修繕少女とモクモクラウド
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼女の話をしよう。
職人気質で、機械に強く、機械と会話が出来る。
これは、そんな彼女の物語。
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このアンノウンワールドは異世界である地球基準で言うなら、中世に魔法をプラスしたような世界観である。
間違ってもロボットがどうとか宇宙戦争がどうとかの世界観では無い。
……いえ、ロボットっぽい魔物とかは居ますけれど。
しかし普通の機械が無いのかと言われるとそうではない。
というか異世界である地球の中世頃だって普通に機械くらいはあるハズだ。
例えば時計とか、水車、風車など。
過去にはあったらしいカタパルトなどの戦争用機械は現在必要とされていないので、ソレらはほぼ無いモノという扱いだが。
さておき、この学園でも機械の授業は当然のように存在する。
……機械に対する最低限の知識が無いと、恐ろしいですものね。
「んー……ジョゼ、歯車を取ってくれるかな」
工具を持ちながら振り向きもせずにそう言うのは、セリーナだ。
彼女は機械弄りが大好きであり、機械系授業でも好成績を維持している。
そんな彼女は今、ホールクロックを弄っていた。
ここはフェリシア機械教師の研究室であり、機械に興味がある生徒は自由に出入りと機械弄りが許可されている空間なのである。
「ドレですの?」
「小さいヤツを頼めるかな」
「ハイ」
「ん、ありがとう」
手渡すと、セリーナはやはり振り向かずに受け取ってホールクロック弄りに夢中だ。
「……セリーナ、難航してるならちょっと休憩したらどうですの?」
「難航はしてないよ」
セリーナは手の動きを止め、ふぅ、と疲れたように溜め息を吐く。
「時計の文字盤、時間になるとアレが二つに割れてクルクル回って元に戻る、っていうのをやろうとしてるんだけど……この子がついでにって他の箇所の修繕も頼んでくるからさ」
頼んでくる、と言ってもホールクロックは魔物でも無い、ただの時計だ。
しかしセリーナは機械系魔物との混血らしく、魔物でも無い機械の声が聞こえるらしい。
自分も普通なら視えない世界が視える目を持っているし、この学園にはもっと不思議な特性の生徒も居る。
つまり、普通にあり得るコトだ。
「ああ、確かそのホールクロック、壊れて廃棄される予定みたいだったからってフェリシア機械教師が持って帰って来たんでしたっけ」
「そう。細かい機械を弄るのも好きだけど、こういうのも好きだからって試しに細工をしようと思ったんだけど……結構あちこち修繕が必要だね」
溜め息を吐くセリーナの顔に汗が伝うのが見えたので、ハンカチを手渡す。
「ハイ、セリーナ。コレで一旦汗を拭いなさいな。休憩ですわ、休憩」
「んー……そうだね、外した歯車とかしっかり見たいしそうしようか。ありがとう」
「いいえ。あとついでに邪魔そうだったので髪も結びましょうか?」
「助かる」
素直にセリーナがこちらに背を向けて座ってくれたので、そのピンクベージュの髪をささっと纏める。
手櫛なのは申し訳ないが、髪留めを持っていてもクシは常備していないので許して欲しい。
そうして纏めている間も、セリーナは休憩時間と言いながらホールクロックから取り出した歯車を磨いたり噛み合わせを確認したりしていた。
「んー……コレ、微妙に合っていないな。新しい歯車にした方が良いか」
休めと言ってもこういう職人気質のヒトはやっているのが終わるまではそのコトだけを考えるという性格をしているので、止めはしない。
「ジョゼ、ついでに聞いておきたいんだけど、他にもホールクロックで修繕した方が良い部分はあるかな?」
「わたくしの目で視ろってコトですわよね、ソレ」
「そうなるね」
確かに自分の目なら透視も可能だし顕微鏡のように拡大も出来るが、そもそも自分自身がソコまで時計に詳しく無い。
自分が詳しいのは魔物くらいだ。
「先にホールクロック自身に聞けば良いんじゃありませんの?」
「聞いたよ。ただホールクロック曰く、「上側の中身と真ん中辺りの中身がちょっと気持ち悪い」っていう感覚でしかないみたいでさ」
「あー……」
……そういえば前にセリーナに聞いた時、完成してる機械は大人のように細かく喋って、分解途中だったりする機械は子供のような喋り方になるとか言ってたような……。
機械からすると構築途中は人間で言う幼少期みたいなモノなのだろう、とは思う。
しかしこの場合、分解途中だと子供のような返答しかしてくれない為、明確な返答が求められないというコトでもある。
「最初は文字盤を動かす細工と軽い修繕のつもりだったから、聞いておかなかったんですのね?」
「……うん。実際致命傷じゃないのばっかりだけど、直さないと後々面倒だろうなって思うから直してはあげたいし。でも聞かずに軽く分解したのは早計だったなって」
「でもその耳があれば他のヒトよりも修繕箇所があるっていうのがわかる分、得ですわよ。わたくしには機械系はよくわかりませんけれど、頑張りなさいな」
「ジョゼ……」
髪が整えられたセリーナは、こちらを見た。
「応援は嬉しいけれど、今はソレよりもこの子の異常箇所を教えてくれるかな」
「わからないって言いましたのにー……」
……誤魔化せませんでしたわ。
「ちょっと噛み合ってない部分だとか、動きが変だなって思う部分を指摘すれば良いだけだからすぐわかるよ」
「ソレ、機械系授業が得意分野のヒトがよく言うセリフですわよね」
ちなみに自分の機械系授業の成績は中の下であり、中の中である体術の成績より低い。
・
研究室内にある新しい歯車を用意したりして休憩を終了したセリーナは、再びホールクロックの修繕に取り掛かり始めた。
自分にはまったく聞こえないがホールクロックがナニか言っているのか、セリーナは工具で中を弄りながら、ホールクロックを宥めるように片手で外側を撫でている。
「大丈夫だよ、すぐに直るからね。怖くない、怖くない」
そう優しく声を掛けながら内部を弄っているセリーナだったが、困ったようにこちらに視線を向けた。
「ジョゼ、まだ分解状態でこの子が凄く不安がっちゃってて、中々落ち着いてくれないんだ。でもそろそろ両手で作業したいし、ジョゼがこの子の相手をしてくれないかな?」
「いや、わたくし機械の声が聞こえないのでソレはちょっと……」
生き物が相手なら例え声が聞こえなかろうが筋肉の動きで大体わかるし、口の動きがあれば聞こえていなくともナニを言っているかはわかる。
無機物は苦手だが、魔物であれば多少はわかる。
もっとも魔物だからギリギリわかるだけであって、無機物系は筋肉などの動きが無い分視えにくい。
……つまり、魔物でも無い無機物相手は無理ですわ。
「撫でるだけも無理かい?」
「ドコが撫でてもセーフなのか、そしてアウトなのかがまったくわからないので無理ですわね。セリーナが歌うとかじゃ駄目ですの?」
気を紛らわすならそういう系の方が良いと思いそう言うと、セリーナは納得したような表情で頷いた。
「成る程、ソレ良いね」
そう言ってからセリーナはホールクロックを軽くポンポンと叩いてから、両手をホールクロックの中に入れてゴソゴソと動かしながら歌い始める。
「お腹の鳴き声 腹ペコの合図」
チラリと視線を向けられた。
その目は次の歌詞を催促するような目なのが、自分には視えてしまう。
「……肉を食べたきゃ ローストビーフ」
「シュラスコ ハギス シュバイネハクセ
タンドリーチキン ケバブも美味い」
やはり一緒に歌ってほしいという視線だったのか、セリーナは嬉しそうに目を細めてから本格的にホールクロックに視線を固定した。
「おっといけない 野菜も食べよう」
「ミネストローネ ムサカも良いね
ナムル ガスパチョ カポナータ」
……というか、何故この選曲なんですの?
「次は魚だ カルパッチョ」
「ムニエル マリネ アクアパッツァ
スシ バカラオ フィッシュ&チップス」
この曲は聞いているとお腹が空くという飯テロ系の曲である。
屋台が出ていて、かつお昼時にこの曲が聞こえた時など、屋台に客が殺到したという逸話がある歌だ。
「ちょっと休憩 スープにしよう」
「ポトフ ミソシル スコッチブロス
ボルシチ グヤーシュ ツヴィーベルズッペ」
……まあ、曲の好みはヒトそれぞれですものね。
「さてさて最後 デザートだ」
「クリームブリュレ ダダールも良い
ジェラート ワッフル アップルパイ」
しかし自分がこの曲を知らなかったらどうしたのだろう。
そのまま一人で歌うのか、自分が知っていそうな曲を新しく歌い始めるのか。
……後者な気がしますわね。
「ホントの最後 大人の時間」
「テキーラ タッジ スリボビッツ
オコレハオ リモンチェッロ ポートワイン」
セリーナは今手を離せないようだが、どうやら足元に置いてある工具を欲しがっているように視えたのでその工具を手渡すと、ソレを受け取ってそのまま手を動かし続ける。
「たらふく食べて お腹も膨れ」
「鳴き声止んだら ぐっすり眠ろ
起きた時には また鳴くさ」
歌い終わり、セリーナはホールクロックに視線を固定したままで満足そうに頷く。
「やっぱりジョゼって歌が上手いね」
「今のは一緒に歌ったからですわよ」
「そうかな……あ、ソレ取って」
「ハイ」
「ありがとう」
セリーナが行っている工程と手の動きなどから欲しがっているらしいパーツを渡すと、合っていたらしくそのまま作業を続行していく。
正直筋肉の動きなどから推測しているだけなので、もう少しわかりやすく説明して欲しいのだが、まあ合っているなら良いだろう。
「ん?……ああ、成る程。うん、わかったよ。任せて」
突然セリーナが独り言を言い始めたが、恐らくホールクロックだろう。
自分もゴーストや精霊と会話する時、他人からこう見えているのはわかっているので、特に気にはならない。
「ナニか言ってますの?」
「うん。内部もありがたいけど、文字盤を変えるなら秒針も新しくて格好良いのに変えて欲しいって」
「結構要求しますのね」
「畑の水遣りついでに草抜きをするようなモノだから、簡単な要求だよ」
そう言ってクスクス笑っていたセリーナだが、ふと遠い目になって溜め息を吐いた。
「……実はさ」
「ハイ?」
「今ちょっと、一時的で良いから家に帰れないかって言われてるんだ、親に」
「えーっと……」
長期休暇はもう少し先のハズだが、どういうコトだろうか。
「長期休暇はまだですわよ?」
「うん、そうなんだけど……修理の腕が思ったより上手くなってたから一瞬で良いから帰って来て仕事手伝えって!親が!」
「どうどう」
急に叫んだセリーナの背中をポンポンと叩いて落ち着ける。
時計という繊細なアイテムの修繕をしているのだからそう熱くならないで欲しい。
「つまり、長期休暇を待たずにちょっとだけ帰って来て欲しい、と?」
「そう。実家は修理屋でね。長期休暇の時に手伝ってるんだけど、ナンか凄い沢山依頼が来たらしくて手が足りないって」
そういう生徒も居ないでは無いので教師に事情を説明すれば許可が出ると思うが、セリーナの顔は不満気だ。
……帰りたくない理由があるのかもしれませんわね。
「……帰りたく無いんですの?」
「うん」
「ソレは、何故?」
「湿気が多いから」
「……ハ?」
今のは聞き間違いだろうか。
「実家の方は湿気が凄いから帰りたく無いんだ」
聞き間違いじゃなかった。
「……湿気」
「あ、馬鹿にしないでくれるかい?機械弄りにとって湿気っていうのは大敵なんだ。なのに実家は湿気が強めなトコにあってね……機械が弄りにくいったらない!」
「どうどう」
再び背中をポンポンして落ち着かせる。
最近誰かの背中をポンポンするのに慣れて来た気がしてナンとなく嫌だ。
ナンか、知らない内にブレーキ役になっている気がする。
「まあ、わたくしも湿気が多いと髪のボリュームが凄いコトになるので、湿気を嫌うのはわからなくもありませんわ」
「だろう?嫌だろう?だからあまり実家には帰りたく無いんだよね……」
「セリーナ的には沢山機械を弄れるチャンスでしょうねとは思いますけれど」
「こっちでも充分弄れるよ。……確かに私は修繕するのが好きだけどさ」
ホールクロックを修繕しながらセリーナは、むぅ、と頬を膨らませた。
「んー……湿気なら、重曹とか炭が良いと聞きますわね」
「でも私の場合、機械に夢中になるから完全に放置してあまり長くは持たなくて」
既に実践済みだったか。
「……ジョゼ」
「ハイ?」
「湿気を取ってくれる魔物とか居ないかな」
「パートナーにする気ですの……?」
目に篭もっている光がヤバイ。
「湿気を取ってくれる魔物がパートナーになってくれたら、私のイライラは軽減すると思うんだ。で、居ない?居るよね?」
「居ますわ、居ますからその目でぐいぐい迫らないでくださいな!」
……目が狂人っぽくて怖いんですのよー!
職人気質というのは一点特化なので、気持ちは察せなくもないが。
本人からすれば本当に切実でどうにかしたい問題なのだろう。
「湿気とかでしたら、湿気を主食とするモクモクラウド辺りが良いと思いますわ」
「モクモクラウド?」
「ええ、雨雲みたいな姿の魔物ですの。湿気を吸って膨らんだり、湿気を吐き出して縮んだりしますわね」
「……除湿と加湿が可能、か」
セリーナの目がヤバイ目からマジな目に変化した。
「よし、早めにホールクロックの修繕と改造を終わらせてモクモクラウドの生息地を調べよう!ありがとうジョゼ!」
「あ、ハイ……えっと、無理強いは駄目ですわよ?」
「大丈夫だよ」
セリーナはニッコリと笑う。
「エサで釣るなりして頷かせるから」
その笑顔は凄まじい圧を含んでいた。
・
コレはその後の話になるが、セリーナはホントにモクモクラウドをパートナーとして捕まえた。
「うぇぇぇぇ……雲使いが荒いです、よぅ……!」
「知らないな。私は君にキチンと食事を提供しているだろう?さ、頼むよ」
「ううぅぅうぅぅぅ……」
セリーナがパートナーにしたモクモクラウドは、泣き言多めなモクモクラウドだった。
どうも彼しか見つからなかったらしく、全力で口説きながらエサを見せて釣り上げたらしい。
「もうちょっと……!せめて、もうちょっと、構ってくれたりすると、思ったんですよぉ……!なのに、セリーナ、いっつも機械ばっかりで……!」
「うん、まあ、そういう性格ですものね」
そして自分は何故かセリーナに頼まれ、モクモクラウドの愚痴聞き役になっている。
パートナーであるセリーナへの愚痴なので友人でしかない無関係な自分が聞くのはおかしくないかと思うのだが、彼女には壊れたモノを無償で直してもらった恩義があるのでこのくらいは仕方あるまい。
「う、うぅ……だ、大体、僕、そもそも、押しの強い子は苦手、ですし……」
「エ、セリーナはめちゃくちゃ押しの強いタイプですわよ?」
「そうなんですよぅ……!」
湿気が漂いそうなめそめそした声でそう言うモクモクラウドだが、しっかりと湿気は吸収しているのか周辺の空気はミスマッチな程にサッパリしている。
「く、どかれた時とか、真面目だったし……機械を前にしてる時の、真面目な顔とか……素敵、だったので、その、あんな素敵なヒトに大事にされたらなぁ……って」
「って思ってパートナーになったんですのね」
「……そうです……」
だが実際は機械が優先順位トップを突っ走っているタイプである。
「いや、さっきから聞こえてるから言わせてもらうけどね」
すると、聞いていないかと思っていたセリーナが会話に入って来た。
彼女は極東のカラクリ人形を分解しつつ、チラリとモクモクラウドを見て言う。
「私だってちゃんと、機械弄りを終えたら全力で労わっているつもりだよ?君のお陰で最善が尽くせたよ!って言って撫でたり」
「そうなんですけどぉ!」
「あとお風呂上りの保湿手伝ってくれた時とかもだし、部屋でちょっとパーツ磨いたりしてる時に自分から除湿してくれた時も」
「そうですけど、そうなんですけどぉ……!もっと、もっと機械より、僕の方を見て欲しいんですぅ……!」
「ソレは無理だな。私は自分の命よりも機械優先だ」
「うええぇぇん!」
……コレ、ただの痴話喧嘩ですわよね。
というよりも、セリーナが機械に夢中過ぎるからモクモクラウドが機械に嫉妬している、というだけの話じゃないだろうか、コレ。
ワリとお互い好意に満ちているみたいだし、セリーナも機械弄りの最中以外は意外にもまともな、というか普通以上に甘めの対応をしているようなので拗れたりもしなさそうだ。
「ソレよりもモクモクラウド、もう少し除湿してくれないかい?」
「う、うう……除湿します……」
「……うん、良いね。ありがとう。この作業が終わったら一緒に中庭でも歩こうか」
「ほ、ホントですか……!?」
「モチロン、コレが終わったらね。待てる?」
「………………待ちます」
「無言が長いな」
「ぅ…………だって、セリーナに、夢中になられてる、のが、羨ましくて……」
最初は大丈夫かと不安だったが、仲睦まじいようでなによりだ。
ソレよりも、自分は特に必要無さそうなので今日いっぱいでこの愚痴聞き役を降りても良いだろうか。
セリーナ
遺伝のお陰で機械との会話が出来る為、意外と情報通。
発明も好きだから得意は修繕。
モクモクラウド
口説かれたし湿気というご飯を食べさせてくれるというのでパートナーに。
嫉妬深いがキレたりはせずにメソメソメソメソと泣くタイプ。