心臓少女とアネスシージャバタフライ
彼女の話をしよう。
心臓が増えるという遺伝を持ち、定期的に心臓を摘出していて、常に最低限三つの心臓を持っている。
これは、そんな彼女の物語。
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自分もそうだが、混血の子は親の特徴が遺伝する。
例えば兄は悪にしか攻撃が通らないという特徴があり、ソレを活用する為に兵士になった。
姉は羽も無いのに魔力の流れに乗るコトで空を飛べ、弟は愛してさえいれば酸にだって素手で触れてもノーダメージ。
そして自分は戦闘系天使である父の戦闘に関する部分が多く遺伝したのか、悪に対する拒絶反応が強い。
兄も姉も弟も、悪に対する反応はある程度コントロール出来る。
……でも、わたくしは悪を察知した瞬間、体が勝手に動いちゃうんですのよね。
ソレは後々語ろうと思うが、とにかく近くの武器を持って仕留めようとしてしまうのだ。
コントロールが利かないタイプの遺伝ではあるが、我ながらコレはまだ普通の遺伝だと思う。
確かに自分の体が勝手に動いてしまうのは困るのだが、混血の子の中にはもっと大変な子も多い。
……ま、殆どは生まれつきそうなので普通に受け止めて生活してますけれどね。
自分もそうなので、他のヒトもそうなのだろう。
そう思いつつ、図書室にでも行こうかと廊下を歩いていると、しゃがみ込んでいる同級生が居た。
「……ハ、ァ……ハ……ッ」
随分と具合が悪そうな呼吸をして蹲っているし、よくよく視ると顔色が酷い。
真っ赤なのに青が混じっていて、紫色だ。
「って、ヴィヴィアンヌじゃありませんの!」
顔色の酷さに気付くのが遅れたが、蹲っているのはヴィヴィアンヌだった。
こちらの声に反応してか、彼女は虹色の髪を揺らしてこちらに視線を向けた。
「……おや、ジョゼではありませんか」
「あ、あんまり無理に喋らない方が良いと思いますわよ?」
今の言葉だけでもゼェハァと呼吸が乱れている。
正確には「……おや、ジョゼ、っでは、ハァ、ありま、せんか……ッハァ……!」という感じだ。
「一体どうし……」
近付いた結果うっかりヴィヴィアンヌの内臓を透視してしまい、理解した。
「……心臓、増えてますわね」
「ええ……」
ヴィヴィアンヌはぐったりと壁にもたれかかりながら頷く。
「ヨイチ先生は、手術、上手なので……手術跡も残りませんが……手術後、痛いのが、どうにも……」
「あー……」
彼女、ヴィヴィアンヌは混血であり、心臓が増え続けるという遺伝を有している。
ナンでも生まれた時から心臓が三つあったらしく、最低限三つはないと駄目らしい。
だが多すぎても駄目というか、全身に心臓が出来ると厄介なコトになる。
……心音が、凄いコトになっちゃうんですのよね。
心拍数だとか心音だとか、他にも体内に新しく出来た心臓に他の内臓が圧迫されるとか色々と問題が発生してしまうのだ。
恐らく今も、自分が彼女に気付く前に驚くようなナニかがあり、心拍数がとんでもないコトになってしまったのだろう。
「心臓は……不要な分、は、摘出しな、いと、いけないの、っ、は、わかっていますが……」
ヴィヴィアンヌは上半身を預けるように壁にもたれかかりながらどうにか立ち上がろうとしているので、手を貸して立たせる。
「ありがとうございます……。……ソレで、手術をしないと、いけないのは……わかって、ますが……痛み止めが、最近、効かなくなって、きて……」
「うわあ」
今の言い方だと手術時の麻酔はまだセーフなのだろうが、痛み止めが効かないというのはキツい。
しかも彼女の場合は心臓の摘出手術なので相当だ。
……でも、手術はしないといけないんですのよね。
心臓が増え続ける彼女の場合、摘出しないと死ぬ可能性すらある。
その摘出した心臓は人肉を主食とする混血生徒や魔物用にと正式な値段で取り引きされているのでその分お小遣いになるとはいえ、かなりの痛みが伴っているコトは確か。
……いえまあ、この学園でなら手術代とかも学費払ってれば無料ですし、心臓を食肉として提供してるのは無駄にしない為ですけれど……。
問題は、彼女の為にも手術を受ける必要がある部分だ。
遺伝なので心臓が増えるという部分に関してはどうにも出来ないが、せめて痛み止めをどうにかしてあげたい。
「……ふぅ」
少しの間深呼吸をしていたヴィヴィアンヌはようやく全ての心臓が落ち着きを取り戻し始めたのか、安心したように溜め息を吐いた。
「すみません、ジョゼ。迷惑を掛けてしまいましたね」
「いえ、別に迷惑は掛けられていませんけれど」
「ソレでも、こちらの都合で時間を取らせてしまいましたから」
申し訳無さそうにそう言って、ヴィヴィアンヌは頭を下げた。
「ソレじゃあ……あまり行きたくはありませんけれど、第二保険室に行って来ますね。心臓の数が十個以上になったら来るように言われてたのに、サボッてしまったので……急がないと」
その急がないとという言葉には、ここで蹲って時間を消費してしまったから、という思いも込められているように感じた。
「……良ければ、付き添いますわよ?」
「エ」
ヴィヴィアンヌは驚いたように目をパチクリさせてから、嬉しそうに頬を染めて、けれど眉は下げて言う。
「いえ、ソコまで迷惑は掛けられません。一人でも行けるから大丈夫ですよ」
「途中でビックリしたらまたさっきみたいになるかもしれないでしょう?なら付き添いが居た方が良いと思いますわ」
「う、うーん……ソレは確かに」
「ソレにホラ、アナタくらいならわたくしでも抱き上げられますから、もしそうなったらヴィヴィアンヌを抱き上げて連れて行きますわ」
「ふふっ」
自分の言葉に、ヴィヴィアンヌはクスクスと笑う。
「……それじゃあ、一緒に行ってくれませんか?実は私、さっきから第二保険室に行かなくて済む方法を探してしまっていたので……一緒に行ってくれた方が逃げ道が減るので、助かります」
「頼られ方が思ってたのと違いますが、モチロンですわ」
手を差し出すと、ヴィヴィアンヌはその手を取ってくれた。
・
ヴィヴィアンヌの増え過ぎた心臓を摘出してから数日後、魔法を駆使して回復を早めたらしいヴィヴィアンヌに話し掛けられた。
「思ったんですよ」
「……え?あ、ハイ」
いきなりだったので反応こそ遅れたもののそう返し、とりあえず隣に座るようジェスチャーするとヴィヴィアンヌは素直に隣に腰掛けた。
中庭で読書中だった為、自分達の髪を風が揺らす。
「思ったんですよ」
ヴィヴィアンヌは過剰分の心臓を摘出したからか、前に比べて落ち着いた様子で、キリッとした表情を作りながらそう繰り返した。
「ナニをですの?」
「魔物にも麻酔系、いますよね?」
「いますわね」
「そして耐性が出来にくい」
「ほぼ全般そうですわね」
ソレが魔物だ。
「ですから、麻酔系の魔物に私のパートナーになっていただければ、私は痛みのあまり自然治癒力を待てずに魔法を駆使して回復を早めるという自殺行為をしなくて済むと思うんですよ!」
「……自殺行為?」
首を傾げて問い掛けると、ヴィヴィアンヌはヤバイと言いたげな表情をしてからギギギと顔を逸らした。
「……その、私の心臓、魔法を使ったりして魔力を動かすと増えていくん、です」
「健康の為に病気になってどうすんですの」
「だからこそ、そんなコトしなくて良いように麻酔系魔物にパートナーになって欲しいんですよ!」
「どうどう」
ガバッと腕に抱きつかれたので、どうどうと落ち着ける。
抱きつかれたというか、逃げられないように腕を確保された気分だ。
「魔法を使われる分には良いんですよ!普通に回復早める為にってヨイチ先生がやってくれたりしますし!ただ問題は私自身が魔法を使うと、体内に巡る魔力が途中途中で引っ掛かって大きくなって心臓になるというか……」
「ガンかナニかみたいですわね……」
彼女の場合は遺伝だが、聞いていると奇病に近いモノにも思えてくる。
「でもソコは良いんです。増えるのはもう仕方ありませんし。問題はソコじゃなくて」
「痛み止めが効かないコト、ですものね」
「その通りです」
ヴィヴィアンヌはコクリと頷いた。
「なので、私が出会い頭にパートナーになって欲しいとプロポーズしたら頷いてくれるような麻酔系の魔物を教えてください!」
「大分難しい条件出してきますわねー」
……まあ、麻酔能力にコンプレックスありそうな魔物であればワンチャンありますけれど。
「うーん……頷いてくれるかはわかりませんけれど、森とかになら……そうですわね、アネスシージャバタフライがいるかもしれませんわ」
「アネスシージャバタフライ?」
要するに麻酔の蝶だ。
「雪のような鱗粉を撒く蝶の魔物ですの。その鱗粉には強めの麻酔効果があるんですのよね。アネスシージャバタフライなら普通にしてればそう鱗粉も飛ばないからパートナーとして行動しやすいと思いますし、鱗粉を適量水に入れて溶かして飲めば丁度良い痛み止めにもなるらしいので」
「ジョゼ!」
オススメですわと言い切る前に、歓喜した様子のヴィヴィアンヌに抱き締められた。
「ありがとうございます、ジョゼ!早速森に行ってそのアネスシージャバタフライを探してきます!」
「え、いやいや、アナタ手術したばっかなので森に行くのはもう少し待った方が」
「魔法を駆使したのでもう大丈夫ですよ」
そう言うが、アネスシージャバタフライは小さい。
心臓が多くてドキドキし過ぎると命の危険があり、森はドキドキするモノが多いからと森にはあまり行っていないヴィヴィアンヌだと考えると、迷子になる可能性もある。
……うっかり大怪我して、心臓が一つ二つ破れたりして多量の出血で人肉主食系の魔物が寄って来たら怖いからって全然森には近付こうとしなかったのに。
彼女は心臓の数が多いので多少心臓が駄目になってもワリと平気だが、しかしだからといって心配しないワケでは無い。
ヴィヴィアンヌの場合は痛覚もあるし。
……そしてアネスシージャバタフライはその鱗粉の特性から他の魔物に警戒されやすいので、姿を隠しがちなんですのよね。
つまり見つけにくい。
他の魔物からするといつ麻酔で眠らされるかわからないので避けてしまうのだろうが、アネスシージャバタフライはソレを理解しているから姿を隠しているコトが多いらしい。
森に慣れていない、相手は小さい、そして隠れがちという迷子になるフラグ三つが団子のように立っている。
「……ヴィヴィアンヌ」
「ハイ?」
今日はゆっくり過ごしたかったが、流石に友人が迷子になるフラグを幻視しておいて放置する程にドライでも無い。
そう思い、我ながらお節介が過ぎると思いつつ、言う。
「…………探すの、手伝いますわ。わたくしの目なら見つけやすいと思いますし」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
結構素直なヴィヴィアンヌは、とても嬉しそうにそう言った。
・
森に入って少し歩いた頃、アネスシージャバタフライを見つけた。
だがまさかそんな行動に出るとは思っていなかったので、普通にアネスシージャバタフライが居たと報告した過去の自分を止めたい。
「あの!」
アネスシージャバタフライの存在を伝えた直後、ヴィヴィアンヌはそちらに向かって叫ぶ。
「私は色々と遺伝的な体質によって手術が必須ですが痛み止めが効きにくくなって困っています!なので耐性が付きにくい麻酔系能力を持つ魔物に会いに来ました!どうか私を痛みから救う為、私のパートナーになってはくれませんか!」
……めっちゃくちゃ直球ですわー!
まさかここまで直球、かつソッコで告白するとは思わなかった。
しかしこういった歯に衣着せぬ感じもアンノウンワールドらしい部分なので、まああり得なくは無いだろう。
……でも、相手次第ですわね。
自分の目では流石に相手の心まで視るコトは出来ないので、相手がペネロペのように臆病な性格だったらアウトだ。
逃げられるかもしれないと思いつつ見守っていると、葉っぱに紛れるようにして隠れていたアネスシージャバタフライは、恐る恐るといった様子でヴィヴィアンヌの前に姿を現した。
「おお、アナタがアネスシージャバタフライですね?」
「そうだけど……見た目も知らずにあんな告白をしたのかい?」
「重要なのは私を痛みから救ってくれるかどうかですので。見た目は特に気にしていないというか、今始めて見た目を知った結果とても綺麗だったので問題は無いです」
「え、あ、うん、そうかい……」
直球なヴィヴィアンヌの言葉に、アネスシージャバタフライは少し照れたようにフラフラと飛んだ。
「というか、ええっと……話を聞いていた感じだと君は私をパートナーにしたいと思っている、というコトで合ってるのかな?」
「合っています」
「合ってるんだ……」
ヴィヴィアンヌの返答に、思わずといった様子でアネスシージャバタフライは小さく呟いた。
「私は耐性が付きにくい麻酔系魔物による痛み止めが欲しいんです。なので、是非パートナーになっていただけないかと」
「……私の場合、私の鱗粉が麻酔になっているからね。ヒトが多い場で生活しているなら、パートナーにはオススメしないよ」
「普通に生活する分には問題ないとジョゼが教えてくれたので大丈夫です」
さっと手で示されたので、とりあえず頭を下げておく。
向こうもこちらが特に前に出る気が無いのを察したのか、すぐにヴィヴィアンヌに向き直ってくれた。
「うーん……確かに私の鱗粉は水に溶かせば痛み止めになるし、汗や尿とかで排出されるから人体には比較的優しいとは思うけれど……やっぱり、オススメは出来ないかな」
「何故ですか?」
「私は嫌われモノだからね」
でも、とアネスシージャバタフライは言う。
「でも、困っているのは事実のようだし。パートナーにはなれないけれど、鱗粉を提供するくらいなら構わないよ」
「ソレは嫌です」
「エッ」
即答だった。
「ソレは断らせていただきます」
しかも丁寧系でもう一回断った。
「私は私に効く痛み止めが欲しいという、自分勝手な気持ちで麻酔系の魔物を求めました。しかしキチンと対価は用意すべきでしょう。ですから私は自分を対価にしたんです」
ヴィヴィアンヌは真っ直ぐな目でアネスシージャバタフライを見つめる。
「私が不要であると言うなら頷きましょう。好みで無いというならば頷きましょう。けれどもしアナタが私のパートナーになっても良いと思うのであれば、私はパートナーになって貰いたい」
「……理由は?」
「いえ、パートナーになって欲しいと言った結果の断り文句が「私は嫌われモノだからね」だったので、別に私が好みでは無いから断られたワケでは無いっぽいな、と。なのでハッキリと拒絶されない限りは迫ろうと思いまして」
凄まじいド直球な告白だった。
そしてさっきから、アネスシージャバタフライから助けて欲しいと言うような視線が送られてくる。
……断りたいなら自分で断れば良いと思いますけれど。
言いにくいのか、もしくは断る理由が無いから困っているのか。
だが自分は特にどっちの味方になるつもりも無い案内役兼見学者兼外野なので、率直に視た結果だけを言おう。
「さっきからヴィヴィアンヌに迫られる度、というか求められる度にアネスシージャバタフライの方は嬉しそうにしてましたし……断る理由も無いのであれば、良いんじゃありませんの?」
「なっ!?き、気付いて……いや、だが君は彼女の友人だろう!?友人なら、嫌われモノをパートナーにしようとする彼女を止めてくれ!」
落ち着かない様子で羽を動かしながら、アネスシージャバタフライは言う。
「私を必要としてくれた彼女を不幸にさせる気は無いんだ……!」
ソレは、絞り出すような声だった。
「少なくともヴェアリアスレイス学園の生徒は、嫌われモノだから程度の理由では引きませんわ」
だが知らぬ。
こちらは真実を語るのみだ。
「大体、わたくし達の間の友情はそんな上っ面の薄っぺらでもありません。あとアナタ一匹で不幸になる程ヴィヴィアンヌの運勢は不安定じゃありませんわ。寧ろ不幸背負い込んでも安定した歩みが出来るくらいには安定してますし」
別に自分の目は運勢が視れるとかでは無いので今の言葉に確証は無いが、あそこまで真っ直ぐに言えるならそのくらいは容易いだろう。
というか嫌われモノだから嫌うようなレベルの低い幼稚な輩はうちの学園にはちょっとしか居ない。
大体は自分の足で立てる生徒ばかりなので、異世界の日本に多数生息しているらしい日和見菌のようなヒトもほぼ居ない。
……つまり、パートナーが出来た程度で不幸にはなりませんわ。
「確かに……いや、でも……」
こちらの言葉に揺らいではいるものの、まだ後押しが足りないらしい。
そんなアネスシージャバタフライに、自分は言う。
「トコロでアナタ、さっき思いっきりヴィヴィアンヌに対して告白みたいなのしてましたけれど」
「エッ?……アッ!」
動揺したのか、アネスシージャバタフライの動きが挙動不審になった。
「ま、アレだけ好意があってもヴィヴィアンヌを不幸にしてしまうからと断るんであればわたくしはナニも言いませんわ。わたくし外野ですし。……ただ」
アネスシージャバタフライによく見えるよう、自分はヴィヴィアンヌの肩を掴んで引き寄せる。
「……ヴィヴィアンヌはあの言葉で対価として云々というよりも、普通にパートナーになりたくなったようですけれど」
先程から無言になっていたヴィヴィアンヌの顔は、恋を自覚したばかりの思春期のように真っ赤だった。
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コレはその後の話になるが、あの後アネスシージャバタフライはヴィヴィアンヌのパートナーになった。
というかまあ、あの状況、かつ本魔的にも自分で良いのかというのがパートナーを断っていた理由だった為、そうなるのは当然とも言える。
ヴィヴィアンヌの方も無意識に一目惚れでもしていたのか、最初は逃がしたくないという思いから積極的に迫っていたらしいのだが、アネスシージャバタフライの発言で自覚したらしく、空気が物凄く甘酸っぱかった。
「……その、私は麻酔しか本当に出来るコトが無いから、色々と足りない部分だらけだと思うけれど……よろしく頼むよ」
「ええ、はい、私は心臓が多いだけですので……こちらこそ、よろしくお願いします」
観念したように言うアネスシージャバタフライに、顔を真っ赤にしたヴィヴィアンヌ。
そして告白したばかりなせいで甘酸っぱい雰囲気が漂う空気の中、背中を押す友人役としてゲスト出演したというのに蚊帳の外な自分。
背中を押す友人役というのはそういうモノだとは思うが、皆自分のコトを意識の外に追いやり過ぎではないだろうか。
……まあ、別に構いませんけれど。
「ヴ……ッ、い、たた」
「おっと、大丈夫かい?あまり無理をしてはいけないよ」
「ええ、そうですね。久々に痛み止めが効いたのが嬉しくて、つい」
また増えていた心臓を摘出したヴィヴィアンヌは、手術後というコトもあって痛そうにしながらも、アネスシージャバタフライに微笑んだ。
「確かに痛み止めは効くだろうけれど、残念なコトに私は治せるワケでは無いからね……。誰かに治療系魔法を掛けてもらうかい?」
「いえ……あまり魔法で治し過ぎると、自然治癒力が低下するらしいので……痛み止めを飲んで安静にしてますね」
「ジョゼフィーヌから聞いた話では痛みに耐えられずに魔法を駆使して治したと聞いたけれど」
同じ談話室に居たので、バッとこちらを向いたヴィヴィアンヌの視線から逃れるように本で顔を隠した。
本という目隠しがあろうと視えているのはわかっているだろうが、ヴィヴィアンヌは自分に非があったのは事実だから仕方が無いと言うような表情で溜め息を吐いた。
「まあ、痛み止めが効きませんでしたからね。効きさえすれば大人しくしていますよ」
「そっか、ソレは良かった。ソレじゃあ水を貰いに……行きたいけれど、私は水を持ち運べないな。本当、痛み止め以外で役に立て無くて申し訳ない」
しょんぼりした様子でそう言うアネスシージャバタフライに、ヴィヴィアンヌはクスクスと笑って返す。
「自分で取りに行けますし、飲んだら安静にする為に自室に戻るので問題ありませんよ。ソレに水を運んでくるよりも、私と一緒に行動して……私が眠るまで、話し相手をしてください。そっちの方が嬉しいです」
「そうかい?じゃあ……」
アネスシージャバタフライは少し気を持ち直したように羽ばたきながら、言う。
「この間ジョゼフィーヌに教えてもらった寝物語でも語ろうか」
「ああ、この間話していたのはソレですか」
「うん。君の為になるのはナンだろうって聞いたら教えてくれてね。私が君に出来るコトが増えるのは、嬉しいコトさ」
そう言うアネスシージャバタフライの声は、とても嬉しそうに笑っているようだった。
ヴィヴィアンヌ
生きてるだけで血の流れのように魔力が流れる為、生きてるだけでも心臓はそれなりに増える。
心臓という内臓系の部位、かつ不死身系でないヒトのはレアなので体は痛いが懐はそれなりに温かい。
アネスシージャバタフライ
弱肉強食でもある野生の世界では近付くと眠らされて捕食者に食われる可能性があるから、と距離を取られがち。
なのでその麻酔能力をわかった上で、ソレを求めてくれたのが決まり手だった。