宝石少年と翡翠ウサギ
彼の話をしよう。
強くて、真面目で、右腕と顔の右半分がラピスラズリで出来ている。
これは、そんな彼の物語。
・
この学園には様々な混血の生徒が通っており、一見すると人間じゃない見た目の生徒も多い。
角が生えていたり、巨人だったり、獣人だったり、首が取れたりと多種多様だ。
「ジョゼフィーヌ、少し良いですか?」
「ルーラント」
「探したい本があるのですが……」
灰色に見える茶髪を揺らしてそう声を掛けて来たのは、同級生のルーラントだった。
彼は混血であり、魔物の親からの遺伝で顔の右半分、そして右腕が上等なラピスラズリで出来ている。
「探したい本って……ランヴァルド司書かボックスダイスじゃ駄目なんですの?」
そう言うと、ルーラントはスッと目を逸らした。
「腰が砕けますから……」
「……まあ、そうですわよね」
ランヴァルド司書の低音過ぎる声はテロ級だ。
他の生徒達にもダメージが行くという広範囲低音を考えると、自力または友人に聞いて探す方が良いのは事実である。
「酷いなあ」
「ガゥッ!?」
「ウァッ!?」
突然の低音に、二人して腰が砕けた。
……視えてはいたのに油断してましたわー!
だがランヴァルド司書が相手では対策も出来ないので仕方が無いと諦めておこう。
というかルーラントは大丈夫だろうか。
自分はまだ椅子に座っていたからまだしも、彼は自分に話し掛ける為に立っていた。
結果自分は図書室のテーブルに身を預けるコトが出来たが、彼は思いっきり床にへたり込んでしまっている。
「私は司書なんだから、そういうのは私に聞いてよ。で、ナニを探してるのかな?」
「う、うう……」
長い金髪を揺らして小首を傾げたランヴァルド司書に対し、ルーラントは呻きながら近くの椅子に上半身を預けた。
ゼェハァと息を切らしながら、ルーラントはどうにか声を絞り出す。
「……その、極東にあるという格闘技の四十八手とかいうのが載っている本を……」
「ああ、そういえば君は顔と腕がラピスラズリだから変なのに狙われやすいんだったね」
「グァウッ!」
納得したように頷いたランヴァルド司書の言葉により、ルーラントは全力で椅子にしがみ付いた。
恐らく背骨を振るわせる低音に耐える為の反射的行動だろう。
自分もその振動を逃がす為、反射的にテーブルに頭を打ちつけてしまったのでよくわかる。
……ま、まあ、確かにルーラントが狙われやすいのは確かなんですのよね。
学園内は部外者が入れないようセキュリティがしっかりしているので安全だが、流石に王都はそうもいかない。
何せ王都はこの国、ペルハイネンの中心部だ。
そして王都でもそうだが、ルーラントは入学前から顔と腕の宝石目当てな悪人にその身を狙われていたらしい。
だからこそ自然と体術が鍛わった、とも。
そんなルーラントは体術の授業で常に上位を維持している男である。
……顔は王子様系なんですけれどね。
成長と共に当然肉体である左腕の長さは伸びる。
そしてルーラントはラピスラズリで出来ている右腕も成長に合わせてちゃんと伸びるのだ。
つまり将来筋肉ムキムキさんに成長したら、盛り上がった宝石の右腕になるのだと考えると、ちょっと楽しみ。
……いや、筋肉ムキムキさんになるかは知りませんけれど。
「じゃあボックスダイス、検索してくれるかい?」
「返答、了解」
ランヴァルド司書のすぐ近くに浮いていたボックスダイスはそう返答し、青く発光しながら検索を始める。
「検索、キーワードは四十八手。検索中。検索終了」
……やっぱボックスダイスの検索だと発見が早いんですのよねー。
しかし必ずそばにランヴァルド司書が居る為、検索を頼まれる頻度は低い。
いやまあ、ボックスダイスが居ない頃に比べれば圧倒的に高いが。
「報告、図書室内の書物からピックアップした結果、極東の格闘技「相撲」の技、または性行為の体位の2パターンが検索された。疑問、探しているのは極東の格闘技「相撲」の技の方か」
「ハイ、そうです」
「了解、検索結果開示」
頷いたルーラントに対し、ボックスダイスはパタパタッと立体から平面へと変化し、ホログラムを映し出した。
恐らくその本が仕舞われているだろう幾つかの棚と、技が書かれているのだろう複数の本の映像が浮かび上がっている。
「以上78冊に極東の格闘技「相撲」の技、四十八手が記されている。進言、しかし」
「?」
ボックスダイスはルーラントに言う。
「極東の格闘技「相撲」は「土俵」という場の上で「力士」という筋肉と脂肪を兼ね備えた存在が行う神事であり、護身には向かないと判断。護身術として極東の格闘技を身につけたいのであれば、「空手」「柔道」などを進める」
「え、そうなんですか」
その言葉に、大分回復してきたルーラントはうーんと唸る。
「一応相手が死なないレベルのダメージを与えれる技を身につけたいんですよね……コレから成長するコトを考えると、相手方も子供だからって油断してくれなさそうですし」
「随分とハードな理由ですわね……」
「切実なんですよ」
ハァ、とルーラントは溜め息を吐いた。
だがまあ、わからなくはない。
子供相手なら大人は油断しがちだから、その隙を突いて逃げるコトは出来るだろう。
しかし大人になってくると相手は油断してくれないので、可能な限り迎撃出来るようになる必要がある。
……顔の右半分と右腕が無事なら他は良い、とか、あり得ますものね。
そして幾ら相手が悪人でも殺人は駄目だ。
だからこそルーラントは様々な体術を護身術として覚えようとしているのだろう。
様々な対処方があれば、不測の事態であっても対処が可能だから。
……一種類の格闘技しか知らないと、不測の事態の時にうっかりヤベェ技繰り出しかねませんものね。
正直魔法を使えば良いんじゃないかと思うかもしれないが、しかし魔法は護身には適さない。
長ったらしい呪文を唱えなくてはならないという問題があるからだ。
呪文自体は実は短くても良いのだが、そうすると威力が高過ぎて危険性が高い。
更に魔法封じ系のうんちゃらかんちゃらみたいのを使用されたら一気に不利だ。
ルーラントが体術をメインで鍛えているのは、そういう理由があるのだと思われる。
……剣術の授業では剣以外の武器の使い方も教えてもらえますけど、そのいざという時に武器があるかはわかりませんし。
そう納得していると、ランヴァルド司書が眉を下げながら口を開いた。
「体の一部が宝石だと大変だね。私だと誰かに声を掛けられても返事をすればソッコで相手の腰が砕けるから、狙われたりみたいなコトは無いなぁ」
「ウギッ」
「キャンッ」
……そりゃそんな低音が初期装備で存在してたら敵に回る馬鹿居ませんわ!
・
あの後ルーラントは、体術はヨゼフ体術教師に学ぶからと結局体術系の本を借りるのを止め、薬草の本を借りて森へと向かって行った。
本人曰く体術はあくまで護身用であって、学園には安全が保証された場で色々なコトを学ぶ為に来ているから、とのコトだった。
真面目で良いコトだ。
そんな感じで数日が過ぎた頃、食堂に行く途中でルーラントに相談された。
「お腹が膨れるメニューってナニかわかりますか?」
「どれだけ食べても食堂の利用費は学費払ってれば無料になるんですから、食べたいだけ食べれば良いと思いますわよ」
「そうではなくてですね……アッ」
グゥウ、とルーラントの腹が鳴った。
「……最近、やたらとお腹が空くんですよ」
「はあ、ソレは当然だと思いますけれど」
そう言って自分はチラリとルーラントの影を視る。
やはり今日も居た。
先日森へ行ってからルーラントの影に住み着いているので、ルーラントのコトを気に入ったのだろう。
「いえ、確かに生きていればお腹が空くのは当然なんですが、いつもより燃費が悪いというか……」
「だからその分食べれば良いじゃありませんの」
この学園の食堂は育ち盛りに優しい仕様だ。
「でも……ホラ、あまり沢山食べてると時間が掛かるじゃないですか」
「ああ、成る程。食べる量が増えても早食いになるワケではありませんものね」
「そうなんですよ」
フゥ、とルーラントは溜め息を吐いた。
「食べるのに時間を掛けていると、余った時間の間に本を読んだりが出来なくて……」
「だからお腹が膨れるモノ、ですのね」
……納得ですわ。
「なら揚げ物とかどうですの?あと極東の米などは腹持ちが良いと聞きますわ」
「オススメは?」
「ナンでわたくしに聞きますの……?多分、カツ丼とかだと思いますわ」
「ではソレを頼むとしましょう。ありがとうございます、ジョゼフィーヌ」
「どういたしまして」
ニッコリと笑顔を浮かべたルーラントに、自分も笑顔でそう返した。
・
食堂でそのまま隣に座り、昼食を食べる。
自分はパエリア、ルーラントはカツ丼だ。
こちらはゆっくり食べているのでまだ半分くらいしか食べれていないが、ルーラントは空腹からか三杯目のカツ丼を食べ始めている。
「ソレにしても」
「?」
パエリアを飲み込んでから、自分はルーラントの影を視て言う。
「やはり翡翠ウサギが影の中に居ると、その分食べるんですのね」
「え」
「でもその分食べるのが大変なら、普通に影から出して一緒にご飯を食べれば良いと……え、ナンですの?」
何故かルーラントは驚いたように目を見開き、スプーンをカツ丼の器へと落としていた。
……セーフですわ!
床に落ちたら交換する必要があるので、器に落ちたのはセーフだろう。
しかし一体ナニにソコまで驚いたのか。
そう思って首を傾げながらもパエリアを食べ進めようとしたら、左腕をそのラピスラズリの右腕で掴まれた。
「……翡翠ウサギが僕の影の中に居る、とは?」
「え、だからルーラントの影の中に先日から魔物である翡翠ウサギが住み着いてて、その影響で食べる量が……」
……まさか。
「……知らなかったんです、の?」
「ナンのコトかサッパリ」
「わお」
知らないとは知らなかった。
「……ふむ、バレてしまったか」
「わぁっ!?」
ルーラントの影からズルリと出てきた翡翠ウサギに、ルーラントはビクンと肩を跳ねさせた。
影が出来ている椅子の上、自分とルーラントの丁度真ん中の位置に出てきた翡翠ウサギは、ルーラントにペコリと頭を下げた。
「実は数日前、森で昼寝をしているお前を見つけてな。日の光に美しく反射しているその宝石に見惚れ、思わず無断でお前の影の中へと入り込んでしまった。すまない」
「え、あ、ソレは別に構いませんが……あ!ソレよりも!」
ハッとしたようにルーラントは翡翠ウサギに詰め寄る。
「最近僕の食欲が増したのはアナタが理由ですか……!?」
「ああ、そうだ」
「……良かった」
頷いた翡翠ウサギに、ルーラントは心底安心したように息を吐く。
「太る前兆かと思ってヒヤヒヤしてましたが、そうでは無いようで安心しました」
「あ、そういう心配してたんですの?」
問うと、ルーラントは少し恥ずかしそうにしながら頭を掻く。
「今は良くても、大人になった時が怖いと思っていて……ソレでも食欲は湧くしで困ってたんですよ。彼女が理由なら良かっ……え、そうですよね?全部僕に積み重なってるとはではありませんよね?」
「大丈夫大丈夫、大丈夫ですから落ち着いてくださいな」
将来襲い掛かってくるかもしれない脂肪に怯えるルーラントの背中を軽くポンポンと叩いて落ち着かせる。
「まず翡翠ウサギについてですけれど、翡翠ウサギは歯が翡翠で出来ている魔物ですわ。そして気に入った相手の影の中に入り込む習性がありますの。で、影の中に入っている間は影から栄養を摂れますわ。ただしその分本体は食べるコトになりますが」
「つまり?」
「足りない部分を補っているだけなので肥満の心配はありませんわ」
「良かった……!」
本気で安堵したのか、ルーラントはグッタリとテーブルに上半身を預けた。
近くにヒトが居ないから良いが、行儀が悪い。
「ところで、私は無断でお前の影に住み着いていたワケだが、ソレについては良いのか?」
「ああ、ソレは別に。僕にカロリーが全て被せられるワケじゃないのであれば」
首を傾げた翡翠ウサギに、ルーラントはサラッとそう返した。
「ソレに、悪さをしていたワケでは無いのでしょう?」
「ああ」
ルーラントの言葉に翡翠ウサギはコクリと頷く。
「王都に出た時お前を捕まえようと不審な動きをしていた不届き者を気付かれぬ内にこの歯で死なぬ程度に仕留め、気付かれぬ内にお前の影へと戻ったりしかしていない」
「通りで食欲が増えた辺りから不審者に追われないと!」
……え、翡翠ウサギが影に潜んでからまだ数日のハズですけれど、そんな頻度で追われてたんです、の……?
「……コホン。要するに、アナタはナニも悪いコトをしていません。どころか僕がナニか恩返しをしなくてはという感じですしね。だから、気にしなくて良いんですよ」
「そうか……」
安心したように翡翠ウサギは目を細めた。
「ところで私はお前の影に住み着いても良いだろうか。私はお前が気に入っているし、不審者はすぐにわかるから良いボディガードになるぞ」
……いきなり売り込みましたわね!?
「ハイ、構いませんよ。寧ろ強くて可愛らしいという魅力的なアナタにはこちらからお願いしたいくらいです」
……あ、ルーラントもオッケーなんですのねー……。
ニコニコ笑顔で頷いたルーラントにまあ良いかと思い、止まっていた手を動かしてパエリアを食べるのを再開する。
うん、流石のクオリティで美味しいパエリアだ。
「ただ」
ルーラントは目を逸らし、頬を少し赤くして言う。
「食べる時は影から出て自分で食事をしていただけると……」
……問題ソコですのっていうか、ソコまで太るの嫌なんですの?
・
コレはその後の話になるが、ルーラントのパートナーになった翡翠ウサギは、学園内では影から出てルーラントに抱き上げられているのがデフォルトになった。
何でもルーラントは翡翠ウサギのフワフワした見た目も好みだが、自分と同じく体の一部が宝石だというコトがストライクゾーンにど真ん中だったらしい。
なので危険がいっぱいな外では安全の為に翡翠ウサギを影に入れているらしいが、ソレ以外の時はルーラントが抱き上げている。
「私の大事なパートナーの顔を抉り腕を捥ごうとは良い度胸だな貴様ら!」
「落ち着いてください翡翠ウサギ。こっちはこっちで気絶させましたし、僕も無事ですから」
「クッ……ルーラントがそう言うなら見逃そう。だが覚えておくが良い貴様ら!もしルーラントが止めなかったら貴様らの顔を貴様らがそうしようとしたように抉っていたぞ!」
……うん、(ルーラントにとって)危険がいっぱいな外では(ルーラントの)安全の為に、なんですのよねー……。
そしてパートナーになってから翡翠ウサギが少々過激になっている気がする。
だがまあ、ルーラントは護身術などを身につけているとはいえキホン受け身なので、ああいう攻める感じのタイプがパートナーというのは相性的にも良いだろう。
……ルーラントはワリと気にしない性格ですから、悪人の方に万が一がありそうなのが少々不安ですが……まあ悪人だし良いとしましょう。
悪と戦う戦闘系天使の子としては悪は敵なので、助ける義理が無い。
助けてもらえないのが嫌なら悪人になるな、としか言えない。
「あ、ウサギの置き物」
「ルーラント、お前は最近やたらとウサギの置き物を買うな」
「ハイ、翡翠ウサギがパートナーになってから、ウサギがとても可愛らしく見えるようになったので」
「……そうか。だが買い過ぎるなよ」
「お金なら大丈夫ですよ。伸びた爪分のラピスラズリを売ったりしてますから」
「私が心配しているのは置き場所だ」
……ラブラブですわねー。
正直ソレは周辺に転がっている悪人達を兵士に引き渡してからにして欲しいが、店のヒト達もアンノウンワールドらしく狂人ばかりなので特に気にしていないらしいので、良いか。
そう判断して自分も見なかった振りをし、目的地であるアクセサリー店へと足を向けた。
ルーラント
体の一部が宝石であるコトについては大好きな親からの遺伝なので疎ましく思ったりはしてない。
寧ろ体の一部が宝石な結果の大変さを知っている為、同じく体の一部が宝石でも強く生きてる翡翠ウサギがドストライクだった。
翡翠ウサギ
昼寝してるルーラントに日が差してて、ただでさえ顔が良いのに宝石の輝きまで加わってたのを目撃した結果一目惚れして影に押し掛けた。
ルーラントを狙うヤツはサーチ即仕留める。