花屋少女とシックルビー
彼女の話をしよう。
怯えがちで、変身出来て、花屋の娘な。
これは、そんな彼女の物語。
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入学してから気付けば思ったよりも月日が経過しており、自分達一年生はもうすぐ二年生へと進級する。
まだまだ王都に来て入学したばかりだと思っていたのだが、毎日授業を受けたり予習をしたり図鑑読んだり王都で遊んだり相談を受けたり頼まれたり恋愛模様を見届けたりと忙しくしていればあっという間……。
……正直、恋愛模様を見届けるのがやたら多かった気はしますわね。
一年以内と考えるとそうでも無いような、でもやっぱり多いような微妙な感じだ。
まあソレを含めたとしても、広い学園や王都を見て回ったり、新しい友人達と仲を深めたりしていたので、時間の流れが速いのは当然のコトだろう。
……仲を深めたといえば。
「こんにちは、ペネロペ」
「あ、ジョゼ。い、いらっしゃい」
昔はあれだけ怯え、ある程度喋れる相手である自分に対してもさん付けだったペネロペは、最近になってようやく慣れてくれたらしく、自分のコトをあだ名で呼び捨てにしてくれるようになった。
初対面の時は挨拶すら出来ず、多少慣れても椅子一つ分くらいは距離を取らないと会話が出来なかったコトを考えれば、凄まじい成長だろう。
昔は花屋としての仕事中であっても視線すら合わなかったのだが、今はペネロペの方からこちらを見て微笑みかけてくれている。
「ど、どうかしたのかな?私に用事、なの?」
「ペネロペにというか、ペネロペのお店に、ですわね」
「そ、そうなの?」
多少たどたどしい喋り方ではあるものの、ペネロペはキョトンとした表情で首を傾げた。
「でも、ジョゼ、昨日もウチの花、買ってくれてた……よね?お部屋に飾る、って」
「そのつもりだったんですけれどねー……」
ふ、と昨日を思い出して遠い目になる。
「アレ、わたくしが買ったのが最後だったでしょう?あの花」
「う、うん。今、ちょっと入荷が少なくて」
「そしたら廊下で擦れ違ったケイト植物教師に、丁度今あちこちで枯れ始めてて調べようとしてたんだ!って言われて……代わりに酒やるからって飲み掛けの酒瓶押し付けられて花を強奪されましたわ」
「うわあ……」
ペネロペが引いた表情になった。
……うん、やっぱ引きますわよね。
事情が事情だし、地球で言う逃亡犯を追う為に警察が近くのヒトのバイクを借りるようなアレに近いのだろうとも思うが、ソレはソレだ。
あと、もう少し丁寧に説明してもらえば普通に渡すから強奪するのは止めて欲しかった。
「で、部屋に飾る用の花を再び買いに」
「大変だった、ね」
「まったくですわ」
クスクスと二人で笑い合う。
笑顔を見せてくれるくらいにペネロペが心を開いてくれたのは、実に喜ばしいコトだ。
「というワケで、そちらの花とこちらの花をくださいな」
「えっと、コレとコレ、なら……その、こっちの花も一緒の方が、見栄え良い、と、思う……よ」
「ならソレもお願いしますわ」
「う、うん……!ちょっと、待ってね」
小さくはにかみ、ペネロペは手際良く三種類の花を纏める。
「は、はい」
「ありがとう。こちらお代ですわ」
「ん、うん。丁度、ありがとう」
「ソレと」
「?」
代金を受け取ってキョトンとしているペネロペに、私服であるワンピースのポケットからラッピングされたパウンドケーキを取り出す。
「ケイト植物教師からいただいたお酒、ラム酒でして……わたくしじゃ飲めないのでバジーリオ料理長に渡したら、パウンドケーキにしてくれたんですの。でも一本丸々は食べれないので、良かったら貰ってくださいな」
「い、良いの?」
「妹さんの分もありますのよ」
「じゃ、じゃあ……貰う、ね。ありがと、ジョゼ」
「こちらこそ」
ラム酒がふんだんに使われたパウンドケーキを一人で食べるのは無理だ。
そしてルームメイトであるヒナコと、そのパートナーである獅子に協力してもらっても大して減らなかった。
……まあ子供の胃袋ですしね。
なので切り分けてラッピングをするコトでプレゼント用にし、こうして持ち歩いているのだ。
そうすれば途中で会う友人などにお裾分けが出来る。
「それじゃあペネロペ、また明日……あ」
「あ?」
ペネロペの背後にペネロペに声を掛けようとしているらしい魔物が見えたので、ペネロペの背後を指差す。
ソレを見て、ペネロペは不思議そうに首を傾げてから後ろを振り向いた。
「…………ヒッ」
「よう、嬢ちゃん。嬢ちゃんがこの花屋の娘っつー……え、オイ?」
ペネロペのすぐ後ろには、上の二対の脚がカマになっている蜂の魔物が居た。
ルビー色のその蜂を認識し、ペネロペは引き攣った表情のままボロボロと涙を零し、蜂……シックルビーが動揺した一瞬の隙にツボへとその姿を変化させた。
……あー、ミスりましたわね。
シックルビーが話しかけたそうにしていたので知らせたつもりだったのだが、知らない魔物が背後に居たのはペネロペ的にアウトだったらしい。
花屋の娘なので虫系魔物は大丈夫だろうと思ったのだが、知らない相手に話し掛けられるというコト自体がハードル高めなのだろうか。
……多分、わたくしと喋っていて仕事モードがオフになってたのもマイナスでしたわね。
コレは自分のミスだと判断し、シックルビーに頭を下げてからペネロペが姿を変えたツボに話し掛ける。
「ペネロペ、ホラ、大丈夫ですわよ。害魔じゃありませんわ」
無言。
「ペネロペー」
無言。
「ううん……ごめんなさいね、シックルビー。彼女、ちょっと怖がりなんですのよ」
「お、おう……話にゃ聞いてたが、ここまで怯えられるとはな……」
シックルビーの方も顔見せた瞬間子供に怯えられたからか、少し落ち込んでしまっている。
「えーっと……その、ペネロペはちょっと今会話が無理みたいですけれど……アナタはナニか用事があった、んですのよね?」
「おう」
近くの鉢植えに留まり、シックルビーは頷く。
「俺は蜂だから良い花が好きでよ。なんでここの花の質の良さに目ぇ付けてて、ようやっとこの店の店主に蜜集めの許可を貰ったんだ」
「店主と言いますと……ペネロペのお母様ですわね」
ペネロペの父がシェイプシフターらしいので、必然的に昔からあるというこの店の主はペネロペの母のハズだ。
「その通り」
頷き、シックルビーは続ける。
「で、蜜集めの代わりに花達の受粉を手伝ったり、このカマで花のトゲ切ったりちょいちょい剪定したりってのを頼まれてな。早速、と思って店番してるらしい嬢ちゃんに挨拶しようと思ったんだが」
シックルビーは少し残念そうに、落ち込んだ声色で言う。
「……やっぱ虫はあんまウケが良くねえか」
「ちが、う、よ」
「あら」
ペネロペがツボから元の姿へと戻り、シックルビーの言葉を否定した。
しかしソレだけでもかなり勇気が要ったのか、ペネロペは自分の背にソッコで隠れる。
「そ、その……虫、っていうか……知らない相手、こわ、えっと、苦手、で……」
勇気を振り絞っているのか、ペネロペが握っている部分にシワが寄っているのが視える。
握っているのはペネロペの服では無く自分のワンピースなのだが、まあ良いか。
……自動で修復される学園の制服では無いので、後でシワ伸ばさないとですわねー。
「あ、あんまり、知らない相手、に……近付いたコト無い、から、び、ビックリしちゃ、って……その……あの」
「ちゃんと言えてるから大丈夫ですわよ。落ち着いて」
「う、うん……」
言葉に詰まったらしいペネロペにそう言うと、ペネロペは深呼吸をして少しだけ手に込めている力を緩めた。
「あ、の……ちょっと、驚いた、だけで……少しだけ怖い、けど、花の受粉とか大事、だし……えと、すぐ慣れるのは無理、だけど、て、店員仲間、だから……が、頑張る、ね」
そう言って今まで視線を逸らしていたペネロペは一瞬だけシックルビーに視線を向け、すぐに逸らして自分の背に顔を埋めた。
ペネロペよりも自分の方が少し背が高く、更に今の自分は少しヒールがある靴なので、顔を埋めやすかったのだろう。
「えーと……まあ、そういうコトらしいですわ」
「成る程なあ……ところでお前さんはどの立ち位置なんだ?」
「偶然立ち会った友人」
「あー……」
納得された。
「……嬢ちゃん」
「ひ、は、ハイ」
「あー、別にコレ以上は近付かねえからそう怯えんなって」
シックルビーのその言葉に、ペネロペは恐る恐るといった様子で自分の肩から顔を覗かせたのが視えた。
「まだ嬢ちゃんから見りゃ俺は恐怖を覚える対象かも知れんが、コレからは同僚……っつか後輩なんだ。仕事する時は仕方ねぇから近付くコトもあるだろうし、質問する時もあるだろうが、出来るだけは気をつける」
「……あ、りがとう、ございます」
「んー……あとはアレだな」
「?」
シックルビーは先端がカマになっている前脚を見せ、優しい声で言う。
「ナンか怖いヤツとか怖い客が来たら、俺が守ってやっから。多少なら俺だけでも接客出来るだろうしな。後輩として俺は嬢ちゃんの世話になると思うから、嬢ちゃんも俺っつー魔物に頼ってくんな」
「……ハ、イ……」
どうやらシックルビーは気遣いが出来るタイプらしく、ペネロペの母が認めただけはあり、ペネロペとの相性が良さそうで安心である。
マウリッツのように相性が悪いタイプだと不安しかないので、友人としても良かったと胸を撫で下ろした。
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アレから数日経ったが、どうやら一人と一匹は上手く交流出来ているらしい。
「あのね、こないだ変なお客さんが来てね、シックルビーが「ペネロペは店主呼んできな」って言って相手してくれてね、凄かったんだ、よ……!」
「良かったですわね」
「ん、うん……!」
ペネロペは嬉しそうに笑みを浮かべてコクコクと頷いた。
自分にこういった話をしてくれるのは嬉しいが、随分とシックルビーに対して心を開くのが早い。
……まあ、守るとまで言ってくれた相手ですものね。
怖がりで怯えがちなペネロペからしたら、最高にトキメく言葉だろう。
「ソレで、他にも用があるのでしょう?」
「え、あ、と、その、ね?」
少し躊躇ってから、ペネロペは言う。
「最近、あんまり怖くなくなって、多少近付いても大丈夫、に、なった……の。でもまだ、触る程は近づけなくて……」
「あら、わたくしに触れるのだって結構な時間を有したのに、こんなに早くなんて……嫉妬しちゃいますわよー?」
「ジョゼ、顔笑ってる……よ」
からかったのがわかったのか、ペネロペは少し不機嫌そうに頬を膨らました。
「ごめんなさいね」
「むぅ……」
クスクスと笑いその頬をつつけば、仕方ないと言うようにペネロペは頬を膨らますのを止めた。
「んー、つまりペネロペは、もう少しシックルビーと仲良くなりたいんですのね?」
「うん……お世話になってる、し。一緒に店番してる時、とか、色々気遣ってくれて嬉しい、から……もうちょっと、私からも歩み寄りたいな、って……」
「良い変化ですわ」
ペネロペの頭を軽くポンポンと撫でてから、どういった方法が良いかを考える。
「……一緒にお出かけしてみてはいかがですの?」
「お出か、け?」
「散歩でも良いんですけれど、一緒に居るコトに慣れれば良いと思いますの」
「い、一緒には、居る、よ……?」
怖がりだからかペネロペは登下校以外では一人になりたがらない。
つまり外出も殆どしないインドアタイプなのであまり乗り気では無いようだが、ソレを発案した理由を伝える。
「お店モード以外でも、ですわ」
一緒に店番をしている時がメインでは、微妙に仕事モードが前に出てしまう。
ソレよりも素のペネロペで接した方が、ペネロペ自身も心を許しやすくなるだろう。
……仕事で一緒より、プライベートで一緒の方が特別感も強いでしょうし。
「ヒトが多かろうが少なかろうが、外で知り合いであるシックルビーと離れたら不安になるでしょう?あとははぐれるのを防止する為に近くに居てもらえば自然と慣れると思いますわ」
「た、確かに……」
知らないヒトだらけの中で一人になるよりは、知り合いに引っ付いていた方が良い、となるハズだ。
実際ペネロペは自分に慣れてから、変身よりも自分の背に隠れるコトが多くなったワケだし。
「そうやって慣れていけば、自然と触れ合うくらいは出来るようになるハズですの。外ではぐれるのを防止したければ頭の上か肩の上に留まってもらえばベストですしね」
「……が、頑張る」
「あら」
流石にソコまではハードルが高いと言われるのではと思っていたが、頑張ろうと思うくらいにはシックルビーの好感度は高いらしい。
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コレはその後の話になるが、ペネロペとシックルビーは仕事以外でも行動を共にするくらいには仲良くなった。
最近のシックルビーはペネロペの部屋で寝たりしているらしいので、ソレはもうパートナーなのではと思ったが、本人と本魔的には特にそういうワケでは無いらしい。
……端から見てるともうパートナーか、パートナー目前レベルですけれど。
中庭のベンチに座っているペネロペと、その肩に乗っているシックルビーを見て改めてそう思う。
「ひ、う、ぅ……」
「おうおう、まぁーだ泣いてんのか。ホラ泣き止めって」
「で、も……私、また、ちょっと声掛けられただけ、で……」
「教師探してたみたいだから俺が説明しといたし、問題ねぇさ。ああもう、目が真っ赤になっちまうだろうが。俺が赤いからペネロペは頬以外を赤くしなくて良いんだよ。ホラ、ハンカチ出してやっから」
「ん、うん……」
そう言ってシックルビーはペネロペのポケットからハンカチを取り出し、ソレを受け取ったペネロペは涙を拭う。
……というか今、頬以外は赤くしなくて良いとか、物凄い口説き文句を聞いたような……。
「涙拭いて泣き止んだら、俺も一緒に行くからちょっとその辺歩こうぜ。座ってっから色々思い出して考えちまうんだよ。ちょっと歩いて深呼吸でもすりゃ、スッキリするさ」
「……ありがと、ね、シックルビー」
「おう!俺はペネロペを守る騎士みたいなモンだからな。頼れるだけ頼んな。そっちの方が俺も嬉しい」
「う、ん……!」
……ホント、パートナーにしか見えませんわね。
今は泣き虫と世話焼き兄さんみたいな関係だが、恋愛感情が無いワケでもないように視える。
ならば後は自覚するのを待つだけだろう。
ペネロペは下手に焦らせては良くないタイプなので、一人と一匹のコトはゆっくり見守るコトにしよう。
ペネロペ
遺伝により無機物へと姿を変化させれるのだが、ビビリなので逃げる為の擬態として使っている。
シックルビーと一緒の時は守ってくれるという安心感からか、多少ビビリが和らいできた。
シックルビー
兄貴分な性格な為、姉でありながら末っ子っぽいペネロペとの相性が良かった。
今はまだお兄ちゃん気分だが無意識にパートナーとして見てるので、自覚するのも時間の問題。