片目少年とリザードアイボール
彼の話をしよう。
片目を無くし、もう片目も視力が弱いが、それでも学ぼうとする。
これは、そんな彼の物語。
・
いつも通りヒトが少ない図書室で本の山を作って黙々と図鑑を読んでいると、マナーを守った小さな声で名を呼ばれた。
「ねえ、ジョゼフィーヌ。ちょっと良いかな?」
「アーロ」
呼んだのは、同級生のアーロだった。
ピンク色の髪で、右目を長く伸ばした前髪で隠している男子。
腕に一冊の本を抱いたアーロは前髪に隠れていない左目を、困ったような笑みのカタチに変化させる。
「本を探すの、手伝ってもらえないかな?」
「あら……」
本を探すのは、ついこの間も手伝った。
……一人では、探すのに手間が掛かりますものね。
本人から聞いた話では、アーロは幼少期に高熱を出し、その結果右目を摘出するコトになったらしい。
長い前髪で隠れているその右目部分には、眼孔しかないと言っていた。
一方残っている左目だが、こちらも高熱の後遺症で視力が弱く、最近ではより一層弱くなってきたとのコトだった。
けれど学園に通っているのだから、そしてこれだけの本があるのだから、勉強しないのは勿体無いと言い、アーロは弱い視力で本を読もうとしていた。
しかし眼鏡などを使用すると視力が悪化してしまうらしく、補強が出来ない。
つまり細かい文字が読めないのだ。
……だから大きめの文字で書かれた本や、イラストがメインの本などを薦めたワケですけれど……。
「前回のような本は、違いました?」
「ううん」
アーロが首を横に振るのと共に、ピンクの髪が揺れる。
「とても読みやすくて助かったんだけど、ああいうのはどうしても詳細が載ってなくて」
「ああ……それは確かにそうですわね」
困ったように微笑むアーロに、自分は合点がいった。
自分が薦めたのは、子供向けのモノばかりだった。
読みやすさを重視したので当然のチョイスではあったが、積極的に学びたいアーロからしたら、入門書にはなっても物足りなさがあったのだろう。
……わたくし自身本の虫ですから、わからなくもないですわ。
「では、どうしましょうか。読みたい本の音読でもいたしましょうか?」
「ううん、流石にソコまでしてもらうワケにはいかないよ」
苦笑しつつ、アーロは手に持っていた本を見せてくれた。
「……点字ですの?」
「うん」
アーロが見せてくれたのは、点字の入門書と書かれた本だった。
「第一保険室での定期健診で、視力をどうにかする方法を聞いたら、僕の目は魔道具や眼鏡とは相性が悪いからどうしようもないって言われてね」
その話も聞いたコトがある。
どうも体質なのか酷く相性が悪く、ソレらを使用すると視力の悪化どころか失明の危険性さえもあるとか。
魔法での視力強化も出来なくは無いが、繊細な魔法が必要とされる。
要するに細かく綺麗な布を織るように魔法を発動しないと、どっちにしろ失明の危険性がある。
失明はしなくとも、視界の一部だけが黒や白で塗り潰されるコトになる可能性があるのだ。
特に眼球は繊細な為、その辺りがかなり難しい。
……一応、一時的な視力の強化は可能ですけれど、本を読むような長時間使用は魔力消費も多い上、眼球を痛めますものね。
「一応頑張ってはみるけど、卒業までに出来るかどうかもわからないレベルだから期待はしないで欲しいって言われて、その後にコレを薦められたんだ。こっちなら手の感覚で読めるし、無理に読もうとして視力を酷使しないで済むからって」
「成る程」
確かに点字は視覚障害者用の文字だから、覚えておいた方が良いのかもしれない。
「で、コレを使いながら点字の本を読んでみようと思ったんだけど、点字の本がドコにあるかわからなくて……丁度ジョゼフィーヌが居たから、聞こうかなって思って」
「普通わたくしより先にランヴァルド司書に聞くと思いますの」
そもそも自分は魔眼では無いが、それに近いレベルで目が良いのだ。
点字ですら視ただけでルビが視界に現れて普通に文字が読めるレベル。
そして自分は、ソレを隠しているワケではない。
つまり点字系の本とは縁遠く、詳しく無いのはわかっているだろうにとそう言うと、アーロは困ったように微笑んだ。
「あのヒトに聞くと会話の前に腰が砕けるから」
「ごもっともですわ」
反論の余地が無い正論だった。
・
あの後、自分は周囲の本を透視して中身を見るコトで、点字の本が置いてある棚を見つけた。
どうやらアーロは、自分が点字に詳しくは無いとわかっていても、この視力で見つけれるだろうという期待からこちらに話しかけたようだった。
無事にアーロは何冊かを借り、点字を読む練習を始めた。
……あれから数日経ちましたが……。
現在自分は、再びアーロと図書室で話していた。
「点字は最低限で、うっすらとだけど、多少覚えるコトは出来た、んだけど……」
隣に座っているアーロは、困ったように溜め息を吐いた。
「やっぱり授業中、黒板が見えないのが辛いかな」
「ですわよねー」
アーロは視力に無理をさせないように、と書いた文字が少し盛り上がって立体的になる魔法のペンを使用している。
本当に少しだけしか盛り上がらないが、そのデコボコの感覚があれば手で読めるので、視力の酷使を避けれるらしい。
ゆえに授業中の教師の話などを書き留めるコトは可能なのだが、どうしても黒板に書かれた文字は厳しい。
……教師の気遣いで一番前の席ではありますが、それでも見えてないみたいですものね。
アーロの様子を視る限り、左目の方の視力はかなり弱そうだ。
隣に居る自分の顔すら見えているかどうか、というレベルだろう。
……でも数日で多少点字を覚えれた辺り、多分学習能力高めですわよね。
勿体無い。とても勿体無い。
やはり視力をどうにかするか、もしくは苦じゃなく音読をしてくれるようなパートナーが居れば……とは思うが、ソコまで都合の良い魔物は居ないだろう。
……居る可能性は高いですけれど。
居る可能性は高いが、居るかどうかは別問題だ。つまり保留。
……でも、せめて盲導犬のようなサポート系のパートナーが居たら、とは思いますわね。
この世界の動物は全て魔物で、つまり会話が可能だ。
一部の魔物は会話が不可能な魔物も存在はしているが、九割九分会話可能。
盲導犬のような魔物が居てくれれば、会話も可能な分かなり助けになってくれそうだ。
「んー……良いパートナーが見つかれば良いのですけれど」
「そうだね」
アーロも同じようなコトを考えているのか、同意して頷いた。
「僕も素敵なパートナーが居てくれたらって……そう、例えば目玉みたいな魔物がパートナーだったらなーって思うよ」
「ちょっと待ってくださいます?」
「え?」
アーロはキョトンとしているが、今なかなかのコトを言った。
「……目玉?」
「ホラ、ジョゼフィーヌには前髪で隠してても見えてると思うけど、僕右目が無いから。目に憧れるんだよね」
「あー……」
感覚的には自分に無いモノを持っている相手にトキめく、みたいな感じなのだろう。
それにしたって特殊な気もするが、アンノウンワールドではこの程度初歩の初歩だ。つまり問題は無い。
「個人的には単眼や多眼が好きかな」
「そーなんですのねー」
深く頷くフリをして深い話をされては堪らないので、浅い返事を返しておく。
こういう線引きは大事だ。
「でも目玉というなら、リザードアイボールとか思いっきり単眼だからアーロの好みかもしれませんわね。あの種族なら視力もかなり良いですし、パートナー候補にオススメですわ」
「リザードアイボール?」
そういえば魔物の授業ではまだ出ていなかった。
渡した図鑑も有名ドコロの魔物ばかりが載っている大衆向けの図鑑だったし、他の図鑑はそもそも魔物図鑑ですら無かったのを思い出す。
成る程、確かにマイナー系だから知らないのは当然だ。
「リザードアイボールは……少々お待ちくださいな」
軽く席を外し、載っていた図鑑を手に持って席へと戻る。
「ええと……あ、このページですの」
ペラペラと捲り、リザードアイボールが載っているページをアーロに見せる。
この図鑑ならイラストも大きめなので安心だ。
「目玉にトカゲのような手足が生えていて、視神経が尻尾になっている……まあ、トカゲ系の魔物の一種と言えるかもしれませんわ」
もしくは目玉系の魔物の一種だが、多分トカゲ枠だ。見た目は完全に目玉だが。
「……素敵だね」
「アーロならそう言うと思いましたわ」
地球なら比較的ドン引きされる対象だと思うが、こちらの世界からすればこの程度はデフォルトだ。
そしてソレがデフォルトなのでこの世界のヒトの守備範囲は広い。
……誕生の館で子を作るから、と性欲自体は絶滅一歩手前ですけれどね。
ダグラス保健体育教師がその辺りで間違いが起きないように、としっかり座学でメリットデメリット、そしてリスクを教えてくれているが、それでも性欲は絶滅一歩手前だ。
性行為無しで子を作るヒトが多いのと、性行為による出産のリスクの高さの問題もあるだろう。
そして誕生の館が出来たのは比較的最近とはいえ、出来てから既に五世代くらいの年月が経過している。
つまり今の世代は殆どが誕生の館が出来てからの常識しか知らないワケだ。
……地球の知識があるだけのアンノウンワールド住民なわたくしからすると、性行為からの出産がデフォどころか出産目的無しで性行為とか、紐無しバンジーなんて正気ですかレベルに感じますけれどね……。
やはり異世界の溝は大きい。
あちらの常識はこちらからすれば非常識だし、こちらの常識はあちらからすれば非常識だろう。
……つまり割り切りが大事ですの。
異世界は異世界なのだから、ファンタジーだ。ファンタジー凄い。
さておき、と自分は迷子になりかけていた思考を現実へと引き戻す。
アーロはまだ図鑑のイラストを眺めていた。
「……パートナーになってもらいたいな……」
「そ、そこまで好みでしたの?」
「凄く」
頬を染めて嬉しそうに言われたら、それは良かったと返すしかない。
「ドコに生息してるかとか、コレに書かれてたりしないかな?」
「ちょっと貸してくださいます?」
目を細めて説明を読もうとしたアーロから、図鑑を借りて詳細を読む。
無理をさせるより、こちらが音読した方が負担は少ないハズだ。
「うーん……森とかに生息してるみたいですわね」
「森?」
「ええ、森ですわ」
基本的にトカゲが居そうな場所に生息しているらしいから、恐らく森とかだろう。
「学園の裏手のあの森にも居るかな?」
「居るかもしれませんわね」
わくわくした様子のアーロに対し、図鑑を閉じながらそう返すと、手を握られた。
「……一緒にリザードアイボールを探しに、森に行かない?」
視力が弱いから、アーロはそういう場所に行く時は安全の為に必ず誰か補佐が必要だ。
どうもその役に選ばれたらしいと、前髪に隠れていないアーロの左目から、ソレがありありと読み取れた。
「わたくし、便利屋じゃありませんのよ」
一応そう言ってはみるが、ヒトからの頼みを断れないのは誰よりも自分がよくわかっていた。
・
アーロの手を取って足元などに注意しつつ、先導する。
あの後森の管理人であるランベルト管理人にリザードアイボールは森に居るかと聞いたら、見た事はあると返って来たので、散策をしているのである。
……まあ、この森とんでもなく広いですものね……。
よく居る魔物からレアな魔物まで、多種多様な魔物が存在する森だ。
一体ドコまであるのやらというレベルの広大は森は、ナニが存在していてもおかしくない。
「リザードアイボールさーん、居ないー?居たら返事してー」
……アーロ、さっきからそう言ってますけど、普通返事はしないと思いますわ。
しかしアンノウンワールドだと考えると普通は適用されないので、あり得てしまうと思う自分も居る。
「目玉さーーん」
……その呼び名はどうかと思いますのよー!
そう思っていると、ふと視界の端に魔物の姿が視えた。
葉っぱでこちらからは見えない位置に居るようだが、この目にはすぐわかる。
……透視どころか、やろうと思えばサーモグラフィーみたいなコトも出来ますものね。
さておき、どうしたものか。
すぐソコに居ると教えても良いが、あちらがソレを望むかどうか、だ。
向こうは逃げてこそ居ないが、警戒しているようだし。
「っ、とっ!」
「きゃっ」
「危ない!」
隠れている魔物に意識を向けていたら、足元を疎かにしてしまっていた。
危うく木の根に足を取られてコケかけたアーロを支えて事無きを得る。
「申し訳ありませんわ、アーロ」
……って、さっきの声。
アーロも気付いたのか、気にしなくて良いと言ってから周囲を見渡す。
「さっきの、誰の声?」
先程こちらが転びかけたのに驚いたのか、葉の影から出てきたリザードアイボールはアーロのすぐ近くに居た。
しかし木々が生い茂っているせいで背景に埋もれてしまっているのか、アーロの弱った視力では見えていないらしい。
……視力が弱いと、ぼやけますものね。
「……見えてないの?」
そう思っていると、リザードアイボールの方から声を掛けてくれた。
「あ、やっぱり誰か居るの?魔物かな?ごめんね、驚かせちゃって」
眉を下げてそう謝罪するアーロは、やはりリザードアイボールがドコに居るのかが見えていないらしい。
「ええと……ごめんなさいね。わたくしはジョゼフィーヌ。こちらはアーロと言いますの。アーロはちょっと、視力が弱くて」
「まあ……そうなのね」
先に謝罪と説明をした方が良いだろうとリザードアイボールに頭を下げると、オレンジ色の目をしたリザードアイボールは頷くかのように少し揺れた。
「それとアーロ、こちらにさっきから話してる魔物がいるのですが、種族はアーロが探してたリザードアイボールですわよ」
「え!?」
やはり見えていなかったのか、アーロは驚いたようにきょろきょろと周囲を見渡す。
「……こちらにいらっしゃいますわ」
そんなアーロに気遣ってかリザードアイボールが大きめの石の上に移動してくれたので、手で示す。
「あ、よく見えないけど、ホントだ!」
示した方向を見てようやく輪郭が見えたのか、アーロは嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいな、僕、君に会ってみたかったんだ」
「あら、ありがとう」
アーロの言葉に、リザードアイボールも嬉しそうにそう答える。
「でも、どうして私に?」
「僕、目が無いんだ。物理的に」
そう言って、アーロは手で長い前髪を上げ、隠していた右目を見せる。
その右目には、ポッカリと空いた眼孔しかなかった。
「だから、君みたいな……目とか、眼球とかに憧れが強いんだ」
前髪を下ろし、アーロは照れ臭そうに頬を掻く。
……地球だったら一発で狂人判定されそうな言動ですわねー。
アンノウンワールドからすると比較的普通な言動なので、異世界との常識の差が伺える。
「だから、もし会えるなら会いたいなって思ったのと……もし良かったら、僕のパートナーになってほしいって、言いに来たの」
言ってから、アーロは苦笑する。
「まあ、パートナーになったら僕のサポートを頼むコトになっちゃうから、断られるの前提だけど」
アーロは情けなく、へにゃりと笑った。
「……右目は無くても、左目は見えてるのよね?」
その告白に対し、リザードアイボールは完全スルーして質問を投げ掛けた。
「うん、見えてるよ。かなりぼやけててあんまり区別付かないけど」
「話を聞いたり様子を見てる感じだと、ほぼ見えてないと同義だと思われますわ」
アーロの説明に続いてそう補足すると、リザードアイボールはふむふむと揺れた。
「普段はどうしてるの?生活とか」
「ルームメイトや同級生に助けられてる」
この学園では、王都に家がある生徒以外は皆寮生活だ。
初等部、中等部、高等部のそれぞれ一階と二階が寮となっており、一階が女子用、二階が男子用となっている。
部屋自体はそれなりに広く、二人一部屋のルームシェア。
ちなみに毎年部屋とルームメイトが変わるのだが、学園側曰く「部屋汚し過ぎたりしないように」「あと色んなヒトと一緒に過ごして学ぶ為」とのコトだった。
確かに貴族も庶民も皆平等に学ぶ場所なので、色々な価値観に接するには良いのだろう。
「……少し、聞きたいのだけど、良いかしら?」
「僕に答えれるコトなら」
急に真面目な声色になったリザードアイボールに、アーロも正面から応答する。
「もし私がアナタの……アーロのパートナーになったとしたら、ずっと一緒なワケよね?」
「なってくれるの?」
アーロの直球な言葉に、リザードアイボールは少し無言になった。
「…………お節介だとはわかってるけど、心配だもの。私なら役に立てるだろうし、って考えたら……ね」
「本当!?」
小さな、しかし確かなリザードアイボールの言葉に、アーロは満面の笑みを浮かべながらガバッと身を乗り出した。
「まだ、まだ考えただけよ?なるとは言ってないわ。なるかどうかは、アーロの返事次第」
「僕?」
「ええ」
リザードアイボールは言う。
「アーロ、アナタ、その右目の眼孔に私を入れれる?」
……リザードアイボールにはリザードアイボールで、特殊な嗜好でもあるんですの?
外野の自分が思わず硬直してしまった質問に、アーロはソッコで返答する。
「入れれるよ!」
……入れれるんですのねー。
アーロが前髪を手で上げてその眼孔をリザードアイボールに近付けると、リザードアイボールはまるでソレが当然かのようにその眼孔の中に入った。
「ふぅん……結構良いわね。居心地良いわ」
「ソレは良かった」
トンデモな会話が繰り広げられているな、と少し遠い目になる。
リザードアイボールの声色が弾んでいるのと、アーロが嬉しそうな笑みを浮かべているのがまたダメージを大きくしてくる。
「アーロ、アナタは問題無い?気持ち悪くない?」
「平気!」
本当に平気なように視えるので、本当に平気なんだろう。
地球の知識的に考えると衛生面が心配になるが、ワリとその辺は雑なアンノウンワールドだ。
雑菌云々にヤられるような環境でも無い、というのも大きいだろう。
というかそもそも生きてるパンの魔物が居たりする世界観なのだ、ここは。
その辺歩いてるパンを食べたりもする世界観なので、つまり眼孔に野生の魔物をINするくらいはノーマルな出来事ですの。
「じゃ、繋げるわね」
「え?」
すると、眼孔に入ってナニやらモゾモゾ動いていたリザードアイボールが、視神経である尻尾をアーロの目の奥、脳に繋げたのが視えた。
「え、ちょ、ウアッ!?」
「アーロ!?」
直後、アーロがリザードアイボールが入っている右目を押さえながら引っくり返った。
慌てて抱き起こすと、アーロ自身の茶色い左目と、リザードアイボールのオレンジの目と目が合った。
「……えー……」
「アーロ?」
体が覚えているのか、サポートされるのに慣れているアーロはすんなりと抱き起こせた。
が、驚いた表情でこちらを凝視し、吐息のような声を漏らしている。
「……どうしよう、見える」
「ナニがですの?」
「ジョゼフィーヌの顔が見える……。うわー、ジョゼフィーヌってそういう顔……思ってたより貴族っぽい顔してる……」
「れっきとした貴族ですわよ!?」
……いや、いきなりの失礼発言に思わず言い返してしまいましたが、今の言動、オカシイですわよね。
アーロの視力はほぼ死んでいると言っても過言では無いレベルだ。
そして今の言動からすると普段から相手の顔すらよく見えていなかった。
が、同時に今の言動は、今まで見えていなかったのに見えるようになった、と捉えられる。
驚いたように小さな歓声を上げながら周囲を見渡している姿から見ても、そうとしか思えない。
「……視力、回復したんですの?」
「いや、左側はぼやけてるから回復はしてないと思うけど……右側が見える」
「え」
右にはリザードアイボールが入っている。
普通その状況で見えるというのはあり得ないが、しかしこの世界はアンノウンワールド。何でもあり得る世界だ。
「それはそうよ」
アーロの眼孔に入ったまま、リザードアイボールは言う。
「コレ、やるコト自体無いから知られてないんだけど……私達リザードアイボールって、相手の眼孔に入って尻尾を接続するコトで、視界を貸し出すコトが出来るのよね」
「はあ!?」
衝撃的な事実に、思わず品の無い叫びが漏れてしまった。
慌ててパッと口を手で覆いつつ、問う。
「……ホントですの?」
「実際今、見えてるでしょ?」
「見えてる……」
リザードアイボールの言葉にアーロが頷いたコトで、リザードアイボールの言葉……というか知られざる特性が真実だというコトが発覚した。
「問題は、私の方の視力は透視とか出来るくらいに良いのに、相手に接続すると相手の脳の容量に合わせるせいで、普通の人間レベルの視力でしか見せれないコトかしら」
「……それでも充分見えてるなら、相当凄いと思いますわ」
「うん、凄い!」
視界に慣れて来たのか、アーロは楽しそうに周囲を見回している。
「僕、こんなにハッキリした視界で見るの久しぶり!目が見えなくなり始めたのはかなり小さい頃だったから、見えてた頃の記憶薄いし……色ってこんなにハッキリしてるんだね!」
近くに落ちている葉っぱを拾って嬉しそうにそう言うアーロは、始めて見るくらいに子供らしくわくわくしている。
「アーロ」
「?」
ハシャいでいるアーロに、リザードアイボールが言う。
「アーロ、私はアナタのパートナーに適しているかしら?」
「最高!」
満面の笑みでそう答えてから、でも、とアーロは言う。
「でも、どうして僕にここまでしてくれるの?コレ、僕からするととても助かるけど、リザードアイボールへのメリットはあんまり無いよ?」
アーロの言葉に、リザードアイボールは小さく笑った。
「ふふ、そうね。でも私自身、よく見えているからこそ、見えない世界に対する恐怖が強いの。常に視界が見えない世界な子が相手だって考えたら、ナニかしなきゃって思うじゃない?あとまあコレは私の都合なんだけれど……」
イラズラっ子のような声色で、言う。
「放っとけない、って思ったら、もうパートナーになる以外の選択肢、無いわよね」
リザードアイボールはクスクスと笑う。
「私、自覚があるくらい心配症なの。だから、私の安心を確保するっていうメリットがあるわ。アーロ、私の安心の為に、協力してくれるかしら?」
メリットデメリットを気にしていたアーロに対し、リザードアイボールは自分の心配症を引き合いに出した。
気にするなという意味が篭もったソレに気付かない程馬鹿ではないアーロは、思わずというようなにやけた顔で言う。
「……リザードアイボール、ホント好き……」
「あら、ありがとう。私もアナタみたいに頑張る子、好きよ」
……わたくし、ナニを見せられてるんでしょうか。
・
コレはその後の話になるが、リザードアイボールによって視力が補われたアーロは前髪で隠していた右目部分を出すようになり、積極的だった今まで以上に積極的に勉学に勤しむようになっていた。
アーロ曰く、まだ「コレ!」というような教科はわかっていないが、何を極めるにしろ、知識はあって損は無いとのコトで広範囲に手を伸ばしているらしい。
様々な本を読んで楽しそうにしたり、一人でも……正確には一人と一体?一匹?ではあるが、誰かに面倒を掛けるコト無く歩けるのが嬉しいらしく、よく王都に散策に出るようにもなった。
……前は暗い雰囲気の時も多かったから、明るくなったのは良いコトですわ。
ちなみに自分はリザードアイボールに許可を取り、視神経接続による視力貸し出しについてをフランカ魔物教師に報告した。
その情報を元に資料を集め、アーロ達にも協力してもらって公表するだけの確かな資料が出来上がったので、後日フランカ魔物教師により発表されるらしい。
魔道具や魔法、眼鏡が駄目なヒトでも大丈夫だったコトから医学的にも注目するだろうし、要するにあちこちから新しく本が出るんだろうなと考え、こちらも色々と楽しみが多い。
……コレは、リザードアイボールに幸福を運ぶ特性があるという噂が出来そうなレベルですわね。
そんなコトを考え、クスリと笑った。
アーロ
幼少期の高熱で片目を失い、もう片目も視力消失寸前な少年。
意外と思い切りが良い。
リザードアイボール
目玉にトカゲの手足生やしたような魔物。
乾燥はドライアイ的にもトカゲ的にも苦手なので、湿度高めな場所に居たりする。多いとホラー。