まあ、魔眼も性格に個体差ありますものね。
「良いからスープ!スプーンで口ん中入れてタマネギとニンジンをキチンと咀嚼させてやる!舌噛まねえように注意!」
「は、ハイ……!」
この注意は、寄生の魔眼が操っていない部分は本体であるマドリーン自身で操れるからだろう。
だからこそ寄生の魔眼による自分の体の動きに戸惑って舌を動かし、うっかり舌を噛んだりしないようにという注意だ。
……本気で保護者というか、過保護というか……。
だが過保護なレベルじゃないとどうしようもないのも事実なので正直助かる。
「ホントは肉とかを食わせたいが、まずは固形物を噛むのに慣れさせて顎の筋力を作らねえとな……。だがもう少ししたらちゃんと肉食わせるからな!」
「ん、ん……」
キチンと具材を咀嚼してから飲み込んだマドリーンは、寄生の魔眼に言う。
「でも、私は前にお肉を食べようとしたら噛み切れませんでしたし、そもそも脂が駄目で……」
「だから今顎の筋肉も作ってんだろうが!俺が寄生するまで食事苦手だからって流動食とか食ってんじゃねえよ顎の筋肉生まれたての赤ん坊かお前は!
あと肉から出汁取ってる系の料理とかでゆっくり慣らしてからまずはミンチ系からスタートして肉系に慣れさせようとしてっから心配すんな!」
「ああ……ミンチって、柔らかいんですよね……?」
「そりゃ挽き肉だからな!そっからちゃんとゆっくり慣れさせて最終的にステーキとかも食えるような健康的かつ一般的な肉体にしてやるぜマドリーン!」
鋭い紫の目を笑みのカタチにしながらそう言う寄生の魔眼に、マドリーンは薄く微笑む。
「……ハイ、楽しみです……!」
自分の目で視ても、寄生の魔眼がマドリーンに移植されてしっかりと定着してからはマドリーンの肉体がどんどん元気になっているのがわかる。
ソレはゆっくりとした動きだが、今まで衰弱するかギリギリ維持かの二択だったマドリーンの肉体と考えると、かなりの進歩だ。
フランカ魔物教師は慧眼の持ち主だったんだろうかと思いつつ、マドリーンを支えてくれる寄生の魔眼の存在に胸を撫で下ろす。
在学中に死んでしまうのではと心配だったが、彼がマドリーンのパートナーとして同体である以上は、健康になっていくだけだろう。
マドリーン
桜どころか風が吹くだけでも消えてそうな儚さを感じる細さ。
ほぼ骨と皮だったが、寄生の魔眼のお陰でほんのりと肉がついてきた。
寄生の魔眼
かなりヤバめな邪眼、なので悪党のようでありながらも思考は真っ当。
邪眼の自覚があるので延命措置として選ばれたのには驚いたし、宿主予定であるマドリーンが本気で弱弱しさの擬人化みたいだったのでオカン化するしかなかった。