花屋妹とサクリファイス
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼女の話をしよう。
ペネロペの妹で、変身能力を使いこなしていて、肝が据わっている。
これは、そんな彼女の物語。
・
部屋に飾る花が欲しいなと思いふらりとペネロペの花屋に立ち寄ると、丁度ペネロペが非番の日だったのか、店番をしていたのは学園入学もまだな女の子だった。
「あ、ジョゼさん!いらっしゃいませ!お久しぶりです!」
「ええ、久しぶりですわね、マヌエーラ」
赤みのあるグレーの髪を揺らしてニコニコ笑顔で挨拶をしてくれたのは、ペネロペの妹であるマヌエーラだ。
彼女はペネロペが取り忘れた豪胆さを全部持って来たのかと思うくらいに肝が据わった性格をしている。
実際、まだ年齢が二桁にもなっていないというのに、堂々と一人で店番を務めている。
「ペネロペは留守ですの?」
「はい、姉さんはシックルビーさんとデートです!本人は散歩って言ってましたけど!」
「やっぱアレ、デートですわよね」
「デートだと思います」
二人して真顔になりながらうんうんと頷き合う。
接し方は兄妹っぽいが、無意識なのかお互いの言動が微妙にパートナーっぽいのだ。
というか毎日行動を共にしている辺りほぼパートナーだと思うが、急激な変化に戸惑いがちなペネロペのコトを考えるとあのくらいの牛歩の方が良いのかもしれない。
……牛っていうか、蜂ですけれどね、シックルビー。
「あ、もしかしてお客さんとしてじゃなくて、姉さんに用事でしたか?ソレだったら姉さん帰ってきたら伝言とか伝えますよ?」
「ああいえいえ、違いますわ。普通にお客さんですの。ただ、ここに来る時はペネロペが店番している時が多かったので、つい気になっただけですわ」
「成る程」
マヌエーラは頷き、じゃあ、とニッコリした笑みを浮かべた。
「じゃあジョゼさんにはこの花とかオススメですよ!薔薇とかの派手系!髪に編み込んだら似合うと思います!」
「わたくしの髪、ソコまでの長さありませんわ」
薔薇を勧めてくれたマヌエーラに思わず笑みを零しつつ、そう返す。
自分の髪は伸ばしてこそいるものの、まだツーサイドアップが限界の長さなので勿体無い。
そう思って苦笑し、部屋に飾りやすそうな花の方を指差す。
「わたくしが欲しいのは、部屋に飾る用の花ですわ。こう、こういう形の花瓶なので……合いそうな花、見繕っていただけませんこと?」
「了解です!」
ジェスチャーで花瓶の形を伝えると、マヌエーラは自信満々の笑みでビシッと敬礼した。
そして幾つか花を見繕おうとしてから、ふと気付いたようにこちらに顔を向ける。
「そういえば壁紙とかって何色ですか?その辺もマッチする色の方が良いですよね」
「あー、そうですわね」
色合いが喧嘩しては、折角癒される為に買った花も意味が無い。
「今は水色というか……そう、ペネロペの髪色みたいな、空色の壁紙ですわね」
前は普通にデフォルトの白だったのだが、肉眼で色々見れるようになったジェネヴィーヴの希望で色を変えたのだ。
視力的や視界に変化は無いハズだが、彼女からすると目隠し越しでないのは大きいらしい。
「ふむ、ではパステルカラー系ですね。ソレともパッキリした色合いの花を一輪だけとか?」
「んー……お花屋さん的にオススメは?」
「パステルカラー系の花を幾つか買ってくれた方が家計の潤い的に嬉しいですね」
「あら正直」
二人してクスクスと笑い合う。
「ではそちらでお願いしますわ」
「はーい。あ、そういえばジョゼさん、こないだパウンドケーキありがとうございました!」
「え?……ああ、進級する前の。アレは押し付けられたラム酒の処理を手伝ってもらっただけですわよ?」
「ソレでも美味しかったんですよ、っと。ハイ、お花!常連さんなので一本多めにサービスです!」
「あら、ちゃんと払いますわ」
そう言うと、ナニかを企むような笑みを浮かべたマヌエーラに花を手渡される。
落とさないように慌てて受け取ると、マヌエーラはイタズラに成功した子供のような、歳相応の笑みを浮かべた。
「常連さんサービスなのでソコは受け取ってもらわないと困ります」
「うーん……」
流石というか、困ると言うコトでこちらが受け取るように誘導してきている。
そう言われると弱いのが天使の特徴だ。
「……じゃ、ありがたく受け取りますわ」
「ええ、今後とも是非ご贔屓に!」
そう言ってニコニコした笑みを浮かべるマヌエーラにお代を払い、自分は学園へと踵を返した。
・
ある日の放課後、カフェからの帰り道。
本屋で買った小説が思いのほか面白く、少しだけのつもりがつい読みきってしまった。
しかも読みきった後も伏線の確認の為にともう一周してしまったのだ。
気付けば結構な時間が経っており、外は雨がザーザーと降っていた。
……かといって、アレ以上カフェに長居をするワケにもいきませんし。
お客は殆ど居なくなっていたし、飲み物と軽食も頼んではいた。
いたが、ソレはソレだ。
コレからも通うだろうあのカフェとは良い距離感を築きたい。
……と思って出たは良いものの、雨が凄いですわねー。
傘を持っていなかったので雨除けの魔法を使用したが、普通の目なら少し先が雨で見えないレベルだ。
異世界である地球の車だったら、ワイパーをめちゃくちゃ働かせなくては前が見えないレベルだろう。
「ん、アレ?ジョゼさん?」
「あら、マヌエーラ」
声を掛けられたので振り向くと、紙袋を抱いて傘を差したマヌエーラが立っていた。
「ちょ、土砂降りの中ですよ……って、濡れてませんね」
「雨除けしてありますもの。この魔法、水気を除けてくれるので靴とかが必要以上に汚れないので良いですわよ」
「ソレは確かに良い……入学したらまずソレを覚えるコトにします!」
「ふふ、入学前でも覚えれると思いますわ」
まあマヌエーラは来年入学らしいのでどっちにしろすぐだろうが。
そんな会話をしつつ、途中まで同じ道なので自然と一緒に歩き出す。
「マヌエーラは……ソレ、雑貨屋の袋ですわね。お買い物ですの?」
「おつかいです。タマゴと、トマトと、あと色々。食材が足りないからって」
「成る程。じゃあ滑らないように気をつけないといけませんわね」
「ですね。タマゴとトマトはうっかりすると悲惨なコトになっちゃいますし」
「経験済みですの?」
「四歳の時にコケて大惨事に」
「うわあ」
話しつつ、二人して苦笑する。
「んー……」
話していたらあっという間に分かれ道まで到着したが、視界を遮りがちなこの雨で年下を一人で帰すのもアレだろう。
「マヌエーラ、もし良かったらお家まで送りますわ」
「え、良いんですか?」
「わたくし目が良いので、この雨でも大体視えますもの。でもマヌエーラはそうじゃないでしょう?」
そう言うと、マヌエーラは少し気恥ずかしそうにはにかんだ。
「……ハイ、実はちょっとだけ不安だったので、お願いします」
「お願いされましたわ」
頷き、花屋の方へと歩き出す。
「おつかい自体は大丈夫なんですけど……最近、変な噂があるじゃないですか」
「変な噂?」
「雨の日に骨が襲ってくるとか云々の」
「ああ、ありますわね。多分魔物だと思いますけれど……害魔かどうか不明なんですのよね」
そう、その噂は知っている。
雨の日に、というか……話を聞いていると数年に一度、その噂が出る時期があるらしい。
なのでその時期の雨の日はあまり外に出ないように、とも言われているとか。
……もっとも、特に害があったとかは聞かないんですけれどね。
しかしちょっとだけ気になるのも事実だ。
数年に一度、噂が出る時期。雨の日。骨の体。
他にもヒョロリと背が高かったとか、迷子のように佇んでいたとかの噂がある。
……ナンか、図鑑で見た覚えがある気がするんですのよね、その説明。
だが正直似たような説明の魔物も多いので、どの魔物か特定が出来ない。
百聞は一見にしかずというか、実物を見ないとナンとも言えない。
「まあ、そんな噂があるので……そんな噂がある状況で、姉さんがおつかいに行けるハズも無いし」
「あー……頑張ろうとしても、行く途中の道でツボとか箱に姿を変えて立ち往生してそうですわ」
「ハイ、そうなるだろうなって思って僕が……」
「?」
「…………」
驚いたような表情で無言になったマヌエーラに首を傾げると、マヌエーラは表情を硬直させたままで前方を指差した。
「……!」
マヌエーラの指差す方向には、ヒョロリと細長い体躯にボロを纏った、ガイコツが立っていた。
ソレはこちらに気が付いていないのか、空っぽの眼孔でどこか遠くを見ているようだった。
……というか、まったく気付きませんでしたわ……!
自分の目は死角に入られない限り視える。
だが、この魔物は視界に入っていたのに視えなかった。
……いえ、違いますわね。
ぼんやりと佇んでいるその魔物を視て、気付かなかった理由を理解する。
この魔物は、見ない振りをされてきたモノが魔物化した存在なのだろう。
だから自然と、視線が逸らされた。
……というより、わたくしが逸らしたんでしょうね。
ナニを考えているかもわからない空っぽさ。
そして視える魔力からすると集合体系の魔物。
見ない振りをされてきたのだろう魔物化する原因からすると、この魔物は……。
「……あの、ジョゼさん、アレって魔物、ですよね?」
「!」
「アッ」
「うわっ!?」
マヌエーラの声は小声だったが、ソレを聞き取ったのかガイコツの魔物がグリンとこちらに顔を向けた。
思わず後ずさってしまった結果、マヌエーラの方が少しだけ魔物に近い。
魔物は一歩だけ近いマヌエーラに視線を固定して、年頃がわからない声を発した。
「……憎い」
ポツリ、とした呟きだった。
しかしその呟きと同時に、空っぽにしか見えなかった魔物からブワリと怨念が溢れ出す。
「憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!温かそうな服が、美味しそうな食べ物が、健康そうな体が、裕福そうな育ちが、全て全て全て全て憎い!」
ソレはしゃがれた声であり、幼い声にも聞こえた。
否、恐らくどれも正解なのだろう。
この魔物が集合体系の魔物だとすれば、元となったであろう怨念の中に居たのだと思われる。
……年老いた声や、幼い声の元が、ですわね。
「どうしてですか」
一歩、立ち眩みを起こしたかのようなフラリとした動きで魔物が近付いた。
「私達は飢えていたのに。僕達は寒かったのに。俺達は病気だったのに。自分達は貧乏だったのに」
魔物がぶら下がっていた腕をユラリと上げる。
その手は爪と一体化でもしているのかと聞きたくなる程に、ナイフのように鋭く尖った骨だった。
ガイコツだからか手も当然のように骨だったが、その手の骨が何人分かを混ぜて捏ねて作り直したのかと思うくらいに長い。
指の長さが大人の指二つ分はある。
「どうして犠牲にされた儂ら以外が幸せそうに笑っているんだ!」
「危ない!」
「キャッ」
ナイフのようなその手を振り被った魔物に対し、マヌエーラは勇敢にも前に出て、持っていた紙袋をこちらにパスしてから後ろ手で押され、距離を取らされた。
結果一人で魔物と対峙するコトになったマヌエーラは、振り下ろされた骨の手に対し、腕を盾へと変化させてソレを無効化した。
……そ、そういえばマヌエーラ、体の一部だけを変化させたりが得意なんでしたわね。
ペネロペは逃げたいという思いが強いので全身を変化させるクセが付いてしまっているが、マヌエーラは体の一部のみを変化させるというコトも出来るのだ。
マヌエーラは傘を放り出し、魔物から繰り出される頭部への攻撃を両腕で、時々胴体に来る攻撃も反射的に変化するコトで対応している。
年齢一桁とは思えないくらいに的確に対応していて、前世はもしやプロの音ゲーマーなのではと思うレベルだ。
「じょ、ジョゼさん!コレってどうしたら!?」
慌てたように言われ、混乱でぼんやりしていた意識がハッと覚醒した。
パスされた紙袋を落とさないようにと抱きかかえなおしながら、マヌエーラに魔物のコトを伝える。
「その魔物はサクリファイス!かつてこの王都周辺の土地で生け贄にされたモノ達の怨念が集合体となって魔物化したタイプの魔物ですわ!」
実際に王都周辺で生け贄があったかは知らないが、その土地関係の魔物は土地に依存する。
つまり当時の国が滅んでいようとも、その土地に現れるのだ。
……生け贄の場合、人柱として埋められたりするパターンもありますものね。
そう、サクリファイスなら図鑑で見たコトがある。
当時生け贄を必要とした周期の際に現れる……つまりは生け贄を必要とするような雨乞いや晴れ乞いをした時期に現れるコトが多い。
恐らく、かつては数年ごとに行っていたのだろう。
……ペルハイネンの歴史は長いですけれど、生け贄云々は確かここがペルハイネンになる前に盛んだったと本で読みましたわね。
けれど、彼らに国は関係無い。
重要なのはかつてソコで生け贄にされたコトと、当時抱いた恨み辛みだ。
「えーと……つまり害魔じゃなくて被害者側ってコトですか!?」
攻撃をいなしながら、マヌエーラが凄いコトを聞いてきた。
「え、えっと、攻撃されてるので害魔認定寸前だとは思いますが、まあ恐らくペルハイネンになる前にここにあった国の被害者、ですわね」
「そうなんですか?」
豪胆というかナンというか、マヌエーラは攻撃してきているサクリファイスに普通に聞いた。
「……ペル、ハイ、ネン?」
攻撃が止まった。
サクリファイスは難しいコトを言われた時の子供のように、首を傾げている。
その姿は最初に見た時のように、空っぽに見えた。
「……わかりません」
最初の時同様、サクリファイスは小さな声でポツリと呟いた。
「私達には学がありません。何せ、僕達は生け贄にされるような人間だったから。俺達は嫌われていたし、貧しかったし、死んで良いと判断された奴等の寄せ集めだから」
……そういえば、サクリファイスの特徴として、感情の緩急が激しいと書かれていましたわね。
生け贄にされこそしたものの、基本は穏やかなモノも多いらしい。
少し変わり者だったとか、口減らしの為だったとか、飢えて盗みをしたからだとか……そういったのが生け贄選抜の理由となる。
だからなのか、サクリファイスは大人しい時は本当に大人しい、と。
……まあ、元々は様々な性格の人間達だったモノの集合体だからというのもあるでしょうが。
「寂しいからこうして一体の集合体になっただけで、儂らは……ただ羨ましくて、憎いだけです。自分の住んでいた国がどんな国かなんてのも知らない、切り捨てやすい存在だからと切り捨てられたのが憎くて、自分達を礎にして笑っている奴等が、羨ましい。恨めしい。それだけなんです」
ザァザァと雨に塗れ、その顔はまるで泣いているようにも見えるのだろう。
残念なコトに、この目ではその水が雨であるコトが視えてしまうので、泣いているようには見えないが。
「……それだけなんです、私達にあるのは。ごめんなさい」
さっきまでの怨念は気のせいだったのかと思う程の空っぽさで、サクリファイスは頭を下げた。
言葉が空っぽというワケでは無くて、ちゃんと心が篭もっている言葉だ。
けれど何故か、空っぽに感じてしまう。
……恐らく、恨みの集合体だからこそ、その瞬間だけしか密度が発生しないんですのね。
恨み以外は残らなかったと言うべきか、そういった残留思念の集合体なのだろう。
だからこそ、恨む対象では無いと判断されればこのように空っぽな、無気力にも見える空っぽさになるのだろう。
「……ごめんなさい。また暴走するかも知れませんが……僕達はソレしか出来ないから。ごめん」
「待って」
謝罪して立ち去ろうとするサクリファイスの手を、傘を放り出した為にびしょ濡れになってしまっているマヌエーラが逃がさないとばかりにガッシリと掴んだ。
……あ、しかも手を変化させて拘束までしましたわね。
一見すると普通の指のままに見えて、指の先を繋げて輪っか状にするコトで簡単には振りほどけないようになっている。
「聞きたいんですが」
マヌエーラはサクリファイスのがらんどうな眼孔を見つめながら言う。
「アナタは、ナニを望んでいるんですか」
「……望む?」
「羨ましがったというコトは、欲しがっているというコトですよね?」
マヌエーラの顔が真面目な表情から、子供の欲しいモノを聞く親のような優しい表情へと変化した。
「温かそうな服が欲しいんですか」
「……欲し、い」
サクリファイスは小さな声で、言いなれていないのだろう言葉を口にした。
「美味しそうなご飯が欲しいんですか」
「……欲しい」
「健康そうな体が」
「欲しかった」
「裕福な暮らしが」
「欲しい。せめて、屋根と壁があるお家に……」
「ふむ」
頷き、マヌエーラは言う。
「よし、じゃあ僕の家に行きましょう」
「エッ、連れて行くんですの?」
「?ハイ」
思わず口を挟んでしまったが、マヌエーラは当然のように頷いた。
「健康な体は僕ではどうしようも出来ませんが、ご飯と服と家なら我が家に来ればどうにかなります」
「えー……」
良いんだろうか。
ペネロペ辺りが泣きそうな気がするが、しかし外野でしかなかった自分が口出しするのは憚られる。
……善い行いっちゃ、善い行いですしね……。
「……良いんですか?私達、生け贄にされた怨念ですよ」
中身が空っぽな感じとは違う、感情を押し殺したような声でサクリファイスは言う。
「役立たないからと犠牲にされた僕達では、ナンの役にも立てませんよ」
「役に立つとかは特にどうでも良いです。その分僕が働けますし」
マヌエーラはさらっと言った。
「ソレにまあ、アナタもジョゼさんも怨念がどうとか言ってたので……」
ソレなら、とマヌエーラは微笑む。
「ソレなら、その怨念の原因になる部分を埋めていけば良いだけですよね。少なくとも今は怨念が出てないので穏やかですし、このままウチに帰ってお風呂にでも入って温まって、ちゃんとした服を着て、ご飯食べて、後はー」
つらつらとそう言いながら、マヌエーラは空いている方の手で指折り数える。
「後は……そう、一緒に寝ましょうか。子守唄とか歌いますよ」
「……そのサクリファイス、ついさっきまでアナタに攻撃カマしてた魔物だってコト、覚えてます?」
「ヤダな、モチロン覚えてますよ」
ヘラリとした笑みで返された。
「でも、要するにサクリファイスは家が無くて迷子になっちゃってる子みたいな感じなんですよね。ソレなら見捨てずに保護するのは当然です」
「……そう、ですの」
胸を張って当然と返されては、こちらもナニも言えない。
「ならまず傘を差しなさいな」
「ア」
転がったまま忘れられていた傘を拾って渡すと、すっかり忘れていたとばかりにマヌエーラは雨が染み込みきった己の服を見た。
「……コレ、怒られますね」
「怒られるというか、健康な体が欲しかったと言ったサクリファイスの前で風邪とか引かないように気をつけなさい。あとサクリファイス、逃げようとしない」
「う……」
マヌエーラが「怒られますね」と言った辺りで逃げようとしていたサクリファイスに釘を打つと、逃亡経路を探してキョロキョロしていたサクリファイスは大人しく項垂れた。
「……もう一回聞きますけれど」
「ハイ?」
「ホントーーーにサクリファイスを連れて帰るんですのね?」
「モチロン!」
「なら最後まで、ちゃんと送り届けますわ」
元々その予定だったので、問題は無い。
「第三者の説明があった方が良いでしょうしね。わたくしからの言葉があれば、ペネロペも比較的受け入れやすいと思いますし」
そう言うと、マヌエーラの表情が一気に明るくなる。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「まあ、その前に」
「?」
「……水を吸った布地達、その水全部、吐き出してくださいな」
「ワッ!?」
呪文を唱えたコトで魔法が発動し、一瞬にしてマヌエーラの服が脱水され、最初から濡れてなんていなかったかのように乾いた。
「そっちの方がご両親も話を聞いてくれるでしょう。まあ、どっちにしろサクリファイスがびしょ濡れだし、マヌエーラの髪も乾いてないので結局二人でお風呂に入って、その間にわたくしが説明するコトになる気はしますが……いつもお世話になってますしね」
「こっち店側なので、店側である僕達の方がお世話になってる気がしますけど……」
「客も店に世話になる方ですわ。じゃ、行きましょうか」
「ハイ!」
マヌエーラは元気の良い返事をして、掴み続けていたサクリファイスの手をより強くギュッと握る。
「一緒に帰りましょう、サクリファイス」
「で、すが……」
マヌエーラに引っ張られても一歩が踏み出せないらしいサクリファイスの細い背中を、軽く押す。
「ポジティブ方向とネガティブ方向でタイプは結構違いますけれど……マヌエーラは姉妹で結構頑固ですから、前言撤回はしないと思いますわよ」
そう、この花屋姉妹は自分の考え出した結論を貫き通すような頑固さがあるのだ。
その分身内認定をしたモノには優しいので、問題は無いだろう。
……親の片方が魔物というのもあるから、比較的受け入れられやすいでしょうし。
そう思って物理的にも言葉でも背中を押すと、サクリファイスはここで始めて、マヌエーラの手を握り返した。
「……ハイ」
サクリファイスはマヌエーラの手を傷付けないようにしながらもしっかりと握り、その長い骨の足で第一歩を踏み出した。
・
コレはその後の話になるが、サクリファイスは無事受け入れられた。
というかペネロペとマヌエーラの父であるシェイプシフターも似たような出会いだったらしく、かなり好意的だった。
……まあ、ペネロペはちょっと警戒してましたけど……。
しかしシックルビーがフォローしていたので、すぐに慣れるだろう。
そう思いつつ花屋に向かって歩いていると、歌声が聞こえてきた。
「森へ行こう 森へ行こう
木の枝 ブンブン 振り回し」
マヌエーラの声に続き、年老いたような、しかし幼いような声が歌う。
「冒険 冒険 楽しいな」
コレは確か、童謡だ。
小さい子がよく鼻歌で歌っているコトが多い歌。
「花畑へ行こう 花畑へ行こう
お花 沢山 摘んだなら」
「花冠 花冠 綺麗でしょ」
怨念が詰まっているコトも無く、しかし空っぽでも無い歌声だ。
「廃墟へ行こう 廃墟へ行こう
ガラガラ 崩れる 階段だ」
「探検 探検 怒られた」
花屋では、店番をしているマヌエーラとサクリファイスが椅子に座っていた。
どうやらお客があまり来ない時間帯らしく、暇潰しに歌っているらしい。
サクリファイスは新しく自分用に仕立ててもらったのだろう、寒くも暑くも無さそうな服を着ていた。
……あの時はつんつるてんでしたものね。
マヌエーラとペネロペの父はシェイプシフターなので、服とかは自分で変化させれるのだ。
つまり男用の服が無く、しかしあのボロのままというのはというコトで仕方なく二人の母の服を借りていたのだが、いっそシーツを巻きつけた方がマシだろうという感じだった。
というか実際、シーツを巻きつけるという結論に落ち着いていた。
「心配させちゃあ いけないね
次は安全に 遊ぼうね」
「そしたら皆 ニコニコだ」
歌い終わって笑い合う二人に、自分は軽く拍手を贈る。
「え?あっ、ジョゼさん!いらっしゃいませ!」
「い……ら、っしゃいませ」
サクリファイスの方は少したどたどしかったが、店番をしているという自覚からかキチンとそう言い切った。
「うふふ、こんにちは。楽しそうに歌ってましたわね」
「えへへ……ハイ。童謡とか結構、サクリファイスのお気に入りみたいで……歌ってるとサクリファイスの精神も安定するしで、よく歌ってるんです」
マヌエーラの言葉に、少しだけ引っ掛かる。
「随分安定しているように見えますけれど」
「うーん、まだ幸せそうな人見ると一瞬暴走し掛けますね。なのでこうやって店番やって慣れさせてます」
「成る程」
歌で精神を安定させつつ頑張っているらしい。
「……ソレに、私達は……花の香りとかが好きですから」
空っぽでは無い、柔らかい雰囲気を纏いながらサクリファイスは言う。
「僕達は元々一般人だったので、こういうのは好きなんです。美味しいお茶や食べ物も貰えますから……今までの俺達の記憶からすると、ホントに……凄く、幸せです」
その言葉は、本心からだろう想いに満ちていた。
「……良いコトですわ。それじゃあ良かったですわねの気持ちを込めて、サクリファイスのお気に入りの花を教えてくださいな」
「え、え……っと」
サクリファイスは困ったようにマヌエーラを見たが、マヌエーラが笑顔で頷いたのに頷き返し、意を決したようにとある花を指差す。
「あの花が、好きです……!」
「ではソレを一輪いただきますわね」
「毎度ありがとうございます!」
……うん、頑張ってますわね。
サクリファイスからすれば沢山のヒトが見える場所での店番はかなり大変だろうに、慣れる為にもと頑張っている。
なので、こちらからも頑張ったで賞をあげるくらいはしてあげたい。
「ハイ、どうぞ!」
「ありがとう」
マヌエーラから花を受け取り、お代を渡す。
まずは受け入れやすいように、この花を押し花にして栞を作ってプレゼントするコトにしよう。
しかしソレだけだと受け取ってもらえない可能性もあるので、一緒にマヌエーラやペネロペ、そしてシックルビーの分としてケーキでも持って行こう。
……頑張った分のご褒美として、オマケのようにサクリファイスの分に栞を付ければ受け取ってもらいやすいでしょうし。
そんな風に作戦を練りながら、再び歌声が聞こえ始めた花屋を後にした。
マヌエーラ
姉とは正反対で物怖じしない僕っ娘。
サクリファイスは姉に似てるし、時々幼い言動や行動をするので弟のように可愛がっている。
サクリファイス
ゴーストというより怨念などの恨み辛みオンリーな残留思念の集合体なので、恨み辛み以外の感情が薄い。
だが空っぽな分吸収は良いので、今はマヌエーラによって幸せな日常を注がれている。