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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
一年生
30/300

脱走少女とラビリンスウォッチ



 彼女の話をしよう。

 王都の貴族で、習い事が嫌いで、動くのが好き。

 これは、そんな彼女の物語。





 同級生の中には近寄りがたい性格の子もそれなりに多い。

 混血による遺伝で事情があるだとか、親が甘やかし過ぎたとかの理由だ。


 ……まあ遺伝はともかく、親が甘やかし過ぎた方はその内大人になるのでしょうけれど。


 さておき、同級生の友人は多い。

 そして王都に住んでいる子も居るので、時々お家に誘われて遊びに行くコトもある。



「なあなあジョゼ、こないだオススメっつってた本だけどよ、私いまいち活字得意じゃねーんだよな」



 若葉色の髪を揺らしながら本を持ってそう言うのは、ベアトリスだ。

 家に誘われたので頷いた結果、彼女は自室に案内した直後に前オススメした本を持って言う。



「音読してくんね?」


「ソレ最終的に声ガッサガサになるヤツですわよね」



 自分がオススメしたのは分厚めの小説シリーズだ。

 しかも全十五巻。


 ……確実に喉が枯れますわ。


 確かにあまり本を読まないベアトリスにはハードルが高かったかも知れないが、そんなヒトでも世界観に惹き込まれるような作品を選んだのだ。

 もっとも、その結果ハードルの高い長編を選択してしまったのは事実だが。

 そう思いつつ、先程ベアトリスの部屋から出て行ったメイドが淹れてくれた紅茶を飲む。


 ……あら、随分と質が良い紅茶ですわね。


 お茶菓子のモンブランに合う甘さの紅茶で、香りも品が良い。

 後でドコで買えるかを聞けそうだったら聞いてみよう。



「いーだろージョゼー」



 ベアトリスは数人用のソファに腰掛けていた自分の隣に来たかと思うと、ゴロンと寝転んで膝の上に頭を乗せて来た。

 しかも腕を伸ばして本を読めと主張してくる。



「ちょっと、変な懐き方しないでくださいな」


「変ってヒデェ」



 ベアトリスは気にしていないようにケラケラと笑った。



「というかベアトリス、アナタだってお嬢様なんですから、わたくししか室内に居ないとはいえ寝転がった状態で足をバタバタさせるのはお止めなさいな」


「私しょーーーじきお嬢様ってのが性に合わねーんだよな……」


「ソレは、まあ、賛成しますわ」


「私としては同意してくれて嬉しいけど、今ジョゼ中々に辛辣なコト言ったよな」


「何のコトやら」



 素知らぬ顔をして紅茶を飲む。



「ま、いーけどよ」



 ベアトリスは本をテーブルに置き、再び自分の膝の上に頭を乗せた。



「ベアトリス」


「いーだろ膝くらい。減るもんじゃねーんだし。寧ろ筋肉が付与されるぜ」


「痺れも付与されますわよね、ソレ。あと筋肉が付与されると寝心地悪くなると思いますわよ」


「あー、私筋肉系あんま好きじゃねーからソレは困るなー……」



 そう言いながらもベアトリスはゴロゴロと膝の上を陣取っており、動く気配はまったく無い。

 仕方が無いと諦め、モンブランを味わう。


 ……ん、やっぱり美味しいですわね、コレ。


 先程の紅茶はドコのか不明だが、このモンブランは王都でも最近地味に人気になっているカフェのモンブランだろう。

 お茶もスイーツも美味しいしカフェ店主のパートナーのお陰で独特な空間の為、読書に集中したい時はよく利用させてもらっている。


 ……学園だと、ドコに居ようと頼まれますものね。



「ところで、ベアトリスの好みってどういうのですの?」


「……んあ?ん、んー?え、ナンだって?」


「ヒトの膝の上に寝転がるのはともかく、寝るのまで許可した覚えはありませんわよ……」



 ベアトリスの場合寝始めると本気で爆睡するから勘弁して欲しい。

 前に談話室でこの状態になった時、三時間以上拘束されたのだ。


 ……お陰で読めていなかった本が四周出来ましたわ。



「筋肉系は好みじゃないと言っていたから、どういうのが好みなのかって聞いたんですのよ」


「ジョゼは?」


「個人的にはモフモフが好きですけれど、実際パートナーになるならお世話のし甲斐がある方が良いですわね」



 ソコまで誰かの面倒を見たいワケでも無いが、ナニかを頼まれた時にイラッとしない相手であって欲しい。

 理想は自分でやれるトコロはキチンと自分でやって、頼るべきトコロで頼れるようなタイプだろうか。


 ……まあ実際フラグ立った相手居ないのであくまで希望、でしかありませんけれど。



「で、ベアトリスは?」


「頭良いか裏技持ってるかして、真面目過ぎないヤツ。常に一緒に居れるタイプだと尚良いな」


「動物系?無機物系?」



 動物系か無機物系かという質問もアンノウンワールドならではな質問な気がする。

 知識からすると、地球では基本的に草食系か肉食系かという質問らしいし。

 そんなモノは結局生物系という枠でしかないだろうし、重要なのは人肉を食うタイプか、そして待てが出来るタイプかどうかだろう。

 うっかりその辺のヒトを食おうとするような魔物だったら一発で害魔判定だ。



「んー、ブラッシングとか小まめに出来る気しねーし、無機物系かな」



 ベアトリスは欠伸を噛み殺しながらそう答えた。



「無機物系だってメンテナンスが必要な魔物は多いですわよ?ウチのメイドの中に燭台の魔物がパートナーなヒトが居ますけれど、キチンと定期的に磨いているようですし」


「んー……結局その辺は変わんねーのか」


「そりゃそうですわ」



 ベアトリスの頭をポンポンと撫でる。



「ま、相手がパートナーであればそのくらいは自然と出来ると思いますわよ」


「ジョゼも独り身なのにわかったようなコト言うよな」


「耳年増で悪うございましたわね」


「あだだだだイデェ!ナニコレ!?」


「頭のツボ押しですわ。激痛のちスッキリしますわよー」


「天気みたいに言ってっけどコレホントにイテェぞ!?」


()た上でちゃんと痛いツボ押してますもの」


「視力の無駄遣い!」



 別に無駄遣いではない。

 こうやって頻繁に視力を使って見分ける能力を鍛えるコトで、ドコが良くてドコが悪いかを即座に判断出来るようにする為だ。

 シルヴァン剣術教師にもソレを鍛えれば相手の武器が壊れるツボなんかを見抜けるから鍛えておいた方が良いと言われているので、つまりコレは教師公認のトレーニングですの。

 そんな風にじゃれ合っていると、扉が控えめにノックされた。



「ベアトリスお嬢様、もうすぐピアノのお時間ですのでご準備を」


「……はーい」



 ベアトリスは渋々といった様子で上半身を起こし、扉の向こうから聞こえるメイドの声に嫌そうに返事をした。

 そして少しの間無言になり、メイドが立ち去る足音を集中した様子で聞く。



「ぶ、ッハァ!」


「おっと」



 足音がしなくなり、メイドが完全に立ち去ってから、ベアトリスは再び自分の膝の上に頭を乗せた。



「ちょっとベアトリス、準備しなくて良いんですの?」


「私ピアノの先生嫌いなんだよ。アイツ絶対音感持ってるだかナンだか知らねーけどソレを無駄にアピールしてやいのやいの言ってきやがるし、専門用語ばっかで喋るから馬鹿なヤツの言葉より意味わかんねーし」


「あー……」



 成る程、と納得してしまった。

 確かに家庭教師の場合、当たり外れというモノはある。

 自分は学園に入る前に世話になったが、父が紹介してくれた領地のヒトだったので当たりだった。


 ……少なくとも父が良いと言うのであれば、悪ではありませんしね。


 だが外れが居るというのも知っている。

 外れの家庭教師は生徒に対して自分の思い通りの動きを要求してくる、という会話を()たコトがあるからだ。

 教師だろうが家庭教師だろうが、外れの場合はそういうのが多い。


 ……そう考えるとホント、ウチの学園の教師達は皆研究者タイプで良かったですわ。


 名を上げたいだのは無く、ただ自分が好きなモノを追及しているヒトばかりだ。

 なので生徒であるこちらとしても距離が計りやすく、安定した関係を築ける。



「よし」



 イラズラっ子のような笑みを浮かべ、ベアトリスは立ち上がった。

 そしてその笑みを浮かべたまま、自分の手を掴んで引っ張り立たせた。



「行くぜ、ジョゼ!」


「ドコにですの?」


「屋敷の案内兼探検!」


「つまり、習い事からの脱走に関する言い訳ですのね?」


「ピアノと刺繍以外の習い事から逃げたりはしてねえって!」



 そう言ってベアトリスは部屋の中にある棚を動かし、自分の手を掴んだまま隠し通路の中へと進んで行った。





 隠し通路の先は衣装部屋と思われる部屋だった。

 恐らくしばらく着ていないだろう服達がここに仕舞われているのだろう。


 ……メイドがキチンと掃除しているのか埃は積もっていませんけれど、()た感じだとここ最近着用された形跡がありませんものね。



「今の時間帯ならこっちの廊下通れば誰も居ないから好きに見回れるぜ!」


「アナタ、手慣れてますわね……」


「おう、見張り付けられなきゃ毎回やってる」



 ……見張り付けられたコトがあるんですのねー……。


 毎回見張りを付けられているワケでは無いなら、脱走以外にもナニかをやらかしたコトがあるのだろうか。

 ソレとも脱走が何回目を超えたら見張りを付ける、みたいな感じなのだろうか。

 そう考えてから、少し頭を振ってそういったものは一旦思考の端へと追いやり、折角だからとベアトリスが見せてくれる室内を見学していく。


 ……正直言うと外から見るだけでも()ようと思えば全部()えちゃうんですが……するつもりは無いので、こういう時に好きに見て回れるのは良いですわね。



「ここが物置だろ?んでこっちも物置。ここも物置。ここは違う、と思いきや物置」


「こちら側、物置状態なんですのね」


「だからヒト気少なくて隠れやすいんだよな」


「あー」



 納得だ。

 まあ自分も生真面目かつ品行方正というワケでは無いので、気持ちはわかる。


 ……こっそり抜け出して隠れるなら、こういうトコですわよね。



「……あ」


「ん?」



 ふと、曲がり角の向こうからメイドが歩いてくるのが()えた。

 まだ距離はあるが、このまま真っ直ぐ歩いてはガッツリ視界に入ってしまうだろう。



「ベアトリス、あっちからメイドが来てますわ。入っても大丈夫な部屋は?」


「おう、こういうランダムでの遭遇時にジョゼの目めっちゃ助かるな……。全部大丈夫だけど特に放置気味なのはこっちだぜ」



 腕を掴まれ、ベアトリスに続いて近くの部屋へスルリと入り込む。

 室内は真っ暗だった。


 ……まあわたくしは()えますけれど。


 室内は他の部屋とは違い埃だらけで、棚の後ろなどは悲惨な状態になっているのが()える。

 どうやらあまり使わない品、またはお気に入りでは無い品などを置いているらしいコトが伺えた。



「ジョゼ、メイドは?」


「んー……あ、こっちとは逆方向に曲がりましたわ。ええと……ここから曲がり角の方向、五部屋目に入りましたわね」


「よっしゃ!んじゃ今の内に一旦撤退して庭にでも潜むか!」


「ソレ逆に見つかりそうですわねー」



 そう言いつつも笑っていると、ベアトリスは躊躇無く扉を開けた。

 そして二人で廊下に出て、違和感に気付く。



「……ん?アレ、ナンかおかしくね?」



 扉の先の廊下は、先程とはまったく違うタイプの廊下へと変貌していた。





 怪訝そうに眉を顰めたベアトリスは壁に触れる。



「具体的に違和感を口にすっとウチの壁ってこんなレンガタイプじゃねーハズなんだけど」


()た感じ、さっきまでの間取りとも違いますわね……」



 というか全体的に魔法っぽいというか、魔力を感じる。

 そう思いながら振り返って扉を見ると、閉めた覚えも無いのに扉が綺麗サッパリ消えていた。

 あるのはレンガの壁だけだ。



「……ベアトリス、残念なお知らせですが入って来たルートのハズの扉が行方不明ですわ」


「マジかようっわマジだ」



 ベアトリスは扉があった場所に視線を向け、事実と理解してとても嫌そうに舌を出した。



「あの部屋入ると変なトコに迷い込むとは聞いてたけど、まさかホントだったとは……」


「ちょっと!」



 ……そんなコト聞いてませんわよ!?



「ベアトリス、危険性は無いんですのよね?」


「わ、悪かったって。そう詰め寄るなよビビる」



 詰め寄ったら二歩程下がられたので、仕方なく深呼吸で自分自身を落ち着ける。



「で、危険性は?」


「ねーハズ。大体ソッコで戻って来るし、迷い込んだヤツも「グルグルしてたら戻ってた」って証言しかねーし」


「そう、ならまだ安心出来そうですわね」



 行方不明者が出ているワケでないならセーフだろう。

 もし色々な思惑が交錯するような世界観、かつベアトリスが巻き込まれず自分一人が迷い込んでいたらゴタゴタして友情にヒビが入っていただろうが、しかしここはアンノウンワールド。

 大抵の不思議現象は笑って話せるレベルのあるある話だ。


 ……まあ行方不明とか死者とか出てなければ大体セーフですものね。



「で、どうしますの?ある程度の時間経過が必要そうですけれど」



 そう問うと、ベアトリスはニヤリとした笑みを浮かべて親指を立てた。



「そりゃ探検だろ!」


「ま、ソレが一番暇しませんわよね」


「そーそー!んじゃ行くぞ、ジョゼ!」


「ええ」



 頷き、歩き始めたベアトリスの後について行く。

 自分はオートで透視などが出来てしまうので、正直この空間が迷路になっているコトや、罠が無いコト、ゴールの位置もわかっているのだが、ソレをさっさと暴露するのはつまらない。

 なのでそれは黙っておきつつ、ベアトリスの後を追う。





 迷路空間の中を歩き始めて十分後。



「飽きた!」


「はっや……」



 あっという間にベアトリスが飽きてしまった。

 本気で飽きたのか、思いっきり廊下に座り込んでしまっている。



「私基本的にこういうのは好きだけど、直行ルートを押し通れる生垣じゃないとクリア出来ねーんだよな……」


「ソレ迷路的に正規ルートじゃなくてほぼ反則の裏技ですわねー」



 迷路考えた側からするとお帰り願いたいタイプ。



「なあジョゼ」


「ハイ?」



 ベアトリスはナニかに気付いたように立ち上がり、言う。



「ジョゼの目ならゴールわかるか?」


「ええ、最初から」


「なら最初に言えよ私が恥ずかしい馬鹿みたいじゃねーか!」


「だって迷路ってわかっていないからこそ楽しめるモノですもの」


「うー……」



 顔を赤くしたベアトリスの頭を撫でると、どうやら機嫌は直ったらしい。



「んじゃ案内、ヨロシク」


「ええ。でも結構良い線というか、すぐソコですわよ」



 そう、本当にすぐソコだ。

 部屋のように開けているゴールと思われる空間は、あと二回曲がり角を曲がれば到着出来る。





 ゴールと思われる、部屋のように開けた突き当たりに到着した。



「ここがゴールか?」



 ベアトリスは自分の背中から顔を覗かせ、その空間内をキョロキョロと見渡す。



「って、あ、ナンかゴールっぽいのあんな」


「ですわね」



 その部屋の中心には台があり、その上には年季が入った懐中時計があった。

 ベアトリスがソレをよく見ようとしたのか懐中時計へと近付くと、懐中時計から声がした。



「ようこそ、僕が迷わせてしまったヒト。そして始めてここまで到達してくれたヒト」


「うわっ!?」


「落ち着いてくださいな」



 腕に思いっきりしがみ付かれたので、軽く背中を叩いて落ち着かせる。



「……アナタ、ラビリンスウォッチですわね」


「ええ、そうです。知っているんですね」


「図鑑に載ってましたもの」



 ラビリンスウォッチとは、魔物化した時計が異なる空間へと生き物を迷い込ませるという魔物だ。

 時計は時と関係が深く、そして時は空間と関係が深いからそのタイプが多いのだろう、と図鑑には書かれていた。


 ……まあ要するに迷路の異空間を作って迷い込ませる時計の魔物、というコトですけれど。



「……すみませんでした」



 ラビリンスウォッチは酷く申し訳なさそうな声で謝る。



「望んでいるワケでも無いのに、僕はアナタ達をこの世界へと呼び込んでしまった……。迷惑を、掛けてしまいました。いつもなら三十分程経ったら帰しているのですが、その前にここまで到達されたので……」


「つまり私達は時間制限前にゴールでクリアっつーコトだな?」


「え?あ、ハイ、そうなります、ね?」


「よっしゃあ!」



 ベアトリスの言葉にラビリンスウォッチは途切れ途切れな肯定を返したが、ベアトリス的にはオッケーなのか勢いよくガッツポーズを決めた。



「……ええと、とりあえずベアトリスは置いといて」


「え、酷くねジョゼ」


「置いといて」


「茶化して悪かった」



 ニッコリ笑って繰り返したら素直に謝ったので良いとしよう。



「で、ラビリンスウォッチはわたくし達を迷い込ませたのは本意では無いようですが、どうして迷い込ませたんですの?」


「そうそう、ソレにナンか寂しそうな空気出してっしよ」



 無機物系なので他よりそういう気配は薄いハズなのだが、ベアトリスはその空気を敏感に察したらしい。

 自分の目では無機物系のアレコレはいまいち()えにくいのだが、野生のカンかナニかだろうか。



「……その、ですね」



 ラビリンスウォッチは語り始める。



「僕、大分昔に魔物化してしまって……この空間から出れなくなってしまったんです」


「あらまあ」



 ソレは大変だ。

 しかも動けるタイプならともかく、()た感じ彼は自力移動が不可能なタイプの魔物。

 非常口を探すコトすら出来ずにここに居続けるのは、苦行だっただろうに。


 ……まあ()回したわたくしとしては、非常口が無いのはわかっていますけれど。



「だから誰かに連れ出して欲しくて、かつて置かれていたあの物置にヒトの気配がすると発作的に迷い込ませてしまうんですが……この迷路の中に閉じ込められるのが苦痛なのは、僕が一番知ってますから」


「まあここに一番長居してんのはお前だろうしな」


「そうなんですよね」



 こちらが特に警戒した様子も無く普通に話しているからか、ラビリンスウォッチの雰囲気がゆっくりと和らいできた。



「だからこうして、僕を手に取って、一緒にこの迷路の外に連れ出してくれるヒトを待っていた……んです、が」


「が?」


「……身勝手に迷い込ませて不安にさせておきながら助けてくれなんて、図々しさの極みだと思って……!」



 顔と手があったら手で顔を覆っていただろう声でラビリンスウォッチは言う。



「今まではここまで辿り着くヒトが居てくれたらと思っていました。そしたら元の世界に戻れますから。でも、始めてここまで来てくれたヒトを見て、嬉しくて、でも同時にこっちの事情で迷い込ませた上に助けてと言い、挙げ句に僕はナニもお礼出来ないというコトに気付いたんです……!」



 顔があったら泣いていただろう鼻声になってしまっている。



「……えーと、話長くて私いまいち頭に入って来なかったんだけどよ、つまりお前は出たいのか?出たくねーのか?」


「出たいに決まってるじゃないですか!何十年こんな空間に閉じ込められてると!?見慣れすぎて最早狂気を超えた先の悟り状態ですよ!」


「うわキレた」


「メンタルが大分限界だったんでしょうねえ……」



 テンションの乱高下が激しい。

 さっきまでの言動からするとまともタイプっぽいのだが、ここまで到達したヒトが居るというコトで色々と気が緩み、限界が来たのだろう。


 ……まあ張っていた糸が緩んだら今までの負荷の分だけ返ってきますし、そりゃ緊張の糸も切れますわよね。



「んー、で、要するにお前は出たいけど迷惑掛けちまったし私達にリターン無いしで頼み辛いっつーコトだよな?」


「そうなりますね」


「んじゃちょっと聞きたいんだけどよ」



 ベアトリスはニヤリとした悪巧みしてます感万歳の笑みを浮かべた。



「お前が一緒なら、この空間にはいつでも来れんのか?」


「僕一個では絶対来たく無いですが、そうですね、来れるハズです。もし僕一個を再びこの空間に閉じ込める気なら一生この世界に閉じ込めるくらいの気持ちはありますが」



 ……病んでますわー……。


 恐らく特定の状況下でのみアウト判定出るタイプだ。

 そんなラビリンスウォッチの返答に、ベアトリスは悪巧み系の笑みからカラッとした爽やかな笑みへと変わる。



「オッケー、ヨロシク」


「ハッ?!」


「ハ?」



 ヨロシクと言うが早いか、ベアトリスは当然のようにラビリンスウォッチを手に取った。



「……え、躊躇ありませんわね」


「躊躇してても腹減るだけで膨れねーだろ。ソレにコイツ出たいっつってたし、ソレ聞いといて私達だけ戻れても後悔になるだけだろうしよ。私としてはジョゼ居たお陰で普通に楽しめたから迷惑掛けられた気分じゃねーワケだし」



 ソレに、とベアトリスは笑う。



「ソレに、私はピアノと刺繍の習い事ん時は脱走するからよ。お前が居りゃ私は安全なこの場所に隠れられるっつーコトだろ?」


「……え、ソレ、僕をそばに置くコトになりますよ?」


「あ?じゃねーと脱走出来ねーんだから当然だろうが。ソレともナンだ?お前はここから出る礼として私の脱走を助けるのは嫌だってか?別にどう答えようと一緒に連れてく気はあるから正直に言いやがれ」



 ……言動がヤンキーみたいなのに良い子なんですのよねー。


 そんなベアトリスの言葉に、ラビリンスウォッチは答える。



「……捨てませんか?」


「私別にモノ粗末に扱うタイプじゃねーし」


「そばに置いてくれますか?」


「じゃねーとここに逃げ込めねーだろうが」


「この迷路、良いって思ってくれるんですか?」


「あ?逃げ込めるし追ってこれないしで最高の隠れ場所だろ」


「僕を、必要としてくれますか」


「必要っつか欲しいっつってんだろうが。諦めた家庭教師や親によって習い事が無くなろうが隔離された空間に逃げ込みたい時なんていつでもあるだろうから、私が死ぬまで隠居出来ると思うなよ」


「……骨董品ですが、よろしくお願いします」


「おう、任せろ」



 ……無機物系の言う「骨董品ですが」って言葉、ヒトで言う「不束者ですが」みたいな感じなのでしょうか。



「おいジョゼ、話纏まったから帰るぜ」


「あ、ちゃんとわたくしの存在は覚えてたんですのね?」


「は?当然だろ」



 ソレにしては完全に存在を無視されていたのだが。

 問答の途中辺りからその辺に座って待機していたくらいには蚊帳の外だった。



「んじゃラビリンスウォッチ、頼むぜ」


「ええ、お任せください」



 その言葉と共にラビリンスウォッチの文字盤がグルリと右回りに一回転し、カチリという音と共に迷路に迷い込む前、あの扉を出た先にあるハズの廊下に立っていた。





 コレはその後の話になるが、パートナーになったベアトリスとラビリンスウォッチは仲良く習い事からの脱走をしているらしい。



「いやー、私ってよく菓子に釣られて見つかるコトが多いんだけどよ、ラビリンスウォッチが一時的に菓子がある場所に繋げてくれるお陰で安全な場所でおやつタイムが楽しめるんだぜ!最高!」


「ふふ、あの屋敷内であればドコにでも繋げられますからね。この学園では流石に無理なので、迷路に入った時と同じ場所にしか出れませんが」



 真面目な性格かと思っていたが、ラビリンスウォッチは意外にもベアトリスと馬が合った。

 どうもラビリンスウォッチからすると、そういう脱走などは大事な情操教育らしい。



「一箇所に閉じ込められていると精神を病んで思考が固まりますからね」



 最後に言っていたその言葉はかなり重かったが。

 実際何十年も一箇所に閉じ込められていたラビリンスウォッチが言うと言葉の重量がハンパない。

 だがまあ今は随分と自由そうにベアトリスの首に鎖で繋がれているので、そういうトラウマをジョークのように言えるくらいはメンタルが回復した、というコトだろう。




ベアトリス

ドレス着てお茶してるよりは近所の男の子と森でカブトムシ取りする方が似合うタイプ。

ラビリンスウォッチはパートナーであり最高の悪友なので、意外と大事にメンテナンスしてる。


ラビリンスウォッチ

元々はベアトリスの先祖の持ち物であり大事にされていた為魔物化したが、能力のコントロールに失敗して迷宮空間に閉じ込められていた。

自立歩行が出来ないので現在鎖でベアトリスの首に提げられており、自由奔放に動く彼女との視界を共有出来る為、今までの停滞に比べて最高に自由を実感してる。


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