褐色少年とオミットスコーピオン
彼の話をしよう。
砂漠の方からの留学生で、爽やかで、人望が厚い。
これは、そんな彼の物語。
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今回の長期休暇では、またもやジャムをたっぷり買って来た。
流石に前回は多かったしと反省してお気に入りだけを買ったのだが、複数個買った結果重さはあまり変わらなかった。
我ながら浅はかというか、安いからと言って必要以上に買っていつもよりお金使って余らせるヒトのようだ。
……まあ、消費頻度は高いですし。
そう言い訳をして荷物を整理する。
ルームメイトであるジェネヴィーヴは自分とは違う故郷なので、まだ学園には戻って来ていない。
それぞれ距離が違うので、学園に戻って来る日付けが違うのはよくあるコトだ。
だからといって荷物を広げっぱなしにして良いという理由にはならないので整理していると、自室の扉が連続でノックされた。
しかもコンコンコン、というよりも、ココココココというキツツキが出すような音。
……急ぎでしょうか。
「ハァイ、どちら様ですの?」
「ジョゼフィーヌ!?良かった居てくれた!頼む、入れてくれ!」
「え、あ、ハイ、別にカギ掛けて無いのでお入りくださいな」
「助かる!」
そう言って慌てたように入って来たのは、褐色肌のカールだった。
彼は鈍い茶色の髪を揺らしながら、扉に背を預けて安堵したように座り込んだ。
「……良かった、本当に良かった……ジョゼフィーヌが居てくれて助かった……もし居なかったら、僕はもう、どうしたら良いかと……」
「いや、うん、我ながら丁度帰って来たばかりなので、ナニがあったかはわかりませんが良かったですわ、ね?」
普段の冷静さと爽やかさが同居しているカールとは思えないくらいに動揺しているのが視えるので思わず疑問系になってしまったが、まあ良いコトだと思う。
何せとても慌てているようなので、自分が不在で無かったのは彼のメンタル的にも幸いだったハズだ。
「というかホントにナニが……というか、大丈夫ですの?」
「…………」
切らしていた息を整えながら、汗を垂らすカールは言う。
「……悪いが、ナニか飲み物をもらえないだろうか。あまりにも焦ったので、喉が……」
そう言うカールの顔は気まずそうな、申し訳無さそうな表情だった。
・
とりあえずお茶を渡すと、カールは一気に飲み干し、生き返ったかのようにいつも通りの爽やかな笑みを浮かべた。
「ふぅ、助かった!」
相変わらず異世界である地球に居れば清涼飲料水のCMに出れそうな爽やかさだ。
さておき、落ち着いたらしいカールに問い掛ける。
「で、ナニがあったんですの?」
「おっと、そうでした。いや、慌てていたモノで……申し訳ありません」
ペコリ、とカールは頭を下げた。
「別に問題はありませんわ」
……カールの口調が素になるくらいには慌てていたようですし。
普段のカールは敬語なので、さっきまでの方が珍しい。
レア度で言うならSR級。
……ま、身内が相手の時や故郷では素の口調だと聞いたコトがあるので、単純に長期休暇直後で気が抜けていたってコトもあるのでしょうけれどね。
「……ソレで?」
「ええ……ジョゼフィーヌは、僕の故郷がドコか、知っていますよね?」
「砂漠ですわよね、確か」
ペルハイネンからは結構離れているのだが、彼は遠いからこそと長期休暇の度にお土産をたんまり持って帰っている。
元々彼は故郷の人気者なのか、長期休暇が終わる度に向こうの特産品を友人達に渡しているのもよく見かける光景だ。
……わたくしも前に、砂漠の方の本をいただきましたわね。
使用される文字が違うので本来はお土産向きでは無いらしいのだが、文字であれば読める自分の目と、向こうの本は中々こちらに流れて来ないらしいから、とくれたのだ。
しかも向こうの読書家がオススメの本を幾つか見繕ってくれたらしく、とても興味深い本だった。
……民族系のアレコレとか、現地の逸話とか、そういうのって現地人の方じゃないと見つけにくかったりしますものね。
「ソレで、ソレが?」
「……砂漠には、とある害魔が居るのはご存知でしょうか。僕の故郷ではかなり有名なのですが……パラサイトスコーピオン、という」
「ええ、モチロン」
害魔図鑑で見たコトがある。
どころか、普通の魔物図鑑にも害魔として載っているコトが多い有名なサソリの害魔だ。
「尾で刺した部分から致死量の毒と共にタマゴを産みつけ、その死骸を食い破って生まれるという……人死にが出る害魔ですわね」
発見次第ソッコでキルしないと駄目なタイプの超危険な害魔だ。
発情期じゃなければ、オスならばと思うかもしれないが、パラサイトスコーピオンの場合は雌雄同体で単体生殖が可能な上、発情期とか関係無い魔物なのである。
つまりかなりヤバイ。
「……そう、そのヤバイ害魔なのですが……その」
カールは真っ青な顔で言う。
「……荷物を広げて整理してたら、その中に、サソリが……」
「エッ」
ソレはパニック系ホラーが始まる時のヤツでは。
「……短い命でしたわねー」
「いや刺されてませんよ?アレに刺されたら即死ですから、僕がここに居る時点で刺されてません」
「ああ、そういえば」
思わず早合点してしまった。
というか自分の目で視れば彼に刺された痕が無いのは視えていたというのに、思ったよりも衝撃が強かったらしい。
我ながらちょっと恥ずかしい。
「荷物を広げたら、サソリが居て……反射的にというか、まあ、故郷ではそういう風に育てられてますからね。ソッコで魔法使って閉じ込めたんですよ」
「おお」
流石現地人。
対処方が叩き込まれている。
「ただ、そのサソリが……その」
「?」
カールは少しもごもごとしてから、言う。
「……ナンか、命乞いをしてくるというか」
「あら、ソレは不思議ですわね」
「そうなんです!」
図鑑ではソコまで詳しく書かれていなかったが、カールからお土産で貰った本には、当然のようにパラサイトスコーピオンについての生態が詳しく書かれていた。
パラサイトスコーピオンは繁殖が大前提であるがゆえに、命乞いはしない、とも。
「正直、僕は故郷周辺に出る害魔以外にはあまり詳しく無いので区別が付かなくて……もしかしたら違うサソリ系の魔物なのかもしれないし、はたまた突然変異タイプのパラサイトスコーピオンなのかもしれなくて……」
「……成る程、だからわたくしのトコに来たんですのね」
「その通りです」
カールは頷いた。
自分なら目が良いので一般人では区別しにくい差も目に視えてわかるし、魔物にも詳しいので見分けを付けやすい。
実際自分もこういった時に頼るならそういうヒトに頼るだろうから、正しい選択肢だろう。
……いやまあ、この学園には普通に魔物の専門家であるフランカ魔物教師が居ますけれどね。
「ちなみにフランカ魔物教師には」
「ジョゼフィーヌが居なかったら探そうと思ってました。距離的にも近いのはこちらでしたし、彼女は自室や研究室に居ないコトが多いので……」
「成る程」
あのヒトはフィールドワークとして外出しているコトも多いので、納得した。
実際自室か研究室に居たとしても、そうなると教師用の建物に居るというコトだ。
そう考えると階層が違うだけで同じ建物内であるこちらを頼った方が確実性が高い。
……まあ、まだ帰って来てない可能性もありましたけれど。
そして荷解きをしていなかったら帰って来ていたとしてもこの部屋に居ない可能性があったので、カールの幸運は高そうだ。
「では、見に行きましょうか」
「申し訳ありません……」
「構いませんわ」
申し訳無さそうに頭を下げるカールに、自分は安心させるようにと微笑んで言う。
「もしパラサイトスコーピオンであれば、ソッコで魔法使って燃やすだけですもの。突然変異みたいなタイプであればフランカ魔物教師に受け渡し、ですわね」
「……頼もしいですね、いつも思いますけど」
「それ程でもありませんわ」
自分は魔物知識に特化しているだけの器用貧乏なので、ホントにそれ程でも無い。
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カールの自室の前まで移動して、扉を開けようとしてふと気付く。
「そういえば、ルームメイトとか大丈夫なんですの?」
「ああ、マウリッツはまだ帰って来てないから大丈夫ですよ。彼、ぺちゃくちゃフラワーと二人っきりになれるチャンスだからと長期休暇終了ギリギリまで帰ってこないので」
「あー……」
恐らく前回の長期休暇でもそうだったのだろう。
というかあのマウリッツとルームメイトでその爽やかさを維持出来る辺り、中々に強いメンタルだ。
「では失礼」
扉を開けて中に入ると、荷解き中だったのだろう荷物が広がっている。
そして広げられた荷物の中に、魔法で作ったのだろう魔力の檻に閉じ込められたサソリが居た。
「あー!帰って来た!ねえちょっと、出してってばー!私悪いサソリじゃないわよー!」
……ホントに命乞いしてますわね。
だからといって警戒が無くなるワケでは無いが、危険な部位とされる尾が檻から出ないようにと網目が細かい檻なので、観察する為にもと少し近付く。
「……ん?」
そして、パラサイトスコーピオンにあるハズの特徴が無いコトに気が付いた。
「……アナタ、パラサイトスコーピオンじゃありませんわね」
「そう!そうなの!良かった気付いてくれるヒトだったー!私別魔物!魔物違いなのよー!」
サソリの魔物は狭い檻の中で、わかってくれるヒトが居た!とばかりに飛び跳ねた。
「ええと……違うんですか?」
「違いますわね」
自分の背後から覗き込むようにしてサソリの魔物を見るカールに説明する。
「彼女は恐らく、オミットスコーピオンですわ。見た目の特徴がとても良く似ているので間違われがちですが、尾の先っぽが少し違うんですのよ。パラサイトスコーピオンには尾に返しがあるとされるのですが、彼女にはソレがありませんわ」
「そうー!そうそうそう!マイナーだし大体パラサイトスコーピオンに間違われるコトも多いけど、ソレ!オミットスコーピオンです!処分しないでー!良いコトあるから!あるからー!」
「ええっと……」
檻の中でグルグル回ってそう叫ぶオミットスコーピオンに、カールは戸惑ったような表情でこちらを見た。
「ううん……まあ、害が無いのは事実ですから、檻の魔法は解いても良いと思いますわ」
「そうですか……オミットスコーピオンという魔物の名は始めて聞きましたが、ジョゼフィーヌが言うのであればそうなのでしょう」
ソコまで信頼されても困るのだが。
そう思いつつも、カールが魔法を解除するのを見守った。
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檻から解放されたオミットスコーピオンは体を解すかのように伸びをする。
「あー、ビックリした!私を知ってるヒトが居てくれて助かったわー!」
「……あの」
「うん?」
「申し訳ありませんでした!」
そんなオミットスコーピオンに、カールは深く頭を下げた。
「害魔と間違えて、危うく処分し掛けてしまって……」
「あー、良いのよ別に!都会に行ってみたいからって無断で君の荷物に潜り込んだのは私だしね。気にしないで!」
「ですが……」
「良いから!」
「は、ハイ」
「よし!」
納得行っていないようなカールだったが、ゴリ押しで納得させられたらしい。
難しい顔をしていたカールだが、ふと気付いたように言う。
「……ところで、オミットスコーピオンというのは」
「あー……」
問われたオミットスコーピオンは面倒臭そうなのを隠さずにそう唸り、こちらを見た。
「彼女の方が説明上手っぽいし、彼女に聞いてー」
……押し付けられましたわー……。
「……オミットスコーピオンとは、尾で刺した相手の疲労感などを消し去るコトが出来る魔物ですわ」
「エッ、凄いじゃないですか」
「そう、ただし害魔にソックリな見た目というコトであまり知られては居ないようですけれどね」
そう言うと、カールは少し居心地が悪そうに視線を逸らした。
「ちなみにこの能力には一応上限があって、連続で刺せるのは四回までが限度ですわ。どれだけ疲れていようが、連続で刺せるのは四回」
「……つまり?」
「丸一日刺されずに居ればリセットされるみたいなので良いんですけれど、丸一日経たずにもう一回、を繰り返して四回目を超えると、副作用みたいに消し去った分の疲れがどっと来るんですのよ。最悪数日間寝込みますわ」
「あー……成る程」
成績も良い方であるカールなので、その危険さはすぐに理解出来たらしい。
要するに数日分のツケが一気に来るので、その疲労感はマジで死を幻視するレベルでヤバイと図鑑には書かれていた。
「ただまあ丸一日分経過するようにと気をつけさえしていれば問題はありませんわ」
「そうそう、疲れ切ってもう動けないって時とかに重宝するわよー」
彼女が先程、命乞いのように言っていた役に立つという言葉も、恐らくソレのコトだろう。
「と、言うコトで!」
オミットスコーピオンはカールに近付いて言う。
「養って♡」
ソレは、語尾にハートが見えそうな声だった。
「……僕がですか?」
「だって都会が見たくてここまで無断で付いて来たのよ!?でも私お金持ってないし!」
「ま、まあ、でしょうね」
「その上オミットスコーピオンの名前は売れてないのにパラサイトスコーピオンの知名度は高いから単独行動してたら処分される可能性あるし!」
「ソレはまあ……確かに」
その懸念はカールだけでなく、自分も否定出来ない。
「だからお願い!養って!」
「いや……」
「パートナーになってくれとまでは言わないからー!いやなってくれるならなって欲しいけど!顔好みだし!」
「…………」
困ったようにカールがこちらを見たが、そんな目で見られても困る。
「……まあ、とりあえず保護しておくのが良いと思いますわ。カールのようにパラサイトスコーピオンと勘違いする方も居るでしょうし。あとは……疲労感が強い時は刺してもらうとか?」
「…………そうですね」
カールは溜め息を吐いてから、そう頷いた。
「一応保護、というカタチで」
「パートナー候補として見てくれても良いわよー。イケメン大好き!」
オミットスコーピオンの言葉によってまたカールが困ったようにこちらを見てきたが、気付いていない振りをして視線を逸らしてやり過ごした。
・
コレはその後の話になるが、実はオミットスコーピオンは砂漠の方では繁栄の魔物扱いされているらしい。
どうも古いヒトしか知らない話らしいのだが、かつてオアシスを求めてあちこちを移動していたヒト達からすると、疲れを消し去るコトが出来るオミットスコーピオンは労働者の強い味方だったのだそうだ。
そして町作りの際もオミットスコーピオンの存在によりその速度や完成度は変化するので、繁栄系の吉兆の魔物という扱いになったんだとか。
つまり、カールは手紙で故郷にオミットスコーピオンのコトを伝えた結果、そういう感じの返事が来た、というコトなのだが。
「どう思いますか」
「どう、と言われましても」
現在自分は談話室で、困った表情のカールに相談されている。
「だから、その、僕とオミットスコーピオンの関係というか……。近所の方々に、大事にしろと言われて、オミットスコーピオンには顔が好みだからと結構アタックされていて」
「カールが好意的に見れるのであればソレで良いんじゃありませんの?」
「…………」
そう返すと、カールは恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、頬杖をつくような動きで顔を一部隠しながら、赤面を誤魔化すように頬を揉んだ。
「……でも、ホラ、僕、最初に断ったじゃないですか」
「断ってましたわね」
「だから、その」
カールはこちらの視線から逃れるように、視線を逸らす。
「…………断っておきながら、絶えないアタックにちょっと揺らいでるとか、ちょっとどうかなって思って……」
「アタックが絶えていないのであれば、相手の粘り勝ちってコトで喜ばれると思いますわ」
「ですがオミットスコーピオンは僕の顔が良いって言ってるんですよ!?」
叫び、カールは机に手をついて立ち上がった。
しかしヒトが多い談話室だというコトを思い出したのか、すぐに冷静さを装って咳払いし、ソファに座り直す。
「……つまり、カールがオミットスコーピオンを好きになっても、オミットスコーピオンは他の顔が良い男に揺らぐんじゃないかという懸念から踏み出せない、と」
「そうなります……」
カールは両手で真っ赤になった顔を覆っていた。
もっとも褐色肌だろうが両手で隠していようが、自分の目には普通に視えてしまっているのだが、指摘はしないでおこう。
指摘しなくて良い部分を指摘すると、ミステリー物や推理物の場合、こちらが殺されるフラグになってしまうので見ない振りは大事だ。
「ま、そうは言っても一番の好みはカールの顔だそうですから、気にしなくて良いと思いますわよ?」
「…………」
「……ソレでも気になるなら、一度腰を据えて話し合いなさいな」
ちなみに自分は前にオミットスコーピオンに「どうしてもカールが私の告白を真に受けてくれない」という相談をされているので、上手く行くのはわかっている。
「応援してますわ」
「……そうですね、踏み出さないと、停滞しますからね」
カールは腹を括ったように表情をキリッとさせ、深い溜め息を吐く。
「砂漠でも、立ち止まったら死ぬだけですから。どっちを向いていようと前に進むのが砂漠の民です」
吹っ切れたように、まだ赤みの残る顔でカールは微笑む。
「助言通り、少し話してみるコトにします」
「ええ、良い報告が聞けるのを楽しみに待ちますわ」
そう言うと、カールの笑みは苦笑いに変化した。
……良い報告しかあり得ないと思うんですけれどね。
後日、カールからオミットスコーピオンとパートナーになったという報告を聞いた。
ここ最近パートナーっぽい気配になっていたのでそうなるだろうとは思っていたが、やはり当然のように、一人と一体はパートナーになったらしい。
そう報告するカールは爽やかというよりもスイーツのように甘い笑みを浮かべており、とても幸せそうだった。
カール
笑顔が爽やかで学園でも故郷でも人気のある少年。
真面目過ぎて考えがネガティブに陥るコトも多いが、押しに弱いので押しが強いオミットスコーピオンとは良いパートナー。
オミットスコーピオン
危険な害魔にソックリなので勘違いされがちだが昔は吉兆の魔物扱いをされていた。
面食いなのは事実だが、カール以外にはアイドルにキャーキャー言う感じの軽さなのをカール自身はまだ知らない。