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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
九年生
279/300

泡少年とランダムカレーポット



 彼の話をしよう。

 遺伝で体から泡が出て、不調になりやすくて、カレーが好き。

 これは、そんな彼の物語。





 廊下に、シャボン玉が浮いていた。

 ぷあぷあ浮いているシャボン玉はパチンパチンと弾けていく。


 ……コレ、ルボシュのシャボン玉ですわね。


 シャボン玉が流れて来る方を見れば、紅色の髪が揺れている。

 歩く度、服に体が擦れる度、その体からシャボン玉が出現していた。


 ……やっぱルボシュでしたわ。



「ハァイ、ルボシュ」


「ん、やあジョゼフィーぼげっ」


「吐いた!?」



 普通に振り返ったと思いきや一瞬にして顔色が悪くなり、ルボシュの口からぶくぶくとカニのような泡が流れ出る。

 首を伝う泡は液体として制服に吸収されるが、尚もルボシュの口からはごぼごぼと泡が噴き出ていた。



「げぼっ、ぼぼ……っ。ぐぺっ、ん、んん、いやすまない、ちょっと今日は具合が悪くてね」


「今日はってか、いつもな気がしますけれど」


「ソレを言わないでくれ、ジョゼフィーヌ。事実だけど」



 ルボシュは口の端から僅かに泡を吐きながら、目を逸らしてそう言った。

 そう、ルボシュは遺伝で体からシャボン玉のような泡が出るのだが、具合が悪いと口から泡を吐くようになるのだ。


 ……ビジュアルとしてはもう、結構ヤベェレベルの具合の悪さに見えますのよね……。


 実際は風邪になりかけみたいなだるさがある程度らしいが。

 しかしルボシュは病弱なトコロもあるので、本人の申告が役立たない場合も多くてつまり結構困りますの。


 ……頻繁に体調不良になってますのよねぇ。


 不調になりやすい上に、長引きやすいから厄介だ。

 泡の特性として儚さでも持ってるとでもいうのだろうか。


 ……シャボン玉はともかく、口からぶくぶく吐いてる泡に儚さは無さそうに見えますわー……。



「で、ジョゼフィーヌ。ナニか用事かい?」


「特に用事という程ではありませんが……昼食、ちゃんと食べました?アナタ不調の時って食欲無くし気味だから、ちょっと気になって」


「ああ、成る程、心配ありがとう。でもちゃんとカレーを食べたから大丈夫さ。食欲が無いのは事実だが、ちゃんと食べないとイヤってくらい長引くからね。流石の僕だって、そのくらいは学んでいるとも」


「……相変わらず、カレーなんですのね」



 もうちょっと胃に優しいのを食べれば良いのに。



「む、カレーの万能さを知らないな?カレーは香りだけで食欲を刺激し、多種多様なスパイスは人体を活性化させてまあとにかく美味しいから良いんだよ!」


「説明面倒になって諦めて放り投げるの早過ぎませんこと?」


「でも僕がカレー好きなのは伝わるでしょ」


「ソレはまあ」



 というかルボシュがカレー好きなのは昔から知っている。

 基本的にカレーの種類を変えながらも、毎日毎日飽きずにカレーを食べているのだから。


 ……他のを食べる時も、カレー風味のヤツばっかりですものね。


 まあルボシュは体が弱く、具合が悪い時は食欲も無い為、そんな時でも食欲を湧き立たせてくれるカレー一択、となるのだろうが。

 カレー以外を食べる時の食の進みはとてつもなく遅いので、カレーに偏るのもわからんではない。



「でもルボシュ、泡吹くってコトは相当に具合悪いんじゃありませんの?」


「うん、まあ、大丈夫。流石にバイトは休んだけど」


「休んで正解だと思いますわ」



 ルボシュは体から泡を出すコトが出来る。

 ソレは手から泡を出せるというコトでもある為、よく手洗いバイトをしているのだ。


 ……基本的には魔法でガーッとやりますけれど、手洗いじゃないと駄目な生地もありますもの。


 なので手洗いバイトは、頼む側からするととても助かる存在。

 ルボシュの場合は手から出る泡で殆どの汚れを落とせるので、結構人気の手洗い屋である。


 ……ま、体調不良で休むコトも多いんですけれど。


 客側もソレを承知しているから問題は無い。

 緊急性があるようなのをいきなり頼むようなコトもしないので、安心だ。


 ……そういうのはちゃんと情報整理してりゃ事前に把握して、あらかじめ洗濯を頼んでおけますものね。


 ギリギリで駆け込むのはよろしくない。

 頼む側からすると間に合って良かったとなるかもしれないが、頼まれる側はそのねじ込み方がワリとガチで不愉快だからだ。


 ……そう考えると、ゲープハルトは突然やってきて翻訳依頼を頼んでくるコトはありますけれど、突発的依頼だからこそ期限を指定しないでいてくれるのはありがたいですわ。


 もっとも己は仕事をする為の存在である天使の混血なので、仕事を溜めておいたり保留したりするのが耐えられず、自主的にノルマや締め切りを設定して成し遂げるワケだが。

 だらだらやるのは性に合わん。



「……なあ、ジョゼフィーヌ」


「ハイ?」


「どうしたら僕はげぽっ、れると思う?」


「途中で泡を吐きながらも言い切ったのはよく頑張りましたわね。でもソレ普通なら通じてませんわよ」



 己の場合はこの目があるから、「どうしたら僕は健康になれると思う?」と言ったのが読めたが。

 というかげぽげぽ泡を吐きながらも続行しないで欲しい。


 ……本人的には、昔っから泡吐いてるから泡吐く感覚にすっかり慣れちゃったのかもしれませんけれど、ね。



「あと健康云々に関しては専門外なんですのよね、わたくし。悪人が居るから仕留めて欲しい、とかならともかく」


「貴族の娘なのに自力かつ物理で悪人仕留める気満々なのがジョゼフィーヌの面白いトコだよね」


「わたくしは別に面白さを求めてるワケじゃなく、素なんですけれど……」


「で、健康になれそうな心当たりとかってない?」


「……健康になる為の方法を知っているヒトへの伝手はあるかって意味で合ってます?ソレ」


「そうそう」


「アナタはもうちょっと頑張って意志疎通出来るようになった方が良いと思いますわ」



 とりあえず、今は具合が悪いからちゃんとした文章に出来る程頭が回らないんだろう、と受け取っておく。





 そんな会話をした翌日、己はルボシュと共に王都の外れにある廃墟に来ていた。

 廃墟を探索するのも久々だ。



「こんなトコロに本当に魔法のランプがあるのかな……ピッ!?」


「ぐえっ」


「音!音した音!音!」


「あ、アナタ、学園ではもっとヤベェ魔物とか居るのに、ナンでちょっとした音でそうも怯えてんですの……?」



 あと背中にしがみつくのは良いが、服を引っ張るのを止めて欲しい。

 首が絞まるし、私服なので布が伸びても戻らないのだから。


 ……伸びっ放しになるからヤなんですのよねー……。



「だ、だってぇ!廃墟だよ!?廃墟!怖いじゃん!」


「だからちゃんと昼に来たじゃありませんの。バート店主の情報曰く、昼でも夜でも問題無いようでしたし」


「そうだけどさあ……」



 どういうコトかと言えば、昨日あの後ルボシュに頼まれ、バート店主のトコロまで同行したのだ。

 ソコで、この廃墟のキッチンの棚にご要望通りの魔法のランプがあると言われた。


 ……魔法のランプっていうか、魔法のようなランプ系の魔物、だそうですけれど。



「ミャッ!?また鳴った!また音鳴った!」


「泡吐きながらわたくしの首絞めるの止めてくださいまし」



 こっちまで泡を吹きそうだ。



「あとさっきから鳴ってる音は風の音ですわよ。古い建物だから風で軋むんでしょうね」


「エ、ソレって僕達大丈夫?生き埋めにならない?」


「今まで持ってるなら大丈夫でしょう、多分。少なくとも無料で情報を提供してくれるくらいには子供に甘いバート店主がナニも言わなかったのであれば、そんな危険がある可能性は存在しないというコトでしょうし」


「そもそもあのヒトとは昨日が初対面だったし、怒涛の勢いで語られてまったくもって理解出来てないけど、ジョゼフィーヌが言うならとりあえず納得しておく……」


「ええ、そうしといてくださいな」



 説明するのは面倒なので、よくわからんけどとりあえず納得しておく、というのはとても助かる。

 トニアはそういう、未知を未知のまま放置するというのを嫌っていたが。


 ……でも現代人は大体その辺放置しがちなのが主流なんですのよねー。


 知ってもどうせすぐ未知が登場するので、放っといた方が楽。

 知っても知らなくても命に別状は無いのだから、という感じ。


 ……知りたいなら知れば良いし、興味が無いなら放置で、って感じですわね。



「で、えーとキッチン……はあっちですわね」


「ジョゼフィーヌ、頼む、もうちょっとゆっくり。僕もうさっきから泡吐きっぱなしなんだぞ」


「知りませんわよ。あと次首絞めてきたらアナタの首根っこ掴むか肩に担ぐかしますわ」


「いっそそっちの方が良い」


「わたくしはイヤですの」



 ルボシュくらいなら担げるだろうが、進んで担ぎたくはないのだ。

 面倒だし。



「えーと……この棚ですわね。では御開帳」


「開けた瞬間にヒトを驚かせて魂奪おうとするゴーストとかが居たらどうするんだ!?」


「いやもう開けちゃいましたし、わたくしそういうの()えますし、そもそもそんな害魔が居たら普通に迎撃してますわよ」


「……それもそうか」



 動揺していたのはナンだったのかというレベルでルボシュは落ち着いた。

 そうもあっという間に落ち着かれると微妙に腑に落ちない気分になるのは、己のワガママなんだろうか。



「あ、コレですわね。ランプ型のカレーポット」


「カレーポット?」


「……バート店主、ちゃんと説明してましたわよ?」


「初対面でいきなりペラペラ喋られて内容を三割理解出来ただけ偉いと思わないかい」


「つまりこのカレーポットが魔物でありランダムカレーポットという種族なのは」


「魔物なのは聞いた気がするがランダムカレーポットは知らない」


「……先に説明しますわね」



 棚の中にあるカレーポットはランプっぽい蓋を外した状態で置かれているので、放置しておいても良いだろう。

 この魔物は蓋を外した状態で放置するコトにより、睡眠状態に陥るタイプなのだから。


 ……無機物系は本当に、放置されるとソッコで寝ますわよね。


 まあ放置されがち、かつモノとして存在出来ている限りが寿命であり、老化が無い一種の不老だからこそソッコで寝るのだろうが。

 長い生を生きているタイプは、停滞や退屈を嫌う傾向にあるようだし。


 ……アダーモ学園長も、成長性や向上心が無いのを嫌いますもの。



「ランダムカレーポットとは、蓋を開ける度に中身が変化するカレーポットの魔物ですの」


「?」


「えーと……まず蓋を閉めて、開けると、中にはカレーが入ってるんですのよ。で、もう一回閉めて、開けると、今度は違うタイプのカレーが入っている、という」


「成る程ランダム……!」


「そうそう」



 理解してくれたようで助かった。

 己はカレーにソコまで詳しくない。


 ……魔物に関してならともかく、カレーは専門外ですもの。



「中のカレーを食べると活性化、つまり元気になれますわ。だからバート店主はこの魔物をオススメしたのかと」


「カレー、しかも元気になれるカレーというのは助かるね。で、どうしたら起こせるんだい?」


「まず、蓋を外された状態で放置されると再び蓋をするまで目覚めませんわ。だからこの蓋をすれば」


「待った!」


「あ、ハイ?」



 蓋を手に取りカレーポットにセットしようとしたら、待ったをかけられた。



「そのカレーポットは魔物であり、つまり食用系魔物なんだな?」


「まあ、そうですわね。無機物系ですけれど、半分食用系魔物みたいな存在ですわ」


「なら尚のコト、駄目だ。今蓋をして目覚めさせるのは」


「えーと……どういう?」


「食用系魔物が、例え中身がリセットされるとはいえ埃だらけの状態のままカレーが中にINするコトに耐えらえるとは思えない!」


「ああー……」



 言われてみれば確かに。

 着飾ってもらうのが好きなマネキンが、泥まみれのまま綺麗なおべべを着せてもらうようなモノだ。

 まず綺麗にしてから飾ってくれ、となるだろう。


 ……一回目のカレーの残りが二回目のカレーに混ざる、とかは無いようですから、カレーが中にINした時点で中は綺麗な状態にリセットされるハズですけれど……。


 しかし、だからそのまま蓋をして良い、というワケでも無いのだろう。

 ルボシュは埃塗れのカレーポットと蓋を大事そうに抱え、ふ、と微笑む。



「とりあえず持ち帰って、キチンと洗ってから蓋をして挨拶をしてみるコトにするよ」


「ま、その辺わたくし関係無いのでお任せしますわ」



 本当にただの付き添い人なワケだし。

 無事ランダムカレーポットが見つかって良かった良かった、という感じ。





 コレはその後の話になるが、ルボシュの泡によってしばらく放置されていたとは思えない程綺麗に洗われたランダムカレーポットは、蓋をされるコトで無事目を覚ました。

 そしてどうも埃塗れだったコトなどは無意識にわかっていたらしく、ランダムカレーポットは綺麗に洗ってくれたルボシュに感謝したそうだ。


 ……流石にソコまで覗き見する気はありませんでしたから、ルボシュ本人からの報告ですけれど。


 しかしランダムカレーポットがルボシュのパートナーになったのは事実なので、合っている情報なのだろう、多分。

 三食カレーでも全然オッケー寧ろウェルカムなルボシュは、食用系魔物でもあるランダムカレーポットからすればかなり好みと思われるので、パートナーになるのもわからんではない。



「洗ってくれた上に、アタシが埃塗れになっている姿だって見てる。なのにアタシのカレーを食べたいって言ってくれるならソレに答えないワケが無いだろう?ルボシュが元気になれる、最高のカレーを食わせてやるさ!」



 ニッと笑っているかのような声で、ランダムカレーポットはそう言っていた。

 確かに皿でもあるランダムカレーポットからすれば、埃塗れの姿を見られるというのは、飲食に向かない食器扱いをされる可能性が高いという恐ろしい状況。

 でありながらも、洗い、彼女のカレーを食べたいとルボシュが言ったのなら、そりゃ好感度もカンストするだろう。



「あむ、んん~~っ!やっぱりランダムカレーポットのカレーは美味しいな!」


「そりゃ何より」


「にしてもまあ」


「ん?」



 ラタトゥユを食べながら、正面でカレーを食べながら首を傾げるルボシュに視線を向ける。



「ランダムカレーポットがパートナーになってから調子が良いというか、泡を吐かなくなりましたわね」


「毎日ランダムカレーポットによるカレーを食べて元気いっぱいだからね!」



 えっへん、とルボシュは胸を張った。



「ふらついたりも無くなったしで本当にランダムカレーポット様様だよ。ありがとう」


「別に、そんな礼を言われるようなコトはしてないさ。アタシがランダムカレーポットである以上、そのカレーを食べたヤツが元気になるのは当然なんだし。寧ろ礼を言うのはアタシだろう?」


「そうかい?」


「そうさ。アンタには眠ってるアタシを連れ出して、洗って、目覚めさせて、そしてアタシのカレーを美味しい美味しいと食べてくれた恩がある」


「僕の方としては美味しいカレーを提供してくれる時点で、僕もキミに恩があると思うんだけど」


「良いから黙って食いながら聞きな」


「うい」



 カレーをもぐもぐ食べながらルボシュは頷き、その動きで発生したシャボン玉が飛んで行く。



「アタシはアンタに色々と恩があって、その上毎日ちゃーんと、カレーを食った後にアタシを洗ってくれるだろう?そのまま蓋すりゃ、開けた時には新しいほかほかカレーがあるってのに」


「でも食器系でもある以上、食べ終わったなら洗って欲しいと思うモノじゃないのかい?ジョゼフィーヌに手伝ってもらって探して借りた食器系魔物のアレコレの本にはそう書いてあったよ」


「本魔相手に言うコトかねぇ、ソレ……」



 本当に。



「ま、良いさ。アタシは目覚めて早々そんな最高のパートナーを持てて幸せだから、礼はこっちが言いたいんだよ、って伝えたかっただけだし」


「ふふ、それなら僕も、最高のパートナーが居てくれるお陰でカレーが食べれて、しかも健康的に過ごせてるから、キミに礼を言わないとだね」


「ルボシュ、アンタも中々に頑固というか、曲がる気が無いというか……」



 呆れたような、けれど満更でもない笑みが混ざったような声で、ランダムカレーポットはそう呟いた。




ルボシュ

遺伝により体から泡が出る体質なので、動く度にシャボン玉が発生していたりする。

体調を崩しやすい体質であり、不調の時はカニのように口からぶくぶく泡を吹いていたが、ランダムカレーポットのカレーを食べるようになってからは口から泡を吐くコトは無くなった。


ランダムカレーポット

蓋を開ける度に中のカレーが変化するという、カレー好きにはたまらない魔物。

廃墟に放置され忘れ去られていたがルボシュが連れ帰ってくれたし、その上キチンと洗ってから蓋をしてくれたので最初っから好感度が高い。


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