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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
九年生
268/300

焦燥少女とヒーリングホットスプリング



 彼女の話をしよう。

 実家が色々大変で、期待を一身に寄せられていて、しかしそのプレッシャーに潰れそうな。

 これは、そんな彼女の物語。





 カリダードはぐったりと談話室のソファの上でうつ伏せになっていた。



「……カリダード、大丈夫ですの?」


「あまり大丈夫とは言えないかなぁ……」



 ギギギとこちらを向いたその顔は笑みを浮かべていたが、無理に浮かべているのがわかる笑顔だった。

 無理矢理浮かべたからか苦笑になってるし。



「紅茶とかクッキーとかあるんですけれど、食べます?」


「……良いのかい?」


「クッキーがちょっと多いかなって思ってたので問題はありませんわ。アナタ、大分疲れが溜まっているようですし。糖分補給で緩んだ方が良いですわよ」


「ハハ、それはどうも。ご相伴にあずかるよ」


「ええ、どうぞ」



 あらかじめ二人分淹れておいた紅茶を机に置き、大きい皿に盛られたクッキーをドンと置く。

 うつ伏せ状態から起き上がり座り直したカリダードは、そのクッキーの山を見て驚いたように目を瞬かせた。



「多くない?」


「ちょっと作り過ぎて……」


「エッ待ってコレってジョゼの手作りなの?」


「一応」


「……私も一応貴族だけどさ、落ちこぼれ貴族だよ?貴族っていうランクにギリギリしがみついてるくらいの落ちこぼれ。そんな私でもクッキー作りなんてしたコト無いのに……」


「したコトが無いのと、やらないのと、やらなきゃいけないのと、やりたいからやるのでは色々違うでしょう。

ソレにクッキーならレシピ通りに作りゃ間違いありませんもの。レシピ通りにザガザガッてやれば完成しますわ」


「貴族にあるまじき雑さだなぁ」


「貴族らしさなんてあっても腹の足しにゃなりませんわよ。貴族らしく無かろうとクッキー作れる方が腹の足しにはなりますわ。文字通り」


「ジョゼって一人旅に出ても逞しく生きれそうだよね」


「ソレはわたくしっていうか、わたくしのお姉様のコトだと思いますけれど……」



 あのヒトは学園に居る頃から長期休暇の度に旅行に出ていた。

 そして卒業後は完全に旅立ったので家に帰ってくる気配もない。


 ……ダークストーンが手紙出すように言ってくれているからか安否や状況、場所についての手紙が来るだけ、良いんですけれど、ね。


 それまでは単体でお土産ドーンだった為、今どこに居るのかすらもわからなかった。

 少なくとも場所と安否がわかれば安心なので本当ダークストーンには頭が上がらない。


 ……お姉様なら、ナニかあってもワリと大丈夫でしょうし。


 サスペンス作品の世界観で生きてるんだろうかと思うくらいにやたら事件に巻き込まれるのが姉だ。

 とはいえ、折角の旅を台無しにされるのが嫌だからと言って悪を嫌う天使の本能を用いて犯人捜しをし、しょっ引く手伝いをしているようだが。


 ……だから大丈夫だろうって安心出来るんですのよねー。


 宙に浮けるからある程度の動きも可能なので心配無用。

 心配なのは、王都で兵士をしている兄の方だ。

 兄はちょっと警戒心が少なすぎる。


 ……そう思うと、末っ子のオーレリアンがまともで良かったですわ。


 良い子で素直で、けれど見る目はちゃんとあるし。

 流石この先のエメラルド家を率いていく存在なだけはある。


 ……わたくしはそもそも、貴族に向いていない貧乏性ですし、貴族になるより翻訳家やってる方が性に合ってるんですのよねー……。


 そう思いつつ、パリッとクッキーを齧った。

 無難なココアクッキーだが、ちゃんと美味しく出来ていて一安心。



「で、本日のぐったり理由は?」


「いつも通り、実家から仕送りの催促」


「普通は実家が仕送りするモノだと思うんですけれど、ねえ……」


「あははは」



 ふぅ、と溜め息を吐き、カリダードは苦笑する。



「仕方がないよね。跡継ぎだった兄がやらかしちゃったら、さ」


「ソレでアナタにしわ寄せが行くのはオカシイと思いますわよ?」



 カリダードの家は、言っちゃ悪いが成金系の貴族。

 そして跡継ぎである長男が罪を犯した為に人望や地位が下がり、出費も激しく、本当ギリギリで貴族という立場に存在している状態なのだ。


 ……で、その家族は悪人でこそ無いものの、人任せ、と……。


 あまりに頼り過ぎているのは悪に思えるが、本人達に悪気は無いのだろう。

 悪気が無くとも、娘を食い物にするのは悪だと思うが。


 ……娘に自費で学費を出させ、娘が稼いだ金を仕送りとして送ってもらい生活する、というのは……。


 親側が真面目に、それこそプライドなどを捨てて真っ当に働けば仕送りはしなくても良くなるだろうに、それをしない。

 娘であるカリダードにおんぶに抱っこで甘え切っている。


 ……わたくしも実家に仕送りはしてますけれど、わたくしの場合は余ってる分を仕送りしてるだけなんですのよね……。


 カリダードの場合は必死に働いて稼いで、仕送りでカツカツになるのをわかっていながらも仕送りしている。

 対する家族は節制する気が無く、甘い蜜を啜るのみ。


 ……うーん、目の前に居たら鼻狙って拳入れたいくらいには無理ですわー……。



「私も、そうは思うんだけどねえ」



 紅茶を飲みながら、カリダードはへらりと苦笑した。



「やれるのが私しか居ないなら、やらないと」


「やれるのにやらないと、やれないからやれないってのはかなーり差があると思いますけれど……」



 カリダードは生真面目で責任感が強過ぎるのが難点だ。

 とはいえ、己が相談を受けやすい天使だからかそういった愚痴を多少なりとも零してくれるだけ、良いのだろうが。


 ……カリダード、愚痴ろうともしませんもの。


 己相手でも心の底からの愚痴を言わない辺り、生真面目が過ぎる。





 カリダードがまたもや、というか以前よりも酷く疲れた様子だったので、森の中の温泉へと連れて来た。



「……この森、温泉なんてあったの?」


「あったんですのよ」



 流石にすっぽんぽんになって入るのはアレなので、足湯だが。



「癒しの温泉だから、良いと思いますわよ」


「ああ、うん、既にもう大分、心が緩んでいく感じがする……」



 温泉に足を浸けたカリダードは表情を緩ませ、はふぅ、と息を吐いた。



「…………私はね」



 肩の力を抜いた状態で、カリダードは言う。



「私は、将来旅に出たいんだ」


「初耳ですわね」


「だろうね」



 カリダードはクスクスと微笑んだ。

 苦笑じゃない笑顔は、随分久しぶりに見る気がする。



「色々と疲れて、面倒で。どうして私がわざわざ両親を背負わないといけないんだ、っていうのもある。

勿論育てて貰った恩はあるからソレはちゃんと返すつもりだけど、ソレって普通は介護を必要とするような年になったら、だよね?」


「普通では無い混血であり、色々普通では無いモノが多い環境に生きる身として普通の語るのはアレですが、まあそうですわね。テメェの足があんならテメェの足で歩けってヤツですわ」


「口が悪い……」



 ……そこまで口調荒かったでしょうか……。


 最近口が悪くなり過ぎて、ちょっと自分での判定が生温くなってしまっている気がする。

 今のは結構抑えられたと思っていたのだが、駄目だったらしい。



「……まあでも、そのくらい言ってくれた方がこっちも楽かな」



 ヘラリ、とカリダードは笑う。



「私はね、のんびりと過ごしたいんだ。働くのは好きだけど、追われるように働くのは好きじゃない。

でも期待を背負わされてるし、私がやらないと家は潰れる。両親は頼りにならないから、私がやるしかないんだよ」


「やるしかない、と」


「そう、やるしかない。出来るなら老後は隠居して、それまでは旅に出たりとかしたいけど、出来そうにもない。出来る気がしない。しようと思うなら、それこそ私が全部やらないと」


「ソレ、わざわざ取りこぼさないようにするから大変なんじゃありませんの?」


「へ?」


「にゃあ」



 猫の鳴き真似をしながら手を狐、ではなく猫にして、にまりと笑う。



「猫のように、身一つで出りゃ良いんですのよ。するりと、ね。まあ生き物だから先立つモノは必要でしょうけれど、アナタ、帰る場所なんて要りますの?」


「…………正直、要らない」


「やっぱり」


「というか一回出たらあんな家絶対帰りたくない。ナニ?あの要介護者達。両腕が無い生徒だって自力で、両足を器用に使ってご飯食べてるんだよ?

なのにあの要介護者達は両腕ある癖に料理作れない作れるヒト雇って雇うお金無いからどうにかしてって……!」



 感情のままカリダードの足が水面に叩きつけられ、バシャンと強くお湯が跳ねる。



「自分で!やって!」


「よく言えました」


「いや本当に自分でやってって思うもん!ナンなのあのヒト達!しかも雇うのは貴族向けのシェフとかだから出費バカにならないし!偏食でワガママだから安物とか無理とか言うし!うるさいよナンでも食え!」


「まあ消化出来るモンなだけ充分ですしねえ」



 消化できるヒトならともかく、消化できないヒトからしたら石などは食べ物では無い。

 それらを出されているワケでは無いのだから、文句言わず食べれば良いのに。


 ……しかも娘の金ですし。



「仕送り止めたいし卒業したら家にも帰らずソッコで旅に出たい……!」


「出ても良いと思いますわよ?カリダードの優しさにつけ込んで甘い汁を啜るのはもう終了。どれだけおつむが足りなかったとしても、全方位崖っぷちになれば流石に危機感を覚えるでしょう」


「危機感を覚えなかったら?」


「崖から真っ逆さまになるだけですわね」


「……一応、親なんだけど」


「崖から落ちるの助けるだけの情ありますの?」


「正直無い」



 カリダードはスパッとそう断言した。

 流石狂人、切り捨てが早い。


 ……血の繋がった親だから、って、別に理由になりませんのよね。


 その相手がどれだけ自分に良くしてくれたかが重要だ。

 受けた恩だけの恩返しをするのは当然だが、その恩が無い時、返す恩だって存在しないハズなのだから。


 ……わたくしは家族に恩ありまくりですし、可愛がられていた自覚があるから困っているようなら全力で手を貸すくらいの情がありますが……。


 カリダードにソレは無いだろう。

 ただただ自分を食い物にしてくるのは、ただの寄生虫でしかないのだから。

 寄生虫に情を覚えるなど、ガチのキチガイくらいだろう。


 ……そしてわたくし達は狂人で、つまりキチガイ程イッちゃってはいませんの。



「……もう、見捨てて良いかな。疲れた」


「うん、そうした方が良いと思いますわ。使い道の無い壊れたガラクタをどれだけ長持ちさせようと、使い道の無い壊れたガラクタであるコトに変わりはありませんもの」


「ジョゼがそこまで言うって相当だなあ私の親」


「実際にお会いしたコトはありませんけれどね」



 カリダードの愚痴と、貴族間の情報交換などで仕入れた情報程度でしか知らないとも。



「でも、ジョゼは情報に踊らされないじゃないか。嘘か本当かをしっかり見抜く。だからまあ、ジョゼがそう嫌悪感満載で言うってコトは、相当だよ」


「そうも嫌悪感満載でした?」


「うん」



 自覚が無い。



「ああ、でも、うん、スッキリした。色々吐き出せたし、覚悟も決まったし。とりあえず仕送り止めて貯金して、卒業と同時に高跳びだね!旅の目的はこれから考えよう!」


「高跳びて」



 犯罪者じゃあるまいに。



「ま、スッキリしたんなら良かったですわ。そろそろ日も暮れそうですし、帰ります?」


「そうだね」



 二人して温泉から足を引き抜こうとした瞬間、温泉がごぽりと動いた。



「待て」


「う、わがぼぉっ!?」


「キャッ!?」



 まるでスライムのように動いた温泉はお湯を触手のように動かし、しゅるしゅるとカリダードを捕らえ、ごぷんと取り込んだ。

 尚こちらは完全に無視されているのか、さっきまで温泉に浸かっていた足には水滴一つも無い状態。


 ……や、楽だし助かりましたけれど、その対価がカリダードってのはちょいとドコロじゃなくアウトですわね!?



「が、ぼ……っ!」


「ああ、そう動くな。落ち着け。落ち着けば呼吸が出来る。私はナニも、そなたを溺れさせたいワケでは無いのだ」


「…………!」



 調整しているのは事実なのか、動きを止めたカリダードは呼吸が出来ているようだった。

 その様子に安堵しながら、己は温泉の魔物、ヒーリングホットスプリングに問いかける。



「ちょっと、ヒーリングホットスプリング?アナタは温泉であって、人間にそう干渉はしない魔物のハズじゃありませんの?何故カリダードを取り込むような真似を?」


「聞いていたからな」



 ヒーリングホットスプリングは、当然のようにさらりとそう答えた。



「聞いていたって、話の内容を?ソレでどうして溺れさせようってなるんですのよ」


「溺れさせてはいないのだが……まあ良いか」



 そう言ってから、スライムのような液体の塊になったヒーリングホットスプリングはどぷんどぷんと揺れながら語る。



「私は、話を聞いていた。聞いていたから、この娘が酷く辛い思いをしていたと知った。

辛い思いをするのであれば、ずっとここに居れば良い。ここなら無理をしなくて良い。頑張らなくて良い。ここに居れば、そんなモノに煩わされず済むだろう」


「アッもしやコレ善意からの行いですわね?」


「他にナニがある?」



 あっちゃあ、と己は頭を抱えた。

 ヒーリングホットスプリングは温泉であり、つまり自然そのものの感性を持つ。


 ……だから考えと行動の差が、いえわからなくはないんですけれど、人間基準だとちょっと突飛なんですのよね……!


 色々と問題があるトコロに帰るくらいならうちにずっと居れば良いよという善意なのはわかるが、カリダードはたった今そういう問題と決別すると覚悟を決めたトコロである。

 まあその辺り、価値観や感覚が精霊などに近いヒーリングホットスプリングにはわかりにくいのかもしれないが。



「えーと、ヒーリングホットスプリング?まずカリダードにゆっくりと休んで欲しいなら、一旦普通の温泉状態に戻って普通に浸からせてあげるのが一番だと思いますの。

そこまで全身浸かっちゃうと溺れてる状態に近くてリラックスが出来ませんわ」


「……ふむ、それもそうだな」



 ザパン、とヒーリングホットスプリングは通常の温泉モードへと戻る。



「無理をしてはいけないと引き留めようとして焦り過ぎてしまった。すまん」


「あ、いや……」



 その謝罪に、先程までヒーリングホットスプリングの中に閉じ込められていたカリダードは困惑したように首を傾げた。

 そのくすんだ緑色の髪からはポタポタと水滴が垂れている。



「……ええと、ジョゼ?まずこの温泉が魔物だったってコトを私は知らされて無かったワケだけど」


「基本的に干渉してこないから説明しなくても良いと思ったんですのよ。まさかここまでの行動を起こすとは思いませんでしたわ」


「まあ私は溺れなかったから良いけどねえ……」



 苦笑しながら、カリダードは髪を絞る。



「ナンで私を取り込んだのか……っていう理由は、私を帰すのが可哀想だから、っていう理由で良いのかな?」


「うむ」


「ちなみに、今私が帰ろうとしたらどうする?」


「また取り込むまでよ。そなたはまだ幼いから、危険をわからず飛び込んでしまう恐れがある」


「確かに温泉からしたら幼いのかもしれないけど……ううん」



 カリダードが向けて来た視線はどうしようという気持ちに満ち溢れていたので、ここまで案内したお詫びとして、己はヒーリングホットスプリングを説得する。



「あの、定期的にカリダードがここに来るってのならよろしくて?」


「……成る程。ソレなら外が怖いか大丈夫かもわかるし、私も安心だな。もしその娘にナニかあれば沈めるが、よいな?」


「沈めるのはカリダードにナニかした特定の相手だけでお願いしますわよー」


「待って待って待ってジョゼ」


「ハイ?」



 何故か腕をガッと掴まれて待ったを掛けられた。



「いや、ナンか私がここに通うコトになってない?」


「定期的に通わないとアナタ生真面目だから、本当に仕送り無しで良いのかとか考えちゃうでしょう?なら定期的にここで気を抜いて愚痴るくらいの方が良いと思ったんですけれど。

ヒーリングホットスプリングを説得するのも一番手っ取り早いのがコレでしたし」


「うう、否定出来ない。……でも、沈めるっていうのは」


「アナタがお気に入り認定されたってコトですわよ。自然ってのはそういうトコありますから」


「ありますからって……」



 自然は人間とは違う価値観、そして動物よりも食物連鎖を理解している存在。

 故にその辺、結構シビアなのだ。





 コレはその後の話になるが、カリダードは将来、ヒーリングホットスプリングと共に旅に出るコトにしたらしい。

 どうしてそうなったと思わなくも無いが、カリダードは生真面目故か、律儀にヒーリングホットスプリングのトコロに通っていたそうだ。


 ……流石に毎日では無いっぽいですけれど、確実に週二は行ってるって結構な頻度ですわよね。


 そしてちょいちょい愚痴ったり、将来旅に出るとして旅費はどう稼ごうかなどを相談していた結果、ヒーリングホットスプリングはカリダードと共に旅に出よう、となったらしい。

 どうもヒーリングホットスプリング的に、カリダードは相当なお気に入りになったようだった。


 ……まあ実際、無理ではありませんし。


 ヒーリングホットスプリングはカリダードを取り込んだ際スライム的形状になっていたように、浮いたり移動したりが実は可能な魔物なのだ。

 ただ基本的には温泉であり誰かに利用して貰うのが好きという本能がある為、ただの温泉として存在しているだけで。


 ……旅費問題、そしてヒーリングホットスプリングがカリダードと一緒に居たいと思った結果、一緒に旅に出る、と。


 つまりは移動温泉をする、というコトらしい。

 ある程度の場所があれば問題無く温泉として展開出来るので、旅をしながら旅費稼ぎをするには良いだろう。


 ……温泉が無い地域からしたら喜ばれそうですし、温泉がある地域でも、いつものとは違う温泉というのはかなり魅力的でしょうしね。



「しかし将来を誓った辺りでもうパートナーになったように感じますけれど……ヒーリングホットスプリングは未だにここに居るんですのねえ」



 森の奥、の奥くらいの位置に居るヒーリングホットスプリングの中に足を突っ込みながら、己はそう言った。



「週二ペースで通うには不便だったりしませんの?」


「ソレ、ジョゼが言うの?」



 同じく足を浸けながら、カリダードは苦笑した。



「私に通うよう言ったのってジョゼだよね?」


「まさかここまで頻度が高いとは思いませんでしたのよ。ヒーリングホットスプリングは自然系魔物だからこそ、数年に一度でもワリとオッケーだろうと思ってましたし」


「ソレ先に言おうか」



 ……温泉の魔物だから当然自然系魔物であり、時間の感覚が人間とかなり違うという知識は普通だと思ってましたけれど……。


 次からはちゃんと言うようにしておこう。

 コレは己が魔物に詳しいが故にある基礎じゃない知識だったか。


 ……このくらいは基礎知識だと思ってましたわー……。


 まあ数年に一度の場合、卒業しているだろうカリダードは学園の部外者扱いとなる為、この森へは立ち入れなくなるワケだが。

 なにせ学園関係者以外は入れないという高セキュリティなので。



「何故まだここに居るのか、とお主は言ったがな」



 ヒーリングホットスプリングは、ふぅ、と溜め息を吐いて言う。



「私は見ての通り大きい故、邪魔になるだろう」


「ああ、成る程」



 確かにヒーリングホットスプリングは温泉なので、普通にデカイ。

 スライムのような姿でも、かなり幅を取りそうだ。


 ……とはいえ三メートル級の生徒も居ますし、生徒のパートナーの魔物にも結構な確率で大型タイプが居るんですけれど。


 異世界である地球的に言うなら、10tトラックサイズでもワリと平気。

 まあそのサイズとなると、流石にそのサイズに対応した部屋への移動を申請する必要があるが。



「故に学園内で共に過ごすコトは出来ぬが、卒業後はずっと一緒なのだ。こうして通ってもらうという、今だけの時間を楽しむのも中々によいぞ」


「あらまあノロケ」



 成る程、そういう意図があってここに居ると決めたのか。


 ……サイズ的には問題ありませんけれど、そういう意図があってのコトでしたのね。


 ところで己の隣に座っているカリダードが顔を赤くして水面を足でパチャパチャしているのだが、指摘すべきだろうか。

 まあ照れ隠しだろうから、触れないでおくとしよう。

 独り身で寂しい天使にだって、そのくらいの気遣いは出来るとも。




カリダード

期待などのプレッシャーに弱くて具合を悪くしやすいのだが、落ちこぼれ貴族な実家からの期待を一身に背負わされているわ命運やら家計やらも背負わされているわというハードモード。

背負わなくてはという生真面目さんなので弱音も愚痴も極稀だったが、ヒーリングホットスプリングの癒し効果でストレスを外に排出出来るようになり、寄生してくるだけの実家を見捨てるコトに決めた。


ヒーリングホットスプリング

温泉の魔物であり、やってくる生き物を癒すのが好きな為、色々大変そうなカリダードに「ここに居れば平和だぞ」と思って取り込もうとした。

実はスライムのように動けるのだが、癒されに来たリピーターに悪いからと思って長年移動していなかった。


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