火山少女とサウンドストール
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼女の話をしよう。
ルームメイトで、親が火山の女神で、遺伝で感情のままに周囲を熱する。
これは、そんな彼女の物語。
・
自室で本を音読しつつ、あまりの暑さに昔お土産で貰った扇子で己を扇ぐ。
「………………」
本に顔を向けたままルームメイトのフラを見れば、彼女は膝に肘をつき、組んだ指に顎を乗せたまま酷く難しい顔をしていた。
恐らく今読み聞かせている小説の、主人公が酷い裏切りをされたシーン真っ只中だからだろう。
……にしてもこの暑さはキッツイですわね!
フラが座っているソファはあちこちからぶすぶすと煙を立てて焦げているし、テーブルの上に置かれている水はごぼごぼと沸騰しあぶくを常に弾けさせている。
万が一があると危険だからというコトで彼女に読み聞かせをする時は己はベッドの上、フラはフラのベッドの上かソファ、と決めていたが、本当にシャレにならない。
……親が火山の女神で、その要素が結構遺伝してますものね、フラって。
感情が激しく、不機嫌だと周囲の温度が上がる。
しかも女神の遺伝だからなのか通常よりも力が強く、温度が上がった結果周囲の液体が沸騰したり、木製や布製の可燃物は燃えこそしないが焦げ始める。
……ぼうぼう燃えたりはしませんけれど、焦げたり煙が出たりはするんですのよねー……。
「あの、フラ」
「ナンでしょう」
「続きを求めているのはわかるしわたくしも続きを音読したいトコなんですけれど、ちょっとコレ以上はマジに熱中症になるので一旦窓と扉全開にしてもよろしくて?」
「エ?…………アッ、コレは申し訳ありません!」
主人公が裏切られたコトに対して不機嫌になり周囲の温度をめちゃくちゃ高くしていたコトを今自覚したのか、フラは慌てて扉と窓を開けてくれた。
窓から吹き込む風がフラの深みのある金のメッシュが入った赤い髪を揺らし、室内を少し涼しくさせる。
……うん、代償として今扉の前を通った誰かが「あっづぁ!?」って叫んだ気がしますけれど気のせい!気のせいですわ!
窓から風が吹き込んだ結果扉から出て行く異様な程熱い空気に部屋の前を通った生徒が被害に遭うのは当然と言えるし仕方が無い。
でもごめんルイース。
……ルイースは自力でバリア張れるからきっと多分大丈夫、のハズですわよね!
少なくとも火傷する程の温度じゃないからセーフのハズ。
ボムサンフラワーは植物なので突然の熱気はアウトな気もするが、彼は種を爆弾として放てるので他の植物に比べ結構熱に強いタイプだからきっとセーフ。
「本当に、申し訳ございません、ジョゼ……」
フラはしょんぼりしながらそう言った。
「またやってしまうとは……」
「別に換気すりゃある程度どうにかなるから構いませんわ」
ちなみに温度が上がるなら氷などを置いて室内を冷やせばという案も一度出たのだが、溶けた氷によりサウナみたくなったのでボツ。
ソッコで魔法使用して乾かしてなかったらベッドやソファがカビだらけになっていたトコロだ。
……いやもう、マジでアレは危なかったですわ……。
魔法で空間を冷やす系は無しだ。
遺伝した女神要素による熱に多少の魔法で敵うワケも無くマジで焼け石に水だし、ナニより永続的に室温調整系の魔法を使用するとか普通にぶっ倒れる。
「ですが、わざわざジョゼに本を音読してもらっている状況でありながらジョゼを倒れさせかけるとは……」
「そうは言っても、アナタが本持って読む方が被害ありますわよね」
「ウ」
そう、だからこそ己が音読して読み聞かせているのだ。
フラは本などにも感情移入をし過ぎる為、すぐ熱くなる。
ハート的にも気温的にも、だ。
……んでもってさっきのソファみたく焦げたりしかねませんのよねー……。
うっかり感情移入し過ぎた結果、読んでいる途中で本が灰になるコトが何度かあったらしい。
その為今までは中々本に手出しが出来なかったようだが、少なくとも距離を取った状態で読み聞かせるというのなら距離がある分セーフ、というのはわかった。
……試してみたら上手くいったし、わたくしが本好きな分、読めないままというのはアレだからってコトでこうして音読をするようになったワケですけれど……。
その度に室温が凄いコトになるから大変だ。
しっかりと水分と塩分を補給しているから、急にぶっ倒れたりはしないが。
……ええ、倒れたのは最初の一回だけですの!
アレはちょっと我慢した結果ぶっ倒れ、泣きそうなフラに抱きかかえられて第二保健室へ運ばれた。
それ以来熱中症対策はちゃんとするようになったのだ。
……ホントは耐熱効果のある魔道具とかを身に着けた方が良いんでしょうけれど……。
でもなーうーん、となってしまうのは己が貧乏性だからだろうか。
買い替えた方が良いのはわかるけどこの服まだ使えるし気に入ってるし勿体ないから本当に駄目になるまではまだコレ着てよう、みたいなアレ。
……異世界のわたくしの例え、今回は比較的わかりやすい気がしますわね。
「ま、床を溶かさなかっただけ今日はまだマシですわね」
「ゆ、床や地面を溶かして沸騰させたりなんてそうそうしませんよ!」
「今年入って既に二回目撃しましたけれど」
そう告げると、心当たりがあるのだろうフラは気まずそうに顔を逸らした。
「……ほ、炎系の魔物は感情が荒ぶるコトが多くて、私の場合は火山と女神というダブルの要素があるので……」
「実際感情の荒ぶりようがヤバくてしかも被害範囲がデカいツートップとも言えますわよね、その組み合わせ。そう思うとわからんでもありませんし……」
ただ耐えるにはキツイ暑さなのも事実なので、音読再開はもう少し涼んでからにしよう。
この小説、こっからまた一段階ハードな展開になるので、本当に天使の干物が出来かねない。
……まあわたくし、天使って言っても混血ですけれど。
鳥肉のジャーキーになるのはごめんだ。
天使と鳥は全然違うが。
・
うーうー唸るフラの手首をしっかりと握りながら、フラのリハビリの為にと森を歩く。
「……ジョゼ、そろそろ帰りませんか?」
「今来たばっかじゃありませんの。アナタ被害を出したくないし感情的過ぎる自覚があるからって引きこもるのは良いですけれど、あんまり引きこもり過ぎたら体鈍りますわよ?」
「でも森は……」
植物は火や熱に弱い。
ソレを気にしてか、フラは怯えるように周囲をチラチラと見ていた。
……ま、うっかり感情的になった結果森の一部を焼け野原に、とかしたくありませんものね。
しかしフラはマジで引きこもりがちなので、出来るだけリハビリをさせておいた方が良い。
卒業後まで引きこもれるか、引きこもれないかは流石に知らないが、ある程度外に慣れさせないと危険だ。
……他人や植物などと接しなさ過ぎて、万が一があっても困りますもの。
避けるのは勝手だが、当然のようにその辺にあるモノだという認識はさせなくては。
じゃないと関わりが無さ過ぎた結果うっかり警戒し、そのまま熱して黒焦げにでもしたらショックを受けるのはフラーだろう。
……見慣れないモノになってしまったら、後は警戒対象と認識するだけですものね。
フラだって感情が荒ぶってない時は穏やかなメンタルなのだから、普通に触れ合う分には問題無いと伝えなければ。
まあ己という火や熱耐性の無い混血が普通にルームメイトやれてる時点でその辺はわかると思うが。
……でも特定の人間だけとの接触だと相手が特別だからって認識になりかねないから、出来るだけ不特定多数を認識させた方が良いんですのよねー。
特定の個体以外未確認生物、みたいなコトになっては困る。
とはいえいきなり生き物と触れ合わせると逆にトラウマになりかねないからこそ、ソコまでヒトの気配が無い森へ連れて来たワケだ。
……森にも普通に生徒が居たり魔物が居たりはしますけれど、学園内や王都でのリハビリよかマシですわよね、多分。
「……ジョゼ」
「ナンですの?」
「私は本当に、感情が荒ぶりやすくて……万が一虫系魔物が顔に触れでもしたら周辺一帯を黒焦げにする可能性だってあるんですよ?」
「なら尚のコトある程度の余裕を持てるようになれた方が良いと思うんですけれど……」
「無理です。大体のモノが可燃性である限り」
「凄ェセリフですわねソレ……」
フラの場合は燃やすというか熱で溶かすタイプなので、可燃性云々とはまた違う気もするが。
「ダンスを踊ろう ステップワンツー
私はアナタの手を取って
僕はアナタの手を取って
二人で踊ろう ダンスダンスダンス」
ふと、歌声が聞こえた。
「私はダンスが下手だった
僕はダンスが上手かった」
フラと二人で顔を見合わせ、声のする方へと歩き出す。
「アナタにつられてワンツーワンツー
こっそり隅で練習練習」
……コレ、子供にダンスの練習をさせる時、やる気にさせる為に歌われた一昔前の曲ですわね。
「一人で踊る そんなアナタに
一緒に踊ろう 僕は手を差し出した」
さっきまで怯えが強かったフラは、すっかりわくわくした表情になっていた。
「私は踊る 僕は踊る
足を踏んで ステップ間違え
それでも一緒に踊ってくれた
それでも一緒に踊りたかった」
……フラ、歌とダンスですぐ機嫌良くなるくらいには、それらが大好きですものね。
「……あ、居ました」
「アレはサウンドストールですわね」
ソコに居たのは、ストールの魔物だった。
周囲の音や声を録音し、流すコトが出来る魔物。
……そして歌などを好む為、気に入った曲などを流すコトが多い魔物、でしたっけ、確か。
そう思っていると、サウンドストールは次の曲を流し始める。
「目元に彩り 爪には赤色 鮮やかでしょ
アナタと出かける そんな日は
出来る限りの おしゃれをするの」
先程のは子供の歌声だったが、今流れているのは女性の歌声だ。
「アナタは私に言ってくれない
綺麗だとは言ってくれるけど」
「前と違うネックレスなの気付いてる?
もっと私を気にして欲しい」
自然に続きを歌い始めたフラの声に、サウンドストールはこちらに気付いたのかビクンと跳ねた。
「それでも私は自分を飾るわ
私が私を飾りたいから」
「アナタの隣を歩く私が
みすぼらしいのは耐えられない」
しかしすぐに、フラの歌声に続くようにしてサウンドストールは曲を再生し始める。
「わかっているわ 無理なんだって
アナタにソレは出来ないんだって
それでもやっぱり見て欲しくって
ああ私はどうしてこうなんだろう」
「心にもない言葉を言って
アナタを悲しませてしまう
少しの本音が混ざっているから
アナタに刺さるのわかってしまった」
……コレもまた一昔前の曲なんですけれど……サウンドストールはともかくとして、フラも知ってんですのね。
「わかっているわ無理だって
だってアナタはナニも見えない
光が無いのがアナタの世界」
「なのに見ろなんて無理なコト
わかっているのよそんなコト」
ちなみにこの曲は、盲目な恋人と、そんな恋人におしゃれした姿を見て欲しい女性の歌である。
「それでもアナタは居てくれる
私の隣に居てくれる」
「私の涙を拭いつつ
謝りながら苦笑する」
かなりリズムにノッているのかフラが軽くステップを踏み始め、サウンドストールはリズムに合わせて宙をゆらゆらと舞っていた。
「気付けば隣に寄り添っていて
次のデートの約束してた」
「次に行く場所話しながら
アナタに恥をかかせたくなかったと」
「そんな本音を零したら」
「仕方なさそうに苦笑され」
「「額に口付け 落とされた」」
歌が終わると同時に拍手を贈れば、フラは実に楽しげな笑みを浮かべながらサウンドストールとハイタッチした。
サウンドストールの端部分とタッチするのがハイタッチで良いのかは知らないが、アレは多分ハイタッチ。
「ハハハハハ!まさか歌を流していたら途中参加してくる女性が居るとはね!」
先程まで流していた歌とは違い、サウンドストールは男の声でそう言った。
今までのは録音していた歌声だが、コレがサウンドストール自身の声なのだろう。
「しかも素晴らしい歌声だった!私の流す曲につられて歌う人間は何人か居たが、この私が思わず一瞬歌を流し忘れ、しかもデュエットのような流し方をするなんて初めてだとも!」
「当然でしょう」
ふふ、と森に足を踏み入れた時の怯えなど一切残っていないフラが微笑む。
「私はコレでも女神の娘。混血ではありますが、女神の遺伝が強めに出ていますから。歌を得意とするのは当然のコトですよ」
「成る程、女神の血か。ならば私が思わず心を奪われてしまうのも無理はない」
「ところで、他に曲は無いのですか?」
「おや、追加を要求とは随分と歌うのが好きみたいだね」
「ええ、とっても。ただ気分がノッてくるとうっかり近くの山が噴火したり、水が沸騰の末に爆発して水柱上がったりするので中々歌えませんが」
「成る程、この周辺に山も水辺も無いから問題は無いというコトか。よし、ではリクエストを聞こうじゃないか!
私は様々な土地を旅して色んな曲を録音しているからね!相当にマイナーだったり海の向こう側だったりしない限り、私はキミのリクエストに応えてみせよう!」
……あ、コレ、長くなるヤツですわね。
・
コレはその後の話になるが、あの後一人と一つで三時間程熱唱した結果、色々意気投合したのかフラはサウンドストールを連れて帰るコトにしていた。
モチロンちゃんと許可は得ている。
……うん、女神や神によくある神隠し系じゃなくて、ちゃんと許可を取った上で、ってのには安心しましたわ……。
神や女神ってそういうトコある。
ちなみにサウンドストール側だが、フラの歌声がめちゃくちゃ好みだったからその歌声を録音出来るならどこまででも!という感じ。
「おおう!」
夜、自室でサウンドストールが驚いた声を上げた。
「まさかこの曲を五回聞いただけで完全に歌い方や歌詞をマスターされるとは思わなかった!結構難易度の高い曲だと思っていたのだが、流石はフラだ!」
「踊りとか、リズムにノる系なら得意なんですよ」
「成る程。では次は……そうだな、昔のマイナー曲でもいってみるかい?コレは歌詞も音楽も私としてはお気に入りなのだが、勿体ないコトに時代に合っていなかったからか知名度が低いんだ」
「ふむ、ソレはとても気になりますね」
「気になるのは良いんですけれど」
溜め息混じりに、一人と一つに声を掛ける。
「もう夜だから歌いまくるのは一旦終了してくださいな。明日が休みとかならわたくしだって防音魔法使うなりソレ系の魔道具用意するなりして勝手に寝ますけれど、明日も普通に授業がありますのよ?」
「あ」
「ソレで寝不足になって不機嫌になった結果大変なコトになってショック受けるのはアナタですのよ、フラ」
「そうでした……」
テンション上がって忘れていたようだが、気分の上下によってすぐ周囲を熱してしまうコトを思い出したのか、フラは額を押さえた。
「不機嫌になったら大変なのかい?」
「ハイ、その、とても大変というか……」
「ふむ、まだ少ししか接していないが、キミは随分と音楽を好むらしい。なら私がキミの首に巻かれて、キミが不機嫌になりそうなら私が曲を流せば、ソレで全ては解決するのでは?」
「成る程その手が!」
「ありませんわよー」
ベッドにもそもそ入りながらそうツッコむ。
「確かに良い考えだとは思いますけれど、サウンドストールは普通に布ですのよ?可燃性ですわ」
「アッ……」
「フラは機嫌が悪くなったりすると周囲を熱してしまう。だから布なんかはすぐに焦げたり煙出し始めたりしますわよね。
そんなフラがサウンドストールを首に巻いて不機嫌状態になったら、一発で炭へのジョブチェンジが確定ですの」
実際フラの場合、距離が近い程温度が高くなる。
手が触れている布部分が完全に炭になるコトなど珍しくないというのに、首に巻いたりしたらどうなるか。
……そりゃ炭確定ですわよねえ……。
ソファだって今年に入って何回買い替えたコトやら。
まあ己としてはお金を使用出来て良いのだが、魔物であるサウンドストールが焦げた場合、お金でどうにかするコトは不可能だ。
「……ジョゼ、対策ってありますか?」
「ありますわよー」
「あるのかい!?」
驚かれたが、そのくらいは当然あるとも。
「案としてはエゴール魔道具教師に処置してもらう、シャルル制服製作者に付与してもらう、もしくはヴェイセルに頼んで不死性を譲渡してもらうコトで不変性を得るってくらいですわね」
「三パターンもあるとは……」
「三パターンしかありませんのよ?」
その辺り、捉え方はヒトそれぞれだが。
「ではその中の誰かに頼むとして……ジョゼ、口添えをお願いできますか?」
「えー……まあ構いませんけれど……」
確かに説明役が居た方が話が早いのも事実だから仕方あるまい。
「じゃ、明日の朝早くに起きて、耐熱状態にしてもらいに行きましょうか。エゴール魔道具教師に頼むとなると多少時間は必要でしょうが、他二人なら授業前にソッコで終わらせてくれるでしょうし」
そう告げれば暗に早よ寝ろと言っているのが伝わったのか、フラは大人しくベッドの中に入り、サウンドストールはソファの背もたれに垂れさがった。
……せめて明かり消してからベッド入って欲しかったですわ……。
仕方なく一回ベッドから出て明かりを消し、再びベッドに潜って目を閉じる。
目を閉じようと視界はハッキリしているが、寝てしまえばその辺は関係ない。
明日もいつも通り早いからさっさと寝ようと意識を沈めれば、あっという間に眠りに落ちた。
フラ
親が火山の女神であり、その遺伝で感情変化に周囲の温度が左右されがち。
ただし女神的側面が強い分穏やかな時は穏やかだし、歌や踊りで機嫌も直るし、性格は人間寄りなので自分から反省して引くコトも可能。
サウンドストール
周囲の音や歌を録音し、好きな時に再生して楽しむという魔物。
気に入った曲を何度もリピートするコトが多いが、歌い手によって歌唱力が違う為、同じ曲だとその差がとてもよくわかる。