不老不死警備員とベイビィユニバース
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼の話をしよう。
何十年も学園の警備員を務めていて、若くて、とある宇宙の父親な。
これは、そんな彼の物語。
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この学園は外部のヒトが入れないようになってはいるものの、一応警備員は存在している。
例えば害魔が出現したりだとか、ナニかがあった時に生徒を避難させれるようにだとか、森では無いヒト気の無い場所に迷い込んでしまった生徒や魔物を助けたりだとか。
基本的には最後のが一番多い仕事らしい。
……まあ、混血でテレポートやワープ系の能力を持っていると、よくわからないトコに迷い込む可能性は高いですしね。
そして学園内を探検して迷子というのもよくあるらしい。
森ならば管理人が居て毎日パトロールしてくれているので迷子になっても一応大丈夫だが、しかし学園内は彼らの管轄外だ。
だからこそ、学園には警備員が居る。
「赤ん坊 赤ん坊 眠いのかい」
……あら。
「おめめが うとうと してきたら
ゆっくり おねんね して良いよ」
適当に歩いていたら正門の方へと来ていたらしく、正門の周辺を担当している警備員であるヘンモ警備員の歌声が聞こえてきた。
「やらかい 胸のが 良いのかな
ざんねん 硬めの 胸だけど」
……子守唄、ですわね、コレ。
「赤ん坊 愛する 気持ちは同じ」
歌声のする方に歩いてみれば、赤みの強いオレンジ色の髪を風に揺らしながら歌うヘンモ警備員が居た。
「おめめ うとうと 眠いのかい
いいこ 赤ん坊 ぐっすりお眠り」
彼は確か警備員歴が五十年以上のハズなのだが、その見た目は二十代に見える若者だ。
「起きたら 少し 大きくなるよ」
不老といえば不老なのだろうが、彼はパートナーの影響によって不老になったタイプだ。
パートナーというのは人間で言う相棒や恋人、夫婦のような関係なのだが、時々パートナーになるコトでその相手にナニかしらの恩恵を授けるタイプの魔物も存在している。
「お眠り 赤ん坊 眠いなら
父さん 守るよ 安心してね」
そんな彼のパートナーは、彼の腕の中に抱かれ、子守唄で寝かしつけられている魔物だ。
「怖いの 無いから 大丈夫」
ヘンモ警備員が優しい声で寝かしつけているのは、バスケットボールサイズの球体のような、しかしカタチが無いような魔物。
「赤ん坊 お休み ゆっくりと
起きたら おはよう 挨拶しよう」
よく見るとソレは黒くて、しかしもっとよく見ると内側がキラキラと輝いている。
そう、あの魔物はベイビィユニバースという、宇宙になる前の赤ちゃんだ。
「そしたら ニッコリ 笑顔になるよ」
ヘンモ警備員の歌声が終わり静けさが戻って来ると、ヘンモ警備員の腕に居るベイビィユニバースから寝息が聞こえた。
あの魔物は概念系の魔物なので視ても生まれかけの宇宙しか視えないが、その名の通り、大事にするべきな赤ちゃんである。
「……ハァイ、ヘンモ警備員」
「ん?ああ、エメラルドか」
寝たばかりらしいベイビィユニバースを起こさないように小声で声を掛けると、ヘンモ警備員は今こちらに気付いたのか、同じように小声でそう返した。
「ベイビィユニバースはお昼寝の時間ですの?」
「うん、まだ赤ちゃんだから」
そう頷いてから、ヘンモ警備員は恥ずかしそうに少し頬を赤らめながら、ヘラリと笑う。
「……聞いてた?」
「子守唄でしたら、バッチリ」
「やっぱり……」
ヘンモ警備員は片腕でしっかりとベイビィユニバースを抱いたまま、もう片方の手で恥ずかしそうに顔を覆った。
「素敵な歌声でしたわよ?」
「……うん、そう言われるとちょっと嬉しいな。でもコレ、僕が昔作った歌で……まだベイビィユニバースのパートナーになったばかりで慣れてない頃に作った子守唄だから、拙くて恥ずかしいんだ」
そう言いながらヘンモ警備員は顔を覆うのを止め、まだ照れの残る頬を指で掻いた。
ならば何故歌うのだろうと思っていると、ソレが表情に出ていたらしく、ヘンモ警備員は苦笑しながら言う。
「ベイビィユニバースがその歌を覚えちゃったみたいで、あの歌じゃないと寝てくれなくてさ」
「ああ……成る程」
ソレは確かに、歌わざるを得ない。
「まあ、元気に育つにはよく寝た方が良いのは事実だから。あの歌なのは恥ずかしいけど、寝てくれるのは良いコトだしな」
「……あぅ~……」
「うん、よしよし」
寝言を漏らしたベイビィユニバースにヘンモ警備員は父性の塊のような微笑みを浮かべながら、ドコがお腹なのかもわからないその宇宙をポンポンと撫でた。
「……ホント、大きくなったよ」
「そうなんですの?」
「うん。昔は二回りくらい小さかった」
「出会った時は?」
「ソレよりももう少し小さかったかな?でも出会ってまだ百年か二百年くらいだから……まだまだ大きくなるには遠いね」
そう言い、ヘンモ警備員はクスクス笑った。
「百年か二百年って……アダーモ学園長とかが平気でそのくらい生きてるからあまり気にしませんけれど、普通のヒトからしたら相当な時間ですわよね」
「確かに。でも僕の時間はベイビィユニバースにパートナーとして選ばれた時から、ベイビィユニバースを育てて、一緒に居る為にって変化したから」
そう微笑むヘンモ警備員の顔には、憂いのようなモノは視えなかった。
純粋に子供の成長を楽しみにしている父親の顔、に視える。
「そういえば、ベイビィユニバース自体あまり詳しい記述が無くて、関連する知識が少ないんですのよね。もし良かったら、というか問題が無いのでしたら、その子について色々教えてくれませんこと?」
「別に構わないけど……僕もソコまで詳しく無いんだ。具体的には?」
「出会いとか、どういう感じで育てているのか、そして最終的にどうなるのか、ですわね」
「うん、そっか。ソレなら答えれるかな」
そう頷き、ヘンモ警備員はチラリと近くのベンチに視線を向けた。
「じゃあ、ちょっと座ろうか」
「ええ」
ベイビィユニバースについての記述が少ないのは事実なので、こうして聞けるというのはありがたい。
・
ベンチに座り、眠っているベイビィユニバースを腕に抱いてゆらゆらとゆっくり揺らしながら、ヘンモ警備員は話し始める。
「出会い、って言うのかな。あの時僕はまだ二十……三歳くらいだったかな?多分二十代前半だったと思う」
「あやふやですのね」
「昔のコトだし、コレからのコトを考えると年齢を覚えていても面倒なだけだから。将来的に端数は切り捨てるコトになりそうだし」
確かに云千歳のゲープハルトは下三桁を切り捨てていた。
実際長生きしていたら、そんな小さい数字は数え間違いそうだ。
「その時僕は普通に木こりをしてた。親は早くに亡くなってたから、その日食べれるモノが森で確保出来たら良いやって感じでのんびりとね」
「良いですわね」
「そしたらある日、家の前に宇宙が居た」
「急展開が過ぎますわ!?」
……家の前に宇宙が居たとか、普通聞かないレベルのパワーワードですわよ!?
「いや、ホントに宇宙が居た、としか言えないんだよ。こう、小さい宇宙が居て、しかもほぎゃあほぎゃあって赤ちゃんの声で泣いてて……慌てて抱き上げたら、強制的?にパートナーになったらしくて、ベイビィユニバースを育てる為の知識とかが急にグンッて頭の中にINした」
「やっぱ知識がINするってよくあるんですのね……」
「エメラルドもそうだっけ?」
「わたくしの場合は異世界の知識ですけれど、大体そうですわ」
「なら話は早いかな」
ヘンモ警備員は安心したように微笑んだ。
「INしたのは、ベイビィユニバースは普通の子供のように接した方が良いってコト。そしてパートナーとして選ばれた僕は、この子が立派な宇宙になるまで育てて、この子という宇宙が滅びるまで一緒に居るコトになったってコト」
「最後ちょっとハード過ぎません?」
「うん、まさか家の前にあった宇宙の赤ちゃんを抱き上げたら宇宙が出来るまで育てて、その後も宇宙が滅びるまで一緒にっていうのを強制されるとは思わなかった」
ソレは普通、どんなヒトであろうと思わないと思う。
予知能力持ちであったとしても反応に困るハズだ。
「でも、色々と理解しちゃったから。大事に育てないとなってなったんだ」
「そういえば普通の子供のように接した方が良いと先程言っていましたが、そういうナニか……必要性のようなモノがあるんですの?」
「その通り」
頷き、ヘンモ警備員は愛おしそうな目でベイビィユニバースを見つめながら、頭かもしれない部分の宇宙を撫でた。
「……この子は、まだ真っ白なんだ。善と悪もまだ無いような、生まれたばかりの、そしてその中ではまだ少しの銀河や惑星しか生まれていないような、幼い宇宙。だからこそ、育てる親の善性や悪性に全てが左右されちゃう」
……成る程。
「悪性の高いヒトがパートナーであり親だと認識されれば、そして悪になりやすい育て方をされれば、ベイビィユニバースがホントの宇宙になった時に……その中の惑星には、悪人が多くなりやすい、というコトですのね?」
「その通り。流石、理解が早い」
「ふふ、ありがとうございます」
こちらとしても善と悪の説明は理解しやすくて助かった。
「ベイビィユニバースはどうも、完全に宇宙として大人になる……っていうのもオカシイけど、まあヒトで言う大人になると、この宇宙の外側に出るんだ」
「宇宙の外側」
「この宇宙とこの子という宇宙が重複したら大変だろ?」
「あー、うん、ええ、まあ、うん?うん、そうですわ、ね?」
……どう理解をしたら良いのだろうか。
「……箱庭の上から別の箱庭を被せると、どっちもグチャグチャになっちゃうから、って言えばわかるか?」
「あ、ああ、成る程」
確かにソレだとわかりやすい。
その場合、下は当然グチャグチャになるし、下からの衝撃で上の箱庭にも影響があるだろう。
「そして物理的に擦り抜けて重なったとしても、問題がある」
「ああ……違う本と本を一ページずつ交互に繋ぎ合わせるようなモノですものね。そうなると根本的な部分から破綻してしまいますわ」
「そういうコト」
よく出来ましたと言わんばかりの保護者の目で、頭をポンポンと撫でられた。
流石というか、百年以上宇宙の父親をやっているだけあって父性が凄い。
「だから大人になると自動的にこの宇宙の外で別の宇宙として広がって、僕はその時一緒にそっちの宇宙へ行って、大人になったこの子が滅ぶまでその宇宙の中でこの子のパートナーとして生きるんだ」
「……ハードですわね」
「うん、確かに」
でも、とヘンモ警備員は優しく微笑む。
「でも、僕はもうそういうので悩むのは終わらせたから。この子のパートナーになった時点で死ぬコトは出来ないし、心中しようって思考にならないくらいこの子が可愛く思えてきちゃったから成長を見届けたいし」
「父性、強すぎません?」
「だから選ばれたのかも」
ヘンモ警備員は笑ってそう言った。
「とはいっても、やっぱり宇宙だから。成長するのにはかなり時間が掛かるみたいなんだ」
「ああ……百年以上でも二回りくらいしかサイズアップしてないんですものね」
「この子に内包されてる、というかこの子自身である宇宙の中では結構色々育ってるみたいだけどね。宇宙だから食事は必要無いけど、時々小さい惑星を吐いたりするし」
「ミルクのように惑星吐かれたら普通堪りませんわよ」
「うん、でも小さいし、慣れた」
笑って言っているが、ソレは慣れて良いモノなのだろうか。
いや、彼の場合はもっと色々大変な人生が決まっているので、そのくらいは大したコトでは無いのかもしれないが。
……というかその惑星吐き、流れ星的なモノだったりするのでは?
重力が強い惑星がまだ無いのであれば、重力のあるこのアンノウンワールドに向かって吐くのも理解出来るような気がする。
ソコまで考えて、宇宙相手に理屈で考えても無駄だろうと判断し頭を軽く横に振って思考をリセット。
宇宙に対しては「そういうモノ」だとインプットした方が話が早いし負担も少ない。
「……でも、だからこそ、最初はちょっと困ったかな」
「惑星の吐き戻しに?」
「惑星は飲ませてないから吐き戻しは違うぞ。というかそっちじゃなくて、子育て……宇宙育てに関して、だな」
流石というか、概念系の魔物はやはりヒトの理解を超えてくる。
宇宙育てという意味不明な言葉をこの人生で聞くとは思わなかった。
……いえ、ベイビィユニバースが相手ならその表現が一番マッチしてるのは事実なんですけれどね。
「ホラ、この子のパートナーになった結果、僕は不老不死のような存在になったワケで」
「ですわね」
「そうすると、こう……まず、この子を育てるには色んなヒトと接させた方が良いかなって思ったんだ。赤ちゃんだし、良いヒト達と交流させて色々学んだ方が良いかなって」
「まあ、確かに」
そういうのは赤ちゃんの感性や情緒の為にも大事だろう。
「ただ、そうするとヒトの居るトコに行くコトになるだろ?しかも不老不死だから肩身が狭くて」
「そういうモンなんですの?」
「学園長とかは自分が不老不死であるコトに慣れているから別だよ。僕の場合は心の準備も特にしてなかったから、成長したり老化していくヒト達を見てると、ナンか、自分達だけ違う世界に居るみたいでさ」
「ある意味実際そうですし、将来的にはそうなるのが決定してますわね」
「ソレを言わないでくれよ。その時は本気で色々困ってたんだから」
ヘンモ警備員はそう言って苦笑した。
まあ確かに二十代前半男性が急に乳飲み子レベルに幼い宇宙を一人で育てるコトになったら相当大変だろうが、スケールが大き過ぎて理解が追いつかないのが問題だ。
「それで、僕はあちこちを移動してね。一定期間を超えたら即移動、って感じで」
「ソレで、警備員に?」
「うん。ここには不老不死で有名な学園長が居るし、創設者の一人である伝説の魔法使いも不老不死だろ?ソコなら肩身の狭さは感じないんじゃないか、って思ってさ」
「成る程」
確かに既に不老不死が居る場であれば、他のヒト達も慣れているからナニかを言われたりもしないだろう。
そしてソレが当然のように受け止められている場であれば、アウェー感を感じるコトも無い。
「実際ここは居心地が良いよ。不老不死でも普通に接してもらえるし、ベイビィユニバースも普通に受け入れてもらえるし、どちらかと言うと生徒達が入れ替わる感じだから時間の進み方の違いを気にしなくても良いし」
「……生徒達のは受け入れるというよりは、多分慣れによるスルーな気がしますわ」
だが、実際こういう場所では時間の進み方を気にしなくて済むのは事実だろう。
何せ子供の成長は早いから、大きくなったとしてもそういうモノと受け止めるコトが出来る。
そしてしばらく会わなかった結果年老いていても、ソレだけの時間が経ったんだなと受け止めるコトが出来るのだろう。
……見た目年齢が同い年くらいの方がずっと近くに居たら、そのヒトとの歳の取り方の違いがハッキリとわかり過ぎてしまうのでしょうね。
だがこの学園なら不老不死くらいは普通に居るので、いちいちコンプレックスに感じるコトは無い。
そもそも創設に関わってるメンバー自体が不老不死だし、その中の一人は学園長、その中の一人は歴史教師をやっているのだから、気にする方がアホらしい。
「……でも実際、ここはホントにありがたいよ。トップが不老不死っていうのもね」
「不老不死じゃないヒトがトップなのとそんなに違いますの?」
「古い価値観や考え方、当時の風習とかに理解を示してくれるだろ?あと世代交代で色々改革する為にってクビにされる心配も無いし」
「されたんですの……?」
「二回だけね」
世代交代によるクビを二回経験というコトは、もしかしてベイビィユニバースと出会ってからの時間は百年や二百年程度では無いのではと思ったが、どうせ千年後には切り捨てられる端数扱いだろうと思ったので言わないでおく。
……最終的には宇宙が滅ぶまで生きるコトになるのですから、数百年程度をいちいち指摘する方が細かいですわね。
・
コレはその後の話になるが、ヘンモ警備員の愛もあり、ベイビィユニバースはすくすくと善の方向へと成長しているらしい。
どうも第一保険室で定期的に健康診断をしているらしく、ヘンモ警備員がそう言っていた。
「そういうの、診断出来るモンなんですの?」
「難しいみたいだけど、全体の色が澄んでいれば善なんだって。くすんでると悪性が高くて危険らしいけど」
「きゃっぅきゃっ」
本日は元気に起きているベイビィユニバースは、ヘンモ警備員の腕に抱かれながらご機嫌だった。
この子は宇宙でもあるので抱き上げられなくても浮けるのだが、赤ちゃんだからか親でありパートナーであるヘンモ警備員に抱っこされるのが好きらしい。
……まあ、浮いた状態でうろうろしたら迷子になる可能性もあるから、その方が安心ですわよね。
赤ちゃんの宇宙が迷子というのは、考えるどころか文字にするだけで相当にデンジャラスだ。
さておき、その危険というのは悪性高めなベイビィユニバースが成長した際の宇宙の中に誕生する生命体が、だと思われる。
あと親と認識されているパートナーのメンタルの悪レベル。
「……澄んでるとかくすんでるとか、よく診断出来ますわね」
「ホントにね」
「ぷーぅ?」
自分も目は良いハズなのだが、じっと視ても宇宙にしか視えない。
というかじっと視ていると宇宙が視え過ぎるせいで酔う為、あまり凝視出来ないのだ。
くすんでいるベイビィユニバースも視ればその違いがわかるのだろうが、ソレは見る見ない以前に居ない方が良いモノなので、知らないままの方が良いコトだろう。
「でも、良い子に育ってるのは良いコトだよ。僕も将来この子という宇宙の中で生きるコトになるんだから、平和な方が良いしね」
「ま、ソレもそうですわね」
「あーむぅ、きゅぁーあ」
「……ふふ」
見た目はバスケットボールサイズの宇宙でありながら、赤ちゃんらしい声を上げる幼いベイビィユニバースに、思わず顔がほころんだ。
ヘンモ
見た目も精神的にも若者だが、年齢はとっくに三桁。
ベイビィユニバースを受け入れるくらいには面倒見が良いので生徒からの人気も高い。
ベイビィユニバース
まだ赤ちゃんだがパートナーであるヘンモパパが大好きなのでよく笑う。
時々惑星を吐き出すが、成長途中なので直径二メートル以内のサイズばかりだし良い研究材料にもなるからというコトで問題扱いはされていない。