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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
八年生
250/300

忍者少女とファシネーションスタッフトアニマル



 彼女の話をしよう。

 極東からの留学生で、忍者一族の末裔で、けれど忍びになるのは本意では無い。

 これは、そんな彼女の物語。





 談話室のソファに座り、紅茶を飲みながら本を読んでいると、シノブがふらふらとやって来た。



「……ジョゼ……」


「どしたんですの、シノブ。いつも以上に死人みたいな顔色で」



 シノブは真っ青であり土気色、のような顔色になっていた。

 黒に近い茶髪と同じような色のような正反対のような、よくわからん色だ。


 ……具合が悪い、ってのはよくわかりましたわ。



「うう……」


「あら」



 倒れ込むように己の膝に顔を埋めて来たので、そのままよしよしと頭を撫でる。

 普段なら先に膝を借りても良いかと許可を取る律儀な子なのに珍しい。


 ……こりゃ相当参ってますわねー。



「もう……もう拙者色々イヤなんで御座るけどぉ!」



 うああああん、とシノブは泣き始めた。



「なんなんで御座るかもう面倒臭い!面倒臭いんで御座るよ実家からの手紙が!色々アレやれコレやれってぇ!拙者生まれてこの方ずぅーっと忍者としてはうんぬんかんぬんとしか言われないしぃ!」


「よしよし」


「ナンっで拙者自分で将来の夢決めちゃ駄目なんで御座るか!?あと拙者だって普通にお花育てたい!」


「マーガレットとか朝顔とかチューリップとか育ててるじゃありませんの」


「ソレ両親が育てろって言ったヤツで御座るもん!」



 シノブはぴぃぴぃ泣きながらそう叫ぶ。


 ……忍者とは、って気持ちになりますわねー。


 まあ初等部の頃は忍者として、忍者らしく、という思考を刷り込まれていたのでホントにホントの忍者っぽく、大体ひっそりと紛れ込んでいて違和感に気付きにくい、みたいな存在感の子だった。

 あと主張も全然しないのにやたら周囲の情報を持ってる感じ。


 ……ま、そう思えば今のシノブが騒がしいのは良いコトですわ。


 自分の意思を主張出来るようになり、感情を殺さず、表に出せるようになったというコト。

 心を無理矢理殺した人形のような初等部時代に比べれば、ずっと生き生きとしている。


 ……ホント、わたくし()えちゃうから反応に困りましたもの。


 表には一切の感情を出さないのに、隠しきれない内側の筋肉などが反応していた。

 だからこそ、表面の筋肉や目の動きにすら感情を乗せていないのが意図的なモノだと気付けたワケだが。


 ……泣けるってのは、良いコトですわね。


 刃の下に心あり、というのが忍びであって、忍びは心を殺すモノ。

 けれどソレは刃という冷たいモノで心を隠しているだけで、殺しても無くなるモノでは無い。


 ……実家の方じゃ忍者としてアウト扱いだから感情を出したりは出来ないようですけれど、こちらなら問題ありませんし。


 親の目が無いここでは皆平等であり、自由だ。

 幸いにもヨイチ第二保険医が元忍者な抜け忍だった為、彼が忍者あるあるを話したりするコトで、感情を表に出すようにもなったワケだし。


 ……こんだけ騒がしい内面を無理矢理抑え込むとか、大分無理してましわよね。


 将来的に心が壊れるレベルの行為だ。

 本当に、中等部の頃にはシノブが自分を出せるようになっていて良かった。



「……拙者、毒性の無い花とか、育ててみたいんで御座る」



 思いっきり泣いて多少落ち着いたのか、シノブは鼻をすんすん鳴らしながら小さくそう言う。



「毒性って……ああ、マーガレットって確か葉の汁によって皮膚炎を起こす可能性があるんでしたっけ。誤食すると嘔吐するとかも本で読みましたわね」



 大量に扱わなければ問題は無いが、アレルギー体質の場合は危険だと書いてあった。

 ケイト植物教師も初等部の頃に注意するよう言っていたのを思い出す。


 ……初等部の頃って、新入生ばっかりだから、ナニやらかすかわかりませんものね……。


 例えばナンでも食べれる体質の子が毒性のあるモノを食べて無事だった場合、その子がナンでも食べれる体質だと知らない子が真似して食べる恐れがあるのだ。

 だからこそ、初等部の頃は先に危険性を説明するコトが多かった。


 ……懐かしいですわー。


 まあ毒を食べないようにと気を付けても、第二保健室には堂々とお茶に毒を盛ってくる保険医助手が居るワケだが。

 食堂には前科アリな料理人も居るし。


 ……毒物食わせようとしてきますものね、リーディア料理人って……。


 死にはしないが弱体化するタイプの毒物を出してくる。

 見た目普通の料理にしか見えないから危険なのだ。


 ……まあ、わたくしは()えるお陰で見抜けるからしっかりと拒絶してますけれど!


 しかし正直言って、見抜けるからこそトラップを仕掛けられるのは勘弁して欲しい。

 リーディア料理人が無罪放免というコトになる代わりに契約をしている為きちんとした許可無しに毒物を誰かに食わせたりは出来ないが、ソレはソレでコレはコレ。

 食べない確証があるからとはいえ、毒物を提供されるのは普通にイヤだ。



「ちなみにチューリップと朝顔にも毒性があるんで御座るよ」


「チューリップは確か、全ての部位に有毒性があるんでしたっけ?皮膚炎の危険性があり、食べると嘔吐に血圧降下に呼吸困難、とケイト植物教師が言っていたような」


「ソレで合ってるで御座る。まあ毒性はマーガレット同様に弱いので御座るが、皮膚が弱いと充分に危険で御座るな」


「でも朝顔って毒性無かったと思うんですけれど。あ、チョウセンアサガオ?」


「ソレは正確には朝顔じゃないで御座るからな。あとあからさま過ぎる毒花は勘付かれる可能性が高いから、一般的に育てられてはいるが毒性のある花、を育てるように言われてるんで御座るよ」


「ああー……」



 確かにチューリップもマーガレットも、普通にその辺にある花だ。

 毒性があるとは思うまい。


 ……うーん、だからこそソレらを選んでる辺り、忍者ですわよねー……。



「で、朝顔は確か毒性が無かったハズですけれど」


「正確には朝顔の種で御座る」


「あー、成る程」



 朝顔の種はマジで毒なので納得した。

 朝顔の種は強い下痢、腹痛、嘔吐を引き起こす作用があるモノだ。


 ……まあ、だからこそ極東では貴重な生薬として扱われたりもしたようですけれど……。


 薬の扱い方を間違えれば毒になるのと同様、きちんとした扱い方をしなければただの毒。

 しかも朝顔の種は即効性もあるから困りもの。


 ……とはいえ採取もお手軽だし警戒されたりもしないモノだから、シノブの親が育てるように言うのもわからんでもありませんわね。


 朝顔を育てていれば、種は必然的に手に入るモノだ。

 しかし朝顔の種はマジでヤベェ下剤なので、水っぽい便どころか、血が混じるレベルの便が出るコトもあると本には書かれていた。


 ……ええ、毒物についてが書かれていた図鑑にしっかりと載ってたから覚えてますわ……!


 その本は外国語で書かれていた為翻訳を頼まれた。

 内容は今もしっかりと覚えているとも。

 ちなみに朝顔の種は神経症状、血尿、大便に粘血、激烈な腹痛、嘔吐、血圧低下などが引き起こされるのだから本当マジでガチに危険な毒物である。



「もー、ホントにヤで御座るよあの両親。いやもう一族全部がイヤ。抜け忍になりたい」


「なりゃ良いじゃありませんの」


「無理言っちゃいやんで御座るよ!忍びって本当に抜け忍に対して容赦無いで御座るからな!?見つけたらソッコで殺せが合言葉で御座るよ抜け忍なんて!」


「ヨイチ第二保険医」


「あのヒトは学園に保護されてるから暗黙のルールで手出し無用扱いで御座る。この学園に喧嘩売るバカはおらんで御座るし」


「忍者もやっぱ学園には喧嘩売ったりしないんですのね」


「というか基本的に、忍びってそういう派手な討ち入りせんで御座る。こっそり忍び込んでこっそり毒針とかで仕留めてこっそり帰るのが忍びで御座るから」


「あー」



 確かに、忍者というのはそういうモノだろう。

 異世界の自分曰く、忍者が現役じゃ無くなった時代では忍者であるコトを売りにして商売しているそうだが。


 ……うん、まあ、メンタルとかがタフなんでしょうね。


 忍びは草と称されるコトもあるらしいが、納得のいく挫けない雑草メンタル。

 実際は草のように根を張って、その場に馴染み、違和感を抱かせなくする忍者の呼び名らしいが、まあまあまあ。

 ここ極東じゃないからその辺は雑で良いだろう、多分。



「ソレにこの学園、あちこちの王族貴族も通ってるで御座るし、そもそも学園長が学園長で御座るからな。誕生の館やら色々を作った御仁を敵に回したが最後で御座ろう」


「あー……アダーモ学園長本人が前に出なくても、アダーモ学園長を慕ってるヒト達がガチギレしそうですわね」



 実際アダーモ学園長は卒業生達のコトもしっかりと考えてくれているので、生徒や卒業生、そしてその家族からの好感度も高い存在。


 ……んでもって、あのゲープハルトが気に入ってる相手でもありますものねー。


 気に入っているというか、嫌われたりしないまま長い時間友人やれている、というか。

 まあちょくちょく顔出している辺り、気に入っているで間違いないだろう。


 ……ゲープハルトって、ここ以外にそう高い頻度で顔出すコト無いそうですし。


 他の場所を転々としているコトが多く、そして人付き合いを嫌う為にヒト気の無い場所でのんびりするコトも多いらしい。

 だから同じ場所に行くのは十年に一回とか、場合によっては三百年に一回とかいうコトもあるんだそうだ。


 ……そう思うと、月に一回くらいは確実に訪れてるゲープハルトって、この学園好き過ぎますわ……。


 かつての仲間が二人在籍しているから、もしくは設立に関わったから、という理由もあるかもしれないが。



「だからもう、ホンット羨ましいで御座る。拙者だって忍者辞めたい。というか拙者、忍者になりたいって思ったコト無いで御座るからな?」


「でしょうねえ」


「エ、知ってたんで御座るか?」


「知ってたっていうか、ちょいちょい愚痴ってますし、忍者とか合わない性格なのはわかってますし」



 初等部の頃からの付き合いも今年で八年目ともなれば、そのくらいはわかる。



「ヨイチ第二保険医としょっちゅう忍者あるあるな苦労話を語り合ってるの見たら、そりゃ察しますわ」


「ジョゼ……理解してくれる友人が居て、拙者は嬉しいで御座る!」


「ぐえ」



 膝枕状態から中途半端に起き上がった体勢で抱き着かれた為、身長と共にすくすく成長している胸が圧迫された。

 シノブは胸に溺れるような微妙な体勢のまま真顔になり、小さく呟く。



「え、ジョゼのお胸豊満過ぎでは……?ナンで御座るかコレ。拙者が鍛えられた忍びボディ持ってなかったら高反発過ぎてバチーンと弾かれてたで御座るよ。高反発タイプのスライムかナニか?」


「普通に女性によくある胸ですわよ。生存用に蓄えられる脂肪の塊。ラクダのコブみたいなモンですわ。わたくしの場合、母に似て大きめですけれど」



 とはいえ、平均より多少大きいくらいだが。

 身長差や体格差、どころか種族だってまちまちなのが現代の人間なので、そう気にするコトでもあるまい。


 ……体重とか、ホント気にするだけアホ臭いモンですし。


 体が機械だったり、腕が複数あったり、飛ぶ為に骨がちょいスカスカしてたり、下半身が馬だったり、体内の水分が金だったりと他にも色々特徴がある。

 ソレらと比べても意味はあるまい。



「……拙者、もうちょいやらかめが好きで御座る」


「ヒトの胸に顔埋めながら文句付けるたぁ良い度胸ですわねコラ」


「だってコレ高反発過ぎるで御座るよ。腕でジョゼの背中掴んでなかったら弾かれるの確実で御座らんかコレ」


「知りませんわ」


「あー、でもこういうの良いで御座るな。拙者コレのもうちょいやらかめ欲しいで御座る。むにゅむにゅしてて癒されるで御座るし」


「ぬいぐるみでも買えば良いんじゃありませんの?」


「忍びたるモノ、金が無くとも生活を出来るように、いや寧ろ金が無いのが通常というつもりで!と言われておりまして」


「うわあ」


「でも実際、隠密活動やら暗器やらに結構金が飛んでいくのが忍びで御座るからな。あと出来るだけソッコでその場の痕跡消して立ち去れるように荷物とか最低限であれと言われて御座って」


「……や、でもアナタがちょいちょいバイトして稼いでるお金はアナタのモノですし、ここに居る間は干渉不可能だから別に良いんじゃありませんの?卒業までに移動する可能性があるワケでも無いでしょう?」


「アッ」



 その発想は無かったのか、シノブは驚いた顔で一瞬止まった。



「ぐべっ」



 そして腕の力が弱まったせいか、圧迫されていた己の胸により弾かれたので慌てて足を伸ばしてテーブルにぶつかりかけた頭を優しくキャッチ。

 危なかった。


 ……うーん、戦闘系天使の娘とはいえ、胸まで攻撃力高く無くて良いと思うんですけれど……。


 まあ戦闘系だからこそ、生存用の脂肪が多いのかもしれないが。

 あと胸部に脂肪があると多少動きが制限されるが、しかし脂肪という鎧にもなると考えると一長一短。


 ……今ナンか、異世界のわたくしが嘆いた気がしますわね。


 お胸の大きさは人類の希望であって脂肪の塊とは違うんだよという叫びが聞こえた気がするが気のせいというコトにしておこう。

 意味がちょっとよくわからんし。



「……助かったで御座る、ジョゼ」


「いえいえ」



 シノブはよいしょと起き上がった。



「でも拙者、バイト代を使うのはちょっと……」


「あれ、結構なバイト掛け持ちして稼いでますわよね?」


「確かにそうなんで御座るが……その、バイト自体は色んな職場に溶け込む為の必須スキルだから推奨されてるんで御座るが、その」


「その?」


「いざという時の為の逃走費用に取っておきたくて」


「……良かったら、ぬいぐるみを買ってプレゼントしますわよ?好きな柔らかさがあるっぽいのでアナタが選んだぬいぐるみを、ってコトになりますけれど」


「………………ちょっと、一旦持ち帰って考えてみても良いで御座るか……?」


「いやまあソレは構いませんけれど……」



 そんな苦渋の判断をするみたいな顔で言われると困ってしまう。

 考えてみるというコトは、学園生活中は親の干渉が無いからぬいぐるみを持っててもセーフだろうという思考になったのだろうが、まだ少し忍者教育の残り香があるらしい。





 雨の中、知らせ虫が来た。

 この虫は忍び、というかアサシンなどの裏の仕事をするヒトが用いる伝達用魔物である。


 ……うーん、シノブがこの魔物使うって滅多に無いんですけれど。


 しかも雨の日だと知らせ虫が迷子になるコトも多いので、知らせ虫を用いるヒトが雨の日に使うコトなどあり得ない。

 どういうコトだろうと思いつつ、一応呼ばれたしというコトでシノブの部屋に向かうと、不思議な光景を見るコトとなった。



「……えーと、ファシネーションスタッフトアニマル?」



 室内には、二メートルサイズのオオアリクイ、のぬいぐるみが居た。

 ぬいぐるみボディなその魔物は、その顔をこちらに向ける。



「おや、よくわかったね」


「まあ、色々と情報を掛け合わせたら、そうかなってなりましたので……」



 二メートルサイズの動物型ぬいぐるみで、思わず触れたくなる魅力がある魔物。

 ただし、触れたが最後な魔物でもある。


 ……この魔物、疲労を食事にしてますものね。


 ふわふわの体で対象を包み込み、沈ませ、抱き締め、眠らせ、対象の疲労を食べ切って全回復させるまで目覚めるコトは無い。

 つまり疲れたヒトを駄目にする魔物だ。


 ……いえまあ、疲れたヒトからすると最高の味方ですけれど。


 何せ疲労を食べてくれるので、起きた時には目覚めスッキリ倦怠感ゼロ肉体元気、な状態にしてくれるのがファシネーションスタッフトアニマル。

 本魔的にも疲労が食事となるので、疲れているヒトを拒絶するコトが無いというパーフェクトさ。


 ……ホント、触れたが最後、ぐっすり状態が確定する魔物ですわ。



「あ、っていうかシノブ思いっきりアナタに埋もれてるじゃありませんの」


「うん、そう、ソレ。本当にごめん」



 すぴすぴと寝息を立てているシノブを抱き締めながら、二メートルサイズなオオアリクイビジュアルのファシネーションスタッフトアニマルはそう言った。



「その、ちょっとしたお礼のつもりだったんだけど、この子思ったよりも疲労が溜まってたみたいで。

ただこのままだと今から明日の朝まで寝ちゃうし、でも疲れを食べ切らずに起こすと通常よりも倦怠感が酷いコトになるから、せめて誰か友人に伝えられないかと……」


「ああ……午後に見かけなくても心配無用だよ、ってコトですわね?」


「そうそう」



 成る程、ソレでとりあえず誰かへの連絡手段として知らせ虫を使用したワケか。

 棚の上に知らせ虫のカゴがあるが、ソコに知らせ虫の使い方が書かれたメモがあるので、ソレを見ながら使用したのだろう。


 ……つか、忍びがよく使う伝達手段をこうもガバガバな管理で良いのかわかりませんわ……。


 どうせこの学園内に敵は来ないし、シノブ自身にちゃんとした忍者になる気が無いとはいえ、セキュリティはもう少し気にした方が良いんではなかろうか。

 そう思いつつ、己のトコロに来た知らせ虫をカゴへと戻しておいた。



「しっかしまあ、何故そんなコトに……」


「うーん……まず今日、雨が突然降っただろう?」


「降られたんですの?」


「うん」


「あらー……」



 ファシネーションスタッフトアニマルは、見た目通りにぬいぐるみボディ。

 つまり雨などの水を苦手としている魔物でもある。


 ……布もワタも、水を吸いますものねぇ……。



「ぐしょ濡れ状態で行き倒れ状態になっていたら、彼女……シノブが助けてくれたんだ。ここまで連れてきてくれて、洗ってくれて、乾かしてくれて。

無事に動けるようになったし、洗って貰って綺麗になったのが嬉しくてついハグをしたら、その」


「シノブの中にある疲労が思ったより溜まってて、翌朝まで起きないレベルだった、と」


「うん。普通なら数時間くらいで起きるから、ちょっとした昼寝時間程度で終わると思ってたんだけど……」


「まあシノブは家柄とか色々面倒なのがあっていっつも疲れた顔してるし、良い機会でしょう。しっかりと休ませるのがベストですわ。ルームメイトにはわたくしから言っておきますから」


「あれ、キミがルームメイトじゃないのかい?」


「違いますわ。多分知らせ虫が記憶してた相手がわたくしだったのでしょうね」


「成る程」



 ルームメイトに関しては、ナニか伝えたいコトがあるなら相当の緊急時でも無い限り、夜や朝に話すコトが出来るワケだし。

 恐らくルームメイト相手に知らせ虫が使用されたコトは無いのだろう。


 ……ええ、ソレに面倒事に巻き込まれるのは主にわたくしですし、ね……。


 何故面倒事にばかり誘われるのだろう。

 いやまあカフェとか買い物とかにも普通に誘われるから別に良いが、良いのだが、多少の文句は許されたい。





 コレはその後の話になるが、翌日目覚めたシノブの顔色はとても良かった。

 長年の疲労が全て取れたからだろう。


 ……色々吹っ切れたのか、いつも以上に表情も豊かで安心しましたわ。


 尚ファシネーションスタッフトアニマルだが、そのままシノブのトコに居つくコトにしたらしい。

 居つくというか、シノブが全力で引き留めたそうだが。


 ……まあ、相当な疲労を一晩で綺麗サッパリゼロにしてくれたとなれば、離れたくはありませんわよね。


 ファシネーションスタッフトアニマルがヒトを駄目にする魔物という異名を付けられている理由がわかった気がする。



「ええい寄るな近付くな!ファシネーションスタッフトアニマルは拙者のパートナー……ではまだ無いで御座るけど!暫定的に拙者のパートナーなんで御座るからな!?ベタベタ禁止ー!」



 談話室、ファシネーションスタッフトアニマルとのんびりしていたシノブは、ファシネーションスタッフトアニマルの癒し効果にふらふら引き寄せられた生徒に威嚇していた。



「……シノブ、生き生きとしてますわねー」


「毎晩僕と寝てるからね」


「ソレは凄い疲労回復度でしょうね」


「キミも僕に抱き着くかい?」


「や、遠慮しときますわ。凄く魅力的ですけれど、威嚇しているシノブの隙を突くのはイヤですし。あとわたくしの場合、マジで丸一日寝る可能性もありますし……」



 仮に丸一日寝なかったとしても、ソレはソレで腑に落ちないし。

 なのでシュレディンガーの疲労というコトでそのまま放置しておこう。


 ……アレですわよね、疲れてるし回復したいけれど、そう簡単に取れて堪るかこの疲れ!みたいな……。


 変なプライドが生まれてしまっている気がする。

 コレあかんヤツ。



「ところでファシネーションスタッフトアニマル的に、どうなんですの?」


「どうって?」


「シノブが威嚇しまくってるコトについてですわよ。アナタの食事は疲労でしょう?

シノブの疲労を毎日食べているとはいえ、他のヒトの疲労も食べたいとか無いんですの?あるならシノブに言っときますけれど」


「うーん……」



 意外とそういう気持ちは無いのか、ファシネーションスタッフトアニマルは悩むように唸って腕を組んだ。

 オオアリクイの腕だしぬいぐるみの腕でもあるので、いまいち組めていないが。



「僕は求められるコトこそ多いけど、ソレはあくまで癒しを求めてのコトだろう?」


「ですわね」


「でもシノブは疲労が無い時でもくっつきたがってくれて、パートナーとして求めてくれて、嫉妬までしてくれてるってコトは、好意的の中でもラブ的な意味で想ってくれてるってコトで……」


「嬉しい、と?」


「…………うん」



 ファシネーションスタッフトアニマルは、布で出来ている顔をへにゃりとした笑みのカタチにした。



「結構、嬉しいかな」



 ……良いコト、ですわね。


 さて、ところでさっきまで威嚇していたハズのシノブが黙り込み、後ろ姿からでも耳が真っ赤に、つまり赤面しているだろうコトを伝えるか否か、どうしよう。

 忍びの修行を一応ちゃんとやっているだけあって、シノブは結構耳が良いのだ。




シノブ

名前は漢字で書くと忍。

忍者の家系という狭い世界で生きていた為初等部の頃は非常に忍者らしい主張の無さだったが、他の主張もキャラも色々と濃い同級生を見た結果、自由でも良いんだとなり覚醒、今に至る。


ファシネーションスタッフトアニマル

疲労を主食とする大きいぬいぐるみであり、デザインは個体差があるがこの個体はオオアリクイのデザイン。

とにかく疲労を回復させるという魔物なので特別という感覚はいまいち無いが、シノブが嫉妬するのを見るとほわほわして嬉しくなるので、シノブは特別だと認識している。


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