馬少年とピュートリッドゾンビ
彼の話をしよう。
遺伝で下半身が馬で、脚力が強くて、真面目な。
これは、そんな彼の物語。
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思ったよりも早くに起きてしまったなと思いながら食堂まで移動していると、背後からセベロがやって来た。
「おや、ジョゼフィーヌ!おはようございます!」
「ハァイ、セベロ。朝早いんですのね」
「ソレはジョゼフィーヌもでは?」
セベロはそう言い、赤みのある茶髪を揺らしながら隣をパカパカ歩き始める。
遺伝で下半身が馬というケンタウロス的見た目なので、声は大分上からだ。
……ま、もっと背が高い子とか居るから、今更ですけれど。
己だって女子の平均より少し背が高いので今更今更。
「わたくしは珍しく、いつもより早起きしちゃって目が冴えたから、ですわ。でも視た感じ、セベロはいつもこの時間帯なのでしょう?」
「まあそうですね」
「というかどうもお風呂上りに視えるんですけれど、シャワー浴びたんですの?」
「おや、わかりますか?水気は魔法でしっかりと拭ったハズなのですが」
「わたくしの目からしたら水気とかじゃない部分で判断してますもの」
「成る程」
というか魔法で拭ったのかと一瞬疑問に思い、馬の下半身ならそうなるかとソッコで納得した。
……人間の腕じゃ、届かない場所の方が多いですものね……。
今だって上半身は普通の制服だが、下半身は上の部分がゴムのベルトで交差されてるような感じのデザインになっている。
ズボンに乗り、ゴムの部分を引っ張るコトでどっこいしょと履ける仕様だ。
……女ならまだスカートとかで誤魔化せますけれど、男の場合そうもいかないから大変ですわ。
そしてズボンとなると、かなり履きにくい。
特に彼の場合はケンタウロス系の見た目なので、要するに下半身が馬の首から下という全身状態。
……ま、だからこそ比較的簡単に履いたり出来るよう、上の部分がゴムになってるんでしょうけれど。
馬のお尻位置に人間の腕では届かない為、そういう措置を取るのはわからんでもない。
「お風呂というか、正確にはシャワーなのですが……僕は毎朝、それと夕方に森で走り込みをしていますから。朝食前に走るのが日課なんですよ」
「あら。てコトは既に走り終わった後ですの?今でも結構早い時間だと思いましたのに」
何時起きなんだろうセベロって。
「アハハ、起きたら体を動かさないとモヤモヤしちゃうんですよね。だから走って、汗を掻くからシャワーを浴びて、それから朝食なんです」
「早起きなんですのねえ……」
「というか、そのくらい運動しないと駄目なんですよ。僕の下半身、馬ですからね。人間と同じ運動量だとあっという間に太っちゃいます」
「そもそも必要とするカロリー量も違いそうですしね」
「そうなんですよね。結構な量を取るからこそ結構な量動かないと駄目で……まあ、走るのは好きだから良いんですけど」
ソレに、とセベロは笑う。
「ソレに、良いコトもあるんですよ?」
「どんな?」
「上半身が人間だから雑食性です!」
「あー、馬って草食性ですものね」
「しかも馬って結構食が細いんですよね。あまり硬いモノが食べられないし、量も一気には食べられないし。
でも僕は上半身が人間なので、こっちである程度消化してから馬の方の内臓で改めて消化、っていう良いトコ取りです!」
「成る程」
ふむ、と頷く。
「確かにセベロの体内、上半身にも下半身にも内臓がありますものね。
ケンタウロス系は下半身が馬の首から下で、馬がボディだと考えると上半身は器用な突起物のある首という可能性もあるという論文がありましたが……上半身は上半身、と」
混血なので正確にはケンタウロス系とはまったく違うが、ビジュアル的にはそう大して変わらないので大体同じ扱いだろう。
そんなケンタウロス系ボディを持つセベロは、むーんという表情になる。
「僕の腕を器用な突起物扱いって、凄く、こう、複雑な気分になりますね……」
「単純に不愉快だって言って良いんですのよ?今のはどっかの誰かの論文であってわたくしが書いたり思ったりしたコトじゃありませんし」
「ジョゼフィーヌって結構そういうトコありますよね。普段優しいのに急に冷たい」
「や、わたくしも流石に、見ず知らずの相手にまでかける程の情けはありませんのよ……?」
ソコまで優しい心は持っていない。
ソコまで考えるのは仏とかそういう系統だ。
……仏系はアレですわよね、奉仕の精神がとんでもないから、天使とは結構違うというか……。
自分の身を自ら犠牲にして誰かに与えるのが仏。
犠牲になる気は無いが必死で戦い、結果犠牲になったりするしまあその覚悟もある、というのが天使。
……まあ、広義的に犠牲部分が一致しちゃってるから、大雑把に言うとあまり変わらないんですけれど、ねー……。
天使からすると結構違うのだが、天使以外には理解してもらえない価値観である。
父曰く、他に理解してくれるのは神や女神くらい、だそうだ。
「あ、ところでジョゼフィーヌ、僕の体内を目視可能なんですよね?」
「ええ、そうですけれど、ソレが?」
「僕の心臓ってどうなってます?一つ?二つ?」
「人間部分に一つ、馬部分に一つ」
「成る程。昔からちょっと気になってたんですが、やっぱりそうだったんですね。流石に人間部分の心臓だけじゃ下半身まで血液行き届かないんじゃと思ってたので」
「……まあ、届かないでしょうねえ……」
人間でも冷え性とかあるのに、馬の下半身となったら行き届く気がしない。
誕生の館がその辺しっかりしたシステムで良かった、と言うべきだろう。
……や、まあ、一部ちょっと誕生の館であるが故のアレやコレやもありますけれど……。
肉体と魂のバランスがいまいち取れず虚弱体質だったマドリーンとかがそういうタイプ。
もっとも、今は寄生の魔眼のお陰で普通の健康体へと成長したが。
・
気分転換を兼ねて裏手の森の中を歩いていると、パカラッパカラッという音と共に茂みの向こうからセベロが飛び出して来た。
とはいえ視えていたので、直撃しかねないセベロをひょいっと避ける。
「ジョゼフィーヌ!丁度良いトコロに!」
「エ?」
足でブレーキを掛けてこちらに戻ってきたセベロは、背に乗せている女性を見せる。
「こちらの女性なのですが、困っているようなのでどうしたものかと!」
「や、うん、とりあえず落ち着きなさいな」
まず状況確認。
現在は放課後で、だからセベロは森を走っていたのだと思われる。
……次に背に乗せている女性ですけれど……ピュートリッドゾンビ、ですわよねえ……。
半分以上が腐敗してボロボロな辺り、ピュートリッドゾンビで間違い無いだろう。
人体模型と骨格模型のハーフを腐敗させたかのようで、要するにところどころ内臓や骨がポロリしている。
……というか、何故全裸なんでしょうか。
一応セベロが制服を貸したらしく今は全裸っぽくないが、ソレを脱ぐとソッコで全裸だ。
まあ死体であるゾンビで、かなり腐敗が進んでいるとなると、服も朽ちてしまったのだろう。
……んー、確か性欲がある方からすると、全裸とポロリは性的興奮を覚える……んでしたっけ?
つまりこの方かなりセクシー状態なんだろうかと一瞬思ったが、異世界の自分が全力で首を横に振ったので多分違う。
異世界の自分曰く全てが違うとのコトだが、どう違うんだろう。
……骨や内臓がポロリしてるってコトは、中身のポロリですわよね?
性欲がある存在からすると中身のポロリは性的興奮がどうのこうの、だったハズだが。
やはりよくわからん。
「とりあえず、困っているようだったというのは?」
「全裸で座り込んでいて……どうかしたのかと聞いても」
「…………どうしたら、良いのでしょう……」
ポツリ、とセベロの背に乗っているピュートリッドゾンビが呟く。
「わかりません……わからないのです……。お腹が空いて……けれど……歩けなくて……」
……そりゃ、歩けませんわよね。
彼女の右腰の骨は抉れていて、右の足は失われていた。
全体的に右側の腐敗が強めな辺り、その位置を食われて死んだとかだろう。
……この森も一応学園内扱いだから、外部の人間は入れないようになっているハズなのですけれど……。
ナニかに食われたのが致命傷だったっぽいので、魔物に食われ、その魔物がこの森に引きずって来て埋めた、とかならありそうだ。
非常食を埋めておく習性の魔物は一定数存在するのだし。
……そしてこの森、人間は入れずとも魔物は寄ってきやすい森ですものねえ……。
生きた人間なら入れないが、死体ならば持ち込みが可能。
恐らく仕留めた獲物を埋めに来た魔物が居たのだろう。
……まあ、人肉が主食の上で、誰かを殺したりしてたらアウト扱いの害魔ですから、既に討伐されたかもしれませんけれど、ね。
「這って移動しようとも思えず……どうしたものかと思っていたら…………彼が駆け寄ってくれて、服を、貸してくださいました……」
ピュートリッドゾンビは、着せられているセベロの制服を緩く握り締めていた。
「ううん……ええと、とりあえずアナタはピュートリッドゾンビ、ですわよね?」
「……恐らくゾンビ、なのでしょう……」
けれど、と彼女は言う。
「けれど、私はゾンビに……詳しくありません……。死んだハズで……体は崩れ……けれど、生きている。……ですから……詳しいのでしょうアナタが……言うのなら、そうだと……思います……」
「ふむ。腐敗している辺りからピュートリッドゾンビで確定だと思うので、とりあえずそう呼びますわ」
ゴーストといい、タイプによって色々呼び名があるのは己でも区別が難しい。
まあ大体は雰囲気やニュアンスだし、根本的にゾンビやゴーストの部分は変わらないので良いのだが。
……大雑把にゾンビって言ってもあんま変わりませんしねー。
「ソレでこう……アナタはどうしたい、とかってありますの?」
「……どうしたい……ですか……?」
「ゾンビ止めてあの世に逝きたいならわたくし天使なのでどうにか出来ますわ」
ゾンビは聖なる属性に弱いし、彼女は悪でも無さそうなので痛み無くあの世へ送れるだろう。
本魔希望なら合意なので問題も無い。
「もしその気が無いのでしたら、まあゾンビである以上主食は人肉でしょうしねえ……。お金があれば人肉確保は出来るでしょうけれど、その状態で働いたりは出来なさそうですし……」
右足が無いのでは色々と難しいだろう。
あと腐敗しているピュートリッドゾンビの場合、衛生的な問題があるので働ける場所にかなり制限が発生する。
……スケルトン系ならまだ良いんですけれど、ね。
一応衛生的な部分が大丈夫なようにという魔道具などもあるので、その辺どうにかすれば問題は無いが、まあ雰囲気的なアレもある。
誰だって台所の黒い悪魔が店員やってる店で食事はしたくないみたいなアレだ。
「ううん……」
腕を組んで考えていたらしいセベロは少し唸ってから、あの、と挙手した。
「本魔が良いのなら、僕がパートナーとして面倒を見ますが」
「……パートナー……として……?」
「ハイ。僕もそろそろパートナーが欲しい年頃ですし、その、下半身からわかる通り、僕一人だと着替えが結構大変でして」
ピュートリッドゾンビは自分が腰掛けている馬の下半身を見て、納得したように頷いていた。
「なので着替えの際に手を貸してくださると嬉しいな、と」
「……とても、嬉しいお言葉ですが……」
悲しげに目を伏せ、ピュートリッドゾンビは言う。
「私は、ゾンビです……。それも、這うコトが出来ません……。食事の確保すらも……出来ません……。着替えを手伝う……だけなら……他にも良い方が、いらっしゃるのでは……?」
「…………ええと」
気恥ずかしそうに、セベロは視線をうろつかせながら頬を掻いた。
「その、女性の全裸を見てしまった以上、責任を取らなくてはという、そういうのもありまして。あと困ってるようですし、綺麗ですし、アナタが歩けないのなら僕の馬の下半身が役立てるなという、その」
「下半身が馬であるセベロだからこそピュートリッドゾンビの足代わりになれるというのが正直めちゃくちゃ満たされる、と?」
「色々とオブラートが無さ過ぎますが、まあそうです……!」
己の言葉に、セベロは真っ赤な顔を手で覆い隠していた。
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コレはその後の話になるが、ピュートリッドゾンビはセベロの世話になるコトに決定した。
本魔もまた、ゾンビとして生きるには手助けが必要だという自覚があったらしい。
……まあ、移動もままならない状態で飢餓を覚えたら大変ですし、ね。
下手にヒト食う暴走ゾンビになられても困る。
食べるならちゃんと食用の人肉を食べてもらわなくては。
……この学園なら、生徒のパートナーの食事は学費分に含まれてるってコトで人肉料理も提供してくれますし。
色んな種族用の食事が用意されている辺り、とても助かる。
さておきピュートリッドゾンビだが、あの後詳しく生い立ちなどを聞いたトコロ、どうもどっかのお嬢様だったらしい。
……セベロの背……というか馬の背の部分に乗る時の座り方がお嬢様っぽかったので、もしやとは思ってましたけれど。
まさかマジにお嬢様だったとは。
しかも詳しく聞いたら己のような自由タイプでは無く、闇が深い系のお嬢様だった。
……政略結婚用に育てられてた、って……。
サブマージゴーストを思い出す。
彼女もまた政略結婚用にと育てられたお嬢様だった。
……片方ゴースト、片方ゾンビって考えると、こう、色々複雑極まりない気持ちになりますわねー……。
まあとにかくお嬢様だからこそ、馬の背に乗っての移動は結構しっくりくるらしいので問題は無いだろう。
しかし、別の部分に問題があった。
「……成る程」
ピュートリッドゾンビに相談があると言われたので話を聞いていたが、そういう問題があったか、と己は頭を抱えた。
「まあ確かに、政略結婚の為に育てられてて、花嫁修業をメインに教えられてたならそうなりますわよね」
彼女曰く、自主的に行動するコトが苦手だとのコトだった。
実際政略結婚となると、相手の都合の良い妻になるコトを求められるので、強い自我は不要とされたのだろう。
……けれど。
「けれど、行動をしたいんですのね?」
「はい……」
ピュートリッドゾンビは静かに、しかし確かに頷いた。
「……その、放課後に、共に森を散歩しないかと……誘われまして……」
「走るのではなく?」
「私の……負担になるから、と……」
「成る程」
これ以上の腐敗やらを防止する魔道具を身に着けているとはいえ、今までの腐敗が無くなったワケではない。
つまり普通に脆い為、過剰なスピードだと腕などがもげる可能性があるワケだ。
「ただ……その、私が教わった中には……私から……行動を起こすものが無く……」
「ふむ」
「……日頃お世話になっていて……私からもナニか……お返しをしたいと……思うのです……」
「本人も言ってると思いますけれど、着替えの手伝いで充分だと思いますわよ?あの体、かなり着替えにくいですし」
「…………そう、なのですが……」
でも、とピュートリッドゾンビは言う。
「でも、私は……彼を、セベロを……喜ばせたいと……思うのです……」
「成る程」
良いコトだ、とは思う。
生前は自主的行動を封じられていたのだろうピュートリッドゾンビが、自主的にナニかをしたいと思えたのだから。
……ソレでどうしてわたくしに助言を求めるのかはよくわかりませんけれど、ね。
「んー……じゃあ、簡単なコトですけれど」
「ナンでしょう……?」
「ブラッシングとかしてあげると良いと思いますわ」
「……ブラッシング……ですか……?」
「あの体、本当にセベロ自身だとやりにくいんですのよ、そういうの。腕届きませんし。
でも獣系の体を持つ混血の場合、獣同様、ブラッシングなどで毛並みを良くしたり血行を良くしたりというのはとても重要ですわ」
「成る程……」
「一応自分で出来ない混血や、パートナーに腕が無いとか下手くそだとかでブラッシングしてもらえない魔物なんかが利用するトリミング店があるので、ソコを利用しているようですけれど……ソレをやってあげれるようになれば、かなり喜んでもらえると思いますわ」
「……練習、すべきでしょうか……?」
「対セベロ用だからセベロ相手に練習した方が良いと思いますわよ。同じ馬タイプに協力を仰げるか不明ですし、セベロがやってもらって嬉しい部分を覚えた方が良いでしょう?」
「そう、ですね……」
頷くその顔は血の気が無いが、やる気があるように視えた。
ではとりあえず、日課のランニングに行ったセベロがピュートリッドゾンビを迎えに来る前に、彼の毛質に合ったブラシなどを伝えるとしよう。
セベロ
遺伝で見た目がケンタウロスであり、下半身が馬ボディな為不便も多い。
武器を用いるのは得意では無いが馬ボディな為、蹴り飛ばしたりの威力が強く余裕で致命傷を与えられるのでそういう感じで鍛えてる。
ピュートリッドゾンビ
捥げそうだったり取れそうだったりする部位を切除してもらった後に腐敗止めの魔道具を貰った為、発見された時よりは見れる見た目。
元々お嬢様な上に自主的行動を許されていなかったが、今はセベロの為にとゆっくり自主的行動を学んでいる。