保護色少年とソングソングバード
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼の話をしよう。
遺伝で髪の色が自動的に保護色に変化し、とても元気で、疲れたら赤子のようにソッコで寝る。
これは、そんな彼の物語。
・
廊下を歩いていたら背後からナリオが突進してきたのでひょいっと避ければ、ナリオはそのまま転がった。
「うおお!?」
「……ナリオ、アナタいきなり突進してくるのは止めなさいって前に言ったハズですわよ?」
「いやー、ジョゼフィーヌ見つけてよっしゃ遊ぼう!って思ったらテンション上がりまくってついなー」
ナリオは何事も無かったかのように起き上がり、廊下と同化した色の髪を揺らして服の埃を払う。
「というワケでジョゼフィーヌ!遊ぼう!」
「わたくし特に遊びたい気分でも無いんですけれど……具体的には?」
「未定だな」
「キリッとした顔で言わないでくださいな」
「ジョゼフィーヌがしたい遊びで良いぞー?」
「だからわたくしは遊びたい気分でも無いんですのよ」
纏わりついてくるナリオにそう言って離れようとすれば、ナリオは尚も纏わりついて来た。
周囲をウロチョロされると、どうしても見てしまう。
「?」
窓側に立っているナリオが首を傾げれば、その髪色は外に見える建物や青空と同化した。
……うーん、見る側の角度によって色が変化するから、ついつい見ちゃうんですのよね。
ナリオの髪色は周囲の色と同化する保護色系の遺伝らしい。
そして見る側の位置によって周囲の色が変化する為、右から見たら青空色、左から見たら植物色、というコトも多々あるのだ。
……結構面白いというか、シャボン玉の色の変化みたいなんですのよね。
「どうかしたか?ジョゼフィーヌ」
「ああいえ、アナタの髪色って本当よく変化しますわね、って」
「んあー、コレなー……」
ナリオは毛先を指先で弄り、ヘラリと笑う。
「俺様からすると微妙だぞ?」
「そうなんですの?」
「だって保護色は、俺様を認識する側にそう見えるってだけだからな。俺様から見ても色は可変だが、正直髪色だけが変化してもなあ……」
ふぅ、とナリオは溜め息を吐いた。
「全身が保護色になるならまだしも、髪色だけじゃどうにもならない。かくれんぼの時にうっかり髪が隠れ切れてなくてもワリとどうにかなる、くらいの利点しかないのが困りモノだ。俺様としてはもっとこう、良い感じの遺伝が良かった。いやこの遺伝も悪くは無いが」
「具体的には?」
「具体的に?」
「良い感じの遺伝って、どういうのを想像してますの?」
「そうだなあ……髪の毛を自在に伸び縮みさせて操れる、みたいなのは羨ましい。バルバラみたいな」
「バルバラの場合、正確には髪じゃなくて髪部分に寄生しているヘアスネイクなんですけれど……」
しかし荷物を持ってもらったり遠くのモノを取ってもらったりしている姿は、確かにちょっと良いなとは思う。
「ソレに比べて俺様の髪は保護色だぞ保護色!カシルダなんて同じ髪色変化でも天候が予測出来るってのに!良いなあアレ!」
「んなコトをわたくしに愚痴られてもどうしようも出来ませんわよ」
「ソレはわかる」
真顔で頷きやがったなこの野郎。
ただの愚痴だったとはわかっているが、ナンとなくもやっとするのは己の心が狭いせいなんだろうか。
「……まあ、良いか」
「あら、思ったより早くに大人しくなりましたわね」
いつもなら駄々っ子の如くやいのやいの騒ぐというのに。
「そりゃまあ、俺様ももう十八歳だからな。直に卒業すると考えると、いい加減髪色変化に諦めもつく。他のヤツの遺伝によっては結構大変そうなのも多いから、薬にならずとも毒にならないだけ良いと思うし」
「んん、真理なのがナンとも言えませんわ……」
遺伝に苦労する生徒が多数居るのは事実だ。
「あと俺様の場合、座学をどうにかした方が良いのもある。学ぶ気はちゃんとあるのに何故俺様は座学が始まって少し経つと寝ちゃうんだろうなあ。もうアレ教師が眠りの波動的な謎のナニかを発動させてるとしか思えない」
「ソレはアナタの問題だと思いますけれど」
教師陣に責任を擦り付けないで欲しい。
「でもなジョゼフィーヌ!本当に寝ちゃうんだよ!起きてちゃんと授業受けたいのに!本読んでもソッコでぐっすり!」
「その分体術や剣術の授業では問題無いじゃありませんの。あと見学しに行く校外学習の時とか」
「確かに肉体的な活動が一緒の場合は起きてるし、座学じゃないからかソコで学んだコトは覚えてるんだが……問題なのは!座学で必ず寝る部分なんだ!」
「音量下げてくださいまし」
近距離で大声止めて欲しい。
「もう文字の羅列が駄目だ。もうすぐ卒業なのに俺様は一体どうすれば良いんだろう」
今度はめそめそ泣き始めた。
相変わらず感情表現が赤ん坊レベルで激しい子だ。
……感情がゼロか百しか無いって感じなんですのよね、ナリオって。
「んー……アナタが積極的に人助けする部分を活かせば……駄目ですわね」
「突然の否定とか酷くないか?」
「だってナリオ、人助けをしようとはしますけれど、動いてる間に忘れるじゃありませんの。幼児でももうちょっと記憶力持ちますわ」
「否定が出来ん」
「いっそ子供っぽい部分を活かして子守り……も駄目ですわね」
「だから案を出しながら否定するのを止めてくれ。結構辛い」
「そうは言われても、アナタ遊ぶだけ遊んだら寝落ちるでしょう?」
ナリオは子供のように疲れるまで遊ぶし、疲れても自覚が無い為そのまま遊ぶし、疲れ切ったら遊んでいる最中に電池が切れたかと思う程いきなりパッタリ倒れ込んで寝落ちする。
「子供の急な動きには対応出来そうですけれど、ナリオの方が先に寝る可能性を考えるとちょっと……安全面的に不安がありますわ。
せめてナリオが子供と遊ぶ役で、もう一人くらい誰か保護者枠が居てくれると安心して子守りの仕事はどうかとオススメ出来るんですけれど」
「保護者か……文字の羅列を見るだけで寝落ちる俺様には難しい問題だ」
「ソコ結構冷静ですのね」
「流石に俺様が子供っぽ過ぎるっていう自覚はあるぞ!自覚はあれど俺様自身を曲げるつもりは無いから改善はされないけどな!」
「格好つけて言うセリフじゃありませんわよー?」
しかもドヤ顔で言うこっちゃなかろうに。
「……んー、ナリオって今、遊びに誘ってくるくらいには暇なんですのよね?」
「ああ!さっきまでレーネとてるてる坊主と一緒にレーネの隔離空間で遊んでたんだが、予定を思い出したとかで俺様が暇になった!」
「成る程」
そして己に白羽の矢が立ったというコトか。
遊ぶ気分では無いとはいえ、忙しくしていない時で良かった。
……翻訳仕事の締め切り迫ってたら困るトコでしたわ。
まあ基本的に時間の隙を縫って翻訳をちまちま進める為、やたら手伝いをさせられて忙しい時でも締め切りを破るコトは無いが。
締め切りを破ると相手側が迷惑するだろうと思うと、どうしても締め切りを厳守しなくてはとなってしまうのだ。
……天使って仕事する為の存在だからこそ、仕事である以上は頑張って全うしようってなっちゃうんですのよね。
締め切りを守るのは良いコトのハズなので良いと思おう、うん。
締め切りまで余裕を持ちつつ終わらせるくらいをこれからも維持出来るよう頑張る、という感じで。
「じゃあナリオ、わたくしと一緒に森にでも行きませんこと?歩きながらならアナタも寝ないようですから、森にある植物の種類、それと見かける魔物についてを教えるコトが出来ますわ」
ナリオは目を瞬かせ、思わずというように両手を組む。
「天の助けか?」
「天使の娘なので間違っちゃいませんわね」
どうせなら天使よりも神に感謝を捧げて欲しいが、わざわざ言うのは野暮というモノだろう。
・
歩くのは退屈だと言って走り出したナリオに合わせて跳躍しつつ、周囲の植物などについてを説明する。
「そっちに咲いてる花は本来春の気候でしか咲かない花、つまりこの国ではよく見かける花ですわ。しかしその隣に咲いているのは冬の花であり、雪の上に咲くモノ。本来ならあり得ない組み合わせですわね」
地脈から流れる膨大な魔力を吸って成長する植物ばかりなこの森だからこそ見れる光景。
そう思いつつ説明すれば、ナリオはキラキラした目でこちらを見ていた。
「ジョゼフィーヌぴょんぴょん跳んでるのに物凄く速いな!?忍者か!?」
「忍者はわたくしじゃなくてヨイチ第二保険医かシノブですわよ」
前者は抜け忍で、後者は抜け忍予定だが。
「じゃあウサギだな!」
「天使ですの」
翼は無いし、姉のように魔力の流れに乗って浮くというコトが出来ない為跳躍のみだが、しかしウサギと一緒扱いされるのは微妙に違う。
ウサギ扱いされるのがイヤというワケでは無く、こう、インコなのにウサギ扱いされたらもやっとする感じに近い。
……まあ、ウサギも一羽二羽と数えられる辺り、鳥扱いで良い気もしますけれど。
かつて獣を喰うコトを禁じられていた僧侶がウサギのコトを鳥扱いして「だから食べてオッケー!」とごり押しした名残りらしいので、実質鳥。
ただウサギからすると「誰が鳥じゃ」みたいな気分になりそうだ。
「ねんね ねんねよ ねんねしや」
そう思いながら走るナリオの隣を跳躍していたら、ふと近くから歌声が聞こえた。
「子供はみぃんな ねんねしや
犬 猫 狐 みぃんなねんね
親が歌って 子供はねんね」
……あら、コレ子守唄ですわね。
「ねんね ねんねよ ねんねしや
子供はみぃんな ねんねしや
熊 狼 狸 みぃんなねんね
親が歌えば 子供はねんね」
聞くだけで少し眠くなってくるのは、幼い頃にこの子守唄をよく聞かされていたからだろう。
「ねんね ねんねよ ねんねしや
子供はみぃんな ねんねしや
獣はみぃんなねんねした
ヒトの子 お前も ねんねしや」
ここでようやく歌声に気付いたのか、ナリオが走りながら不思議そうに眉を顰めた。
「ねんね ねんねよ ねんねしや
ねんね ねんねよ ねんねしや
子供はみぃんな ねんねしや
ねんねしや」
……あー、コレ、寝かせる用の歌なだけあってめちゃくちゃ眠くなりますわね……。
そう思った瞬間、隣のナリオがいきなり頭から直進でスライディングして真正面の木の根元に頭突きをカマした。
「ナリオ!?」
「キャアッ!?」
ゴヅンという鈍い音に思わずナリオを呼ぶと、頭上から悲鳴が聞こえた。
見れば、枝の上にソングソングバードがとまっている。
……今のは彼女の歌声ですわね。
ソングソングバードは歌うのが特に大好きな鳥の魔物なので、起きている間は殆ど歌っているコトが多い魔物。
「……と、それよりナリオですわね。ナリオ、生きてます?思いっきり頭からドッシン行きましたけれど、脳漿ぶちまけてたりしませんわよね?」
まあ視えているので、流石にソコまで大変なコトになっていないのはわかっているが。
よいしょとナリオの首根っこを掴んで顔を見れば、随分気持ちよさそうにすやすや寝息を立てていた。
周囲の木々の色合いに同化しているその頭にはたんこぶの一つも出来ていない。
……石頭ですわねー……。
「あ、あの、そちらの方、大丈夫でしょうか……?」
「あら、ソングソングバード」
ナリオを心配してか、ソングソングバードがすぐ近くまで下りて来た。
「ナリオ……この人間は問題ありませんわ。多分さっきの子守唄で寝落ちた結果足を引っかけて頭から勢いよく滑っただけですの」
「そんな……すみません!先程の歌を歌ったのは私で……まさかこんなコトになるとは……!」
「あ、いえいえぐーすか寝てるだけなので気絶とかじゃないから大丈夫ですわよ。たんこぶにすらなってないし、勝手に寝たのはこちらですもの。気にしないでくださいまし」
「で、ですが……」
「本当に気にしないでくださいな。ほらナリオの寝顔」
首根っこを掴んだままなので、軽く持ち上げナリオの寝顔をソングソングバードに見せる。
「わあ……凄く穏やかな寝顔をしていますね……」
「だからマジで大丈夫なんですのよ」
よいしょと下ろして首根っこから手を放し、とりあえず仰向けに転がして寝かせておく。
「ソレにあの子守唄、わたくし達人間は幼少期に聞かされるコトが多い曲なんですの。歌詞もひたすらに寝ろ寝ろ言ってるヤツだから寝落ちするヒトも多くて……だから、気にするコトはありませんわ」
例えば魔法を使用する際、直接的な言葉、ソレも同じ意味でありながら異なる言葉を重ねるコトで、魔法の威力は跳ねあがる。
先程の子守唄は要するに、簡易的な眠らせ用魔法の呪文みたいなモノなのだ。
……だから、親は大体あの子守唄で子供を寝かせるんですのよね。
「まあでも多少寝落ちてるくらいならすぐ目覚めるでしょうし、気になるようでしたらソレまで待ちます?」
「ハイ」
ソングソングバードはコクリと頷く。
「私のせいで怪我を、いえ怪我はしていないようですが、ソレでも怪我をしていた可能性はあるのです。ソレに対し、きちんと謝罪をしなくてはなりません」
「そう気にするようなコトじゃないと思いますけれど……」
視ても内部の脳の細かい部分まで含めて問題は無いし、ナリオだってそう気にしないだろう。
まあ本魔の納得は別問題なので、己が口出しするようなコトでもあるまい。
・
コレはその後の話になるが、ナリオは謝罪するソングソングバードに、お詫びなら一つ頼みたいコトがある、と言った。
「俺様正直言って座学がまったくもって駄目で、授業も全然覚えられなくて困ってるんだ。でもお前は歌が得意なんだろ?
俺様は座学こそ無理だし特に文字が駄目だが、口頭での説明は結構覚えるコトが出来る。だから、歌で学べる系のヤツとかあったら、お詫びとして歌って、俺様に勉強を教えてくれないか?」
「ハイ……!」
ナリオとしてはその言葉は本心だったのだろう。
対するソングソングバードは種族的に歌うのが大好きであり、ソレを聞いてもらうのも大好きな魔物。
……そりゃ、喜びますわよね。
謝罪のハズが、歌で勉強を教えてくれという注文をされた。
ソレは歌うコトが好きで、歌を聞いてもらうのが好きなソングソングバードからすると物凄く嬉しいコト、だそうだ。
「花咲く季節 ソレは春
桜が咲いてて 梅花開く
桃に菜の花愛らしく
ツツジ タンポポ 蝶が舞う」
ふと、ソングソングバードの歌声が聞こえた。
「ふわり風吹き芝桜
ボタンの花にハナミズキ
スズラン ダリア ラベンダー
楽し気に咲く 春の花」
確かこの曲は、様々な季節の花についてを歌う曲だったハズ。
「花咲く季節 ソレは夏
ひまわり咲いて ハスがほころぶ
百合にアジサイ麗しく
朝顔 ポピー 太陽の下」
……そういや今日は植物の授業がありましたわね。
「爽やか風吹きクレマチス
カーネーションにホトトギス
ヒルガオ ミソハギ カスミソウ
楽し気に咲く 夏の花」
そしてまたもやナリオはぐーすか眠っていた為、こうしてソングソングバードに歌ってもらっているのだろう。
「花咲く季節 ソレは秋
コスモス咲いて パンジー顔見せ
フヨウにツユクサ美しく
サルビア ムクゲ 彩って」
歌声のする方へと意識を向ければ、ベンチの背もたれに留まって歌うソングソングバードと、ベンチに座りながらその歌声を心地よさそうに聞いているナリオが居た。
「強い風吹きヒガンバナ
キンモクセイにローズマリー
バーベナ ペチュニア オミナエシ
楽し気に咲く 秋の花」
……ま、歌っていうのは興味を誘うのに良いモノですしね。
「花咲く季節 ソレは冬
ヒナギク咲いて ボケの挨拶
椿にロウバイ 逞しく
ヤツデ ハボタン 雪の中」
歌で説明するのは初心者向けに良く、ソコから興味を持って調べるというコトも多々あるし、歌だけでも必要最低限の知識は得られるモノ。
「冷たい風吹きクリスマスローズ
ポインセチアにスノードロップ
山茶花 ビオラ シクラメン
楽し気に咲く 冬の花」
実際こうしてソングソングバードが勉強に役立ちそうな歌を歌うようになってから、ナリオの成績は向上し始めたワケだし。
「綺麗に咲くのよ花達は
四季折々の顔を見せ
とても綺麗に 咲いて散る」
……九年生も終わりに近づいてる時期ですけれど、学びに遅すぎるというコトはありませんわ。
歌い終わって息を吐くソングソングバードに、ナリオは満面の笑みで拍手を贈る。
「今日もソングソングバードの歌声は綺麗だな!うっとりした!」
「そ、そうですか?……うふふ、そう真っ直ぐ言われると、照れてしまいますね」
「んん?」
ソングソングバードの言葉に、ナリオはよくわからんとばかりに首を傾げた。
「俺様は本当のコトを言ってるだけだぞ?」
「本当にそう思って言ってくれているのがわかるからこそ、私が照れるコトになるのですよ」
「……よくわからないな」
「ふふふ」
うーんと首を傾げるナリオを見て、ソングソングバードは楽しげに微笑む。
まったくもう、羨ましい程に素敵なパートナー関係を築けているようでなによりだこと。
ナリオ
遺伝で髪の色が自動で保護色になる上、見るヒトの角度によって色合いが変化するので常に髪の部分だけ背景に同化している。
中身が子供のままであり感情表現が激しく、文字を見ると途端に寝る石頭。
ソングソングバード
とにかく歌が好きな鳥の魔物であり、よく人間の歌を歌っている。
彼女の十八番は子守唄なので森の中で歌っていたのだが、突然ナリオがスライディングして木に頭突きをするコトになってしまったのには肝が冷えた。