弟とアシッドマグマ
あけましておめでとうございます。
彼の話をしよう。
自分の弟で、常に笑顔で、愛に満ちている。
これは、そんな彼の物語。
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自分の弟であるオーレリアンはまだ七歳だが、既にパートナーが存在している。
そのパートナーというのは可愛らしいがとても危険が伴う魔物であり、彼女のパートナーになれるのは弟くらいだろうな、とも思う。
……個人的には内面が弟よりも幼いので、そのお陰でお兄ちゃん心が芽生えたのは良いコトですわ。
守るべき相手が居ると、ヒトというのは強く、立派になる。
そして天使は誰かを救う、助けるというのが性分だ。
父は戦闘系天使なのでそういう系統とは少し違うが、悪と戦うコトは結果的に誰かを救うのと同じコトだ。
……つまり、彼女のお陰でオーレリアンもまだ幼いながら、立派になってきているというコトですわね。
「オーレリアン」
「姉様!」
中庭でパートナーと一緒に花を見ていたオーレリアンは、こちらを見てパッと表情を輝かせた。
そのまま淡い紅色の髪を揺らし、パートナーが入っている防酸製のツボを抱えたままこちらへと走ってくる。
「どうかしたのか?」
「どうか、というか……折角久々に家に帰って来たのですから、オーレリアンとお話でもしようかと思いまして」
「ホントか!?」
オーレリアンは母譲りの、ヒトである証拠でもある茶色の瞳をキラキラさせる。
「姉様の話は楽しいのが多いし、わかりやすいから好きだ!」
「マーちゃんも好きだよ!」
ゴポリとオーレリアンが抱いているツボから音がして、中に居たアシッドマグマが水音をさせながら跳ねて体の一部を覗かせる。
彼女からすると、顔を少し出しているような感覚なのだろう。
……可愛いけど、酸なんですのよね……。
そう、アシッドマグマはその名の通り、酸で出来たマグマだ。
それも硫酸などのように様々なモノを溶かすというタイプの酸。
まあ、正確には酸火山という火山の中のマグマがアシッドマグマという名称の魔物なのだが。
「あとね、オーレリアン、ねえさまに聞きたいコトがあるんだって!」
「聞きたいコト?」
「ああ。学園のコトで少し、聞きたいコトがあって」
そう言ってオーレリアンは腕に抱いているツボの中に居るアシッドマグマを素手で撫でる。
普通なら酸とマグマという熱により触れた手が火傷を通り越して溶ける可能性があるのだが、オーレリアンはそんなモノは感じないとばかりの笑顔でアシッドマグマを撫でる。
……まあ、実際感じてないんでしょうしね。
肉が焼けたり溶けたりという臭いはしない。
というか、オーレリアンは愛してさえいればどんなモノに触れても平気という性質があるのだ。
コレも天使の特質らしいのだが、父曰く悪に対しては拒絶が先に来るから難しいし、少しでも恐怖を抱くと無理だからあまり意味が無い、と言っていた。
けれどオーレリアンは他よりも愛が深いらしく、初対面の時から平気でアシッドマグマと触れ合っていた。
……問題が無いのが幸いですわ。
本能的に平気だとわかっているのだろうが、見ている身としてはハラハラだ。
ちなみに彼女、アシッドマグマは旅行先から姉がお土産として持って帰って来た魔物である。
姉はお土産センスが極稀に地獄になる。
……しかも、本体に許可は貰ったからって本人は笑顔ですし。
アシッドマグマは火山の中のマグマ全てで一体だ。
ボウルに入れた水のように、全てが一つの意思で構築されている。
だがボウルから一部をコップに掬うとソレは別の水という扱いになるように、小分けにすると子供のように幼い内面へと変化するらしい。
……植物的に言うなら株分けですわね。
お陰でツボに収まるサイズ、そして元は巨大な一つだった為か内面が幼くても知能はちゃんと高めなのでありがたい。
まあ今になっても魔物をお土産として持ち帰ってくるのはどうかと思うが、姉なので仕方が無いと思おう。
「ソレで、聞きたいコトって?」
言いながら中庭に置いてあるベンチを示すと、オーレリアンは素直に頷いてベンチに座り、その膝の上にアシッドマグマが入っているツボを置く。
ソレを確認してから隣に腰を下ろすと、オーレリアンが口を開いた。
「さっきも言ったが、学園のコトなんだ。僕はあまり学園についての知識が無い」
アシッドマグマが来てから立派なお兄ちゃんであろうと頑張っているから充分に賢いと思うのだが、そういう話では無いのだろう。
賢い賢くないでは無く、単純に学園の知識があるか無いかの話だ。
「確かにわたくしは現役生徒なので答えられますけれど、お母様も卒業生ですし、お兄様やお姉様……お姉様は無理ですわね」
「ああ」
二人して真顔で頷く。
あの姉は今回のような強制連行でも無ければ実家には中々顔を出さないし、連絡手段である手紙を書くのが苦手という悲しい事実。
つまり情報交換がまったく出来ないのだ。
……まず手段の時点でほぼ詰んでますものね。
学園生活は普通にエンジョイしているようだが、あのヒトの文字による情報伝達能力はほぼ皆無だと思って良いだろう。
思わず真顔になるというものだ。
しかし自分達二人の真顔にツボの中に居るアシッドマグマが不思議そうにグルグルと回っているのを見て、可愛らしいなと少し気が緩まる。
酸と熱の危険性からアシッドマグマは害魔認定一歩手前で触れるな危険扱いの魔物だが、こうして安全な位置から見れば可愛らしいものだ。
……いえまあ、この子の内面が幼いから、というのもありそうですけれど。
ちなみに姉だが、今回は家に居るのだから聞けば良いのでは、とはならない。
先日もそうだったし文面でもそうだが、姉は説明が得意では無いからか短く纏めようとするクセがあるのだ。
しかも短くし過ぎて伝えたい部分がドレなのかわからないという結果になる。
「ええと……でも、お母様やお兄様は?お兄様は仕事であまり帰って来れませんけれど、お母様ならいつでも聞けると思いますわよ?」
「聞いたが、二十年以上前のコトだから参考にならないだろうと言われた」
「あー、目に浮かびますわ……」
そして兄が現在二十歳なので、ホントに二十年以上が経っている。
教師達も殆どが入れ替わっているだろうと考えると、確かにあまり参考にはならないだろう。
参考に出来ても、せいぜいアダーモ学園長辺りの不老不死系くらいだ。
「そりゃ、わたくしに聞きますわね。他に選択肢がありませんもの」
「あと姉様はわかりやすく教えてくれるし、結構ブラックな部分も包み隠さず教えてくれるから助かる」
「あー」
確かに兄は優しく教えてくれるが、優し過ぎてヒトを悪く言うコトが殆ど無い。
ソレなら多少のトゲはあるが正直に全部を話す自分の方が良いだろう。
……そういうのが詳しく書かれてる本の方が身になると知っているからこそ、納得出来てしまいますわね。
「ええ、わかりましたわ。ですがナニをどう言えば良いのかがわからないので、質問形式でも構いませんわね?」
「モチロンだ」
「マーちゃんも!マーちゃんも質問する!して良い!?」
ボコボコを泡を弾けさせて興奮しながら、アシッドマグマが顔を覗かせるようにチラリと一部をツボから出した。
自分の体が危険だとわかっているからこそアシッドマグマは興味が強い時のみこうして出てくるのを知っているので、とても可愛らしい。
……まあ見た目は酸のマグマですけれどね。
アンノウンワールド的に考えると今更なので、深くは考えまい。
「まず、ルームメイトに関しての質問だが」
「マーちゃん、オーレリアンしか触れなくて、他のに触るとソレが溶けちゃうの!ルームメイトって一緒の部屋で過ごすんだよね?大丈夫かな?」
「……まあ、大体そういう質問だ」
「成る程」
確かにソレは死活問題というか、死人が出かねない問題の部分。
「でもソレ、大丈夫だと思いますわよ?ホラ、わたくしが入学する一年前に学園からスカウトが来て、やたら分厚い書類にイエスかノーを書き込んでいたでしょう?」
「そういえばやっていたな」
今思い出してもあの作業は中々にハードだった。
しかしあの作業は学園に入学するにあたり必須、かつ自分の為にも必要不可欠なモノである。
「あの書類には主食や食べられないモノといった欄、あと両親共にヒトかどうか、魔物や混血だった場合はどういうタイプなのか、を書けるようになってるんですのよ」
アナタの主食に丸を付けてくださいという感じの欄には米やパンなどという平均的なモノと共に、人肉や果汁なども書かれていた。
更にはその他の欄にはソレ以外のモノが主食だった場合に書けるよう、括弧まで準備されているという書類。
言ってしまえばアンケートだ。
……恐らく、アレでルームメイトとかを考えているんでしょうね。
制服の希望なども細かいチェックがあったので、ああいう部分からもどういう体質なのかを探り、問題が無い相手とルームメイトになるよう考えられているのだろう。
様々な種族、ソレも多感な時期の少年少女が大人数、同じ空間で生活するのだから当然だ。
……ソレらの確認や制服の準備などを考えて、入学一年前にスカウトをしたりああいう書類を書かせたりするのでしょうね。
締め切りギリギリでてんやわんやでは折角の準備もあまり意味を為さなくなってしまう。
だからこそ、時間に余裕を持たせているのだろう。
……まあ正直一学年に生徒が百人か二百人は居るので、そのくらいが妥当な気もしますけれど。
「だからまあ、アレをキチンとやれば理解してもらえますわ。パートナーが居るのかという欄もありましたし、そのパートナーの種族なども書くコトになっていますもの」
「……キチンと書けば、アシッドマグマに触れても平気な誰かがルームメイトになる可能性が高いというコトか」
「学園側からすると生徒を危険な目に遭わせたくないし、生徒に気を遣わせ過ぎないようにという配慮なのでしょうね」
九年間生活する学園なのだから、その辺りの配慮はとても大事だ。
「なので恐らくアシッドマグマが平気な生徒か、アシッドマグマに触れても即座に復活出来る生徒、もしくはアシッドマグマを嫌いはしないけれど積極的に触れようとしたりはしないという距離感を維持出来る生徒、という感じになると思いますわ」
「成る程」
オーレリアンが納得したように頷くと、オーレリアンの膝の上のツボの中からアシッドマグマが言う。
「ねえさま、マーちゃん嫌がられたりしないかな?」
「アシッドマグマはヒトが嫌がるようなコトをするんですの?」
「しないよ!」
「なら大丈夫ですわ。触れるとアウトですから触れてくれる方は少ないと思いますけれど、でも嫌われるようなコトをしなければ、嫌われる理由なんてありませんもの。大丈夫ですわ」
「そっか!」
最後に念を押すように大丈夫を重ねたのが良かったのか、アシッドマグマは素直にそう言った。
顔があったらニコニコな笑顔を浮かべていたであろう嬉しげな声色だったので、こちらとしても安心だ。
「あと他にも聞きたいんだが」
「ええ、ナンですの?」
「学園に入学した後、迷子になったりして困った時はどうしたら良い?」
自分を頼れば良いと答えそうになったが、わざわざ自分に聞くというコトはそういうコトでは無いのだろう。
というか学園に入れば自分が居ない時の方が多いからこそ、そういった状況でどうしたら良いかを聞きたいのだろうなと思う。
「気が早いですわね」
「早めに知っておいた方が安心だ」
「ソレは確かに」
クスクスと笑ってから、オーレリアンの問いに答える。
「まあでもわたくしと同じ学年であれば大体友人ですし、キホン良いヒトばかりですから普通に頼れば良いと思いますわ」
「成る程」
「あ、でも頼りにならないヒトも居るので、ソレを察したらソッコで他の頼りになるヒトを教えてもらいなさいな」
「本人を前にそんなコトを言ったら怒られないか?」
「殆どは自覚してるから大丈夫ですわ」
もしくはソレを見ていられないお人好しな誰かが助けてくれるだろう。
「あー、でもちょっと頼る云々以前に大丈夫じゃなさそうなヒトが相手だった場合は、わたくしの名前を出せば大丈夫になるハズですわ。少なくともわたくしの名前を出しておけば気難しい子も多少は世話をしてくれるでしょうし」
「姉様、さっき良いヒトばかりだと言っていたハズだが」
「人間ですもの、まちまちですわ。あと良いヒトというのも間違ってはいませんのよ?人見知りとか警戒強めとか遺伝云々でヒトを遠ざけるようにしてるとかの理由もありますし」
「ああ、そういうコトか」
察したらしく、オーレリアンは頷いた。
そう、例えばキレやすいアルセーヌとかの場合や、人見知りなペネロペなどの場合もあるのだ。
良いヒト枠ではあるのだが、性格的に色々難しいのは仕方が無い。
「……ソレにしても、姉様は随分と友人が多いんだな」
「人気者だね!」
「人気者というか……多分、オーレリアンも入学したらすぐに友人が沢山出来ると思いますわよ?」
何せ友人達との出会いの殆どは用事を頼まれたトコロからだ。
遺伝は多少違えど同じ天使の子であるコトに違いは無いので、オーレリアンもきっと沢山頼まれるコトだろう。
……お兄様も頼まれがちですし、あのお姉様でもそうなくらいには強い遺伝ですものね。
・
コレはその後の話になるが、夜になってそろそろ寝ようかという時間になった頃、オーレリアンが一人で部屋にやってきた。
普段は常に一緒に居るアシッドマグマが居ないのを不思議に思ったが、アシッドマグマ関連で本魔には聞かれたくない相談事があると言われては部屋に招き入れるしかない。
「生憎ホットミルクは出せませんけれど……」
学園の方の自室になら共用のミニ食料保管庫、つまりミニ冷蔵庫があるので作れるのだが、こちらでは厨房に行かない限りミルクは無い。
「ソレで、どうしましたの?」
「……僕はずっと、アシッドマグマを妹のように思っていた」
「ですわね」
関係としてはパートナーだが、そういう風に見ているのは知っている。
「……だが、最近」
そして、ソレが変化して来ているコトも、視て、知っている。
「…………アシッドマグマが可愛くて可愛くて、妹というよりも好きな子を相手にしているみたいな気分になる。撫でた時に喜んでくれるのが嬉しいのは前と同じだが、最近はキスをしたいと思うようになってきてしまっている」
「すれば良いじゃありませんの」
「ああ、だから最近はお休み前にキスをするようにしている」
既にしていたのかこの弟。
妹的存在にドキドキしちゃってどうしようとかいう相談を実の姉にしておきながらその辺躊躇いが無いな。
「だが向こうは僕を兄のように思っているだろうから、どうしたモノかと」
「ちなみに兄の立場のままで耐えれるんですの?」
「いや、出来れば父様や母様のようなパートナー関係になりたい」
……でしょうね。
相談してきたというコトはそういうコトだろう。
「んん……アシッドマグマは最初、殆どのコトを知らない赤ん坊のようでしたわよね」
「?ああ。妹が出来たみたいで嬉しかった」
「ええ、でもアレはあくまで知らないコトだから知らなかっただけですの。まあ火山の中に居たから当然なんですけれど」
「?」
よくわからないという顔で首を傾げるオーレリアンに、自分は改めてアシッドマグマの生態を説明する。
「良いですの?アシッドマグマは本来酸火山の中に居る存在であり、昔々から居る存在で、とても深い見識を持っていたりしますわよね?」
「ああ、聞いた」
「で、アナタのパートナーであるあの子はそのアシッドマグマから株分けしたような感じの子で、体積が少ない分幼い内面になっている」
「ああ、ソレがどうしたんだ?」
「要するに、記憶や考え方は元である酸火山のアシッドマグマのままなんですのよ。遊ぶのが好きだったり口調が幼かったりという状態ではありますし、これからもそうですが」
成長するというコトは体積分のアシッドマグマを用意する必要があるし、本体に戻せばまた少し違うコトになってしまうだろうから。
「つまり兄のように慕っていようがパートナーというモノに関しては恐らくわたくし達より詳しいハズですから、返答が幼いからナニも理解していないんだろうと決め付けず、キチンと話し合いなさいな」
内面が幼くなっただけで、中身が変わったワケではない。
分裂したので酸火山に居るアシッドマグマとは考え方が違うかもしれないが、元は同じだ。
「……ナニも知らない子供みたいだったのは、単純にホントに酸火山の外を知らなかったとの、口調のせいだと」
「そうですわね」
「つまり、僕がキスをしたのとかは」
「酸火山に居てはキスの理由を知らなかった可能性がありますが、お父様とお母様のやり取りを見ていればソレが好意から行われるモノだと理解しているハズですわ。あとアシッドマグマは深い考え方や本質を見抜いたりが出来るので、ええ、まあ」
少し濁してしまったが、相手が弟だからこそ、ここはハッキリ言うべきだろう。
「……多分アシッドマグマ、キスに込められた感情とかに普通に気付いた上で受け入れてると思いますわよ」
そう告げた瞬間、オーレリアンはテーブルに突っ伏した。
色々と限界だったのだろうが、キャパシティオーバーという程では無いのか、意識がまだあるのが視える。
「まあ、今まで脈が無かったのはオーレリアンの方でしたから、脈があって良かったじゃありませんの」
そう言ってオーレリアンの頭を撫でると、もぞりと動いて顔を横にした。
「……明日、ちゃんと話し合ってみる」
「ええ、そうしなさいな。アナタは頭が良い子ですから、ちゃんと話し合えるハズですわ」
応援する気持ちを込めてポンポンとその背中を叩いてから、立ち上がらせて部屋に帰るようにと促す。
オーレリアンの部屋の中にはアシッドマグマが居るが、ソレはもう今更なので問題は無いだろう。
寧ろ明日しっかりと話し合う予定ならば、キチンと休んで脳みそをシャッキリさせておくべきだ。
「頑張りなさいな」
「ああ」
部屋の入り口から廊下を歩くオーレリアンにそう声を掛けると、短い返事が返って来た。
少々頼りないが迷いの無い足取りに安心しながら、自分も扉を閉めてベッドに潜る。
オーレリアンの性格なら、きっと話し合いが終わった後に報告をしてくれるだろう。
さて、今からその時が楽しみだ。
オーレリアン
ジョゼフィーヌに相談して色々スッキリした結果、翌日無事両思いになった。
アシッドマグマに触れても平気だが服などは溶ける為、時々服を駄目にする。
アシッドマグマ
幼い口調とテンションだが根本的な部分が深い。
パートナーになった以上はその気だったので、オーレリアンからのキスに含まれた意味には結構喜んでた。