猛毒少年とテイクインコフィン
彼の話をしよう。
遺伝で全身に猛毒が滲んでいて、体液や皮膚どころか息すらも猛毒で、常に完全防備。
これは、そんな彼の物語。
・
じわり、とエロワの被り物が変色し始めた。
「エロワ」
「ん、あ」
突然話し掛けたからか、エロワは驚いたようにビクンと肩を跳ねさせた。
が、すぐにこちらに気付き力を抜く。
「……やあ、ジョゼフィーヌ。どうしたの?」
エロワは不思議そうに首を傾げた。
「僕に話しかけるなんて、危ないよ」
被り物の向こうには、猛毒が染みてところどころまだらな紫色に染まっているじっとりした皮膚がある。
けれどじっとりしたまだら模様の顔を持つエロワは、悲しげに苦笑していた。
……エロワのナニが悪いとかはありませんのに、猛毒のせいで接触が出来ませんものね。
そう、エロワは猛毒系の混血だ。
ソレも全身が、それこそ体液や皮膚に素手で触れたら確実にかぶれるくらいの猛毒に満ちている。
……吐く息すらも毒が含まれてるから大変ですわ。
当然汗も危険なので汗を掻かせない格好が良いとなるかもしれないが、エロワはいつでも完全防備の格好をしている。
制服に手袋、演劇の黒子役のような、目隠しと同じく視界確保可能な加工をされた被り物。
……汗が危険だから汗を掻かせない方が良いのは事実ですけれど、一番問題なのは周囲に害がある部分、ですのよね。
教室でも、エロワの近くには臭いを吸収する炭の如く、毒を吸収する魔道具が置かれている。
じゃないと教室という室内空間内に、エロワの猛毒が満ちてしまう。
……そうなりゃもう全員ぶっ倒れるだけですわ。
とはいえ対策はされており、エロワが身に着けている制服や手袋は毒を染み出させない仕様。
そして被り物は、エロワから発される猛毒を吸収する仕様となっている。
……ま、とはいえ当然限界はありますけれど。
湿気を吸い取るようなアイテムだって、湿気を吸い過ぎたら許容範囲内を超えてしまうモノ。
限界が近いと被り物の布部分が変色するので、限界が来る前、そのくらいのタイミングで変えた方が良いモノだ。
「危ないというか、まあわたくしも毒を無効化出来るワケじゃないのでソレはそうなんですけれど」
「うん、僕と同室になれるのは、毒に耐性がある子だけだから。じゃないと僕、危険だもの」
「……ひとまずソレは置いといて」
「?」
エロワは被り物の向こう、毒が染みてじっとりとしている、紫色のまだら模様な顔をきょとんとした表情に変えた。
エロワ自身がほぼ猛毒だからかあまり人付き合いが無い為、よくこういう子供のような表情を見せるコトが多い。
……多いって言っても、被り物の向こう側が視えるタイプじゃないと視れませんけれど、ね。
さておき、己はエロワに本題を伝える。
「エロワ、アナタ被り物に色が染み出してますわよ」
「え、あ、う……、ホントだ……」
被り物の色が少しとはいえ変色しているコトに気付いたエロワは、少ししょんぼりとした表情になった。
まあ誰だって己から発される毒を吸収してくれるモノがそろそろ交換時期です、となったら、もう交換しないと駄目なのか、となるだろう。
……エロワの場合、被り物を取って布を新しいのに替えて、ってやんなきゃいけませんしね。
布を交換するコト自体はともかく、その間エロワの毒を吸収する被り物を外す必要性がある。
つまり、その間エロワの毒が放出状態になるというコトだ。
……交換は自室でしょうし、毒が大丈夫な子がルームメイトだから問題は無いと思いますけれど。
そういった憂いが無くなると良いのだが。
手袋越しですら誰かに触れようとしないエロワを見ていると、本当にそう思う。
「あの、ジョゼフィーヌ。教えてくれて、ありがとう。僕、布を交換しに、部屋に戻らなきゃ。僕の毒、皆の方が危ないものね」
「皆アレで結構タフですけれど……どういたしまして」
被り物の向こうでへにゃりと笑いながら手を振り、エロワはパタパタと足音をさせて自室へと戻って行った。
・
モイセス歴史教師による校外学習で、本日は墓地へとやってきた。
「ああ、お前達あまり勝手に行動はするなよ。この墓地に葬られた死者達は中々に恨み辛みが強いのが多くてな。死んでも責任が持てん」
「モイセス歴史教師、生徒の命を預かってる教師としてソレはアウトだと思いますの」
「勘違いしているようだがな、エメラルド」
今日は壮年の見た目であるモイセス歴史教師は、ハァ、と溜め息を吐きながら言う。
「俺は確かにかの伝説のパーティに所属していたし、過去視の魔眼を有する上に不死身の体だ。パートナーであるブラッドクリオネに捕食されても生きているくらいにはな」
「正確には生きてるって言うより、生き返ってるって感じだと思うけど?」
「いや意識があるから死んではいない」
モイセス歴史教師はブラッドクリオネのツッコミにそう返した。
「さておき俺に対する勘違いだが、俺は強くない。俺はただ不死身で、死ななかっただけだ。あと過去視の魔眼で色々な情報を仕入れるコトが出来ただけであって、攻撃力は無い」
「……伝承によるとモイセス歴史教師と思われる存在がとんでもない害魔を討伐した話とかあるようですけれど?」
「アレは相手が殺せば死ぬ生き物だったからだぞ。心中すれば俺だけが生き残るからな」
「うーん矛盾が酷いですわねー」
しかしまあ不死身からすれば、そういうモノなんだろう。
とりあえずモイセス歴史教師に戦闘能力が無いらしいというコトはわかった。
「でもソレならこんな危険と思われる場所に連れてこなければ良いのでは?」
「だからちゃんと八年生になってから連れて来ただろう」
「……ある程度酸いも甘いも経験しただろうし自衛手段も身に着けるどころか体に馴染み始めて来た頃だろうから迎撃出来るさ頑張れ、って意味ですわねソレ」
「ああ」
体術、または剣術の授業を取っているメンバーが一瞬にしてピリッとした雰囲気に一変した。
モイセス歴史教師は守ってくれる存在では無いからこそ、自分達が体術や剣術を取っていない生徒を守らないととなったのだろう。
……武器持ってる子はいつでも扱えるようにしてますし……。
「…………あの、モイセス歴史教師?迎撃出来る可能性が高いっつっても、わざわざ危険を冒してまで来る必要性ってありましたの?」
「危険を実際に体験した方が、危険と安全を見極めれるようになるからな。危険を知らなかったが故にミンチになる子は沢山見てきた。が、そういうのは一度痛い目を見れば大体大人しくなる」
「ちなみに大人しくならない場合は?」
「いや、痛い目を見れば本当に皆大人しくなるぞ?大人しいのはそもそも怪我をしないし、痛い目を見るような動きをするヤツは四肢が四肢じゃ無くなるからな。
流石に腕や足の一本くらい捥がれれば危険に対する警戒心や本能的な恐怖を抱く」
「ハイ勝手に行動しかねないメンバーがそばに居て尚且つ手が空いてる子は確保!失われるのは勝手に行動した子の手足ですわよ!」
勝手に行動しがちなメンバーは、主にパートナー達が押さえつけていた。
常識があるからこそ危険度が、そしてパートナーだからこそ今のを聞いてもマジで行動しかねないコトをわかっているのだろう。
……よし、とりあえずコレで安全は確保出来ましたわね。
にしてもモイセス歴史教師、それなりにまともに見えて大分感覚おかしいのどうにかならないだろうか。
本人が長年生きてる不老不死で、パートナーによく食われてて、そして痛覚が無いのが痛い。
……痛覚が無いのが痛いとかもう言葉に変な矛盾が発生してる気がしますけれど、ホントに痛覚が無いって痛手ですわね……!
無痛覚に優れた再生能力があるのは素晴らしいが、ソレに慣れ過ぎると他人もそんなモンだと思いがちなのだ。
特にモイセス歴史教師の場合は凄く凄く長い時を生きている為、かなり他人を理解出来ていないタイプ。
……過去視の魔眼も痛手ですわよね、多分……。
過去を目視可能だが、ソレは映像として認識される映画のようなモノ。
モイセス歴史教師は感受性が豊かでは無い方なので、まあ端的に言って映画感覚で残酷な過去も見まくっていた結果いまいち現在というモノを認識出来ていない可能性がある。
……モイセス歴史教師からしたら、全部ソッコで過去になるモノ、でしょうし。
ゲープハルト曰く、ゲープハルトよりもモイセス歴史教師の方が年上らしい。
つまりゲープハルトよりも価値観がヤバい可能性が高いというコトだ。
「……とりあえず授業を続けて良いか?」
「モイセス歴史教師、警戒しまくってるわたくし達生徒を見てナニか思いませんの?」
「いや、特に。では授業を再開するが、あの墓は裏切りによって殺されたモノの墓で」
マジで授業を再開しおったこの教師。
だがモイセス歴史教師に関してはいつもこんなモンなので、諦めた方が早い。
……基本的に置いてかれる側な上、過去視の魔眼で過去を視れるからか命の扱いがかっるいんですのよね……!
今死んでも五十年後に死んでも、モイセス歴史教師からしたらあまり差が無い。
言ってしまえば、今を生きるヒト達、そして未来に生きるヒト達を思いやって大事にして快適に生きれるように、と考えてくれているアダーモ学園長とは真逆というコト。
……いやこう思うと、アダーモ学園長もよくまあ過激なメンバーと一緒にパーティ組めてましたわね……?
しかも当時、まだイモータルチョコレートと出会ってない普通の人間だったらしいのに。
そりゃクラリッサがパーティから去った途端叫びもする。
「と、お前」
「?」
モイセス歴史教師は振り返り、下手に触れると危険というコトで皆からほんの少し離れた位置に居たエロワに声を掛ける。
「ソコ、魔物が居るから気を付けろよ」
「エ」
「あれっ、バレてた?」
ゴボン、と音を立て、地中から棺桶が飛び出した。
「じゃ、もういっただきまーす」
「おあっ!?」
カパリと蓋を開けた棺桶の中から出現した黒い腕のようなモノがエロワを捕まえ、棺桶の中へと一瞬にして引きずり込む。
あっという間に、パタンと蓋が閉められた。
「って茫然としてる場合じゃありませんわね!?エロワ!?」
「まあ落ち着けエメラルド」
「モイセス歴史教師はもうちょい慌てた方が良いと思いますわよ!?」
「いや、本当に心配は不要なんだ。よく見ろ」
「?」
とりあえず指示に従って棺桶をよく視れば、アレは人肉を喰う棺桶の魔物、テイクインコフィンであるコトがわかった。
気に入った相手を取り込み、相手の体を一部ずつゆっくりゆっくりと取り込み吸収する魔物。
……魔力のみ、服のみ、装飾のみ、って好きなように、けれど順番に食べて良く魔物……でしたわね、確か。
そういう取り込み方をする為、装飾が多いと消化に時間が掛かり、中の人間が死ぬまでの猶予が伸びる。
そして視える光景からすると、テイクインコフィンはまずエロワの毒を取り込んでいるようだった。
……テイクインコフィンは基本的にメインである獲物の肉などは後半に食べるから、即死はしないハズですの。
「……成る程、テイクインコフィンだからこそ、エロワの毒を吸収する。そして吸収に時間が掛かるからこそ、その間の猶予がまだある、と」
特定のナニかだけを吸収するというコトに長けている魔物だから、本当に毒だけを吸収してくれるだろう。
エロワの毒は全身に満ちていて、寧ろひたひたになっているくらいには量がある。
……大分、時間は稼げそうですわね。
「ん、う、うぇ、ぐにぐにしてる……。えと、テイクインコフィン……?」
テイクインコフィンの中で、エロワはそう呟いていた。
音としては聞こえず字幕として視えているというコトは、中の音は聞こえない仕様となっているのだろう。
……でもエロワがテイクインコフィンという名称を呟いたというコトは、コレ中には音が届いてますわね。
「う、と、あの、毒、僕の毒、吸収するの、止めた方が良いんじゃないかしら」
「ナンで?」
テイクインコフィンのその返事もまた、耳には届かなかった。
「エメラルド、中の様子は視えているか?声は?」
「視えてますわ」
「そうか、なら状況を知る為に実況を頼む」
マジでか。
「その様子でどうやって助けるかを考えてくれ」
「……え、ん、あら?どうやって助けるかって、助ける方法があるとか、助ける方法を考えるとか無いんですの?」
「テイクインコフィンごと仕留めたら中に居る方も死ぬだろう。不死身ならそうやって助けたんだが、毒があるだけで不死身では無いからな」
……とりあえず、不死身では無いコトを理解してくれていたという事実を喜ぶべき、ですわね。
うっかりで忘れられていたらエロワごと火葬されるトコロだった。
棺桶に入ってる辺り準備は万端に思えるが、エロワは生きてるのでちょっとどころじゃなく気が早い。
……まあ、このままどうにも出来なかったらマジで火葬しなきゃになるワケですけれど。
もしソレで死んだらテイクインコフィンによって骨までじっくり食べられる可能性が高いので、命が無くなった瞬間に火葬しなくては。
遺族に骨だけは渡したい。
……や、うん、まずエロワが死ぬ前提の発想を破棄しなきゃですわねコレ。
我ながら大分テンパッているらしい。
「あのね」
テイクインコフィンの中で、毒をじわじわと取り込まれながらエロワは言う。
「僕の毒、猛毒だから。良いモノじゃないの。触るだけでも肌がかぶれたりして、とっても危ないの。吐く息だって猛毒なんだよ」
「ソレが?」
「え、えと、毒、だよ?」
「でも私棺桶だから、毒くらい別に。装飾でも武器でもナンでも、この中に取り込んじゃえば取り込めちゃうし。この中に入った以上、毒でもナンでも私のご飯なんだから!」
「……凄い、ね」
「今食べられそうになりながらソレ言う?」
己が実況すれば、常識人やイージーレベルの狂人達が頷いていた。
ノーマル以上の狂人達はそれなりにマイペースなまま好き勝手している。
……うん、マジでストップ掛けてくれてるパートナー魔物達に頭上がりませんわねコレ……!
「ま、今はそうやってゆっくりしてて良いよ。力抜いてた方が私も食べやすいし。体の中にある毒をぜぇんぶ食べたら、次はその頭の飾りとか食べちゃおっかなー」
「え……毒、体の毒、全部、食べるの?食べれるの?」
「ん?モチロン。だって私テイクインコフィンだもん」
「じゃあ、ソレ、僕の毒を食べ切ったら、僕、毒が無くなるの?」
「いやまあ、当然そうなるけど……ソレが?」
「もう毒、出ない?」
「えー……ソコまでは知らない……」
「あのー、中に声が聞こえてるって前提でエロワに説明しますけれど、テイクインコフィンの生態的に考えると多分もう毒が出ないように、ってのは無理ですわよー」
「そう、なの?」
「いやいやいや待って!?私の中って外に音響かないようにしてるのにナンでピンポイントな説明出来てんの!?」
……わたくし思いっきり中の会話を実況とかしてたんですけれど、完全に意識されてなかったんですのねー……?
まあテイクインコフィンは食事を味わうタイプであり、一度中に獲物を取り込むとそのまま獲物を食べ切るまで、食べるコトに夢中になる。
だから装飾を大量に付けた人間が囮になり、装飾を食わせている間に仲間が討伐、というコトもあったそうだ。
……んでもって、テイクインコフィンが食事中って、テイクインコフィンの声も外に聞こえないようになってるみたいですし。
食事中のテイクインコフィンは酷く静かになる為ただの棺桶にしか見えず、捕食中だというコトを知らないヒトがスルーしがちというコトも多かった、と図鑑には書かれていた。
確かにコレは意識しなかったら何故かある棺桶、にしか見えないだろう。
捕食中なら通行人がお代わり扱いされるコトも無いし。
……食べ切るまで次の獲物に手を出さないのは、行儀が良いと言えば良いのでしょうか……。
「とりあえずテイクインコフィンの問いには、わたくしは中の会話が視えるので、と返答しますわ」
「うわホントに見えてるぅ……」
「んでもってエロワ、何故アナタの毒を完全に、というか永久的に取り除くのは無理なのかという説明をしますわよ」
「うん」
「いやキミさ、今思いっきり私に捕食されてる真っ最中なんだけどナニその落ち着きっぷり……こわ……」
テイクインコフィンには申し訳ないが、コレが狂人クオリティーだ。
「まずテイクインコフィンは特定のナニかのみを摘出、吸収するコトに長けてますわ。例えば脂肪のみを取り込もうとすればガチで脂肪のみを取り込みますの。ま、ソレはソレで健康的には危険ですが」
筋肉が無い場合大変なコトになるヤツだ。
「そして現在、テイクインコフィンはエロワの毒を吸収している。
コレは完全に吸収し切った時、エロワの体から放たれる毒素は無くなりますわね。現段階で既に、容量オーバーによる毒の染み出しで出来ていた紫色のまだらな染みが無くなってますし」
「え、見たい。あの、鏡、ある?」
「いやあるワケ無いよね?ある方がおかしいからね?状況わかってる?」
「ただしエロワの毒は遺伝によるモノ。遺伝により細胞が毒を生み出していて、その結果ですの。今の段階で存在している毒を無くすコトは出来ても、その細胞を取り除かない限りはまた毒が発生しますわ」
「そっか……僕、お父さんもお母さんも好きだから、頼まないでおくね」
「食べられそうになりながら頼むってナニ?細胞食べたらもうソレ本気で食べ始めてるからね?そっから出してあげたりとか無いよ?」
「ただこの場合、エロワにとってもテイクインコフィンにとってもベストな案がありますのよ」
「ねえ聞こえてるだろうから言うけど、今キミの友達、毒だけとは言え魔物の内部で消化されてる最中なんだよ?普通そんな魔物相手に当然のように話しかける?」
「……やっぱ魔物って、まともなメンタルしてるのが多いですわよねぇ……」
「駄目だまともじゃないメンタルしてる子だ会話が通じない」
会話は通じているし、まともじゃないメンタルではあれど一番優しいレベルなのに。
ただちょっと会話のラリーをする気が無いだけで。
・
コレはその後の話になるが、己の案は採用されて色々と丸く収まった。
どういう案かと言えば至極単純だが、エロワとテイクインコフィンがパートナーになれば良いんじゃないか、という案である。
……実際、相性は良いと思うんですのよね。
体から染み出る猛毒に困っているエロワと、ゆっくりじわじわ食べたいテイクインコフィン。
そしてテイクインコフィンは特定のモノのみを的確に食べるコトが出来る為、他に影響を一切出さず、毒のみを食べるコトが出来る。
……エロワから毒が出るコトには変わりませんけれど、毒が蓄積されるまでの期間限定とはいえ無毒状態になりますし。
エロワの汗や息などに至るまで全てが猛毒だったのは、体内に蓄積された猛毒が容量オーバーだったから。
ソレが溢れ出しさえしなければ、体内に押し留めるコトが可能となる。
……ずっと川が氾濫状態だったけど、落ち着けば川の近くに行っても大丈夫、みたいなアレですわね。
エロワは毒が無い状態で生活が出来、テイクインコフィンは安定した食事を得るコトが出来る。
その案に双方問題は無い、というかエロワに至っては毒だけを食べてくれていた時点でテイクインコフィンへの好感度が凄まじく上がっていたようなので、めちゃくちゃ乗り気だった。
……そしてテイクインコフィンはまた戸惑ってましたけれど、安定した食事には屈しますわよね。
無機物系魔物であろうと、食べる喜びを知っている以上、安定した食事という条件から逃れるコトは不可能である。
「あ、ジョゼフィーヌ」
「あら、エロワ。ハァイ」
「ハァイ!」
軽く手を挙げれば、エロワはとても嬉しそうに笑いながらパチンと勢い強めにハイタッチ。
今まで誰かと触れ合うコトが出来なかった分、触れあえる今が楽しいのだろう。
……完全防備せずとも良くなった、ってのは良いコトですわ。
手袋も必要無く被り物も必要無い為、まだら模様も無いエロワの顔はしっかり外気に晒されていた。
明るく薄い色の茶髪に整った顔とは、本当に今までは毒の影響が凄まじかったのを感じさせる。
……いや、今までも顔の造形は変わってませんでしたけれど、ねー……。
じくじくと染み出ている毒により顔の色は多少変色していたし、ところどころのまだら模様は完全なる紫色。
髪の色も毒のせいかいつでもじっとりとしていたし暗めの色合い。
ソレがこうも変わるのだから、デトックスというのは中々にシャレにならない。
……マジで毒抜きですしねぇ。
「ふふ、えへへ、今の、凄く楽しいな。パチンってね、手を合わせるの。僕、触れあえるの、毒に耐性のある子だけだったから」
そうはにかんでから、エロワは内緒話をするように声を潜める。
「……抱き締めたりしてくれたの、両親だけで、だからね、テイクインコフィンが抱き締めてくれるのも、僕、嬉しいんだよ」
「うんうん、口の横に両手をセットして小声なのは良いんですけれど、アナタの背後に普通にテイクインコフィンが居るから内緒話の意味があんまりないと思いますわよー?」
「あと私の場合、抱き締めるっていうか捕食なんだけど……」
「でも、嬉しいから。ぎゅってされるの」
「……まあ、確かにぎゅっとはするけどね~?」
「わきゃ、わふ、うふふ」
棺桶の蓋の隙間から黒い手を出したテイクインコフィンに撫でられ、エロワは嬉しそうにくふくふと笑った。
「あ、そういや毒と混血関係ってコトで第一と第二両方の保健室から、どの頻度で毒抜きしてるのかを教えて欲しいって言われてるんですけれど」
「ん、えと、今答えても良いの?」
「ええ、伝えときますわ」
「あのね、毎晩。寝る時に」
「ふむ」
成る程、どうも蓄積されていないなと思っていたが、毎晩毒抜きをしているなら毎日安定した落ち着きを見せているのにも納得だ。
毎晩棺桶で寝ているのには吸血鬼っぽさを感じるが、まあ問題は無いのでモーマンタイ。
「その案はテイクインコフィンから?」
「まあね」
仕方が無いと笑いながら溜め息を吐くような声で、テイクインコフィンは肯定した。
「ゆっくりと時間を掛けるとね、じわじわと奥の方から毒が湧いてくるのがわかるんだ。ソレを待ちながらゆっくりじっくりたっぷりとねぶるのが楽しいっていうか……あと単純に、夜寝る時が一番時間確保出来るかなって」
「成る程」
確かに起きてる時に時間を捻出するよりは、寝るのと毒抜きを一緒に済ませる方が効率は良いだろう。
捕食時のテイクインコフィン内は獲物の力を抜く為か、あの時視えた内部はマッサージ機能のような動きをしていたし。
たっぷりを時間を掛けて味わうのにも良いしでベストな案だ、と己は頷いた。
エロワ
遺伝で全身から猛毒が滲んでいた為、そこに居るだけでも周囲の人間が危険というレベルだったが、現在はテイクインコフィンが毒を食べてくれる為問題無し。
今まで猛毒そのもの状態だったので誰かと会話する頻度が最低限だった為、喋るのにあまり慣れていない。
テイクインコフィン
気に入った相手を棺桶の中に仕舞い込んで、外側のパーツからゆっくりゆっくりと味わい取り込む魔物。
エロワを取り込む際にまず毒から吸収し始めたのは、肉を味わうのに一番邪魔だったのと、吸収に時間がかかりそうだったから。