不調少年と気正鍼
彼の話をしよう。
不調の魔眼を有していて、発動すると副作用で自分まで不調になって、常に不調状態な。
これは、そんな彼の物語。
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中庭のベンチで、アンドレはぐったりと死んでいた。
いや死んでいるようにうつ伏せで横になっているだけだが。
……うーん、ちょい体の水分量気になりますし、水分補給させた方が良さそうですわねコレ。
持っておくと便利だからという理由でお茶の入った水筒を持っているので、少し飲ませた方が良いだろう。
そう思いアンドレを揺さぶれば、緋色の髪も合わせて揺れた。
「う……ナンだ、誰だ……僕は今とても具合が悪くて絶不調なのだぞ……」
「ハァイ、アンドレ。絶不調のトコ申し訳ありませんけれど、一旦お茶飲みなさいなお茶」
「お茶?」
体こそ寝転がったままだが、アンドレは頭部だけを持ち上げてこちらを見た。
そんなアンドレに、己はお茶をコップに注いで手渡す。
……いつ何時必要になるかわからないからって、使い捨てのコップ持ち歩いてて助かりましたわ。
どのタイミングで必要となるかはわからないしそう必要となるタイミングも無いのだが、必要な時に頼られるのは己なのだ。
本当に何故かはわからないが、何故か大体己が頼られる。
……そんで期待されてる分、エッ!?って反応されるのがヤなんですのよね!
結果制服のあちこちに色々な備えが仕込まれている状態。
武器までならともかく、簡易救急セットやら複数のペンやらソーイングセットやらは貴族の娘が持つモノなのだろうか。
……今、異世界のわたくしにそもそも貴族の娘は武器を持たないってツッコまれたような気がしますわ。
貴族の娘は頻繁に危険が襲ってくるので武器を隠し持っておくのは当然ではないのだろうか。
あると安心だし。
……でも他の貴族の子は特に持ってませんわね、そういえば。
まあ己の場合は戦闘系天使の娘だし、必要となる時が多いから良いとしよう。
無い時は無い時で徒手空拳や乱定剣を用いればどうにかなる。
……や、うん、乱定剣って要するに忍者の手法で近くにあるモンを手当たり次第投げるヤツらしいですけれど、まあその辺のモノを武器にってのは合理的ですわよね。
己もよくその辺にある石で相手の手を攻撃して武器を落とさせたりしているし。
レンガも鉄パイプも乱定剣だと思うと、皆結構その手法を用いているような気がする。
「……ジョゼフィーヌ、僕は別に喉が渇いては」
「アナタの喉が渇いていなかろうが、アナタのボディが渇いてんですのよ。こんな日当たり良い場所で横になってたら水分蒸発して干からびますわよ」
「僕の場合、ソレがシャレにならない可能性があるのが一番怖いな」
「なら飲みなさいな」
「ああ、貰おう」
アンドレはコップを受け取り、寝転がったままお茶をコクコクと飲んだ。
「……ふぅ、ありがとう。ご馳走様」
「お粗末様。で?またアナタ不調の魔眼使用したんですの?」
「まずは使いこなしコントロールを出来るようにならないと、お話にならないからな。僕は兵士になりたいんだ」
「ソレでグロッキーになって横になった挙句に脱水症状起こしかけてりゃ世話ありませんわね」
「ジョゼフィーヌ、さては機嫌が悪いな?」
「いえ、今日は特に」
「じゃあ機嫌が悪い時の毒が定着しているのか……」
「ちょっと」
毒を吐いたつもりはないのだが、そんなに毒が含まれていただろうか。
学園生活八年目ともなると面倒事による心労が多くなり過ぎてもうよくわからん。
……正直、辛辣くらいで居た方が楽ですし。
問題は、辛辣に接しても結局面倒事を押し付けられる部分だが。
天使は基本的に頼られがちだそうだが、辛辣にしても頼られるのか。
……ま、その辺スルーしがちな狂人が殆どだと思うと、辛辣だろうが狂人だろうが関係無く自分の希望を押し通してきますものね。
いっそ怪我しなきゃ良い、くらいまでハードルを下げた方が気楽なのかもしれない。
いや流石にソコまでハードル低くするのはイヤだが。
……最終手段として一応記憶にメモっといてこの思考は終了しといた方が良いですわね、ええ。
「にしてもまあ……アナタの不調の魔眼、厄介ですわよね」
「まったくだ!」
深い溜め息を吐きながら、アンドレは酷くイヤそうな顔で頷いた。
「折角の魔眼だというのに不調程度の能力。いや、不調がシャレにならないというのは強制的に実体験させられているからわかるのだが……僕にまで効果が発動するというのが困りものだ」
「相手を不調にさせるコトが出来るけど自分にもその効果が及ぶって、毒蛇が相手を咬むと同時に自分も毒でやられるようなモンですわよね」
「滑稽だって言いたいのか」
「んなこた言ってないじゃありませんの」
体調不調でメンタルが弱り、自虐的になっているんだろうか。
「つか兵士になりたいなら別に魔眼使わなくてもなれるんじゃありませんこと?アナタまで不調になるよりか、相手の急所に一撃入れて弱らせた方が手っ取り早いし安全だと思いますけれど」
「ジョゼフィーヌ、相変わらず悪に対して過激派だな」
「これでも大分抑えてる方ですのよ?」
戦闘系天使の悪への即滅メンタルは舐めちゃいけない。
命を取らないだけ己はかなり優しい配慮をしていると思う。
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最近、アンドレがおかしい。
魔眼を使用しているようなのに、翌日には回復しているのだ。
……コントロール出来ないのはソレだけ強い魔眼だからで、不調が結構長続きするハズですのに……。
一回不調になるとそのまま最低でも三日は不調気味だというのに、最近は一晩で回復している。
良いコトではあるのだが、ヤベェ魔法薬でも服用してるんじゃないかと心配だ。
……毒を飲んで不調を誤魔化すとかしてたら大変ですものね。
己の目からするとそういうモノを服用したら細胞に含まれる成分的にソッコでわかるので、実際服用していないのはわかっているが。
だが心配は心配。
……万が一健康を前借りするようなナニかだった場合、早死にしかねませんもの。
もしくは老後寝たきりになるか。
流石にそうなる可能性がある友人を見捨てる程情が無いワケでもない為、将来後悔しない為にも調べておかねば。
「ってコトでデニス、ルームメイトとして心当たりはありませんか?」
「ジョゼフィーヌお前いきなり「ってコトで」っつったけどよォ、もうちっと伝えようっつー気持ちを感じさせる説明はねぇのかァ?」
「ルームメイトとしてって言った時点で大体わかりますわよね?」
「そりゃわかるが、ナンだかなァ」
そう言うデニスの頭を抱えるように抱き締めながら、スターリースカイはクスクスと笑っていた。
顔も体も星空なので笑顔かどうかは不明だが、笑い声が聞こえるなら多分笑っているんだろう。
「……まァ、良いとすっかァ。んでジョゼフィーヌよォ、お前が聞きてェのはアンドレのヤツが最近調子良いコトについて、だよなァ?」
「ええ」
「お前は健康面やらを気にしてんだろォが、多分ありゃ問題ねェな」
「ふむ?」
「俺も気になったから図鑑借りて調べてみたんだが、少なくともアレは害魔じゃねェ」
「つまり魔物、と」
「そっからかよィ」
そのレベルで情報が無いというコトを知らなかったのか、呆れたような目をされてしまった。
本人が知らないコトをどうやって知れと言うのだこの野郎。
……そりゃまあわたくしの場合、透視能力があったりするし口の動きとかがある程度見えてれば字幕が視えたりしますけれど。
その分ヒトより知っているコトが多いが、だからといってナンでも知っているワケではない。
そういうのはどんな答えも知っているマデルアンサーに聞くべきだ。
……よくよく考えりゃ、そっちに聞いた方が早かったかもしれませんわね。
「ちなみにその魔物、種族は?」
「気正鍼ってヤツだが、わかるかァ?」
「ああ、成る程」
「早ェな」
種族を言ってもらえれば、そして現状ある情報を合わせれば大体わかる。
成る程、気正鍼だったか。
……気を正す鍼の魔物、でしたっけ。
治療用の鍼が魔物化したモノであり、魔力の流れなどを読むコトに長けている。
そして元々治療用だったからか、具合の悪いヒトに勝手に自分で処置して気の乱れを直してくれるのだ。
……うん、まあ、勝手に、ですけれどね……。
ただまあ魔力や流れなどに刺すからか肉体などの物質をすり抜けられるらしく、服の上からでも問題無く処置出来るようだが。
ちなみに相手の気を乱すコトも出来るらしく、その際は間違った箇所を刺すから血が出るらしい。
……魔力の流れを正す時は普通の鍼と同じく、血が出たりとかしないみたいなんですけれど、ね。
「ふむ……でも、そうですわね。アンドレはほぼ毎日不調で、つまりは気が乱れていましたわ。
ソレを見た気正鍼が治療して回復させ、ソレを知らないアンドレは回復したから特訓しようとなり魔眼を使用しまた不調になり、気正鍼がまた治療するというスパイラル……で、合ってます?」
「合ってるぜェ」
よし。
「しかしそうなると、いっそアンドレに気正鍼の存在を伝えた方が良いかもしれませんわね」
「ア?ナンでだァ?」
「回復するからって無茶する……まではまあ良いとして」
「良いのかよ」
「良いんですのよ自業自得ですし。さておき、やってくれている気正鍼に気付いていないのがよくありませんわ。ちゃんと知った上でお礼を言わないと。
あと毎日気正鍼に迷惑を……いえ、ソレは本魔が仕事したがりな性格かどうかで変わりますが」
「……お前、そうやって色々気ィ回すから面倒事押し付けられんじゃねぇのかァ?」
スターリースカイまでうんうん頷いていたのは見なかったコトにした。
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コレはその後の話になるが、気正鍼はアンドレの専属治療師になった。
専属治療師というか専属治療鍼というかまあアレだが、とりあえずアンドレの利点を殺さず弱点のみを消せるので相性は良いらしい。
……気正鍼は気正鍼で、気が乱れているとつい治療したくなるっていう本能が強めの個体でしたしね。
食用系魔物の鍼バージョンと思うとわかりやすい。
そのくらいの勢いで、気の乱れを正したいという欲があるそうだ。
……ま、だから利害の一致になったワケですけれど。
アンドレは自分の魔眼を扱えるようになりたいが、副作用で不調になるせいで中々特訓が出来ない状態。
しかし気正鍼が居れば不調は無くなるし、気正鍼は治療出来るしで良い感じに需要と供給が一致したらしい。
「というか気正鍼、そもそもナンでアンドレの部屋に隠れ住んでたというか……アンドレをターゲットに?」
「ジョゼフィーヌ、ターゲット扱いは止めてくれ」
「ターゲットでしょうに」
「確かにターゲットでしたね」
「気正鍼まで……」
王都を歩きながら、顔のすぐ横を飛んでいる気正鍼を横目で見てアンドレは肩を落とした。
「さておきターゲットにした理由ですが、治療し甲斐のある方が中々見つからず困っていたのがまず最初ですね」
「ふむ」
「ソレでヒトが沢山居るあの学園に辿り着いたのですが、ソコで見つけたアンドレのソレはもう酷い気の乱れっぷり!」
「そ、そんなに僕は酷かったのか?」
「ダマだらけのケーキ生地並みには」
「ケーキ生地をそもそも知らないからピンと来ないのだが……」
「わたくしはわかりますわ。とにかく厄介だし正常じゃ無いしでダマをどうにかしなきゃ、ってなるヤツですわね」
「そういうコトです」
気正鍼はその鍼ボディを揺らしてうんうん頷いていた。
多分アレは頷きだろう。
「ソレでこっそり尾行して部屋までついて行き、治療を。ですが翌日の夜にはまた不調状態になっていたので治療し、翌晩また治療し、また翌晩、と」
「申し訳ない」
「いえ、私はとても満ち足りた気分でしたので問題ありません!毎晩、それはもう凄まじい気の乱れを治療出来るというのは、鍼の本懐ですからね!」
「本懐なのか……って、あ」
向こうの方から、ひったくりと思われる愚か者がこちらに向かって走って来ていた。
どうしてこう、この王都は治安が悪いのだろうか。
……ま、人口が多いとしゃーなしですわね。
「気正鍼!」
「ええ、ご安心ください!発動直後に不調を感じる間もなく私が気を正します!容赦なく重ね掛けてやってくださいな!」
重ね掛けとは、不調の魔眼を重ねて発動するというコトだ。
つまり効果が重ね掛けされ、不調に重なる不調。
……端的に言うと、二倍ってコトなんですけれど。
今まではアンドレ自身が不調になる為、重ね掛けすると共倒れ状態になってしまう危険性が高かった。
しかし、今なら気正鍼が居る。
「任せろ、走れなくしてやろう!」
「兵士志望として、そして魔眼の特訓として愚か者を捕まえようとするその心は素敵なんですけれど」
「エ?」
気正鍼の方を向いていたアンドレはこちら、つまり愚か者が向かって来ていた方へと視線を戻した。
「……その、雰囲気全然読まなくて申し訳ないんですけれど、体が勝手に動いて既に仕留め終わりましたわ」
己の足元には、首への圧迫で意識を落とされた愚か者が転がっていた。
……いやだって、そんなやり取りしてる暇があったら十二分に動ける時間がありましたし……!
そして戦闘系天使の本能的に体が自動で動いてしまったので仕方が無い。
異世界の自分には変身シーンの間に敵を倒すとか正気か?と言われているような気がするが愚か者を相手にする時はたった一瞬でも無駄にすれば死ぬ危険性があってつまりソッコで対応したわたくしは悪くありませんの。
……うん、自動でバーサク状態になるのでわたくしにはどうにも出来ませんし、ね!
魔眼を発動する気満々だったアンドレは力を抜き、納得したように頷く。
「……そういえばジョゼフィーヌが居る以上、悪党を自分で捕まえる必要は無かったな」
「その反応はその反応で困りますのよー?」
放っておいても己が対応するからという理由なのだろうが、こっちとしては好きで動いているつもりはない。
なのに納得された辺り、責められなくて良かったけれどその納得のされ方はちょっと、という複雑な気分に襲われた。
アンドレ
不調の魔眼を有してるが、発動すると自分まで不調になるというデメリットを抱えていた。
ソレを克服しようと頑張っては不調になりグロッキーというスパイラルに陥っていたが、現在は気正鍼のお陰で処置される為、不調に苦しむ時間がかなり減った。
気正鍼
治療用の鍼だからか、気の乱れを見るととにかく正しい気の流れにしたくて仕方が無い。
アンドレが魔眼を発動する度にめちゃくちゃ気が乱れる為、無限に気を正せるというのがとても嬉しい。