免疫少年とプランダージュエリーボックス
彼の話をしよう。
遺伝で免疫能力が物凄く強く、一度受けると二度と通用しなくなり、結果痛み止めなども使えない。
これは、そんな彼の物語。
・
廊下で顔を見合わせるなり、エスピリディオンは可愛らしいピンク色の髪を揺らして、物凄く焦った顔でガッとこちらの肩を掴んだ。
「そうだジョゼフィーヌが居た……!良かったありがとう天使……!」
「いきなり感謝を捧げられても困るんですけれど」
……わたくし、嘘を見抜いたりが出来るだけであって、心や記憶を読めるワケじゃありませんし。
というか感謝を捧げられるのは嬉しいが、どうせなら天使じゃなくて神に捧げて欲しい。
出会った対象よりも、出会わせてくれた運命、つまり神に感謝を捧げるべきだろう。
……まあ運命が神なのかは知りませんけれど。
色々司ってる神々が居るコトを考えると、運命の神、または女神くらい居そうだが。
さておき今は、酷く焦っている様子のエスピリディオンを落ち着かせ、要件を聞くとしよう。
……エスピリディオンがこうも焦るだなんて珍しい。
「あの、エスピリディオン?突然どうかしたんですの?」
「本当に良かった、ジョゼフィーヌが居ればどうにかなる」
「エスピリディオーン?」
「ジョゼフィーヌ!」
「あっ、ハイ」
顔を上げて、エスピリディオンは勢い良く叫ぶ。
「助けてくれ!無くした!」
「ナニを?」
「取り戻す方法というか、探す方法というか、そもそも俺もドコでどうやって落としたのか、というか落とせるモノなのかもわからないんだけど、無くしたんだ!突然!
保健室で確認して貰ったが突然駄目になったワケでも無いって伝えられたし!」
「だからナニを?」
「頼む手伝ってくれ!」
「あの、だから」
「俺の聴覚を探すのを!」
「聴覚て」
……あー、でも、まあ、腑に落ちはしますわね。
さっきからめちゃくちゃ無視されるなとは思っていたが、成る程。
聴覚を無くしたからこそ、こちらの声が伝わっていなかったのか。
……あら、でもソレなら保健室で確認した時にはどうやって……。
普通に筆談とかだろうか。
そう思い、懐からメモとペンを取り出して書き込む。
「聴覚を無くしたんですの?」
「うん」
メモに書かれた文字を見て、エスピリディオンは困ったように頷いた。
「どうして無くした、と?」
「無くしたというか……突然無くなったんだ。でも耳が駄目になったとかじゃ無いのは保健室で保証されてる。だからナニか他の要因だと思うんだけど……」
「だからわたくしに出会って、良かった、って言ったんですのね」
「うん」
まあ納得は出来る。
……わたくし、魔物関係の知識が豊富にありますもの。
「んじゃまあ、魔物であれナンであれ、とにかく聴覚を無くした場所まで行ってみましょうか。痕跡が残っていれば良いし、犯人か犯魔が居れば万々歳ですわ」
「聴覚が急に無くなったのは、あっちなんだ。中庭の端っこの方」
エスピリディオンに腕を引かれるがまま、そちらへと向かう。
・
犯人、ではなく犯魔は思ったよりあっさりと見つかった。
逃げも隠れもせず、ベンチの上に居たからだ。
「アッ、人間だ!やっほぉ~」
ベンチの上に鎮座しながらそう言ったのは、宝石箱の魔物だった。
「あれれ?しかもさっきの子まで居る。どうかしたの?」
「プランダージュエリーボックス、ですのねー……」
「ジョゼフィーヌ?」
話こそ通じるが、厄介とも言える魔物が相手であるコトに頭を抱える。
さっきの子まで居ると言ったというコトは、エスピリディオンの聴覚を奪ったのは確実にこの魔物だろう。
……プランダージュエリーボックスって、相手のナニかを奪うんですのよね。
命までは奪わないが、相手のナニか、それこそ聴覚などを奪うのだ。
とりあえずその辺をメモに書き、突然頭を抱えた己に動揺していたエスピリディオンに見せる。
「えっ、あっ、お前が犯魔か!俺の聴覚返して!」
「えー、ヤダ」
「…………ジョゼフィーヌ!このプランダージュエリーボックスって魔物、喋ってるか!?」
「無機物だから声が聞こえないとわかりませんわよね」
とりあえずノーと返された、とメモに書いて見せる。
……無機物系魔物って、喋ったりでもしない限り魔物かどうかもわかりませんもの。
己の目でもそうなのだから、聴覚が無い状態では喋っているのか、そもそもマジで魔物なのかどうかもわからないだろう。
魔物は基本的に魂の声を発している為、無機物系でも声を発するコトが出来る。
ならば聴覚が無くても聞こえるのではと思いきや、受信する側である人間が聴覚で音を捉えているせいで、聴覚が機能していないと聞こえないのだ。
……アレですわよね、目を持たない無機物系魔物は全方位視覚的にも認知出来ますけれど、目がある場合はその目で見える視界内しか把握できない、みたいな……。
つまり耳を持ち、聴覚で聞いている人間は、聴覚以外で聞こえているモノを認識出来ない。
魂からの声だとしても、聴覚が機能していない状態では聞こえないのだ。
……かつて人間は魔物の言語がわからなかったそうですけれど、確か心を歩み寄らせた結果魔物の言語などが理解出来るようになった……と授業でモイセス歴史教師が言ってましたわね。
耳に頼らなければ聴覚無しでも聞こえるのかもしれないが、聴覚がある状態で生きている人間にはかなりの無理難題。
己がメモやペンを常に複数持ちしている人間で良かった。
「ジョゼフィーヌ、俺今聴覚が無いせいで会話が出来ないから、交渉頼めるか!?」
「そのつもりでわたくしに頼んだんじゃありませんの?アナタ」
「仲介兼説明役兼通訳兼交渉係、頼む」
「肩書き多い……」
通訳や交渉は天使の十八番だから、まあ良いとしよう。
戦闘系天使の十八番は悪との戦闘だが、まあまあまあ。
「ええと、プランダージュエリーボックス?まずアナタは何故彼から聴覚を奪ったのかを聞いてもよろしくて?」
「ナニかくれる?」
「えー……」
プランダージュエリーボックスというのは、相手の一部、それこそ体の一部から五感、果ては記憶や気配などの概念的なモノまで含めた一部を宝石化させるコトが出来る魔物。
そうして宝石化したモノを宝石箱の中に収納し、大事な宝物として仕舞い込む。
……ただまあ、ソレってつまりは悪夢やトラウマなんかも宝石化して取り除くコトも出来る、ってコトなんですけれど。
ちなみに相手の一部で魔眼などを、と思うかもしれないが、魔眼などは持ち主の死後に魔物化するくらいには魔力が多く含まれている為、無理らしい。
流石に宝石化出来るモノにも限度があるそうだ。
「……それじゃあ、前に友人と歩いていたら絡んできた露出系のクソと遭遇した記憶を差し上げますわ」
「アタシ別に記憶のゴミ捨て場ってワケじゃないんだけど」
「対価は対価でしょう。別に無料で答えてくれても良いんですのよ?」
「そりゃそうだけどさー、大事なモノであればある程宝石化したソレは美しさを増すんだよ?だからアタシはかけがえのない聴覚みたいな、そういう五感系を奪おうとしてるのに」
「ただ質問に答えるだけでそんな高級品を取れると思わないコトですわね。そのレベルのが欲しかったらそれなりの対価を、こちらだっていただきますわ」
「……キミ、アタシ相手に交渉持ち掛けれる辺り、度胸あるよね」
「友人の五感を取られてるから下手に出る、なんてコトはしませんわよ。交渉が通じる相手であるならば、対等な位置からモノを言うのが筋ではなくて?」
「うへぇ、口が上手くてアタシが言い負けるタイプっぽぉい……」
顔があったらイヤそうに舌を出していただろう声で、プランダージュエリーボックスはそう言った。
口が上手いかは知らないが、神や女神相手以外に従う道理なぞ無いのが天使なのでコレが通常。
「じゃあもうさっき言った対価は要らないや。要らない記憶なんてクズ石レベルなんだもん。もうちょっとこう、役立つナニかが良いんだよね。その方がキラキラで綺麗だし」
「あら残念。で、エスピリディオンの聴覚は?」
「もうアタシのモノだからタダじゃ返さないよ」
「なっ、元は俺の聴覚なのに!」
メモに会話を書いて見せていた為、プランダージュエリーボックスの言葉にエスピリディオンは噛み付くようにそう叫んだ。
「んー、でもそうだなあ、もし他のナニかと交換してくれるっていうなら、返しても良いかも?
本来必要とされるモノだけど、キミからしたら要らないモノ、とかでもね。アタシは綺麗な宝石にさえなって、ソレをコレクション出来ればソレで良いから」
「ジョゼフィーヌ、どうしよう」
「いや、わたくしに聞かれましても……アナタの好きにしなさいな」
「俺の好きにと書かれても、俺の不要な、けれど必要な……?」
ううんと唸り、エスピリディオンは首を捻る。
丁度良いモノが沢山あるだろうに、思いつかないのだろうか。
「ヒント、アナタの遺伝」
「あ、成る程免疫力」
理解したらしいエスピリディオンはポンと手を打った。
そう、エスピリディオンは遺伝により、異様な程免疫が付く。
……それこそ、厄介な程に免疫力が強いんですのよね。
一度なった病気には二度とならないし、一度飲んだ毒は二度と効果が出ない。
けれどソレは、一度飲んだ薬などにも免疫がついてしまうというコトでもある。
……薬に関しては、濃度を変えたりカプセルを変えたり形状違う注射器で注射したりして誤魔化してますけれど。
しかしネタ切れを起こすのも時間の問題だろう。
免疫力だからこそ、少し変えれば反応出来ない。
けれど一度経験したらソッコで免疫力が出来る為、二回目が無い。
……攻撃にも魔法にも免疫が発動するから、防御力がやたらと強い、のは良いのですが。
治癒魔法も二度目は無く、痛み止めも効かないというプラマイゼロ。
けれどその、痛み止めに対する免疫力などの、マイナス方面の免疫力を提供するのなら問題は無いだろう。
免疫力である以上人体的には必要なモノとカウントされるだろうから、綺麗な宝石になる可能性も高い。
「よし、プランダージュエリーボックス!俺の免疫力を……あ、いや、もう少し限定した方が良いか?ええと、そうだな、消毒液への免疫力を提供する。だから俺の聴覚を返してくれ」
「確かに免疫力なら、ナニに対するモノであれ綺麗な宝石になるだろうけど……良いの?」
プランダージュエリーボックスの言葉をメモに書けば、ソレを見たエスピリディオンはコクリと頷く。
「うん。正直消毒も出来ないのは結構辛い。というか痛い」
免疫云々では無い為、水で洗って絆創膏などを貼って、という部分だけなら問題無いのが幸いだ。
消毒液は消毒という効果に免疫が発生してしまっている為効果が無く、痛みだけを得るという状態らしいが。
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コレはその後の話になるが、プランダージュエリーボックスは聴覚を取り戻したエスピリディオンと共に行動するようになった。
まあ単純に免疫力で出来た宝石が綺麗だったのと、エスピリディオンは免疫力を奪われてもまた体験すればソッコで免疫力がついてしまうから、という理由だが。
……免疫が出来たら宝石にして、また免疫が出来たら宝石に、って出来るのは確かに良いコトですわ。
プランダージュエリーボックスはコレクションが増えるし、エスピリディオンは痛み止めなどの効果を得るコトが出来る。
しかも過剰な免疫力から生まれる宝石はかなり素晴らしい仕上がりだそうでプランダージュエリーボックスもウハウハという、両方勝者な感じに収まっていた。
……免疫力なら、返す必要もありませんし。
というか返しちゃ駄目なヤツ。
ソッコで免疫力が付くから戻す必要が無いというのもそうだが、一度奪われた消毒液への免疫などを戻されると、ソコで免疫がついて消毒液への免疫を二度と奪えなくなる可能性が高いのだ。
……新しく出来た免疫は奪われる経験をしていないからこそ、奪う分には問題無いようですけれど。
新しく生まれた子は確定で未経験的なアレ。
まあ聴覚を戻しても他のモノが奪えている辺り、現状奪えないのは聴覚のみだろうが。
……それでもやっぱり、消毒液への免疫などが永久になると困りものですものね。
だからソレらは、プランダージュエリーボックスの中に仕舞われている。
大事なコレクションだからか、時々エスピリディオンに頼んで取り出して貰っては磨かせているようだが。
「宝石に詳しい先生に教わった通り磨いてるなら大丈夫だと思うけど、アタシの大事なコレクションに傷はつけないでね?」
「うん」
「何度も言うけど、傷付けるのはアタシがイヤだから駄目って言ってるの。で、壊すのはエスピリディオン的にアウトなんだからね?その宝石、砕くと元の場所に戻って行っちゃうんだから」
「わかってるよ。俺だって熱冷ましの薬への免疫力を取り戻したくはない」
「ソレだけじゃなくて、他のもだよ?エスピリディオンのパートナーになる前もヒトの要らないモノを宝石化して交換、ってやってたから、ソレらが壊れて困るのはそのヒト達なんだからね!」
言って、ふぅ、とプランダージュエリーボックスは溜め息を吐く。
「……ま、大丈夫だってわかってるからエスピリディオンに預けて磨いてもらってるワケだけどさー……アタシの信頼に感謝して、しっかりと応えてね!」
「モチロン。感謝を込めて、しっかり磨くよ」
「それなら良いけど」
へにゃりと微笑んだエスピリディオンに、プランダージュエリーボックスはクスクス笑っているかのような声で、そう言った。
エスピリディオン
遺伝により免疫力が異様な程強く、薬などにも適応されてしまう為結構悩んでいた。
しかしプランダージュエリーボックスにその不要な免疫を奪ってもらえば同じ薬でも効果が出る為、彼女にはとても感謝している。
プランダージュエリーボックス
相手の一部を強奪し宝石化、そしてソレをコレクションしたがる魔物。
その相手にとって重要であればある程綺麗な宝石になる為、重要な一部を狙うのだが、エスピリディオンからすれば不要でも人体的に免疫というモノは重要な一部なのでとても綺麗な宝石になり、定期的に得られる綺麗な宝石に気分ウハウハ。