ダメージ少年とアイアンメイデンドール
彼の話をしよう。
遺伝で受けたダメージをポイントとして貯めるコトが出来て、そのポイントで再生能力をゲットして、後天的な不死身になっている。
これは、そんな彼の物語。
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ドンテは屋上で、うーんと唸っていた。
「ハァイ、ドンテ。ナニ唸ってんですの?」
「あ?おう、ジョゼフィーヌか。ちっとな」
紺碧色の髪を風に揺らしながら、ドンテは歯を見せてへらりと笑う。
「……俺の遺伝ってさ、ダメージはそのままでもポイントがゲット出来る、みたいなヤツだろ?」
「ああ、あの支払いはそのままだけどポイントは貯まりますよ的な遺伝ですわね」
「そうそう」
隣に座りながらそう言えば、ドンテはうんうんと頷いた。
どういうコトかと言えば、本当にその通りの遺伝なのだ。
……受けたダメージはそのままドンテへのダメージになるから、痛みも怪我も負いますのよね。
ただしダメージ分のポイントが、それこそポイントカードのように貯まる。
そのポイントをドンテの能力値に割り振ったりが出来るらしく、現在のドンテはほぼ不死身状態だ。
……貯まったポイントを再生能力とか、痛覚耐性とかに変換してますもの。
つまりポイントカード貯まったから商品と交換、みたいなアレだと思えば大体合ってる。
痛覚耐性は無痛覚に近付くモノであり、再生能力は文字通り回復能力を高めるモノ。
そうして痛みなどに耐性を付けつつダメージを負えばリスクはゼロに近く、けれどポイントはしっかり貯まるというお得な仕様、らしい。
……本人そう言ってるだけで、ダメージ受けるのが前提なのはわたくしからするとどうかと思いますけれど……。
善行で貯まるポイントとかなら良かったのに、と思うのは仕方のないコトだと思う。
本人的には痛みを感じず、かつソッコで再生するならどんなヤベェ攻撃をされてもポイント美味しいとしかならないらしいからプラマイプラス、という感じらしいが。
……ま、わたくしの問題じゃない以上、そしてドンテ自身が気にしていない以上、わたくしがどうのこうの言う意味も理由も必要もありませんわね。
「痛覚耐性を高くしても、再生能力を高くしても、受けたダメージはそのままダメージだから、ポイント数に変化は無い」
「ソレ結構素敵ですわよねぇ」
異世界の自分曰く、ゲームなんかではレベルが上がれば上がる程経験値が貯まりにくくなっていくモノらしいので、良いコトだ。
まあ痛覚耐性などについては普通にレベルがあるらしいので、より強い痛覚耐性を得ようとすると今までよりも多いポイントが必要になるらしいが。
「昔は痛いは痛いし、怪我は治るまで時間がかかったが、今では腕が原型を無くす程に潰れても五分くらいあれば完治する上に例えミンチにされようとくすぐった痛い、くらいの感覚になっている」
「ミンチにされるってか、マッサージ受けた感想ですわよねソレ……」
「つまり、俺はかなり不死身状態なワケだ。まだ上のレベルはあるが、この辺りで一旦痛覚耐性と再生能力ばかり取るのを止め、他のに手ぇ出しても良いんじゃねえかな、って思ってたんだよ」
「はあ」
「意味わかるか?」
「正直あんまり」
「足の速さとか、筋力の増加速度とか、幸運度上昇とかにポイント割り振るってのもありじゃねぇかな、っつー話」
「アッそういう意味でしたのね!?でも確かにそういう良いのがあるなら、そっちに割り振るってのもアリだと思いますわ。既にアナタ、全身を黒焦げレベルに火葬されない限りは死なないレベルで不死身ですし」
そう言うと、ドンテは目をパチクリと瞬く。
「……俺、全身を黒焦げレベルに火葬されたら死ぬのか?」
「まあそのレベルでやられりゃ死ぬと思いますわ」
「やっぱ俺もうちょい再生能力レベル上げるわ」
「あら。言っといてナンですけれど、多分そのレベルの攻撃受けるコトは多分無いと思いますわよ?」
「多分二回言ってんじゃねぇか。全てがあり得るからこそのアンノウンワールドだろ。どうせまだまだ先が長ぇ人生なんだから、可能な限り再生能力上げてても充分な余裕はあるだろうさ」
「ソレもそうですわね」
火葬されない限りはセーフだろう再生能力を思えば、実際そのくらいの余裕と猶予はありそうだ。
・
ケイト植物教師にまたもや頼まれ、出会いの森に植物採取をしに来たのだが、同じく森に来ていたらしいドンテが凄いピンチに見舞われていた。
「……ああ、お前は、美味そうだな」
「あ?」
ドンテの前にうっそりとした笑みを浮かべて立っているのは、ゴスロリ系ドレスを見に纏った人間大の人形だった。
あどけない少女の見た目をしていて、中身がああなっている辺り、あの魔物は確実にアイアンメイデンドールだろう。
……異世界のわたくし曰く、あどけなさの中に大人の色香もあるそうですけれど、性欲無いから色香とかその辺についてはちょっとよくわかりませんわねー。
というかコレ結構ヤバい気がする。
何せアイアンメイデンドールだし、ドンテを見つめて舌なめずりをしているし。
……ううん、コレでドンテじゃない、それこそ再生能力が平均的な子が狙われてるとかならダッシュで駆けつけて助けるトコロなんですけれど……。
ドンテだからまあ大丈夫か、と思ってしまっていまいち足を動かそうという気になれない。
手だけはせっせと採取の為に動いているのだが。
「えーと……ナンか用か?」
「用と言えば用だが、ああ、もう駄目だな、すまん」
「エ?」
突然ドンテを抱き締めたアイアンメイデンドールが縦に、ソレこそ真ん中開きのアイアンメイデンのようにガパリと裂け、開いた。
顔、腕、胴体、それこそスカートに至るまで真ん中の位置で開き、内側にびっしりと牙のように生えているトゲだらけの中に、ドンテを取り込んだ。
「うおおおおお!?ナンだ!?ナニが起き、ぎゃ、ぐ!?」
「……ああ、コレだ、この血の味……!やはりヒトの血でなくては満たされない……」
内側に取り込み、中のトゲで傷付け血を噴出させ、圧を掛けて絞れるだけ人血を絞り取る。
アイアンメイデンドールはそういう、人血を主食とする魔物なのだ。
……モイセス歴史教師のパートナーであるブラッドクリオネと似たタイプというか、人血を主食にしてる辺り殆ど一緒ですわよね。
フルーツを絞ってジュースでも作ってるのか、と言いたいくらい絞る辺りも一緒だし。
「…………ふむ、やってしまったな」
満たされてまともな思考回路に戻ったのか、アイアンメイデンドールは遠い目になってそう言った。
胴体部分から、ペッと吐き出すように絞りカスを捨てながら。
「困った……人間を殺しては害魔扱いをされるから、今まで喰わないよう気を付けていたというのに……」
むう、とアイアンメイデンドールは眉を顰め、顎に手を当てて唸っている。
「まあ、満足する程の人血を摂取出来たのだから、いっそ後悔は無いと割り切りでもするか……?ヒトを殺してしまったワケだしな……」
「いや死んでねーけど」
「む」
アイアンメイデンドールが視線を向けた先には、絞りカスとなったドンテが居た。
絞りカスというか、より正確に言うなら頭部だけを元通りに回復させて会話可能となったドンテが、だが。
「……人間かと思ったが、もしや違ったか?」
「いや、人間だぜ。混血だから百パーセント人間かって聞かれるとノーとしか答えられねぇが、広義的には人間だ。広義的っつーか、現代的には、かな」
「よくわからん」
が、とアイアンメイデンドールはしゃがみ、回復に時間が掛かっている為まだ地面に転がっているドンテに目線の高さを近付けた。
「悪かったな。すまない。腹が空いていたせいで、人間を前にして抑えがきかなかった。痛かっただろう」
「いや別に。俺は受けたダメージをポイントとして貯めとくコトが出来るし、ソレを色んなモノに変換出来るんだ。痛覚耐性と再生能力のレベルをガンガン上げてっから問題はねーよ」
「わからん」
「あー……つまり俺は痛みをくすぐった痛い程度にしか感じないし、全身の水分抜かれても再生可能、っつーコトだ。実際今だって頭部再生してんだろ?ゆっくりとだが、既に鎖骨辺りまで回復してるし」
「…………そういえば、そうだな。密閉した生地の中に空気を入れた時のように膨らんでいる」
「再生能力こそレベル高いが、再生スピードのレベルはあんま上げてねぇんだ。回復が遅いのは目ぇ瞑っててくれや」
「充分に早いだろう。私が知っている人間というのは、かすり傷すらも数日掛けて治していたぞ」
「普通の人間はそういうモンだぜ。でも再生能力高いヤツと比べると、俺の回復スピードマジで遅いからな。のろのろだからな。
……まあ一応言っとくと俺の場合、腹膨れて満足してまともな意志疎通が可能になったっぽいお前と会話する為に頭部を優先的、かつちょっと無理して早くに再生したせいで他が遅れてる、っつーのはある」
「よくわからん」
「要するに俺の完全再生には時間掛かるから、その間誰も居ないと暇なんだよ。虚しいし」
……そういう問題なのか、わたくしにはちょっとよくわかりませんわね。
アイアンメイデンドールもそう思っているのか怪訝そうに眉を顰めていたが、まあ良いかと納得したのか頷いていた。
「私はお前を喰ったし、お前が死んだと思った時、まあ仕方ないかと諦めたぞ。生死の確認もせず」
「そりゃ普通は人間をカッスカスになるまで絞ったら死ぬだろ。そして死人を復活させるとかは、こう、ゾンビ的なのならともかく、人間として復活させるのはアウト寄りだからな。そんくらいドライな方が良いと思うぜ。
死をどうにかしないと、っつー思考は面倒臭ェ戦いの芽が出かねねぇ種になるし。火のない所に煙は立たぬっつーんなら、そもそも火が無いのが一番だ」
「……お前はもう、そういう感じの思考回路のヤツなんだと受け入れるコトにするが、ソレにしてもよく普通に喋れるな」
「ん?ああ、肺とかたった今再生したばっかなのにって?」
「いや、メンタル的な部分の話だ。私に捕食されたというのに、怯えもしないのか?」
「パートナー魔物に喰われてる同級生とか結構居るし、死んでねぇし。あとお前の捕食行動によるダメージが相当デカイポイントになったから俺的にはめちゃくちゃハッピー。完全回復したらまた喰っても良いぜって許可出したいくらいには良いポイント稼ぎになった」
そう言うドンテは、腕が再生していたらサムズアップしていただろうと思うくらいの決め顔だった。
「あ、でもまた喰う時はもっかい回復まで会話に付き合えよ」
「……いや、今は満たされているから、特におかわりをする気は無いぞ」
「えー、マジでー?良い稼ぎになるからもっかい喰われようかと思ったんだが……あ、じゃあ俺と一緒に学園来るか?そしたら腹減ったって思った瞬間俺を喰えるぜ!」
「どういう売り込み文句だソレは」
……いやホント、その通りですわね……。
アイアンメイデンドールの言葉に、採取を終えた己はうんうん頷く。
さて、ドンテは特に問題無いっぽいし、死んでいない以上アイアンメイデンドールは害魔認定しなくて良いので、このままケイト植物教師のトコロまで戻るとしよう。
わざわざ顔出す必要性も無いように思う場合、見なかったコトにしてさっさと帰るのはよくあるコトだ。
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コレはその後の話になるが、アイアンメイデンドールはそのままドンテと共に行動するコトに決めたらしい。
魔物故に食堂で人血飲み放題なのが決め手だそうだ。
まあ腹が減った時は基本的にドンテを絞っているようだが。
……人肉料理店に行きたかったけど行けなかった、って言ってましたものね。
腹が減っている状態では人間を食べ物として認識してしまう為働けず、かと言って働けない状態では人血を合法的に手に入れるコトが出来ず腹が減る。
そういった悪循環状態だった上に、主食が人血だからこそ、他の魔物の血ではいまいち満たされない状態。
……その魔物の血すらもしばらく手に入らなかったそうですから、あの時は相当に飢えてたんでしょうね。
本当、出会ったのがドンテで良かった。
己のように普通に死ぬタイプの場合、普通に死んでいたトコロだ。
……まあ、わたくしの場合は寿命まで絶対に死なない分、ソコが寿命なら潔く死に、ソコが寿命では無いなら全力で抗ったでしょうけれど。
天使ってのはそういうモン。
戦闘系天使以外も結構血の気が多いタイプだらけ。
……血の気は多くとも、明日死ぬかもしれないし今日死ぬかもしれないからまあ死ぬ時は死ぬだろ、みたいな感じで受け入れる天使も結構居ますけれど、ね。
必死に生存しようとするのは天使というよりも人間の本能な気がして来た。
血の気が多いのは事実だが、天使はいまいち抗わないし。
……正確には、天使としては抗っているけれど、ソレを認識されず、受け入れたという認識をされるって感じなんですのよねー……。
「……私はあまり器用ではないから……お前の役に立てていないのではないか?」
アイアンメイデンドールの言葉に、ドンテは不思議そうに首を傾げた。
「いや、お前が俺を喰ってくれるコトでめちゃくちゃポイント貯まるからアイアンメイデンドールは凄ェ役立ってくれてるぜ?」
「なら良いが……お前を怒らせるコトもあるのではないか、と」
「俺、つか現代人はそうも怒るヤツ居ねーよ?他人に対してそうも感情動かす程の関心寄せてねぇし。面倒臭ェし。その分のエネルギーはもうちょい役立つナニかに使いたいし」
「ソレはソレで酷いな」
「そうか?」
「……まあ、ソレなら安心だというコトで、良いのだろう。万が一の時はドンテを喰らい、血の気を引かせれば良い話だしな」
「お前も中々言うようになったよなー」
そう言って、ドンテはケラケラと笑っていた。
ドンテ
遺伝により、受けたダメージがポイントとして蓄積される上にそのポイントを色々な能力に交換可能な為、凄まじいまでの痛覚耐性と再生能力を得ている。
ダメージを受ける分だけポイントが貯まるので、ダメージを負いそうな事がある時は率先して前に出る。
アイアンメイデンドール
中身がトゲだらけな見た目少女人形であり、人血を主食とする魔物。
人間を襲ったら害魔扱いになって仕留められる為我慢していたが、丁度飢えていた時だったせいで我慢が出来ずドンテを襲ってしまいこれは害魔扱いになるな、と諦めたのにそのまま会話出来たのでちょっと混乱していた。