酒少女とエクステンションヘイトレッド
彼女の話をしよう。
極東からの留学生で、遺伝により触れた液体全てが酒になって、常に酔っぱらっている。
これは、そんな彼女の物語。
・
ベタァ、と顔を赤らめているキクスイがくっついて来た。
「ジョゼ!元気ですか!?おはようございます!」
「はいはい元気ですわよキクスイ。あと今放課後ですわ」
「放課後になってから三十分程昼寝を挟みましたので、私からしたらおはようございますの時間ですね!」
「ソレって寝起きってだけでおはようでは無いような……」
まあ、酔っ払いに言っても意味は無いだろうが。
キクスイは親がお酒系の魔物らしく、触れた液体全てが酒になるという遺伝を有している。
……だから、ずっと酔っぱらってるんですのよねえ……。
肉体に触れなければセーフなのでコップ越しなら問題無いのだが、飲むという行為は必然的に口、喉、食道などに触れてしまう。
その為、吸収する時には酒になっているのだ。
……とはいえ、遺伝だからなのか生まれてからずっと酒飲んでるからか、それなりに強くはあるようですけれど。
酔っぱらってはいるし会話もアレだが、少なくとも病ハイになってた頃のヴォルニーよりはマシ。
病ハイが無くなってもヴォルニーのテンションは据え置きだったが、まあ深くは考えないでおこう。
……さておき肝臓なども相応に強いみたいですし、遺伝についてをわたくしがどうこう言うのもアレなので言いませんが……。
微妙に絡み酒なのが厄介だ。
嫌な絡み方じゃなくて懐くような絡み方なだけ良いのかもしれないが。
……そして笑い上戸も入ってるから常にご機嫌、と。
「ああ、そうでしたそうでした、ジョゼに話しかけた理由なのですが!」
酒に酔った赤ら顔のまま、己に体重を掛けるようにしてもたれ掛かるのを止め、キクスイはポケットを探る。
「じゃじゃーん!」
取り出したのは、袋に入ったマカロンだった。
「試作品らしくて、色んなヒトに配って欲しいと言われました!お酒味で美味しかったですよ!」
「ソレどう見てもストロベリー味ですし、お酒味に感じるのはアナタだけだと思いますわ」
「ふむ、しかし私からするとお酒味にしか感じないのでどうしようもありませんね!」
小首を傾げながらキクスイはニパッと笑い、小豆色の髪を軽く揺らした。
……食べ物もアウトなんですのよね、キクスイって……。
触れた液体を酒にするその遺伝は、触れた食べ物を酒の味にもするらしい。
酒で煮込んだ料理があるように、普通の煮込みでも酒の煮込みになるんだとか。
……しかもアルコール飛んでないバージョンという……。
つまり彼女は酒の味がしないモノを知らないというコトだが、本人はその辺気にしていないようなので良いとしよう。
生まれてこの方ずっと酒浸りなら、寧ろ酒の味がしない方が違和感かもしれないし。
……二日酔いにならないのが幸いですわ。
まあ唾液なども酒になる為、酔っていない時が無いのだが。
常に迎え酒状態。
「ま、とりあえずいただいときますわ」
「ええ、どうぞ!」
マカロンを受け取るも、キクスイは尚もニコニコとそこに居た。
「……ええと、コレって今すぐ食べなきゃいけない感じですの?」
「いえ、特には!後で感想言いに来るようにとのコトでした!」
「成る程。ではキクスイの用事は?」
「ありません!」
「…………ふむ?」
なら何故立ち去らないのだろうと思ったが、ここは廊下だし、己が去るのが正解なのだろう。
「では」
そう思い背を向けて歩き出したが、何故かキクスイは後ろをついて来た。
「……あの、キクスイ?わたくしにナニか用事でもあるんですの?」
「確かありました!」
「確か?」
「ド忘れしました!」
「ならついてこなくても良いんじゃありませんこと?」
「離れてから思い出してまたジョゼのトコロに来るまでに忘れかねませんから!」
「ああ、うん、まあ、わかりますけれど……」
油断するとぶつかりそうな程の真後ろに来るのは止めて欲しい。
単純に危ないのと、変に距離が近いから怖い。
「思い出した!」
そう思っていると、キクスイが突然そう叫んだ。
そして己の腕を掴んで全力でがくがくと揺さぶってくる。
「そうそうそうですそうだったんですよそういうコトです!良いですか!?」
「うーん意味不明」
せめてもう少し意図を伝える努力をして欲しいと思うのはワガママだろうか。
いや至極当然の主張のハズだ、多分。
「あの、キクスイ?わたくし嘘かホントかを見抜いたりは出来ますけれど、誰かの心を読んだりとかは出来ませんのよ?だから意志疎通の為にももうちょっとわかりやすく説明を」
「ぐう」
「寝んな」
立ったまま寝おったこやつ。
「ハッ!?いえいえ寝てませんよそんなそんな!ハイ!涎なんてありません!」
「今袖で拭いましたものね」
「ハハハ、ナンのコトやら。さておきそうそう一瞬眠って意識がちょっぴりスッキリしたので語彙力がほんのりと戻ってきたので説明しましょう!森へ行きたいので付き添いお願いします!」
「お断りしますわ」
「ジョゼ毎回最初は断りますね!」
「受ける理由ありませんし……」
「そう言わず!付き添いしてください!私一人で森へ行ったら酔っぱらってその辺で眠ってヘックシュンとくしゃみして保護されて翌日風邪を引くんですから!」
「年に何回かそうなってますわよねえ……」
ちなみに見つけるのは夜の見回りを担当しているリンダ管理人であるコトが多い。
夜というヒト気の無い時間帯だからこそ、昼よりも人間の気配が強く浮き出るらしいのだ。
……だから、気を失ってたり眠ってたりする場合は、夜に保護されるコトが多いんですのよね。
「でもソレ、別にわたくしじゃなくても構いませんわよね。他に暇そうな子捕まえなさいな」
「ジョゼと一緒にお酒が飲みたいんです!」
「わたくし学園卒業してないから未解禁ですの」
「そう言わず!」
「いやそう言わずもナニもルール破る気ありませんし」
酒を飲む飲まないでキクスイの命に関わるナニかがあるワケでも無いし。
時々夜に抜け出しているアレコレは友人に巻き添え食らった結果であるコトと、注意されてスタンプ押されて終わるので多分きっとセーフ判定。
……でも、お酒は法律的なモノなので無理ですわ。
学園に通っている間はアウトである。
キクスイのような遺伝、または体質、他にも酒が主食だったり、酒を飲まないと衰弱したりするようならば飲んでも問題無いとされているが、己はそういう縛りがあるワケでも無いのだ。
「むむ……ではお酒は飲まなくて良いので、付き添いをお願いします!」
「だから他のヒトに頼みなさいなっつってるでしょうに」
「良いじゃないですか!森でお喋りしましょう!誰かと喋ってないと寂しいんです!」
「ああもう……」
拒絶してもぐいぐい腕を引っ張られてはどうしようもない。
流石に腕を振り払う程でも無いワケだし。
「オッケー、わかった、わかりましたわ。一緒に森へ行きますから落ち着きなさいな」
「やったあ!私が一度触れた水はお酒になるから一緒に飲みましょうね!」
「飲まないっつってるでしょうに」
まあ酒にされても視ればわかるので、己が飲まなければ良いだけの話だが。
・
さてどうしたモノか。
「俺は全てが嫌いだ。全て。全てが。疎ましくて仕方が無い」
森の中にある川で汲んだ水に触れてお酒にしたキクスイは、その場に座って酒盛りを始めてしまった。
遺伝でそうなるとはいえ積極的に飲む必要は無いのではと思いつつ、かなり酔っているようなので濡らしたハンカチで顔を拭くなりして意識を覚醒させようと思い席を外していたのだが、戻ってきたら変なのが居た。
……魔物ですわよねえ……。
モヤで出来たヒト型の魔物が、酔っぱらってケラケラ笑っているキクスイの隣に座っていた。
「何故お前はそう笑っている。楽しんでいる」
「そうですねえ、お酒が美味しいからですかねえ。あと誰かと一緒というのも嬉しいから、でしょうか」
眠そうに目をうとうとさせ、真っ赤に染まった頬のままで笑いながら、キクスイはそう返す。
「美味い?美味いというコトがあるモノか。全て不愉快になるというのに」
その返答に、魔物は不愉快そうな声色で舌打ちをした。
「美味いモノだと言われて食ったモノが美味くないのが腹立たしい。実際に美味くても、俺の心を動かすそのコト自体が煩わしい。そもそも食べ物という枠の中で無限に等しい数があるコトも苛立たしい」
「美味しいなら美味しいで良いと思いますが」
「誰かと一緒が嬉しいというのも理解不能だ」
グビグビと元は水だったお酒を飲みながらなキクスイの言葉を無視し、魔物は続ける。
「誰かというのは不愉快な存在だろう。ソコに居る。それだけで違和感となる。俺が影響を与えるのも見たくないし俺に影響を与えられるのも不愉快だ。全て不要なモノだろう」
「ナニかがあるから楽しいんですよ」
「ナニかがあるから不愉快なんだ」
だから、と魔物は言う。
「だから、俺は消滅させたんだ」
「消滅?」
「生前の俺は消滅の魔眼を有していたから、全てを消滅させた。隣人も、友人も、家族も、近所の犬も近所の猫も家も道も雲も噴水もパンも水も。視界に入って、そして消せるモノ全てを消した」
「その不愉快だと感じる感性を消滅させたりはしなかったんですか?」
「概念は無理だった」
「成る程」
……不愉快って言いながら普通にキクスイと会話してるのはナンなんでしょう、あの魔物……。
生前と言っていたコトから察するに、今は死後。
ゴーストっぽく無いから怨念とかその辺なのだろう。
……ま、死後は切羽詰まってた生前に比べてゆとりが出来るというのもよくある話ですし、そういう系統なのかもしれませんわね。
というか戻るタイミングが無くてどうしたモノか。
「ですがアナタは、どうしても不愉快を感じるんですよね?」
「そうだが、ソレがナンだ」
「隣人も家族も消滅させた」
「ああ」
「ならどうして今こうして隣に座って酒を飲んでいる私を消さないんですか?」
酒を飲みながら、赤ら顔のまま、へらりとした笑みを浮かべたキクスイはそう問い掛けていた。
そう世間話のように言う言葉では無い気がするが、酔っ払いであるコトと狂人であるコトを考えるとそんなモンだろう。
……酔っ払い以前に、狂人である以上はこんくらい言いますものね。
気になるし。
少なくとも今こうして穏やかに会話出来ている以上、突然ブチギレて消滅の魔眼を使ってくるコトも無いだろう。
……死後、肉体も消滅しただろうに消滅の魔眼を有しているかは微妙ですけれど、ね。
魔眼は基本的に持ち主の死後、単独で魔物化するモノだし。
けれど視た感じ怨念っぽいので、執念で生前の能力を実現させるくらいは出来そうだ。
「……俺は既に、学んでいるからな」
「ナニをでしょう」
「消した後に残るのは不愉快さが消えたスッキリ感でも無く、ただただ失ったという喪失感と、虚しさだけだというコトを」
「…………」
「不愉快なのは変わらない。だが虚しさもイヤだった。イヤだったから、俺は俺の体を消滅させたんだ」
キクスイの隣に座りながら、魔物は淡々とした声でそう語る。
「けれどこの魂は駄目だった。魂は物質では無く概念に近いから。俺の目ではどうにもならなかった。ただ虚しいだけの、後悔だけの怨念。消滅させるという能力は据え置きで、喪失感も据え置きな。
ソレが俺で、だから俺は彷徨っていて、だから俺は誰かにこの話を……」
「ぐう」
「おい貴様嘘だろう今とても真剣な話の最中だぞ寝るな!というかいつから寝ている貴様!?」
……あー、やっと気付きましたわねー。
魔物は涎を垂らして寝ているキクスイをガックンガックン揺らしていた。
ちなみに「ナニをでしょう」と言い終わった辺りでキクスイは寝始めている。
「んお、おはようございます!」
「おはやくはない。ふざけるなよお前」
「お目覚め一番に何ですかいきなり。こちらは寝起きで気持ちスッキリめな頭なのですが。ストレスがあるならお酒をどうぞ。お酒を飲めば楽しいですよ!」
「結構だ」
「あ、飲めませんか?」
「物質的に飲むという行為は可能だし酒が飲めないというワケでも無い。ただソレを貰う理由が無い」
「楽しむ為ですよ。素面で色々考えるからそう面倒な思考になるんです。お酒を飲んで、不満をぶちまけて、翌朝二日酔いにでもなったらついでにゲロを吐けばスッキリです!」
「ゲロを吐く時点でスッキリと言える気がしないが」
「全部吐けばスッキリですよ?私は二日酔いを経験したコトが無いので聞いた話でしかありませんが!」
「ふざけるなよお前本当さっきから」
「まあまあ一杯。ナニを愚痴ったとしても、私は酔っ払いですからね。気遣いなど不要です。ぶちまけたいものをバーンとぶちまけてしまいましょう!」
「……酒に逃避するというのは、生前の俺が嫌っていたコトだ」
「あ、ゲロはこっちにぶちまけないでくださいね」
「誰がぶちまけるか!というか貴様は俺の言葉をもう少し聞け!」
「ぐう」
「寝るな!」
……うーん、完全にキクスイのペース……。
「ううん……」
むにゃ、とキクスイは目を開ける。
「話を聞けと言われましても、話を聞きたくないからと存在ごと消していたのがアナタでしょう?ならば私が聞かずとも、今まで聞こうとしなかったアナタからすれば特に問題は無いのでは?」
寝ぼけ状態だからなのかやたらと切れ味の鋭いその言葉に、魔物はビキリと固まった。
「……ほほう、良いだろう。良い度胸だこの酔っ払いが!この俺の余りある愚痴を!不満を!子守唄代わりに聞かせてやろう!」
ナンか酒を飲む前から変なスイッチ入ってないだろうか、あの魔物。
・
コレはその後の話になるが、あの魔物はエクステンションヘイトレッドという種族名で登録された。
あの後酒盛りをしていた二人だが、流石に日が暮れそうになったので己がストップをかけたのだ。
そしたらキクスイがエクステンションヘイトレッドをお持ち帰りした。
……ま、本人は彼が寂しがっているのを見抜いたから、連れ帰っただけなんでしょうけれど。
「愚痴だとか怒りっぽいだとか、そういうのは私はあまり気にしませんからね。見ての通りの酔っ払いですから。そして私は誰かと一緒に居るのが好きです。以上!」
大体そんな感じのコトを言い、酔っ払いはエクステンションヘイトレッドを持ち帰った。
エクステンションヘイトレッドもまた、怨念でありながら思いっきり酔っぱらっていた為、そのままお持ち帰りされていた。
……酔うと言っても、つらつらと愚痴を語る感じの酔い方でしたわね。
だが結構な量を飲めていたので、キクスイからしたら嬉しかったのだろう。
あの子はいつも、一緒に飲める相手を探していたから。
けれど生徒は酒を飲めないから教師を誘い、教師もケイト植物教師くらいしかソッコで一緒に飲んでくれる相手も居ない。
……他の教師達は仕事がありますものね。
ケイト植物教師以外は、仕事終わりしか付き合えないのだ。
当然ながらケイト植物教師だって仕事はあるが、あのヒトはいつも酒飲んでるからノーカンで良いだろう。
常に酔っぱらってる教師や生徒が居るとかこの学園の治安はどうなってるんだと異世界の自分が言っている気がするが、問題は無いのだから良いだろう。
問題があるなら問題だが。
……お酒を飲むのが問題なのは、ソレで暴れたりするのが危険だから、ですわよね。
つまりそういうのが無ければセーフである。
まあ、その辺を判定するアダーモ学園長のハードルが低いだけなのかもしれないが。
「言っておくがな、俺の中にある不愉快さ、そして消滅させたいという感情は無くなっているワケでは無いぞ」
「そうなんですか?」
「当たり前だろう。俺はいつだって全部が嫌いなんだ。好きになったコトなんて一度も無い」
「なのに喪失感はあるって大変ですね!」
「笑顔で言うな」
「ハハハ!」
キクスイは酒に酔った赤ら顔のまま、爽やかな笑みで返していた。
「というか全部って、具体的にはナニがそうも不愉快なのでしょう」
「笑みも涙も叫びも歓声も老若男女問わず全てにおいて、全てに対して、俺は嫌悪感に満ち満ちている」
「ふむ」
「そして当然、俺はお前のコトもいつだって消滅させたいと思っているぞ。常に、だ」
「ソレでも寝落ちた時に涎拭ってくれたり、手から零れ落ちそうなコップとか本とか確保しておいたりしてくれますよね!」
「俺はまともなんだ」
「いつもありがとうございます!」
会話の内容はソレで本当に合っているのか、というか会話になっていないような気もするのだが、本人と本魔がソレで良いなら良いのだろう。
完全なる蚊帳の外な立場であり聞き耳を立てているだけの己が口出しするようなコトでもあるまい。
そう思い己は読み終わった本を置き、まだ読んでいない続きの本の表紙を開いた。
キクスイ
名前は漢字で書くと菊水。
遺伝により触れた液体が全て酒になる為常に酔っぱらっており、話の最中に一瞬寝落ちるコトもままある。
エクステンションヘイトレッド
視界内の全てを消滅させたのに消えない不愉快感、そして喪失感が強く残っている怨念の魔物。
不愉快感などが消えたワケでは無いが、色々気にしてないキクスイにだらだらグチグチと愚痴るコトで多少スッキリはしている。




