収納少女とジャイアントモンスター
彼女の話をしよう。
遺伝で体のあちこちがクローゼットになっていて、異空間タイプなので容量オーバーが無く、父親に教わった銃を扱える。
これは、そんな彼女の物語。
・
エルミニアと共に出会いの森の中を歩きながら、薬草を摘む。
「ジョゼ、コレはどうかしら?」
「ああ、ソレは熱冷ましに使えるから摘んどいてくださいな。一緒に生えてる葉が少しトゲトゲしてる方は毒草ですので、そっちも」
「はぁーい」
間延びした返事をしつつ、エルミニアはオレンジ色の髪を揺らしてその体にある扉を開けた。
彼女は遺伝により体がクローゼットとなっており、体の至る所に扉があるのだ。
……しかも異空間タイプだから許容量ハンパ無いんですのよね。
中が無限の広さなので、扉部分を通れさえすれば肉体に収まらないだろう大きさのモノも収納可能。
だからこそ、森で採取可能なモノをありったけ取る為に、こうしておつかいに出されたワケだが。
……おつかいってか、パシリですわよねコレ。
バイト代がちゃんと支払われるコトを思うとパシリでは無く仕事な気もするが、拒否する暇も無くソッコで立ち去られたせいで強制的にやる羽目になったコトを思うとパシリだろう。
まあ己とエルミニアをセットにして採取を頼むというのは、わからんでもない。
……わたくしは森に頻繁に行っていますし、生態系とかが狂わないか把握してますし、ドコにナニがあるのかもわかってますし、ドレがナニなのかもわかってますものね。
つまり己が指示して一緒に摘みつつエルミニアの中に放り込むという、己からすれば簡単なお仕事である。
慣れていない子に頼むとマジでありったけ摘むせいで生態系が狂う為危険だが。
……この出会いの森、そもそも生態系関係無い気がしますけれど。
魔物が集まりやすい場所であり、地脈から流れて来るとんでもない魔力。
普通なら密度とか濃度とかの問題で生き物は近寄れない場所になりそうだが、ソレらを吸収した上でどんな生き物でも生存可能な空間としているのがこの森の木々だ。
……多分この異様な魔力をドーンしたのはゲープハルトで、調整して、かつ生き物が恩恵を受けれるようにとこの木々をセットしたのがアダーモ学園長なのでしょうね。
魔力を吸収してタフに成長しつつ、そのタフな木々によって濾過された魔力。
その魔力がここに来る生き物達を守る為、生態系が明らかにおかしくとも、生息地が明らかに違っていても、問題無く生存できるようになっているのだろう。
……そう思うとホントこの森凄いというか、ここまでの魔力をドーンしたゲープハルトが凄いというか、その魔力をまともに運用出来るレベルまで整えたアダーモ学園長が凄いというか……。
スケールがデカ過ぎてもうよくわからん。
そう思いつつも手は止めず、薬草に毒草、ついでに木の実や普通とは成分が少し違う石などをエルミニアの中へと放り込む。
「……ねぇジョゼ?私は別に圧迫感とか感じないから、どれだけ仕舞い込まれても平気なワケだけど……よくよく考えると、薬草と毒草って分けるべきだったんじゃないかしら?」
「ハイ?」
「いえあの、私の場合、全部異空間よ?全部異空間なんだけど、扉を変えた方が異空間の中でも仕舞われる位置が変化するから、バラバラに保管した方が良かったかしら、って……」
「んー……つまり仕組み的にはタンスみたいなモンだけど、一箇所の扉にぺいぺい放り込んだ結果、中で薬草も毒草もごっちゃになってる、ってコトですの?」
「そういうコト」
「まあ大丈夫でしょう」
間髪入れずにそう言いつつ、近くの薬草を採取する。
近くにある蔦も中々使えるのだが素手で引っこ抜くのは少々難しいし面倒なので、太ももに隠し持っているナイフで採取。
……うん、ちゃんと採取用ナイフだから大丈夫ですわよね!
愚か者を迎撃する時に使用すると衛生的にちょっとどころじゃなく心配だが、現代人がそうも免疫力皆無とは思えないし、愚か者だし、あとちゃんと採取用ナイフとして扱っているから大丈夫のハズ。
他にも沢山武器は装備されているワケだし、ナイフだって一本では無い。
……ええ、愚か者が採取用ナイフを使用しないと駄目なくらいの粘り方をした時はちょっとわかりませんけれど!
他の武器が全滅したなら使用せざるを得なさそうだ。
まあソコまで粘られるのは普通にイヤなので、己の場合さっさと体術で仕留めに掛かりそうだが。
……昔は体術の成績中の中でしたけれど、高等部辺りから体が出来てきたからか上の下くらいの成績になってきたんですのよね。
とはいえ殆ど技術や躱し方、あとは王都で愚か者と対峙した際の動きを特別に加味した上での採点らしいが。
生徒やヨゼフ体術教師相手の組手やら手合わせでは、相手が悪でない以上本気での戦闘が出来ない為、出来が微妙になってしまうので仕方が無い。
……愚か者とバトルした際の動きを加味してもらえてるだけありがたいコト、ですわね。
「薬草も毒草も、ケイト植物教師とデルク保険医助手からの依頼ですもの。プロならごっちゃになってようと見分けられますわ」
「見分けられるにしても、あらかじめ分別しておいた方が良いんじゃないかしら」
それもそうか、いやでもあのヒト達常識通じないヒト達だからどうだろう、と思っていると、近くからメキメキと木々が倒れる音がした。
「うげっ」
というか視えてはいたけれど害は無いと判断していた魔物が、害があるかもしれない魔物に変化したコトに気付き、己は表情を歪めざるを得ない。
木々の上のから、ジャイアントモンスターが顔を出していたのだから。
「逃げますわよ」
「エッ!?キャッ!」
エルミニアの首根っこを掴んで持ち上げてからお姫様抱っこをしてダッシュで距離を取る。
ジャイアントモンスターは巨大化する魔物であり、見た目はツノとトゲトゲと牙がある肉食恐竜系なのだ。
……つまり、危険なんですのよね。
基本的には穏やかな性質が多いのだが、少しでも驚いたり興奮したりと感情の波が高くなると、あっという間に巨大化してしまう。
穏やかな性格の個体ばかりではあるものの、だからこそ巨大化すると巨大化している自分に動揺してテンパってしまう魔物でもあるのが厄介だ。
……町を壊しかねない程に巨大化すると討伐対象になるから、困りますわ。
悪意が無かろうが、被害が出てからでは遅い。
「じょ、ジョゼ!?アレってナニ!?」
「アレはジャイアントモンスターという、巨大化する魔物ですの。感情の波が高くなるとその分巨大化するんですのよね。
穏やかな気持ちにさせるとか、落ち込ませるとか、気絶させるとか、そういう風に感情を落ち着かせるコトが出来れば本来のサイズに戻るんですけれど」
本来のサイズは大型犬くらいのサイズなので害は無い。
ただ、あの巨大サイズは厄介だ。
……今も動揺してるのか、だんだん大きくなっていってますし。
落ち着かせるにしても動揺している状態ではどうにもならず、巨大化し続ける以上は動揺も収まらないだろう。
というか巨大化する魔物のそばに居るとか最悪踏みつぶされたり押し潰されたりするので普通に危険。
……大きくなられると、顔の近くまで行かないと声も届きそうにありませんわね。
「……気絶させれば良いのね?」
腕の中、ジャイアントモンスターを見据えながらエルミニアがそう言った。
「まあ確かに気絶させるのが一番手っ取り早くはあるんですけれど、ジャイアントモンスターの鱗は頑丈ですわよ。巨大化してる分、厚みも増してますし」
「大丈夫」
胸元にある扉を開けたエルミニアは、ソコからずるりと銃を取り出した。
細長いので恐らくライフルとかそういう系統だとは思うが、残念ながら己は銃に詳しく無いのでよくわからない。
……使用可能な武器じゃないとか、専門外だとか以前に、現代においての銃って殺戮兵器って扱いですもの。
疎ましく思われるコトが多いモノだ。
というか何故持っている。
「あ、コレは兵士である父がくれたモノだから安心して。私の父、銃を扱える数少ない兵士だから。いずれ私にも銃を扱える兵士になって欲しい、ってコトで持たされてるのよね。
銃を持ちながらも、意味の無い場所で使いたいという悪魔の誘惑に打ち勝ち、しかし必要な時に撃てるようになれ、って」
「……成る程、じゃあ今は思いっきり必要な時ですわね。その銃に入ってる弾丸、麻酔のようですし」
「そう、麻酔銃。一つにつき一発しか撃てないけれど、どんな障壁や防御も貫ける魔道具でもあるのよ。コレならイケるでしょう?」
「まあ確かにイケそうではありますけれど……」
背後のジャイアントモンスターはどんどん巨大化しているし、銃というのがどうにも合わない。
別に否定するつもりは無いのだが、現代社会において、どうしても銃というのは敬遠してしまう。
……いっそ大砲くらいならそれこそ戦争でしか用いられない分現実味が薄くて平気なんですけれど……。
キャノンリトルガールの場合はドミニク店主が持つカチンコでリセットされる分、巻き添えで死にそうになってもセーフなワケだし。
しかし銃というのはどうにもこうにも。
……魔弾だけとか、銃弾だけとかならまだマシなんですけれど、ねー……。
「……慣れてないと、キツイわよね」
エルミニアは仕方なさそうに、ふ、と微笑む。
「じゃ、ジョゼはそのまま走ってて。真っ直ぐでお願いね。私が勝手にやるから」
「むぐっ!?」
ソッコで笑みを消して真面目な表情になったエルミニアはお姫様抱っこの体勢からするりと抜け出し、己の肩に膝立ちになる。
太ももで己の顔を挟み、固定しているらしい。
……いやコレ、相当に体幹やらが鍛わってないと出来ない芸当ですわね?
あと九年生用の制服はロングスカートであり、現在も普通にソレを着用している為、スカートで息苦しいし前が見えない。
障害があろうとも向こう側を視るコトが出来る己じゃなかったらソッコで転んでいただろう。
……そもそも乗ってる側の体幹がどれだけ良くても、肩に膝立ちしてる人間乗っけた状態で走るって、土台側であるこちらの体幹も重要になってきますわよね……。
良かった鍛えられてて。
そもそも己が動きを止めれば良いのかもしれないが、ジャイアントモンスターが巨大な分高い位置を狙った方が確実だし、そうすると身長の嵩増しが必要となる。
そして相手が一気に巨大化しないとも限らないので、逃げ続けるのも必須。
……だから逃げに徹する土台のわたくしと、土台の上に体を固定して揺れを最低限にしつつジャイアントモンスターを狙うエルミニア、というのは間違ってないんですのよね。
スカートに顔を覆われながら走る己というのは、傍から見ると変な化け物でしかなさそうだが。
しかしこっちもジャイアントモンスターから距離を取りつつ急な角度に対処しつつ真っ直ぐ走ってエルミニアに当たりそうな枝を避けたりしながら視えてしまう銃に意識を向けないようにする、というのに必死なのだ。
我ながらどういう曲芸をしているんだという気になってくる。
「……っ!」
パァンと音がして少し後、ジャイアントモンスターは縮みながら倒れはじめ、バタンと転がる頃にはすっかり元のサイズに戻っていた。
・
コレはその後の話になるが、気絶したジャイアントモンスターが起きた後また動揺するかもしれないというコトで、とりあえず会話をするコトとなった。
当然近くに他人が居ると驚かせてしまうかもしれない為、書いた文字を音声として再生してくれるペンで書いたメモを置き、隠れていたが。
……音声にも驚かれたらどうしようもありませんでしたけれど、驚かさないよう隠れてる、って正直に書いたのが功を為したのか、上手く行きましたわ。
起きてからも巨大化する様子が無かったので、同じペンでそっちに行っても良いかと書いた紙飛行機を飛ばし、許可を得て顔合わせ。
詳しく話を聞けば、どうも転んだ時の驚きで一気に巨大化し、止まらなくなっていたらしい。
「あの、その、僕、驚いて止まれなくて、どんどん大きくなってたから、ありがとうでした。
大きくなり過ぎると害魔になっちゃうから、危ないってわかってるけど、でも木がメリメリってなって、僕がやってて、怖くて、落ち着けなくて……だから、本当にありがとうでした」
ジャイアントモンスターは、そう言ってエルミニアに頭を下げていた。
巨大化した体に押されて木々がへし折れ、ただ大きくなるだけでそれ程の強さになるのかと自分自身に怯え、その結果巨大化が止まらなくなっていたらしい。
「良かったら、一緒に来る?」
「エ?」
とりあえずこれから気を付けるように厳重注意していたのだが、エルミニアが突然そう発言した。
「……エルミニア?」
「いえ、行くところが無いみたいだし、転んだだけでもああして巨大化しちゃうんでしょう?
学園内では授業で手合わせもするから驚くコトが多いかもしれないけれど、そういうのを見せて慣らしておいた方が、動揺せずに済むんじゃないかしら、って」
「一理ありますわね」
異世界である地球でも、ペットに気遣って音を最低限にすると「音」というモノに慣れるコトが出来ず、少しの音にも酷く怯えるようになってしまうらしい。
いっそ普通に生活音を聞かせた方がソレに慣れ、生活音がする中でも平気になるそうだし。
……森の中でのんびりしてたって、驚くコトから逃げてたら、鳥が羽ばたく音だけで巨大化しかねませんもの。
ならば常識が少ない人間が多く、かつ色んな人間が生活している空間である学園で過ごす、というのは良いのかもしれない。
「でも、僕、すぐ驚いちゃうんです。ちょっとの音でも、驚いちゃって。今日はとびきり大きくなっちゃいましたけど、僕、すぐ大きくなっちゃうんです。人間を丸呑み出来そうなくらい、大きく」
「その時はソッコで私が麻酔銃を撃つから大丈夫よ」
ソレは本当に大丈夫なのかちょっとよくわからなかったが、そう告げられたジャイアントモンスターが嬉しそうに笑っていたから、多分良いのだろう。
ジャイアントモンスター的には、大きくなった自分相手にも臆さず、かつソッコで元に戻してくれるというトコロが好感度上昇に繋がったのだと思われる。
多分。
……うん、わたくしある程度の感情は筋肉の動きなんかで見抜けますけれど、心までは読めないからその辺はよくわかりませんわねー……。
「……僕、戦闘系の授業、苦手です」
談話室、エルミニアの膝の上に頭を乗せながら、ジャイアントモンスターはそう言った。
「アレに慣れるコトが出来たら、大きい音とか、大分大丈夫になるとは思うんです。思うんですけど、大きい音で、怖いんです。
エルミニアにとって重要なモノだってわかってますが、でも、驚いて、巨大化しちゃいそうで……」
「別に急いで慣れる必要なんて無いから大丈夫よ?」
「でも、今年で卒業して、兵士になるんですよね?その時、僕、足手まといになるのは、イヤです。一緒に役立てるように、なりたいんです。せめて、邪魔にならないように……」
「……うふふ、その気持ちだけで充分に嬉しいわ」
微笑みながら、エルミニアはジャイアントモンスターをわしわし撫でる。
「無理して焦る方が良くないから、少しずつ頑張りましょう?焦るとその分、巨大化しちゃうかもしれないもの」
「……そうですね」
ジャイアントモンスターは静かに頷く。
「大きさを調整出来るくらいになれば、役立てると思いますが……まずは、戦闘系の授業に慣れないと、ですね」
「そうそう。コーヒーよりはマシだって言ってたわよね?そのくらいの気持ちで行きましょうよ」
「……ハイ!」
……そういや前、コーヒーは香りだけでも興奮するから危険だって言ってましたわね。
紅茶も微妙っぽいので、カフェインがあまり得意じゃないのかもしれない。
しかしまあ花や星空は好きらしく、花壇や空を見せれば比較的落ち着くお陰で銃声が聞こえるコトが無いのは良いコトだ。
……銃声が頻繁に聞こえてたら、皆が心を病みますわ。
「あ、そういえばフランカ先生が、少し質問したいから来て欲しいって言ってたわね。まだ待ってくれてるかわからないけど、行く?」
「……ハイ。フランカ先生は、ちゃんと僕を理解して、静かに、ちょっとだけずつしか調べないから、安心出来るので、大丈夫です」
「良かった」
ふふ、と微笑み、エルミニアはジャイアントモンスターと共に談話室を後にした。
エルミニア
遺伝で体中に扉があり、中が無限のクローゼット状態になっている為様々なモノが収納されている。
親が銃を扱える兵士の為、持っていても非常時以外に使用しないという決まり、そして引き金を引きたいという欲に打ち勝ち銃を扱えるに足る存在になれるように、と麻酔銃を持たされていた。
ジャイアントモンスター
見た目は厳つい肉食恐竜だが穏やかな性格、なのだが酷く臆病なのですぐに怯え、怯えたりして感情の波が荒ぶると巨大化して最悪混乱したまま町を踏みつぶして壊しかねない魔物。
痛覚が鈍いのと自分が巨大化して暴れまわる方が危険な為、ソッコで気絶させると宣言してもらえた事に安堵した。