貧乏少年とジュエルリザード
彼の話をしよう。
貧乏で、幸が薄くて、けれどとても美しい。
これは、そんな彼の物語。
・
ランヴァルド司書の低音を警戒してか、大きくて充実した空間だというのに、まばらにしか生徒が居ない図書室。
殆どの人は本を借りてランヴァルド司書の低音が届かない場所で読むのだが、自分はその移動すら勿体無いと思うタイプだった。
というか読みたい本が多過ぎるのだ。
しっかりと読みたいタイプなので速読はしていないが、文字が少ない図鑑をメインに読んでいるので、読み終わるまでが早い。
……つまり、ここに居るのがベストですの。
ランヴァルド司書の低音は腰にクるが、しかしやり過ごせないワケでは無い。足の痺れを時間経過でやり過ごすように、少し待てば回復出来るのだから。
そう判断し、机にまたもや本の山を作って魔物図鑑を読んでいたら、声を掛けられた。
「ねぇ、ちょっと良いかな?」
「あら、ラーフじゃありませんの」
曇った青空のような、グレーと青の間みたいな髪色の同級生。
彼は学園があるこの王都の住民だ。
まるで地球の少女漫画に出てくる王子様のように美しい顔をしているが、一般市民である。
というか王子様どころか、寧ろ貧乏側だったりもする。
……父が亡くなっていて、母が難病、と言ってましたわね。
幸いにも彼は真っ当な性格なので、スリなどせずに真面目に働いている。
このアンノウンワールドは地球と違い、不死身とか魔物とかもザラに存在する世界だ。
つまり地球の常識は非常識であり、結論を言うと何歳だろうが働けるなら働いてオッケーなのである。
ゆえに彼も王都でバイトをしており、バイト先でまかないを出してもらったりしているらしい。よく母親の分としてオマケも貰っているとか。
……やはり真っ当なヒトって、ちゃんと救いの手が用意されるんですのね。
実際苦境の中にあろうと頑張っている彼のようなヒトを見ると、何かしてあげたくなるものだ。
ヒトはそれを人望と言うのだろう。
「どうかしましたの?」
「うん」
ラーフは頷き、隣に座った。
「ジョゼフィーヌって、魔物に詳しいって聞いたから、ちょっと聞きたい事があって」
「…………」
……その意見は嬉しいですけど、多少種族名を知っている程度ですの。
「あの、ドコからそんな話を聞いたのかは知りませんが、そういう時は普通、教師に聞くべきだと思いますわ。フランカ魔物教師とか」
フランカとは、この学園で魔物についてを教えてくれる女教師だ。
教師というより研究者の方がらしいのだが、まあ教師として学園に居るので教師で良いだろう。
すると、ラーフは首を横に振った。
「そのフランカ先生に聞きに行ったら、これからフィールドワークだから同じ学年のジョゼフィーヌ・エメラルドに聞くように言われてね。見込みがある生徒だから多分知ってる、って」
……わたくし別にそこまで詳しくありませんのよー!
心の内で叫びつつ、溜め息を一つ零す。
「……フランカ魔物教師に言われては仕方ありませんわね」
人間、諦めが大事だ。正確には人間では無く混血だが。そしてアンノウンワールドでは意識の切り替えと臨機応変さが重要でつまり納得した方が賢いですの。
スタートとゴールの途中が何かおかしい気もするが、深く考えた方が負けだ。
「それで、魔物についてとの事ですが、一体ナニを聞きたいんですの?」
「うん、えっと……トカゲの魔物なんだけど」
ラーフの言葉に、思わず胡乱な目をしてしまう。
「めっちゃ居ますわよ、トカゲ」
「めっちゃ居るんだ」
居る。
地球で言うトカゲでも、ニホントカゲやアオスジトカゲなど、種類は多数だ。
更にこのアンノウンワールドでは大小も能力も様々なトカゲがおり、それだけの情報で特定は難しい。
「他に特徴、ありませんの?」
「んー……」
少し視線を彷徨わせ、ラーフは本棚の向こうに居るランヴァルド司書に気付いたのか、ビクリと肩を揺らした。
先程からしっかりと小声で話しているので、ラーフを気に入っている先輩辺りからランヴァルド司書の声の事を聞いたのかと思っていたが、今の動きを視た感じからすると、普通に低音テロにやられた被害者のようだ。
……確かにアレ、一回やられたら警戒しますわよね。
低音過ぎて音というより振動に近く、耳を塞いでも意味が無いレベルなのだ。つまりヤバイ。
ラーフは慌ててランヴァルド司書から目を逸らし、ふと思い出したように口を開く。
「あ、そうそう、確か、凄くキラキラ輝いてて、とても綺麗なトカゲだったよ」
「ふむ……」
キラキラ輝いていて綺麗となると、絞り込みやすい。
読み終わった山の中から本を抜き取り、トカゲのページをペラペラと捲る。
「んー……そのトカゲ、どんなキラキラでしたの?発光してる感じでシャイニングしてたのか、もしくは光を反射してキラめいていたのか」
「多分、反射かな」
「じゃあこっちですわね」
自分は開いたページをラーフに見せ、そこに載っているトカゲを指差す。
「ジュエルリザード。つまり宝石のトカゲですの。ウロコはとても上質かつ美しい宝石で出来ている、と書かれていますわ」
ページを見て、そこに載っているジュエルリザードのイラストを見たラーフは、驚きと喜びが混ざったような表情をその美しい顔に浮かべた。
「これだ!このトカゲ!」
ラーフはジュエルリザードのイラストを見て、ほう、と息をつく。
「……やっぱり、綺麗だね。イラストでもわかるくらいに」
イラストに見惚れるラーフの横顔に、少し疑問が湧く。
……その言い方だと、本物を見ましたの?
「ラーフ、ジュエルリザードに会ったんですの?」
「えっ!?」
ラーフからすれば突然だったらしい自分の言葉に、ラーフから少し大きめの声が出た。
慌てて二人で周囲を見渡すが、どうやらランヴァルド司書は既に近くを去っているらしい。危うくまた注意を受け、腰が抜けるところだった。
安全だと判断し、安堵の息を吐いてから、もう一度聞く。
「会ったんですの?」
「……うん」
今度は、頷いた。
・
ラーフが言うには、学園の裏手にある森に、食べれるきのみや草などを採取しようと入ったら、息も絶え絶えなトカゲを見つけたらしい。
息も絶え絶えだというのにとても美しいそのトカゲを見た瞬間、不思議な気持ちが湧き上がり、助けなくてはとなった、と。
……それ、トキメキや一目惚れと呼ばれる現象だと思いますの。
そしてラーフは、とりあえず、と近場の水辺まで連れて行き、水を飲ませたらしい。
すると元気になったので、良かったと安心し、これから気をつけてねと言って、結局食べ物を採取する事無く学園に帰って来た。
けれど学園までの移動の間、ずっとそのトカゲの事が頭から離れない。
もしや水を飲ませるのは駄目な種族で、その胸騒ぎなのでは?と思い、そして彼女の種族を知りたいという気持ちもあり、聞こうと思ったらしい。
・
「それ、胸騒ぎじゃなくて恋わずらいの方じゃありませんの?」
ラーフの話を聞き終わり、自分は開口一番にそう言った。
「……違う、と、思う……けど、どうだろ。え、これ恋なの?」
「いやわたくしに聞かないでくださいな」
よく視える目があるとはいえ、感情や内心までは無理だ。
自分に出来るのは、せいぜい心臓の脈拍や血流の速さ、遺伝子の配列を目視するくらい。
我ながらヤバイとは思うが、しかしコレ、恋や愛に対してはいまいち役立たないので、つまり今の状況では無意味ですの。
「……でも確かに、水を飲ませるのが駄目なんじゃって思ったのに、気付いたらソレ頭からすっぽ抜けてたし……」
ラーフはその美しい顔を薄いピンクに染めながら、考え込むように呟く。
「僕が薄情なのか、恋をしていたから彼女の事を知ろうとしてでっち上げた理由なのか……どっちにしろ、僕、彼女の命に関わるんじゃ、なんてのを理由にする時点でヒトとしてアウトじゃ……」
「そーでもないと思いますけど」
頭を抱えたラーフに、一応フォローを入れておく。
「そもそも水がアウトとか書かれてないので、普通に大丈夫だと思われますわ。イラストに夢中になっていたとはいえ一応その文章も視界に入っていたワケですし、無意識にセーフと判断したんじゃありませんの?」
「…………」
ラーフは頭を抱えて目にうっすらと涙を浮かべながらこっちを見た。
「その意見を受け入れて自分にセーフ判定出しても良いと思う?」
「わたくしならセーフ判定出すので、先にセーフ判定出しといてくれますと、後々わたくしが助かりますわね」
「じゃあセーフって事にしちゃおう」
ふぅ、とラーフは安心したように息を吐いた。
受け入れ方が何だかオカシイ気もするが、これがアンノウンワールドクオリティだ。よくあるよくある。
「それで、ラーフはジュエルリザードに惚れましたの?」
「楽しそうに聞くね」
「モチロン」
口角が上がっている自覚はある。
「幼かろうと女ですもの。誰かの恋愛話し程興味深いものはありませんわ」
「否定したら沢山の女の人に怒られそうだな」
クスクスと笑って、ラーフは語る。
「惚れたかどうかは自分でも確信が持てないけれど、素敵だな、とは思う。見惚れたのは事実だしね」
ドコか遠くを見るようなその目に、父が母を、母が父を語る時のような愛おしさが篭もっているのが視える。
「あんな素敵なパートナーが居れば幸せだろうなって思うよ」
そう言ってから、ラーフは少し顔を暗くし、静かに呟く。
「……同時に、彼女から宝石を貰えれば、少しは生活が楽になるんじゃないか、なんて考えたりもしちゃったけどね」
ラーフはまるで罪の告白のように言った。
……ですが、ソレ……。
ラーフが言っているのは、ジュエルリザードの生態の事だろう。
ジュエルリザードは虫系魔物や、野菜、フルーツなどを食べると図鑑には載っていた。
そして、体調が安定していれば月に一度、その月に一番多く食べた物と同じ色の、ビー玉くらいのサイズの宝石を吐き出すのだとも書かれていた。
恐らくラーフは、好きという気持ちと共に、利用出来れば、という思考が浮かんだのが自分の中で許せなかったのだろう。
自分の目には、そう視える。
……でも、そもそもは一目惚れで、その辺は図鑑を見てから湧いた後天的理由だと思いますの。
言って納得してくれるかわからないので、言わないが。
・
ラーフが淡い恋心を抱き、そのまま枯らすつもりらしいと知ってから丸一日。
授業終わりの放課後、今日は図書室に行かず、ちょっとした気分転換で学園内をぐるりと歩く。
……流石というか、アホみたいに広いですわねー……。
正門から真っ直ぐ行くと職員用の建物があり、左側に初等部、右側に高等部がある。
中庭を囲うように建っている職員用の建物の向こうにあるのは、中等部だ。
そしてソコからもう少し奥に行くと、森がある。
この森は学園の敷地内であり、基本出入り自由だ。魔物も大体はココからやって来る事が多い。
というか森に多数魔物が生息している、が正しいかもしれない。
……この学園、不審者除けの魔法が掛かってるからヒトが不法侵入するのは不可能ですけれど、魔物はフリーパスなんですのよね。
まあ流石にガチでヤバイとされる害魔……地球でいう害獣扱いのような魔物などは、ソレらを狩る兵士に通報すればどうにかしてくれるので、魔物がフリーパス状態でもそれなりに安全ではあるのだが。
ちなみに兵士は警察とか自衛隊みたいな存在であり、狩人と呼ばれるヒト達は猟友会的な存在である。
てくてくと教員用の建物から初等部までを歩いたところで、草に埋もれているが、確かにキラキラと光っているナニかがいるのが視えた。
「……あら、まあ」
そこに居たのは、ジュエルリザードだった。
日本人が想像するトカゲより二回り程大きく、ウロコの一つ一つが宝石で出来ているトカゲの魔物。
視た感じからすると、ウロコの宝石は恐らくカーネリアンだろう。赤みの強いオレンジ色は、前に視たカーネリアンと同じように視えるから、多分合っているハズだ。
動かないジュエルリザードを、じっと視る。
……コレ、気絶してますわね。
「ぐ……」
と、思ったらヒトの気配に反応したのか、ジュエルリザードは呻き声を零しながら瞼を開く。
……あら、シトリンみたいに透き通った黄色ですのね。
わかっていた事だが、やはり魔物の目の色はカラフルだ。
ヒトも明るい暗いの違いはあるとはいえ、やはり茶色だけというのは新鮮味に欠ける。
……いえ、茶色目で無かったら人外判定になるので、茶色で良いんですけれど。
だがソレはソレ、だ。何せ女はカラフルな色に惹かれる性質であり、つまり本能ですの。
さておき、ジュエルリザードだ。
「あの、大丈夫ですの?」
「……ナンじゃ、おなごか……」
息も絶え絶えでありながら、ジュエルリザードは不満気に溜め息を吐いた。
……普通なら不愉快に感じる言葉でしょうけど、ジュエルリザードが相手だとそうなりませんわね。
寧ろ生態を知っている身としては、心配になる。
ジュエルリザードは月イチで宝石を吐き出す種族だが、しかし乱獲された事は無い。
何故かと言えば、繊細だからだ。
ヒトの好き嫌いが激しく、好ましく思っているヒト以外のヒトのそばに居ると、たった一日で衰弱し、最悪死ぬ。
ヒトの気配がするだけでもうアウトであり、好ましく思っているヒトが居ないと、人里などはジュエルリザードにとっては毒の沼地でしかない。
一応ヒト気の無い森などであれば、虚弱状態ではあるが生き延びる事は可能。しかしかなり弱っている状態がデフォルトになってしまうという、実に繊細な魔物である。
「……ここ、ヒトが沢山居ますのよ?迷い込みましたの?」
「そんなハズ無かろう……」
ジュエルリザードは若い女性の、しかし弱弱しい声で言う。
「妾はただ、あの人間に会おうとしただけじゃ……」
「あの人間?」
「顔が良い」
……何でソコだけやたらハッキリとした声なんですの。
「この学園の制服を着ていたから……」
「……あの、申し訳無いのですけれど、顔が良いのはあちこちに居ますわ」
事実だ。
というか殆どが誕生の館で生まれており、そして誕生の館では優れている部分を選りすぐりながらの50:50になるシステム。つまり大体顔が良い。
「お主……探すのを、手伝え……。手伝わんと、妾が衰弱して死ぬぞ……」
「どういう脅しですの、ソレ」
……でも、ジュエルリザードと会った顔が良い男子生徒になら、昨日会いましたわね。
というか確実にラーフの事だろう。
「あの、もしや青とグレーの間みたいな髪色の、顔が良い男子ですの?」
「そうじゃ……知っておるのでは、ないか……」
……マズイですわね。
どんどん具合が悪くなっているのが視える。
否、普通の目でもわかるだろうレベルでぐったりしはじめている。
自分は周囲をぐるりと見渡し、透視して視る。
……居ましたわ。
教員用の建物の一階、食堂であるソコに、バイトを終わらせたのか、まかないらしいサンドイッチを頬張っているラーフが視えた。
「……失礼いたしますわ」
「う……」
揺らさないように気をつけながら、ジュエルリザードを手の上に乗せる。
これ程衰弱しているのでは、自力での移動は不可能だろう。
そしてこれ程に衰弱するのをわかっていながら根性でここまで来たジュエルリザードの気持ちを考え、森に帰すという選択肢はナシだ。
好ましく思うヒトで無いので不愉快なだけだろうが、好ましく思っているらしいヒトのもとまで連れて行くので、我慢してもらおう。
・
「ラーフ!」
「え、ジョゼフィーヌ?どうしたの?」
移動の間にサンドイッチを食べ終わったらしく、ラーフの前の皿にはパン屑だけになっていた。
いきなり飛び込んで来たこちらに驚いたのか、ドリンクが入ったコップを机に置いたラーフに、手の中にいるジュエルリザードを見せる。
「…!ジュエルリザード!?」
「ええ、そうですの。そして急を要するので何も言わず受け取ってくださいな」
「あ、うん」
よくわかっていないようだが、ラーフは素直に両手を出してくれた。
ソレをありがたく思いながら、自分はジュエルリザードをそちらに移す。
「…………」
荒かったジュエルリザードの呼吸が落ち着いたのを見て一安心し、ラーフの隣に腰掛ける。
「……ねえ、ジョゼフィーヌ。コレって一体どういうコト?」
ラーフは怪訝そうに眉をひそめていた。
「何故ジュエルリザードがそこまで弱っているのか、何故わたくしがジュエルリザードを連れてきたのか、辺りですの?」
「そう、そのへん」
……説明すると、長くなりますのよねー……。
「端的に言うと、ジュエルリザードは気に入ったヒトの近くじゃないと最悪死ぬレベルで繊細なんですの。で、どうやらこの方はラーフを気に入ったようなんですのよね。
それでラーフに会いに行こうとして、気に入ってもいないヒト達の気配が多数でオエッとなって行き倒れてたのを出来るだけソッコで運んで来ましたのよ」
「……心配の前に、僕を気に入ってくれたってトコに喜んじゃった僕ってアウトかな」
「ノーマルだと思いますわ」
好きな相手に会いたいと思われて嫌だと思うヒトはそう居ないだろう。
「……む」
そんな風に話していると、ジュエルリザードが回復したらしい。
「おお!先日の美男子ではないか!会いたかったぞ美男子よ!」
ガバリと起き上がり、手から肩までソッコで移動し、ラーフの頬にそのキラキラ輝いている顔をぐりぐりと押し付けた。
……嬉しそうですわねー。
そんな風に虚無の視線を向けていると、ジュエルリザードはこちらの存在にたった今気付いたらしい。
「おや、先程のおなごではないか。きちんと妾をこの者のもとに連れてきてくれたのじゃな。礼を言おう」
「魔物助けですもの。お礼を言われる程の事でもありませんわ」
実際は中々に焦っていたが。何せほぼタイムアタックだ。
死に掛けも死に掛けだったので、無事回復したようでなによりである。
流石ジュエルリザードと言うべきか、衰弱が早い分、回復も早い。
「え、ええと……」
ジュエルリザードと話していたら、突然の目覚め&好いた相手とのスキンシップにより、ラーフが混乱しかけていた。
視線が全力でこちらに助けを求めている。
……好きな相手との接触を楽しめば良いと思うのですが……。
まあ、現代の人間は皆性欲が死んでいるので、ラッキーだとは思わないのだろう。スケベ心は絶滅危惧種だ。
「ジュエルリザード、ラーフ……そちらの美男子が突然のスキンシップに戸惑っていますわよ?」
「む、ナンじゃナンじゃ、照れておるのか?初々しいのぅ」
……スキンシップの勢いが増しましたわね。
何かを間違えたのだろうか。
いや、多分間違っていない。そのハズだ。
実際ラーフもこのままでは埒が明かないと判断したのか、まだ少し頬をピンクに染めながらも、ジュエルリザードの喉を指先でくすぐりながら問う。
「あの、聞きたいんだけど……どうして、僕を、その、気に入ってくれた、の?」
「顔が良いからじゃぞ?」
もごもごと濁しながら言ったラーフとは対照的に、ジュエルリザードはキッパリと言い切った。
あまりの言い切りっぷりに驚いたのか、ラーフは目をパチクリしている。
「……顔?」
「あと妾を気遣って助けようとする心じゃな。アレは惚れられても文句は言えんぞ?」
ニィ、と笑ったジュエルリザードに、ラーフは頬といわず顔全体を赤くさせた。
「まあ、そういうワケじゃから」
ジュエルリザードは言う。
「妾のパートナーになれ、ラーフ」
「……………………え?」
沈黙が長かった。
「……え?」
困惑が強いのか、二回言った。
「む?そこのおなごがそなたをラーフを呼んでおったじゃろう?違ったか?」
「いや、合ってる、けど……」
顔を赤らめながら、ラーフは困ったようにこっちを見る。
……そんな救いを求めるような目で見られても困りますのよー!
実際この状況、自分が居るだけでも場違いなのに、口出しまでしたら完全アウトではなかろうか。
いや、自分は一人と一匹の仲を確かなものにする為の友人枠。
七夕のカササギポジションだと思おう。そうすれば精神的に少し楽だ。
「特に嫌じゃないなら、良いんじゃないですの?」
「いや、でも……」
もごもごと口篭るラーフに、ジュエルリザードは尻尾を垂れ下がらせる。
「……嫌なのか?」
「それはありえないけど!」
「ならば良かろう!」
……ソッコで機嫌回復しましたわねー。
「ふぅむ……」
それでも反応が悪いラーフに対し、ジュエルリザードは考える素振りを見せた。
「アレか?メリットがあるかどうかか?それなら妾、月に一度宝石を吐くぞ。まあそなたのそばに居て健康状態が安定しておらねば無理だが、ヒトの親指の爪サイズの宝石を吐ける」
ニィ、とジュエルリザードは笑った。
「高値で売れるぞ?」
「……ソコが問題なんだよ……」
ラーフはそう言って、困ったように頭を抱えた。
「ナニが問題なのじゃ?」
ジュエルリザードは実に不思議そうに首を傾げている。
……コレ、わたくしが説明した方が早そうですわね。
どうせこの一人と一匹は相思相愛で、ジュエルリザードはラーフのそばでなくては死に掛けるのだ。
ならば擦れ違うコト無く、ソッコで結ばれて欲しい。擦れ違いは周囲のメンタルに悪影響ですの。主に胃とか。
「ジュエルリザード」
「ナンじゃ?」
ジュエルリザードに、伝える。
「ラーフはジュエルリザードに一目惚れしてるんですが、おウチが少々貧しいんですの。なのでその恋心が金目当ての下心扱いされるのでは、という恐怖からもごもごしてるんですわ」
「裏切りか!?」
……人聞きが悪いですわね!
「女同士の友情から発生する情報網、つまり女から女へのリークですわ!」
「赤裸々過ぎるよ!」
ラーフは真っ赤になった顔をワッと手で覆った。
……耳、隠れてませんのよ。
というかジュエルリザードはすぐ横である肩に居るし、自分は血液の様子まで視えてしまうレベルの透視能力者だ。
手で隠されようと、ラーフの顔が茹でられたタコのように真っ赤になっているのは余裕で視える。
「……まったく、どーでも良いコトを考えるんじゃなあ、ラーフは」
クク、とジュエルリザードは喉で笑った。
「妾などそなたに惚れた理由、顔じゃぞ?顔。大体好意が無くて妾の事を金を生むトカゲと見ておるならばともかく、好意を持って見ておるんじゃろ?ならば問題などあるまい」
確かに。好意があるか無いかの差は雲泥レベルで大きい。
「あと妾の吐く宝石目当てがどうとか考えられてもな、アレ、妾にとってはヒトで言うトコロの伸びた爪じゃからな。健康状態でなければ吐けんのでレアモノではあるかもしれぬが、妾にとっては不要なモノじゃ。ソレがそなたの懐を暖めるのならば良い事であろう」
「でも……」
それでもまだ納得出来ないらしいラーフに、ジュエルリザードはクク、と笑う。
「ナンじゃ、強情じゃのう」
強情というか、真っ当で誠実な生き方をしているからだろう。
働く事でお金という対価を得るという生活をしているからこそ、好きな相手も金も手に入る、というのが受け入れにくいのかもしれない。
せめてワンクッションあれば良かったのかもしれないが、残念ここはウェブじゃなかった。
「じゃーアレじゃ、居候。いや、家賃か?まあナンでも良いが、妾の吐く宝石はようするにソレじゃ。妾はそなたが好きで、そなたと共に居なければ死ぬので、共に住みたい。で、宝石はその分の金。これなら良かろう?」
「……確かに、そう考えれば……」
ジュエルリザードの言葉に、ようやくラーフも納得出来そうになってきた。
……成る程、居候や家賃という例えは、納得させるのに有効ですわね。
施しじゃないよ、対価だよ、という事にすれば、ラーフのような性格だと受け入れやすくなる。
見ている感じでは、あともう一押し、というところだろうか。
あともう一押し、自分を前に進める何かが欲しい、という風に視える。
……なら、わたくしの出番、という事になりますわね。
友人枠としてこの場に居るのだから、そのくらいはしても良いだろう。
天使の娘だし丁度良い。
……天使とキューピッドだと、ちょっと違いますけれど。
「ラーフ」
ラーフがこちらに意識を向けたのを見ながら、言う。
「確か、お母様が難病だと言っていましたわよね?ジュエルリザードの宝石で出来たお金、治療費に当てられるんじゃありませんこと?」
「あ……!」
確かに、とラーフの唇が動いたのが視えた。
「……ジュエルリザード、君の宝石を、そういう風に使っても良いかな?」
「構わん。妾がそなたにやると言ったのじゃ。ソレをナニに使おうとそなたの自由。あ、でも治療費を宝石で賄うというのはキチンと母親に言うのじゃぞ?そういう説明があるか無いかで初対面での好感度が変わるからな」
「…………ぷ、アハハ!」
ジュエルリザードの赤裸々な本音に、我慢の限界というようにラーフは笑った。
「最初は綺麗だなーって思っての一目惚れだったけど……格好良いね、ジュエルリザードは。惚れ直しちゃいそう」
「ナンじゃ、惚れ直しちゃいそうとは。ソコはしっかりと惚れ直せ」
「アハ」
自分から背負っていた重荷が無くなったからか、ラーフは実に楽しそうに笑みを浮かべる。
「そのセリフに惚れ直した」
心の底から愛おしそうなその笑みと声に、ジュエルリザードは照れからか、トカゲが潰れたような声を漏らした。
・
コレはその後の話になるが、王都に家があるからと実家暮らしのラーフは、ソッコで母親にジュエルリザードを紹介したらしい。
ジュエルリザード自身は宝石を吐いてから、つまりキチンと対価を渡してから紹介してもらうつもりだったらしいのだが、その前に紹介された。……と、愚痴られた。
ラーフとのアレコレに協力したからか、どうやらジュエルリザードの中で比較的セーフな人間という枠に収まれたらしく、アレから時々ラーフと共にやってきてはノロケや愚痴を語っていく。
生命線である為必然的にソレを聞いてしまうラーフは、女性同士の会話は大事だと母が言っていたから、と笑っていた。
……彼、愚痴は笑ってスルーしてますけど、ジュエルリザードによるノロケの時、ニヤけてるんですのよねー……。
一応手で隠してはいるのだが、自分相手にその程度では視えてしまう。
まあ、母親公認で、同じ家に住んでて、それで問題無く家族ぐるみで仲良くしているようですし、良い事ですわ。
「最近は母君も具合が良くなってきておってのう、この間など、調子が良いからと言って妾を拭いてくれたのじゃ!アレは嬉しかったぞ!」
そう語るジュエルリザードは、全身から歓喜を満ち溢れさせていた。
ラーフ
顔が良い貧乏少年。
よく働くので将来は多分実用的なマッチョ。
ジュエルリザード
好き嫌いが激しい宝石トカゲ。
ラーフのそばで他人と会話するのは平気だが、ラーフ以外との接触は体調を崩す。ラーフ母は気に入った対象なので別。