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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
二年生
60/300

後輩少年とギヤリング



 彼の話をしよう。

 今年入学したばかりで、機械が好きで、けれど機械弄りが下手な。

 これは、そんな彼の物語。





 ラザールパティシエから大量のカヌレをいただいたのでフェリシア機械教師の研究室に行くと、セリーナとレンカと、もう一人新顔が増えていた。



「あら、一年生ですの?」


「は、ハイ!」


「あ、別に緊張とかしなくて大丈夫ですわ。わたくしこの部屋には見学に来てるだけですもの」



 そう言うと、白と赤をメインにした一年生の制服を着た少年は安心したように背筋に入れた力を抜いた。

 ソレに対しそうも緊張するような瞬間だっただろうかと思っていると、カメラを組み立てている最中だったらしいセリーナがこちらを向いた。



「ジョゼ、またナニか差し入れを持って来てくれたのかい?」


「そういえば甘い匂いがするわね」



 その隣で少年が想像するような「さいきょうにかっこういいカメラ」のようなモノを組み立てていたレンカもこちらに視線を向ける。

 この二人は基本的に仲が良いし息も合うのだが、意見が衝突しがちなのが心配なのだ。


 ……最近は消音ハリネズミがブレーキ役になってくれているので、多少心配は減りましたけれど。


 だがやはり心配は心配なので、こうして様子を見に来てしまう。

 スイーツ系を貰うとここに来るコトが多いのはレンカが甘党なのもそうだし糖分を欲してそうなのもそうだが、ソレ以上に様子見と、言い争いをしていた時にスイーツがあれば止めるコトが出来るからでもある。


 ……まあ、わたくしが気にするのは我ながらオカシイ気もしますけれどね!


 何故自分は同学年の友人達の様子を母目線で心配しなくてはいけないのだろうか。

 頭の端でそう考えつつ、二人の言葉に頷く。



「ええ、ラザールパティシエが試食して欲しいと言って大量のカヌレを渡してくださいましたの」


「やった!」



 そう言って明るい笑顔になるレンカを見ると、やはり甘いモノを多く貰った時はここに差し入れようという気持ちになる。



「様々な種類の味にしてみたそうなので、それぞれを食べて味の感想を聞かせて欲しいそうですわ」


「へえ、ソレは楽しみだ」


「つまり結構な数食べれるってコトよね!?よっしゃ!」


「他のヤツの分まで食うんじゃねぇぞ?」



 全力でガッツポーズするレンカに消音ハリネズミと苦笑しつつ、どうしたら良いのかわからないとでも言うように視線をうろうろさせている一年生の前に行き、カヌレを見せる。



「アナタはどうですの?甘いモノは平気?」



 話しかけると、一年生は驚いたように目をパチクリとさせ、キョロキョロと周囲を見渡してその赤みのある茶髪を揺らした。



「え、えっと、僕も良いんですか?」


「?モチロン」


「当然だ」



 モチロンと頷くと、同意見なのかセリーナも頷いた。



「カイは私達の後輩だし、同じく機械を愛する者。ソコに優先云々の差なんて無いさ。というかそもそも学年が違ってもこの学園において生徒は基本的に平等だから、そう畏まる必要は無いよ」


「そうそう、下手に畏まると一つも食べれずに私のモノになっちゃうわよ?」


「レンカ、お前が言うとシャレになんねぇっての」


「まったくですわ」



 うんうんと頷くと、一年生は安心したように表情を緩ませた。



「ハイ、じゃあ、ありがたくいただきます!」


「ええ、そうしてくださいな。……カイ、で良いんですのよね?」


「あ、すみません!そうですカイです!」



 名乗っていないのに気付いたのか慌ててそう言ったカイに、思わず笑みが零れる。

 まともそうな子はソレだけで自分の中での初期好感度が高いので、是非このまままともに育って欲しい。



「わたくしはジョゼフィーヌですわ。機械が好きかと言われると微妙ですけれど、この二人が言い争いをするコトが多いから様子見として顔を出すコトが多いんですの」


「あー……」



 まだこの研究室に顔を出すようになったばかりなのだろうが、カイは既にソレを目撃したのか、一年生には似合わない遠い目になってしまった。



「……そんな反応をされる程酷くは無いと思うんだけど」


「うん、ちょっと頭に血が上ったり興奮したりして口調は強くなっちゃうけど、あくまで意見の言い合いってだけのハズよ?」


「いやぁ、お前らのアレはオイラもドン引きするくらいにはヤベェと思う」


「しょ、正直、凄く怖い……です……!」



 両方のパートナーからの意見により、自覚がいまいち無かったらしい二人はヤッベと言うような表情で汗を垂らしながら顔を逸らした。

 コレも喧嘩する程仲が良いの一種なのだろうかと考えつつ、衝動的なモノなので改善はされないのだろうなとも思う。



「……ま、その言い争いが後を引かなくて、結果的に良いモノが作れるんなら戦争よりはまだマシとでも思いましょう」


「ですね……」


「……カイ、コレから巻き込まれるコトもあるかも知れないので助言しておきますけれど、基本的に言い争いの最中に意見を求められたら「よくわからないです」で押し通しなさい」


「え?」



 カイはキョトンとしているが、コレは重要なコトだ。

 わかりやすく言うなら同じジャンルを愛するオタク同士であっても好きな部分が違い、けれど自分の好きを優先しようとした結果言い争いが起きるようなモノ。

 同じ作品が好きでもバトルシーンが好きなオタクとヒトとヒトの関係性部分が好きなオタクとではそもそも見ている部分が違ったりする。


 ……そういうのって結局根元が違うせいで結論もあやふやにしかなりませんから、無視するのが最善なんですのよね。



「言い争いしてる彼女達に自分の意見を言うと泥沼化しますし、片方の味方になっても文句言われるわ意見求められるわで面倒ですし、トンチンカンなコト言うと急にタッグ組んで矛盾点を論破しにきてとにかく面倒ですから」


「……実体験ですか?」


「わたくしは二人の仲裁をするのは早々に諦めて言い争いをスルーしつつ甘いモノで釣るという手段に移行しましたわ」



 ジットリとした目で二人を見れば、二人は自分と目を合わせないように必死で視線を逸らしていた。



「……ま、今は言い争っていないようなので構いませんわ。ホラ、カヌレの試食しますわよ」


「そうね!」



 甘党のレンカが一瞬で釣れた。

 さっきまでの態度はナンだったんだというか、ソレで良いのかというか、甘味に負ける程度の気まずさしか抱いていなかったのかとか言いたいコトは沢山あるが、いちいち指摘するのも面倒なので考えないで置こう。



「ところで消音ハリネズミとモクモクラウドの分もありますけれど、どうしますの?」


「ぼ、僕達の分まであるって、ホントに多いですね……」


「あ、オイラは食うぜ。ただその量は流石に食えねぇから、ちょっと食ってはレンカにやると思うけどなぁ」


「バッチ来い」



 消音ハリネズミに対してキラキラな瞳でそう言い切ったレンカは実に頼もしかった。



「僕の場合は……その、湿気が主食なので……水なら飲めますけど、固形物は、ちょっと……」


「なら私が貰っても良いかな?」


「は、ハイ、モチロン……」


「ありがとう」



 モクモクラウドがそう言うと、セリーナは微笑みを浮かべながらモクモクラウドを猫にするようにコショコショと撫でた。

 二組のパートナー持ちは随分と仲が良いようで、砂糖を吐きそうだ。


 ……いえ、他のパートナー持ちとかもっと砂糖吐きそうな甘さの時があるからこの程度はまだセーフ!耐えられるレベルですわ!


 我ながら完全に独り身人生を満喫している気がする。





 極東の抹茶なども練り込まれていたりとホントにバリエーション豊かだったカヌレが半分くらい無くなってから、ふと気になったコトをカイに聞く。



「そういえばカイも機械が好きなんですの?」


「機械好き専用室のようなここに来るんだからそうだろう」


「いやセリーナに聞いたワケじゃありませんのよー?」



 当然のようにそう答えたセリーナに笑顔で返すと、カイは苦笑しながら口を開く。



「まあ、好きなのは事実です。歯車とか、細かい部品が積み重なって、その結果動くモノが生まれるなんて凄いなあ……と昔思って、ソレ以来憧れなんです」


「ああ……ソレはわからなくもありませんわね」



 異世界である地球でも中々に凄い機械が沢山あるようだし、そう考えると確かに凄い。

 遠くに居るヒトと交流出来たり、即座に調べるコトが出来たり、長距離を短時間で移動出来たリとその幅も凄まじい。

 そう頷きつつ、既に自分の分と消音ハリネズミが残した分を食べきったのに物足りないという様子でこちらの皿の上を見るレンカに皿ごと渡す。



「ありがとうジョゼ!愛してるわ!」


「その言葉は消音ハリネズミと機械にだけ捧げなさいな。どういたしまして」



 コレでは試食の役目を全う出来ていないような気もするが、こちらの胃は充分満足しているので良いだろう。



「……でも」



 そのやり取りにクスクス笑っていたカイだったが、すぐにその顔を曇らせた。



「でも、僕は機械弄りの才能が無いというか……憧れてはいるんですけど、センスが無いみたいで、凄く機械弄りが下手なんですよね」


「下手?」


「目の前でセリーナ先輩が分解した時計を組み立て直した結果、分解し直しても再び動くコトは無いだろうナニカが誕生しました」


「ああ、アレは……うん、酷かったね」



 思い出したのかセリーナは己を抱きながらブルリと振るえ、そっとモクモクラウドに身を寄せる。



「見た目も中身もよくわからないナニカになってたし、言語がもう……聞こえる声は歪だし言葉は最早奇声か悲鳴のようだったし、キメロモギャピゲみたいな奇声の後に発狂したような悲鳴、時々混ざる「壊してくれ」という懇願には涙が出たよ」


「セリーナを泣かせるって相当ですわよ、ソレ……」


「我ながら相当だったんです……」



 思わずドン引きした目でカイを見ると、カイは縮こまりながらそう言った。

 しかしホントにヤバイモノを誕生させている。

 セリーナは結構淡々としているというか、普段使用される気遣いの殆どが機械に注がれているのだ。

 そして他の殆どのヒトには聞こえない機械の言葉が聞こえるからか、ヒトとの会話やヒトの声よりも機械との会話や機械の声の方に対応するコトが多い。


 ……結果、目の前のヒトを無視してナニも居ないように見える場所に話し掛ける図になるんですのよね。


 この学園ではよくある光景なので普通にスルーされるが、学園以外の場所では相当の奇行扱いをされそうだ。

 まあこの学園の生徒は殆どそんなモノだし、アンノウンワールドの住人自体狂人だらけなので今更だが。

 もっとも、だからこそ正気を失った歪な機械に涙したのだろうけれど。


 ……正気を失った機械とかもう言語がまともじゃありませんわね。



「なので、今はまず見学させてもらってるんです。動きや手順を覚えないとどうにもならないので」



 苦笑しながらカイはそう言い、カヌレを口に放り込んだ。



「確かに、ソレを覚えるのは大事ですわよね。料理とかでも適当に見様見真似とカンでやるとヘドロが出来るそうですし、大事なコトですわ」



 見様見真似自体は良いのだが、初心者は手順や下準備がわからないコトが多いので、ソレは大事だ。

 例えるならカレー作る時に皮むきを知らないようなモノ。

 ならばキチンと一から見て学ぶべきだろう。



「まあ、カイは私達と同じように機械への愛があるから大丈夫さ。……才能はちょっとアレだけど……」


「ウグッ」



 セリーナは薄く微笑みながらカイを励ましていたが、小声で言った最後の一言が思いっきりカイに刺さっていた。

 アレは痛い。



「というか機械に興味があるのは事実でしょ?あの先生が入学したばっかのカイにこの部屋教えたくらいなんだから。入学早々でここ入る許可貰えるってんなら相当も相当よ」


「え、そんなに早かったんですの?」



 自分がこの研究室に来るようになったのは他の教師からのお使いで来たら二人が言い争っていて、ソレから心配でフェリシア機械教師の許可を得て来るようになっただけだ。

 つまり自分は特例であり、基本的には機械に興味が強そうな生徒をフェリシア機械教師が気に入り、研究室を好きに使っても良い、という許可があって入れる場所である。

 ただフェリシア機械教師が教師になったのは三年前だそうで、ホントに最近だ。

 なので今のトコロここを頻繁に利用しているのはフェリシア機械教師本人とセリーナとレンカくらいしか居ない。


 ……いえまあ、本来はフェリシア機械教師が一人で使用する場所なんですけれどね。


 だがソレはともかく、入学して早々ならカイはもう少し早くにこの研究室に顔を出せたハズだ。

 しかし現在はもう次の学年に進学する時期が大分近付いて来ている。

 ソレに首を傾げていると、カイは恥ずかしそうに頬を掻いた。



「その、確かにそうなんですが……上級生ばかりなのでは、レベルの高い会話が繰り広げられてるのでは、とか考えて、中々入るコトが出来なくて。こないだようやく一歩が踏み出せたんですよ」


「そんなにも頑張って覚悟を決めたのに、中に居たのはまだ二年生でどっちかが譲歩しない限り答えが出ないような意味の無い言い争いをする機械バカの二人でしたのね……」


「ジョゼ、ナンだか毒が強くないかい?」


「怒ってるの?仕方ないわね、カヌレあげるわ」


「いやソレわたくしがあげたカヌレですし最後の一つだし食べ掛けだしで普通に結構ですわ」


「そ?」



 レンカはそのまま最後の一口をパクリと食べた。

 ナンと言うかこの二人は機械に対する感心が強過ぎて他を疎かにする部分があるのが欠点なのだ。

 機械に関するコトならホントに優秀だし実際優秀な成績なのだが、機械が関係無いと結構なボケボケである。



「……ま、彼女達は人間的には見習わない方が良いですけれど、機械に関する技術が優れているのは事実ですわ。しっかりと学びなさいな」


「ハイ!」



 カイの頭を撫でながらそう言えば、カイは笑顔で良い返事を返してくれた。



「……モクモクラウド、私はそんなにも人間的に駄目なのかな」


「だ、駄目じゃな……ない、ないです、よ?多分……えっと、ちょ、ちょっとアレなだけです……!」


「駄目なんじゃないか」


「ジョゼによって後輩に酷いコトを吹き込まれたわ。慰めてちょうだい」


「いやぁ、コレに関してはオイラ、ジョゼフィーヌに味方するけどなぁ。お前はもうちょい加減を覚えた方が良いと思うぜ?ま、出来るんなら山奥に住んじゃいねぇだろうけどよぉ」


「山奥に追いやられたのは父であって私じゃないわよ!」



 横ではそんな会話が聞こえたが、よくあるコトなのでスルーした。





 数日後、感想のお礼にというコトでラザールパティシエからフロランタンを渡された。

 コレは普通にお礼のお菓子だそうで、その証拠に一口サイズが人数分のみである。


 ……試食の時、量が多めですものね。


 そう考えつつフェリシア機械教師の研究室をノックする。

 すぐに中からカイの声で返事が返ってきたので、室内へと入った。



「ハァイ、カイ。一人なんですの?」


「そうなんです」



 扉をノックする前は難しい顔で目の前にあるオルゴールと睨めっこをしていたカイが()えたが、今のカイは困ったようにヘラリとした笑みを浮かべていた。



「……ソレ、オルゴールですわよね。さっき険しい顔してましたけれど、ソレがどうかしましたの?」


「え?……あ、そっか、ジョゼフィーヌ先輩って透視出来るんでしたね」


「ええ」



 ニッコリと笑って頷けば、カイは照れ臭そうに笑った。



「実はコレ、実家のなんです。祖母が大事にしてたオルゴールなんですけど、祖母が亡くなってから鳴らなくなって。で、ここでなら直せるんじゃないかと思って持って来てたんですけど、ドコをどうすれば良いのかもサッパリわからず……」


「あー……」



 恐らく助言を貰えればとここに来たのだろうが、誰も居なかった。

 そして折角来たのだからと確認だけしようとしたが、まだどう確認すれば良いかもわからないレベルで頭を抱えるしかなかった、と。



「というかそもそもこのオルゴール、壊れてたらしいんですよ。ソレが急に動き始めたらしくて、祖母がとても大事にしていて……時々鳴らなくなるのに、祖母がこのオルゴールを拭いたりするとすぐまた鳴り始めたりしたそうで」


「カイのおばあ様って混血でしたの?ソレとも魔物?」


「生粋の人間ですよ。というか僕は混血じゃないですし」


「ああ、そうでしたわね」



 この学園だと、というか現代だと魔物との混血が多いので混乱してしまう。

 セリーナという機械と会話が出来る混血という例も居るので、そういう系かと思ってしまった。



「でも不思議ですわね」


「ハイ、ホントにどうして鳴らなくなるのか……」


「いえそっちじゃなく、鳴るのが」


「え?ああ、そうですね。よくよく考えたら祖母がお世話する時だけ鳴るっていうのが」


「ではなくて」



 自分はこの目で()えたオルゴール内部の状態についてを告げる。



「このオルゴール、そもそも鳴るような作りになってませんわ」


「……エ?」


「いやだから、鳴るハズが無い作りになってますわよコレ」


「もう一回」


「透視した結果普通のオルゴールとは明らかに構造が違っていて到底音楽を鳴らすコトが出来るような作りではありませんわ」


「ワンモア」


「耳引っ張ってもっと音を拾いやすくされたいんですの?」


「ごめんなさい」



 信じがたい事実だったのかカイは少々しつこかったが、軽く叱ればすぐに頭を下げてくれた。


 ……まさか、本気とは思われてませんわよね?


 剣術授業の際のバーサーカーモードを見られていたら本気で受け取られそうな気はするが、きっとソレは無いハズだ。

 実際カイの表情筋を()ても引き攣っている様子は無いので、ただの悪ノリだったらしい。



「まあ、だから不思議なんですのよね。鳴るハズが無いオルゴールが何故鳴ったのか、が」


「確かに……」


「そんなもの、わたくしの能力に決まっているでしょう?」



 聞こえた声に二人で顔を見合わせる。

 今のは自分の口調と似ているが、完全に違う声だった。

 つまり自分では無く、しかしカイの声でも無い。

 どういうコトだと思っていると、次の瞬間、オルゴールの中から()()()()()ようにして、小さな歯車が出てきた。



「あー、外って感じですわ!でも数十年程オルゴールの中に居たせいで逆に違和感に感じちゃうわね」



 宙に浮いてクルクル回りながら楽しげにそう言うのは、歯車だった。

 だが、オカシイ。

 恐らく魔物だというのに、魔力が()えない。



「……ナニモノですの?」


「あら、わたくし?そんなもの見ればすぐに……ああ、そうでしたわ。しばらくオルゴールの中でゆっくりしたいからと思って反転させたんでしたわね」


「反転?」



 そう首を傾げた瞬間、歯車がぐるんと一回転する。

 ソレと同時に、つい先程までまったく感じられなかった魔力、そして魔物の気配が()えるようになった。



「……魔物、ですわね?」


「ええ、そうですわよ!オンリーギアという魔物を聞いたコト、無いんですの?」


「オンリーギア?」



 聞き覚えが無いのか、カイはそう復唱しながら眉を顰めた。

 だが、自分はオンリーギアを知っている。



「成る程、確かオンリーギアは反転させるという、無機物系でありながら概念系でもある魔物……。ソレで「魔物の気配がある」から「魔物の気配は無い」に反転させたんですのね?」


「あら、随分と察しが良い方ですのね?その通りですわ」


「………………」


「あ、えーと」



 とても困った表情のカイにどういうコトだという目で見つめられたので、慌てて説明を始める。



「オンリーギアというのは見ての通り歯車の魔物でして、反転させるという能力があるんですの。またこの能力がめちゃくちゃ強力で、概念や事象なども反転させれるんですのよね」


「?」


「えーっと……気温が暑いという事実があるとしますわよね?でもオンリーギアがソレを反転させると「気温が暑い」から「気温が涼しい」に出来るんですのよ」


「……?」


「あー……要するに水を水ではないモノに変換するコトが出来るってコトですわ」


「成る程」



 いまいち理解させれた気がしないが、概念系の魔物は説明がしにくいのがデフォルトなので我ながら結構頑張ったと思う。

 まあ要するに「黒い」から「白い」に出来るというレベルでは無く、「黒い」から「ソレ以外の色」に出来るというレベルで強力な反転能力だというコトが伝われば良い。


 ……伝わってない気がしますわねー。



「要するにこういうコトですわ」



 どうしたものかと思っていると、オンリーギアはこちらの手元にあるフロランタンの近くでクルンと回る。

 ソレと同時に、四つあったフロランタンが一瞬にして二十個に増えた。



「この通り、「四つしかないフロランタン」だから「二十個あるフロランタン」に反転させるコトが出来ますの」


「え、凄い……でもコレ、世界の法則とか狂いませんか?」


「あらそんなモノ、「世界の法則が狂う」から「世界の法則は狂わない」に反転させるくらいは出来ますのよ?」


「凄……」



 ポカンとしているカイに苦笑しつつ、増えたフロランタンをテーブルに置いてから手を叩いて話を戻す。



「まあソレはさておき、今重要なのはどうしてこのオルゴールの中から出てきたのか、ですけれど」



 オルゴールから出てくる時に擦り抜けるようにして出てきたのは「オルゴールという壁がある」から「そんな壁は無い」にしたのだろうが、そもそも何故オルゴールの中に居たのだろうか。



「あ、そういえばそうでした!何十年もオルゴールの中に居たって言ってましたし、鳴らないハズのオルゴールが何故鳴るのかという話をしていたら自分がやったとも……ソレも反転の能力ですか?」


「まあそうですわね」



 カイの問いに、オンリーギアはさらっと返す。



「オルゴールの中に居たのは反転の能力で入り込んだのと、当時この能力目当てで変なのに狙われていたのが煩わしかったのでとりあえずの避難所にしたの。だから中に居たんですのよ」


「……長年オルゴールの中に居たというのは、その人間が死ぬまで、と?」


「ええ。まあその変なのが死んだのが三十年程前なのはオルゴールの中に潜んでいるわたくしには「わからない」からこそ「わかった」のだけれど……まあ、わざわざ外に出るのも面倒だったので、そのまま」



 寒いし眠いし面倒臭いからという理由で布団から出ないヒトのようだ。



「ではオルゴールをわざわざ鳴らしてくれたのは、何故ですか?」


「……わたくし、非情ではありませんもの」


「どういうコトですの?」


「その子……ああ、祖母と言った方がわかりやすいかもしれませんわね。とにかくその祖母が若い頃、モテる男に恋をしたそうで。けれど告白する勇気が無いので、もしこの鳴らないオルゴールを動かして音が鳴ったら告白する!とかいうおまじないをされたんですのよ」



 オンリーギアの声は溜め息混じりだ。



「ソレで、恋の後押しをしようと鳴らしたんですの?」


「いえ、そういう意図はありませんでしたわ。ただコレで鳴らなかった結果八つ当たりで壊されるか捨てられるかする可能性があると思い、鳴らしたんですのよ」


「祖母はそういうコトをするようなヒトではありませんが……」


「寝起きでしたもの。焦って判断間違えましたわ」



 成る程、数十年ただオルゴールの中に潜んでいただけかと思っていたが、他の無機物系魔物のように眠っていたらしい。



「まあそういうワケでちょいちょいあの祖母に願掛けをされていたので、その度に鳴らせてたのよ」


「あ、アレそういうコトだったんですね!?」



 カイの祖母が拭いたりすると鳴るというのは、拭く度にカイの祖母が願掛けをしていたからだったらしい。

 というか毎回ソレに答えるオンリーギアも律儀だと思う。



「けれど、ソレでも今まで姿を現したりはしなかったのでしょう?」



 不思議に思い、オンリーギアに問い掛ける。



「どうして今回は出てきたんですの?」


「その子の機械オンチっぷりは時々見てたから知ってますわ。で、とうとうこのオルゴールまで壊しかねないんじゃって思ったらもう出るしかありませんでしたの。オルゴールの部品の一つの振りしてたら一緒に修繕不可能レベルまで壊される可能性がありましたし」


「………………」



 数十年居留守を使用してきたとも言えるオンリーギアが姿を現すレベルの破壊力を有していると言われたのが恥ずかしかったのか、カイは赤くなった顔を手で覆った。



「で、アナタ。カイ。ちょっと聞きたいんですけれど」


「ナンですか……?」



 カイは羞恥で涙目になりながら顔を上げた。



「機械を弄れるように、というか……ええ、オブラートに包んで言うとアナタは機械オンチなワケですが、ソレをどうにか改善したいとは思ってますの?」


「思ってます……というかオブラートに包んでもそのレベルなんですか!?」


「暴言は我慢しましたわ」


「我慢するレベル……!?」



 絶句したカイにドンマイという気持ちを込めて、その背中を軽くポンポンと撫でる。

 言葉をオブラートに包んでくれただけオンリーギアも良い魔物だ。


 ……セリーナの話からすると、機械オンチとかいうレベルじゃ済みませんものね。



「まあ思っているのなら重畳ですわね。では失礼」


「エ?……エッ!?」



 オンリーギアがカイの手に近付いたかと思うと、気付けばカイが左手の親指に嵌めていた指輪、の装飾の中にオンリーギアが入っていた。

 あの指輪は大人用なのかサイズが少々大きく、ゆえにカイは親指に嵌めている。

 そして装飾部分には丸く削られた宝石が嵌め込まれていたのだが、その宝石の中にオンリーギアが入っていた。


 ……多分、「入るコトが出来ない」から「入るコトが出来た」んでしょうけれど……。


 サイズがピッタリ過ぎて、ナンだか最初から歯車が入ったデザインだったように見えてしまう。



「ちょ、えっ!?どういうコトですかコレ!?この指輪父から入学祝いで貰った……エッ!?」


「そう騒がないでくださいます?説明くらいならしますから落ち着いてくださいな」



 混乱しているカイに対し、オンリーギアは溜め息混じりにそう言った。



「まず第一に、わたくしはオルゴールという場所に飽きていた。第二にさっき出た時、外の感覚に違和感を覚えた。第三に、だからわたくしはまたナニかに入りたかった。

第四にアナタはオルゴールを直したい。第五にアナタは機械オンチとサヨナラをしたい。第六にわたくしは反転させる能力を有している。

第七にわたくしの能力で反転しても永続性は無い。第八に、そばに居れば再び反転させるコトが出来る。第九、アナタは丁度わたくしが住めそうな指輪をつけていた。

最後に第十、以上のコトから、わたくしがアナタの指輪に入ってアナタの機械オンチをカバーしてさしあげるので、ここに住まわせてくださいまし」



 ナンだかとっても長かったが、つまりはこうだ。



「要するに、機械オンチをどうにかしてあげるから指輪に住ませろと」


「まあそうなりますわね。もっともわたくしが出ようとしない限り壊しでもしないと出るコトは無いので、実質イエスの選択肢しかありませんけれど」


「ソレ、選択肢とは言わないのではないでしょうか」


「あら、望みがあるなら絶対に叶えるというのがわたくしのポリシーなんですのよ?別に価値観を反転させたワケじゃないんですから、そんなジットリした目で見られる謂れはありませんわ」


「ジョゼ先輩!このオンリーギアは害魔ではないんですよね!?」


「価値観を反転とかさせると害魔認定されますけれど、ソレやると害魔認定されて処分されるのがわかってるからやった個体はいませんわねー」



 というかやむを得ない特性などで害魔認定された魔物はともかく、基本的に魔物は賢いのだ。

 ある程度の知能を有していれば害魔認定をされようなどは思わないので、やむを得ず害魔認定をされた魔物を除いた害魔の殆どは知能が低い。

 要するに彼女は害魔になる程おつむが弱くは無い。



「ソレに、アナタにも良い案だと思いますわよ?」


「良い案?」


「ええ」



 ニッコリと微笑んでいるかのような声色で、指輪に入ったオンリーギアは言う。



「だってわたくしの反転能力があれば、アナタは「機械弄りが下手」だから「機械弄りが上手」になれるんですのよ?」


「………………永続性が無いというのは」


「「火傷をしていない」から「火傷をする」と反転させて火傷を負わせても、永続的に火傷を負うワケではありませんわ。ソコで反転は終わっていますし、治癒能力にはナニもしてませんもの。普通に火傷として治るわ」


「えーと、要するに上手になったとしてもクセとかで戻す可能性があるというコトですわ。火傷は治るモノですし、クセだってそう簡単には矯正出来ない。そういうコトですの」


「そうそう、そういうコトですわ」



 自分とオンリーギアの説明が難しかったのかカイは目元を揉んでいたが、深く息を吐いてソレを止め、手を掲げて指輪の中に入っているオンリーギアを見つめた。



「……その指輪の中に住むのを許可すれば、この機械オンチを直してくれるんですね?」


「許可というか、住むのは決定事項ですけれど……まあそうですわ」


「では、お願いします」


「ええ、ヨロシクお願いしますわね」



 カイは指輪に入ったオンリーギアに、ペコリと頭を下げる。

 ソレに対し、オンリーギアも朗らかな声でそう返した。



「……意外ですわね」


「ナニがですか?」



 首を傾げたカイに、言う。



「カイなら自力で克服するのを目指すとか言いそうでしたのに」



 そう言うと、カイは遠い目になってどこか遠くを見始めた。



「…………もう、機械をよくわからないナニかにするのも、機械に悲鳴を上げさせるのもイヤなので……」



 どうやらセリーナによって知った、己が手を出した結果の機械の末路が相当心に傷を残していたらしい。

 オンリーギアが姿を現すレベルだったというのもまたダメージが大きかったのだろう。

 確かに機械からすると元の姿からかけ離れた絶望しかない化け物に無理矢理姿を変えさせてくる研究者みたいにしか見えないだろうから、機械の安寧の為と考えると正解かもしれない。


 ……機械の安寧って、我ながら意味わかんない言葉ですわね……。





 コレはその後の話になるが、オンリーギアはリングの中に入ったからと自分の種族名をギヤリングに改めた。

 人間的な感覚で言うと転職に近い感覚だから、書類表記で図書店員から飲食店員になるようなレベルのモノらしい。

 さておき、最初はギヤリングによるゴリ押しだったものの、カイは結構順応が早いのか、すぐにギヤリングの存在に慣れていた。



「ああ、こうして機械を普通に弄れる日が来るとは……というか思っているままに手と工具を動かしているのはそのままなハズなのに、何故前はあのような物体が出来たのでしょうか」


「機械オンチだったからだと思いますわ。あと正確には今現在も機械オンチのままよ」


「ソレを言わないでください、ギヤリング……その情報は脳内から削除してるんですから」


「事実は事実として受け止めておいた方が良いと思いますわよ?」



 ガチャガチャとカメラを弄りながら、カイとギヤリングはそんな会話をしている。



「いや、けれどギヤリングのお陰でカイが機械弄り出来るようになったのは私達としてもありがたいよ。もう悲鳴を上げる機械の声を聞かなくて良いと思うと、本当に……ウッ」


「せ、セリーナ、僕が涙を吸収しますから……」


「ああ、ありがとうモクモクラウド……!」



 セリーナもカイの機械オンチによって大分メンタルがアレだったらしく、モクモクラウドに顔を埋めて涙を拭っていた。

 ソレでも普通に後輩として扱っていた辺り、情に厚いんですのよね。


 ……ただ普段が機械に夢中過ぎるだけで。



「でもカイに頼れるようになったのは助かるわよね。カメラをまず小型化しようと思ってたけど、色々と難しくて難航してたもの。人手があるのは助かるわ。ジョゼは見てるだけだし」


「元となるアイデアの出所だってコト忘れないで欲しいですわね」


「あ、そういやそうね」



 表情からするとどうやら本気で忘れていたらしい。

 レンカは相変わらず甘味と機械に意識の九割を使用しているようだ。



「……ところでちょっと、この部分が難しいんだけど。レンズを小型化とかは良いんだけど、カメラのレンズにする為のガラスが問題なのよね。自分達で作るっていうのもアリだけど、このガラスの角度とかギヤリングの能力でナンとかならない?」


「あら、そんなの簡単ですわよ?「角度が無い」から「角度がある」レンズになりますわ」


「アッなった!平面なのに凸レンズになってる!ありがとうギヤリング!よし、じゃあ後は目の部分よね。レンズもそうだけど拡大や縮小が出来るように……」


「根詰めすぎんなよぉ?」


「ええ、大丈夫よ消音ハリネズミ。今私、とってもハイになってるし!」



 レンカの発言は確実にアウトだと思うが、止めても止まらないだろうから気が済むか限界が来るまで放置した方が良いだろう。

 しかしカイもレンカもカメラ機能のあるカラクリ人形制作に精を出しているし、さっきまで涙目だったセリーナも作業を再開してしまってとても暇だ。

 けれど今日はフェリシア機械教師にそろそろ誰か倒れそうだから、倒れそうになってたら倒れる前に休ませてあげて欲しいと頼まれているので、見張り役としてここに居なくては。


 ……わたくしの目なら読みながらでも見張りが可能ですし、時間潰しに本とか持って来るべきでしたわね。



「……そういえばギヤリング」


「あら、どうしましたの?カイ」


「いえ、気になったんですが」



 手は動かしたまま、カイが言う。



「ギヤリングってお淑やかな口調ですよね。昔は貴族の家にあった歯車だったりするんですか?」


「うーん、そういうワケではありませんけれど……わたくしってホラ、見た目が無骨でしょう?」


「……僕からするとロマンがある姿で素敵だと思いますが、まあ一般の方が見たら無骨と感じるかもしれませんね。歯車ですし」


「だからこそわたくしはわたくしらしく、この口調なんですのよ。無骨だからこそ淑やかに。矛盾でしかありませんけれど、反転させるわたくしにとっては矛盾なんて当然のように身につけているアクセサリーのようなモノ」



 そう言って、ふふ、とギヤリングは微笑んでいるような声で言う。



「矛盾を実現させるコトが出来るからこそ、この口調なのですわ。「見た目に華やかさが無い」から「口調に華やかさがある」という感じですわね」


「はあ……」



 手を動かしながら、カイは腑に落ちないとでも言うように首を傾げた。

 そして左手の動きを少し緩め、親指に嵌めている指輪、の中のギヤリングを見る。



「……僕からすると、今のギヤリングは宝石の中で歯車として主張していて、歯車らしさを損なわないまま見た目まで華やかになっていると思いますが」


「………………い、今のは結構キましたわ……!」


「え?」



 カイはキョトンとしているが、ギヤリングは顔があったら真っ赤になっていただろう声色をしていた。

 アレは照れを感じている声だろう。


 ……まあカイは無意識で言ったようですけれど。


 だがここには他のヒトが居る場なので、ソッコで他二人とアイコンタクトを交わす。



「今の口説き文句でしたわよね」


「最高にね」


「アレは何十年も生きてきた歯車でも落ちるわー」


「ナンというか、微笑ましいというか」


「正直ちょっとからかいたいけれど、今の年頃でからかうとムキになる子も居るから……」


「じゃ、勝手にニヤニヤしてましょ」



 そんな会話をアイコンタクトで行い、三人でカイとギヤリングの方に視線を向けながらニヨニヨして、一人と一つを生温い目で見守るコトにした。




カイ

ナニを作ってもダークマターにする料理オンチのように、ナニを作ろうとしてもよくわからないナニカにしてしまう機械オンチ。

セリーナからすれば友人を化け物モドキに改悪するマッドサイエンティストにしか見えなかっただろうにちゃんと後輩として親切にしてくれていたので、彼女には正直頭が上がらない。


ギヤリング

元はオンリーギアだが、同族も大体違うナニかに入ったりして名称を変えているので実はオンリーギアという種族はかなり減っていたりするが根本的には減ってなくて専門家はうーんってなってる。

概念や事象などまで反転させるコトが出来る反転能力を有しているが、欲が強い人間に利用されそうになっても「欲が強い」から「欲が無い」にしているので害魔になるコトは無い。


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