焦点少年とサイコロジカルジャガー
彼の話をしよう。
焦点の魔眼を有していて、まだコントロールに慣れていなくて、プレッシャーに強い。
これは、そんな彼の物語。
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放課後、ラザールパティシエが試作品のケーキをくれたので食堂でおやつタイムを楽しんでいると、真正面にイバンが座った。
「ジョゼフィーヌ、少し良いか?」
「あんまり」
「そうか、では相談なのだが」
「おいコラわたくしあんまりって言いましたわよ」
「ナニを言う」
水色の髪を揺らして首を傾げ、見上げるような角度から、ハ、とイバンは鼻で笑う。
「そうやって食べている間、お前が移動しようとしないのは知っているからな。セルフで拘束されている間に相談するだけしておくのが賢い選択だろう?」
「賢いってかずる賢いとか小賢しいとか、そういう系統の発想な気がしますわ」
「構わん。俺はとにかく、相談をしたいんだ。なのにお前は中々捕まらないから、仕方なくこうして強硬手段に出るしかなかった」
……スイーツタイムに向かいに座って喋るだけ喋る、っていう相談方法、強硬手段なんですのね。
まあ確かに食べている時の己はちゃんと食べ物を味わう為、そうそう立ち上がったりもしないが。
というかエメラルド家としては食べ物を大事にしましょうねという方針なので、食べ物を雑に扱えないとも言う。
……ま、良いでしょう。
相談されるのは面倒だがよくあるコトだし、ここ最近はやたらと誰かにナニかを頼まれるコトが多くて、イバンが相談に来るタイミングが無かったのも事実。
そう重要な相談ではないコトを祈ろう。
「まず相談だが」
「ハイハイ」
「知っての通り、俺の目は魔眼だ」
「確か焦点の魔眼、ですわよね」
「ああ」
焦点の魔眼とはその名の通り、視界内で焦点を合わせるコトが出来るモノ。
どうも発動すると、視界内に的のようなモノが出現するらしい。
……攻撃を放つ際に使用すれば、その的の中に吸い込まれるようにして攻撃が当たるシロモノではありますが……。
イバンはその魔眼を、まだあまり使いこなせていないそうだ。
その的というのは視界内で好きに位置を設定、固定が可能らしいのだが、重要なのは的のサイズ。
……固定自体はもう、相手の腕に固定すれば例え相手が動いたとしても追尾するという仕様っぽいですけれど。
使いこなせていない状態での的は、サイズが大きいらしい。
大きい的なら当てれる範囲が大きいと思いきや、実際はそうじゃないようなのだ。
……まあ攻撃が自動でソコに吸い込まれる以上、クリティカルへの命中率が低くなるってコトですものね。
ダーツなどの的だと想像しやすい。
アレも位置によって点数があるように、焦点の魔眼により視える的は、位置によってクリティカルヒットやほぼスカに近い時もある。
……的が小さい程、急所に近い位置に攻撃が吸い込まれるから、そっちの方が良いみたいですが……。
今のトコロ、イバンはまだあまり的を小さく絞れないらしい。
的があまり大きいと、例えば腕を狙ったとしても的のサイズ次第では掠りもせずに外れてしまう。
……的自体には当たってても、相手に当たんなきゃ意味ありませんわよね。
「……つまり、焦点の魔眼の精密度を上げたいとか、的のサイズをもっと絞れるようになりたいって相談ですの?」
「よくわかったな」
「わからいでかですわ」
……しょっちゅう愚痴ったりしてるんだから、わからんハズがありませんの。
「…………これでも、頑張ってはいるのだ」
「ですわね」
「特に危険性は無いから目隠しを付けたりするコトも無く、ゴミを捨てる時とかに魔眼を使用してゴミ箱に入れて特訓したり」
「……や、まあ、うん、お手軽な特訓法っちゃ、うん……」
実際視界内に発生する的にナニかをヒットさせるのが焦点の魔眼なので、わからなくはない。
ゴミ箱の中にゴミをシュートするのもまた的当てに近いモノだし。
「しかしここのトコロ、というか一定以上に的を絞るコトが出来ないままで停滞し始めて、どうしたものかと……!」
「わたくし専門外なんですけれど」
「そうは言うが、お前も魔眼のような視力を有しているだろう。あと俺達八年生の相談室」
「誰が相談室ですのよコラ」
んなモンになった覚えはない。
勝手に相談が持ち込まれて巻き込まれているだけである。
……好きで相談に乗ってるコトなんざそうそうありませんのよねー!
何故かやたらと相談されるし、見捨てられないしで最後まで見守りがちだが。
というか単純に強制で連行されたりしているだけとも言う。
「しかしまあ……うーん……」
「どうしたら良いか、わかるか?」
「まったくですわ。部屋のゴミ箱を今より小さいのにでもしてみたらどうですの?」
「……以上?」
「以上。他にどう返答しろと?わたくしの専門外ですし、焦点の魔眼を発動した際に視える的をもっと絞りたいのに絞れないからどうにかする方法を、って言われてもわたくし焦点の魔眼を使いこなしてるプロってワケでもありませんし」
「ふむ」
まあ確かにな、という表情でイバンは頷いた。
納得出来るくらい冷静に判断出来るなら、最初からそんな相談を持ち込まないで欲しい。
……だってソレってつまり、わたくしの専門外だとわかった上で相談持ち込んだってコトですわよね。
いやまあ良いが。
別にナニか不都合があるワケでも無いし、ラザールパティシエ提供による新作ケーキは美味しいしで良いのだが。
……ただ、こう、理不尽を感じるのは仕方ないと思いますの……!
「ではどうしたら良いと思う?」
「や、普通にローザリンデ魔眼教師に聞いたら良いんじゃありませんこと?」
「既に聞いた」
「返答は?」
「魔眼というモノはその魔眼の持ち主の精神状態によって左右されるコトも多い、と」
「成る程」
競馬などで馬に乗る騎手の精神状態次第で馬の状態も変化する、みたいなコトだろう。
「つまりアナタの精神的な問題ってコトですわよね、ソレ」
「だがどっち方面かが不明でな」
「どっち方面って……リラックスした方が良いのか、緊張した方が良いのか、ってコトですの?」
「その通り」
イバンは頷く。
「リラックスして肩の力を抜く方が良いのか、緊張状態になって感覚を鋭くした方が良いのか……」
「先に言っときますけれど、ソレについて聞かれてもわたくし返答出来ませんのよ?」
「何故だ」
「いやだからわたくし未来視とか出来ないタイプですし。ただちょっとヒトより目が良いだけであって、未来とかは知りませんわ。だからイバンにはどちらが適しているかも知らない」
……武器屋兼情報屋であるバート店主ならわかるでしょうけれど……。
「とりあえず色々試したら良いんじゃありませんの?」
「ふむ……そうだな、そうしてみよう」
では、とイバンは机に肘をつき、手を組んだ。
「リラックスの方法と緊張の方法についてを教えてくれ」
「専門外だっつってんでしょうが」
リラックスなら甘いモン食って、緊張は自然災害を前にしていると思い込め。
・
そんな会話をしたなと思い出しつつ、ふむ、と己は頷く。
「さてはアナタ、そのサイコロジカルジャガーにミルクとか出しましたわね?」
「よくわかったな」
頷くイバンの肩には、子猫サイズのジャガーが乗っていた。
「バカにされているのかも。この程度も知らないのかって。そう思われているのかもしれないわ。下に見られているのかも」
イバンの肩でボソボソとそうネガティブな囁きをしている辺り、確実にサイコロジカルジャガーで間違いない。
何せサイコロジカルジャガーとは、そういう魔物なのだから。
「……ちなみに、サイコロジカルジャガーについての知識は」
「無い」
「正直に言って良いのかしら。バカにされるかもしれない。偽りを教えられるかも。本当の情報なのかなんてわからないのに、それを信じても良いのかな」
サイコロジカルジャガーが色々ネガティブかつ疑心暗鬼になるようなコトを囁いているが、イバンは特に動じていないようなので、スルーしたまま説明しても大丈夫だろう。
「まずサイコロジカルジャガーですけれど、気に入られるととても厄介な魔物、ですわ。ギリ害魔ではありませんけれど、害魔候補なんですのよね」
「……先程ミルクを出したというのを当てたが、もしやソレが気に入られる条件か?」
「まあ端的に言えば。より正確に言うなら、気に入りそうな相手の前に出現し、その際にミルクを要求。
素直に提供した場合、ソレは相手がサイコロジカルジャガーを受け入れた判定になって、結論言うと憑かれますわ」
ふむ、とイバンは肩に乗っているサイコロジカルジャガーへと視線を向ける。
「本当のコトを言っている確証は無い。全然違う情報を話しているのかも。笑いものにしようとしているのかも。そう大した魔物では無いのに、大げさに言っているだけかもしれない」
そう囁くサイコロジカルジャガーを見て、イバンはこちらに視線を戻した。
「ゴーストでは無いように見えるが」
「そりゃゴーストじゃありませんもの。ただし憑き物みたいな存在ではあるので、追い払っても気付いたらまた肩に、とかザラですわ」
「ザラなのか」
そう聞くというコトは、そんだけネガティブなコトを耳元で囁かれながらも追い払おうとしなかったというコトだろう。
そんだけ囁かれながらそういう行動に出ない辺り、イバンのメンタルのタフさがよくわかる気がする。
「しかし、気に入った相手に取り憑くというコトまではわかったが、ソレで何故疑心暗鬼にさせようとする?嫌われるような行為にしか思えんぞ」
「偽りかもしれない。彼女の言っているコトは、全て」
「気を滅入らせて心を壊す為でしょうね」
「心を壊す」
「わかりやすく言うならノイローゼにするってコトですわ。全てを疑わせ、心を壊す。
そうすれば他の誰にも頼れなくなり、引きこもり、外界を拒絶するようになる。けれどサイコロジカルジャガーだけは取り憑いているからこそ離れない」
……一種の洗脳ですわよね。
「そうして一人と一匹だけの空間で、ただひたすらに囁くんですの。ここに居るサイコロジカルジャガーだけはそばに居る、と。裏切るコト無くそばに居る、と」
「一人にさせたのはサイコロジカルジャガーのハズでは?」
「まあそうですけれど。でもそうしたら頼れる相手、心を開ける相手はサイコロジカルジャガーだけになりますわよね?そうやって全てと切り離し、自分だけに頼らせる」
要するに一種のヤンデレだ。
ちょっと自分の欲求を強く押し通し過ぎな気はするし、やってるコトはかなーりアウトだが。
……まあ、麻痺毒盛って全部のお世話をしようとするパララサスサーペントという名のどこぞの蛇魔物よりはセーフですわよね。
「ちなみに存在は生き物系というよりも呪い系に近いので、離れたいならまず解呪が必須ですけれど、どうします?心が壊れてからじゃ手遅れですけれど」
「ああ、とりあえずこのままにしておくとしよう」
「アッ、現状維持コースですのね?」
「俺の場合、特に気にもしていない」
「まあソレは確かに」
視た感じ、ホントに動揺していない。
もし表面に出ていないだけで内心サイコロジカルジャガーの言葉に動揺していれば、己の目にハッキリと視えるハズ。
……生き物である以上、動揺した際の心臓や筋肉の動きは誤魔化せませんもの。
しかしそんな己の目でも動揺している様子が視えないので、マジで気にしていないのだろう。
随分とタフなメンタルだ。
……タフっていうか、狂人だからな気もしますけれど。
「ソレに丁度良いだろう?」
「丁度良い、とは?」
「おかしなモノを見る目で見られるかも」
「アニマルセラピーとかがあるのだから、小さい動物と触れ合うというのはリラックス状態になれるハズだ」
「リラックス」
その魔物、リラックスの対極に居る存在だと思うのだが。
少なくとも見た目の可愛さよりも闇の深さの方が上回っている為、リラックス出来るとは思えない。
……普通なら、猫っぽい影を見ただけで恐慌状態に陥るレベルでトラウマになるらしいんですけれど、ね。
前例やら実体験やらは中々に悲惨だったというのに。
まあその前例というのも結構な昔が多く、最近の被害は殆どない。
……サイコロジカルジャガーという種が減ってきているのかと思ってましたけれど、単純にこういうコトな気がしてきますわ。
そうつまり、狂人が増えてそういうネガティブ状態にならない結果、被害者が出なくなったというコトなのかもしれない。
狂人は基本的にゴーイングマイウェイで、誰かの進言を聞き入れないコトが多いワケだし。
……そう考えると、聞き入れてしまうからこそ心を搔き乱される、ってコトなのでしょうね。
結構な昔はそういうネガティブな言葉を真に受けて病むくらいには常識が備わった人間が多かったんだなと思うと、色々複雑。
病まないのは良いコトのような、狂人だと考えると結局プラマイマイナスのような、そんな感じだ。
「しかし、リラックス出来ても緊張状態はどうしたものか」
「知りませんわよ……」
普通はそのサイコロジカルジャガーが居るだけで緊張状態、を超えた恐慌状態に陥るモノだ。
・
コレはその後の話になるが、イバンはサイコロジカルジャガーのお陰で焦点の魔眼の精度が向上したらしい。
どうやらイバンの場合、プレッシャーが強い程精密度が上がるタイプだったそうだ。
「失敗するかも。当たらないかも。攻撃が外れるかもしれない。外れた攻撃が誰かに当たったらどうしよう。やらない方が良いんじゃないかな。駄目な可能性の方が高いかもしれないし」
耳元でそう呟かれ、イバン曰く、こう思ったらしい。
「なら外れないよう、気合を入れなくてはならんな」
気合を入れ、集中し、緊張状態になるコトで、糸を張り詰めたようにピンとなり、的がどんどん絞られ始めたという。
サイコロジカルジャガーがマイナスなコトを言う度に、プレッシャーが掛かる度に、イバンの持つ焦点の魔眼の精密度が上がる。
……うん、まあ、良いコトですわよね。
普通なら耳元で囁かれ続けるマイナスの言葉がプレッシャーになり過ぎて本領発揮が出来なくなると思うのだが、ソレを良い感じに認識して能力を向上させる辺り、イバンだなあと思う。
狂人だもんなあ、と思うべきかもしれないが。
……まー大体意味的にゃ変わんないから良いですわよね、多分。
「……ホント、どうして私の囁きで心が壊れないんだか」
談話室で昼寝しているイバンの隣で丸まりながら、サイコロジカルジャガーは小さな声でそう呟く。
「普通なら心が壊れるハズなのに、寧ろ生き生きしちゃってるし……」
その声は少し不満げのような、けれどちょっぴり嬉しいような、でも認めたくないような、そんな複雑な声色に聞こえた。
「……まあ、集中してる時の、まるで猛禽類みたいな目も好きだから良いんだけど」
くぁ、とサイコロジカルジャガーは欠伸を漏らす。
「…………ん、そうね、良いとしましょう、しちゃいましょう。私をちゃんと意識してくれてるし、気にしてくれてるし、構っても貰えるんだから。
ネガティブな言葉はそういう生態だからどうにも出来ないけど、無理矢理依存させなくても、ちゃんと構って貰えるなら、ソレで……」
イバンの隣、すぐ耳元で丸くなっていたサイコロジカルジャガーはすぅすぅと小さな寝息を立て始めた。
さて、席が三つ程離れているのにうっかり視たり聞いたりしてしまった己はどうするべきか。
いやまあ、聞かなかったコトにしてスルー一択でファイナルアンサーだが。
イバン
視界内に的を出現させ、ソコに攻撃を必ずヒットさせるコトが出来る焦点の魔眼持ちだが、的が大きくて的にヒットしてもターゲットにヒットしないコトも多かった為困っていた。
しかしプレッシャーに強いタイプだった為、サイコロジカルジャガーのネガティブな囁きがプラスへと働いた。
サイコロジカルジャガー
気に入った相手に取り憑き、その耳元でひたすらネガティブなコトを囁き心を壊して囲い込むという非常に厄介な魔物。
だが根底は構って欲しいという感情な為、ある程度構って貰えさえすれば心が壊れなくてもまあ良いか、となる。