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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
八年生
251/300

譲渡少年と岩の女神



 彼の話をしよう。

 譲渡の魔眼を有していて、けれど使い道が無くて、有用性が欲しい。

 これは、そんな彼の物語。





 ヴェイセルは紺色のメッシュが入った紫色の髪を揺らしながら、胡乱げな瞳で言う。



「有用性が欲しい」


「知りませんけれど」


「そう言うなよ!頼むよ!俺に有用性をくれ!」



 ワッとヴェイセルは泣き始めた。



「ナンなんだよ譲渡の魔眼って!」


「自分が有するナニかを他者に譲渡出来る魔眼ですわね」


「そうだよ!でも意味無いんだよコレ!」


「まあ、うん、否定はしませんけれど……」



 実際譲渡の魔眼は有用性がとても低い。

 有しているナニかを譲渡可能だが、ナニを譲渡するかが重要になるのだから。


 ……寿命を誰かに譲渡した場合、本人の寿命が減りますものね。


 譲渡である以上、ソレは有しているナニかを渡すというコトであり、持ち主であるヴェイセルからしたらその分が減るというコト。

 つまり寿命を譲渡すればヴェイセルの寿命が縮み、髪の長さを譲渡すればヴェイセルの髪が短くなり、視力を譲渡すればヴェイセルの視力が悪くなる。


 ……うーん、どうにもこうにも、ですわ。


 にっちもさっちもいかん例しか出ないから困る。

 正直言って、普通の物質的なモノならそのまんま譲渡すれば良いだけだし。


 ……だからホント、使い道が無いというか……。


 貧血の相手に、ヴェイセルが貧血にならない程度の血液を譲渡の魔眼で輸血してあげるくらいしか案が出ない。

 譲渡の魔眼で輸血すれば針を刺したりなどが無くて済むが、しかしソレをやるとヴェイセルの血液が減る。


 ……ソレに痛覚を一時的に鈍らせたりする魔法があるから、ソコまで針を嫌がる子も居ませんしね……。



「クソ、クソ、俺が混血だったならどうにかなったかもしれないのに……!」


「ご両親は大事にしなさいな」


「してるよ!両親のコトはちゃんと好きだし!でもソレはソレとして俺の両親が英雄だったらなとかは考えるだろ!?」



 考えたコトが無いので曖昧な笑みで誤魔化しておく。

 英雄っていうか、父は戦闘系天使なので広義的には似たようなモンだろうし。


 ……悪と戦ってるって部分では同じだから、そう変わりませんわよね。


 そして子供にとって、親とは理想的な存在なのだからほぼ英雄。

 モチロン、その親が子供にとって理想だと思われるような人格者かどうかが重要だが。


 ……天使だけど人格者って、色々矛盾がある気がしますけれど、ね。


 主に種族的な部分に。



「でも仮に親が魔物でアナタが混血だったとしても、意味とかそうそう無いと思いますわよ」


「ハ?んなワケねぇだろ混血だぞ混血」


「混血にどういう期待を寄せてるか知りませんけれど、一長一短が顕著なのも混血ですわ。アナタわたくしと同じような混血だったとして、ナニを譲渡出来ると思いますのよ」


「ジョゼフィーヌの場合?そうだな、ジョゼフィーヌの場合だと………………」



 ヴェイセルは無言になった。

 無言のまま顎に手を当て、真面目な顔で唸り、首をひねり、考え込む。



「…………悪への殺意?」


「ソレ譲渡して意味ありますの?」


「ねぇな!」


「つまりそゆコトですわ」



 己は手をヒラヒラさせながら言う。



「混血って言っても基本的にピンキリですし、他人に分け与えたトコロでたかが知れてるモノですもの。ソレにわたくしから悪への殺意を失わせたら、戦闘系天使としての本能に異常をきたしますわ」


「……というコトは、ジョゼフィーヌは悪への殺意で出来ている?」


「神への忠誠心だってありますわよ失礼な」


「いやお前今悪への殺意について否定しなかったってコトは」



 肯定も否定もしにくいので、とりあえず顔を逸らすコトで返答を拒否しておく。

 己の目はリスのようにぐりぐりした目なので我ながら基本的にドコ見てるのかわかりにくいが、顔ごと逸らせば意思は通じる。


 ……まあ、皆結構こういう目にも慣れてるからか、わたくしの目が死んでたりするのとか結構見抜いてきますけれど、ね。


 大分わかりにくいと思うのだが、察しが良いのか、見慣れているのか。

 見慣れているの場合、己の目が死ぬのを見慣れているというコトになるのでナンとなくイヤ。


 ……や、うん、単純に通常状態を見慣れているからこそ違和感に気付けたって可能性もありますけれど、ちょいちょい目が死んでる自覚があるからこそわたくし自身を誤魔化しにくいというか……。


 己は一体誰に言い訳をしているのだろう。

 異世界の自分にだろうか。



「……とにかくジョゼフィーヌ、この俺の魔眼はどうしたら良いと思う?」


「知りませんわ」


「そう言わず!」


「あーあーあーもう縋らないでくださいまし森にでも行ってパートナーに影響あるタイプの魔物でも探しゃ良いんじゃありませんのー?」



 縋られたので面倒臭いのを隠さずそう言うと、ヴェイセルは納得したように頷いた。



「よし、じゃあ森に行ってみるか」


「あ、マジで行くんですのね?」


「当然ジョゼフィーヌも一緒だろ?」


「ハ?」


「パートナーに影響があるタイプかどうか、俺じゃわからねぇし。ジョゼフィーヌならその辺わかるだろ」


「いや結構個体差あったりしますし、パートナーに影響あるタイプとかそうそう居ませんし、影響があろうと無かろうとパートナーとかそういうのは」


「お前がよく行く王都のアイス屋台で一番高いヤツ買ってやる」


「エ、マジですの?スリーベリーアイスを?」


「ナンだソレ」


「正確にはベリーベリーベリーアイスであって、色んなベリー味のアイスが沢山乗っててサイズがほぼバケツという」


「買ってやるって言った俺が言うのもナンだけど、ソレお前食い切れるの?」


「…………やっぱクレープに変更って可能だったりします?生クリームならイケるんですけれど、アイスだとちょっとキツイ気がしてきましたわ」


「生クリームならイケるって方が俺には理解出来ねぇけど、まあ付き添いしてくれるんなら良いか」



 異世界の自分がどういう会話だとツッコんでいるが、狂人同士の会話なんてこんなモノだ。

 狂人で無かったとしても、八年の付き合いがあれば相手への対応も雑になる。





 どうしてこうなった。



「ソレでもう、俺の魔眼の有用性とは?ってなるんだよなあ……」


「そうですね、その気持ちはわかります。私も己の権能を有効活用出来ず……」



 森に入って適当に散策していたのは良いが、途中で女神に遭遇した。

 そう、女神だ。


 ……普通ふらっと森に入って出会える存在じゃありませんわよね女神って!?


 というか神や女神との遭遇率がこの学園に入学してから異様に高い気がするが、こういうモンなんだろうか。

 アダーモ学園長に聞いたら「まあ特殊な生徒が多いし、神や女神は顔が良くて幼い子を好む傾向にあるからな」と言っていたので、不思議でも無いのだろうが。


 ……幼い子って言っても、神基準だから百歳未満は大体幼い子扱いのようですけれど。


 ただし気に入るのは我が子認定したくなる子であって、クソガキはクソガキだから嫌う傾向にあるようだが。

 神も人間も、その辺りはあまり変わらない。


 ……しっかしまあ、まさか愚痴り合いが始まるとは思いませんでしたわ……。


 森での散策が長くなる可能性を視野に入れていた為持って来ていたお茶とお菓子が役立つとは。

 いや正確には持って来ていたのはお茶だけであって、お菓子はやかましい友人の口に突っ込んで大人しくさせる用だが。



「譲渡の魔眼ってさ、有用じゃん。有用のハズじゃん」


「ええ、己の能力を誰かに渡す。ソレはとても有用です」


「でも俺誰かに渡せる程の能力ねーんだよ!体鍛えて筋肉を譲渡したら筋肉失うの俺!また鍛えりゃ良いじゃんの精神で鍛えれる程俺の精神仏じゃねーし!」



 ……仏教系の方って、基本的に苦行の中に身を投じるっていう苦行好きタイプですものね……。


 身を削って奉仕するというのは、ヴェイセル的に合わないらしい。

 まあ己もそんな損するようなの合わないが。


 ……ええ、結果的に似たようなコトになっている気はしますけれど、色々と身を削って損しているような自覚はあるっちゃありますけれど、天使はちょい違いますの……!


 傍から見たらやってるコトはほぼ同じだが、自覚ありか自覚無しかは大分違うと主張したい。

 自分から痛みを受けに行く趣味は無いのが天使。



「しかし私は、その譲渡の魔眼が羨ましい」


「えー、良いコト無いぜ?」


「そうは言いますが、私は女神としての権能がありますから」



 ヴェイセルと電波が合ったのかよくわからないが、布を垂らすコトで顔を隠している女神はそう言った。


 ……女神って基本的に自分の美しさを誇りに思ってるから、顔を隠したりはしないハズなんですけれど……。


 しかし布の向こう側に()える顔、そして()える気配からしてあの女神だろうと考えると、下手に口出しをするのも憚られる。

 幸い飲食は普通に可能っぽいので、己がやるのは女神のお茶が無くなった時に注ぐ係だ。

 ヴェイセルはセルフでやってくれ。


 ……ええ、神や女神に仕えるのが天使であって、人間に従う義理は正直ありませんし。


 天使はそういうトコ結構ドライ。

 忠誠心は神と女神にのみ注がれている。



「私の権能は、不変であるコト。変わらずソコにあるコトが出来る、それこそが私の権能です」


「……つまり、寿命が延びるってコトか?」


「ええ。ただし昔……それこそ神話の時代に色々あって、人間へその権能を与えるコトは出来なくなりました。というか基本的に神や女神は縄張り意識が強く、決まり事に縛られていますので」


「えーと、つまり自分が担当してるモノにしかソレを与えられないってコト?夢の女神なら夢だけ、みたいな」


「その通り」


「成る程、となると俺の譲渡の魔眼があれば、譲渡っつーモンだからソレを使用して誰かに加護を与えたりは合法ってなるワケだ」


「そう」



 ふぅ、と女神は息を吐く。



「だから私は、羨ましい。アナタが誰かに分け与えるコトが出来る存在であるコトが」



 ただ静かに、感情が荒ぶりやすい女神には珍しく、ただただ静かに女神は語る。



「私は誰かに分け与える前に拒絶され、与えるコトが出来なくなってしまいましたから」



 まあ、と女神はお茶を飲む。



「まあ、ソレがあったからこそ、私はこうしてふらふら出来るワケですが。加護も与えられないのであれば、好きに動いても良いでしょう、と」


「あー、人生ってままならねぇな」


「まったく、神の生もままなりません」


「宝の持ち腐れ感が酷ぇったら」


「本当に。片や能力はあれど譲渡が出来ず、片や譲渡が可能だが渡せるモノが無い。この世は酷く理不尽に満ちている」


「なあジョゼフィーヌ」


「エッここでわたくしの名前呼ぶんですの?」



 完全にただの使用人ポジションで落ち着いていたので油断していた。

 いやまあ使用人というか、女神に仕える天使ポジションというか。



「わたくしがナニか?」


「いや、ジョゼフィーヌなら俺達がどうしたら良いかとか、ないか?」


「曖昧な注文過ぎません?女神が困ってるなら天使的には考えますけれど……」


「困ってるので考えてください」


「了解しました」



 女神直々に言われたのでソッコで了解し思考を巡らす。

 あまりにもソッコで了解したせいか、ヴェイセルがお前マジかという目で見てきているが知らんぷり。


 ……天使なんてこんなモンですわ。



「…………とりあえずパッと思いつくのは」


「エ、マジで思いつくようなのあんの?」


「無茶振りした自覚はあるんですのね?」



 この野郎。



「さておき思いつくのは、どちらも一長一短だからこそ……端的に言うとヴェイセルを生け贄にしてしまうのが早いかと」


「成る程、そういうコトですか」


「待って俺置いてかれてる」



 女神は理解してくれたが、ヴェイセルは理解出来なかったらしい。


 ……やっぱ女神、そして神とかの理解速度って早いですわよね。



「ナンで俺が生け贄になったら良いってなんの?」


「んーと、例えばカンナ、居ますわよね?」


「ああ、金の神のパートナー……いや、眷属になってるんだったか」


「まあその辺の括りは雑なんですけれど、要するにああなるってコトですの」


「生け贄と眷属って違くね?」


「生け贄の結果眷属化するってのはあり得ますわ。生け贄って嫁入り的な意味もあるのでパートナーと呼んでも問題無く……まあ面倒なので好きな呼び方すりゃ良いと思いますの」


(ざっつ)


「とにかくその眷属化ですけれど」



 ヴェイセルをスルーして説明を続ける。



「眷属化すると、主である神からの加護を与えるコトが出来ますわ。ヒトという枠から外し、神の所有物である眷属とする。

そして眷属は基本的に神と一生を共にする存在なので不死みたいなモンですが、そちらの女神の権能的に、他の眷属よりも強い不死性を得るコトになるでしょうね」


「……あ、成る程、そうやって不死性を得るコトが出来たら、俺の譲渡の魔眼でその不死性を誰かに与えるとかが出来るってワケか!」


「とはいえ、合法でも出来る範囲に限りがあるからこそ、生き物にこの加護の一部を譲渡は不可能だとは思いますが……」



 けれど、と女神は言う。



「けれど、モノに不死性を与えるコトは可能でしょう。朽ちず腐らずあり続ける。ただひたすらに。ソコに。変わらぬ姿で」


「ソレが権能?」


「そう。それこそが私の権能です」



 頷く女神に、ヴェイセルはうーんと頬を掻く。



「確かにベストな方法かもしれねぇが、そうなるとこう……眷属になるなら、せめて主がどういう女神かとか知っておきたいんだが……ソレは教えて貰えるのか?」


「教えて貰えない、と思っていたのですか?」


「だって顔を布で隠すってコトは、お忍びとかそういうんじゃねぇの?魔眼封じの目隠しみたいな封印系の気配は感じないから、正体を現したくないからこそ、己を隠す為に用いている布。そういうのだと思ったけど」



 ……あら、意外と聡いんですのね、ヴェイセル。


 そう、顔を隠す布一つで、幾らでも存在を隠すコトが出来る。

 人間のような肉体を持たず、逸話や伝承、そして信仰で生きている神だからこその芸当。


 ……極東のお祭りでも、そうやってよく遊んでるようですしね、神って。


 お面をしっかり顔に被るコトで人間に擬態し、自分のトコのお祭りを人間と一緒に楽しんだりする。

 そういうのが神のお茶目なトコだ。



「……そうですね」



 女神は静かに頷いた。



「確かに私は、正体を現したくはありません。けれどナニも知らぬ相手を眷属にするのは憚られますし、どうやらあちらにある学園には神や女神が多数……顔見知りも居るようですから。

ただ女神と呼ばれるよりは、ナンの女神かを名乗りましょう」



 頷き、女神は顔を布を外す。



「……!」



 ヴェイセルは息を呑んだ。

 己も息を呑んだ。


 ……や、顔が()()()()()()のは()えてましたけれど……!


 さながら大岩。

 神聖な大岩を見たような、壮大な自然を見たような、そんな女神が現れた。

 否、ずっと居た。


 ……けれど、顔の布で隠していたからこそ、女神としての能力などもかなり隠されてましたわねコレ……!



「……コレが私、岩の女神。醜いとされた(おの)が顔を自ら抉った結果です」



 そう告げる岩の女神の顔には、ナニも無かった。

 綺麗に切り取られた石壁のように、つるりと抉れた顔。

 髪はあるのに、耳はあるのに、食べれてもいたのに、その顔は抉れてナニも無く、ただ断面があった。



「岩の女神、ってのは……」



 ヴェイセルがこちらを見たのが()えたので、岩の女神から目をそらさずに問い掛ける。



「説明してもよろしくて?」


「ええ」



 許可を得たので、簡単な説明を始める。



「極東の方の神話ですけれど、人間の祖である男は花の女神に恋をし、嫁に欲しいと言いました」


「ふむ」


「父親である山の神は、花の女神と、その姉の岩の女神を男の嫁にと差し出しました。けれど男は、容姿が醜いというだけの理由で岩の女神を追い返してしまいました」


「エッ?」



 ヴェイセルは岩の女神を二度見した。

 厳かな気配こそあれど、醜いとは到底思えないからだろう。

 ナニがあろうとただソコに凛とあり続ける強さが、美しさが見えている。


 ……ソレに女神は、美しいのが当然ですもの。


 恐らくその男は花の女神という、たおやかで儚い女神に夢を見た。

 だから厳かで壮大な美しさを持つ岩の女神を理解出来なかったのだろう。


 ……花に比べて、岩や石の何たる武骨なコトか……とか、言うヒト居ますものねー……。


 確かに岩に花のようにたおやかな美しさは無いが、不変的であり続けるという美しさがある。

 季節によって姿を変える花も美しいが、長い時を経ても美しさを損なわない岩もまた美しいモノだ。


 ……姿を変えるコトが無い圧倒的な存在感に、圧されたのかもしれませんわね。


 けれどソレを醜女と表現するのはどうかと思う。

 まあアイドル推しにはボディビルダーの美しさを理解出来ないようなモノだろう。


 ……うーん、異世界のわたくしの例え、やっぱわかりにくいですわー……。


 ちなみにその花の女神、女神だけあってキレた時は中々に苛烈。

 たおやかな女は普通産屋に火をつけた状態で出産しない。



「山の神は、かんかんに怒りました」


「そりゃ怒るだろ……」


「花の女神と岩の女神の二人を嫁にやったのは、人間が花のように栄え、そしてソレが岩のように永くあり続ける為だったのに。山の神はそう怒りました。

人間は長寿と繁栄を得るコトが出来たハズなのに、自ら長寿を手放してしまったのです。ちゃんちゃん」



 軽く一度手を叩き、話を終える。



「つまり本来岩の女神は人間に長い、永い寿命を与えるハズでしたの。

けれど追い返されてしまったからこそ、ソレを与えるコトが出来なかった。出来なくなった。岩のような不死性はあれど、与えるコトは出来ない。そういうコトですわ」


「成る程……だから顔が削れて、抉れてるのか」


「そうです」



 怒りもせず、岩の女神は静かに頷いた。


 ……多分、女神にしては異様な程の気の長さも、男からすれば異様に映ったのでしょうね。


 女神とは女性的であるが故に、酷く感情的だ。

 オブラート無しかつ口悪く言うならヒステリックなトコがある。


 ……けれど岩の女神の場合、岩の女神だからこその気の長さがあるんですのね。


 多少のコトで怒りもしない度量は、女神というよりも神を連想させる。

 ソレは男からすれば女らしくないように映ったのだろうか。


 ……だーからって醜女扱いはどうかと思いますけれど。



「私は醜いと言われたのが赦せませんでした」



 岩の女神は語る。

 淡々と語る。



「けれど醜いと言われたのであれば、それはこちらの落ち度です。怒り狂おうと、醜いと言われた事実は変わらず、ソレはつまり私が本当に醜いというコト」


「ソレは違うように思うが……」


「だから、私は自分で顔を抉ったのです」



 岩の女神が顔の断面をなぞった。

 ソレは削れた石の断面のようにつるりとしていて、岩のように硬いのが()える。



「耐えられなかった。醜いと言われた顔がついているコトに。女神は己の美しさに絶対の自信を持つモノなのに、ソレを否定されました。否定された美しさを持ち続けるコトに、耐えられなかった」


「……だから、削ったのか」


「ええ。幸いにも岩の女神ですから岩に近く、特に問題はありませんでした。顔を抉ってからは、醜いとされた顔自体がもう無いから、比べられるコトも無いと思うと気楽でしたし」



 ……というか寧ろ、顔を抉ったからこそ岩の女神として本領発揮をしているような。


 岩は変わらずソコにあり続け、例え抉れようが砕かれようが、岩であるコトに変化が無い。

 まるで、抉れようが砕かれようが不変であるコトの証明みたいだ。


 ……顔が抉れていようと、岩の女神としての力に遜色無い辺り、流石岩って感じですわ……。



「さて、ヴェイセル」



 岩の女神は静かに言う。



「醜いと言われ、己が顔を抉った私ではありますが、そんな私の眷属になる覚悟はありますか」


「ある」


「即答ですか」


「そりゃ別に、断る理由もねぇし」


「醜いと言われた女神の眷属になるコトは断る理由としては充分に足ると思いますが……」


「美醜感覚なんてヒトそれぞれだろ」



 ヴェイセルは放置されていたクッキーをパキリと音を立てて齧りながら、ナンでも無いコトのようにそう言った。



「個人によって美しいと思う対象は違うし、国によっても違う。それこそ時代で変化するモノだ。

その時代、その国、その地域、その男にとって醜いとされるモノでも、今この時代に生き、この国に生き、この学園で生きる俺なりの美醜感覚からすれば、アンタは尊い美しさを持ってるよ」


「……尊い、ですか」


「花のように芽を出して目に見える速度で成長し美しくなり種を残し枯れる。ソレはわかりやすく美しいモノだ。だが俺からすれば、不変的な岩もまた美しい。そんだけの話だろ?」


「………………ええ」



 顔は無い。

 けれども、ふふ、という確かな笑い声が聞こえた。



「それだけの話と言ってくれるなら、不変である私の眷属に相応しいですね」



 抉れた岩壁のような断面だが、その時、岩の女神は確かに優しく微笑んでいた。





 コレはその後の話になるが、ヴェイセルは無事に岩の女神の眷属になった。

 要するにほぼパートナーなので、基本的にはそう説明しているようだが。


 ……にしても、神って誓約が色々ハードですわよね。


 岩の女神の不死性だが、ヴェイセルの譲渡の魔眼で誰かに譲渡可能かと思いきや、不可能だった。

 かつて人間へ不死性を与えるコトが出来なかった名残りだろう。


 ……まあ本神(ほんにん)、他に人間に不死性与えれる魔物見て満足してたから良いんでしょうけれど。


 自分以外が人間に不死性を与えるコトが出来たなら良いか、という感じらしい。

 まあ確かにイモータルチョコレートと言い、この学園にはパートナーに不死性を与える魔物が結構居るが。


 ……満足してるなら良いんでしょうね、多分。


 さておきヴェイセルの譲渡の魔眼だが、生き物に不死性を与えるコトは出来なかったが、服や道具などに不死性を与えるコトは出来るようになっていた。

 恐らく岩のような不死性、不変性だからこそ、生き物以外との相性が良いというコトもあるのだろう。



「さてジョゼフィーヌ、相談だ」


「またもやヒトのティータイムにナンの用事ですのよ」


「いや単純に、この魔眼の有用性は生まれたワケだろ?」


「ですわね」


「で、今は学園の生徒の大事なモノとかに不死性を与えてるワケだけど、将来仕事にすると考えたらどういうのが良いと思う?」


「美術館とか」


「ナンで?」


「ああいうのって風化しそうな程に古い遺産とかもあるでしょう?秘宝とか色々。

不死性を与えない方が良いのもあるかもしれませんけれど、失ってはならないようなのに不死性を与えるとか、良いんじゃありませんの?」


「成る程……!」


「あとアレですわね、解読前の本とか。時々油断するとソッコで風化しそうなレベルで古い本の解読頼まれるので、その能力マジで助かりますわ」


「よし、ジョゼフィーヌが依頼してきたら色々世話になった分割り引きしてやる。喜べ」


「あ、ソコ割り引きなんですのね?」



 タダじゃないのか。



「三割引き」


「数字がリアルぅ……」



 そういうトコ凄くヴェイセル。



「あ、でも神や女神としては対価って大事なんだっけ?」



 ヴェイセルは、ふと思い出したようにそう呟いた。



「基本的に対価を貰い、相手がソレに色を付けるならばありがたく受け取り、対価として足りないならば契約違反として天罰を与える……だったか。となると三割引きってアウトか?」


「……私に聞いているのですか?」


「そりゃ俺が譲渡するこの不死性、岩の女神のだし」


「私としては、割り引きについては構いません」



 そう言った岩の女神は、ヴェイセルの頭をゆっくりと撫でる。



「私は私の為、私の自己満足の為、私がかつて為せなかったコトをアナタに代理としてさせている。人間であるアナタを不死の眷属というカタチに歪めてまでさせている。

ソコに発生する対価はアナタのモノ。度が過ぎるようなコトさえ無ければ、私が口出しするようなコトではありません」


「成る程……」



 頷き、ヴェイセルは己へと視線を向けた。



「ジョゼフィーヌ、やっぱ二割り引きでも良いか?」


「おいコラ」



 何故そっちに振り切った貴様。




ヴェイセル

譲渡の魔眼を有しているも有用性が無いのがコンプレックスだったが、岩の女神の眷属になってからはかなり役立っているのでとてもハッピー。

岩の女神に対しては厳かな雰囲気が美しいと認識している為、ソレを醜いと表現するのがちょっとよくわからない。


岩の女神

不変であるが故に不死に近い寿命を与えるコトが出来るのだが、かつてのやり取りのせいでソレが出来ない状態にあったが、ヴェイセルのお陰で無機物になら不変性を与えられるように。

自分で削った為顔の部分が抉れて無くなっているが、顔の無い石像のような美術的価値を感じる状態になっている。


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