伝説の魔法使いとスピンローラー
彼の話をしよう。
生きる伝説で、学園の創設者の一人で、時々学園に顔を出す。
これは、そんな彼の物語。
・
アンノウンワールドには、伝説と言われる魔法使いが存在している。
手遊びのように凄まじい魔法を使用したり、頼まれたからという気軽さで人工的に魔物を作ったり出来る天才だ。
彼は不死身であり、ずっとずっと昔々の大昔から生きているらしい。
……もっとも本人、結構ノリ軽いんですのよね。
彼は学園の創設者であり、セキュリティ系の魔法を施した張本人だからかよくメンテナンスも兼ねて学園に顔を出す。
ただワリと神出鬼没なのと、意外と写真嫌いな性格なので顔を知っているヒトが少ない為、伝説の魔法使いと知らない生徒と和気藹々と話していたりするのを目撃するコトも多い。
その為「謎の成人男性」として学園の七不思議の一つ扱いをされていたりもする。
……数十年ごとに彼の知り合いによって伝記が出されてるので、見た目の情報はそれなりに周知されてるハズなんですけれど。
まあ世界中を移動しているので、まさか伝説の魔法使いが生徒と普通に話してくれているとは思わないのだろう。
自分の場合は他の教師に頼まれてアダーモ学園長の仕事部屋に顔を出したら彼が居て、アダーモ学園長直々に紹介されたので知っているが。
そう思いつつ何百年か前に発行された伝説の魔法使いについての伝記、のリメイク版を食堂で紅茶片手に読んでいると、近付いて来た男にその本をさっと取られた。
「うっわ、古いヤツ読んでんねー。コレ、このゲープハルトですらうろ覚えレベルの古いヤツだよ?」
「幾ら本人とはいえ、ヒトが読んでる最中の本を奪わないでくださいな」
隣に腰掛けて伝記を摘まむように持って表紙を見ている成人したばかりにも見える若い男は、伝説の魔法使いそのヒト、ゲープハルトである。
ゲープハルトはパラララッとページを捲り懐かしそうな笑みを浮かべた。
「あー、コレ、アレか。リメイクされたヤツ。内容同じだけど文字がちょっと読みやすくなってるんだね。こうして読むとめちゃくちゃ懐かし……アッハ!」
ペラペラと己が書かれた伝記を読んでいたゲープハルトは、銅色の髪を揺らして楽しげに笑う。
「うっくくくく……訛ってた部分、括弧使って解説されててウケる!うっわー、時代だよね時代!当時の流行り言葉とか完全に括弧使って解説されてるし!えー、今時の子って人体がパージチキンみたいになってるーとか言わないの?」
人体がパージチキンみたいになってるとは、要するに戦時の時の言葉だ。
パージチキンとは食用魔物であり、一定以上の衝撃を受けるコトでパーツごとに分解されるという解体要らずな魔物である。
つまり戦争の際、バラバラになった死体に使用された言葉だ。
「そもそも今は戦争が無いので、そうそうバラバラ死体になりませんわ」
「あー、やっぱ時代だよねー。昔は銃とかバンバン撃ちまくって死人が大量に出たモンだけど、今は銃なんて兵士くらいしか持ってないし。しかも大量殺戮兵器扱いで忌み嫌われてるし」
そう、現代において銃とはとても恐ろしいモノというイメージを持たれている。
ヒトを殺せるというのは剣も槍も全部同じようなモノに感じるが、銃は特にアウトな扱いだ。
異世界である地球的に言うなら爆弾とか地雷とか核兵器とかミサイルとか、そういうレベルの危険物扱いをされている。
……兵士が持ってたりもしますけれど、害魔討伐の際や脱獄犯相手にしか使用されない処刑用の武器ですしね。
犯罪者は捕まった後、罪を償ってからでないと出られない。
もし罪を償いきる前に脱獄すれば、脱獄犯として扱われる。
つまりは発見次第銃で頭部をパァンされる。
……まあ、ホントのホントに牢獄から出ないといけない理由、例えば親族が危篤みたいな理由があるのであれば一時的に出られるんですけれど。
要するに理由が無いと出られなくて、嘘の申告は必ずバレるしワイロは通用しないし、という浅はかな考えで脱獄すればあの世への直行便チケットが発行されるのだ。
アンノウンワールドは意外とシビア。
ちなみに性欲が薄れている上に性行為の際に発生するリスクが周知されているアンノウンワールドにおいて、一番の重罪は性犯罪だったりする。
強引にコトを行ったりすれば、ほぼ確実に首チョンパ級の極悪犯罪だ。
「いやー、懐かしいなー……。にしても若いのに古いの読んでるね?」
「ソレ、リメイクしたのわたくしですもの」
「エ?……うっわホントだ!ジョゼフィーヌ・エメラルドって書いてある!あ、そっかジョゼちゃんってその目があるもんね。通りで最近懐かしい本が沢山リメイクされてるなーって思ったワケだ。アレ作者名のトコとか気にして無かったけど、ジョゼちゃんか!」
「キャッ、ちょ、髪型崩れますわ!」
髪型を崩そうとするような荒い撫で方をされた。
あっという間に髪型が崩れたのか、リボンが片方解けたのが視えたので、落ちる前にさっとキャッチする。
「伝説の魔法使いであるこのゲープハルトの頭撫で撫でだよー?もっと喜べー!」
「ならもうちょっと丁寧に撫でてくださいな!」
「えー」
そう言うゲープハルトの顔にはヘラヘラとした笑みが浮かんでいた。
・
頭を撫でるのに飽きたのか、自分から奪ったままの伝記を再び読み始めたゲープハルトに溜め息を吐きつつ、手櫛と視力を駆使してささっと髪型を直す。
髪が痛むのであまり手櫛はしたくないのだが、乱れた髪のままの方が嫌なのでやむを得ない。
「ふーむ……にしても、しっかりと現代っ子に読みやすく書けてるね」
「現代っ子ですもの」
「そりゃそうだ、っと」
そう言って本を閉じ、こちらに返してくれた。
「でもホントに上手だったし、良かったら他にも古い本提供しようか?世界に一冊しかない本とか、時代のせいで燃やされるのをこっそり回収しといた本とか、絶版でレアな本とか沢山あるんだけど、気付けば古過ぎて読めるヒトがほぼ居なくなっちゃっててさ」
ハァーア、とゲープハルトは深い溜め息を吐く。
「勿体無いし、どう?リメイクしてくれない?」
「わたくし以外にも出来るヒト、居ると思いますわよ?」
「そりゃ居るのは知ってるけど、そういうヒト達って皆既に仕事が忙しいんだもん。あと正確かって言われると微妙にニュアンスが違ってたりするしさ」
そう唇を尖らせる仕草はとても若々しく、何百年も生きているとは思えないあざとさがあった。
見た目が若いのもあって違和感が無いのがまた凄い。
「だからおねが~い♡」
「云百歳でそんなぶりっ子ポーズが出来るのに慄きますわ……」
「いや、云千歳だけど」
「慄きますわ!?」
……千歳超えで両手を組んであざといポーズに加え、語尾にハートが見えそうな声でのお願いが出来るとか、どういうメンタルしてますの!?
思わず自分を抱き締めるようにして少しだけ仰け反って距離を取ると、流石に引かれたのがわかったのか、ゲープハルトはぶりっ子ポーズを止めてその表情をヘラヘラとした笑みへと変えた。
ゲープハルトはこちらを落ち着かせるように手をヒラヒラさせながら言う。
「まーまー、でもジョゼちゃんに頼みたいってのはホントだよ。有望そうな子は今の内に確保しときたいからね」
「有望そうな子って……まだ卒業すらしてない生徒相手ですわよ」
「でも翻訳とかやってるじゃん」
「むう」
確かにその通りなのでナニも言えない。
ソレらの仕事を行い、そしてお給料も貰っている身であれば最早プロと言っても良いだろう。
ならばソレを否定するのは、他の翻訳家の方々に対しても無礼な振る舞いになってしまう。
……翻訳でお給料を貰っているというコトを考えると、同じ立場ですものね。
「まあ確かに仕事はしてるっちゃしてますが……確保って?」
「まだ若いしなーって思って様子見してたら皆あっという間に歳取ってたりしてね……早目に確保しておかないと駄目だって学んだんだよ」
「いや、だから確保って?」
「このゲープハルトからの依頼を優先的に受けてくれる子」
……優先的に受ける気が無くても、伝説の魔法使いからの依頼と知ったら他の依頼人の方が引きそうですわね。
列に並んでいる時に有名人が来たら思わず前へどうぞと譲ってしまう感じになりそうな気しかしない。
しかし今の受けている授業量に加え、コレ以上仕事が重なると自由時間が確実に減る。
ただでさえ今の時点でも友人達や教師達からの頼まれゴトで自由時間が潰れがちだというのに。
「んー……あ、でもその依頼を受けたらレアな本が読めるってコトですわよね」
「まあそうなるね」
そう考えると、良いかもしれない。
翻訳やリメイクで大変なのは書く作業だが、その為にと読む時間は結構好きなのだ。
自分からはあまり手に取らない本などを読む機会にもなるし、ゲープハルト秘蔵の本ともなれば相当にレアなハズだ。
……実際、世界に一冊しか無い本とか、かなり古い本とかがあるようでしたし……。
美術館ですら取り扱えないレベルのお宝が読める機会と考えると、かなり良い条件なのではないだろうか。
「…………揺らいでるね」
「グッラグラに揺らいでますわ」
我ながら一輪車にのって綱渡りしてる級にグラグラしている。
しかもその依頼を受ける寄りのグラグラだ。
「ふむ……あ、じゃあ依頼料の話とかする?」
「……そう、ですわね」
確かに仕事をするのであれば、ソコは重要だ。
もう完全に仕事をする気になっている気がする。
「一冊あたり……どうしよっかな。キホンは文字単価がどうのこうのらしいし……あ、ヤバイ」
「?」
上着のポケットをまさぐっていたゲープハルトは一瞬にして顔色を悪くして冷や汗を垂らしながら、ポケットをガサゴソと漁り始める。
「……ジョゼちゃん」
「ハイ」
「このお金、現代で使えるっけ」
見せられたのは、百年程前に使用されていたと図鑑に載っていた硬貨だった。
「無理ですわね」
「じゃあこっちは?」
「ソレ五百年くらい前の紙幣じゃありませんの」
そう答えると、ゲープハルトは哀愁を漂わせて紙幣を見つめた。
「たった五百年で当時家を買うコトも出来た紙幣すらただの紙か……」
「いえ、寧ろ希少価値が上がっているのでコレクターからすると言い値で買うレベルだと思いますけれど……」
ソレも領地三つは動くだろう金が動くレベルには希少価値が高いモノだろう。
「というか家買えるレベルの紙幣とか要りませんわ。普通に定価で払ってくださいまし」
「えー……」
ゲープハルトは眉を下げ、ゴソゴソと上着のあちこちにあるポケットをまさぐる。
「このお金は三百年前だし……こっちは五十年前に滅んだ他国のお金だから駄目かな。アレ、コレどこのだっけ……ああ、そうそう、十年で滅んだ国のお金だ。えーと……この紙幣は……」
「……あの、普通の無いんですの?」
「あ!たった一月で統治者が変わったから一月の間しか作製されなかった一月天下と呼ばれる統治者の顔が描かれてるレア紙幣!コレ当時もレア扱いだったから取っといたんだ!懐かしーい!」
……聞いてませんわねー。
もう本題を忘れたんじゃないだろうかと思うくらいに無視してくる。
というか年代や国がバラバラなお金を持ち過ぎじゃないだろうか。
「……ゲープハルト、普段の支払いってどうしてんですの?」
「んー?ナンか「かの有名な魔法使い様に支払いをさせるなど!」って大体のヒトがタダにしてくれるんだよね。あと昔ゲットしたけど正直要らないアイテムとか売るとその時使われてるお金が沢山貰えるから、ちょっとだけ残しておいて、他全部使ってる」
ポケットをまさぐりながら、ゲープハルトは続ける。
「だって今もそうだけど、すぐにお金って使えなくなるでしょ?そうなるともう、最悪物々交換するしかないからさ。だからその時使えるお金はその時に使っちゃうんだよねー」
「成る程……」
だから国籍豊かなお金を持っていても、現在ペルハイネンで使用されているお金が中々出てこないのか。
ゲープハルトはポケットをガサゴソと漁っていたが、現在使われているお金は出てこなかったのか、疲れたようにこちらを見た。
「……もういっそ、金じゃ駄目?黄金とかさ」
「いや、うん、仕事やりますわ。やりますから、アダーモ学園長に仲介頼んでいただけます?そちらから現代のお金、かつ定価の額をいただきますので」
「あー、その手があった!」
気付かなかったとばかりにゲープハルトはニコニコな笑みを浮かべた。
「でもソレだけで良いの?昔翻訳家に依頼したけど匙投げられた本とかも容赦なく頼む気なんだけど」
「怖いコト言いますわね……定価で構いませんわ」
「えー、でもこういう時って有名な魔法使いなら金持ちだろってタカられるのに慣れてるからなー……」
ナンだか有名ゆえの闇がチラッと語られた。
その慣れは慣れというより、早めに克服した方が良い悪癖だと思う。
「マスター、マスター」
「ん?」
ゲープハルトが悩んでいると、その首元から声がした。
「ソレならさー、他の方法でナニかを与えたりとかってのはどうかな?ってスピンちゃんは思うかな」
喋っているのは、ゲープハルトの首に掛かっているネックレスに付けられているコイン。
伝説の魔法使いであるゲープハルトが移動を便利にしようという気持ちから作られた人工魔物の、スピンローラーだ。
「えー、他って?」
「例えばマスターって自分からナニかを話したりってしないっしょ?伝記とかも一切口出ししないから当時の友達が見たり感じたモノを書いてるって感じだし、質問されても曖昧な返しをするクセあるしさ」
「このゲープハルトは我ながら謙遜が過ぎる性格だから、自己主張が苦手なんだよねー。……ジョゼちゃん、その目止めて。心に刺さる」
「おっと」
思わずどの口が言ってるんだという目で見てしまった。
確かに秘密主義っぽい性格ではあるが、ヒトに絡むのが好きだし自己主張も強めなタイプだろうに。
「うん、でもまあスピンちゃんの案も良いよね。よーしジョゼちゃん、一個だけならこのゲープハルトが質問にお答えしちゃうぞ!」
「いえ、別に無くても仕事しますわよ?」
「こっちが良くないんだよ。ホラ、前金みたいな感じでさ!こんなチャンス滅多に無いよ?」
「えー……」
ゴリ押しでねだられた。
とは言っても、気になるコトは多数あるが、たった一つの質問で聞くかと言われるとそうでもないレベルのモノばかりなのだ。
……今はそうじゃないけど昔は沢山居た魔物とか、どこどこにはどんな魔物が居たかとか、そういうコトくらいしか聞きたいコトありませんのよねー。
ただ、ソレはゲープハルト以外でも答えてもらえるだろう質問だ。
例えばモイセス歴史教師やアダーモ学園長といった不死身勢なら答えれるだろう。
モイセス歴史教師に至っては過去視の魔眼も有しているので、詳しく教えてくれそうだし。
……ソレにモイセス歴史教師とアダーモ学園長、そしてゲープハルトって昔一緒に旅をしてたらしいですし。
かつて不死身組で旅をしていた、というのを聞いたコトがある。
当時はもう一人、同じく不死身系の紅一点が居たらしいが、そのヒトは色々と事情があって学園を創設してからは姿を眩ましたのだとか。
まあ要するに、ゲープハルトに聞かずともアダーモ学園長かモイセス歴史教師に聞けば片付くような質問しか浮かばない、というコトだ。
「……あ、じゃあちょっと聞きたいんですけれど」
「うんうん、ナニかな?」
普段質問には答えないと言っていたが、ゲープハルトはそうは思えないニコニコ笑顔でそう言った。
いや、ゲープハルトとの会話を思い出すと質問に答えないのは事実なのだとは思うが。
……まあ、云千歳に言うのはアレですけれど、人懐っこい性格してますものね。
正確には人懐っこいけど一定の距離を保つ、という感じの性格だが。
さておき、自分はゲープハルトに少し気になった部分を問い掛ける。
「ゲープハルトって、生まれつき不死身だったんですの?」
「違うよ」
ゲープハルトはさらりと即答した。
「元々は普通の人間だったんだけど、このゲープハルトにはコレ以上無い程に魔法の才能があってね」
「まあ、確かにそうですわね」
嫌味にもならない事実であり、真実だ。
そうでなければ大昔から現在まで「伝説」として語り継がれるコトは無いだろう。
……伝説の称号、不動ですものね。
「そしてある日……そう、二十歳を超えた辺りで、このゲープハルトは思った。「たかが五十年や百年の寿命じゃ、このゲープハルトの才能を十全に活かすコトは出来ない」と……!」
「はあ……」
「はあ……じゃないよ!ぼんやりと頷かないで!もっとしっかりと頷いて!」
ワガママか。
そんな視線を向けると、ゲープハルトは咳払いをして説明に戻る。
「だってさ、コレだけの才能があるんだよ?周囲のヒトの発想次第で出来るコトが増えていくという無限の可能性があるのがわかる程の才能!秘められない程の才能!実際云千年生きてもまだこの才能を活かし切れて無いし、当然五十年やソコらで活かし切れるハズ無いよね」
……云千年後にも同じコト言ってそうですわね。
「ソコでこのゲープハルトは考えて、よっしゃ不老不死になろうと思いました」
「思って出来るんですの?」
「うん、思ってやってみたら出来た」
ソコで出来るのが凄い。
「まあやったというか、簡単なヤツなんだけどね」
「簡単って?」
「生きたまま心臓を抉り出して、生命活動はそのままに、しかし老化しないようにと時間やらを固定させ停止。そうするコトで、その心臓を潰さない限りは不老かつ不死身のボディが完成!」
「第一段階目で普通のヒトは断念するタイプのレシピですわね」
生きたまま心臓を抉り出すというのはかなりの無理難題だ。
包丁を使わないでアップルパイを作る際にまずリンゴを素手で潰す並みの無理難題。
「ただソレだとその心臓が潰れたら終わるでしょ?だから隠そうかなって思ったんだけど、土に埋めたとしても発掘されない保証は無いし、物置に隠しても数百年したら無くなってそうだし、そもそもドコに隠したってソコで戦争が起きたら全部終わるワケで」
「まあ上から襲撃されれば周辺一帯焼け野原でしょうね」
「アレ、空襲関連の話は相当エグいからって授業でやるのは上等部入ってからのハズだけど」
「昔INした異世界知識では、昔に空襲があったらしくて」
「えー、ソレは怖いね。その異世界知識入ってトラウマとかにならなかった?大丈夫?アレ逃げるに逃げれないし、その時死ななくても火傷とかで苦しんで結局死ぬコトも多いから相当アレだよ?」
ヘラヘラした態度のゲープハルトには珍しく、とても心配した表情でそう言った。
「大丈夫ですわ。わたくしにINした知識では、生まれる前のコトらしいので」
「あー、そっか。なら良かった。アレって実際に見ると相当キツいからね。直撃しても熱いし痛いし、空気も焼けるから呼吸も出来ないしでさ。ただの知識として認識してるなら良かった」
ゲープハルトは心配した表情から安心したようなニコニコ笑顔へと変化したが、その内容は重い。
流石というか、実際に戦争を経験しただけはある言葉の重みだった。
「さて、えーと……スピンちゃん、ドコまで話したっけ」
「心臓潰されたら死ぬから隠すコトにしたって辺りまでかなー」
「そっか、ありがと。そういうコトでナニが起きるかわからないから、このゲープハルトは自分の心臓を隠す場所を考えたワケよ。いっそ宇宙にでも飛ばそうかなーとか考えたりしてね」
ソレが出来そうなのがこのヒトのヤバいトコロだ。
「で、思った。誰にも手を出されたくないなら、誰にも手を出されない空間を作れば良いじゃない、と!」
「作ったんですの?」
「うん。ラビリンスクロックとかスペースウルフとか知らない?」
「ラビリンスウォッチの方なら友人のパートナーに、スペースウルフならカフェ店主のパートナーに居ますわ」
「そっかそっか、ソレなら話が早い」
ゲープハルトはうんうんと頷く。
「ああいう種族ってさ、自分で異空間作るでしょ?自分が開けないと誰にも開けられないタイプの」
「あー」
「なのでそんな空間を作って、ソコに心臓を放り込んだ。そしてこのゲープハルトが生きてさえいれば心臓に掛けた魔法は作用し続けるし、心臓が老化はせずに生命活動だけしてればこのゲープハルトは不老不死で居続けるコトが出来る為……完全なる不老不死が誕生!って感じ」
「成る程」
パチパチパチと拍手をして、自分はニッコリと微笑む。
「ゲープハルトじゃないと出来ない芸当ですわね」
「うん、このゲープハルトもそう思う。あとこのゲープハルトの場合は才能を活かし切るぞ!っていう気持ちがあるから不老不死でも普通に生きてるけど、普通のヒトにオススメはしないかな。死ねないままだと心が壊れちゃうから」
「そう言うアナタは?」
「多分最初から壊れてるから大丈夫なんじゃない?」
そう言って、ゲープハルトもニッコリと微笑んだ。
「よし、お話終わり!自分で自分の話するのって疲れるね!あとちょっと恥ずかしい!」
「思っていた以上に詳しく聞けて、楽しかったですわ」
「あ、そう?えへへー、なら良かった」
云千歳でえへへと笑って普通に受け入れられる辺り、もうこのヒトの才能なのかもしれない。
見た目は若いとはいえ、成人男性であるコトに変わりは無いのだが。
「じゃ、ジョゼちゃんの仕事に関する話をアーちゃんにしてこよっかな」
そう言ってゲープハルトは立ち上がる。
ちなみにアーちゃんとはアダーモ学園長のコトだ。
彼はあだ名にちゃん付けして呼ぶクセがある。
「スピンちゃん、ヨロシクー」
「アイヨー!」
スピンローラーは返事をすると同時に発光し、クルクルと回ったかと思うとネックレスから外れ、そのコインのような姿からスケートボードのような姿へと変化した。
そう、スピンローラーは移動を便利にしたがったゲープハルトによって作られた人工魔物。
その為その時々に応じ、姿をローラーシューズやキックボードに変えるコトが出来るのだ。
ちなみに完全自動型なので乗っているだけで良いという優れ魔物。
……でも、確か前に室内で乗って怒られてましたわよね。
「あの、ゲープハルトにスピンローラー?確か前、廊下で乗るのは生徒にぶつかる可能性があるし、魔法でソレを避けるように出来てても、タイヤ跡が廊下に付くから禁止だと言われていたような……」
「うん、言われたね」
「なら乗らない方が……」
「ちっちっちー」
ゲープハルトはニヤリと笑う。
「このゲープハルトは常に進化する男なんだよ、ジョゼちゃん。つまりこのゲープハルトが作ったスピンローラーもね!」
「というワケでマスターに改良してもらって、タイヤ跡が付かないようにちょっぴり浮くようにしてみたんだー」
「うわよく視たらマジで浮いてますわ!?」
角度的に気付くのが遅れたが、よく視るとスピンローラーは数センチ程浮いていた。
……いえ、コレは……。
「浮いているというより……わたくしのお姉様が魔力の流れに乗って空を飛ぶのと同様、空気に乗ってますのね?」
「ありゃ、思ったよりネタがバレるの早かったな。まあジョゼちゃんならしょうがないっかー」
ゲープハルトはスケートボードに姿を変えたスピンローラーの上に乗りながら、下を指差す。
「基本的にさ、地面の上だとか床の上じゃないと足が付かないワケじゃない?物理的に足が付かないから。でもさっきジョゼちゃんが言ったように、一部は物理的に無理なモノに触れ、ソレに乗るコトが出来る。例えば空気を一時的に圧縮して足場にするとか。このゲープハルトも戦争の時にやったりしたしね」
「ソレ、敵からすると絶望的だったでしょうね」
ほぼ空襲の擬人化でしかない。
「なのでソレを応用して、空気の上に乗れるようにしたんだ。こうすれば空も飛べるようになるからさ、もうちょっと早くにこの機能思いついてればもっと楽だったのにね」
「でもマスター、今んトコ風圧とかが酷いからって空の旅やんないよね」
「風圧除ける魔法使うよりも移動魔法使った方が早いもん」
普通は移動魔法なんて高等過ぎて最早伝説の魔法扱いされているようなモノ、使用不可能なのだが。
アレはかなり繊細な魔力操作を要求される上に、近距離だろうが遠距離だろうが、ミスれば即座に人間版パージチキンの完成である。
……保険室への移動扉も、ゲープハルト製ですものね。
じゃないと無理だ。
似たようなコトが出来る魔物も居るが、魔物は別だから仕方が無い。
例えば電気などでも、魔法で使うのはスタンガンに近く、魔物が能力として使用するのは静電気の強いバージョン任意版、みたいな感じ。
要するに魔法は人工的なモノであり、限界があるというコトだ。
「ちなみにジョゼちゃん、風圧を除けるにはスピンローラーの姿をどう変えると良いと思う?異世界知識に良さげなのない?」
「え?えっと……馬車のように風が来ないよう全体的に覆う、というのは?周囲確認は風圧に耐えられるようなガラスとかにするコトで見えるようにするか、いっそ魔法で周囲確認するか、くらいしか」
「あー、風が来ないようにってのは良いね!前方に壁か……うん、ナイスアイディア!このゲープハルトじゃおとぎ話みたいに絨毯姿になってもらうくらいの発想しかなかったから風圧直撃でさー」
ケラケラと笑っているが、ソレは相当に凄いコトではないだろうか。
少なくともそのおとぎ話を知っている身としてはかなり心惹かれるのだが。
「よーし、アーちゃんに色々話したらその辺の考えちょっと詰めよう!ありがとねジョゼちゃん!あとすぐにリメイクして欲しい本とか渡すと思うから、コレからヨロシク!」
「あ、ハイ!」
「うん、良い返事!」
慌てて返事を返すと、ゲープハルトはニッコリと笑った。
「じゃあスピンちゃん、学園長の仕事部屋こと学園長室までレッツゴー!」
「アイヨー!」
ゲープハルトとスピンローラーは、そのまま空気の上を走って食堂から去って行った。
・
コレはその後の話になるが、実はゲープハルトとスピンローラーはパートナーでは無いらしい。
「エッ!?違うんですの!?」
「違う違う、パートナーって感じしないでしょ?」
「あくまでマスターはスピンちゃんの生みの親って感じであって、パートナーじゃ無いんだよねん」
そう言われると、確かにパートナー同士のヒトと魔物に感じるようなカンは働かない。
「このゲープハルトは云千年生きてるけど、云千年生きてるからこそパートナー作ってないんだよねー」
「へぇー……」
リメイクして欲しい本とやらを自室まで持って来たゲープハルトとの何気無い会話から発覚したが、ナンとも驚きだった。
云千年生きているからこそ、当然の様にパートナー持ちだとばかり思っていた。
「もしかして、ヒトの方のお相手も」
「うん。性行為が普通に行われてた、現代では恐ろしき闇の時代って言われてるような時代でも独身貫いてたから。元々このゲープハルトに性欲とか無かったしね」
そう言いながら、ゲープハルトはかなり歴史的なモノだろう本達を自分の机に置いて行く。
こちらとしては自分の机にそんな凄まじいモノを普通に置かれるだけで戦々恐々なのだが、コレからアレを今の時代に合わせてリメイクするのだと思うとそう震えてもいられなくて辛い。
「ソレにさ、この先云千年も一緒に居たいって思える子が居なかったし。不死身系が少ないのはまあともかくとして、そうじゃない子もこのゲープハルトに掛かれば不死身になれるワケじゃん?」
「まあ、自分を不老不死に出来たんなら出来るでしょうね」
「そうそう。でも普通の人生で生きてる子って百年くらいの寿命のつもりで生きてるって感覚が抜けないから、そう気を長く持てない子ばっかりなんだよね。パートナーとならともかく、ヒト同士かつ不死身同士で長続きしたヒトは居ないよ」
パートナー同士ならともかく、なのか。
まあ確かにモイセス歴史教師もアダーモ学園長もパートナーである魔物とは長い付き合いのようだし、そういうモノなんだろう。
「ナンて言うかねー……ヒトって結構飽きっぽいから、駄目なんだよね。不老不死だって、ドコか壊れてないと生きるのに飽きて耐えられなくなっちゃうし。壊れるってのは要するに、自分を守る為に敏感な部分を鈍くするってコトだからね」
「あー……」
言われてみれば、確かに不死身系の混血の子などは痛覚が無いからと痛みに関する部分の感覚が壊れていたりする。
危険に対する恐怖感とかも少ないヒトが多い。
アンノウンワールドに狂人が多いのは、摩訶不思議な世界で壊れないようにする為に先に壊れた結果なのだろうか。
「ま、つまりこのゲープハルトは自分の才能を活かすコトに全力を注ぎたいから、ソレ以外に興味なしってコトかな。自分の才能について以外に興味も無いしね。というワケでホイ、頼みたいのはコレで全部ね」
「初っ端から飛ばしますわね……」
置かれた本を見て、自分は溜め息を吐く。
「そりゃ匙投げるヒトも出ますわよ」
ゲープハルトが自分の机に積み上げた本の数は、優に十冊を超えていた。
ゲープハルト
物持ちが良いが、あくまでモノを大事にするだけであって執着は無い。
ヒトや魔物に対してもそうで、あまり深入りしたく無いので無意識に友人以上親友未満に調整しており、今後も絶対に伴侶やパートナーが出来るコトは無いし作る気も無い。
スピンローラー
ゲープハルトに作られた人工魔物の一つ。
足としてゲープハルトのそばに居るコトが多いのと距離が近い口調の為、よくパートナーと間違われるが、ゲープハルトは作り手という認識が強いのでパートナーになりたいとも思わない。