購買店主とヒロイックゴースト
彼女の話をしよう。
購買の店主で、予知能力を有していて、酔うと召喚魔法を使用するが成功しない。
これは、そんな彼女の物語。
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購買にインクを買いに来ただけなのだが、購買では修羅場が発生していた。
「いやあああああお願い!お願い!俺死んでも童貞のままとかイヤなの!お願いちょっと!ちょっとで良いから!俺を男にして!」
「性行為は普通にリスク高いので無理です。ソレにアナタ、ゴーストでしょう?」
「ナニよ!ゴーストでも生きてる女とエッチして子供授かったりしてるじゃない!そういう逸話があるってアタシ知ってるんだから!そんなコト言ってアタシの気持ちを否定するのね!アタシの気持ちを弄んだクセに!酷い!」
ヒロイックゴーストは霊体でもやたらクッキリしている茶色のメッシュを揺らしながら、空中で女座りポーズしてワッと泣き叫んだ。
ソレを見ているアマンダ店主は慣れているからか、またやってんなという視線を向けていた。
「またやってんですのねー」
「あら、いらっしゃいませ、エメラルド。すみませんね、ヒロイックゴーストが騒がしくて」
「いえ、ヒロイックゴーストは基本的に騒がしいから八年でとっくに慣れましたわ」
「ねえソレ俺の騒がしさ否定してなくない?いや俺自身も騒がしいって自覚はあるけどさ、もうちょっとさ、そんなそんな別に騒がしくなんてありませんよ、みたいなのない?」
「そういう異世界である地球の日本国特有なオブラートはありませんの。在庫切れで」
「八つ橋に包むのも無理?」
「八つ橋はそもそもありませんわ」
「ガッデム異世界!」
……ガッデムって意味的にはこん畜生とかですけれど、直訳すると神はソレを呪う、なんですのよね。
要するに神がそんなコトを許すと思ってんのかという感じの意味なのだが、神が許してるから無いんだろうに。
まあ戦闘系天使が半分混ざっているとはいえ、ソコまで無粋極まりないツッコミはすまい。
……わたくしだって、流石に空気は読めますわ。
意図的に読まないコトも多いが。
「というかさ!エメラルドからもアマンダに言ってやって!アマンダってば俺とエッチしてくんないの!」
「普通では?」
「クッソ性欲死滅世界ふざけんな!普通異世界ってのぁ皆エロエロだったりするもんじゃねえのか!?
羞恥心とか馬鹿になってるヒトがあっはんな格好!そうビキニアーマーとかそういうの着てバトルしたりとかさあ!」
「ビキニアーマーって、知識としてはありますけれどアレ身を守るのに適してなさ過ぎじゃありませんこと?アマゾネス並みの屈強さがあるならともかく、一般人は無理ですわよアレ。
急所である腹も首もがら空きですし、胸だって性的興奮を促しやすいとされる乳首部分隠しているだけで、心臓を守れているかというと微妙な……」
「止めて止めて男のロマンにそんなリアル目線からのツッコミ入れないで。アレには男のロマンが詰まってるから良いの。大丈夫なの。男のロマン力の分だけ底上げされっからアレ。有名なゲームの女剣士だってビキニアーマー着てたし」
「男のロマンの分だけ強度弱まって露出されそうですけれど?」
「クッソウ異世界のオタクの記憶がINしてるだけはあって論破出来ねーな畜生!しかも反論出来ない!確かに男のロマンの分だけブラはズレるし壊れもする!そしてポロリ!だって男のロマンだもん!」
「そのポロリってビキニアーマーが防具として機能しなくなった結果心臓がポロリしたっていうので合ってます?」
「合ってるワケねーじゃん狂ってんの?」
めちゃくちゃ真顔で言われてしまった。
事実なので否定も出来ん。
「あのね、俺らポロリした心臓にふぉぉおう!って興奮出来るような超上級者じゃないから。そういう嗜好してんのはほんの一部だから。一般人はおっぱいがポロリするコトに性的な興奮を覚えんの。わかる?」
「成る程、つまり胸部の脂肪部分が物理的にポロリするのが性的興奮になる、と」
「そうそ……駄目だここに召喚される前に召喚された異世界で勇者やってた時に培った危機察知能力が肯定しては駄目だと全力の警報を鳴らしてる!念のために言っておくけど物理的におっぱい切り落としてのポロリじゃないからね!?」
「あれ、違いますの?」
「あっぶねえガチでそっちだと思われるトコだった!違いますー!普段は隠されている胸がお洋服の中からポロリとまろび出るのが!性的興奮を!覚えさせるモノです!
切断的な意味でのポロリは興奮するどころか萎える通り越してトラウマモンだから!勃たなくなるから!」
「やっぱ性欲ありきの感覚や感性ってよくわかりませんわね」
「うう、こうも色々言ってんのにセクハラ扱いされないのは良いけど、童貞が童貞を卒業したいって気持ちを理解してくれないこんな世界なんてポイズン」
ヒロイックゴーストの言葉はちょっとよくわからない。
「つか童貞ってつまり、性行為経験が無い男性のコトですわよね?現代では誕生の館での子作りがメインなんですから、ソレも珍しくなんざありませんわよ」
「でも俺の価値観は地球なんだよ。わかる?冴えない一般人がいきなり異世界に召喚されて神様と話してチート貰ってやっべー俺最強系なんでは?このチート能力なら万が一見捨てられてもスローライフ出来るんじゃ?ってなったのにさあ」
そう愚痴るヒロイックゴーストの向かって左目には通という漢字が、右目には販という漢字が浮かんでいる。
どうもその異世界では、貰った能力が文字通り目に浮かぶらしい。
「現実はオッサン達に囲まれながら言われるがまま討伐討伐討伐討伐。
エッチなお姉さんに誘惑されてやったあ童貞卒業!?って思いきやアレはハニトラだから止めとけよって言われるし実際マジで正体はとんでもねえ化け物だしで萎え萎えだわ童貞の期待返して」
「というか特殊な能力……ヒロイックゴーストの場合は通販能力とかいう、異世界の物品を購入出来る能力だったようですけれど、よくまあ神がそんなんくれましたわね。無償ですの?対価は?」
「ん?普通に無償だったけど?」
「ええ……こわ……」
タダより高いモノは無いという言葉を知らんのか。
あと神というのは誓約を重んじたり言霊能力が高かったりする故に、かなり下の存在である人間相手でも対等な交渉をしてくれているというのに。
……真摯な対応してくれてますわよねえ、神も女神も。
お望みの天候にしてあげる代わりに収穫出来た作物とか捧げてね、とかかなり破格だと思うのだが。
天候操作の対価が作物て。
……というか神って基本的には優しいから、その辺実は後払いでも良いんですのよね。
天候を操って作物を沢山実らせてくれたら一部をお捧げします、と言えばやってくれるのが神。
ただしそう約束して助けてもらったクセに約束を、つまり誓いを反故にした場合、二度とその条件では頷いてくれなくなるが。
……ソレが重なった結果が、人身御供、生け贄文化。
しかもコレ、殆どが神側が寄越せと言ったワケではなく、人間の命ならばと判断した人間側からの押し付けだったりする。
神としては流石に命を粗末に出来ないし、というコトで仕方なく対価として受け取っているだけだ。
……うーん、人間の命は確かに大事なモノですけれど、神から授かったその命というモノを対価に差し出すってのは色々間違ってると思うのですが、その辺わかんないモノなのでしょうか。
天使としての価値観強めなので、理解出来んヒトがわからん。
「いやいや対価求めないコトのドコが!?」
己の「こわ」発言に、ヒロイックゴーストは聞き捨てならんとそう叫んだ。
「言っとくけど俺は色々と対価求めたりするこっちの神のが怖ぇけど!?破壊の神とかもう完全にキャバ嬢に入れ込んでるパパじゃん。
願うならこの世全てを破壊して新しい世界をお前好みに作り直してやる宣言してるのマジでアウト。魔王かよ」
「まあ破壊の神はイシドラのパパやってるからパパなのは間違ってませんけれど……魔王ってのは違いません?神スケールならそのくらいの規模になるってだけでは?そのくらい愛してるよっていう表現だと思いますわ」
「マジかよ神のスケールマジで神スケール過ぎぃ……」
つーかさ、と空中で寝そべるような体勢になっているヒロイックゴーストは言う。
「こっちの世界ヤバいよね」
「はあ、狂人だらけのトコがですの?」
「ソレもそうだけどさ、異世界から来た勇者を異世界から召喚しておいて普通に受け入れるこの世界のメンタルっていうかさ、異世界から異世界の勇者(霊体)を召喚してるのに普通に対応とかヤバいでしょ」
「異世界が過多ですわねソレ」
「ホントだよ。ゲシュタルト崩壊するしこんなタイトルで出版社に持ち込んだら「タイトルくどない?」って言われるもんコレ」
んで話を戻すけど、とヒロイックゴーストは今の話を一旦置くジェスチャーをした。
「この世界の懐の広さっていうか鈍さ?ナンなの?そこらで人肉食ってるヤツ居ても普通とか俺が生前に召喚された異世界ではありえないんだけど。
そしてエメラルドに異世界知識がINしたコトも普通にスルーされてるの意味わかんない。普通狂人扱いされるモンじゃないの?」
「狂人扱いはされてますわよ」
「そりゃそうだけど!」
「ソレに、その懐の広さがあるからアナタの能力が活かされてるんじゃありませんの。通販能力とかいうちょっとよくわからない能力で購買とか」
「まあ確かにそうだけど!楽だし良いけど!つかそうだよここ購買じゃん!アマンダ!ナンか思いっきり会話に夢中になってたけど!結局俺とエッチなコトは!」
「しませんよ?」
我関せずとばかりに商品を並べたり掃除したりしていたアマンダ店主は、黒いメッシュが入った茶髪を揺らしてそう即答した。
「んもう!ナンでよ!アナタっていつもそう!アタシの能力ばっかり利用して!」
「利用して良いと仰ったのはそちらでは」
「まあそうなんだけどさあ!」
空中でブリッジするとは愉快なゴーストだ。
「俺の気持ちわかる!?色々あって死んだと思ったらゴースト状態でまたもや別の異世界に召喚!しかも前のオッサン地獄とは違ってほろ酔い美女!既婚者でも無い美女!そんな美女と出会えてラッキー!召喚した以上責任持ってね♡♡♡くらいの気持ちでお願いしたらマジで責任取ってパートナーになってはくれたけどナニよ誕生の館って!いくらそんな施設があるって言っても生き物の本能である性欲が薄れるなんてそんなコトある!?」
「あるから媚薬もただの体温上昇用アイテム扱いなんですのよねえ」
「ホント意味わかんない……」
ヒロイックゴーストは口でめそめそと言いながら、机の上でぐんにゃりと寝転がった。
霊体だから良いが、肉体を持っていたら行儀が悪いと蹴り落としていたトコロだ。
「というかアマンダ店主も、召喚した責任があるとはいえ、よくまあ性行為しようぜ発言をぽんぽんする男をパートナーにしますわね」
「エ、俺の発言そんなにアウトなの?」
「無理矢理性行為しようとしやがった場合、未遂だろうと頭パァンですのよ」
「待ってナニそのジェスチャー。俺こっちの世界来てから学園の中ですらこうなのに学園外とか完全に魔窟じゃんって思って外出たコト無いんだけど超怖い」
指でピストルを作ってパァンとこめかみを打ち抜くジェスチャーをすれば、ヒロイックゴーストは顔を青褪めさせて震えた。
いや、ゴーストだから基本的には青褪め気味だが。
・
コレはその後の話になるが、アマンダ店主に馴れ初めを聞いてみた。
「馴れ初め、ですか」
「ええ、馴れ初め。というか今お時間大丈夫ですの?」
「大丈夫ですよ。エメラルドがヒロイックゴーストの相手をしていてくれていたお陰で大体終わりましたから」
「ねえソレ俺がまるで邪魔してたみたいじゃない?」
「邪魔してたんですよアナタは」
「つかそもそもわたくし、お話しに来たんじゃなくて普通に買い物に来ただけなんですけれど……」
「エ、マジ?んじゃ今の内に通販で買う?産地直送だから新鮮だよ!」
「インクに鮮度ってそう関係ありますの?」
「知らね」
そう言いながら、ヒロイックゴーストはホログラムのようなモノを空中に表示して操作していた。
あれならすぐにインクが用意されるだろう。
「で、馴れ初めは」
「忘れませんね」
ふふ、とアマンダ店主は眉を下げて微笑んだ。
「とはいえ、そう大した話でも無く……私がお酒を飲むとすぐに酔って、つい召喚魔法を使用してしまう、というのは知っていますよね?」
「ええ」
成功せず失敗ばかりするというのも知っている。
「そしてヒロイックゴーストを召喚したのですが……懐かしい。あれは確かまだ学生の頃……」
「あれ、お酒の解禁って遺伝的にどうしても触れた飲み物が酒になるとか酒が主食だとかしない限り、卒業してからのハズでは」
「そういう色々があってヒロイックゴーストを召喚したワケですが」
それ以上の追求はするなという圧のある笑みで押し通された。
あまりツッコまれたく無い部分らしい。
「……元々、私に予知能力があるコトは知っていますか?」
「魔眼とかではなく、素の予知能力ですわよね?」
「ハイ」
アマンダ店主はコクリと小さく頷く。
「けれど私の予知能力は、自分以外の誰かの未来しか予知出来ません。ソレもすぐに来る未来ばかりで、回避不可能な未来ばかりで、誰かにとって不幸である未来のみ」
ふぅ、とアマンダ店主は溜め息を吐いた。
「なのでソッコでこの能力を活かして誰かを助けようという思考は捨てました」
「あ、ソコあっさりですのね」
「無理なコトを続けても心労が祟るだけですから。見限った方が良いモノは早くに見限った方が良いのですよ。主にメンタルの為に」
まあ確かに。
「そもそも、私の予知能力はいまいちオンオフが出来ません。いつ視えるかわからない視界を頼りにするよりは、とりあえず出来るコトをした方が良いだろう、と」
「成る程」
「そう思っていたら何故かヒロイックゴーストを召喚するのに成功し、通販という異世界アイテムを購入可能な能力を有していたので、コレは使えると思いここに就職、購買を作りました」
「いやまあ良いけどさ。こっちのお金使えるし卸値で買えるし、皆結構買いに来てくれるし。でも使える扱いは止めて」
「ソレに学園内であれば、この予知能力も役立つかと思ったのです。学園内であれば少し転んだとか、ペンを忘れたくらいの不幸を視るくらいだろうと思いましたし、そういう不幸であれば購買で対処出来ますから」
「お金は取るけどね」
「ソコは大事ですので」
アマンダ店主はニッコニコな笑顔でそう言い切った。
ベクトルが微妙に違う気もするが、両方共押しが強い分良い感じに噛み合っている感じだ。
「ただこのヒロイックゴースト、酷いんですよ。結構長い付き合いになるというのに、未だに生前の名を教えてくれないんです」
「あら、そうなんですの?勇者として活動してた時代の話を聞かれると恥ずかしい的なアレでしょうか」
一部のゴーストによくあるヤツ。
「でもここは勇者として召喚された異世界の更に異世界だから、ナニを成し遂げてようがナニをやらかしてようが名前なんざ残ってませんわ。気にするだけ無駄だと思いますけれど」
「エメラルドちょっと言葉のナイフの切れ味鋭すぎじゃない!?あと俺別に名前呼びされてなかったもん異世界で!能力に勇者呼びを足す感じだから通販の勇者様って呼ばれてたもん!」
「……そ、れはそれで、えっと、中々にアレな……」
「こういう時だけ言葉選ぶの止めて!辛い!表情引き攣ってるけど気遣いでせめてもの笑顔を維持してるのが尚更辛い!いつも笑顔取り繕うの上手なクセにこういう時だけナンなのよもう!」
ヒロイックゴーストは空中で女座りしながらそう嘆いた。
確かに今のはちょっとあからさま過ぎたかもしれないので申し訳ない。
……や、でも、通販の勇者様って、もう軽いいじめみたいな呼び名では……?
「ちなみに本名は」
「ジョゼフィーヌとかアマンダとか素敵格好良い名前のヤツに必ずあだ名がコインになる俺の気持ちがわかるのか」
マジでどういう本名なんだろう。
そう思ったが、ヒロイックゴーストの目はガチでこれ以上聞かれるのを拒絶していた為、これ以上つつくのは止めておいた。
アマンダ
食堂や王都の雑貨店など、ヒトが多い場所に行けない、もしくは外出が出来ない、またはソレらを苦手にしている生徒がよく利用する購買の店主。
遺伝や体質的問題、そして精神的問題などでそういった生徒が多い為、客は居ないようでそれなりに繁盛している。
ヒロイックゴースト
地球出身の男だがこことは違う異世界に勇者として召喚され、死亡直後にゴーストとして召喚され、こちらの世界にやってきた幽霊。
通販能力は本来魔物などを倒したり人助けをしたりするコトで貯まるポイントを用いていたがこちらの世界では害魔しか討伐対象では無いのでどうしよう、と思っていたがお金も普通にポイントに変換出来た為、そのまま利用し購買の品物補充などをしている。